Summer Pockets #2   作:トミー@サマポケ

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第二十四話 8月15日

 

 ……朝。

 

 波の音と、海鳥の鳴き声で目が覚めた。

 

 そして、ものすごく眩しかった。

 

 たまらず目を開けると、ちょうど朝日が昇ってきたところらしい。

 

 朝日と共に起きるなんて、なんて健康的なんだろう。

 

 「う、うーん……」

 

 身体に巻き付いていたハンモックを引きはがして、反射的に横を向く。

 

 すると、目の前に天善の顔があった。

 

「どわあああああ!?」

 

 俺は反射的に、その天善を思いっきり蹴っ飛ばしてしまった。

 

「なんで天善のやつ、俺の横で寝てるんだ……?」

 

 昨日寝た時は、確かに一人だったはずだけど。

 

 俺に蹴飛ばされても、天善は変わらず眠っているようだった。

 

「全く、朝から心臓に悪い……」

 

 俺は一度深呼吸した後、全身についた砂をはたき落としながら起きあがる。

 

 ……身体のあっちこっちが痛い。

 

 背伸びをしたらパキポキと良い音が鳴った。砂の上だし、なんだかんだで布団の上とは違う。

 

「とりあえず、顔を洗おうかな……」

 

 この際、海水でも構わないや。俺は波打ち際に座り込んで、顔を洗う。

 

「あいててて!」

 

 しまった。つい寝ぼけて、いつものように目も洗ってしまった。海水が染みて、目が痛い。

 

「まあ目は覚めたし、結果オーライかな……」

 

「あ、おはよー。羽依里ー」

 

 声がした方を見てみると、俺より少し陸に近い場所で蒼が体育座りしていた。なんか、朝から黄昏ている。

 

「ああ、おはよう」

 

 俺は挨拶を返しながら、蒼の方に近寄ってみる。なんだか元気がない。

 

「どうした蒼、体調悪いのか?」

 

 昨日のこともあるし、心配なんだけど。心なしか、やつれているようにも見えるし。

 

「あはは、そう言うわけじゃないんだけどねー。元々朝弱いし」

 

 そういえば前に空門家へお邪魔した時、藍がそんなことを言っていた気がする。

 

「髪も爆発してるな」

 

「ホントねー。もうちょっとしたら直すわー」

 

 言われて気づいたんだろうか。蒼は恥ずかしそうに笑いながら、髪に手櫛をかけていた。言われてみれば、ここに鏡なんてないもんな。

 

「でもねー、ひとつだけ気になることがあるのよー」

 

「気になること?」

 

「うん。なんていうの、昨日の夜の記憶がないのよねー」

 

「え、なにそれ」

 

「藍と一緒にテントに入ったところまでは覚えてるんだけど、そっから先の記憶がないのよねー」

 

 そう言えば蒼は、藍と一緒にピンクのテントに入ったんだっけ。

 

「藍がテントのボタンを押したのまでは覚えてるんだけどねー」

 

「え、テントにボタン?」

 

「うん」

 

 ますますわけがわからない。

 

「あたし、あのテントで何をしたのかしら……」

 

 蒼はそのまま頭を抱えて、うんうん唸りだしてしまった。ここはそっとしておいてあげよう。

 

 俺は砂浜を歩いて、皆のテントの方へ向かう。

 

 道中、天善が朝日をバックに素振りをしていた。どうやら絶賛朝練中らしい。

 

「さっきまで寝てたのに、いつ起きたんだろう」

 

 朝練の邪魔しても悪いし、俺は何も見なかったことにして、皆の元へと向かった。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 テントの並ぶところまで来ると、いい匂いが漂ってきた。

 

 見ると、良一がかまどに火をおこして、コーヒーを淹れているようだった。

 

「良一ちゃん、ピンクのテントは最高でしたよ!」

 

 そして、良一の背後から藍が話しかけていた。

 

 なんか、ものすごく嬉しそうだ。あれだけ笑顔の藍を初めて見たかもしれない。

 

「そ、そうか。喜んでもらえて、俺も嬉しいぞ」

 

 話しかけられた良一も藍の異変を感じているのか、顔が引きつっていた。

 

「また貸してくださいね?」

 

 良一の首に手なんか回しちゃってるし、めちゃくちゃ浮かれてるのがわかる。普段の藍だと、絶対あんなことはしない。よくわからないけど、よほど嬉しいことがあったんだろう。

 

「お、おお……」

 

 固まっている良一をよそに、藍は満面の笑みを浮かべて、その場を離れていった。

 

 笑うと蒼にそっくりだった。さすが双子だ。

 

「む、鷹原も起きたのか」

 

 立ち去っていく藍の後ろ姿を眺めていると、のみきから声をかけられた。見ると、静久と紬、イナリも一緒みたいだった。

 

「ああ。皆、おはよう」

 

「タカハラさん、おはようございます!」

 

「おはよう、パイリ君」

 

 この二人は相変わらずネコとウシの格好だった。そういえばその服、元々パジャマだって言ってたっけ。

 

 そのまま四人と一匹で並んで、良一の元へと歩み寄る。

 

 

「ところで、藍は何か悪いものでも食ったのか?」

 

「朝からずっとああなんだ。一緒にいたはずの蒼は疲れ切った顔をしているし、私たちもよくわからなくてな」

 

「くわばらくわばら。触らぬ藍に祟りなし」

 

 良一は藍が立ち去った後、自分の体に塩を振っていた。なにもそこまでしなくても。

 

「そうだ、とりあえず朝飯の準備はしておいたぜ」

 

 一通りお清めが終わったらしい良一が指し示す先には、コーヒーに加えて袋に入った食パンが用意されていた。

 

「昨日の夜に余ったカレーも温めてある。食パンも一人二枚まで食べてくれて良いぜ」

 

「まさか、朝から一人で準備してくれたのか?」

 

「ああ、簡単なもんで悪いけどな」

 

「いや、十分だよ。ありがとうな」

 

「気にするな。俺も楽しいからな」

 

 良一は笑顔でそう言いながら、紙コップにコーヒーを注いでくれた。

 

「それじゃ、さっそく」

 

 俺は鉄鍋に残っていたカレーを二枚の食パンに挟んで、かまどの火で軽くあぶる。あっという間に、カレーサンドの完成だ。

 

 良一からもらったコーヒーと合わせれば、最高のモーニングセットだった。

 

「こうやって余ったカレーを食べながらコーヒーを飲むのがたまらんのだ」

 

 良一は至極幸せそうな顔をしていた。なんかわかる気がする。

 

「ポン! ポン!」

 

「お? どうしたイナリ」

 

 その時、足元にイナリが寄ってきた。その口には、大きな油揚げをくわえている。

 

「まさか、これもパンにはさんで焼いてくれっていうのか?」

 

「ポポーーン!」

 

「わかった。オイナリサンドだな」

 

 俺はイナリに言われるがまま、油揚げをパンにはさんで火であぶる。

 

 完成品をイナリに渡すと、美味しそうに食べていた。

 

 さすがに俺は手を出さなかったけど、香ばしく焼けた油揚げから、良い匂いがしていた。

 

 

 

「あ、朝ごはんの準備してくれたのねー」

 

「さすが良一ちゃんです。気が利きますね」

 

 その後、藍や蒼をはじめとした皆も合流して、各々パンを焼き始めた。

 

「紬、残っているワタアメを食パンに乗せて、溶かしてみない?」

 

「そですね! コットントーストにしましょう!」

 

「蒼ちゃん、実はマシュマロ持ってきていたんです。焼きませんか」

 

「あ、いいわねー」

 

「パンに乗せても美味しそうですよ」

 

 皆、創作意欲に溢れていた。

 

 直後、砂糖を焦がしたような匂いが漂ってきた。美味しそうだけど、凄く甘そうだった。

 

 よく考えれば、ワタアメもマシュマロも主原料は砂糖だった気がする。

 

「はい、ノミキさん、どうぞ!」

 

「え。ああ、すまないな」

 

 ちなみに、完成したコットントーストはのみきが受け取っていた。

 

「まぁ、コーヒーと一緒に食べればちょうどいいか……」

 

 良一が淹れたのはもちろんブラックコーヒーだった。のみきにはちょっと苦いかもしれない。

 

「パリングルスサンドも良さそうね」

 

「おおー、カッキテキですね!」

 

 その隣では、また新たなメニューが考案されていた。

 

 まあパリングルスの原材料はジャガイモだし、パンに挟んでも良さそうだけど。

 

「……あれ?」

 

 その時、まだ未開封の食パンの袋があることに気づく。

 

「これってもしかしなくても、しろはたちの分だよな?」

 

 他の皆にそう聞きながら、周囲を見渡す。

 

 改めて確認すると、しろはと鴎、夏海ちゃんの姿がない。思えば、白いテントを使っているメンバーだけがいなかった。

 

「あー……実は、その三人はな……」

 

 のみきはコットントーストを片手に持ったまま、困ったような表情でその理由を話してくれた。

 

 

 

「え、まだ寝てる?」

 

「そうなんだ。私たちも起こしに行ったんだが……その、全く起きてくれなくてな」

 

 のみきは心底申し訳なさそうな顔をしている。朝に弱いしろははしょうがないとして、夏海ちゃんや鴎も起こせなかったんだろうか。

 

