Summer Pockets #2   作:トミー@サマポケ

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第二十一話 8月13日(後編)

 

 

 

「……いた。ソラカドファミリーだよ」

 

 鴎の情報を頼りに北へ進むと、藍としろはがこちらに背中を向けて何やら作業をしていた。

 

 俺たちは少し離れた茂みの中に身を隠し、その様子を見ていた。

 

「まだ俺たちには気づいていないみたいだけど」

 

「それなら、あまり乗り気はしないけど、羽依里の作戦で行くしかないね」

 

 俺の作戦というのは、こちらの人数にものを言わせて複数人で一気に取り囲み、武装解除をさせたうえで話し合いへ持ち込むというものだ。

 

 ぶっちゃけ、俺が藍たちにやられた方法だった。今度はこっちの番だ。

 

 相手に対し、こっちは俺に鴎、夏海ちゃんに紬、静久。人数は倍以上だし、十分可能だと思う。

 

「やっぱり、それが一番平和的だよね。しょうがないよね」

 

 鴎のポリシーに反するんだろうか。なんとか自分を納得させている感じだった。

 

「もし嫌だったら、俺が白旗あげて出て行ってもいいぞ?」

 

 たぶん、速攻で撃たれそうだけど。

 

「ううん、鴎に二言はないよ。皆、準備はいい?」

 

「はい!」

 

「いつでもいけるわよ」

 

 鴎のスーツケースを持った俺を先頭に、その後ろに鴎と静久と紬が横並びの陣形。そして俺から見て左側、少し離れたところに夏海ちゃんがスタンバイしている。

 

 万が一、気づかれて攻撃されたとしても、スーツケースで多少なりの防御はできる。スーツケースを持っている関係上手がふさがるので、俺は攻撃はできないけど。

 

「皆、身を低くして! 背中の的が残ってる人は、絶対に背中を向けちゃ駄目だよ!」

 

 俺と紬は背中の的を撃ち抜かれたら終わりなので、鴎の指示通りに背中を守る。紬はパリングルス水鉄砲とは別に、良一が使っていた水鉄砲を持っていた。

 

「緊張するわね」

 

 静久はその隣で、紬と同じく良一の水鉄砲を持っている。

 

「……皆、それじゃ、行こう!」

 

 鴎の声を皮切りに、俺たちは一斉に茂みから飛び出す。

 

 その時、藍が俺たちの存在に気がつく。

 

 その藍は、突然現れた俺たちを見て驚いて……いない。むしろ、薄笑いを浮かべていた。

 

「……何!?」

 

「……かかりましたね。蒼ちゃん、やっちゃってください!」

 

「食らいなさい! てりゃーー!」

 

 藍の声に合わせるように、俺たちの頭上から蒼の声が聞こえた。どうやら真上の木にいるらしい。

 

 ずっと姿が見えないとは思っていたけど、まさか隠れていたのか?

 

 そして間髪入れず、頭上から青い球体が降り注ぐ。

 

「げ、これはもしかして」

 

 その青い物体の正体に気づいた俺は、反射的にスーツケースを地面に置き、それに背中を預けるようにして背中を守る。

 

「きゃあっ!?」

 

「むぎゅーーー!」

 

「ひええーーー!」

 

 その青い物体の正体は、水でぱんぱんに膨らんだ水風船だった。

 

 それは地面に落ちると同時に破裂し、周囲に大量の水をまき散らす。

 

 静久、紬、鴎の三人は完全に虚を突かれ、揃って背中を濡らされてしまう。これにより、既に前を撃ち抜かれていた紬が失格になってしまった。

 

「ひええええ」

 

 そんな中、俺たちより少し前を走っていた夏海ちゃんは水風船の被害範囲から逃れていた。

 

「ふっふーん。作戦勝ちね!」

 

 蒼が得意顔で、木からするすると降りてきた。

 

 確かにスーツケースがOKなんだから、水風船くらい使ってもいいんだろうけど。これは完全にしてやられた。

 

「一気に勝負をつけるわよ!」

 

 蒼は地面に降り立つと、すぐに鴎に向けて二丁拳銃を乱射する。

 

「おわわわっ」

 

 鴎に残されている的は前面のみ。四つん這いになりながら蒼の攻撃を必死に避けて、俺のすぐ近くの木陰に逃れた。

 

「むー、どうしてこうなるかなぁ」

 

 鴎は木の陰に隠れながら、ライフル型の水鉄砲を構える。

 

 こうなると、もはや武装解除してもらうどうこうの話じゃない。全面戦争だ。

 

「えーい!」

 

 鴎は木の幹を盾にして蒼の攻撃を防ぎながら、少し離れた所にいる藍を狙い撃つ。その攻撃に気づいた藍が素早い身のこなしでその場を離れる。

 

「えっ、わひゃ!」

 

「あ」

 

 藍が避けた結果、鴎の水鉄砲は勢いそのままに、その先にいたしろはに命中。前の的を射抜いてしまう。

 

「しろしろ、ごめん」

 

「鴎、よくも、やってくれたな」

 

 顔にかかった水をぬぐいながら、水鉄砲を構える。どうしよう。しろはまで攻撃参加してしまった。なんだか少し楽しそうだけど。

 

「しろはちゃん、その場所からだとどうしても……わぷっ!?」

 

 しろはに助言をしようとした藍の顔に、夏海ちゃんの放った水弾が命中した。それにより、藍の動きが一瞬止まる。

 

「よし、今だ!」

 

 俺は紬が落としていた良一の水鉄砲を拾い上げ、藍の前の的を射抜く。

 

「むむむ。元捕虜のくせに、やりますね。覚悟してください!」

 

 藍は一瞬だけ夏海ちゃんの方を見たけど、自分の水鉄砲の射程じゃ届かないと判断したんだろう。すぐさま俺に攻撃目標を切り替え、引き金を引く。

 

「うおおおおおっ!」

 

 俺は即座にスーツケースの反対側に回り込む。これによって藍の攻撃は全てスーツケースが引き受け、俺は無傷だった。

 

「ちょっと、そのスーツケース反則じゃないですか?」

 

 藍は不満そうな顔をしているけど、のみきの許可は出てるし、ルール上問題はないはずだ。

 

 その後はスーツケースを挟んで、藍と膠着状態になる。お互いに背中を狙われるとアウトな分、動けない。

 

 鴎もしろはに狙われているので、木の陰から動けない状況だ。

 

 ……そう言えば、静久と蒼はどうしたんだろう。さっきからあまり声も聞こえないけど。

 

 そう思って二人の姿を探し始めた、その瞬間。

 

 

「紬の仇よ……おっぱいに、乾杯!」

 

「びゃあああああっ!?」

 

 直後に謎の掛け声と悲鳴、そしてものすごい水しぶきが起こった。どうやら静久のおっぱいバズーカが炸裂したらしい。

 

 タンクに入っていた全ての水が超至近距離で発射され、蒼と静久はその水圧で吹き飛ばされていた。

 

 二人は揃って全身ずぶ濡れになって地面に倒れた。どう見ても双方ともに失格だろう。

 

 まさか静久、あれだけの火力を持つ蒼と同士打ちに持ち込んだのか?

