「おーい二人とも、こっちに来てくれー」
しばらくすると、良一から声をかけられた。
鴎と二人で声のした方を見ると、その良一を中心に皆が集まっていた。俺たちも慌ててその輪に加わる。
「それじゃ、キャンプの役割分担を発表するぜ」
良一は手にメモを持っていた。移動中もそうだったけど、このキャンプは良一がまとめ役をやってくれているようだった。
「まず、俺と羽依里はテントの組み立てだ」
良一が指差す先には、丸まったテントが六つ置かれていた。これを二人で組み立てるんだろうか。
「天善は飯を炊いたりするのに使うかまどを作ってくれ」
「わかった。石はそこら中に落ちているからな。本格的な物を作ってやろう」
「天善、かまどを作ったことあるのか?」
妙に慣れてる風に聞こえたので、思わず聞いてみた。
「山籠りの時に必要になることもあるからな。10分もあればできるぞ」
そんな簡単にできるのか。俺は作り方すら知らないけど。
「藍と蒼はバーベキュー用の炭をおこしてくれ。うちわや着火剤もあるから、好きに使ってくれていい」
「りょーかい」
「天善ちゃんに指示をされるのは不本意ですが、仕事を任されたからには頑張ります」
炭おこしの役を引き受けた空門姉妹は、組み立て式のバーベキューコンロと炭が置かれた場所へと歩いて行った。
「しろはと夏海ちゃんは、食材の下ごしらえを頼む。肉はクーラーボックスの中、野菜や調味料は俺と天善のリュックの中に入ってるぜ」
「わかった」
「はい! 頑張ります!」
夏海ちゃんも役目を貰えたのが嬉しいんだろう。小走りで食材の方へ向かっていった。
「残りの皆は米を洗って飯ごうに入れて、いつでも炊けるように準備しておいてくれ。水はそこのペットボトルを使ってくれていい」
「任せておいて! のみきさん、行こう!」
「ああ」
「紬、頑張りましょう」
「はい! 妖怪お米洗いになります!」
全員に仕事が割り振られ、各々の場所へと散っていった。キャンプって普段やり慣れない事ばかりだけど、こうやって皆で協力してやるから楽しいんだよな。
「よし。やろうぜ、羽依里」
皆が持ち場についたのを確認して、俺と良一はテントの組み立てを始めた。
目の前には、丸くたたまれたテントが置かれていた。それぞれ黒、白、緑、赤、青、ピンク色をしている。
「並べてみると、結構な数だな……」
二人で組み立てたら、それなりに時間がかかりそうだ。
「最初は教えてやるから、一緒に作ろうぜ。どのテントも作りは同じだし、一度やれば覚えられるはずだ」
「わかった。よろしくな」
「おう。期待してるぜ、羽依里」
俺と良一はまず、白いテントを一緒に組み立てることにした。
「この辺に立てるのか?」
「いや、もう少し上の方だな。ここだと波が来る危険性がある」
「え、そうなのか」
見た感じ、波が来そうな感じはしないけど。
「一見安全そうに見えても、潮の満ち引きの関係もあるしな。この浜辺だと、あの流木より上が安全地帯だ」
良一からそうレクチャーを受けて、テントをその安全地帯まで移動させる。
「夜になって急に波が荒くなったり、風が強くなったりな。海辺でのキャンプはポピュラーに見えて、実は難易度が高いんだ」
手際よくテントの骨組みや布を地面に並べながら、良一がそう続ける。
「だが、そういう状況だからこそ、燃える」
なんだろう。良一がすごく頼もしく見える。
「よし、始めるぞ。まず、その骨組みをこの穴に通すんだ。その後、反対側も通して、持ち上げる」
「ああ、こうか?」
「そうだ。この時、しっかりと交差する部分を止めておかないと、風が吹いたりしたらバランスが崩れて倒れる危険がある」
「わかった」
「あとは杭打ちだが、普通の杭だとこういう砂地だと抜けやすくなる。そこで、これだ」
そう言いながら良一が取り出したのは、大きくて幅の広い杭だった。
「サンドペグって言ってな。砂地専用の杭なんだ」
「そんな便利なものがあるんだな」
「ペグの摩擦を大きくして固定力を上げるんだ。これでダメだったら、砂袋を使って固定する。そのための袋も持ってきてるから、必要そうだったら言ってくれ」
「なるほどな。勉強になるよ」
「……よし、これで完成だ」
良一の指示を受けながら作業をしていたら、あっという間にテントが完成してしまった。四人用テントらしく、結構な大きさだった。
「次の黒いテントは羽依里一人で組み立ててみな。完成したらチェックしてやるからさ」
「わかった。やってみる」
「さっきのテントとは色違いなだけだから、組み立て方は同じだぜ」
良一はそこまで言って、別のテントを立てに向かった。
「よし、やるか」
俺は良一に教わったことを反芻しながら、テントを組み立てていった。
「よし、できた」
特に詰まるようなこともなく、テントが完成した。たぶん、こんな感じで良いと思うけど。
「……あれ? でも、なんか小さいような」
少し離れて全体を見てみると、なんかテントが小さい気がする。
「ちょっと良一に聞いてみようかな」
良一に声をかけにいくと、既に赤と青、そしてピンクのテントを完成させていた。さすがの手際だった。
「あれ、その赤と青のテント、やけに小さいな」
「これか? これはトイレ用のテントだ」
「そんなものもあるのか?」
「今回みたいに、トイレの確保が難しい場所で使用するためのテントだ。青が男用、赤が女用な」
さすがはテントコレクター。しっかりと準備されていた。
「ところでどうした? 任せておいたテント、もうできたのか?」
「ああ、できたことはできたんだけど……」
俺は良一を連れて、黒いテントの所へ戻ってきた。
「本当だな。やけに小さいな」
「なるべく良一とやった通りに組み立てたはずなんだけど、どこか失敗してるのかな」
「いや、見た感じそんな失敗してる風には見えないんだけど……」
良一が黒いテントを調べ始める。話では、白いテントと同じ大きさのはずだけど、これはどう見てもその半分しかない。