「わたしも全力でむぎゅーっとしたんですが、ナツミさんは起きてくれませんでした……」

 

「私もおっぱい作戦を実行しようとしたら、のみきちゃんに止められちゃったわ」

 

 紬と静久も無念そうな顔をしていた。静久におっぱい作戦とかやられたら、下手したら二度と目覚めなくなりそうで怖い。

 

「というわけで、もう鷹原にしか頼めないんだ」

 

「え、なんで俺?」

 

 のみきは一転、笑顔だった。

 

「俺や良一が行くわけにはいかないからな」

 

 朝練を終えたらしい天善もいつの間にか合流していて、良一からもらったコーヒーを飲んでいた。

 

「しろはをいつも起こしている鷹原なら、他の皆も起こせるだろう?」

 

 のみきからはそう言われたけど、実際にしろはを起こしたことなんてない。

 

「夏海ちゃんとも一緒に暮らしてるんだし、大丈夫よねー」

 

 蒼はそう言いながら、にへらと笑う。まぁ、言ってることに間違いはないけどさ。

 

「10分経っても無理そうだったら、私たちも応援に行くからな」

 

「タカハラさん、ファイトです!」

 

 皆からの声援を受けながら、俺は白いテントの方へ追いやられる。これはやるしかなさそうだ。

 

「……あれっ、何だこの線」

 

 よく見ると、白いテントを囲むように、砂の上に線が引いてあった。

 

「それはUBラインと言ってな。もし男子があの線を超えたら、私が警告なしに撃つことになっているんだ」

 

 背後からの声に振り返ると、のみきがハイドログラディエーター改を構えていた。そんな話、初耳なんだけど。

 

「鷹原には、今回特別にUBラインを超える許可を出そう。頼んだぞ」

 

「わかった。やるだけやってみるけど……10分経ったら、本当に応援に来てくれよな」

 

 俺はそう言い残し、白いテントへと向かった。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「お、お邪魔します……」

 

「くー。すぴー」

 

白いテントに入ると、入口に一番近いところで鴎が丸くなって寝ていた。

 

 その奥では、夏海ちゃんがしろはに抱きつくようにして寝ている。しろはは、ものすごく暑そうだった。

 

「さて、どうしよう」

 

 しろはが朝弱いのはもちろん知ってるし、夏海ちゃんもああ見えて、時々朝に弱いことがある。昨日は特にはしゃいでいたし、爆睡してても不思議はない。

 

 ……少し考えて、まずは一番近くにいる鴎から起こしてみることにした。

 

「おーい、鴎ー」

 

 とりあえず近寄って、耳元で声をかける。

 

「むにゃむにゃ……おかーさん、あと5分だけ……」

 

 ……お決まりの台詞が返ってきた。

 

 というか、あと5分って言う奴ほど、その時間通りに起きてこない気がする。

 

「おーい、鴎ー。朝だぞー」

 

 声かけ程度じゃ効果がないので、今度は軽くゆすってみる。

 

「くー。すぴー」

 

 ……反応変わらず。

 

「うーむ」

 

 聞いたことなかったけど、鴎も朝弱いのか。

 

 相手が男なら、のみきから水鉄砲でも借りてぶっ放すんだけど。そういうわけにもいかない。何かいい手段はないものか。

 

「鴎ー。朝ー、朝だぞー。朝ごはん食べて、学校行くぞー」

 

「くー」

 

「朝ごはん、俺が食べていいかー? 美味しいトーストがあるぞー」

 

「くー」

 

 ……食欲に訴えかける作戦も駄目か。食いしん坊の鴎なら、起きて来るかと思ったんだけど。

 

「……よし」

 

 俺は鴎の横に置かれたスーツケースに手をかける。

 

「鴎ー、スーツケース開けていいかー?」

 

「……それは駄目!」

 

 がばっと起き上がって、鴎はスーツケースを抱きしめる。よし、起きた。

 

「って、羽依里!?」

 

「よう。おはよう」

 

「え、えーっと、これってもしかして」

 

 鴎はスーツケースを抱きしめたまま、顔をみるみる赤くしていく。

 

「えろいことされた!?」

 

「どうしてそうなる!?」

 

「だって、これって夜這い……じゃない。朝這いだよね!?」

 

 鴎は自分の身体をあっちこっちを触って、何かを確認していた。

 

「誓って何もやってないから、さっさと顔を洗ってこい」

 

「う、うん……本当に、本当に何もしてないよね?」

 

「してないって」

 

 鴎は俺に訝しげな視線を送りながら、テントを出て行った。正直、傷つくんだけど。

 

「さて」

 

 なんだかんだで鴎は起こせたし、気を取り直して次に行こう。

 

「おーい、ふたりとも、朝だぞー」

 

 鴎と同じように、夏海ちゃんとしろはに声をかける。

 

 ……無反応だった。やっぱり声をかける程度じゃ駄目みたいだ。

 

「しろはー、夏海ちゃーん」

 

 今度は二人同時に揺すってみる。

 

「ううう、れいげんいやちこなれ……」

 

「あーうー。地震、ですー……」

 

 なんだかぶつぶつ言ってるけど、起きない。

 

「夏海ちゃーん!」

 

 それならばと、耳元で名前を呼びながら強めにゆする。

 

「えへへ……チャーハンをつくるときは、てくびのスナップをきかせて……むにゃむにゃ……」

 

「……だめだこりゃ」

 

 夏海ちゃんも何回か起こしたことがあるけど、この子も結構起きないんだよな。

 

「幸せそうにチャーハンの夢とか見てるっぽいし」

 

 夢の中で、しろはにチャーハンの極意でも教わってるんだろうか。

 

 ……うん? チャーハン?

 

「……よし、この手で行こう」

 

 俺は考えを巡らせた後、大きく息を吸い込む。

 

「夏海ちゃん起きて! 今日はチャーハン祭りだよ!」

 

「え、チャーハン祭り!?」

 

 次の瞬間、夏海ちゃんは跳ねるように飛び起きた。よし、作戦成功だ。

 

「……あれ、羽依里さん?」

 

「おはよう、夏海ちゃん」

 

「おはよーございます……」

 

 状況把握に時間がかかっているみたいだ。目が泳いでいる。

 

「あの、なんだかすごく魅力的な単語が聞こえた気がするんですけど……?」

 

「夢でも見てたんじゃない? それよりほら、もう皆起きてるから、顔を洗ってきなよ」

 

「わふ……わかりました」

 

 夏海ちゃんはあくびを噛み殺しながら、テントを出て行った。

 

 

 

「さて、これで残るはしろはだけだけど……」

 

 正直なところ、夏海ちゃん以上の強敵だ。どうやって起こそう。

 

「うーん、確実にしろはを起こす方法……」

 

 俺はその場で腕組みをして、何かいい方法はないか考える。

 

「……よし、ここはイナリ作戦を試してみよう」

 

 考えに考えた結果、俺はその結論に辿り着く。

 

 ちなみにイナリ作戦とは、以前しろはが俺を起こしに来た時にやった方法だ。

 

 ……つまるところの、目覚めのキスというやつだ。呂の字だ。

 

「あの日は、しろはが勇気を出せなかったみたいだから、今度は俺が勇気を出す番だ」

 

 思い立ったがなんとやら。俺は四つん這いになりながら、しろはの方に近づいていく。

 

「き、昨日も結局、何もできなかったし、今日こそは」

 

 しろはの寝息を鼻先に感じるくらいまで近づいたところで一旦呼吸を落ち着かせる。

 

 お、俺は一度やると決めたらやりきる男だ。やるぞ。鷹原羽依里!

 

 なにを怖気づいてるんだ! しろはとのキスくらい、何回もやってるじゃないか!

 

 心の中で、そう自分を鼓舞する。

 

「……ほう、具体的にはいつだ?」

 

「え? 年明けに告白した時と、ゴールデンウィークの時と……6月末に島に来た時に……」

 

 背後からの問いかけに、思わず答えてしまっていた。というか、心の声がダダ漏れだったみたいだ。

 

「……って、ちょっとまて!」

 

 一気に視線が集まった気がして振り返ると、皆がテントの入り口に集まり、俺の動向を注視していた。

 

 そう言えば、後で応援に行くとか言ってたっけ。

 

「そ、そうか。お前たち、やることはしっかりとやっているんだな……」

 

 真っ正面に立っていたのみきは、反射的に水鉄砲を構えながらも、顔を真っ赤にして震えていた。相変わらずこの手の話題に耐性がないらしい。

 

「目覚めのキスか。やるなぁ」

 

「ファーストサーブとしては、良いチョイスじゃないか」

 

「やるわね。パイリ君」

 

「うひゃー。本当にするのかな? するのかな?」

 

 さらに、のみきの左右から良一や天善、静久と鴎がそれぞれ顔を覗かせて、俺の方をちらちらと見ていた。

 

「シズク、さっきから何も見えないのですが」

 

「鴎さん、急にどうしたんですか?」

 

 ちなみに紬は静久が、夏海ちゃんは鴎が、それぞれ目隠しをして、過激なシーンを見ないようにしてくれていた。粋な心遣いをありがとう。

 

「べ、べべ別にいんじゃない? こ、恋人同士なんだし。ねー」

 

 鴎の隣でそう言う蒼も、顔が真っ赤だ。お前が動揺してどうする。

 

「それでは羽依里さん、ぐっとやっちゃってください」

 

