Summer Pockets #2   作:トミー@サマポケ

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第二十二話 8月14日(前編)

 

 

 

「羽依里さーん! 朝ですよ!」

 

 今日も夏海ちゃんの声で目が覚める。

 

「おはよう。夏海ちゃん」

 

「はい。おはようございます」

 

 夏海ちゃんに挨拶をした後、布団をたたみ始める。

 

「あの、お腹の調子はどうですか?」

 

「え、お腹?」

 

 夏海ちゃんが心配そうな顔で聞いてきた。特に調子の悪さは感じないけど。

 

「ほら、夜中に苦しんでたじゃないですか」

 

「え、夜中?」

 

 晩ごはんの時には苦しんだけど、その後は大丈夫だったはずだけど。

 

「夜中にお手洗いに起きたら、羽依里さんの部屋からうめき声が聞こえたんですけど」

 

「え、なにそれ」

 

「ヤバネロがー。ヤバヤバー。しろはー、たすけてー。とか、言ってましたけど」

 

「ええー……」

 

 全く記憶にないけど、うなされてたらしい。夢を見た記憶もないけどな。

 

「大丈夫だとは思うけど」

 

 自分の腹をさすってみる。特に違和感はない。

 

「なら、いいんですけど。あの時は、本気で鏡子さん起こそうかと思っちゃいました」

 

 確かにそんな状況を見たら、俺でも鏡子さんを起こしていたかもしれない。

 

「それじゃ、表で待ってますね」

 

 夏海ちゃんはそう言いながら、部屋から出ていった。

 

 ヤバネロ症候群……?

 

 変な単語が浮かんだけど、すぐに頭から消した。

 

 いつまでも夏海ちゃんを待たせても悪いし、俺は手早く着替えを済ませ、洗面所へ向かった。

 

 

 

 

「夏海ちゃん、おまたせ」

 

「はい! それでは行きましょう!」

 

 身支度を済ませた後、玄関で夏海ちゃんと合流して、神社へと向かう。

 

 今日は普段より暑い気がする。蝉の声も、いつもより大きい気がするし。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「羽依里、なっちゃん、おはよう!」

 

「鴎さん、おはようございます!」

 

 境内に到着すると、いつものメンバーに加えて鴎と紬、静久がいた。

 

「よし、これで大方揃ったな。ラジオ体操大好きさんが来る前に、キャンプの打ち合わせをするぞ」

 

 良一が音頭を取り、皆が一か所に集まる。

 

 

「あれ、しろはは?」

 

 一緒にキャンプに行くはずのしろはの姿が無かった。

 

「しろはちゃんは朝に弱いんですよ。心配しなくても、ここで聞いた内容はきちんとしろはちゃんにも伝えておきます」

 

 そっか。藍に任せておけば大丈夫かな。

 

「ところで今日のキャンプ、目的地はどこになるんだ?」

 

「七ヶ浜だ」

 

「え、どこ?」

 

 聞いたことのない場所だった。

 

「秘密だ。夏海ちゃんは一度行ったことあるぜ」

 

「え、そうでしたっけ?」

 

 夏海ちゃんの頭にもクエスチョンマークが浮かんでいるようだった。

 

「一度、マリンジェットで行った入り江なんだが」

 

「あ、あそこですか」

 

 そう言われて、夏海ちゃんにはピンときたらしい。俺たちは相変わらずわからない。

 

「他の皆は、ついてからのお楽しみだな」

 

 良一は含み笑いを見せる。どんな場所かわからないけど、楽しみにしておこう。

 

「昨日も言ったが、俺は全員分のテントを持って行くからな」

 

 確か、テントコレクターなんだったか。それなら良一に一任した方が良さそうだ。

 

「キャンプ用具は、俺が後で蒼の家に取りに行こう。構わないか?」

 

「いいわよー。適当に表に出しておくわねー」

 

 どうやらキャンプ用具の担当は天善みたいだ。

 

「向こうでバーベキューをするからな。米や野菜、肉といった食材も俺と天善が用意しておく」

 

「そうだな。任せておけ」

 

 なんだろう。良一が生き生きとしている。すごく楽しんでいるみたいだ。

 

「後、しろはには調理を担当してもらいたくてな。必要な調理道具を持ってきて欲しい」

 

「わかりました。そう伝えておきます」

 

 天善の提案を受け、藍が快諾する。

 

「ねぇねぇ良一君、個人で用意するものとかあるかな? 本格的なキャンプとか、久しぶりだし」

 

 鴎がメモを手に質問していた。

 

「必要なものは着替えやタオルくらいだな」

 

「ふむふむ」

 

 鴎はあのスーツケースも持って行くんだろう。あれならなんでも入りそうだった。

 

「後、水筒も必要だな。こっちも水は持って行くが、自分でも用意してくれよ」

 

「水筒だね。了解したよ!」

 

「あ。そう言えば鴎、向こうで花火をやるんだろ?」

 

 昨日、共同浴場で言っていたことを思い出して、そう聞いてみた。

 

「うん! 花火も用意していくからね!」

 

「後は、やっぱりおやつも必要よねー」

 

 そこで蒼が会話に入ってきた。

 

「後で駄菓子屋に買いに行くよ!」

 

「待ってるわよー」

 

 結果的にバイト先に貢献していた。さすが看板娘だった。

 

「わたしは、ワタアメとパリングルスを持ってきます!」

 

「おっぱいも忘れずに持っていくわね!」

 

 紬と静久も楽しみにしているみたいだ。ちなみに、最後の一言は聞かなかったことにしよう。

 

「なっちゃんも、後で一緒におやつ買いに行こうね?」

 

「はい! よろしくお願いします!」

 

 具体的な話がどんどん出ているせいか、夏海ちゃんがワクワクしているのがわかる。

 

「夏海ちゃん、天善ちゃんは夏海ちゃんをだしに、テントのお披露目をしたいだけなんです。騙されてはいけません」

 

「え、そうなんですか?」

 

「全然そんなことないぞ! キャンプ楽しみだなー!」

 

「……白々しいですね」

 

 藍が冷たい視線で良一を見ていた。でも、皆もキャンプが楽しみなことに変わりはないだろう。

 

「集合時間は13時。集合場所は役所前な。遅れたら置いていくぞ!」

 

「はい! 遅刻しないように気をつけます!」

 

「おまえらー! 今日もラジオ体操を始めるぞー!」

 

 その時、打ち合わせが終わったのを見計らったかのように、ラジオ体操大好きさんがやってきた。今日もラジオ体操が始まる。

 

 

 

「第二の体操! 横隔膜の振動だ! 筋肉わっしょい! 筋肉わっしょい!」

 

「「わーっしょい! わーっしょい!」」

 

 なんだかいつもと掛け声が違うような気もするけど、これはこれで賑やかだし、いいんじゃないかな。筋肉筋肉ー!