 

 

「あ、蒼ちゃんーーー!?」

 

 その状況を見た藍の注意が俺から逸れる。俺はその隙を突いて、スーツケースの陰から一気に飛び出した。

 

 俺は飛び込むように藍の背後を取る。藍の持つ水鉄砲は連射が効く代わりに大きく、急な方向転換ができない。その欠点を突く。

 

「もらったぁ!」

 

 俺は振り向きざまに藍の背中の的を射抜く。これで藍も失格だ。

 

「うぐぐ……まさか、羽依里さんにやられるなんて……」

 

 状況を把握した藍は、がっくりを膝を落とす。これにより、ようやく事態は収束へ向かう。

 

 

 

 

 

「あーあ。負けちゃったわねー」

 

 空門姉妹は割れた水風船のゴミを片付けながら、苦笑いしていた。

 

「……蒼ちゃん、ごめんなさい。優勝させてあげられませんでした」

 

 藍はものすごく申し訳なさそうな顔をしていた。確かに藍なら、蒼以外の参加者を全員倒した後、蒼を優勝させるためとか言って、躊躇いもなく自決するプランとか立ててそうだし。

 

「へっ? べ、別にいーのよ。藍も頑張ってくれたんだしね」

 

 結んだ髪をほどいて水を絞りながら、蒼は笑顔で返していた。

 

「蒼ちゃん、このタオルで顔を拭いてください」

 

「うん、ありがと……って、あたしたちってTシャツと水着しか着てないんだけど。このタオル、どこに持ってたの?」

 

「さあ、どこでしょうか」

 

 藍が悪戯っぽく笑う。すっかりいつもの調子だった。

 

「あ、タオルがまだ必要だったら言ってね!」

 

 声がした方を見ると、鴎がスーツケースから何枚ものタオルを出していた。なんだ、鴎のタオルだったのか。

 

「盾にはなるし、タオルは入ってるし、便利なスーツケースだな」

 

 俺は空門姉妹のそばを離れて、鴎に話しかける。

 

「むー。人のスーツケース、勝手に盾にしないでよー」

 

「それは悪かった。でも、おかげで助かったよ」

 

「まぁ、それならいいけどね」

 

 鴎はそこまで話すと、またスーツケースから数枚のタオルを取り出す。

 

「羽依里、ツムツムとズクズクにもタオル持って行ってあげて!」

 

「よし、任せろ」

 

 鴎からタオルを受け取って、紬たちの所へ行く。そこには二人の他に、しろはと夏海ちゃんの姿もあった。

 

「紬さん、もっと一緒に冒険したかったです!」

 

「むぎぎぎぎ、空からの攻撃はヨソクフノーでしたー……」

 

「紬さんの分まで、私が頑張ります!」

 

 二人はひしっと抱き合っていた。なんだろう、この状況。

 

「さっきから、ずっとあの状態なの」

 

 しろはが戸惑っていた。

 

 ズッ友だし、しばらくあのままにしておいてあげよう。

 

「静久はその、壮絶だったな」

 

 というわけで、隣の静久にタオルを渡しながら話しかける。

 

「あら、紬とおっぱいのためなら、この命、捧げる覚悟はできていたわ」

 

 ……紬以外になんか増えていたけど、気にしないことにした。

 

「でもしろはちゃん、これからは彼氏のパイリ君と一緒に行けるわね。嬉しいでしょ?」

 

「べ、別に嬉しくないし!」

 

「え、嬉しくないのか?」

 

 それはそれでショックなんだけど。

 

「羽依里さんも、フィアンセを奪還できましたし、後はラスボス戦を残すのみですね!」

 

「フィ、フィアンセ!?」

 

 いつの間にか夏海ちゃんがこっちを見ていて、冗談っぽく笑っていた。

 

 それでも、本人を前にその発言はやめてほしい。

 

「既成事実作ろうとしてる……?」

 

「し、してないから!」

 

 

 

 

 それから少し休憩を挟んだ後、残った皆で協力してのみきと戦うことが取り決められ、しろはをメンバーに加えた新生カモメ団が結成された。

 

 失格となった四人から、装備の一部と水を譲ってもらっていると、俺は草むらの陰に転がっている水風船を見つけた。どうやら蒼が木の上から落としたものの一つが、割れずに残っていたんだろう。いわゆる不発弾だ。

 

「何かの役に立つかもしれないし、持って行こう」

 

 俺はその水風船を手に取ると、ポケットに入れておいた。

 

「タカハラさん、ナツミさん、後はお任せました!」

 

「私たちを倒したんですから、絶対のみきさんを倒してくださいね」

 

「しろは、頑張んなさいよー」

 

「鴎さんも、頑張ってね」

 

「ありがとう、頑張るよー」

 

 手を振る皆に見送られ、俺たちはのみきがいるであろう北の森へ向けて歩き出した。

 

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 

 皆と別れた後、俺たちは森の中を突き進む。

 

 俺が先頭を歩き、その後ろにしろは、鴎、夏海ちゃんが横並びで続く。

 

 ちなみに、のみきと戦う上での切り札として、パリングルス水鉄砲を用意してある。

 

 これは紬との別れ際に受け取ったもので、おっぱいバズーカやマシンガンタイプより遠距離に特化している。

 

「……これで、少しでものみきとの戦いを有利に進められたらいいんだけど」

 

 そのパリングルス水鉄砲はスーツケースにくくりつけられ、一番腕に自信がある鴎がすぐに使えるようにしてある。

 

 

 

「あれ、ここは……?」

 

 しばらくすると、急に開けた場所に出た。

 

「こんな場所があったんだね」

 

 隣に並んできたしろはと鴎も、珍しそうに周りを見ている。

 

「ここ、ちょうどダムから見えないみたいですね」

 

 一番ため池に近い位置にいた夏海ちゃんがそう声を上げる。

 

 言われて見ると、確かに草木に隠れてダムがほとんど見えない。

 

 

 

「ようやく来たか」

 

 聞きなれた声がして反射的に振り返ると、奥の草むらから、のみきが姿を現したところだった。

 

「のみき、隠れないんだな」

 

 のみきの武器の特性上、隠れて狙い撃ちにした方が戦いやすいと思うけど。

 

「ああ、せっかくだし、正面から相手をしてやろうと思ってな」

 

 既にハイドログラディエーター改を構えていて、ラスポス感が半端ない。

 

 見たところ、前後の的もまだ健在のようだ。本当にこのまま俺たち四人を一人で相手にするつもりなんだろうか。

 

「安心しろ。例え4対1でも、負けるつもりはない。この水鉄砲も省エネ設定で、まだ残りの水も十分だしな」

 

 のみきは笑顔だが、周囲に向けられている殺気はまさに、抹殺者モードのそれだ。

 

 でも、新生カモメ団でラスボスののみきに挑む。これはこれで、なかなかに燃える展開だ。

 

「よし、皆、準備はいいか?」

 

「……羽依里、それ私の台詞」

 

「あ、悪い」

 

 つい、それっぽい台詞を言ってみたけど、鴎に睨まれてしまった。

 

「頼んだぞ団長」

 

 軽口を叩いているけど、俺たち全員がのみきの動向を注視していた。

 

 同時に陣形も整えて、決戦に備える。

 

 俺としろはは背中を撃たれたら終わりなので、のみきに正面を向けたまま、並び立つ。

 

 その隣に鴎と夏海ちゃんが、スーツケースに隠れるように前の的を守っている。

 

 鴎はスーツケースを前に据えて鉄壁防御の構えだ。そのスーツケースの上にライフル型水鉄砲を置いて、安定性も高めている。

 

 夏海ちゃんはその鴎の隣で、一番ため池に近い位置だ。

 

 しろはと夏海ちゃんの手には、中距離用の水鉄砲。一方で俺の手には蒼のハンドガン型の水鉄砲と、天善のラケットが握られている。

 

 ちなみにこのラケット、持ってみてわかったけど、水鉄砲でもなんでもない、ただのラケットだった。

 

「ところで鷹原、そのラケットはなんだ?」

 

「俺の防具だ。チョレイなんだ」

 

「言っている意味が解らないんだが」

 

「のみきがダムにいる俺たちに攻撃してきた時、天善がこれで水弾を打ち返していたろ。見てなかったのか?」

 

「もちろん見てはいたが……いや、今は何も言うまい」

 

 のみきは出かかった言葉を飲み込み、再び抹殺者モードに。

 

「さあ、いよいよラスボス戦だよ! 皆、行くよー!」

 

 その時、鴎の口上が述べられ、俺たちは覚悟を決めた。

 

 俺たちの作戦は単純だ。俺がこのラケットを使ってのみきの攻撃を防ぎつつ、他の三人の援護射撃を受けながら、のみきに近づく。近づいてしまえば、左手の水鉄砲でも十分に戦えるはずだ。

 

 俺に対抗するため、のみきが隙を見せれば、鴎がパリングルス水鉄砲ですかさずのみきの的を狙う算段になっている。

 

「……よし、のみき、勝負だ!」

 