「あ。あー、そういうことか。しまったな……」
テントを調べていた良一が、そう言って頭を抱え始める。
「やっぱりどこか失敗していたのか?」
「いや……違う。これは俺のミスだ。どうやら間違えて、同じ色の小さいテントを持ってきちまったみたいだ」
「え、そうなのか」
「……これ、男用のテントの予定だったんだけどな」
良一が困った顔をしている。確かにこのサイズでは男三人が寝るのはきつそうだった。
「うーん。しかし、今更どうしようもないよな。とりあえず、最後のテントも立ててしまおうぜ」
「そ、そうだな」
今更別のテントを用意できるわけでもないし、俺たちは小さなテントの問題は棚上げにして、緑のテントを組み立てることにした。
このテントも白いテントと基本は同じで、サクサクと組み立てることができた。
「ふう。これで完成だな」
全てのテントを組み立て終えると、良一は一休みすると言ってどこかへ行ってしまった。
一人残された俺は、他に手伝えることがないかと浜辺を見渡す。
「お」
見ると、少し離れたところに立派なかまどができていた。さすがは天善だな。
ちなみに、その近くには飯ごうが並べられていた。お米の方も準備万端らしい。
「あと、残ってそうな仕事はというと……」
俺は視線を巡らせる。すると、バーベキューコンロの周りで四苦八苦している空門姉妹の姿を見つけた。
「よいしょ。よいしょ」
どうやら炭おこしをしている最中らしい。椅子代わりの流木に座りながら、火のついた炭をうちわで扇いでいた。すごく、暑そうだった。
手伝いに行こうと思って少し歩みを進めると、その二人の話し声が聞こえてきた。
「それにしても、炭おこしって思った以上に大変よねー」
「そうですね。なんだかんだで暑いですし。夏には拷問です」
「なんかこう、良いやり方がないものかしら」
俺の姿に気づいていないのか、蒼は空いてるほうの手で胸元をパタパタやってた。み、見なかったことにしよう。
「二人とも、首尾はどうだ」
その時、天善がそんな二人の様子を見にやってきた。かまども完成しているし、手持ち無沙汰なんだろう。
「もうちょっとだと思うんだけどねー。風が足りないのかしら」
「思いっきり強く風を送らないと、なかなか上手くいかないものだぞ」
「さっきからやってるんですが、二人がかりでこれですよ」
藍が額の汗をぬぐいながら、うちわを動かす。どうしても女の子だと風の勢いが足りないみたいだ。
「あ。そうだ天善、このうちわを持って素振りをすると、空気抵抗があって凄いトレーニングになるわよ?」
「なに、本当か?」
「試してみない?」
「よし、うちわを貸してくれ」
天善は蒼からうちわを受け取って、バーベキューコンロの前で素振りを始める。
「ふーーっ! ふーーーっ! ふーーーっ!」
「おー、すごい風ね」
「いい感じに炭に風が当たっています。これなら、すぐに炭おこしできるんじゃないですか?」
藍も扇ぐ手を止め、天善の素振りを見ている。
「ふーーっ! ふーーーっ! ふーーーっ!」
「ふーーっ! ふーーーっ! ふーーーっ!」
「……ねぇ。これもう、あたしたちがやることないんじゃない?」
「……本当ですね。蒼ちゃん、向こうの日陰でちょっと休憩しましょう」
「そうねー。ちょっとお茶でも飲もうかしら」
そんなことを話しながら、二人は近くに置いてあった水筒を持って、向こうの木陰の方に行ってしまった。
「ふーーっ! ふーーーっ! ふーーーっ!」
天善はその様子に全く気付いてないらしく、一心不乱に素振りを続けていた。頑張れ、天善。
全力でトレーニング……じゃない、炭おこしをしている天善に別れを告げ、俺は食材の下ごしらえをしているしろはと夏海ちゃんの方に行ってみた。
「しろはに夏海ちゃん、下ごしらえは順調?」
「むー……」
「……あれ?」
しろはは大量の食材を前に唸っていた。見た感じ、下ごしらえは終わってるみたいだけど。一体どうしたんだろう。
「うーん。ないです。ないですよー」
近くにいる夏海ちゃんもリュックサックをひっくり返して、何かを必死に探している様子だった。あのリュック、良一のだっけ。
「二人とも、どうしたの?」
「あのね、野菜が全然ないんだけど」
「え、足りなかったの?」
「ううん。全然入ってないの。あったのは、お肉とお米だけ」
「え、なにそれ」
どういうことだろう。野菜は確か、良一が担当していると聞いたけど。
「お、どうした?」
休憩を終えたのか、ちょうど良一がこっちにやってきた。
「実はさ……」
俺は良一に、食材の中に野菜が入って無かった旨を伝える。
「え、そんなはずは……」
良一は夏海ちゃんからリュックサックを受け取って、中身を確認する。
「本当にないな……まさか、忘れたのか……」
良一はリュックサックを地面に置いて、がっくりとうなだれる。
「道中、なんかリュックが軽いと思ってたんだよなー……」
ものすごい凹みようだった。それだけ準備に自信があったんだろう。
「ねぇ、どうかしたの?」
「ミタニさん、問題発生ですか?」
俺たちの様子に気が付いたのか、他の皆も続々と集まってきた。
ほどなくして、良一の失敗は他の皆が知ることとなってしまった。
「ええー、お肉しかないの!?」
「最悪ですね」
鴎はショックを受け、藍は怒りのあまり良一を睨んでいた。
「お肌とおっぱいのためには、野菜は重要なのよ」
静久は意味ありげに、そう呟いていた。お肉も重要そうだけど……いや、深くは考えないようにしよう。
でもやっぱり、肉と米だけの夕食ってのは女性陣にはきついかもしれない。
「シロハさん、パリングルスのハニークリームオニオン味では野菜代わりにならないでしょーか」
紬は自分のリュックから緑色のパッケージのパリングルスを取り出していた。おやつに持ってきたやつだろうか。パリングルスの原材料は一応野菜だけど、抜本的な解決にはならないと思う。