 

 

 

「さあ、スタンプはこっちだぞー」

 

 ラジオ体操が終わった後、いつものようにスタンプをもらい、ログボを受け取る。

 

 今日は小さな壺が大量に並んでいた。そして、その全てにふたがされている。

 

「え、壺?」

 

 なんだろう。梅干しでも入ってるんだろうか。それにしては、数が多い。

 

 首をかしげながら壺を受け取る。

 

「なんだろうこれ」

 

 何の気なしにふたを開けてみる。

 

 すると、吸盤のついた無数の足が目に飛び込んできた。タコだ。これはタコつぼだった。

 

「ひいっ!?」

 

 俺は反射的にふたを閉めた。

 

 小さいながらもタコを一人一匹くれるとか、いくら島とはいえ凄すぎる。

 

 というか、生きたタコをもらってもどうしようもない。皆、持って帰ってどうするんだろうか。

 

 

「朝一番で港に揚がったみたいねー。どうやって食べようかしら」

 

「たこ焼きにしますか? キャンプ用品を整理していたら、納屋からたこ焼き器が出てきましたし」

 

「あ、それいいわねー」

 

「一度作っておけば冷凍庫で保存できますよ」

 

「うんうん。帰ったらさっそく茹でて、ぶつ切りにしておかなきゃね」

 

 空門姉妹がそんな話をしていた。なんだかんだで二人も島育ちと言うのを実感する会話だった。

 

 

 

「ひ、ひえぇえぇーーーー!」

 

 その時、タコつぼを受け取った夏海ちゃんが聞いたことのないような悲鳴を上げながら、ふたを閉めていた。若干涙目になっているようにも見える。

 

「うひゃー」

 

 同じくログボを受け取った鴎も一瞬だけふたを開けて、すぐに閉めていた。

 

「ツムツム、これあげる」

 

 そして、笑顔で紬にタコつぼを渡していた。鴎の癖にタコが嫌いなんだろうか。

 

「むぎゅ!? いいんですか?」

 

「うん!」

 

 一方で、紬はそのタコつぼを嬉しそうに受け取っていた。

 

「あれ、紬ってタコ好きなの?」

 

「はい! ワタアメとパリングルスも好きですが、タコとコッペパンも好きです!」

 

「そっか、だったら俺のも……」

 

「紬さん! 私のタコもあげます!」

 

 俺のも渡そうと思った矢先、先に夏海ちゃんが紬にタコつぼを渡していた。

 

 夏海ちゃん、持ってるのも嫌だったんだろうか。

 

「おおー、ありがとうございます!」

 

 紬は両手にタコつぼを抱え、嬉しそうだった。

 

「ところで紬、そのタコどうするんだ?」

 

「このままだと日持ちしないので、灯台に戻ったらヒモノにします!」

 

 タコにも言葉の意味が分かったんだろうか。紬の持っているタコつぼのふたがカタカタと震えていた。

 

 なんだかんだで紬もこの島の人間だ。逞しかった。

 

 ところで俺のタコどうしよう。さすがに紬にはこれ以上渡せそうにないし。

 

 しろはに渡してもいいけど、朝一番に家を訪ねるというのも……。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 そんなことを考えているうちに、加藤家に帰りついてしまった。

 

「えーっと」

 

 とりあえずタコつぼを持ったまま、居間までやってくる。

 

 さて、鏡子さんもいないみたいだし、どうしたものか。

 

 俺の手には、カタカタと動くタコつぼ。タコも身の危険を感じているんだろう。ふたを押さえていないと、すぐにでも逃げ出してしまいそうだ。

 

 もし逃げ出されて、居間でスミでも吐かれようものなら、目も当てられない。

 

「夏海ちゃん、今日の朝ごはんだけど」

 

「羽依里さん、たまには羽依里さんが作ってみませんか?」

 

「え」

 

 夏海ちゃんにお願いしようとしたら、思わぬ返しが来た。

 

「タコライスでもたこめしでも、お刺身でも、朝から好きなもの作れますよ? 良かったですねぇ」

 

 凄い笑顔だ。そして少し離れている。もしかして夏海ちゃん、ぬめぬめしたの駄目だったりするんだろうか。

 

「良かったね夏海ちゃん。今日のログボなら、立派なチャーハンが作れるよ」

 

「うぐっ」

 

 だから俺も笑顔で切り返してみた。そしてタコつぼを夏海ちゃんの方に差し出す。

 

「せっかくしろはに教わったチャーハンの極意、生かすチャンスだよね?」

 

「ううう……」

 

 夏海ちゃんは頭を抱えて唸っている。ちょっと酷だっただろうか。

 

 ゴム手袋どこでしたっけ……とか、洗剤で洗っても大丈夫でしょうか……とか、ぶつぶつ言ってるのが聞こえる。

 

 ゴム手袋はわかるけど、洗剤は本当にやめて。

 

「……あら?」

 

 その時、鏡子さんが居間にやってきた。よかった。出かけたわけじゃなかったみたいだ。

 

「それ、何?」

 

「ラジオ体操でもらったんです。タコなんですけど」

 

 俺はそっとタコつぼのふたを開けて、中身を見せる。

 

「あら、美味しそうね」

 

 この流れを待っていた。鏡子さんに後光が差しているように見える。

 

「食べるんでしょ?」

 

「はい」

 

「貸して」

 

「よろしくお願いします」

 

 俺はタコつぼごと、鏡子さんにタコを渡す。

 

 鏡子さんはそれを持って台所へ向かい、しばらくして戻ってきた。

 

「今茹でてるから、もう少ししたら食べ頃だと思うよ」

 

「ありがとうございます」

 

「茹でたらぬめりもなくなるし、大丈夫だと思うから。頑張ってね」

 

 鏡子さんは夏海ちゃんにそう言って、玄関から出て行ってしまった。今度は本当に外出してしまったみたいだ。

 

「茹でたらぬめりもなくなるし、大丈夫だと思うから。頑張ってね」

 

「ええー……」

 

 俺は鏡子さんと同じセリフを、夏海ちゃんに投げかける。

 

「はぁ……わかりました。頑張ってきますよ」

 

 夏海ちゃんはエプロンをつけて、重い足取りで台所へと向かっていった。

 

 

 

 十数分後、良い香りと共にタコチャーハンが居間に運ばれてきた。

 

「おお。美味しそうだね」

 

「食べられなくはないと思うんですけど」

 