 右手に持ったラケットを胸の前に構え、いつでも水弾を迎え撃てるようにしつつ、一気に飛び出す。

 

「少しでも、のみきとの距離を詰めておかないと……ぶっ!?」

 

 その時、ひゅん、と音がしたと思うと、ラケットにものすごい衝撃が加わった。

 

「どわああ!?」

 

 俺は大きく後ろに吹き飛ばされ、もんどりうって倒れる。

 

「羽依里さん!?」

 

「は、羽依里、大丈夫!?」

 

「いてててて」

 

 なんとか起き上がる。前の的は既に撃たれていたので支障はないけど、防御に使ったラケットが柄の部分からポッキリと折れていた。

 

「あああ、チョレーーーイ!」

 

 天善ごめん。まさか折られるなんて。

 

「……ダムでの出来事だが、あれは天善の卓越した技術と根性と卓球愛があってこそ可能な技だ。鷹原が持ったところで、色々と無理があるぞ」

 

 全くもってその通りだった。直接水弾が当たってはいないのに、手が痺れている。

 

 そしてどうしよう、のみきに接近するための盾をいきなり失ってしまった。

 

 倒れた衝撃で、左手に持っていた水鉄砲も俺の手を離れて、どこかに転がって行ってしまったみたいだし。

 

 ポケットに入れておいた水風船が割れなかっただけ、奇跡だった。

 

「さて、今度はこちらも動くとしよう」

 

 俺たちの次の一手より早く、のみきが動き出した。俺もなんとか起き上がって、しろはの隣に並び立つ。

 

「まずは、そのスーツケースが邪魔だな」

 

 のみきはそう言いながら、俺たちの足元を狙って横一閃に水弾を飛ばしてくる。

 

「やばい! しろは、跳ぶぞ!」

 

「う、うん!」

 

 俺たちはとっさに手を繋いで、タイミングを合わせてジャンプする。水鉄砲の水圧で、土の地面に跡が残っていく。

 

 これはもう水鉄砲の威力じゃない。

 

「おわーーっ!?」

 

 俺たちが避けきった直後、隣で鴎がスーツケースごと薙ぎ倒されていた。

 

「鴎、大丈夫か?」

 

「うう、あの水鉄砲反則だよ……」

 

 的こそ撃ち抜かれていないようだけど、俺たちは実力の差を痛感する。

 

「夏海ちゃんも大丈……あれ?」

 

 鴎の隣にいたはずの夏海ちゃんの姿がない。

 

「なっちゃんもジャンプして避けたんだけど、そのまま草むらの中に転がり込んじゃったの」

 

 鴎が指し示す先には、夏海ちゃんの水鉄砲だけが落ちていた。夏海ちゃん大丈夫だろうか。

 

「上手く避けたようだが、これはどうだ」

 

 のみきが水鉄砲を構え直す。

 

 直後、二発目の水弾が放たれた。

 

「……あれ?」

 

 そのあまりの速さに俺は一切反応できなかったけど、水弾は俺としろはの間を抜けていったようだ。

 

 外したのか? のみきにしては珍しい。

 

「羽依里、危ない!」

 

 そう思っていた矢先、しろはが背後から抱きついてきた。え、どうしたんだろう。

 

 直後、後ろの木に水弾が当たり、周囲に激しく水しぶきが飛ぶ。跳弾ならぬ跳水だった。それが俺たちを背後から襲う。

 

 しろはが庇ってくれなかったら俺が失格になっていたところだ。

 

「二人同時に仕留めたと思ったんだが、さ、さすが恋人同士と言ったところだな……」

 

 のみきは悔しそうな顔をしている。

 

「なあしろは、もう少しこうやってくっ付いててくれるか?」

 

「えっ、どうして?」

 

「こうしててもらえると、しろはを感じられるし」

 

「えっ、な、何言ってるの」

 

 背中の方にいても、しろはが顔を赤らめているのがわかる。

 

「それに、俺の背中も狙われないし」

 

「そ、そう言うズルは駄目!」

 

 ぱっ、と身体を離されてしまった。しろはのぬくもりが消えて、少し寂しい。

 

 でも俺を庇ったせいで、しろはが失格になってしまった。こうなったら、俺も覚悟を決めた。

 

 そして俺は、ポケットからこっそりと水風船を取り出す。

 

「のみき、これでも食らえ!」

 

 そしてその水風船をのみきへ向け、素早く投じる。

 

「む!?」

 

 元々が不発弾だ。炸裂しなくても、届かなくても構わない。

 

 でも人間、どうしても速く動く物体に意識が行ってしまう。一瞬だけ、のみきの意識を俺たちから逸らせればいい。

 

 のみきは反射的に水風船に標準を合わせ、ちょうど俺たちとの中間点でそれを撃ち抜く。さすがの腕前だった。

 

 でもその隙に、俺はスーツケースに括り付けておいたパリングルス水鉄砲を素早く取り外し、構える。

 

「……紬、使わせてもらうからな!」

 

 ……元々作ったのはのみきだけど!

 

 がら空きになっていたのみきの前の的に狙いを定め、その引き金を引く。

 

「くっ……」

 

 俺の撃ち放った一撃は、のみきの的を一発で撃ち抜いていた。のみきが作っただけあってなかなかの威力らしく、のみきは水圧に負けて膝をついていた。

 

「……まさか、自分の作った水鉄砲に撃たれるとは」

 

「おお、羽依里、すごい!」

 

 スーツケースに隠れながら、鴎が称賛してくれる。俺も、あそこまで綺麗に当たるとは思わなかった。これも、愛の力だろうか。

 

 しかし、のみきはすぐに立ち上がると、ため池に近くへと移動する。

 

「あー、のみきさん、それはずるいよ!」

 

 鴎が抗議の声を上げる。のみきはため池に背を向け、こちらの動きを警戒している。

 

「すまない。これも作戦なんだ」

 

 確かにあの位置だと、どうやってものみきの背中を攻撃できない。水風船は割られてしまったし、パリングルス水鉄砲は使い切ってしまったし。

 

 のみきの後ろはため池だから、跳水させるための木もないし。何気ない位置取りに見えて、完璧な守りだ。

 

 ……こうなればイチかバチか、飛び込んでみるしかない。

 

「うおおおおおっ!」

 

 俺は落ちていた夏海ちゃんの水鉄砲を拾うと、ジグザグに移動しながらのみきとの距離を詰めていく。

 

「え、なにあの動き」

 

 しろはがちょっと引いてる気がしたけど、今はそんなことを気にしている時じゃない。

 

 卓球王国の本に載っていた、新しい反復横跳びらしい。松下五段のおススメだとかなんとか。ところで、松下五段って誰だろう。

 

 でもこれなら、のみきの攻撃を回避しながら接近する事ができるはずだ。

 

「ハイドログラディエーター改、超広域モード!」

 

 直後、銃口がなんか変形した。なんだあれ。

 

 気にはなったけど、今更止まれない。俺とのみきとの距離はますます縮まっていく。

 

「……ファイア!」

 

 次の瞬間、ハイドログラディエーター改から発射されたのは、広範囲に広がる、まるで霧吹きのような細かい水だった。

 

「え、なんだこれ!?」

 

 その細かい水はあっという間に俺の周囲を覆い、背中の的を濡らす。

 

「鷹原、悪く思うな」

 

「くそ、やられた……」

 

 俺はがっくりとその場に膝をつく。もう少しだったのに。

 

 

 

 ……その時、のみきの後ろに手が見えた。

 

 何かと思ったら、夏海ちゃんがため池のふちに手をかけて、這い上がってくるところだった。

 

 どうやら草むらの中に飛ばされた後、気づかれないように一度ため池の端の方に降りて、そこからずっとチャンスをうかがっていたみたいだ。今のため池、岸の近くはすごく水が少ないし。

 

「えーい!」

 

 夏海ちゃんはそのまま勢いよく、背後からのみきに抱きついた。

 

「え、な、夏海ちゃん!?」

 

「えへへ、のみきさん、お返しですよ!」

 

 同時に、ため池の水で思いっきり濡れた手で、のみきの背中の的に触れていた。

 

 これにより、のみきも失格となる。まさかの位置からの攻撃だった。

 