「ありがとう紬、気持ちだけもらっておくね」
しろはも丁重に断っていた。
「そうだ。この辺に食べられる野草とか生えてないのかな?」
俺はそう言って、比較的草が茂っているところを見てみる。
「ほら、これとか」
「それ、アサガオだよ」
しろはは呆れ顔だ。言われてみれば、確かにアサガオだった。
「朝顔のタネには毒があるのよ。花は食べられない事もないけど、専門知識もなしに食べるのは危険ね」
静久がそう言う。言われてみれば、何かのテレビで『乾かして噛まなきゃ平気!』みたいなことを、髪の長い自称敏腕庭師の女の人が言っていたような。
なんにしても、さすがに野草を食べるのは無理そうだった。
「いざという時のために、釣り竿を持ってきておいてよかった」
天善はそう言いながら、リュックから釣り竿を引っ張り出していた。ここは天善の腕を信じるしかなさそうだ。
……その時、遠くの方から船のエンジン音が聞こえてきた。
「え、船?」
「しーーーろーーーはーーー!」
聞いたことのある声だと思ったら、もしかしなくてもしろはのじーさんだった。
「おじーちゃん!?」
思わず走り出したしろはに続いて、俺たちも波打ち際まで走り寄る。
しろはのじーさんは巧みな操船技術で、座礁しないギリギリの位置まで船で近づき、碇を下ろす。
そして大きな袋を二つ持った格好で、浜辺に飛び降りてきた。
「お前たちに、これを届けに来た」
じーさんから渡された一つ目の袋には、たくさんの野菜が入っていた。
「おおお、この野菜は」
袋の中身を見た良一が歓喜の声を上げていた。その喜びようから、これが忘れてしまった野菜なんだろう。
「でも、どうしておじーちゃんがこの野菜を?」
しろはが当然の疑問を投げかける。
「たまたま役所の前を通りかかったら、三谷の子がこの袋を持って途方に暮れていてな」
三谷の子? もしかして、良一の妹だろうか。
「話を聞けば、兄にこの野菜を届けに来たらしいじゃないか」
なるほど。兄が野菜を忘れたことに気づいて、集合場所の役所まで持ってきたけど、俺たちは既に出発した後だったと。
「そして役所にお前たちの行き先を聞いてみれば、七ヶ浜というじゃないか」
そういえば、キャンプの行き先はのみきが役所に届け出てくれていたはずだ。役所に聞けばすぐにわかるよな。
「七ヶ浜ならば船で行った方が早いと、わしがその役を買って出たわけだ」
まさか、しろはのじーさんがお使いをしてくれるなんて。一年前だったらとても考えられない出来事だった。
「鳴瀬翁、手を煩わせてしまってすまない」
「気にするな。どうせ、これも差し入れようと思っていたところだ」
のみきがお礼を言った直後、別の袋が俺に手渡された。
中を覗いてみると、たくさんのエビやイカ、ホタテなどの魚介類が入っていた。
「聞いた話によると、バーベキューをするそうじゃないか。皆で食べるといい」
「おじーちゃん、ありがとう」
「ありがとうございます」
俺たちは口々にお礼を言う。
「礼などいい。どうせ、あまりものだ」
しろはのじーさんは照れ隠しのように後ろを向くと、そのまま船に乗り込もうとする。
「あの、こばとさんも一緒に食べませんか?」
「なに?」
そう声をかけたのは夏海ちゃんだった。寝耳に水だったのか、振り返ったじーさんは驚いた顔をしていた。
まさか、誘われるとは思わなかったんだろう。
「……いや、若い者同士で楽しむといい。おいぼれは帰るとしよう」
しろはのじーさんはどことなく嬉しそうにそう言い、船に乗って帰ってしまった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
その後、もらった魚介類や野菜を皆で手分けして下ごしらえし、バーベキューが始まった。
当初、肉だけのバーベキューを覚悟していたのに、しろはのじーさんのおかげで、色とりどりの野菜に加えて海産物までが並ぶ、豪華なバーベキューになった。
海の向こうに太陽も沈みかけているし、夕食にはちょうどいい時間だった。たくさん動いた分、お腹も空いていた。
「ほいよ、夏海ちゃん」
「良一さん、ありがとうございます!」
良一が美味しそうに焼けたトウモロコシを一片と、数枚の肉を紙皿に盛って、夏海ちゃんに手渡していた。どうやら、良一が肉焼き係らしい。
「あっふ。あちち……」
夏海ちゃんはさっそくトウモコロシにかぶりついて……熱かったらしく、ふーふーと冷ましていた。落ち着いて食べなきゃね。
俺も焼けた肉やキャベツを紙皿にもらって、焼き肉のタレを絡めていただく。うまい。
「ナツミさん、おにぎりもありますよ!」
「あ、ひとつください!」
どうやら、飯ごうで炊いたお米は、食べやすいように全ておにぎりにしたみたいだ。
妖怪お米洗いから、おにぎり娘にランクアップしたらしい紬が、おにぎりを配っていた。
「紬、俺ももらっていいかな?」
「はい! どうぞ!」
紬からおにぎりを受け取り、これも焼き肉のタレをちょっとつけて食べてみる。良い感じにおこげもついているし、美味しかった。
「紬ー、こっちにももらえるー?」
「はい! もちろんです!」
蒼や藍もおにぎりを受け取っていた。どうやらおにぎり娘は大好評のようだった。
「ポンー」
イナリも蒼の足元で、特大の油揚げを貰って食べていた。さすがお稲荷様だった。
「おいふぃいね~」
鴎はそんな蒼たちの隣で、焼きたてのエビをほおばっていた。食べるか喋るかどっちかにすればいいのに。
「鷹原、悪いが焼き肉のタレを取ってもらえないか?」
「ああ、いいぞ」
ちょうど俺の前にあったボトルを天善に渡す。もうタレがなくなったのだろうかと思っていたら、鉄網の上に置いたおにぎりにタレを塗って焼いていた。皆、色々と考えるな。
「パイリ君、このホタテ、もう焼けてるみたいよ。取ってあげましょうか」
「あ、それじゃあもらおうかな」
ホタテを紙皿に受け取ると、いい感じにバターの香りがした。