 夏海ちゃんがエプロンを外しながら、俺の向かいに座った。

 

 あれ。そう言えば、今日は自信作と言わなかった。

 

「こうなれば、イチレンタクショーです。食べましょう!」

 

 紬みたいな言い方しないでほしい。

 

「それじゃ、いただきまーす」

 

 手を合わせた後、さっそくスプーンを手にして、目の前のタコチャーハンに取り掛かる。

 

「うん。美味しい」

 

 一口食べると、磯の香りが口の中に広がった。十分に美味しいと思うけど。

 

 具材に使われているタコの弾力も良い。噛めば噛むほど味が出るし……。

 

 ……その時、ガリっと音がして、何かが口に当たった。

 

「……?」

 

 何だろうと思って出してみると、タコのくちばしだった。

 

「あ、やっぱり入っちゃってましたか?」

 

 その様子を見て、夏海ちゃんが申し訳なさそうな顔をする。

 

「タコとか、さばいたことないので……気をつけてはいたんですけど。どうにも小さくて」

 

 ああ、間違って入っちゃったんだろうなぁ。

 

「いいよいいよ。無理強いしたのは俺だしね」

 

 どうやら、しろはのチャーハンの極意には、タコのさばき方までは記されていなかったみたいだ。

 

 くちばしの部分だけ目をつぶれば、タコの風味もしっかりと出ていたし、美味しいチャーハンだった。

 

 

 

 

 朝食後、俺たちはキャンプの準備を始めた。

 

 それぞれ部屋に分かれて、大きめのリュックを引っ張り出し、それに着替えやタオルを詰める。

 

 天善たちにだけ沢山の荷物を持たせるわけにはいかないので、俺のリュックにも入るよう、余裕を持たせておく。

 

「だいたいこんなもんかな」

 

「……鷹原、居るか?」

 

 ある程度準備を終えた頃に、玄関から声がした。

 

「あれ、誰だろう?」

 

 

 

 玄関に出てみると、そこには天善がいた。

 

「天善か。どうしたんだ?」

 

「ラジオ体操の時に言い忘れてしまったが、バイクの修理が終わったぞ」

 

 天善が指さす先に、俺のバイクが止められていた。

 

 まるで新品同様……とまではいかないけど、すごくきれいになっていた。

 

「まさか、ここまで持ってきてくれたのか?」

 

「ああ。ここまで押してくるのも、良いトレーニングになったからな」

 

 天善も、今日はキャンプの準備で忙しいはずだ。電話でもくれたら、取りに行ったのに。

 

「それで天善、修理代は……」

 

「この間も言っただろう。修理代は不要だ」

 

「いや、でも……」

 

 ここまでしてもらって修理代も出さないとか、あまりに申し訳ない。

 

「そうだ天善、食材の買い出しって終わったのか?」

 

「いや、ついさっきキャンプ用具を運んだところだ。食材の調達はこれからだな」

 

「なら、手伝わせてくれないか?」

 

「何、良いのか」

 

「ああ。バイクを直してくれた、せめてものお礼だよ」

 

「そういう事なら、遠慮なく頼むことにしよう。メモ用紙とペンはあるか?」

 

「ああ、ちょっと待っててくれ」

 

 俺は一度自分の部屋に戻り、適当な紙とペンを持って戻る。

 

「すまないな」

 

 それを受け取った天善は、素早く紙の上にペンを走らせる。

 

「とりあえず、食材はこれだけあればいい。港の商店に行けば、大方揃うはずだ」

 

 天善からメモを受け取る。そこに書かれていたのは、水や肉、調味料だった。

 

「米や野菜は良一が用意する手はずになっている。俺は水と肉の係だな。頼めるか?」

 

「ああ、任せてくれ」

 

 天善からお金と、バイクのキーを受け取る。

 

「買い出しが終わったら、天善の家に持って行けばいいのか?」

 

「それでいい。待っているからな」

 

 天善はそこまで話すと、軽く手をあげてその場を立ち去っていった。なんだかんだで、忙しいんだろう。

 

 

 

「……あれ、天善さん来てたんですか?」

 

 天善が帰った直後、玄関から夏海ちゃんが顔を覗かせた。

 

「バイクの修理が終わったから、持ってきてくれたんだよ」

 

「直ったんですか。良かったですね」

 

「うん。それでバイクのリハビリがてら、ちょっと港に行ってくるよ」

 

「港ですか?」

 

「うん。天善の買い出しを手伝うことになってね」

 

「そうなんですね。気をつけて行ってきてください!」

 

「安全運転で行ってくるよ。夏海ちゃんは水筒の準備をお願いね」

 

「わかりました!」

 

 夏海ちゃんが家の奥に引っ込むのを確認してから、俺はバイクにまたがって、セルスイッチを押す。

 

「……あれ?」

 

 ……相変わらずセルスイッチは駄目っぽい。

 

「こっちは直してくれなかったんだな」

 

 例によってキックスイッチを試すと、問題なくエンジンが起動した。

 

「よし。行くぜ相棒!」

 

 俺はゆっくりアクセルを回す。修理したてとは思えない、快調な走り出しだった。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 港に到着した後、適当な場所にバイクを止める。ここまで走らせたけど、バイクの動作には何も問題はなかった。

 

 ちなみに、港には今日も出店が出ていた。気にはなったけど、今は買い出しが優先だ。

 

「お、いらっしゃい」

 

 港の商店に入ると、店番のおじさんが笑顔で対応してくれた。

 

 こじんまりとした店内には、小さなレジスターが置かれ、食料品から日用雑貨まで、様々なものが所狭しと並べられていた。

 

「すみません。えっと、豚肉と鶏肉……あと、調味料をください」

 

「調味料はこれだな。肉は……ちょっと待ってな」

 

 おじさんは塩コショウやサラダ油を出してくれ、奥のフリーザーからトレイに入った肉を持って来てくれた。

 

「あ、それとペットボトルの水をください」

 

「はいよ。その棚の下に入ってるから、引っ張り出してくれ」

 

 言われた場所からペットボトルを引っ張り出す。結構な重さだった。

 

「ほい。まいどあり」

 

 そんな感じに必要な買い物を済ませ、荷物をバイクに乗せる。

 

「あれ」

 

 調味料や肉は、なんとか収納スペースに入ったけど、ペットボトルの水だけはどうしても入らない。

 

「夕飯の分だけだけど、行く人数が人数だもんな……」

 

 天善の家と港を何往復かしようか。とか考えていると……。

 

「にいちゃん、この箱を貸してやるよ」

 

 その様子を見ていたのか、商店のおじさんが店の奥から箱を持ってきてくれた。

 

