Summer Pockets #2   作:トミー@サマポケ

25 / 51
第二十五話 8月16日

 

「羽依里さーん! 朝ですよー!」

 

 がららと音を立てて、ふすまが開け放たれた。朝日と共に夏海ちゃんの声が飛び込んでくる。

 

「おはよう、夏海ちゃん」

 

「おはようございます」

 

「あれ?」

 

 逆光でよく見えないけど、夏海ちゃんは朝からほうきを持っていた。

 

「なんでほうきなんて持ってるの?」

 

「……実は、朝からコップを割ってしまいまして」

 

 夏海ちゃんは申し訳なさそうに頭をうなだれる。

 

「台所で水を飲もうとしたら、手が滑っちゃいました。ごめんなさい」

 

「別に謝る必要はないけど……大丈夫? 怪我とかしてない?」

 

「あ、それは大丈夫です!」

 

 右手にはほうきを持っているので、夏海ちゃんは左手をひらひらと振っていた。

 

「小さい欠片とかあるんじゃないの? 手伝おうか?」

 

「ありがとうございます。あと少しで終わるので、先に玄関で待っていてもらえませんか?」

 

「わかったよ。くれぐれも気をつけてね」

 

「はい!」

 

 夏海ちゃんはほうきを持ち直して、ぱたぱたと台所の方に駆けていった。朝から元気だなぁ。

 

 俺は背伸びをして、布団から立ち上がる。

 

 昨日の夜はぐっすり寝たせいか、キャンプの疲れも残ってないみたいだ。

 

「今日は鴎とのデートもあるし、へばってる場合じゃないしな」

 

 俺はそう考えながら布団をたたみ、洗面所へと向かった。

 

 

 

 

「おまたせしましたー」

 

 身支度を整えて玄関で待っていると、夏海ちゃんがやってきた。

 

「今日からまた心機一転、頑張りましょう!」

 

 夏海ちゃんはそう言いながら、笑顔でラジオ体操のスタンプカードを持っていた。

 

 キャンプに行った関係で皆勤賞は途絶えてしまったけど、ラジオ体操は元々健康に良い。行けばログボももらえるし、行かない理由はなかった。

 

「それじゃ、行こうか」

 

「はい!」

 

 俺たちはいつものように並んで、ラジオ体操へと向かった。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「羽依里、なっちゃん、おはよう!」

 

 神社の境内に着くと、いつものメンバーに混ざって、鴎が居た。

 

「鴎さん、おはようございます!」

 

「おはよう、鴎」

 

「羽依里、今日はよろしくね!」

 

「ああ、こっちこそ……」

 

 清々しいほど笑顔の鴎に、俺も笑顔でそう返そうとして……周囲の視線がふと気になる。

 

「なあ鴎、今日のデートについては、あまり大きな声で言わないでくれ。変な噂になったりしたら大変だし」

 

「え、良いじゃない。デートに行くのは本当なんだから!」

 

「だから、声が大きいって!」

 

「えー、しろしろ公認だし、別に良いでしょ?」

 

「何というか、あまり事を大きくしないで欲しいんだ。島ではすぐに噂が広まるし。尾ひれもすぐに付くし……はっ!?」

 

 気が付けば、俺と鴎の周りに人だかりができていた。皆、一様に生暖かい目で見ていた。

 

「夏海ちゃん、他人の迷惑を考えない、あんな大人になってはいけませんよ」

 

「はい。胸に刻んでおきます」

 

 藍がジト目でこっちを見ながら、夏海ちゃんをそう論していた。というか、夏海ちゃんもいつの間にかそっち側に行っていた。

 

「あーうー、とにかく羽依里、9時に港でね!」

 

 島民たちの視線が痛すぎて、さすがにその場にいられなくなってしまったんだろうか。鴎はきびすを返し、神社から去っていった。

 

「逃げたな……」

 

 その間にも、ひそひそ声が聞こえる。

 

 聞こうとしなくとも、小奇麗な格好をした三人組の女の子たちの会話が耳に入ってきた。

 

「あの人、フィアンセがいるくせに、あいさまだけじゃなく、キャプテンともデートするらしいわ」

 

「むぎゅ姉ともデートしたって話よ」

 

「さすがはシティーボーイね」

 

 むぎゅ姉ってのが紬のことだろう。キャプテンってのは鴎のことかな。

 