おお、バター焼きだ。マーガリンじゃない。
「でも、この時期にホタテとか獲れるのかな?」
「さあ? あるんだから、獲れるんじゃないかしら?」
静久とそんな話をする。ホタテというと、どうしても冬のイメージがあるんだけど。まあいいか。美味しそうだし。
俺は詳しく考えるのをやめて、念願のバター焼きを堪能した。
「良一、焼き係代わるよ」
「おお。悪いな」
気がつくと、良一に代わって、しろはがトングを持っていた。
「いやしろは、ここは俺が代わるよ」
俺はしろはの隣に行って、そう声をかけた。しろはもずっと食材の下ごしらえをしていたし、少しはゆっくりしてもらいたい。
「ダメ。羽依里は加藤家の血が流れてるし、火加減を間違えて焦がしちゃいそう」
「う……」
それを言われてしまうと、何も反論できない。
「でも、それだとしろはが食べられないんじゃ」
「時々食べてるから大丈夫。それよりほら、羽依里も食べて」
そう言って、程よく焼けたイカやカボチャを紙皿に乗せられてしまった。
「イカもカボチャも、タレはつけないほうがおいしいよ」
言われた通り、そのまま食べてみる。イカは自然の塩味が効いて美味しかった。噛めば噛むほど旨味が出るし。
カボチャもホクホクだった。自然の甘味が体に優しい気がした。
「はい、夏海ちゃん。ピーマン焼けたよ」
「え。私、ピーマンはその、あんまり得意じゃ」
「好き嫌いはダメ。大きくなれないよ」
しろはが笑顔で、夏海ちゃんの紙皿にピーマンを乗せていた。
「それ食べるまで、お肉はあげないからね」
「そ、そんなー……」
夏海ちゃんはがっくりとうなだれていた。もしかしなくても、ピーマン苦手なんだろうか。
「そうだぞ夏海ちゃん、好き嫌いは良くない」
うんうんと頷いているのはのみきだった。
「のみきにもピーマンあげるね。たくさん余っちゃってるから」
「あ、ああ。えっとその、ありがとう」
のみきは複雑そうな顔でしろはから焼きたてのピーマンを受け取っていた。上手く取り繕っているけど、のみきもピーマン苦手なのかな。
「なっちゃんものみきさんも、災難だねぇ」
「そう言う鴎も、紙皿にタマネギ残ってるけど?」
「え。これはあとで食べようと残してるだけで……」
「タマネギもたくさんあるから、いっぱい食べていいよ」
先程の二人と同じように、しろはは笑顔で鴎の紙皿に大量のタマネギを乗せていた。
「お奉行さま、ご勘弁をーーー!」
「ダメ。しっかり食べないと。礼儀だし」
しろはは鍋奉行ならぬ、焼肉奉行だった。これは自由奔放に焼いていた良一より、ある意味怖いかもしれない。
「……あれ?」
皆がバーベキューを楽しむ中、焼き係から解放された良一だけが、かまどの方で何やら作業をしているのが見えた。
ちょうどデートで使うマリンジェットについて聞きたいこともあったし、俺は紙皿を持ったまま、かまどの方へ移動する。
「良一、何やってるんだ」
「お、ようやく気がついたか? 飯を炊き終わった後くらいから、こっそりと準備をしていたんだ」
見ると、良一は中くらいの鉄鍋を火にかけていた。
「なんだこれ」
「シメを作ってるんだ」
「シメ?」
よくわからないけど、何か料理をしているらしかった。
鉄鍋の中身も気にはなったけど、今はそれより大事な用事がある。
「なあ良一、頼みがあるんだけど」
「お、なんだ?」
「明後日、マリンジェットを借りたいんだ」
「ああ、いいぞ」
「できたら、大きいのがいい」
「大きいのなら、タンデム型のがある。親父のだけどな」
「借りてもいいのか?」
「ああ、構わないぜ。壊さないでくれよ」
「もちろんだ。ありがとうな」
快諾してもらえたし、これで一安心だ。俺は持ってきていた紙皿から、イカを一切れつまんで、口に運ぶ。
「それで、マリンジェットで島にデートにでも行くのか?」
「うっぐ! ごほごほ!」
図星過ぎて、食べていたイカが変な所に入りかけた。
「……まさか、図星か?」
「ち、違う。断じて違うぞ。むごっほごほ」
「まあ、使う目的は聞かないでおいてやる」
「そ、そうしてもらえると助かる。むごっほ」
「……よし、そろそろ良い頃合いだな」
良一はニカっと笑った後、何事もなかったかのように鉄鍋のふたを開け、四角くて茶色い物体を投入していた。何を入れたんだろう。
すると、すぐに嗅ぎ慣れたスパイシーな香りがしてきた。
「あ、カレーか」
「ああ、キャンプと言えば、カレーだろ?」
確かにカレーといえば、バーベキューと並んでキャンプ飯の定番中の定番だ。
「よし、完成だな」
それから少し煮込んで、出来上がったみたいだ。
「やばい。めちゃくちゃうまそうだ」
色々食べたはずなのに、この匂いを嗅ぐと食べたくなってしまう。
「何? この匂い?」
湧き立つ香りが気になったのか、蒼たちがこっちの様子を見にやってきた。
「え、カレーなの?」
「おう。おにぎりも残ってるし、皆も食べないか?」
「もう結構食べちゃったんだけど、少し貰おうかしらねー」
「私も欲しいです!」
「私も食べたい!」
蒼に続いて、夏海ちゃんや鴎も飛んできた。二人とも、お奉行さまからは解放されたのだろうか。
「羽依里もどうだ?」
「ああ、貰っていいか」
「よしよし、たんと食え」
俺も別の紙皿にカレーを分けてもらって、おにぎりをつけて食べる。うまい。
このカレーにエビやイカを絡めてみても良さそうだ。なんちゃってシーフードカレーだ。
「三谷君、カレー作っていたの?」
「キャンプと言えば、定番だね」
「先のテントといい、人間何かひとつは取り得があるものだな」
「ミタニさん、いただいてもいいですか?」
「いいぞ。たくさん食ってくれ」
その後も皆がやってきて、良一のカレーを堪能した。
バーベキューの後ということで、さすがに全部は食べきれなかったけど、概ね好評のようだった。いかにもキャンプって感じで、楽しい時間だった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