「誰がするか!」

 

 そんな蒼の横で、努めて冷静な藍から続きを促されるけど、俺は断固拒否する。

 

「その場の雰囲気ってもんがあるんだ! 出てけーーー!」

 

 そして、近くに置いてあったタオルケットを入口の方に向かって投げる。

 

「わ、羽依里が怒った!」

 

「皆、逃げろ!」

 

 俺の行動を見てか、皆はクモの子を散らすように逃げていった。

 

 

 

「はぁ。まったく、朝から賑やかな奴らだ」

 

「……あれ、羽依里?」

 

 誰も居なくなった入口を見ながら、俺がため息交じりにそう呟いていると、すぐ後ろから声がした。

 

「ああ、しろは。起きたのか」

 

 視線を戻すと、しろはが寝ぼけ眼で上半身を起こしていた。

 

「うん。おはよう」

 

「ああ、おはよう」

 

 さすがにあれだけ大騒ぎしたら、目を覚ましてしまったらしい。これは、イナリ作戦失敗だな。

 

「もしかして、わざわざ起こしに来てくれたの?」

 

「え? まあ、そんなところ……」

 

 ……今更、キスなんて雰囲気じゃないしなぁ……。

 

「どうしたの?」

 

 残念な気持ちでいっぱいになりながら、しろはの顔を見つめていると、不思議そうな顔をされた。

 

「な、なんでもないよ。それより、しろはも顔を洗ってきなよ。髪の毛、すごいことになってるぞ」

 

 俺は急に恥ずかしくなって、慌てて誤魔化す。

 

「うん、そうする……」

 

 しろははゆっくりと起き上がって、ふらふらと顔を洗いに向かった。蒼ほどじゃないけど、髪があっちこっち跳ねていて、まるでハケのようだった。

 

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 

 色々あったけど、全員を起こすという任務を貫遂した俺は、しろはと一緒にかまどのある場所に戻ってきた。

 

「せっかくだし、10円チョコを挟んで焼いてみよう! おやつの在庫一斉処分だよ!」

 

「美味しそうですねぇ」

 

 そこでは、鴎や夏海ちゃんが食パンにチョコを挟んで焼いていた。チョコもいい感じに溶けているみたいで、美味しそうだった。

 

「あ、羽依里も食べる? オーダーメイドで、色々作ってあげるよ?」

 

「いや、俺はもう先に食べたから、しろはに作ってやってくれないか?」

 

「それならシロハさん、パリングルスサンドをどうぞ!」

 

 紬が笑顔でパリングルスサンドをしろはに手渡していた。なかなかボリューミーだ。

 

「ジャーマンな感じがブラックコーヒーと相性抜群ですよ!」

 

 夏海ちゃんが力説していた。ドイツにコーヒーのイメージはないんだけど。

 

「鳴瀬さん、このコットントーストも美味しいわよ?」

 

 更に静久から、しろはの空いている方の手にコットントーストが手渡される。

 

「甘すぎる感じがブラックコーヒーとの相性抜群ですよ!」

 

 これまた、夏海ちゃんが力説していた。

 

「あ、ありがとう……」

 

 しろはは紬や夏海ちゃんから勧められるがまま、何枚ものトーストを受け取っていた。一番最後に起きてきた分、残りのパン全てをあてがわれたみたいだ。

 

「しろは、食べきれるか?」

 

「食材を余らせちゃ悪いし、食べなきゃ。礼儀だし」

 

 しろはは意を決したように、トーストを口に運んでいた。

 

 

 

 

「よし、それじゃ皆、そろそろ帰る準備を始めようぜ」

 

 少し食休みした後、良一の号令で帰宅の準備を始める。

 

 火の始末をして、かまどを解体する。テントをたたみ、バーベキューで使った炭を処理する。

 

「あれ、その炭、持って帰るのか?」

 

 見ると、しろはが炭を大きめの缶に入れていた。

 

「うん。持って帰って畑にまくの、肥料になるんだよ」

 

「あ、なんか聞いたことあるな」

 

「後は、この辺も肥料になるのよー」

 

 蒼が水気を切りながらビニール袋に入れていたのは、料理で余った野菜のくずだった。

 

 他にもホタテの貝殻とか、一見自然に還りそうなものも全部持って帰るみたいだ。

 

「自分たちが出したゴミは、全部持って帰る。来た時よりきれいにして帰るのが、キャンプのルールだからな」

 

 そう言う良一のリュックには、先程しろはが炭を詰めた缶が収まっていた。来た時に比べて食料や水が減ってる分、余裕があるんだろう。

 

 

 

 

「ふう。こんなもんかな」

 

 きちんと役割分担をしたおかげで、30分もしないうちに片づけは終了した。

 

 皆も荷物をまとめ終え、浜辺の一角に集まって満足そうな顔をしている。

 

「俺たちが来る前と変わらないくらい、綺麗になったな」

 

「よし皆、帰ろうぜ!」

 

「いいえ、まだよ!」

 

「まだですよ!」

 

 良一がそう言った時、紬と静久が異議を唱えた。二人の手には、ゴミ袋が握られている。

 

「紬、そのゴミ袋は?」

 

「皆さん、これに少しずつでいいので、ゴミを拾いましょう!」

 

「え、ゴミ拾い?」

 

 紬は灯台でもよくゴミ拾いをしている。それをここでもやるつもりなのだろうか。

 

「ミタニさん、来た時よりきれいにして帰るのが、ルールなんですよね!?」

 

「ルールなのよね!?」

 

 紬と静久が良一を笑顔で見つめている。これは逃げられそうにない。

 

「……そうだな。紬の言う通りだな」

 

 良一が一歩前に出て、ゴミ袋を受け取る。

 

「私も手伝います!」

 

「しょーがないわねー。最後にもう少しだけ、やりますかー」

 

 それを皮切りに、他の皆も次々と紬からゴミ袋を受け取っていく。

 

 俺もゴミ袋を手に、周囲のゴミを拾い始めた。

 

 

 

 

「うわ、こんなところにも」

 

 そこまで汚れてないだろうと思っていたけど、波打ち際や森の近くには空き缶やビニール袋といったゴミが結構落ちていた。

 

「波で流されたり、風で飛ばされてきたのかな」

 

 俺はそれらのゴミをさっさと袋に入れていく。

 

「うあーーー! 誰よ、こんな本捨てたの!?」

 

「アオさん! それも持って帰らないとダメですよ!」

 

「ええっ、持って帰るの!? これ!?」

 

 少し離れたところで、蒼と紬が何やら揉めていた。少し気になったけど、今は自分の作業に集中しよう。

 

 

 

 

「それじゃツムツム! 帰ったら捨てておくね!」

 

「カモメさん、よろしくお願いします!」

 

 皆で集めたゴミは結構な量だった。でも、それは全部まとめて鴎のスーツケースの中に納まってしまった。

 

 正直、良く入ったと思う。圧縮装置でもついてるんだろうか。あのスーツケース。

 

 ちなみに、蒼は鴎に黒い袋に入った何かを手渡していた。中身を見ずに焼いてね。って言っていたけど、どういう意味なんだろう。

 

 

「よし、それじゃ皆、帰ろうぜ!」

 

「来た時と同じように並ぶんだ。帰り着くまで、気を抜くんじゃないぞ」

 

 ゴミ拾いも終え、のみきや良一の指示の元、俺たちは来た時と同じように隊列を組んで、帰路についた。

 

 野菜を忘れたり、野宿したり、色々あったけど、楽しいキャンプだった。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 役所前まで帰り着いたところで解散となり、俺と夏海ちゃんは加藤家に帰宅する。

 

「あ、ラジオ体操!」

 

 帰宅するや否や、夏海ちゃんが玄関先でそう叫んでいた。

 

 夏海ちゃんの視線の先には、いつも玄関先に置きっぱなしにしてあるラジオ体操のスタンプカードがあった。

 

「そういえば、今日はラジオ体操に行けなかったね」

 

「そうなんですよ……」

 

 夏海ちゃんがうなだれていた。皆でキャンプに行ってたし、しょうがないと言えばしょうがないのだけど。

 

「はぁ……温泉の素、狙ってたんですけど……」

 

「え、温泉の素って何?」

 

「何って、ラジオ体操の皆勤賞ですよ」

 

「そんなのあるんだ。知らなかったよ」

 

「登別から別府まで、全国津々浦々の温泉が味わえるセットなんですよ」

 

 夏海ちゃんは嬉々としてそう話していた。温泉好きなのかな。

 

「でも、こればっかりはしょうがないですよね。キャンプもすごく楽しかったですし、後悔はありません! 明日からは、準皆勤賞の温泉の置物を目指します!」

 

「うん、その意気だよ」

 

 夏海ちゃんはそう開き直っていた。ポジティブさは大事だよね。

 

 ……それにしても温泉の置物ってなんだろう。

 

「それじゃ、荷物を片付けてきますね!」

 

 その答えを聞く前に、夏海ちゃんはリュックを持って自分の部屋の方へ行ってしまった。まあいいか。

 

「俺も荷物を片付けなきゃ」

 

 玄関に鏡子さんの靴もないし、また出かけているんだろう。俺も自分のリュックを持って、自室へと向かった。

 

 

 

 

「えーっと、だいたいこれで終わりかな」

 

 使ったタオルや汚れた衣服も洗濯に出したし、水筒やらの道具も片付け終わった。

 