 『鳥白島漁協』と書かれた、プラスチック製の黄色くて大きな箱だった。これならペットボトルも全部入りそうだ。

 

「後で返しに来てくれたらいいからな」

 

 紐でバイクの荷台に箱を固定しながら、おじさんはそう言ってくれた。

 

「ありがとうございます。お借りします」

 

「おう、気をつけて走れよ。また転んだら、彼女が悲しむぞ」

 

 あ。やっぱり皆、口にしないだけで事故のことは知ってるんだな。

 

「はい、気をつけます」

 

 その後は普段以上に安全運転をしながら、天善の家へと向かった。

 

 というより、後ろの荷物が重すぎて、そこまでスピードが出なかった。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 天善の家に到着すると、ちょうど当の本人が家の前でキャンプ用具を整理していた。

 

「天善、買い出しを済ませてきたぞ」

 

「おお、悪いな」

 

 すぐ近くに乗り付け、天善に荷物とおつりを渡す。荷物の方は結構な量だ。これを全部持って行くんだろうか。

 

「水は良一と分けて持つし、調味料も小分けにするから大丈夫だ」

 

「もしあれだったら、俺のリュックにも入るようにしておくぞ?」

 

「気持ちだけ受け取っておくさ。これは良いトレーニングになるからな」

 

 なるほど。トレーニングならしょうがない。

 

「じゃあ、俺はこの箱を港に返してくるから」

 

「そうか。鷹原、助かったぞ」

 

「お互い様だよ。それじゃ、また後でな」

 

「ああ」

 

 天善に荷物を渡した後、俺は軽くなったバイクに乗って、箱を返しに港へと戻る。

 

 商店のおじさんに箱を返し、お礼を言った後、俺は再びバイクに乗って、加藤家を目指す。

 

 ……その途中。

 

 

 

「……あれ、蒼?」

 

 一本道に差し掛かったところで、例の木の下に座っている蒼を見つけた。

 

「よう」

 

 俺は近くにバイクを止めて、蒼に近づきながら声をかける。

 

「あ、羽依里ー」

 

 声は返ってきたけど、なんだろう。ぼーっとしているような。

 

「なあ蒼、どうかしたのか?」

 

「んー、ちょっとねー。暑さにやられちゃった……かも」

 

「え、大丈夫なのか?」

 

 今日はいつもより暑い気がするし。まさか日射病だろうか。

 

「だからちょっとだけ、この木の下で休んでたんだけどねー」

 

 近寄ってよく見てみると、蒼の顔は少し赤いような気もした。

 

「早く帰った方が良いんじゃないか?」

 

「うん、そのつもりなんだけどー」

 

 蒼が立ち上がる。ふらついてはいないけど、本調子じゃなさそうだ。このまま歩いて帰ってたら、悪化してしまうかもしれない。

 

「なあ蒼。バイクの後ろに乗っていくか?」

 

「え、いいわよー。悪いし……」

 

「こんな暑い中を歩いて帰っていたら、余計に体調悪くなるぞ。遠慮なんかせず、ほら乗れ」

 

 俺は反射的に蒼の手を引いて、バイクの近くに連れて行き、収納スペースからもう一つヘルメットを取り出して、被らせてやる。

 

 夏海ちゃんも一緒に乗ることがあるからと、ヘルメットをもう一つ入れておいてよかった。

 

「うーん。それじゃ、お言葉に甘えようかしらねー」

 

「それじゃ、しっかり掴まれよ」

 

「うんー」

 

 俺が先にバイクに乗ってそう声をかけると、後ろに乗ってきた蒼は俺の首に手を回して、ほとんど抱きつくようにしてきた。そ、そこまでくっつかなくても。

 

 でも、俺の首に回された蒼の腕は少し熱く感じた。これは本当に日射病になりかけてるかも。

 

「できるだけゆっくり進むからな」

 

「うん、よろしくー」

 

 ぼうっとなってるんだろうか。なんとなく元気がない。

 

 早く連れて帰ってあげないと。

 

 俺はゆっくりとバイクを発進させた。

 

 

 

 

「なぁ、家に帰ったら、誰かいるんだろ?」

 

「うん、藍がいるー……」

 

 走り出してすぐ、確認のために背中に向かって話しかけると、力の無い声が返ってきた。

 

「というか、大丈夫か?」

 

「うんー」

 

「まだ寝ないでくれよ……?」

 

「ん、がんばる……って、さすがに寝ないわよ?」

 

「あれ? そうだよな」

 

 ……何を言ってるんだろう、俺。

 

 走り出して数分後、空門の家の前に到着すると、呼び鈴を鳴らす前に藍が飛んで出てきた。

 

 バイクに乗って、少し風に当たったのが良かったのか、蒼はさっきよりは具合が良さそうだった。

 

 少し休んだら良くなるわよー。とか、藍と話しているのが聞こえたし、そこまで気にしなくても大丈夫かもしれない。

 

 藍からお礼を言われた後、俺は再びバイクを走らせ、加藤家へと帰宅した。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「ただいまー」

 

 バイクをガレージに入れて、加藤家の門をくぐる。居間に行くと、夏海ちゃんが二人分の水筒を用意してくれていた。

 

「羽依里さん、おかえりなさい」

 

 夏海ちゃんはその水筒に、やかんから冷たい麦茶を注いでくれていた。

 

「麦茶まで準備してくれたの? ありがとう」

 

「えへへ、これで準備は万端ですよ!」

 

 道中にかぶるつもりなんだろうか。夏海ちゃんは麦わら帽子まで用意していた。

 

 すごく楽しみなんだろう。夏海ちゃんはものすごくテンションが高かった。

 

「ごめんくださーい!」

 

 その時、玄関から声がした。

 

「はーい!」

 

 二人揃って玄関に出てみると、そこには鴎と紬が居た。

 

「やっほー、羽依里」

 

「ナツミさん、こんにちわです!」

 

「あれ、二人ともどうしたの」

 

「なっちゃんたち、もうキャンプの準備終わった?」

 

「はい。ちょうど今終わったところですけど」

 

「じゃあさ。お菓子、買いに行かない?」

 

「え、お菓子ですか?」

 

「そう! せっかくキャンプに行くんだし、おやつは必須だよね!」

 

 そういえば、ラジオ体操の時にそんな話をしていた気がする。

 

「もし、遭難した時には非常食にもなるし!」

 

 ちょっと、縁起でもないこと言わないでほしい。

 

「それじゃ、さっそく行こう!」

 

 鴎は夏海ちゃんの手を取って、今にも外に連れ出さんとしている。

 

「あ、鴎さん、ちょっと待ってください!」

 