やがて日は完全に沈み、夜の帳が下りた。
バーベキューの炭は砂をかけて始末をして、かまどは小さな火だけ残しておく。
「いっくよー!」
海に近いところでは、鴎をはじめ、夏海ちゃんや紬、そして静久が花火をしていた。元気だなぁ。
他の皆はそれぞれ好きな場所に腰を下ろし、その様子を眺めているようだった。
そして俺はかまどの近くで、しろはと並んで座っていた。
「たまにはいいよね。こういうのも」
しろはがぽそりと呟く。
「本当だよな」
同じ島にいるはずなのに、知らない場所に来ているような。不思議な感覚だった。
「おお」
何の気なしに空を見上げると、満天の星空だった。
「しろは、星がすごいぞ」
「わあ、本当だね」
使い古された表現だけど、空から星が降ってきそうだった。秘密基地の山で天体観測をした時より、空気が澄んでいるかもしれない。
俺としろはは一緒に星空を見上げながら、どちらからとなく手を握っていた。
ああ、俺はこうやって、近くにしろはを感じられるだけで幸せかもしれない。
それにこの夏休み、なんだかんだでしろはとこうやってゆっくり過ごす時間がなかった気がするし。
「あのさ、しろは……」
「え、どうしたの」
俺は静かに身体を近づける。
「あ、うん……」
しろはもその意図を察したのか、俺の肩に身体を預けてきてくれた。
そして、俺たちの距離はお互いの吐息を感じられるくらいまで近づいて……。
「楽しかったねー」
「はい! サイコーでした!」
……その時、鴎たちが花火を終えて戻ってきた。
「「っ!?」」
俺としろはは握っていた手を離し、反射的に距離を置く。
「……あれ? 二人ともどうしたの?」
「「な、なんでもないから!」」
思わずハモってしまった。
何を見られたわけでもないのに、妙に恥ずかしかった。
「海風に当たってたら、ちょっと寒くなってきたわねー」
「蒼ちゃん、少し火にあたりましょう」
その後、他の皆も続々と火の周りに集まってきた。
この感じだと今日はもう、しろはと手をつなぐチャンスすらないかもしれない。少し悔しい。
その後、小さくなりつつある火を囲みながら、皆で色々な話をした。先日のスーツケースレースや、宝探しの話、紬たちとのデートの話、水鉄砲大会の後の共同浴場の話。楽しい夏の思い出話だった。
「……そういえば、こんな話があるんだけど」
その話題も尽きかけた頃、急に鴎がおどろおどろしい口調で語りだした。この流れはもしかして。
「え、もしかして怖い話ですか?」
「そうだよ、なっちゃん。キャンプの夜と言ったらこれだよね」
「ひえっ」
鴎は夏海ちゃんの肩に手を回して、ガッチリと捕まえていた。これは逃がさない構えだ。
皆で囲んでいるたき火も心許なくなっていて、程よい暗闇。怪談話を始めるにはうってつけだった。
「それじゃ、まずは私から。世にも恐ろしいスーツケースの話ね」
先の宝探しイベントで、鴎が口達者なのは知っている。どんな話だろうか。
「とあるかわいい女の子が、自分と同じくらいの大きなスーツケースを持ってたんだけどね……」
鴎が隣に置いていたスーツケースを正面に置いて、語り始めた。
「ひみつでっせー。こわいでっせー」
時折、鴎の語りに合わせてカタカタとスーツケースが動いて、一緒にだみ声が聞こえていた。
なんというか、スーツケースを使った腹話術を見ているみたいだった。
「めでたし、めでたし」
やがて、鴎の話が終わった。
場の雰囲気はその、何とも言えなかった。正直、怪談話をした後の空気じゃない。
「……あれ、皆恐くなかった?」
その場の空気を察したのか、鴎が不思議そうな顔をしている。
「お前の語り部としての手腕は認めるが、話の構成に問題がある。結局、スーツケースのスーちゃんとけろぴーの勝負はどうなったんだ」
俺はたまらずつっこんでいた。
「それはまた次の機会に」
最初はいかにも怪談という口調で語りだしたけど、途中からアクションものになっていた。
「むー、自信あったんだけどなぁ」
皆の反応がイマイチなので、鴎はしょげていた。
いや正直、続きは気になるけどさ。
鴎は本当に皆を怖がらせようとして、この話を用意したんだろうか。
「それじゃ羽依里、何か怖い話知らない?」
「え、俺?」
「うんうん。オカルト、好きなんだよね?」
鴎に期待の目を向けられた。まぁ、あるにはあるけど。
「じゃあ血の伯爵夫人と呼ばれた、エリザベートの話でも……」
「やめて。そういうぐろいのは求めてないから」
いざ語り始めようとしたら、しろはからストップがかかってしまった。
「それならパイリ君、この間のチュパイカブラの話は?」
「チュパカブラな」
なんか名前が変わっていて、新しい怪物が創造されていた。
「……なんかエロそうな名前の怪物ね」
蒼、それはお前がピンク脳だからだ。
「チュパカブラも駄目。牛の、その……ぐろいから」
話の内容を知っているんだろうか。この話もしろはからストップがかかってしまった。
「そうだ。俺の代わりに、静久は何か怖い話を知らないのか?」
俺は語れそうにないので、静久の方に話題を投げる。
「そうね……朝、目が覚めると、だんだんとおっぱいが減っていく話とかどう?」
「むぎゅ! 怖すぎます!」
「やめてください! 悪夢です!」
紬と夏海ちゃんをはじめ、女性陣が胸を抑えて青ざめていた。怖いんだろうか。男の俺にはイマイチ怖さがわからなかった。
「そうだ。怖がってばかりいないで、ツムツムも何か話してみない?」
「むぎゅ?」
鴎に話を振られ、キョトンとしていた。紬が怖い話をするイメージはないけど。
「えーっと、神隠しに逢った女の子の話とかでも、いいんでしょうか」
「紬、それは駄目よ」
静久に笑顔で止められていた。少し気になるんだけど。
「無理強いはできないよね……それじゃ、良一君は何か知らない?」