「まったく、してやられ……たっ、とっ、とっ」

 

「えっ、わっ、わっ、わっ」

 

 直後、夏海ちゃんが抱きついたことで後ろに重心がかかってしまったのか、のみきは大きくバランスを崩し……。

 

「「わーーーー!」」

 

 夏海ちゃんもろとも、ため池に落ちてしまった。

 

「え、ふたりとも、大丈夫か?」

 

 俺としろはは、慌ててため池を覗き込む。

 

「あ、ああ。すまない」

 

「えへへ、大丈夫です」

 

 二人とも、全身ずぶ濡れになってしまっていたけど、怪我はないみたいだった。

 

「ほら、しっかり手を持って」

 

 その後、二人を岸まで上げる。

 

「全身ずぶ濡れですし、私も失格ですね」

 

 夏海ちゃんは苦笑いを浮かべながら、岸に上がってきた。

 

「まさか、夏海ちゃんにしてやられるとは……救済措置として『濡らした手で的に触れて破いても良い』なんて、言わなければよかった……」

 

 のみきはなにやらぶつぶつ言っていた。よくわからないけど、言葉の節々に悔しさが感じ取れた。

 

「でも私、ため池の水で手を濡らしたんですけど、それは良かったんでしょうか」

 

「ああ。ポリタンクの水を使わなければいけないのは、水鉄砲の場合だけだからな。合法だ」

 

「なら、よかったです!」

 

 失格にはなったけど、あののみきと相打ちに持ち込めたのが嬉しいんだろうか。夏海ちゃんは笑顔だった。

 

「あれ、そういえば優勝者って誰になったの?」

 

 しろはは気付いたように呟く。言われてみれば、俺としろはも既にやられているし、のみきと夏海ちゃんも全身ずぶ濡れだった。

 

 

「えーっと、もしかして私、かなぁ~、なんて……」

 

 何とも申し訳なさそうに、鴎が手を挙げていた。確かに前の的は無傷で残っていた。

 

 どうやら、ハイドログラディエーター改の超広域モードによる攻撃も、鴎のいる場所までは届かなかったらしい。

 

「……そうだな。これは鴎の優勝だな。鴎、おめでとう」

 

 のみきがその的を確認し、その場で鴎の優勝が宣言される。

 

「鴎さん、おめでとうございます!」

 

「おめでとう、鴎」

 

「ど、どうもー……」

 

 皆で口々に祝福を送る。鴎は慣れてないのか、苦笑いをしていた。

 

「ふふ。鴎はどうやら祝福されることに慣れていないようだな。戻ったら改めて表彰式だぞ?」

 

 ハイドログラディエーター改を片付けながら、のみきが笑顔で言う。

 

 その後、俺たちはお互いの健闘を称え合いながら、ダムへと戻った。

 

 全身ずぶ濡れだったけど、なんとも言えない満足感に溢れていた。とにかく、楽しかった。

 

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 

 激戦だった水鉄砲大会が幕を下ろし、俺たちはダムの前に集合していた。

 

 散々森の中を歩き回ったから当然疲れてはいるんだけど、心地いい疲労感だった。

 

「で、誰が優勝したんだ?」

 

 のみきとラストバトルを行った場所はダムから見えないし、良一の疑問も当然だった。

 

「ども、優勝者です」

 

 鴎がスーツケースを引きながら、申し訳なさそうに前に出てきた。

 

「おお、ということは、今度はカモメさんがタカハラさんとデートですね!」

 

 紬は笑顔だ。純粋にお祝いしているらしい。

 

「え。でそもれは……しろしろ、えっとその」

 

 鴎はしどろもどろになりながら、しろはの方に視線を送る。

 

「……いいよ。三回目だし、もう慣れちゃった」

 

 しろはは苦笑いだった。

 

「日程については、当事者の二人で話し合って決めるようにな」

 

 のみきはそう言いながら、一枚の紙を鴎に手渡す。

 

「少々濡れてしまったが、しろは食堂のお食事券500円分だ。鴎、改めて優勝おめでとう」

 

「のみきさん、ありがとう!」

 

 続いて、皆から祝福の言葉と、惜しみのない拍手が送られた。

 

「どもー、どもどもー」

 

 鴎も照れ隠しなのか、えらくかしこまっていた。

 

「それにしても鴎、お前もなかなかの射撃の腕だな」

 

「冒険に銃撃戦はつきものだからねー。さすがに、のみきさんには敵わないけど」

 

 確かに、この大会ののみきの強さは異常なくらいだった。

 

「あそこまで真剣だったってことは、もしかしてのみきさん、本気で羽依里さんとデートしたかったんじゃないですか?」

 

 夏海ちゃんが笑いながら言っていた。いくらなんでもそれはないだろう。

 

「そ、そんなことは、ない……ないぞ。まったく。妙なことを言うんじゃない」

 

 あれ。ちょっとのみき、含みありげな反応返さないで。

 

「……それにしてもこれ、洗濯も大変そうだね」

 

 しろはがTシャツの端を摘んでいた。気がつけば全員が全員、服がカピカピになっていた。

 

 ……あれ? いくら水鉄砲で撃ち合ったからって、ここまでカピカピになるものかな?

 

「……ねぇ、何か臭わない?」

 

 同時に、蒼が自分の体のにおいを嗅ぎながら、怪訝な顔をしていた。

 

 言われてみれば、ドブのような、嫌な感じの臭いがする。

 

 皆も自分の体のにおいを嗅いで、一様に嫌な顔をしている。

 

「……これは、もしかして」

 

 俺も改めて自分の体を嗅いでみる。間違いなく俺からも同じ臭いがしていた。

 

「この臭い、もしかしてため池の水?」

 

 しろはが何とも言えない表情をしていた。

 

「あ、えーっと、これはさ……ポリタンクの水が……」

 

 俺は元凶である良一と天善に視線を送る。すると二人が俺の方を向いて、必死に拝んできた。

 

 頼むから黙っていてくれ。ということなんだろうか。

 

「あのさ、実は俺が水を補充しに行った時なんだけど……」

 

 俺は二人の願いに応え、ポリタンクはいつの間にかため池に落ちていたことにした。

 

 不慮の事故により、ポリタンクにため池の水が混入していたと。そういうことにした。

 

「えー、それじゃあ、私のライフルも」

 

「私のおっぱいバズーカも」

 

「パリングルス水鉄砲も」

 

「全部ため池の水……?」

 

「そ、そうなるな」

 

「ちょっと待って。あたしの水風船も、あのポリタンクの水を入れたんだけど」

 

「私のマシンガンもですよ……?」

 

 皆の話を統合すると、ほとんどの水鉄砲にあのため池の水が使われていたらしい。

 

「俺たち、ため池の水で打ち合いをしてたのか……」

 

 ちらり、とため池を見る。水は緑色に変色しているし、雨が降らないせいか自然浄化も進んでないように見える。正直、汚い。

 

 そりゃ、皆臭うわけだ。

 

「どうしよう、髪まですごく臭うんだけど」

 

 ショックを受けてるのは鴎だった。女の子たちは皆髪が長いし、この臭いが髪につくのは絶えられないだろう。

 

「うあー、帰ったらすぐにお風呂入らなきゃ」

 

 蒼は自分の身体を両手で抱きしめている。それくらい嫌なんだろう。

 

「蒼ちゃん、水道代も馬鹿にならないですし、またいつものように一緒にシャワー浴びますか?」

 

「いつも一緒に浴びてないですーーー! いつも一緒に入ってるみたいに言わないでーーー!」

 

 蒼が叫んでいた。

 

 でも、帰ったら本当にシャワー浴びないと。この臭いはやばい。男の俺でも嫌だ。

 

 

「そうだ。タイミングが良いかはわからないが、参加賞として渡そうと思っていたものがあるんだ」

 

 悲壮感が漂う中、のみきが出したのはチケットの束だった。

 

「なんだそれ」

 

「役所の近くに共同浴場があるだろう。そこの無料入浴券だ。しかも、ドリンク一本サービスらしい」

 

 のみきはそう説明しながら、全員に一枚ずつチケットを渡す。

 