「え。どうしたの?」

 

 鴎が手を離した拍子に、夏海ちゃんはぱたぱたと自分の部屋の方に戻って行ってしまった。

 

「なんだろうね」

 

 鴎が首をかしげていると、すぐに夏海ちゃんが戻ってきた。

 

「鴎さん、お借りしていた本です!」

 

 戻ってきた夏海ちゃんの手には、三冊の本。もしかしなくても、ひげ猫団の冒険だった。

 

「え、もう読み上げちゃったんだ!?」

 

「はい! すごく面白かったです! ありがとうございました!」

 

 夏海ちゃんは深々と頭を下げながら、鴎に本を返す。

 

「それじゃキャンプの間、たっぷりと感想を聞かせてほしいな!」

 

「はい、わかりました!」

 

 鴎はスーツケースを開けて、その中に三冊の本をしまう。

 

「それじゃ改めて、駄菓子屋さんにしゅっぱーつ!」

 

 その後、四人で駄菓子屋に向けて出発した。

 

 

 

 

 駄菓子屋へ向かう道中、気になったことがあったので聞いてみた。

 

「そういえば、静久は?」

 

「一度家に帰って、準備をしてくるそうで。お昼前の船で、また来るそうです」

 

 ということは、今は本土に帰っているわけか。

 

 静久は俺たちと違って、色々準備も大変そうだな。

 

「それよりカモメさん、タカハラさんにあの話をしなくていいんですか?」

 

「え」

 

 紬に話を振られて、急に鴎の目が泳ぎ始める。

 

「もう、ツムツム、そう言う話はまた別の機会に……」

 

「そんなことではいけません! うじもじしていると、すぐに夏休みは終わってしまいますよ! 女はドキョーですよ!」

 

 え、度胸? 一体何の話だろう。

 

「えーっと、羽依里。その、デ、デートの件なんだけど」

 

「え、ああ」

 

 何かと思えば。昨日の水鉄砲大会の副賞だっけ。

 

「明日はまだキャンプだから……明後日はどう?」

 

「ああ、いいぞ」

 

 特に予定はないし。

 

「つ、都合悪くなったら言ってね」

 

「大丈夫だとは思うけど」

 

「もし明後日が駄目でも、明々後日があるさ」

 

 なんというか、ポジティブな奴だ。

 

「待ち合わせの時間と場所なんだけど、港に朝九時でいいかな」

 

「構わないぞ。でも港に集合ってことは、鴎も本土に行きたいのか?」

 

「ううん。島に行きたいの」

 

「え、すでに島にいると思うけど」

 

「そうじゃないよ。近くの別の島に行きたいの」

 

 別の島? よくわからないけど、鴎が行きたいと言うんなら任せよう。

 

「でも、どうやって行くんだ?」

 

「あのね、マリンジェットを借りたいんだけど。羽依里、確か運転できるよね?」

 

「ああ。できるぞ」

 

 確か今年のゴールデンウィークに、マリンジェットが運転できる男はモテると良一に言われて、無理矢理免許を取らされたんだっけ。

 

「確かマリンジェットも、良一が持っていたな」

 

「できたら、大きいのが借りたいんだけど。スーツケースも乗せたいし」

 

 その辺は、本人に聞いてみないとわからない。

 

「また後で良一に聞いてみるよ」

 

「うん、よろしくね!」

 

 そんな話をしているうちに、駄菓子屋に到着した。

 

 

「いらっしゃいませ」

 

 駄菓子屋には藍しかいなかった。というか、店番のくせにチューベを食べていた。

 

「あれ、あおちゃん居ないんだ」

 

「ちょっと体調不良です」

 

「え。大丈夫なの? 今日はキャンプがあるのに」

 

「大丈夫だとは思いますよ。念のために午前中はゆっくり休むと言っていました。蒼ちゃんも、キャンプは楽しみにしているみたいですし」

 

 確かに、蒼もバイクから降りた時は、だいぶ体調良さそうだったしな。

 

「それに、蒼ちゃんが本当に悪ければ、私もバイトに来ていませんよ」

 

 それもそうだ。藍のことだし、つきっきりで看病するだろう。

 

 裏を返せば、大したことないのかもしれない。

 

「それで、今日はどうしたんですか」

 

「あ、そうそう。キャンプ用のおやつを買いに来たの」

 

「おやつを買うのは構わないですが、金額は300円までですよ?」

 

「え、そんなルールがあるのか?」

 

「当然です。300円を超えた場合は、イナリの刑ですよ」

 

「「ええーー!」」

 

 鴎と夏海ちゃんがショックを受けていた。だからイナリの刑って何。

 

「むぎぎぎぎ……300円までなら、パリングルスが一本、パリングルスが二本……」

 

 紬もその話を聞いてから、両手にパリングルスを持って、ぶつぶつ言ってる。まるでトイレのむぎゅ子さんだ。

 

「とりあえず、おやつを選ぼうかな」

 

 俺たち四人はそれぞれ店内に散らばり、駄菓子とにらめっこする。

 

「えーと」

 

 俺はざっと駄菓子のラインナップを見てみた。

 

 一本10円のうんまい棒や、20円の酢昆布、そして5円チョコに10円チョコに100円チョコ。

 

 フライダーポテトやビックリンガムに代表される30円スナック、チョコビックリバーやイカラーメンに代表される60円スナック、そして90円のネタもの。

 

 そして金額では群を抜いている、250円のブルジョワチョコ。

 

 こいつらを上手い具合に組み合わせるのがコツだ。適当に選ぶだけじゃ、良いチームは作れない。

 

 目指すはマンチェストーシティーか、リアル・マダリードのような名門チームだ。

 

「まずはワタアメははずせません!」

 

「そうですね!」

 

 少し離れたところで、紬と夏海ちゃんが二人で楽しそうにお菓子を選んでいた。ここは邪魔しないでおこう。

 

 

 

「うーん、まずは三角形の秘密でしょ」

 

 鴎は俺の隣で、好きなお菓子を選んでいた。

 

 確か三角形の秘密はネタもの扱いで、90円のはずだ。

 

「後はこのチョコかなー」

 

 次に鴎が手を伸ばしたのは、250円のブルジョワチョコだった。

 

「鴎、ストップ」

 

「え。いいじゃない。食べたいんだから」

 

「違う。すでに300円を超えたぞ」

 

「あ、ほんとだ」

 

「超えたらイナリの刑ですよ?」

 

 速攻で金額が超えたのを見て、カウンターの方から藍が睨みを利かせてくる。すごく怖い。

 

「うー、食べたいんだけどなぁ」

 

 鴎はしぶしぶブルジョワチョコを棚に戻す。

 