「ふう……」

 

 荷物を片付け終えて綺麗になった畳の上に腰を下ろすと、途端に眠気が襲ってきた。

 

「うわ、これは……」

 

 帰宅して気が抜けちゃったんだろうか。思えば、昨日の夜は快適に眠れたとは言い難い状況だったし。

 

 となると、今このタイミングで眠気が襲ってくるのは自然の流れというわけで。

 

「す、少しだけ、休もう……」

 

 俺はそのまま仰向けに寝そべり、眠りに落ちていった……。

 

 

 

 

「うーん……?」

 

 しばらくして、自然と目が覚めた。どのくらい寝ていたんだろう。

 

 時計を見ると、12時を少し回ったところだった。

 

 同時に、腹の虫が鳴く。

 

「腹が減ったから、目が覚めたのか……」

 

 これぞ自然の摂理。

 

「とりあえず、何か食べよう……」

 

 もう夏海ちゃんはお昼を済ませちゃっただろうか……とか考えながら、俺は起き上がり、居間へと向かった。

 

 

 

 

 居間に行くと、夏海ちゃんが鏡子さんに膝枕されていた。

 

「あれ? どうしたんですか?」

 

「あ、羽依里君も起きたんだね」

 

 鏡子さんは苦笑しながら、夏海ちゃんをぱたぱたと団扇で仰いであげていた。

 

「もしかして夏海ちゃん、そこで寝ちゃってたんですか」

 

「うん、少し前までキャンプの話を聞かせてもらってたんだけどね」

 

 鏡子さんがテーブルの上へ視線を送る。そこには、飲みかけの麦茶が二つ置かれていた。夏海ちゃんも、せっかくのキャンプの思い出話を、鏡子さんに聞いて欲しかったんだろうな。

 

「話の途中ですごく眠たそうにしてたから、少し寝たら? って聞いたら、返事をした後、そのまま倒れ込んできちゃって」

 

 ああ、疲れているのにしゃべり続けて、ふいに限界が来ちゃったと。

 

「なんだかんだで、疲れちゃったんだろうね」

 

 鏡子さんは笑顔だった。

 

「でも、それだと鏡子さんも動けないですよね? お昼ご飯も食べられないですし」

 

「私は外で遅めの朝ごはんを食べてきたから、まだお腹減ってないの」

 

「あれ、そうなんですか?」

 

「うん。今日は夕方まで寄合もないから、このままでも全然平気だよ。羽依里君だけ、先にお昼ごはん食べたらいいよ」

 

「申し訳ないですけど、そうさせてもらいます」

 

 腹が減っているのは事実だし。

 

 俺は台所へ向かう。水屋の奥を探すと、かしわうどんが出てきた。

 

 これもご当地シリーズみたいで、パッケージには『ご当地うどん・九州編!』と大きく書かれていた。

 

「あ」

 

 さて、お湯を入れよう……と思ったところで、ポットにお湯が入ってないことに気づいた。

 

 思えば、いつも朝一番に夏海ちゃんがお湯を沸かしてくれてたっけ。

 

「あの子も、気付かないところで色々やってくれてるんだよな」

 

 そんなことを考えながら、ポットに水を入れて、湯沸しボタンを押す。

 

 お湯が沸くまでの間、ずっとポットの前で待つわけにもいかないので、一度居間に戻ることにした。

 

 

 

 

「お湯が無かったので、沸かしてます」

 

 そう言いながら、鏡子さんの隣に静かに腰を下ろす。

 

 夏海ちゃんが寝ているせいか、テレビもついていない。蝉の声も遠くに聞こえるし、静かな時間だった。

 

「……そういえば、鏡子さんと夏海ちゃんってどんな関係になるんですか?」

 

 なんとなく沈黙が気になったので、そんな話題を振ってみた。

 

「親戚だよ」

 

「そ、それは知ってるんですけどその、続柄というか」

 

「姪っ子になるの」

 

 姪っていうことは、鏡子さんの兄弟の子供になるんだっけ。

 

「夏海ちゃん、普段は本土の大きな街に住んでるんだけどね。都会は都会で、色々と大変みたいで」

 

 ……そう言えば夏海ちゃん、学校でいじめられてたって言ってたっけ。

 

 最近はまったく気にしてないみたいだけど、島に来た当初は学校の校舎を見るだけで体調が悪くなっていたような。

 

 鏡子さんは、どこまで知ってるんだろう。

 

「大変って……もしかして、学校のことですか?」

 

「……羽依里君も、夏海ちゃんから聞いてたんだね」

 

「ええ」

 

「……なんでこの子がいじめられるんだろうね。理不尽だよね」

 

 鏡子さんはそこまで話すと、優しく夏海ちゃんの頭をなでる。その様子は叔母というより、母親みたいだった。

 

「夏海ちゃんをこの島に呼んだのも、そんな都会のことは忘れて、楽しい夏の思い出を作ってもらいたかったからなの」

 

「その辺は大丈夫だと思いますよ。島の皆のおかげで、毎日楽しそうに過ごせてるみたいですし」

 

 皆がイベントを考えてくれたり、色々と夏海ちゃんに気を回してくれてるからそこだと思う。

 

「それに、最初は夏海ちゃんもすごく緊張してたから。羽依里君ともうまくやっていけるか不安だったんだよ」

 

 確かに、初日はガチガチだった気がする。俺も変に緊張していた気がするし。

 

「でも、最近は本当の兄妹みたいに仲が良いものね」

 

「さ、さすがにそれは言い過ぎじゃないですか」

 

「ふふ。夏休みもまだ二週間以上あるし、二人とも楽しんでね」

 

「もちろんですよ」

 

 鏡子さんに言われて、ふと現実的な考えが頭をよぎる。ずっと続きそうに思える夏休みも、気付けば残り二週間だった。

 

 毎日毎日、楽しいイベントが続いてるからか、あっという間だな。

 

「あ、そういえば鏡子さん。明日なんですけど」

 

「え、どうしたの?」

 

「実は……」

 

 イベント……ということじゃないけど、唐突に思い出した。

 

 うっかりしていて、明日の鴎とのデートの話を鏡子さんに伝えてなかった。

 

「え、今度は久島さんとデートするの?」

 

 俺は明日、鴎と島の外に出かける旨を伝えた。

 

「……水鉄砲大会の結果、そうなってしまいまして」

 

「いつものことだけど、しろはちゃんは了承してくれてるんだよね?」

 

「はい、そこは大丈夫です」

 

「なら、いいけど……気をつけて行ってきてね」

 

「ありがとうございます」

 

「ふふ。羽依里君も、あんまりしろはちゃんを困らせないようにね」

 

「わ、わかってますよ。一番大切なのは、しろはだけです」

 

「うんうん。しろはちゃん、愛されてるね」

 

「ちゃ、茶化さないでください」

 

 俺も言ってから、急に恥ずかしくなった。

 

 ……その時、ポットの電子音が聞こえた。

 

「あ。お湯、沸いたみたいだよ」

 

「そ、そうですね。入れてきます」

 

 俺は恥ずかしさを隠すため、足早に台所へと向かったのだった。

 

 

 

 

 昼食後、特にやることもないので、居間で過ごしていた。

 

 その時、夏海ちゃんのヘアピンが目に留まった。いつもつけている、蝶のアクセントのついたやつだ。

 

「夏海ちゃんのヘアピンって、よく見るとたくさんの色がついてるんですね」

 

 ずっとクロアゲハだと思っていた髪飾りだけど、近くで見ると光の加減で赤や緑、青色といった光沢が入って見える。

 

 そして、どことなく形がいびつだった。

 

「昔、工作か何かで作ったんだって。世界にひとつだけのオリジナルなんです。って言ってたよ」

 

「ああ、そういうことですか」

 

 空門姉妹のトンボ玉しかり、自分で作ったものには愛着がわくし。そういうものがあるのは良いことだと思う。

 

 

 その後は、鏡子さんと他愛のない話をしながら過ごした。

 

 鏡子さんが昔、仙台を旅行した時に食べた牛タン弁当の話とか、そこで出会った謎の青年の話とか、興味津々で聞いていた。

 

 

 

 

「う、うーん……」

 

 15時近くになって、夏海ちゃんが目を覚ました。

 

「おはよう。良く寝てたね」

 

「あ、ごめんなさい。こんなところで寝ちゃって」

 

 覗き込むように鏡子さんに笑いかけられて、ようやく事態を飲み込めたらしい夏海ちゃんが慌てて飛び起きる。

 

「ごめんなさい。まさか鏡子さんに膝枕してもらってたなんて」

 

 夏海ちゃんが申し訳なさそうに頭を下げる。

 

「疲れてたみたいだし、気にしなくていいよ」

 

「でも……」

 

 夏海ちゃんが顔を上げると同時に、そのお腹がくうと可愛らしく鳴く。

 

「あ、あう……」

 

「ふふ。そういえば、お昼ごはんも食べずに寝ていたもんね」

 

「はい……」

 

 恥ずかしそうにお腹を押さえている。

 

 でも、今からごはんを食べたら、間違いなく晩ごはんが入らないんじゃないかと思う。

 

「そうだ。二人で駄菓子屋さんに行ってみたら? 私もそろそろ寄合に行かなきゃいけないし」

 

「そうですね、そうします」

 

 鏡子さんにそう提案されて、俺と夏海ちゃんは駄菓子屋へと出かけることにした。

 

 顔だけ洗ってきます。と言って洗面所へ向かった夏海ちゃんを玄関先で待っていると、一足先に鏡子さんが家から出てきた。

 

「それじゃ、私も出かけてくるね」

 

「はい。気をつけて行ってきてください」

 

「あ、そうそう羽依里君」

 

「はい?」

 

 出発しかけた鏡子さんが、慌てて俺の方を振り返る。

 

「明日のデートだけど、マリンジェットに乗る時は、きちんと救命胴衣つけなきゃ駄目だからね」

 

「え? ええ、わかってます」

 

「それじゃあね」

 

 それだけを言い残し、鏡子さんは出かけていった。

 

 ……あれ? そう言えば俺、鏡子さんにマリンジェットを使うって話したっけ?