「おおー。この島、共同浴場とかあったんだ」

 

 鴎は知らなかったようで、受け取ったチケットを興味津々に眺めていた。

 

 そういえば、そんな施設があった気がする。ほとんど使ったことないから、忘れてたけど。

 

「あそこの風呂は広いからな。ゆっくりくつろげるな」

 

「そうだな。それに確か、あそこには卓球台があったはずだ」

 

 いや、温泉場に卓球台はつきものだけど……さすが卓球脳だ。

 

「元々はこのチケットも、夏休みの子供向けのイベントの景品として用意したんだがな……その、子供が入浴券をもらっても喜ばないだろう?」

 

 確かに。俺たちもこのタイミングじゃなきゃ、喜ばなかったかもしれない。

 

「お風呂沸かす手間も省けるし、たまにはいいかもねー」

 

「そですね! 灯台にはお風呂がありませんし!」

 

 通り雨に打たれた時、そんなことを言っていた気がする。紬も女の子なのに、普段はどうしてるんだろう。

 

「共同浴場ね……しばらく行ってなかったし、久しぶりに入ろうかしら」

 

「はい! シズクも一緒に入りましょう!」

 

 なんだかんだで皆乗り気のようだし、たまには良いのかもしれないな。

 

「それじゃ着替えだけ持って、また共同浴場の前に集合しましょ」

 

「そうだな、そうしよう」

 

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 

 その後、俺と夏海ちゃんは加藤家に戻った後、適当に着替えを持ってから、共同浴場へ向かう。

 

 共同浴場は役所の近くにあって、かなり年季の入った建物だった。

 

「お、来たか」

 

「二人が最後だぞ」

 

 その入り口前に、着替えを持った皆が集まっていた。

 

「ここに来るのも久しぶりよねー」

 

「そうですね。一年振りくらいじゃないですか」

 

「うん。確かあの時は、島中でお風呂のお湯が出なくなったんだよね。原因はわからなかったけど」

 

「そういえば、そんなこともあったっけ」

 

 あの日、俺はどうしたっけ。確か、一回くらい入らなくても良いと思って、そのまま寝たんだっけ。

 

 あの時は、その一年後に島の皆やしろはやと今みたいな関係になっているなんて、想像もできなかったな。

 

「よし、鷹原たちも来たことだし、入ろうか」

 

 そんなことを考えていると、のみきが先頭を切って中に入っていった。俺たちもその後に続く。

 

 

 

 

 ガラス戸を開けて建物の中に入ると、目の前には板張りの待合所が広がっていた。

 

 中央には畳の張られた長椅子が並び、奥には番台。その番台の上には、飲み物のフリーザーも見える。

 

 天井近くの壁に取り付けられた扇風機が回っていた。その対角線上には、これまた古めかしいテレビが吊るされている。

 

 古き良き時代の銭湯、と言った感じだった。

 

「すごいですね」

 

 夏海ちゃんが珍しそうに周囲を見渡していた。たぶん、こういう場所に入ったことがないんだろう。

 

「あれってなんですか?」

 

「ああ、あれはマッサージチェアだよ」

 

「え、あんな形のがあるんですね」

 

 夏海ちゃんが驚くのも無理はない。壁際には、俺もほとんど見たことがないような、古いマッサージチェアが置かれていた。これ、動くのかな?

 

「お風呂から出たら、動かしてみましょう」

 

「そですね!」

 

 静久や紬も興味津々と言った様子だった。普段は見ないだろうしな。

 

「おお、卓球台だ」

 

 そして温泉場ではお馴染みの卓球台がある。天善はそこしか見ていない。

 

「はいはい天善。そーいうのはお風呂の後よー」

 

 天善は目を輝かせていたけど、他の皆は完全スルーの流れだった。

 

 奥にある番台には、おばーさんが座っていた。本当に開店したばかりのようで、俺たち以外に客はいなかった。

 

「おばーさん、無料券で悪いが、入らせてもらっても構わないか?」

 

 のみきが代表して、人数分のチケットをおばーさんに渡す。

 

「はいよ。サービスのドリンクはお風呂上がりでいいかい?」

 

「ああ、構わない」

 

「それにしても、この時間にお客さんがたくさん来るなんて珍しいね」

 

 チケットを受け取りながら、番台のおばーさんは嬉しそうに話していた。

 

「ところで鴎、お前まさか、風呂までそのスーツケース持って入るのか?」

 

「失礼な。さすがに脱衣所までだよ」

 

 それでも脱衣所までは持っていくんだな……。

 

「お風呂で背中流してあげるね、なっちゃん」

 

「え?」

 

「団員の労をねぎらうのは、団長の務めだしね」

 

 あ、まだそのネタ続いてたんだ。新生カモメ団。

 

 

 

 

「それじゃ、また後でね」

 

「ああ」

 

 番台の前で女性陣と別れ、俺は天善や良一と一緒に青いのれんをくぐる。

 

 男湯の脱衣所には、俺たち以外の姿はなかった。こんな早い時間から風呂に入るって人もいないだろう。

 

 正直汗もかいているし、気持ち悪い。さっさと服を脱いで、かごに入れる。

 

「スーーーパーーーパーーージ!」

 

 どうやったのか、良一は一瞬で裸になっていた。深く考えないでおこう。

 

 扉を開けると、目の前にはタイル張りの空間が広がっていた。

 

 お湯が張られた大きな浴槽があり、開放感がすごい。こういう広い風呂っていうのも、良いもんだよな。

 

「本当に誰もいないな。貸し切り状態だ」

 

 隣でそう言うのは天善だ。眼鏡を外しているせいか、いつもと感じが違う。

 

「というか天善、眼鏡は外しても、ラケットは持ってるんだな」

 

「当然だ。何か問題があるか?」

 

「いや、ないけど……」

 

 湿気とかお湯とか、ラケットに悪いんじゃないだろうか。

 

 とりあえず本人が良いというのだから深くは考えないことにして、まずは体を洗ってさっぱりしよう。

 

 ……なんだろう。男湯のお前らはいいから、早く女湯の方を見せろという謎の圧力を感じる気がする。

 

 悪いけどもうしばらく、男湯に付き合ってくれ。

 

 

 

「おおー、すごく広いお風呂です!」

 

「紬、走ったら危ないわよ! ほら、タオルタオル!」

 

 

 

 その時、壁の向こうから紬と蒼の声が聞こえてきた。二人とも声が大きいし、どちらも人がいないせいか、よく響く。

 

 声のした方を見ると、当然壁があるのだけど、換気の関係だろうか、上のほうに隙間が空いていた。

 

 だから声が良く聞こえるのか。

 

 これは早いとこ身体を洗って、湯船に浸かろう。この洗い場の位置だと、嫌が応にも声が聞こえるし。

 

 他の二人も同じような心境だったのか、さっさと身体を洗うと、黙って湯船に浸かる。

 

 少し熱いくらいだけど、俺はこれくらいの湯加減が好きだ。

 

 男同士の風呂ってのも良いもんだよな。裸の付き合いって言葉もあるし。うん、良いもんだろう。

 

 

「蒼ちゃん、ちょっと胸揉ませてもらっていいですか?」

 

「良いわけないでしょーーー! 両手をワキワキさせながら近づいて来ないでーーー!」

 

 

 そうだ、確か周囲の声が気にならなくなるおまじないとか無かったっけ。

 

「スピードノキアヌリーブスノゴトク……」

 

 なんか違う気もするけど、ここは別のことを考えて気を紛らわせないと。

 

「天善天善天善天善……」

 

 隣の天善も同じ気持ちなんだろう。自分の名前を呪文のように呟いている。

 

 

「藍ちゃん、蒼ちゃんの代わりに、私のはどう?」

 

「……静久さんのは遠慮しておきます。そのおっぱいに触れたら、私のものまで吸い取られてしまいそうなので」

 

「ひどいわ! 人をおっぱいの妖怪みたいに言わないでくれる!?」

 

「ぐはっ」

 

 なんか天善がダメージを受けていた。イッタイドウシタンダロウ。

 

 

 

 その後も壁の向こうから声がする度に、どうしてもその、想像してしまう。

 

 だって、健全な男の子だもの。お年頃だもの。いろいろと考えるよ。ねぇ?