「食べたいんだけどなぁ」

 

 もう一度言っていた。その後も余程未練があるのか、鴎は三角形のお菓子とブルジョワチョコを交互に見ながら、メトロノームのように揺れていた。300円という上限の関係で、どちらか片方しか選べないのが悩ましいらしい。

 

 ……なんというか、可哀想になった。

 

「仕方ない。俺がチョコを買ってやるよ」

 

「羽依里、ありがとう!」

 

 俺はブルジョワチョコを手に取る。パッケージを見ると『神戸小鳥ショコラ』と金色の文字で書かれていた。でも駄菓子屋で250円とか、明らかに子供が手を出せる金額じゃないよな。

 

 鴎が喜んでくれたのは良いけど、これで俺の残金は50円になってしまった。こうなると選手選択の余地はほぼなく、30円のスナック菓子一つと、5円チョコ4枚で手を打つしかなかった。

 

 地方クラブが奮発して目玉選手を取ったのは良いものの、すぐに負傷して長期離脱された感じだ。

 

「それじゃ、私はこれとー」

 

 鴎は笑顔で別のお菓子を選んでいた。見ると、三角形の秘密が2つに増えていて、後はチョコだらけだった。この暑い中、溶けないといいけど。

 

「ありがとうございました」

 

 俺たちが会計を終えると、すぐに夏海ちゃんと紬も会計を終えて駄菓子屋から出てきた。

 

「紬や夏海ちゃんも終わった?」

 

「はい!」

 

「終わりました!」

 

 二人は笑顔で袋の中身を見せてくれた。

 

 紬の袋は予想通りというか、パリングルスとワタアメが詰まっていた。すごくかさばりそうだった。

 

 夏海ちゃんは60円のスナック菓子をツートップに、30円のグミやガムが両脇を支え、酢昆布に5円チョコと、良い感じのメンバー選考だった。

 

「どうですか?」

 

「うん。FCバレソウナみたいだね」

 

「え、なんですかそれ」

 

「なんでもないよ。バランスよく選んだね」

 

「えへへ。皆さんで分けて食べましょう!」

 

 すごく嬉しそうだった。見ているこっちも笑顔になりそうだ。

 

「あ、そうだった。花火も買わないと!」

 

 買ったお菓子をスーツケースにしまうが早いか、鴎は再び店の中に戻っていった。

 

「鴎、またスーツケース花火にするのか?」

 

「失礼な! 今度は違うよ!」

 

 俺もそんな鴎を追って、再び店内に入る。鴎は手持ち花火をいくつか選んでいた。

 

 そういえば、火をつけるのに必要になりそうだし、チャッカリマンも買っていこうかな。

 

 その後、鴎が花火を買い終えるを見届けてから、その場は解散となった。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 加藤家に帰宅すると、ちょうどお昼時だった。俺たちは適当なカップうどんをチョイスして、お湯を注ぐ。

 

「今日は変わったうどんですね?」

 

 完成したうどんを見て、夏海ちゃんが不思議そうな顔をしていた。

 

「けんちんうどんだってさ。東北地方のご当地うどんだってさ」

 

 うどんのパッケージには『ご当地うどん・東北編!』と大きく書かれていた。

 

 人参や厚揚げ、ゴボウ等の具材がたっぷり入った味噌ベースのうどんだった。

 

「美味しいですねぇ」

 

 味は良かったけど、俺としては心なしか麺の量が少なかった気がする。具だくさんな分、コストの問題だろうか。

 

 でも、スタミナがついたような気がした。

 

 

 

 昼食後、荷物を持って役所前に集合する。

 

「お、来たな」

 

「二人が最後だぞ」

 

「遅いわよー」

 

「ポポーーン!」

 

 役所前には、既に俺たち以外の全員が集まっていた。中には蒼やイナリの姿も見える。

 

「蒼、体調はいいのか?」

 

「大丈夫よー。ごめんね、心配かけて」

 

 麦わら帽子をかぶって、笑顔だった。顔色も変わりないし、心配ないみたいだ。

 

「いや、大丈夫ならそれでいいんだ」

 

「もし蒼ちゃんが気分悪くなったりしたら、私が背負ってでも連れて帰ります」

 

 そう言う藍は真顔だった。ごめん藍、冗談に聞こえないんだけど。

 

「あおちゃん、もし気分悪くなったりしたら言ってね。薬とかも持ってきてるから」

 

 鴎は例によってスーツケースを持っていた。

 

「鴎、やっぱりそのスーツケース持って行くんだよな?」

 

「もちろん!」

 

「重くないか?」

 

「大丈夫! 変速ギアに電動アシストもついた、マウンテン仕様にしてある!」

 

 まるで自転車みたいだった。

 

「まあ、お前が良いって言うならいいけどさ」

 

「パッと見だと、鴎の方が俺たちより荷物持ってそうだな」

 

 そう言うのは、一際大きなリュックを背負った良一と天善だ。

 

「なあ二人とも、食材やキャンプ用具、良かったら持つぞ?」

 

「気持ちだけもらっておくぜ。キャンプ用品の中には、扱うのに専門知識がいるのもあるしな」

 

「俺も気持ちだけもらっておく。一度言ったが、これは凄いトレーニングになるんだ」

 

 なんだかんだと理由をつけて、断られてしまった。

 

「そうだしろは、荷物持ってやろうか?」

 

「ううん。いい」

 

 そのままだと引っ込みがつかないので、しろはに声をかけてみたけど、こっちもきっぱりと断られてしまった。

 

「せっかくだし、しろはちゃんもパイリ君に荷物持ってもらったらいいのに」

 

「そですよ! 彼女さんですし、良いと思います!」

 

「でも、そこまで重くないし。必要な物しか入ってないから」

 

「それならいいけどさ……」

 

 静久や紬の援護射撃も、効果はないみたいだった。

 

「はぁ、タカハラさんはカイショーナシですね」

 

 なんだろう。紬にそれを言われると、すごく傷つく。

 

「あー、話に水を差して悪いが、全員揃ったところで、ルートの確認をしたいんだが」

 

 その時、皆と同じように麦わら帽子を被ったのみきが声を上げる。

 

「ああ、これだよ」

 

 良一は一枚の地図をのみきに手渡していた。

 

「島の南側に向かって道なりに進むのか。ちょうど、山を迂回する感じだな。皆も見てくれ」

 

 その地図を広げ、のみきが皆に説明をしてくれる。

 

「だいたい1時間半くらい歩いてから横道に逸れて、そこから30分ほど山道を進めば、入り江に辿り着ける予定だ」

 