 

 島の外に行くって話はしたけど。

 

 まぁ、マリンジェットの件は良一にも話してあるし、鴎とデートの予定を決める場に夏海ちゃんや紬だっていたし、誰かから話が行っていたのかもしれない。この島、噂が広まるのも早いし。

 

「おまたせしましたー」

 

 その時、麦わら帽子をかぶった夏海ちゃんが玄関から出てきた。

 

「鏡子さんとの会話が聞こえてたんですけど、羽依里さん、マリンジェットでどこか行くんですか?」

 

「ほら、この間の水鉄砲大会の副賞だよ」

 

「ああ、今度は鴎さんとのデートでしたっけ。頑張ってくださいね!」

 

「あ、ありがとう」

 

 夏海ちゃんは笑顔で応援してくれてるけど、しろはという彼女がいる身としては、嬉しいような修羅場のような。複雑な心境だった。

 

「それじゃ、俺たちも駄菓子屋に行こうか」

 

「はい! お腹にたまるお菓子、食べたいです!」

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「くーださいな」

 

「いらっしゃい」

 

 駄菓子屋に到着すると、今日はおばーさんの姿しかなかった。

 

「あれ、今日は蒼も藍も居ないんですか?」

 

「今日は二人とも来てないね」

 

「そうなんですね」

 

「たぶん、キャンプで疲れたんじゃないかね」

 

 俺たちもついさっきまで休んでいたし、その理由はもっともだった。

 

「それじゃ夏海ちゃん、好きなお菓子選んでいいよ」

 

「羽依里さん、おススメの駄菓子とかありませんか?」

 

 駄菓子の棚の前に立っていた夏海ちゃんから、そんな質問が飛んできた。

 

「え、おススメ?」

 

「はい。お腹にたまるのが良いです」

 

「えーっと、そうだなぁ」

 

 夏海ちゃんにそう言われて、一緒に駄菓子の棚を見る。

 

 イカラーメンとか、カンデーはよく噛むから、お腹にたまる感じがするけど、女の子が食べるものとしてどうなんだろう。

 

「それじゃ、これなんかどうかな」

 

 俺が選んだのは、チョコビックリバーだった。子供の頃、チャンバラ代わりに遊んだりもした、大きなチョコバーだ。

 

「すごく大きくて、美味しそうですね」

 

「実は、この大きさで一本30円なんだよ」

 

「え、すごく安くないですか?」

 

 製造方法とか原材料とか詳しく知らないけど、とにかく安いのがこのチョコビックリバーの特徴だった。まさにビックリだ。

 

「それじゃ、これにします!」

 

 夏海ちゃんはそれを二本選んで、カウンターへと向かっていった。

 

「おばーさん、このお菓子ください」

 

「はいよ。二本で60万円」

 

「はい! 60円です」

 

「59万9940円足りんの」

 

「明後日くらいに、きっと羽依里さんが払ってくれます!」

 

 夏海ちゃんとおばーさんがお約束をやっている間、俺は駄菓子屋の中を眺めていた。

 

 そういえば、今日はお客さんが少ない気がする。いつもなら、この時間でも何人か子供たちが居るんだけど。

 

「今日はお客さんが少ないんですね」

 

 何の気なしに、おばーさんに聞いてみる。

 

「今日は港に出店が出ているらしいからの。皆そっちに行ったんじゃろう」

 

「え、なんの出店ですか?」

 

「さあ? 本土から人が来ておるらしいの。珍しいのか、盛り上がっとった」

 

 なるほど、それでお客さんがいないのか。

 

 いつもなら、出店は午前中で終わる場合がほとんどだ。裏を返せば、今日の店はそれだけ賑わっているということだ。

 

「夏海ちゃん、ちょっと港に行ってみない? お菓子食べながらで良いからさ」

 

 ちょっと興味を引かれたので、夏海ちゃんにそう提案してみた。

 

「そうですね、行ってみましょう!」

 

 両手に一本ずつのチョコビックリバーを持って、夏海ちゃんはご満悦の様子だった。

 

 駄菓子屋のおばーさんにお礼を言って、俺たちは港へと向かって歩き出した。

 

 

 

 

 その道すがら、夏海ちゃんはチョコビックリバーを開封する。

 

 サクサクのパフの上に、刻んだピーナッツを混ぜ込んだチョコレートがコーティングされている。30センチ近い大きさがあり、それでいて30円。絶対価格設定がおかしい。

 

「あのこれ、すごくドロドロなんですけど」

 

 その最大の弱点は、食べにくいことだった。

 

 しかもこの暑さで、パフ全体をコーティングするチョコが溶けてしまっている。

 

「美味しいですけど、すごく食べづらいですね」

 

 夏海ちゃんがは口をいっぱいにあけて、チョコビックリバーにかじりついている。確かに食べにくそうだった。

 

「あ、羽依里さんも食べますか?」

 

「いや、俺は良いよ」

 

 食べにくいと言いながらも、なんだかんだで結構なペースで食べてる。お腹は減ってるんだろう。

 

「あ、チョコがぽっぺについてるよ」

 

 その時、夏海ちゃんの左のほっぺたにチョコの欠片がついているのに気が付いた。

 

「え、どこですか」

 

 左手はもう一本のチョコビックリバーでふさがっているので、右手の甲で器用に右の頬をぬぐっていた。残念だけど、チョコがついてるのは左側の頬だった。

 

「こっちこっち」

 

 俺は反射的に右の人差し指で夏海ちゃんの頬をぬぐう。

 

「あ、ありがとうございます……」

 

「おお。懐かしい味だね」

 

 そしてそのまま、何の気なしにチョコの欠片を口に運ぶ。子供の頃に食べたのと、何ら変わらない味だった。

 

「ふえっ!?」

 

 素っ頓狂な声が聞こえた方を見てみると、夏海ちゃんが顔を真っ赤にしていた。

 

「あ、ごめん。つい」

 

 無意識に食べちゃった。別にしろはとそういう事してるわけでもないんだけど……なんだろう。慣れって怖い。

 

「いえその、べ、別に良いですけど……食べますか? と聞いたのは私ですし」

 

 夏海ちゃんはうつむいて、ごにょごにょと何か言ってる。俺としても、こんな形で食べるとは思わなかったけど。

 

 その後、俺たちは微妙な空気のまま、港へと向かって歩いた。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「わ、すごいですね」

 

 港に到着すると、かなりの数の子供たちが出店の前に集まっていて、結構な騒ぎだった。

 

 あれだけ盛り上がるっていうと、なんだろう。射的とかだろうか。

 

 俺たちは子供たちの間を抜けて、出店の中を覗き込んでみる。

 

「あ、これって」

 

 学校の運動会とかでよく見るパイプテントの下に、水の張られたビニールプールが置かれている。その中には無数の金魚が泳ぎ回っていた。この出店は、金魚すくいだった。

 

 それにしても、暑さで水温が上がっているのか、ここの金魚たちはやけに元気だった。

 

「この金魚たち、半分茹でられてないか……?」

 

 何というか、生への必死さが伝わってくる。

 

「あ、ガーディアンだ!」

 

「ついに来たぞ、オレたちのガーディアンが!」

 

「おっちゃん、今度こそ目にものみせてやるからな!」

 

 俺の姿を見つけて、なぜか子供たちが一斉に歓喜する。一体何なんだろう。

 

「おお、羽依里も来たのか」

 

 声のした方を見ると、子供たちに交じって、良一や天善、紬と静久、そして鴎がいた。紬の腕の中には、イナリの姿もある。

 

「あれ、もしかして皆も金魚すくいをやってるのか?」

 

「当然だ」

 

「もちろん!」

 

 何故か、良一も鴎もやる気満々だった。金魚すくいって子供の遊びのイメージがあるけど、どうしてここまで盛り上がってるんだろう。

 

「お、新しい挑戦者か?」

 

 その時、店の奥から声がした。

 

 見ると、そこには茶髪の、いかにもガラの悪そうなオッサンが座っていた。サングラスをかけてタバコまで吸って、思いっきり怖い。まさか、この人が店主だろうか。

 

「なんだ? ガーディアンとか呼ばれてるから、どんな野郎かと思ったら、ただの冴えねぇ小僧じゃねぇか」

 

「こ、小僧……?」

 

 初対面の人間から、いきなり小僧呼ばわりされたんだけど。

 

「待ってください! 羽依里さんは冴えない小僧じゃないですよ!」

 

 夏海ちゃん、そこにフォローいらないから。

 