「本土のホテルに、あいさまたちをつれこもうとしたとか」

 

 空門姉妹とのデートの話も、尾ひれがついてすごいことになってるし。

 

「うう、皆の視線が痛い……」

 

 だけど、俺は逃げられない。ラジオ体操大好きさん、早く来ないかな……。

 

 

 

 

「よーし、今日のラジオ体操はここまでー!」

 

「ありがとうございましたー!」

 

 あの後、すぐにラジオ体操大好きさんがやってきた。一心不乱にラジオ体操をして、色々と忘れることができた。

 

「さあ、スタンプはこっちだぞー」

 

 いつものようにスタンプを押してもらい、ログボを受け取る。

 

「おお、今日のログボはパンだ」

 

 『徳田製菓』と書かれた茶色いコンテナに、透明な袋に入ったパンが並んでいた。先に貰った子供が食べているのを見ると、どうやらあんぱんみたいだった。

 

「あんぱんっ……」

 

 夏海ちゃんがどっかの演劇部部長みたいな台詞を口にしながら、あんぱんを見つめていた。どうも、チャーハンの具材にできないことを嘆いているみたいだ。

 

「それにしても、徳田んとこはスポーツ用品の販売だけじゃなく、色々とやってるんだな」

 

「ああ、スーパーは潰れちまったが、パン屋は港の商店にパンを卸しているみたいだし、それなりに順調なんじゃないか?」

 

 良一があんぱんを食べながら、そう教えてくれた。

 

 

「……ねぇのみき、封筒の落とし物とか、役所に問い合わせが行ってない?」

 

「いや、特に来ていないが。どうした?」

 

 もらったあんぱんを食べようか考えていると、すぐ近くで空門姉妹とのみきの声が聞こえた。

 

「昨日イナリがね、『金一封』って書かれた封筒を持ってきたのよ」

 

「な、なんだそれは」

 

「よくわかりませんが、『金一封』とだけ書かれていたんです」

 

「おかーさんは、臨時収入が入ったーって、喜んでたけどねー」

 

「へそくりにするには、ちょっと多すぎる金額が入っていたので、もし落とした人がいたら、返したいんですけど」

 

「わかった。紛失物届が出ていないか、調べてみよう。もし落とし主が現れたら、知らせる」

 

「よろしくねー」

 

 あー、これは、教えてあげた方が良いかも。

 

「あのさ、二人とも……」

 

「羽依里さーん、帰りますよー!」

 

 二人に教えてあげようとしたとき、神社の入り口から夏海ちゃんに呼ばれた。

 

「もー、置いてっちゃいますよー!」

 

 ログボがチャーハン素材じゃなかったからだろうか。夏海ちゃんは明らかに不機嫌そうだった。

 

「え、もしかして羽依里、夏海ちゃんの尻に敷かれてる?」

 

 蒼が口元に手をやりながら、何とも言えない顔で俺を見ていた。

 

「え? いや、そんなはずはないけど」

 

「ほとんど毎朝起こしてもらっていて、朝ご飯も食べさせてもらってるって噂も聞きましたが、本当なんですか?」

 

「うわ、それってヒモってやつじゃないの?」

 

 蒼、その言い方はいろいろと語弊がある。噂はほぼ合ってるけど。

 

「え、それは、えーっと」

 

「羽依里さーん!」

 

 俺がしどろもどろになっていると、再度夏海ちゃんが俺を呼んだ。

 

「あ、すぐ行くよ!」

 

 これは好機とばかりに、俺も夏海ちゃんを追って、神社を後にした。

 

 結局、金一封の件は俺から伝えることはできず、うやむやになってしまった。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 加藤家に帰宅すると、夏海ちゃんは笑顔で俺の手からあんぱんを奪い取り、台所へ向かっていった。

 

 その覚悟を決めた背中に、俺はかける言葉が浮かばなかった。

 

 

「もしかしなくても、あんぱんチャーハンが出てくるのかな……」

 

 俺は自分の無力を痛感しながら、居間に座って朝ごはんが出来るのを待っていた。

 

 沈黙が嫌で、適当にテレビをつける。

 

 画面の向こうでは、科学部部隊によるNYP講座という、なんだかよくわからない番組が放送されていた。

 

「いやでも、あんぱんチャーハン……」

 

 適当に画面を見ながらも、やっぱり、台所の様子が気になる。

 