 良一によると、どうやら途中まではそれなりに舗装された道が続いているらしい。

 

「うむ。島の南側には採石場があって、普段は立ち入り禁止なんだが……山を迂回するこのルートなら、まぁギリギリセーフだろう」

 

 自警団の団長から許可も出たことだし、出発の準備が整った。

 

「よし、それではしっかりと列を組んで出発するぞ」

 

「はーい!」

 

 なんだろう。鴎がやる気満々だった。冒険っぽいし、楽しみなんだろうか。

 

 良一とのみきの二人を先頭に、二人一組で列を作る。

 

 先の二人の後ろに紬と静久、藍と蒼が続いて、鴎と夏海ちゃん、その後ろに俺としろは。しんがりはイナリと天善が務めていた。

 

「それじゃ、しゅっぱーつ!」

 

 鴎の号令を合図に、皆で並んで舗装された道を進んでいく。

 

 時々海風が山のすそに沿うように通り過ぎるので、それなりに風はあった。

 

 でも、一番暑い時間帯だし、雲一つない快晴だ。頭が暑かった。俺はたまらず持っていたタオルを頭に巻いて、帽子代わりにした。

 

 女性陣は皆麦わら帽子をかぶっていた。俺も何か持ってくればよかった。

 

 

「わかるよー。やっぱり、海賊船を手に入れて、大海原に漕ぎ出すシーンが一番だよね!」

 

「はい! あのシーンは胸熱でした!」

 

 一方、前の方では鴎と夏海ちゃんが本の話題で盛り上がっていた。

 

 

「前の二人、すごく楽しそうに話してるね」

 

 しろはも麦わら帽子をかぶっていた。これまた似合っている。

 

「ところでしろはのリュックは何が入ってるんだ?」

 

 さっきからしろはが歩くたび、かちゃかちゃと音が聞こえる。

 

「藍から言われた通り、タオルと着替え、それに水筒と調理道具」

 

「うんうん」

 

 さすが、藍はしっかりと伝えてくれたみたいだ。

 

「あと、四文字熟語辞典」

 

「え、四文字熟語辞典?」

 

「うん。藍がいるって言ってたけど」

 

「いや、辞書なんてキャンプじゃ絶対使わないだろ」

 

「よく考えたら、確かにキャンプと関係ないかも。支離滅裂だね」

 

 藍も冗談で言ったんだろうけど、しろはもそれに気づかなかったんだろうか。

 

「きっと藍、前の方で捧腹絶倒してるね」

 

「まんまと騙されたな」

 

「無駄に重いし……切歯扼腕だね」

 

 しっかりと四文字熟語を勉強しているらしかった。

 

 

「よし、ここで一度休憩にしようぜ」

 

 1時間ほど歩いた頃、少し広めの空き地があったので、良一の提案でそこで休憩を取ることにした。

 

「もう少ししたら、山道に入るからな。しっかり休もうぜ」

 

 各々、適当な日陰に腰を下ろして、持ってきていた水筒の水を飲む。

 

「羽依里、チョコレートあげる」

 

 鴎が用意していたおやつの中から、ブルジョワチョコを皆に配っていた。上品な甘さが、疲れた体に染みわたる。

 

「それにしてもこのチョコ、これだけ暑い中でよく溶けてなかったな」

 

「ブルジョワだからね!」

 

 まったく理由になって無かったけど、そういうことにしておいた。

 

「羽依里さん、私のお菓子も食べませんか?」

 

「わたしのワタアメもどうぞ!」

 

 夏海ちゃんや紬からも、お菓子をもらってしまった。なんだか懐かしい。子供の時の遠足を思い出した。

 

 

 

 

「よし、ここから少し山道に入るぞ」

 

 休憩をはさんで少し歩くと、先頭を行く良一は舗装された道を逸れて、山の中へと入っていく。

 

「距離は短いけど、ご覧の通りの道だからな。足元に気をつけてくれよ」

 

 かろうじて道らしいものがある。けもの道ってこんな感じなんだろうか。

 

 ここからは結構大変かもしれない。こういう道を通ってこその、キャンプだけど。

 

 

 

「うう、疲れた……」

 

 しばらく山道を歩いていると、俺の前を行く鴎の歩みが遅くなってきた。

 

 スーツケースはマウンテン仕様でも、本人はノーマル仕様だったみたいだ。

 

「羽依里、押してあげて」

 

 それを見かねたしろはが、俺にそう提案してきた。

 

「それが良さそうだな。鴎、乗れ」

 

「ごめん。ありがとう」

 

 いつもの流れで、鴎にスーツケースに乗ってもらい、俺が押すことにした。

 

 悪路のはずなのに、なんだかんだでスーツケースは動かしやすい。本当にマウンテン仕様みたいだ。

 

 

 

「快適、快適」

 

 さっきまでの疲れた顔はどこへやら。鴎は笑みまで浮かべていた。

 

「あ、なっちゃんも乗る?」

 

「い、いえ! 今日は大丈夫です!」

 

 例によって他の人をスーツケースに誘っていた。押すのは俺なんだけど。

 

「それじゃ、しろしろが乗る?」

 

「えっ、何で私?」

 

「さっきから歩きにくそうにしてるし」

 

 ああ、きっと例の四文字熟語辞典が無駄に重たいんだろうな。

 

「乗ったら、羽依里が押してくれるよ?」

 

「そ、それじゃ……少しだけ」

 

 しろははちょっと悩んだ後、鴎のスーツケースにゆっくりと腰を下ろす。

 

「羽依里、大丈夫? 重くない?」

 

「いや、全然大丈夫だぞ」

 

 さすがに夏海ちゃんが乗ってる時よりは重いけど、それでも動かせない重さじゃない。マウンテン仕様万歳だった。

 

「呉越同舟」

 

「え? しろしろ何か言った?」

 

「ううん。なんでもない」

 

 その四文字熟語、どういう意味だったっけ。まあいいか。

 

 

 

 

 その後も、がらがらとスーツケースを押す。なかなかの悪路だし、他の皆もけっこう疲れてしまっているみたいだ。歩くペースが遅くなり、無言になる時間も増えてきた。

 

「きみといーっしょーなーらー♪」

 

 その時、スーツケースに乗った鴎が突然歌いだした。

 

「え、いきなりどうしたの?」

 

 隣に座っていたしろはが驚きの声をあげる。

 

「ただ押してもらってるのも悪いし、せめて歌でもうたって皆を元気づけようかと思って」

 

「そ、そう」

 

「うん! しろしろも一緒に歌わない?」

 

「い、いいよ。私、歌下手だし」

 

 全力拒否していた。確かにしろはが歌ってるところは見たことないけど。

 