 

 

 

 そんな中、俺は無意識にできるだけ壁から離れようとしていたらしい。じわじわと後ろに下がり、背中が誰かとぶつかった。

 

「あ、すみません」

 

 誰か他にも入っている人がいたのか。気づかなかった。

 

「……むう? なんだ、羽依里か」

 

「げっ」

 

 聞き覚えのある声だと思って振り返ると、全身傷だらけの恰幅の良い男性……見間違えるはずもない、しろはのじーさんだった。

 

 この人も、この時間に風呂に入りに来るのか。

 

「じーさんも、いつもこの時間に入りに来るのか?」

 

「ああ。大体この時間だ。帰ってから風呂を沸かしても良いが、そうすると夜にしろはが入る時には湯が冷めてしまう。二度手間だ」

 

 話を聞いてみると、どうやら漁から帰った後には、大体ここでひと風呂浴びに来るらしい。

 

 

 

「なあ羽依里、さっきから誰と話してるんだ?」

 

 その時、ようやく俺が誰かと話をしているのに気づいたのか、良一と天善が俺の方を向いて……驚愕の表情のまま、固まった。

 

「何だ、お前たちも一風呂浴びに来たのか」

 

「いえ! 僕たちはその!」

 

「ちょっとお邪魔しただけで!」

 

 なんだろう。良一と天善がめちゃくちゃ動揺してる。こんな二人、見たことがない。

 

「ぞれじゃ、俺たちは先に出るからな! 羽依里、後は任せたぞ!」

 

 まだそこまで湯船に浸かってないだろうに、二人は一目散に浴場から出ていこうとする。

 

「待てい!」

 

「「ひいっ」」

 

 その様子を見たしろはのじーさんが一喝。二人は走りかけの格好のまま固まる。

 

「ここで会ったのも何かの縁だ。あいさつ代わりに四天王スクワットでもやっていけ」

 

 ちょっと待って。どうしてそうなるの。

 

「ちょうど四人だからだ!」

 

 じーさん、心を読まないで。というか、俺の腕を放してください。

 

「「……」」

 

 二人は死んだような目をして戻ってきた。そして、湯船の中で四人で向かい合って立つ。

 

 当然、風呂の中なので、格好はその……あれだ。生まれたままの姿だ。

 

「よし、加納のせがれは玄武、三谷の小僧は青龍だ」

 

「は、はい!」

 

「わかりました!」

 

「羽依里、お前は変わらず朱雀だ!」

 

「ああ、わかった」

 

「いくぞ! 四天王スクワットだ!」

 

「ししんそうおう! 青龍!」

 

 そして、四天王スクワットが始まった。

 

「せい! せい! 白虎!」

 

「びゃこ! びゃこ! 朱雀!」

 

「ざく! ざく! 玄武!」

 

「げん! げん! 白虎!」

 

 俺も部活の関係上、男の裸の中にいるのは慣れてるけど、この状況はひどい。悪夢だ。

 

「びゃこ! びゃこ! 青龍!」

 

「せい! せい! 玄武!」

 

「げん! げん! 朱雀!」

 

 良一たちは半泣きだった。

 

 

「ちょっと男子、さっきからうるさいわよ!」

 

「羽依里も、お風呂は静かに入って!」

 

 盛り上がってきたところで、壁越しに蒼としろはに怒られてしまった。

 

 これにより四天王スクワットが止まる。助かった。

 

「しろは、お前も入っていたのか」

 

「え、その声は……おじーちゃん!?」

 

「ちょうどいい。四天王スクワットをやってくれた礼に、羽依里をそっち側にくれてやろう」

 

「え、ちょっと何言ってるの」

 

 本当だよおじーさん。何言ってるの。

 

「まだお前たちは、一緒に風呂も入っていないそうじゃないか。ちょうどいい機会だ」

 

 しろはのじーさんの視線を追うと、例の天井近くに空いた隙間が目に入った。俺、あそこから投げ込まれるんだろうか。

 

「い、いい機会じゃないよ! それに、こっちには他の子だっているんだから! 絶対駄目!」

 

 壁の向こうから、しろはの必死の抗議が続いていた。なんだ、この状況。

 

 

「……ふっ、冗談だ」

 

「ほっ……」

 

 どうやら冗談だったみたいだ。このじーさん、どこまで本気がわからない。

 

「お前たちも、ゆっくり入るといい」

 

 しろはのじーさんは俺たちにそう告げると、浴室から出て行った。

 

「た、助かった……」

 

 気を取り直して、ゆっくりとお湯につかることにしよう。

 

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 

「まったく、しろはのおじーさんにも困ったものねー」

 

「うん。おじーちゃんったら、何を言い出すかわからないんだから」

 

 ……私は鴎さんに背中を洗ってもらいながら、お二人の話を聞いていました。

 

「はい、おわりだよー」

 

「鴎さん、ありがとうございました!」

 

「いいよいいよ。先に私の背中、流してもらったしねー」

 

「では、次は私が前を洗ってあげます」

 

「え。えっと、前はその」

 

 なんでしょう。藍さんがものすごい笑顔でこっちにやってきたんですけど。笑顔なのに怖いです。

 

「ふふ、冗談ですよ」

 

 藍さんはそう言いながら、洗い場に座って髪を洗い始めました。でも、さっきの目は本気の目でした。

 

 

 

「ごめんね夏海ちゃん、おじーちゃんが変な冗談言うから、驚いたでしょ」

 

 いつの間にか、私の隣にしろはさんが座って身体を洗っていました。

 

「は、はい。ちょっとだけですけど」

 

 私も体を洗いながら、何の気なしに隣のしろはさんを見ます。

 

 やっぱりその、すごくきれいです。肌も真っ白ですし。日焼け止めとか使ってるんでしょうか。

 

「……ところで夏海ちゃん、その左手どうしたの?」

 

「えっ?」

 

 しろはさんは、包帯の巻かれた私の左手を見ていました。

 

「えっと、この間料理をしていて、ちょっと火傷しちゃいまして」

 

「え、大丈夫なの?」

 

「はい、包帯はしてますけど、大したことはないんですよ!」

 

「じゃあ、後で包帯取り換えてあげるね」

 

「い、いえ! 替えの包帯を忘れてきてしまったので、帰ってから自分で取り替えます!」

 

「そ、そう……? それならいいけど」

 

「はい! 大丈夫です!」

 

 私は身体を洗うのもそこそこに、逃げるように湯船に入ります。

 

 少し熱いですけど、疲れが取れる気がします。のぼせるといけないので、長湯はできそうにないですけど。

 

 温まりながら、皆さんの様子を眺めます。皆さん髪が長いので、お手入れが大変そうです。

 

 髪が短いのは、私とのみきさんくらいです。

 

「ふう。気持ちいいが、その、少し熱いな」

 

 ちょうど私の向かいに、そののみきさんがやってきました。

 

 でも、髪は同じくらいですけど、その……。

 

 私はのみきさんの顔を見た後、視点をゆっくりと下げます。

 

「ん? どうした?」

 

「い、いえ」

 

 ……当たり前ですが、おっぱいは比べ物になりません。

 

 私は何とも言えない気持ちになって、鼻のところまでお湯に浸かります。

 

 そんなことをしているうちに、のみきさんは顔を赤くしながら向こうの方へ行ってしまいました。

 

 

 

「良い湯加減。極楽だねぇ~、なっちゃん」

 

 声がした方を見ると、鴎さんが今にもとろけそうな顔をしながら、湯船に浸かっていました。

 

「水炊きになりそうだねぇ~」

 

 カモメ鍋でしょうか。いいお出汁が出そうですけど。

 

 それにしても、やっぱり鴎さんも……。

 

「え、なっちゃんどうしたの? 私の胸なんか見て」

 

「いえその、む……ごっほですね」

 

「出た。謎の発作むごっほ」

 

 よくわからない言葉で誤魔化してしまいました。

 

「あら、夏海ちゃんもおっぱいに興味があるの?」

 