 そういえば少し前、しろはがあんぱん定食ってのを作っていた気がする。

 

 あれはあれで美味しかったけど、お皿は別々だったし。

 

「あんぱんを直接ごはんと混ぜてチャーハンにしちゃうなんて……!」

 

 いくらあんぱんが和洋折衷の食品だからって、そこに中華も混ぜるなんて駄目だ。混ぜるな危険だ。

 

 

「……やっぱり、止めに行こう」

 

 俺は意を決して立ち上がり、台所へと向かう。

 

「おまたせしました! あんチャーハンです!」

 

 その時、おぼんにチャーハンを乗せた夏海ちゃんが居間にやってきた。

 

「……しまった。間に合わなかった」

 

「え、何が間に合わなかったの?」

 

「あれ、鏡子さん?」

 

 夏海ちゃんに続いて、鏡子さんが台所から顔を覗かせた。いつの間に台所にいたんだろう。

 

「朝から姿が見えなかったんで、いないのかと思ってましたよ」

 

「用事で港に行ってたんだよ。家に帰った時は、二人はまだラジオ体操に行っていたかな」

 

 ああ、そういうことだったのか。

 

「でも、鏡子さんがどうして台所に?」

 

「ちょうど港で魚を貰ってね。下ごしらえをしてたの。そしたらそこに、夏海ちゃんがやってきてね」

 

 思えば、鏡子さんは手に大き目のバケツを持っていた。同時に、妙な魚臭さも感じる。

 

「下ごしらえって何の?」

 

「アンコウだよ」

 

「アンコウ?」

 

 もしかしなくても、あのグロテスクな深海魚だろうか。でもアンコウって、冬のイメージなんだけど。夏も獲れるんだ。

 

「それで、せっかくだから夏海ちゃんにチャーハンにしてもらったの」

 

「はい! 鏡子さんのおかげで、立派なあんチャーハンができました!」

 

 俺は居間のテーブルに置かれたチャーハンをよく見てみる。どれだけ見ても、あんこもパンも入って無かった。

 

「そ、そうなんだ。良かった……」

 

 俺は安堵のあまり、その場に座り込んでしまった。

 

「座り込んじゃうくらいお腹空いてたんですか? せっかくですし、三人で食べましょう!」

 

「そうだね。いただこうかな……」

 

 

 

 

 その後、鏡子さんも含めた三人で食卓を囲む。

 

 アンコウを使ったあんチャーハンは、鏡子さんの下ごしらえが良かったのか臭みもなく、美味しかった。

 

「おいしいですねぇ」

 

 夏海ちゃんの機嫌も直ったみたいで、笑顔でチャーハンを口にしていた。

 

「俺はてっきり、今日はあんぱんチャーハンが出てくるのかと思ったよ」

 

「まさか羽依里さん、私があんぱんをチャーハンに入れるとでも思ってたんですか!?」

 

「うん。思ってた」

 

 俺の手からあんぱんを奪い取った時の夏海ちゃんの目は、それを予感させるに足る迫力があったし。

 

「ひどいです……私は羽依里さんが鴎さんとのデートを前に、精がつくようにですね……」

 

「ぶっ!?」

 

 あやうく、チャーハンが変な所に入りそうになった。

 

「な、夏海ちゃん、さすがにそれは気を回しすぎだと思うよ……」

 

 

 

 

 朝食を済ませた後は、慌ただしく出かける準備をした。

 

 鴎曰く、島に行きたいとのことだし、マリンジェットも使うということで、濡れても良いような服装を選ぶ。

 

 特に何をするとも聞いていないので、財布に時計と、適当に必要そうなものだけを持って、加藤家を後にする。

 

「それじゃ、行ってくるよ」

 

「はい、気をつけて行ってきてください!」

 

 夏海ちゃんが玄関から見送ってくれる。鏡子さんは朝食を食べるとすぐに、また出かけてしまったらしい。

 

「夏海ちゃん、今日はどうするの?」

 

 俺は出かけるからいいけど、島に残る夏海ちゃんは退屈してしまうんじゃないだろうか。

 

「今日は久しぶりに沢田さんの所に行ってみようと思います」

 

「ああ、あのウリボウのところだね」

 

「はい! 最近、会いに行けてなかったですし!」

 

 あのウリボウも本当に夏海ちゃんに懐いてるし、良いんじゃないかな。

 