「それじゃ、私が代わりに一緒に歌います!」

 

 そして隣を歩いていた夏海ちゃんが、しろはの代わりに鴎と一緒に歌いだした。

 

 

「「君と一緒なーらー世界のどこにでもー♪」」

 

「「いけるー♪ いけなくてもいいー♪」」

 

 なんというか、不思議と元気の出る歌だった。

 

「そうよ紬、私たちも歌いましょう!」

 

「そですね!」

 

 時を同じくして、前の方では紬と静久が島の童謡を歌い始めていた。

 

「♪~♪~♪~♪」

 

 二か所で別々の歌を歌うものだから、歌が混ざって、なんともカオスな状況になってしまった。

 

 まぁ、これはこれでいいか。皆の疲れも吹き飛びそうだし。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「よし、到着だ」

 

 最後に草やぶを抜けると、目の前に白い砂浜と青い海が広がっていた。

 

「……すごいな」

 

 ここが七ヶ浜。この島に、こんな場所があったなんて。凄い景色だ。

 

「おおー、きれーな海です!」

 

「すごいわねー」

 

 他の皆も思い思いの場所に散らばって、その景色を眺めていた。

 

「山の間から、ここに抜けれちゃうんですね。驚きました!」

 

「ふっふっふ。俺しか知らない道ってやつだ」

 

 喜ぶ夏海ちゃんに対して、良一は得意顔だった。

 

「向こうを見てください。洞窟がありますよ」

 

「え、洞窟?」

 

 藍に言われた方を見てみると、確かに小さいながら洞窟があった。

 

「なんだこれ。入れるのかな」

 

「その洞窟は立ち入り禁止だぞ。私有地なんだ」

 

 俺たちがその洞窟の周辺に集まっていると、のみきがそう釘を刺す。

 

「え、私有地ってどういうこと?」

 

「言葉の通りだ。この洞窟は、とある会社が保有している採石場に繋がっている。厳密に言うと、この入り江も私有地なんだぞ」

 

「それじゃあ、勝手に使ったら悪いんじゃないのか?」

 

「心配するな。今回は特別に許可をもらってある」

 

「おおー、それなら安心ですね!」

 

 のみきの言葉に、俺たちも安堵する。

 

「普段なら入り江に会社の船を停泊させているそうだが、今はその船も別の場所に移動させてくれているらしい」

 

 なるほど。採石場に繋がっているなら、ここから船で資材を運び込んだりしているのかもしれない。

 

「今日と明日、入り江は好きに使ってくれて構わないそうだ。ただし、この洞窟にだけは立ち入らないようにと、社長直々に通達があった」

 

 洞窟は入り組んでて危ないだろうし、社長からそう言われてる以上、無理に入る必要もないよな。

 

「後、娘をよろしくお願いします。ともな」

 

 なんだろう。のみきは笑顔だけど、最後の一言はよく意味がわからなかった。

 

「……あれ?」

 

 そういえば、今洞窟を見ている皆の中に、鴎の姿が無かった。

 

 輪の外を見ると、鴎は少し離れた場所で一人、海の方を見つめていた。

 

「……鴎、どうした?」

 

 何故か鴎がそのまま消えてしまいそうに感じて、俺は慌てて声をかけた。

 

「……えっ?」

 

 鴎もぼーっとしていたのか、虚を突かれたような返事をしてきた。

 

 午前中の蒼じゃないけど、日射病にでもなったんじゃないんだろうか。

 

「大丈夫か?」

 

「うん。ちょっとぼーっとしちゃって。なんでだろうね」

 

「しっかりしてくれ」

 

「ごめんごめん。でも……なんだかこう、モヤモヤする」

 

「そうなのか?」

 

「羽依里はそんなことない?」

 

「俺は別にそんなことは……」

 

 

 ーーーバイバイ。

 

 

 あれ? なんだろう今の。

 

 一瞬、声が聞こえた気がした。

 

 でも、それは俺の記憶から零れ落ちる様に消えてしまった。

 

「ちょ、ちょっと羽依里?」

 

「え?」

 

 気がつけば、俺は鴎の肩を抱いていた。まるで、どこにも行ってほしくないみたいに。

 

「あ、悪い」

 

「わ、私は別に良いけど、しろしろに見られたら怒られるよ?」

 

「そ、そうだな」

 

 お互いに微妙な空気になって、俺は手を離す。

 

 でも、そのまましばらくの間、鴎と一緒に青い海を眺めていた。

 

 まるで、忘れた何かを思い出そうとするかのように。

 

 

第二十二話・完




第二十二話・あとがき



おはこんばんちわ。トミー@サマポケです。
テキスト量が多くなってしまったので、また前後編に分けさせていただきました。ご了承ください。

今回はキャンプ回ということで、前半はいつものラジオ体操の流れからの、キャンプの準備に奔走した感じですね。

蒼をバイクで送り届けるシーンや、七ヶ浜での鴎のシーンなど、例の消えた世界線の話も入れてみました。
それぞれ、蒼ルートのラストに神域へ向かうシーンや、鴎と七ヶ浜での別れのシーンの一部を再現したつもりなんですが、お気づきになりましたでしょうか。

そしてそのキャンプは行き先が七ヶ浜ということもあり、おやつの買い出しや道中の移動等、鴎ルートを彷彿とさせる感じになりました。
ちなみに、おやつ選びの時のチーム名は有名サッカーチームです。羽依里君は自称名GMですからね。

余談ですが、のみきはもちろん七ヶ浜が鴎の母親の会社の所有地ということを知っています。
鷺さんは羽依里たちが入り江を使う邪魔にならないように、こっそりと海賊船も別の場所へ移動してくれてます。羽依里君は船=採石場の作業船と思っているみたいですけどね。

今回はタコチャーハンに時間をかけすぎてしまったので、キャンプの詳細は次回となってしまいました。次の話をお待ちください。


■今回の紛れ込みネタ
・筋肉わっしょい!
リトバスより、真人の台詞ですね。真人の台詞は使いやすいものが多くて助かります。

・うじもじしていると~
Rewriteより、小鳥さんの台詞です。かなりマニアックですよね。うじもじしないっ!

・神戸小鳥ショコラ
Rewriteより、小鳥さんの名前をいただきました。一時期Twitterで流行していた神戸ショコラからもじらせてもらいました。小鳥さん自体は小銭大好き倹約家なんですけどね。

・四文字熟語辞典
これも一応リトバスよりです。真人が勉強に使って、はるちんが授業中に広げてしまったアレです。


以上になります。いくつお気づきになられたでしょうか。
感想など頂けましたら、泣いて喜びます。
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