「かっ、どうせ、歌を忘れたカナリアとか、ウォーターソルジャーの異名を持ったこととかあんだろ?」

 

 うぐっ、なんだろう。この心の傷をえぐられるような感じは。

 

「それにしてもテメェ、俺様のこの店を『伝説の金魚すくい屋』と知って、やってきやがったんだろうな?」

 

「え、伝説?」

 

 伝説ってどういうことだろう。この中に高級金魚でも混ざっているんだろうか。

 

 よく見ると、実際に金魚すくいに挑戦しているのは良一や天善だけみたいだ。集まっている子供たちは、そのほとんどが野次馬みたいだった。

 

「羽依里、落ち着いて聞いてくれ。この金魚すくいにはな、ボスがいるんだ」

 

「ごめん良一、言ってることの意味が分からない」

 

「あそこを見てくれ」

 

 そう言って良一の指さす先を見ると、ビニールプールの中に、他の金魚とは比べ物にならないくらい大きな金魚が泳いでいるのが見えた。

 

「なんだあれ?」

 

「あれだ。あれがボスなんだ」

 

「でもどうして、あんな大きな金魚が入ってるんですか?」

 

「フッ。そこでクイズだ!」

 

 夏海ちゃんが疑問を口にしたタイミングで、オッサンが立ち上がる。なんと言うか、ものすごく筋骨隆々でたくましい人だった。

 

「見事あのボスをすくうと、賞品として何が貰えるでしょーか?」

 

「1.金一封! 2.金一郎! 3.キンリンポー! さあ、どれだ?」

 

「いや、そこの額縁に『金一封』って書かれた封筒がこれ見よがしに入ってるし、普通に金一封じゃないのか?」

 

「ブー。正解はキンリンポーでした。テメェは一人でキンリンポーしてな」

 

「えええ」

 

 全く持って意味が解らないけど、ものすごい敗北感だ。何だろうこの人。いい年のはずなのに、俺たちと同年代に思えてしまう。

 

 ところで、キンリンポーって何?

 

「で、ガーディアン小僧は金魚すくいやるのか? やらねぇのか?」

 

 なんだろう。今までの話の流れをぶった切って、店員モードに戻ったし。すごく疲れるんだけど。

 

「一回いくら?」

 

「ポイ一つ100円だ。びた一文まけねぇぞ?」

 

 伝説の店の割には、値段は普通だった。

 

「よし、やってやる」

 

 よくわからないオッサンだけど、なんとなく、この人の鼻を明かしてやりたくなったし。

 

「夏海ちゃんはどうする?」

 

「私もやってみます! 金魚すくいは自信があるんですよ!」

 

「ほう。ヘタレ小僧より、そっちのお嬢ちゃんのほうが度胸があるんじゃねぇか?」

 

 次から次に俺の呼び名が変わっている。すごいレパートリーだった。

 

 俺と夏海ちゃんはオッサンに代金を支払って、ポイとお椀を受け取る。

 

「俺たちも行くぜ!」

 

「ああ!」

 

「リベンジだよ!」

 

 俺たちに続いて、良一と天善、鴎も代金を支払っていた。この三人もやる気のようだ。

 

 そして俺たち5人はビニールプールの半分を囲むように配置につく。

 

「がんばれ、ガーディアン!」

 

「夏海ねーちゃんも、がんばれ!」

 

「キャプテン、がんばってー!」

 

 背後から子供たちの声援が飛んでくる。先の宝探しイベントのこともあるし、キャプテンってのは鴎のことだろう。

 

 ちなみに、少し離れたところで静久と紬が状況を見守っている。あの二人は今回は静観するみたいだった。

 

「そうそう。別にその辺の金魚をすくってもらってもかまわねぇぞ? だが、その程度で満足して、キャッハウフフと楽しむのは、小学生までだよな」

 

 オッサンが俺たちを一瞥して、挑発するかのように言う。夏海ちゃんは一応小学生なんだけど。

 

「どんな手を使っても、あのボスをすくうことができりゃ、文句なしで金一封はお前たちのもんだ。せいぜい頑張るんだな」

 

 オッサンは新しいタバコに火をつけて、どっかりと腰を下ろす。

 

 これまで散々、さざえやエビに足元をすくわれてきた俺たちだ。今更、金魚相手に怯むはずがない。

 

「まぁ、見ててくれ……いくぞ!」

 

 周囲を泳いでいる無数の金魚は無視して、俺たちはボスだけに狙いを定める。

 

 ボスは俺たちの様子が見えているのか、プールの奥の方からゆっくりとこちらに向かって泳いでくる。

 

 まだ、俺たちの間合いじゃない。

 

「……そういえば、ここにも空門姉妹は来てないんだな」

 

 俺はボスの動きを見極めながら、隣の天善に話しかける。

 

「寝不足だと言ってたな。まあ、あの二人は昨日も良く眠れていなかったようだし、仕方ないんじゃないか」

 

 天善は卓球のラケットよろしく、ポイで素振りをしていた。あの動きでボスを一気にすくい上げるつもりなんだろうか。

 

「しろしろは食堂の準備があるらしいよ。のみきさんは寄合だって」

 

 鴎はまるで鳥が獲物を狙うような鋭い眼光で水面を睨みつけたまま、この場にいない二人の動向を教えてくれた。

 

 鏡子さんも少し前に寄合に出かけていったし、また何か話し合いがあるんだろう。

 

「まぁ、ライバルは少ないに越したことはない」

 

 良一はニヤリと笑う。本気で金一封を狙っているみたいだ。

 

 その時、ボスがこっちに向かってきた。いよいよ勝負の時だ。

 

「よし、今だ!」

 

 俺は素早くポイを動かし、ボスを狙う。

 

 しかし、ボスは俺の攻撃をあざ笑うかのようにかわし、逆に尻尾の一撃でポイを破っていった。

 

「な、なに!?」

 

 間合いに入った瞬間、急にボスの動きが速くなった。あいつ、実力を隠していやがったな。

 

「あ!」

 

「うひゃーー!」

 

「なんだと!?」

 

「マジかよっ!?」

 

 俺に続いて、他の皆も同じようにやられているようだ。水面が波打つたび、悲鳴と絶叫が聞こえる。

 

「くそ、なんて化け物だ……」

 

 正直、すくうとかどうこうの問題じゃなかった。完敗だった。

 

 というか、間近で見てわかった。あれは金魚じゃない。コイだった。動きが金魚のそれと違いすぎる。

 

 しかも、このお椀にギリギリ入るかどうかの、巨大サイズだった。

 

「これ、無理ですよ……」

 

「かっ、そうだろそうだろ。そう簡単にすくわれるようじゃ、ボスじゃねぇよな」

 

 金魚すくいには自信があると言っていた夏海ちゃんだけど、その自信は粉々に打ち砕かれてしまったようだ。対するオッサンは得意顔だった。

 

「ウォーターソルジャーも残念だったな。今ここでやめて帰るなら、残念賞として金魚を一匹くれてやろう。だがそれだと、てめーはただのヘナチンだ!」

 

「へ、ヘナチン……!」

 

 なんだろう。初めて聞いた言葉なのに、すごく情けない気分になってくる。

 

「しかし、5人も居て瞬殺かよ……金魚すくいに対しては、この島の連中は強者揃いと聞いてきたんだな」

 

 確かに、先日のさざえすくいやエビすくいに関しては、島の皆はすごく上手だと店の人が言ってた気がする。

 

「こりゃ、とんだ思い違いだったかもしれねぇな」

 

 オッサンが紫煙を吐きながら、ため息混じりに言う。なんだろう。まるでこの島を馬鹿にされたみたいで、妙な怒りを覚えた。

 

「……オッサン、リベンジさせてくれ」

 

 俺はオッサンの前に歩み出て、そう進言する。他の皆も同じ心境みたいで、同じように前に出ていた。

 

「あ、なんだ? まだやるのか?」

 

「もちろんだ! オッサン、鳥白島の島民を舐めるなよ!」

 

 俺を含め、一部は一時滞在者だけど!