鴎はその様子を見て、今度は良一に話を振る。
「怖い話か。あるぞ」
良一はニヤリとして、自信満々に語りだした。
「……海難法師の話だ」
カイナンホウシ? オカルトは詳しいと自負してるけど、知らない話だった。
「東の島に伝わる話だ。どういう話かというとだな……」
良一によると、海難法師というのは遥か昔、村人に騙されて荒れた海に出た結果、海難事故に遭って死んだ役人たちの怨霊らしい。
その身体は海藻やフジツボで覆われた、世にもおぞましい姿をしているらしく、今日みたいなお盆が近くなった夜に海からやってきて、手に持ったナタで襲い掛かってくるんだとか。
「あわわわわ」
「むぎゅぎゅぎゅ」
良一の話術は、個人の想像力に働きかけるやり方だった。この暗闇だし、どうしてもイメージが浮かぶ。やばい。怖い。
「以上だ」
良一が語り終わると、場が静まり返る。静かに響く波の音が、一層恐怖心をあおる。
「つ、次、次! 次に行こう!」
鴎も怖くなったのか、努めて明るく次を促す。
「それじゃ、俺は夜の山で徹卓していた時の遭遇した金縛りの話をするとしよう」
「私は鉄塔で夜の見張りをしていた時に見た、不思議な光の話でも……」
その後は、天善とのみきが怪談話を披露した。
二人の話も怖かった。良くあるまた聞きの話じゃなく、本人の体験談だから、めちゃくちゃ臨場感があった。
この手の話に慣れているはずの俺も、さすがに背筋が寒くなってきた。それくらい、皆は話が上手い。
「……」
そんな中、隣のしろはは平気そうな顔をしていた。肝試しの時も平気っぽかったし、この手の話には強いんだろうか。
「あおちゃんやあいちゃんは、怖い話とか知らない?」
鴎が次の語り部を探して、空門姉妹に声をかけていた。
「うーん。怖い話、苦手なのよねー」
蒼はそう言って苦笑いを浮かべていた。
「短いのでもいいから、あおちゃん、お願い!」
鴎が拝んでいた。
「うーん。それじゃ、少しだけよ?」
そんな鴎に根負けしたのか、蒼が渋々と語りだす。
「駄菓子屋で出会った小さな女の子の話なんだけど……」
駄菓子屋が舞台になってるところからして、天善やのみきと同じく実体験系の話みたいだった。
「ある夏の日の夕方、あたしは駄菓子屋で商品の整理をしてたの。するとそこへ、小さな女の子がやってきたのよ。麩菓子くださいなーって」
「ふがし?」
「そ、麩菓子。今時の子はあまり買わない駄菓子なんだけど……それより気になったのが、その女の子の服装ね」
「むぎゅ? 服装ですか?」
鴎や紬も興味津々で聞いていた。駄菓子屋っていう身近な場所というのも、なかなか効果的みたいだった。
「うん。すごい昔の服を着てたの。モンペって言うの? 戦争の時の服」
「え、なにそれ」
「でも、あたしは特に気にも留めずに後ろを向いて、商品棚から麩菓子を取ってあげたの」
「うんうん」
「それで、10円よーって言いながら振り返ったら……そこにはもう、誰もいなかったの。一匹の蝶が居て、そのままどこかに飛び去って行っちゃったわ」
「え、蝶?」
どうしてこのタイミングで蝶が出て来るんだろう。よくわからなかった。
「なるほど、その子は七影蝶だったわけか」
わかったように頷くのは、のみき。
「その、七影蝶って何?」
俺や夏海ちゃんをはじめ、鴎や静久もわかっていないみたいだった。どうやら、島の皆にはそれで伝わっているみたいだけど。
「七影蝶っていうのはね……なんて言えばいいのかしら。死んだ人の想いの残滓っていうか、幽霊みたいなものかしらねー」
「幽霊」
口に出してみると恐怖と一緒に、なんとも言えないモヤモヤした気持ちが押し寄せてきた。
「そう。毎年何人かは、見たって人が出て来るのよ。この島の伝説みたいなものねー」
蒼は笑顔で言ってるけど、なんだろう。不思議な感じだった。
「でもその、七影蝶ってさ……」
「……そこまでです。これ以上その話をすると、寄ってきますよ」
その時、藍が手をパンと叩いて話を遮る。というか、寄って来るって何が?
「あー、やっぱり? 藍に止められるくらいだし、やめとくわねー」
意味深な発言を残して、蒼の話はそこで打ち切りとなった。オカルト好きとしては、いくつか聞きたいこともあったけど、今は無理そうだった。
「えーっと、それじゃあ次はなっちゃん……は、無理っぽいね」
夏海ちゃんは半分鴎に抱きつくようにして震えていた。とても話せるような状況じゃない。
一瞬話を振りかけた鴎も、よしよしと頭を撫でてあげている。
「それじゃあ、私が話しましょうか。ちょうど良い時間ですし、これで最後にしましょう」
そう言って顔を上げたのは藍。満を持して、という感じだった。
「陰湿な狸の話とかどうでしょうか」
「え、何それ」
「それはですね……」
藍が語り始めたのは、それはそれは陰惨で、悪知恵の働く狸の話だった。
その狸はある登山隊のメンバーに紛れ込み、物を盗んだり、偽りの愛をささやいたりして、メンバーを疑心暗鬼に陥れる。
下山する頃には、登山隊の人間関係はメチャクチャになってしまうという、それまでの話とはまた違うテイストの話だった。
「……おしまいです」
藍の話が終わった後は、怪談の恐怖とは別の、何とも言えない感情が俺たちを包み込んでいた。皆無言だった。
「あううう……」
そんな中、いつも間にかしろはが俺に抱きついて、がくがくと震えていた。
「え、しろは?」
「た、狸、怖すぎる。やり方が陰湿すぎるよ」
よくわからないけど、しろははえらく怖がっているみたいだ。
「ううう、狸、陰湿すぎるよ」
「しろはちゃん、これで終わりだと思いますか?」
「え?」
「ポポポーーーン!」
その時、申し合わせたように、しろはの背後でイナリが鳴いた。
「ひゃああああああ! た、たぬき!?」
しろはの絶叫が周囲にこだました。下手したら気絶しそうな勢いだった。
「い、イナリだよ。しろは、しっかり」