「ひえっ!?」

 

 いつの間にか背後に静久さんがいて、両肩に手を置かれていました。

 

「別に恥ずかしがらなくてもいいのよ。夏海ちゃんくらいの年だと、おっぱいに興味があって当然だもの」

 

 あ、当たってます。背中に大きいのが。

 

「ここのお風呂は貸し切りみたいで気持ちいいわね」

 

「そ、そうですね」

 

「本土の共同浴場は時々利用するけど、ここまで人がいないなんてことはないもの」

 

 静久さんはそう続けます。その、気分が良いのはわかりますけど、少し離れて欲しいです。

 

「ところであのー、なんで私にくっついてるんですか?」

 

「だって、紬が構ってくれないのよ」

 

「え、どういうことですか?」

 

「むぎぎぎぎぎ」

 

 その時、前の方から聞きなれた声がしました。

 

「つ、紬さん、どうしたんですか?」

 

「お風呂にいる間は、シズクとはゼッコーすることにしました。むぎぎぎぎ」

 

 見ると、紬さんがご立腹みたいでした。何があったんでしょう。

 

「あ、もしかしてその、おっぱいですか?」

 

「むぎゅ! 今はその言葉は言ってはいけません!」

 

 心なしか、紬さんが泣きそうな目をしています。

 

「え、えっと、紬さんの気持ちはわかります。私もその、小さいので」

 

「……わたしの仲間はナツミさんだけです!」

 

「ひゃ!」

 

 紬さんが抱きついてきました。

 

 前から後ろから抱きしめられて、とても苦しいです。

 

「胸の大きさなんて、二人はまだ気にしなくてもいいじゃない。そのうち大きくなるわよー」

 

 そう言うのは蒼さん。なんでしょう。勝者の余裕を感じてしまいます。

 

 その後ろには藍さんが居ます。

 

 お二人とも、さすが双子です。全く見分けがつきません。髪もまとめていますし、喋っていないと、どっちがどっちかわかりません。

 

「それでは蒼ちゃん、触診の時間ですよ」

 

「わひゃ!?」

 

 その時、蒼さんの胸を、藍さんが後ろから鷲掴みにしました。どうやらずっとチャンスをうかがっていたみたいです。

 

「ちょっと藍! なにやってるのーーー!?」

 

「これは触診と言って立派な検査なんですよ。動かないでください」

 

「なんの検査よーーー!?」

 

「こらー! 女子もうるさいぞ!」

 

 お返しとばかりに、今度は羽依里さんから怒られてしまいました。

 

 でも、皆さんと一緒のお風呂は凄く賑やかで、楽しかったです。

 

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 

「ふうー」

 

 入浴を済ませた後、俺たちは待合所の長椅子に座って、まったりと過ごしていた。

 

 ちなみに、天善は隅に置かれた卓球台で、番台のおばーちゃんと風呂上がりの卓球をしていた。せっかく風呂に入ったのに、また汗をかくというのもどうなんだろう。

 

「必殺! ドラゴンスレイブ!」

 

「なんの! 秘技! 竜殺し!」

 

「ぐああああっ!」

 

 それにしても、おばーさんのテクニックがすごい。天善と互角か、それ以上の動きをしていた。

 

 そんな天善を見ていると、せっかくの気分が台無しなので、反対側を見る。

 

 

 

 静久がマッサージチェアにかかっていた。アスリートだった俺は肩こりとかもないし、マッサージ機のありがたみはイマイチわからない。

 

「シズク、気持ちいいんですか?」

 

 うぃんうぃんと動く椅子に腰かける静久を、紬は興味深そうに見ていた。

 

 紬も髪を結んでいないせいか、時折その金髪が扇風機の風でサラサラと舞う。綺麗だった。

 

「胸が大きいとね、肩が凝るものなのよ」

 

「むぎゅ、よくわからないです」

 

「いつか紬にもわかる日が来るわ」

 

「そ、そうでしょーか」

 

 紬は何とも言えない顔をしていた。

 

「そうだ。おばーさんに許可は得ている。各自、好きな飲み物を選ぶといい」

 

 のみきにそう促され、皆で飲み物を選ぶことにした。

 

 色とりどりの牛乳が入ったフリーザーには、大きく『長森牛乳』と書かれていた。聞いたことないけど、地方のメーカーなんだろうか。

 

 一番近くにいた俺が、まずは自分のコーヒー牛乳を取り出す。

 

 そうだ。せっかくだし、皆の分も出してあげよう。

 

「なあ蒼、どれ飲むんだ?」

 

「蒼ちゃんはあっちですよ」

 

「あ、悪い」

 

 近くにいたので話しかけたんだけど、間違えてしまった。だって同じ服着てるし、髪も結ってないし、見分けつかないんだもん。

 

「蒼ちゃんには、マンゴーミックスフラペチーノ味でお願いします」

 

「そんな味ないから。蒼、フルーツ牛乳でいいか?」

 

「うん。ありがとねー」

 

 蒼がやってきて、フルーツ牛乳を受け取る。

 

「それで藍は?」

 

「私はコーヒー牛乳でお願いします」

 

「メロン牛乳とかもあるけど」

 

「コーヒー牛乳が良いです」

 

「ほい」

 

 リクエストのコーヒー牛乳を藍に手渡す。本当に蒼と見分けつかないんだけど。

 

「あ、メロン牛乳は私がもらってもいいかな」

 

 そう言って手を伸ばしてきたのは鴎だった。

 

 風呂上がりだからか、髪型がポニーテールになっていて、一瞬誰かと思った。

 

「やっぱりメロン味が良いよね」

 

 鴎はメロン牛乳を受け取った後、上機嫌で長椅子に戻っていった。やっぱりメロン好きなんじゃないか?

 

 

「静久は何が良いんだ?」

 

 俺はマッサージチェアに腰かけた静久に声をかける。

 

「ありがとうパイリ君。普通の牛乳でいいわ」

 

「普通のでいいのか?」

 

「余計なものは何も入っていない方が、おっぱいには良いのよ」

 

「タカハラさん! わたしも牛乳をください!」

 

「あ、ああ」

 

 妙に気合の入った紬に少し気圧されながら、俺は二人分の牛乳を渡す。

 

 そして、夏海ちゃんがそんな紬を何か言いたそうな目で見ていた。お風呂で何かあったんだろうか。

 

 

「すまない、いちご牛乳を貰えるか」

 

 その次に、のみきがやってきた。

 

「ああ、いいよ」

 

 俺はフリーザーから、いちご牛乳を取り出してのみきに手渡す。

 

「ほい、いちご牛乳」

 

「なんだ? 子供っぽいとか思っているのか?」

 

「いや、別に思ってないぞ。のみきらしいと思っただけだ」

 

「むぅ、それはそれで反応に困るな……」

 

 のみきが何とも言えない顔をして去っていったので、次はしろはに声をかける。

 

「しろは、何飲む?」

 

「それじゃ、フルーツ牛乳」

 

「ほいよ」

 

 しろはにフルーツ牛乳を手渡す。

 

「ありがとう」

 

 しろはからは、良い石鹸の匂いがした。

 

 ーーーまだお前たちは、一緒に風呂も入っていないそうじゃないか。

 

 その時、しろはのじーさんの言葉が頭をよぎる。

 

 というか、この島では恋仲になったら、まずは一緒に風呂に入るのが習わしなんだろうか。

 

 島の誰かから、そんな話を聞いたことがあるような、ないような。

 

「ええい、俺たちにはまだ早い!」

 

 頭を振ってその言葉を打ち消す。

 

「え、何が早いの?」

 

 その様子を見ていたしろはが不思議そうな顔をしていた。

 

「いや、なんでもないよ」

 

 俺が適当にはぐらかすと、しろはは首をかしげながら長椅子の方へ戻っていった。

 

 

「ところで、天善は何を……」

 

「チョレーーーイ!」

 

 ……どうやら天善ゾーンを展開しているようだったので、適当にコーヒー牛乳を選んでおいた。

 

 

「良一はどうする?」

 

「俺はレモン牛乳だな」

 

「え、そんなのあるのか?」

 