 

「皆、作戦会議だ! あと、できるだけ人手が欲しい。紬と静久も参加してくれ!」

 

「わかったわ!」

 

「はい!」

 

 俺が全員分のポイを購入した後、出店から少し離れたところで作戦会議を始める。

 

 もう金一封がどうこうじゃない。これは意地だった。

 

「よしよし。なんだかんだで、これは良い副収入になるもんだな。最近は汐の学費も必要になってきたし、パン屋だけじゃ厳しい月もあるからな」

 

 オッサンが向こうの方で何か言ってるけど、今の俺たちの耳には入らない。

 

 ……俺の立てた作戦は、こうだ。

 

 まず最初に、女性陣にボスを囲い込んでもらって、逃げ道を限定してもらう。

 

 ボスがその包囲網を突破した所で、俺や良一、天善が力にものを言わせてボスを水中から水面へ打ち上げる。

 

 なんだかんだで相手も魚だ。空中に打ち上げてしまえば、身動きが取れなくなるだろう。

 

 そして、無力になったボスが落下してくるタイミングに合わせて、全員でお椀を構えてキャッチしてしまおうというのだ。

 

「……こんな感じの作戦にしたいんだけど、大丈夫かな」

 

「いいだろう。今こそ、トレーニングの成果を見せる時だな」

 

「頼りにしてるわよ。加納君」

 

「は、はい! お、お任せください!」

 

 天善は静久に声援を送られたからか、ポイを持った手でものすごい勢いで素振りを始めた。あこがれの人だからしょうがないけど、風圧で先に紙が破れてしまわないか心配だった。

 

「女性陣にはボスの追い込みをお願いしたいんだ。初動が大事だけど、頼めるかな」

 

「了解したよ!」

 

「任せて。パイの使い方は心得てるわ!」

 

 静久、ちなみにその手に持ってるのはパイじゃなくて、ポイだからな。

 

 その後も入念にお互いの動きを確認する。一発勝負だし、失敗は許されない。

 

「羽依里さん、この作戦、上手くいきますかね?」

 

 一回目の敗北を引きずっているのか、夏海ちゃんが弱気だった。

 

「皆の力を合わせれば、きっと何とかなるよ」

 

「そ、そうですよね」

 

 夏海ちゃんの手前、そう言ったけど……正直、微妙なところだった。できれば、あと一人くらいバックアップ人員が欲しいところだけど……。

 

「ポン!」

 

 その時、青い前足が俺の右足に置かれた。

 

「イナリ?」

 

「ポーン!」

 

 どこに持っていたのか、イナリが俺に300円を渡してきた。

 

「まさか、お前も手伝ってくれるのか?」

 

「ポンポーン!」

 

「オッサン、イナリも参加していいか?」

 

 俺はイナリから受け取った300円を持ってオッサンの所へ向かう。

 

「あ? そのタヌキもやるか?」

 

「ポン!」

 

「まぁ、好きにしな。ほらよ」

 

 俺はオッサンからポイを3つ受け取って、それをそのままイナリへ渡す。

 

「ポーン!」

 

 イナリはそれを尻尾で器用に掴み、気合いを入れていた。

 

「そうだよな。お前の立派に島の一員だもんな」

 

「ポン!」

 

 当然! と言われた気がした。ここは野生の力に頼らせてもらおう。

 

「よし。それじゃ、皆、やるぞ!」

 

「「おー!」」

 

 皆で拳を突き上げてから、作戦開始だ。

 

「よーし、なっちゃん! ここはチームプレーだよ!」

 

「はい!」

 

「紬、挟み撃ちにしましょ!」

 

「わかりました!」

 

 鴎や夏海ちゃん、紬と静久の四人が四方からボスを囲い込み、逃げ道を限定していく。

 

 数秒後、痺れを切らしたボスが鴎のポイを破り、包囲網を突破してくる。ここまでは想定内だ。

 

「いくぜ! うりゃあああ!」

 

 その包囲網の外で待っていた良一が打ち上げ攻撃を仕掛ける。しかし、さすがに初撃はかわされてしまった。

 

「よし、食らえ!」

 

 回避動作の途中で動きが止まったところに、俺がすかさず追撃を仕掛ける。

 

「……あれ?」

 

 一瞬手ごたえはあったんだけど、水面から持ち上げたと同時に、ポイが軽くなってしまった。

 

 思わず手元を見ると、俺のポイが根元からポッキリと折れてしまっていた。

 

「まさか、ポイが折られた!?」

 

 どれだけ重たいんだ、あのボス。

 

「フ……残念だったな。惜しかったぜ」

 

 その様子を見ていたオッサンは勝ち誇ったような顔をする。

 

「……いや、ここからが真打登場だ」

 

 そう言ったのは、いつもつけている重たいサポーターを外した天善だった。

 

「チョレーーーイ!」

 

 次の瞬間、巨大な水柱が立ち昇った。天善が渾身の力で、ボスを空中へと打ち上げたらしい。さすが、卓球で鍛えた腕力だった。

 

「よし! 皆、お椀を準備してくれ!」

 

 仲間たちの連携攻撃で、ボスを水から叩き出すことには成功した。あとは、落ちてくるボスをお椀でうまくキャッチするだけだ。

 

「ちょっと、遠すぎない!?」

 

 鴎がそう叫ぶ。言われて見てみると、ボスはパイプテントの天井近くにまで打ち上げられていて、そこから放物線を描きながら、俺たちのお椀が届かない方向へ飛んでいく。

 

 さすがに天善の力が強すぎたんだろうか。これじゃキャッチできない。万事休すだ。

 

 

「ポーーーーーーン!」

 

 その時、甲高い声と共にイナリがプールのフチから大きくジャンプした。その尻尾には、三枚に重ねられたポイが握られていた。

 

「ポポポーーーン!」

 

 イナリは空中で狙いを定め、その小さな体を回転させながら、ボスを俺たちの方へ弾き飛ばす。野生動物のイナリだからこそできる動きだった。

 

 空中で完全に動きを封じられていたボスは為す術なく吹き飛ばされ、夏海ちゃんのお椀の中に飛び込んだ。

 

「わっ、わっ、わっ!」

 

 さすがに夏海ちゃんも驚いたみたいで、ボスの入ったお椀を両手で押さえながら、慌ててプール脇から立ち上がる。

 

「や、やりました! すくいましたよ!?」

 

 夏海ちゃんはお椀を抱えるようにながら、オッサンに見せる。

 

「……」

 

 そのオッサンは口をあんぐりと開けて固まっていた。まさかの出来事に、動揺を隠しきれない様子だった。

 

「「やったあぁぁ!」」

 

 誰からともなく歓声が上がる。俺たちの勝利だった。

 

 

 

 

「……ほらよ。受け取りな」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 夕日に染まる港で、オッサンは金一封を夏海ちゃんに渡していた。最終的に夏海ちゃんのお椀にボスが入ったから。という判断らしい。

 

「それで、うまいもんでも食いな」

 

 オッサンは震えている。サングラスの下に、光るものが見えたような気もする。

 

 ちなみに、勝負が決したということで、野次馬の子供たちもいつの間にか帰ってしまった。

 

 そして、すくったはいいものの、さすがに誰の家でも面倒見きれないということで、ボスはオッサンの元に返されていた。

 

「でもあの、これですけど」

 

 夏海ちゃんは受け取った封筒をじっと見つめた後、おずおずと口を開く。

 

「私より、イナリさんが受け取った方がいいと思うんです」

 

「え、イナリに?」

 

「ポン?」

 

 俺の足元にいたイナリが不思議そうに顔を上げていた。

 

 ちなみに、そのイナリはびしょ濡れになっていた。ジャンプして最後の一撃を放った後、プールの中に落ちてしまっていたらしい。

 

「でも、なんで?」

 

「やっぱり、イナリさんの協力がなかったら、ボスを捕まえられなかったと思うんですよ」

 

 確かに、最後のイナリのフォローが無かったら、ボスを捕まえることはできなかったと思う。

 

「えっと、ダメですか?」

 

「……うん。いいんじゃないかな。皆もそれでいい?」

 

「そうだね! イナリも大活躍だったし!」

 

「夏海が決めたんなら、いいんじゃないか?」

 

「はい! イナリさんにトクベツコーローショーをあげましょう!」

 

 今回はイナリの功績が大きいのは明白だし、皆笑顔で了承してくれた。

 

「はい、イナリさん。これで高級油揚げでも買ってもらってくださいね」

 

「ポン!」

 

 そして、金一封は夏海ちゃんからイナリへと渡された。

 

「ポンポーン!」

 

 イナリはお礼を言うかのように何度か飛び跳ねた後、封筒を口にくわえて、走り去っていった。

 

 イナリのことだから、帰って蒼にでも渡すんだろうか。

 

「さて、俺たちも帰ろうぜー」

 

「そうだな」

 

「楽しかったねー」

 

 良一の一言を皮切りに、俺たちも帰宅の途に就くことにした。

 

 なんだろう。珍しく熱くなってしまった。なんだかんだで、まだキャンプのテンションを引きずっていたんだろうか。楽しかったし、全然いいけど。

 

 ちなみに、帰り際にオッサンの方を見ると、海の方を向いて黄昏ていた。かける言葉が思いつかなかった。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 日が暮れた頃、俺と夏海ちゃんはしろは食堂を訪れていた。

 

 思えば、数日振りの食堂のような気がする。

 

 

「しろはー」

 

「しろはさん、こんばんわー」

 

「やー」

 

 扉を開けて食堂に入ると、鴎がいた。

 

「鴎さん、こんばんわです!」

 

「なっちゃん、羽依里、こんばんわー」

 

 鴎はカウンターの一番端に、隣にスーツケースを据えて座っていた。

 

「今日は鴎も食堂なのか?」

 

「うん。作ろうかとも思ったんだけど、なんだかんだで疲れちゃって」

 

 キャンプであれだけ歩いた後に、金魚すくいまでやってたし。そりゃ疲れるよな。

 

「のみきさんも寄合で遅くなるって言ってたし、料理もサボっちゃったんだよねー」

 

 鴎はカウンター席の下で足をばたつかせながら、笑っていた。そういえば、鏡子さんもまだ寄合から戻っていなかったし、のみきも遅くなるんだろう。

 

「いらっしゃい。二人は何にする?」

 

 俺がセルフの水を二つ持って、鴎の隣に座ると、すぐにしろはがおしぼりを渡してくれ、注文を聞いてくれる。

 

「それじゃ、たまにはコロッケ定食にしてみようかな」

 

「あ、私もそれでお願いします!」

 

「わかった。少し待っててね」

 