藍はしてやったり。といった感じでほくそ笑んでいた。イナリとハイタッチまで決めていたし、なんて連係プレーだろう。
「さて鴎さん、良い時間ですし、そろそろお開きにしませんか?」
「そ、そうだね! そうしよう! 皆、解散!」
そのタイミングで、鶴の一声ならぬ、鴎の一声で怪談話もお開きになった。
「よーし皆、もう寝ようぜ!」
「賛成です!」
後半のハイレベルな怪談話で、皆の恐怖も最高潮だったんだろう。ここぞとばかりに立ち上がり、次々にテントへと向かう。
「ううう……」
そんな中、しろはだけ立ち上がらない。
「しろは?」
「こ、腰が抜けた……」
「え、大丈夫か?」
狸の話のラスト、イナリアタックが効いてるみたいだ。顔もイナリばりに真っ青だった。
「しろは、しっかり」
俺の肩に掴まってもらいながら、なんとかしろはに立ってもらう。
「羽依里さん、こっちですよ!」
その後、夏海ちゃんのいる白いテントの方までなんとか連れて行く。
「お、お願い羽依里。今日、一緒に寝て」
するとテントの目の前で、しろはにそう懇願された。
「え、さすがにまだ一緒に寝るわけには」
俺たち、一緒のお風呂もまだだし。
「じゃあ夏海ちゃん、一緒に寝よう!」
「ふぇっ!? 私ですか!?」
「うん! お願い!」
しろははその場でしっかりと夏海ちゃんの手を握る。心なしか、涙目になってる気がする。
でも、夏海ちゃんも同じテントだし、それなら可能かもしれない。
「夏海ちゃん、俺からもお願いするよ。俺がしろはと一緒に寝るわけにもいかないしさ」
「わ、わかりました」
夏海ちゃんに了承してもらった後、二人でしろはを支えながらテントへと入ってもらった。
ちなみに、同じテントには夏海ちゃんとしろはの他に、鴎も寝ることになったらしい。
また、同じサイズの緑色のテントには静久、紬、のみきが寝るらしく、三人の楽しそうな声が聞こえていた。
「良一ちゃん、ちょっと聞きたいことがあるんですけど」
「え、どうした?」
そんな中、藍が良一に詰め寄っていた。というか、珍しく正しい名前を呼んでいる。あれは絶対裏がある。
「あのピンクのテントのことなんですけど」
「ああ、あれか。あれはな……」
なんか色々話を聞いた後、取扱説明書みたいなものを受け取っていた。テントに取扱説明書?
「ほら蒼ちゃん、行きますよ」
「え、藍、ちょっと待って。なんか嫌な予感しかしないんだけど」
「それでは皆さん。おやすみなさい」
「離してぇーーー!」
蒼は藍に手を引かれ、ピンクのテントへと引きずり込まれていった。見ると、よくわからないヒラヒラもついてるし、謎なテントだった。
「さて、と……」
あの蒼たちの入っていったピンクのテントも気になるけど、問題は俺たちのテントだった。
……試しに、男三人で横になってみる。
「いてててて! 良一、もうちょっと詰めてくれ!」
「無茶言うな! もう既に端っこだぞ!」
なんだかんだ言って、本来は二人用のテントだ。狭い。狭すぎる。
ちなみに俺は、流れで真ん中に寝る羽目になった。右に良一、左に天善。ほぼ密着状態。
動けば動くほど、三人とも汗だくになっていくし。これは地獄だった。
「うう、狭い!」
「いてて! 羽依里、肘打ちはやめてくれ!」
「俺だってやりたくてやってるわけじゃないぞ!」
「こら! お前たち、消灯時間はとうに過ぎているぞ! 静かに寝ろ!」
三人で大騒ぎしていると、テントの入り口が開けられて、のみきが覗き込んできた。見回りが来るなんて、まるで修学旅行だった。
「……これは駄目だ。二人とも、一回起きてくれ!」
のみきが去った後、俺たちは堪らず起き上がり、三人であぐらをかいて向かい合う。
「このテントで三人が寝るのは、物理的に無理があるぞ」
「だな……」
これは、何か対策を考えなきゃいけない。
「こうなったらあれしかないな」
俺の肘打ちで左の頬を赤くした良一が、意を決したように言う。
「え、あれ?」
「極めて公平な、男の勝負をしようぜ」
「なんだそれ?」
「……じゃんけんだ。負けた一人は外で寝る」
じゃんけん。確かに公平な勝負だった。
「なるほどな。二人ならこのテントでも、なんとか寝れそうだ」
「だろ」
「……乗ったぜ。二人とも、俺に負けて吠え面かくなよ!」
「その台詞、そっくりそのまま鷹原に返そう」
「よーし! いくぜ! じゃーんけーん!」
「「ぽん!」」
「負けてしまった……」
男の勝負に敗北した俺は、なけなしのタオルを片手に、外で途方に暮れていた。
かまどの火も完全に消えてしまっていた。月は出ていたので、それなりに明るいけど。
よく考えたら、テントを間違えたのは良一なんだから、良一が外で寝るべきだったんじゃないか? 今更だけどさ。
思えば、じゃんけんの言い出しっぺは良一だった気がするし。
「うう、たばかられた……」
せっかくキャンプに来たはずなのに、まさか野宿する羽目になるなんて。
とりあえず、少しでも寝心地の良さそうな地面を探して歩く。
「え、羽依里?」
その時、背後から声をかけられた。振り返ってみると、Tシャツに半ズボン姿と、ラフな格好の鴎がいた。
「あれ、鴎? どうしてここに?」
「え。私はその、ちょっとお花を摘みに……」
「ああ」
鴎の視線の先には、小さな赤いテントがあった。どうやらそういうことらしい。
「それより、羽依里はどうしてこんなところにいるの? 眠れないの?」
鴎はスーツケースを引きながらこっちにやってきた。まさか、トイレに行くのも一緒なのか。
「えっと、実は……」
俺は黒いテントでの経緯を鴎に話して聞かせた。
「それはなんというか……ご愁傷様だねぇ」
ものすごく可哀想なものを見るような目で見られてしまった。
「ところで鴎、そのスーツケースに寝袋でも入ってないか?」
いくら夏とはいえ、夜の海風に直接当たったら体が冷えてしまいそうだし。
「さすがに寝袋はないけど、ハンモックならあるよ」
「え、あるの?」
「うん。あるよ」