「あとは、駄菓子屋さんに入り浸ってもいいかもしれませんね。いざとなれば、羽依里さんから借りたMDもありますし」

 

 夏海ちゃんもすっかり島ライフを満喫しているみたいだった。

 

「というわけで、羽依里さんも楽しんできてください!」

 

「うん。ありがとう」

 

「あ、救命胴衣だけは、きちんとつけてくださいね?」

 

「うんうん。わかってるよ」

 

 笑顔の夏海ちゃんに見送られて、港へ向けて歩き出す。

 

 

 蝉たちは今日も朝から元気よく空に向かって鳴いている。今日も暑くなりそうだった。

 

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 

「よし、到着」

 

 港に着いて腕時計を見ると、8時50分。

 

 鴎と約束した時間の、ちょうど10分前だった。

 

 ちなみに港は港でも、俺が鴎と待ち合わせをしたのは住宅地近くの、漁港の方だ。

 

 なんでも、こっちのほうがマリンジェットを泊めやすいらしい。

 

「えーっと」

 

 港をぐるっと見渡してみるけど、まだ鴎の姿はないみたいだ。

 

 男の俺が遅れるわけにはいかないし、ひとまず安堵する。

 

「どの辺で待っていようかな……」

 

 そんなことを考えながら、歩いていると……。

 

「あれ。なんでこんな所に、鴎のスーツケースが?」

 

 建物の陰に、鴎のスーツケースがぽつんと置かれていた。

 

 この色合いに、目印のシール。散々押しているし、今更見間違えるはずがない。

 

「……トイレでも行ってるのかな」

 

 改めて周囲を見渡してみても、鴎の姿はなかった。

 

 俺はそのスーツケースの横に立って、本人が現れるのを待つことにした。

 

「イリュージョン!」

 

「どわああぁぁ!?」

 

 そのタイミングでスーツケースが開き、中から鴎が飛び出してきた。

 

 俺は思わず、その場に尻もちをついてしまった。

 

「な、なんてとこに隠れてるんだ!?」

 

「びっくりさせようと思って」

 

 驚きすぎて、心臓が飛び出るかと思った。

 

「というか、わざわざ隠れたりしないで、そのまま待ってれば良かったのに」

 

 俺は起き上がりながら、ため息交じりにそう言う。

 

「だって、水着姿で待ってるとか、恥ずかしいじゃない」

 

 言われてみれば、鴎は白い水着の上に、薄いパーカーを羽織っていた。

 

 普段の格好からのギャップのせいか、目のやり場に困る。

 

「というか、何で水着なんだ」

 

「だって海に出るんだし、濡れても良い格好って言ったら水着でしょ?」

 

「まぁ、そうだけどさ」

 

「心配しなくても、スーツケースの中に普通の服も入ってるから」

 

「そうなのか。なら安心だな」

 

 何が安心なのか、よくわからないけど。

 

「それで、今日は島に行くんだよな」

 

「うん! 羽依里、今日はよろしくね!」

 

 もの凄く眩しい笑顔で言われた。元々可愛いとは思っていたけど、服装のせいもあってか、より一層可愛く見えてしまう。

 

「し、しろはには勝てないけどな!」

 

「え、何が?」

 

「い、いや、なんでもない。なんでもないぞ」

 

 最後の方、心の声が口から出たみたいだ。危ない危ない。

 

「それより、マリンジェットはどこだ?」

 

「向こうに泊めてあるよ。はいこれ、鍵」

 

 どこに持っていたのかわからないけど、鴎からマリンジェットの鍵を受け取る。

 

「それじゃ、さっそく出発しよう」

 

「あ、羽依里待って。その前にあれ、見てみない?」

 

「え、あれって?」

 

「あそこあそこ。出店が出てるよ」

 

 鴎が指し示す先には、二つの出店が出ていた。同時に二店舗とか、珍しいな。

 

「まぁ、いいけど」

 

 時間はたっぷりとあるし、鴎が見たいというんなら、一緒に見てみよう。

 

 そう考えながら、二人並んで出店の方に近づいていく。

 

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 

「ひとつはたこ焼き屋さんだね」

 

 一店舗目は、頭上に見慣れたタコの看板がついていた。どう見ても、たこ焼き屋だった。

 

「もしかして鴎、朝飯食べてないのか?」

 

「ううん。しっかり食べたよ」

 