 しろははそう言うと、奥の方で調理を始めた。すぐにコロッケを揚げる良い匂いが漂ってきた。

 

「そういえば、しろはは疲れてないか?」

 

 キャンプから戻ってから食堂の開店準備なんて、大変だったはずだ。

 

「午前中はちゃんと寝てたし、大丈夫だよ。開店準備だって、いつもやってることだし」

 

「それならいいけどさ」

 

「心配してくれてありがとう。はい鴎、日替わり定食おまちどうさま」

 

「ありがとう!」

 

 どうやら先に鴎の料理が完成したらしい。ごはんとみそ汁、サラダと小鉢に加えて、メイン料理が乗った皿が鴎の前に置かれた。

 

「俺たちのことは気にせず、食べてくれていいぞ。せっかくのしろはの料理が冷めちゃうし」

 

「ごめんね。それじゃお先に。いただきまーす」

 

 鴎は笑顔で手を合わせた後、さっそくごはんを口に運んでいた。

 

 見るつもりはないのだけど、すぐ隣だし、どうしても鴎の食べている料理が目につく。どうやら、今日のメインは唐揚げみたいだった。

 

「今日の日替わりは唐揚げ定食なのか?」

 

「みたいだね。変わった味だけど、ハーブが効いてて美味しいよ」

 

 もぐもぐと、鴎は笑顔で唐揚げをほおばっている。小鉢には半熟の煮卵もついていて、美味しそうだった。

 

「それにしてもメインの唐揚げ、ちょっと少なくないか?」

 

「私はこれくらいでちょうどいいけど。女の子だし」

 

 自家製ドレッシングのかかったサラダを口に運びながら、鴎が言う。

 

「今日のは鳥はお肉も少ないし、癖が強いから」

 

「え、癖が強いってどういうこと?」

 

「あ」

 

 その時、しろはが口元を手で押さえて固まった。どうしたんだろう。

 

「え、それってどういうこと?」

 

 鴎が箸で唐揚げを摘んで、しげしげと眺めていた。俺や夏海ちゃんもつられて見てみる。言われてみれば、まるで竜田揚げのような色合いをしていた。

 

「もしかして、この唐揚げって鶏じゃないとか?」

 

「お、教えてあげないよ!」

 

「それ私の台詞!」

 

 しろはは明らかに動揺していた。それはもう、鴎お得意の台詞を奪ってしまうくらいに。

 

「……ねえしろしろ、今日の日替わり定食の食材って何?」

 

 鴎が箸を置いて、真剣な顔でしろはを見ていた。

 

「し、知らないほうが良いよ。絶対後悔するから」

 

 対するしろはも真顔で即答していた。そういう風に言われると、余計気になる。

 

「俺も気になるんだけど」

 

「わ、私も気になります」

 

 俺たちも食材が気になったので、同じようにしろはを見つめてみる。

 

「……それじゃ、羽依里にだけこっそり教えてあげる」

 

 観念したのか、しろはがそう言ってカウンターから身を乗り出してくる。

 

 俺も立ち上がって、しろはの口元に耳を向ける。

 

「実は、あれはね……ごにょごにょ」

 

「え、カモメの肉!?」

 

 俺は思わず声に出してしまっていた。

 

「ふぎゃーーー!」

 

 直後、鴎がカモメのような悲鳴を上げていた。

 

「こ、声が大きいよ! 思いっきり聞こえちゃってるし!」

 

 今日の日替わりは、まさかのカモメ定食だった。

 

「まさか鴎、共食いしていたとはな」

 

 夏海ちゃんも驚いたみたいで、口元を隠したまま、鴎と唐揚げを交互に見ていた。

 

「羽依里もなっちゃんも、そんな可哀想な物を見るような目で見ないで……」

 

 鴎は頭を抱えていた。俺も思わず口に出してしまったけど、知らないほうが良かったかもしれない。

 

「ところでしろは、この島の人間は日常的にカモメの肉を食べるのか?」

 

「た、食べないよ。今回はたまたま」

 

「たまたまって、どういうことですか?」

 

「えっと、実はね……」

 

 しろはは料理作りを再開しながら、カモメ定食を作ることになった経緯を話してくれた。

 

 

 

「この食堂で使う魚は、いつもおじーちゃんが獲ってきてくれてるのは知ってるよね」

 

「ああ、ちょくちょく持ってきてくれてるよな」

 

「おじーちゃんが沖で投網を引き揚げてるとね。網にかかった魚目当てに、カモメが網に飛び込んでくることがあるんだって」

 

「え、そうなんですね」

 

 なるほど、カモメにしてみれば、海面に大量の獲物がいるようにみえるだろうしな。

 

「それで飛び込んだのは良いけど、そのまま網に絡まっちゃって死んじゃうカモメもいるらしくて」

 

「うう、なんだか背筋が寒くなってきた。昨日のどの怪談話より怖いかも」

 

 鴎は自分の肩を抱くような仕草をしている。同類の死を憐れんでいるんだろうか。

 

「もしかして、しろはのじーさんはそのカモメを持って帰ってきたのか?」

 

「うん。さすがにびっくりしたけど、やっぱり礼儀だし、食べてあげないと」

 

「それで、カモメ定食を思いついたと」

 

「そう。色々と味付けしてみたんだけど……美味しいよね?」

 

「うーん……」

 

 鴎は再び箸を取ると、恐る恐る、カモメの唐揚げを口に運ぶ。

 

「美味しいけど、正体知っちゃったら物悲しい……」

 

「あの、しろはさん。もしかして、あの煮卵もカモメの卵だったりするんですか?」

 

「あ、それは普通の鶏の卵だよ」

 

 さすがに違ったみたいだ。さすがに投網の中に、卵は飛び込んでこないだろうし。

 

 ところでカモメってどこに巣を作るんだろう? 考えたことが無かった。

 

 鴎は何とも言えない表情のまま、カモメの唐揚げを頬張っていた。

 

「……お腹壊さないか心配」

 

「そ、その辺は大丈夫だと思うけど」

 

「……はっ。まさか、明日の私と羽依里のデートを中止にするために……!?」

 

「そ、そんなことしないし! そんなことしなくても、どのみち羽依里は私のものだから!」

 

 うおお、しろはさん、言い切った。

 

「うう、あついあつい! 焼き鳥になりそう!」

 

 鴎はカモメ定食の仕返しとばかりに、両手でわざとらしく扇いでいた。

 

 しろはも言ってから、しまったと思ったんだろう。顔を真っ赤にしていた。夏海ちゃんも顔真っ赤だし、なんだろうこの状況。

 

「お、おまちどうしゃま!」

 

 その時、しろはが舌を噛みながら、俺たちの料理を運んできてくれた。味噌汁、こぼれそうな勢いだったけど。

 

「お、美味しそうだね! いただきます!」

 

 俺はその微妙な空気から逃げるように、食事に没頭した。島味噌の味噌汁、美味しい。

 

 ちなみに俺たちが食事をしている間、しろははカウンターの奥に引っ込んで、頭を抱えながら小さな声でぶつぶつ言っていた。さすがに距離が離れすぎていて、聞き取れなかったけど。

 

 

 

 

「それじゃ、明日はよろしくね、羽依里!」

 

 鴎は一足先に食事を終えると、そう言って食堂から颯爽と去っていった。本当にさっぱした性格だよな。

 

 

 

 

「ふう。ごちそうさま」

 

「しろはさん、ごちそうさまでした!」

 

 それからしばらくして、俺たちも食事を終えて、席を立つ。

 

「……ねぇ羽依里、明日はちゃんとお泊りせずに帰ってきてね」

 

 お代を受け取ったタイミングで、隣に夏海ちゃんがいるのも気にせず、しろはは上目遣いでそう言ってきた。本人は気づいていないようだったけど、抱きしめたいくらいに可愛かった。

 

 ……そろそろ、しろはと一緒にどこかに出掛けて、安心させてあげないと。

 

 ……そのためにも、明日を無事に乗り切らないと。

 

 そんなことを考えながら、俺は夏海ちゃんと一緒に加藤家へと戻っていった。

 

 

 

 

第二十四話・完




第二十四話・あとがき




おはこんばんちわ。トミー@サマポケです。
今回はキャンプから帰宅後の、結構まったりとしたお話でした。前半は夏海ちゃん回だったかもしれません。

後半からの金魚すくいは、実は当初予定していなかったのです。勢いでCLANNADのオッサンを出してみたら、筆が止まらなくなってしまった感じです。
個人的にはカモメ定食を食べる鴎というのも、いつかやってやろうと思っていたネタです。

次回はそんな鴎とのデートイベントです。とりあえず島に行く予定です。どこの島に行くのかは、鴎ルートをクリアした人だったらわかると思います。楽しみにしていてください。


■今回の紛れ込みネタ

・UBライン……リトバスより。女子寮周辺にひかれている絶対防衛ラインですね。理樹君以外の男子生徒は、ここから先は進入禁止です。

・朝だぞー。朝ごはん食べて、学校行くぞー……kanonの目覚まし時計の台詞をもじりました。鴎を起こすシーンは全体的に、名雪を起こすシーンに似せてます。

・金魚すくい屋のオッサン……お分かりと思いますが、CLANNADより、バット持たせたら最強のパン屋さんでございます。

以上になります。いくつお気づきになられたでしょうか。
感想など頂けましたら、泣いて喜びます。
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