「奥の方を見てくれ。たぶんあるはずだぜ」

 

 良一に言われるがままにフリーザーの奥を探すと、一本だけレモン牛乳が見つかった。

 

 変わった味を選ぶんだなと思いながら、レモン牛乳を取り出して、良一に手渡した。

 

「羽依里さーん、私もフルーツ牛乳もらっていいですか?」

 

 最後に夏海ちゃんがやってきた。髪を拭くのに使ったんだろうか。首元にネコの柄が入ったタオルを巻いている。

 

「はい、フルーツ牛乳」

 

「ありがとうございます。羽依里さんも一緒に飲みませんか?」

 

「うん。そうしようかな」

 

 

 

 その後は皆で長椅子に座って、一緒に飲み物を飲む。風呂上がりの牛乳って、どうしてこうも美味しいんだろう。

 

「「ぷはー」」

 

 夏海ちゃんとハモってしまった。

 

 水鉄砲大会であれだけ動き回った後の風呂あがり。子供の頃、プールで思いっきり遊んでから帰宅した後の感じに似ていた。

 

 天井に取り付けられた扇風機の風が心地いい。天国だった。

 

 その時、天井から吊るされたテレビの映像が偶然目に入った。どうやらキャンプ特集をしているらしかった。真っ黒に日焼けした子供たちが、インタビューを受けていた。

 

「……」

 

 隣の夏海ちゃんは、フルーツ牛乳を飲む手を止めて、その番組に見入っているみたいだった。

 

「なんだ夏海ちゃん、もしかしてキャンプ行きたいのか?」

 

 その様子を見てか、良一が夏海ちゃんに声をかける。

 

「え、キャンプですか」

 

 思いがけない提案だったのか、夏海ちゃんがキョトンとしている。

 

「いいんじゃない? せっかくだし、皆で行きましょうよ」

 

 そんな中、蒼が一番に賛同してくれる。

 

「でも、皆さんに迷惑をかけてしまうんじゃ」

 

「誰も迷惑だなんて思わないわよ。ね?」

 

「うん! キャンプ、面白そう!」

 

「皆で島の自然を満喫できるとか、最高よね。紬?」

 

「はい! サイコーですね!」

 

「夏海ちゃん、外で食べるご飯は美味しいんだよ」

 

「なんなら、バーベキューの用意もしてやろう」

 

「また、天体観測もやりましょう」

 

 蒼、鴎、静久、紬、しろは、天善、藍……いつの間にか、皆が話に乗ってきてくれていた。こういう空気は大好きだった。

 

「俺も行きたいな。もちろん、夏海ちゃんも行くよね?」

 

 だから、俺もこの流れに乗ることにした。

 

「は、はい! 行きたいです!」

 

「よーし、決まりだな! 明日は皆でキャンプだ!」

 

 良一が一番喜んでいる気がする。なんでだろう。

 

「でも、キャンプってその、色々と道具が入りますよね?」

 

「大丈夫だ。テントならあるぜ」

 

 夏海ちゃんの問いに対し、良一はそう言って胸を張る。凄い笑顔だった。

 

「良一はテントコレクターだからねー」

 

「まあな。普通のテントからピンクのテントまで、何でもある」

 

 凄いやる気だ。コレクションを披露できる千載一遇のチャンスだからかな。

 

「キャンプ道具は確か、おとーさんのが納屋にたくさんありますよ。まだ使えるはずです」

 

 藍がそう付け加える。

 

「え、なんでキャンプ用品が空門家に?」

 

「うちのおとーさんは昆虫学者だって言ったでしょ。蝶を捕まえるために、南米のジャングルで寝泊まりすることもあるのよ」

 

「あ、そういうことか」

 

 なるほど。納得の理由だった。

 

「役所への届け出は、私がやっておこう」

 

「食材は俺に任せておいてくれ。現地での食材調達をするなら、釣り竿も必要だな」

 

 のみきも天善も、こういう時は本当に頼りになる。

 

「料理は私にまかせてね」

 

「しろはちゃんに任せておけば安心ですね」

 

 もちろん、しろはもだ。

 

「そうだ。冒険に行くなら、おやつも用意しておかないとね!」

 

 そう提案したのは鴎だった。ちなみに鴎、冒険じゃなくて、キャンプだからな。

 

「あの、ワタアメはおやつに入りますか!?」

 

「大丈夫だよツムツム。明日、一緒に買いに行こう!」

 

「はい!」

 

「後、必要なものだけど……」

 

 

 

 その後も皆で、キャンプでやりたいことや必要なものについて、わいわいと話し合った。

 

 夕方になり、それなりにお客さんも増えてきたころ、いつまでも待合所を占拠するのも悪いということで、その場は解散となった。

 

「もし気になることがあったら、明日のラジオ体操の時に最終確認をすればいいし」

 

「そうですね!」

 

 夏海ちゃんはものすごく嬉しそうだった。ニコニコしてるし、明日が楽しみで仕方ないみたいだ。

 

「明日は遠出するし、今日はできるだけ早く寝て、疲れを取らないとね」

 

「はい!」

 

 二人で笑い合いながら、俺たちは帰路についた。

 

 ……ちなみに、今日は食材の準備ができていないとかで、しろは食堂はお休みらしい。こればかりは仕方がない。

 

 加藤家に戻ると、ちょうど鏡子さんが居たので、明日キャンプに行く許可をもらう。

 

「皆で行くんならいいよ。気をつけてね」

 

「はい! ありがとうございます!」

 

 どうやら、快諾してもらえたみたいだ。

 

 その後、夕飯は三人でカップうどんを食べることにした……のだけど。

 

 

 

「のおおおおおおお!」

 

 キムチうどんを一口食べた俺は、もだえ苦しんでいた。

 

「は、羽依里さん! しっかりしてください!」

 

「のおおおおおおお!」

 

「大変です! 羽依里さんが『のお』しか言えなくなってます!」

 

 な、な、なんでこんなに辛いんだろう。この間食べたキムチうどんは、ここまで辛くはなかったはずなのに。

 

「あら。このキムチうどん、パッケージに『獄辛・島唐辛子使用』って書いてあるね」

 

「それってもしかしてヤバネ……のおおおおおおおお!」

 

 一瞬収まったかと思ったら時間差で第二波が来た。

 

「羽依里さん、牛乳です! これを飲んだら楽になりますよ!」

 

「のおおおおおおお!」

 

「羽依里さん、しっかりしてくださーい!」

 

 

 

 ……その後、牛乳を飲んでようやく落ち着いた。ヤバネロ恐るべし。

 

「カップうどん、一口しか食べてないのに」

 

 結局、胃へのダメージを考えて、俺の夕飯は残っていた白ごはんを使ったお茶漬けになってしまった。普段は食堂でしっかり食べてる分、物足りなかった。

 

 そして入浴は共同浴場で済ませていたので、夕食後は早めに休むことにした。

 

 それにしても、島でキャンプとか、いかにも夏休みらしい。夏海ちゃんじゃないけど、俺も明日が楽しみになってきた。

 

 布団を敷いて横になり、目を瞑る。

 

 昼間の水鉄砲大会の疲れもあり、俺はすぐに眠りに落ちていった。

第二十一話・完




第二十一話・あとがき



皆様、おはこんばんちわ。トミー@サマポケです。

今回は前回より、水鉄砲大会の続きを書かせていただきました。
壮絶な戦いの結果(?)、鴎の優勝となりました。鴎と羽依里君のデートはまた後日書きますので、鴎推しの皆様、もうしばらくお待ちください。

そして、ある意味今回のメインは後半の共同浴場となりました。夏海ちゃんパートに切り替えることで、念願の(?)女湯も描写できましたし、満足でございます(何

入浴後に皆でまったりしているシーンも、実はすごく好きだったするんですよね~(*'▽')


■今回の紛れ込みネタ

・松下五段の反復横跳び……お察しの通り、AB!の松下五段です。

・長森牛乳……ONEのネタです。長森さんはご飯と一緒に牛乳が飲めるくらいの牛乳好きですからね。

以上になります。いくつお気づきになられたでしょうか。
感想など頂けましたら、泣いて喜びます。
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