 俺も朝からアンコウチャーハンを食べたし、正直たこ焼きという気分じゃない。

 

「『モーニングセット販売中!』って書いてるけど、どうなんだろうね」

 

「どうなんだろう」

 

 たこ焼きにモーニングも何もないと思うんだけど。

 

 結局、たこ焼き屋はスルーして、次の店舗を見てみることにした。

 

「なにこれ、アクセサリーショップ?」

 

 出店のテーブルに淡い色のクロスが敷かれ、値札のついたペンダントやブレスレットが並んでいた。

 

 都会にあるような小洒落た感じの店じゃなく、手作り感溢れるハンドメイドショップのようだった。本土から来てるみたいだけど、変わった店だな。

 

「いらっしゃいませ。どうぞ、試着して頂いてかまいませんよ」

 

「あ、どうも」

 

 店員のお兄さんに声をかけられて、俺も思わず返事を返してしまった。男女だし、カップルと思われたんだろうか。

 

「おおー、色々ときれいな石がある!」

 

 宝石……じゃないみたいだ。小さな欠片みたいなのもあるし、天然石って奴だろうか。

 

「せっかくだし鴎、何か一つ買ってやるよ」

 

「え、ホント?」

 

 言ってから、しまったと思った。とんでもなく高いのを選ばれたらどうしよう。

 

「どれがいいかなー」

 

 嬉しそうに品定めを始めた。これは後戻りできそうにない。

 

 

「あのー、これって?」

 

 しばらくすると、鴎は青紫色の石を手に取って、店員さんに質問していた。

 

「それはタンザナイトです」

 

「タンザクイモ?」

 

「食べないでくれよ。頼むから」

 

 ちなみに鴎は、この手のものには詳しくないみたいだった。そりゃそうか。光るものを集めたがるのはカモメじゃなくてカラスだしな。

 

「羽依里、なんか失礼なこと考えてない?」

 

「いや、全然そんなことないぞ」

 

「ならいいけど……あ、こっちの石も綺麗だねー」

 

 何か惹かれるものがあったんだろうか。続いて、鴎はいくつかのペンダントを手に取っていた。

 

「それはアクアマリンです」

 

「おお、なんか聞いたことある」

 

「航海のお守りとして、船乗りに人気がある石ですね」

 

「キャプテン・カモーメッにはピッタリだな」

 

「やめてくれますか」

 

「こちらのラリマーも、カリブ海の宝石と言われ、人気がありますよ」

 

「おお、カリブ海と言えば、海賊だよね」

 

 店員さんの説明を受けながら、鴎はうんうんと唸っていた。アクアマリンとラリマー、どっちにするか悩んでいる様子だった。

 

「それじゃ、このアクアマリンください」

 

「ありがとうございます。こちらは1万円になります」

 

「やっぱりやめます」

 

 俺は思わず断っていた。

 

「ええー」

 

「ごめん、ちょっと高すぎる」

 

 学生の身分で、さらば諭吉するのはちょっと。

 

「大丈夫ですよ。少し質は落ちますが、同じアクアマリンでもお安いものもご用意できますから」

 

 店員さんは、奥からケースに入った大小様々な天然石を出してきてくれた。よくわからないけど、大きさや透明度によって、結構値段が違うらしい。

 

 俺たちがその中から手頃な値段の石を選ぶと、その場でペンダントに加工してくれた。さすがの手際だった。

 

 

 

「お買い上げ、ありがとうございました」

 

 支払いを済ませて、出店を後にする。

 

「羽依里、ありがとうね」

 

 鴎は購入したペンダントを手のひらに乗せて、嬉しそうにしていた。

 

「別に良いぞ。気にしないでくれ」

 

 念のために財布を持ってきていて、本当に良かった。

 

「それじゃ、行こっか」

 

 鴎はそのペンダントをスーツケースにしまい、歩き出す。

 

「あれっ、せっかく買ったのに、つけないのか?」

 

「え。つけないよ。今から海に出るんだしね」

 

 確かに。俺としても、せっかく贈ったものを海に落とされたらシャレにならないし。

 

 

 

 

 その後は鴎に案内されて、魚港の端の方に移動する。そこにはマリンジェットが泊められていた。

 

「これが良一君のマリンジェットだよ。昨日のうちに、ここまで運んでもらってたんだ」

 

「……大きいな」

 