鴎はそう言って、スーツケースからハンモックを取り出してくれた。
「木に結んだら、ちょうどいい感じで眠れるよ?」
「さんきゅ。確かに、映画とかで使っているシーンを見るよな」
「あと、これもあげる」
鴎は黄色いスプレー缶を手渡してくれた。
「なんだこれ?」
「虫よけスプレー。ここ、蚊がたくさんいるしね」
言われてみれば、蚊がぶんぶん飛んでる気がする。たぶん、奥の森からやってきてるんだろう。
「ありがとう。使わせてもらうよ」
「うん。吸血鬼対策はバッチリしておかないとね」
「そ、そうだな」
蚊に出血大サービスするわけにはいかないし。助かった。
「それじゃ、おやすみー」
鴎は手を振りながら、がらがらとスーツケースを引いて自分のテントに戻っていった。
さて、せっかくだしハンモックを使わせてもらうことにしよう。
「……あ」
俺は周囲を見渡して……あることに気づいた。
「ここの入り江、全然木が生えてない……」
ハンモックは木に結ばないと使えない。せっかく借りたけど、これは使えそうになかった。
「……吸血鬼め! くらえ!」
ぷしーーーと、振り返り際にスプレーを一閃。
ガードスキル:インセクトバリアーって感じだ。
「……さて、現実逃避はこのくらいにして、寝るか」
俺は適当に自分の体にスプレーを振りかけて、ハンモックに包まりながら、その場に横になる。
こうなったら、どこで寝ても変わらない気がした。
海の方を向いて、目をつぶる。波の音が良い感じにリズムを刻んでいて、心地良い。
「……ん?」
いい感じにウトウトしてきた頃、波音の間に足音のようなものが混ざって聞こえだした。間違いなく、俺の方に向かってきている。
え、足音?
ーー海難法師の話だ。
……その時、良一の怪談話が頭をよぎる。よりによって、こんな時に。
「鴎みたいに、誰かトイレにでも起きたのかな」
その正体を見てやろうと、意を決して目を開けると、月明かりに照らされて、長くてざんばらな髪をしたシルエットが映し出された。
……え、そんなまさか。
さらに右手に赤黒いものを持っているのが見えた。それは月明かりに反射して、鈍く光っている。
……ちょっと待ってくれ。本当に海難法師!?
そしてついに目の前にまでやってきた時、ふいにその眼がギラリと光る。
「で、でたーーー! れ、れいげんいやちこなれ!」
俺は恐怖のあまりに飛び起きる。
右手に虫よけスプレー、左手にハンモック。出来る限りの武装を整え、戦闘体勢を取る。
「……む? 何が出たんだ?」
俺の声に驚いたのか、シルエットの動きが止まった。そして、聞き覚えのある声が聞こえた。
「て、天善!?」
その姿をよく見てみると、天善だった。なぜか、頭にわかめを被っている。
そのわかめのせいで、ざんばらな髪の毛に見えたのか……なんとも紛らわしい。
「鷹原、こんな所で寝ていたのか」
「ま、まあな。そう言う天善こそ、何やってるんだ?」
「夜の鍛錬だ」
手元で光っていた赤黒いものは、卓球のラケットだった。確かに赤と黒のラバーだし、いい感じに月明かりで光るよな。
眼がキラリと光ったのも、眼鏡に月の光が反射したんだろう。
「ところで、なんでわかめを被ってるんだ」
「これを被っていると、頭が冷えて集中力が高まるんだ」
「そ、そうなのか」
よくわからないけど、海難法師の正体がわかって良かった。
「それじゃ、俺は向こうで寝るよ。トレーニングの邪魔をしても悪いしな」
「ああ、気を遣わせてしまってすまないな」
俺は天善に一声かけて、俺も寝る場所を変えることにした。
「よし、ここら辺でいいかな」
俺は適当に場所を移動し、海に背を向けるようにして横になった。ちょうど、少し離れたところにピンクのテントが見える。
「密着モードだそうですよ。これはしょうがないですね。しょうがないですよね」
「いーーーやーーー! だから藍、なんでそんなに嬉しそうなのーーー!?」
「大人しくしてください。ぽちっと」
「ひゃーーーー! 何この甘いにおいーーー!」
そのピンクのテントから、何やら賑やかな声が聞こえてきた。
……誰だ? さっきからもっと近づけと言っているのは。俺はしろは一筋だから、その誘惑には負けないぞ。
俺はハンモックに頭からくるまって周りの音を遮断すると、そのまま眠りに落ちていった。
第二十三話・あとがき
おはこんばんちわ。トミー@サマポケです。
今回は前回の続きということで、キャンプ本編でした。バーベキュー、花火、怪談話……鉄板モノばかり詰め込んでみました。とても良一が輝いていたのではないでしょうか。
こんなふうに、慣れないながらも皆でキャンプの準備をするのは楽しいですよね。私は島でのキャンプはやったことないので(小学生の時に一度ありましたが、台風で中止になりました)、島キャンプとか憧れます(^◇^)
また、海難法師や狸の怪談話に混ざって、しれっと七影蝶の説明を入れてみました。
この小説では、七影蝶は死者の無念というか、幽霊みたいなもの、という共通認識を島の皆は持っている感じです。七不思議みたいなものですね。
それにしても、藍によってピンクのテントに引きずり込まれてしまった蒼の運命やいかに(ぇ
では、次回も冒頭にキャンプの続きをやりますので、お楽しみに~(^^)/
■今回の紛れ込みネタ
・髪の長い自称敏腕庭師……アサガオについて言及してる辺り、Rewriteの小鳥さんです。
『アサガオってどれもヤバイよね。でも乾かして噛まなきゃ平気!』らしいです。
・けろぴー……kanonの名雪が持っている、大きな人形です。決してスーツケースと激闘を繰り広げる存在ではありませんので、あしからず。
・ガードスキル:インセクトバリアー……ガードスキルと言えば、ABの天使ですよね。その技をもじりました。ただの虫よけスプレーです。
以上になります。いくつお気づきになられたでしょうか。
感想など頂けましたら、泣いて喜びます。