 いつも乗っている奴の倍はある。これ、俺に動かせるかな。

 

 試しに乗り込んでみる。ランナバウト型って言うんだっけ。エンジンを起動させずとも、安定して浮いている。

 

「デートから戻ったら、またここに係留しておいてくれたらいいって」

 

「わかった」

 

「それじゃ、しゅっぱーつ!」

 

「待て鴎、出発前に救命胴衣を着ろ」

 

「あ、そっか」

 

 さっそく乗り込もうとする鴎を制し、マリンジェットの中に置かれていた救命胴衣を手渡す。

 

「……これって、どうやってつけるの?」

 

「以前、良一に教わったことがある。俺と同じようにやってくれ」

 

「うん。わかった」

 

 やり方を思い出しながら救命胴衣を装着する。確か、こんな感じでいいはずだ。

 

「鴎、準備が出来たら乗っていいぞ」

 

「あ、先にスーツケースをお願い」

 

「よしきた」

 

 そう言う鴎からスーツケースを受け取って、マリンジェットの後部に紐で固定する。

 

「スーツケースの次は鴎だぞ。間が空いてるから、気をつけろよ」

 

「ありがとう」

 

 俺がそう言いながら手を差し出す。鴎はその手を取って、慎重にマリンジェットに乗り込んできた。

 

「おお、思ったより安定してる」

 

「それでも、実際動き出したらかなり揺れるからな。しっかり掴まれよ」

 

 俺は操縦席に座りながら、背後の鴎にそう注意を促す。

 

「えっと、こんな感じ?」

 

 次の瞬間、鴎が俺の首に手を回すようにして、思いっきり抱きついてきた。背中がとても柔らかい。

 

「きゃああ!」

 

「え、なんで羽依里が悲鳴上げるの?」

 

「いや、なんでもない。大丈夫だ」

 

 冷静になって考えたら、柔らかいと思ったのは救命胴衣だった。安全のためとはいえ、ちょっとだけ救命胴衣を恨む。

 

「ちょっとむごっほと思っただけだ!」

 

「出た! 謎の発作むご……」

 

「発進!」

 

 鴎の言葉の後半は、起動したエンジン音によってかき消されていた。

 

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 

 あっと言う間に漁港を離れ、島から少し離れた海上を進んでいく。

 

 このマリンジェットは、サイズが大きい分パワーがあり、扱いやすかった。

 

「それで鴎、どこに行くんだ?」

 

 パワーがある分エンジン音も大きいので、かなり大きな声を出さないと後ろの鴎と会話できない。

 

「島だよ!」

 

「それはわかってる! どの島だ!?」

 

 なんだかんだで、鳥白島の周辺には小さな島がたくさんある。

 

「キャンプで行った入り江の方! 島の南だよ!」

 

「南だな!」

 

「赤い屋根の建物と、桟橋があるから、すぐにわかるよ!」

 

「了解だ!」

 

 鴎の指示を受けて、島をぐるっと半周するようにしながら、南へ向けてマリンジェットを走らせる。太陽の光を浴びて、キラキラと輝く海面が目の前いっぱいに広がる。

 

「すごく綺麗だね!」

 

「だな、これは岸や連絡船からじゃ味わえない!」

 

「見て、カモメがいるよ!」

 

「鴎なら、俺の後ろにいるぞ!」

 

 反射的に振り返る。海風に鴎の黒髪がなびいているのが見える。

 

「違うよ、鳥のカモメ!」

 

「うまそうだよな!」

 

「昨日の夕飯思い出すから、そういうこと言うのやめて!」

 

 その後も鴎と会話をしながら、海の上を進む。

 

 波や風、潮の香りを身体全体で浴びて、海を本当に近くに感じることができた。すごく、冒険している気がした。

 

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 

「あ、あの島だよ!」

 

 キャンプをした入り江……七ヶ浜の先、300m程の場所にその小島はあった。

 

 先に鴎が言っていたように桟橋があったので、そこにマリンジェットを係留してから、島に上陸する。

 

「こんな島があったのか」

 

 学校の校庭くらいの小さな島だった。でも、これだけ立派な建物があれば気付きそうなもんだけど。

 

 連絡船の航路からも外れてるみたいだし、周囲の雑木林に隠れていたのかもしれない。

 

「それで、この島で何をするんだ?」

 

 先に降りた鴎に、マリンジェットからスーツケースを渡してやりながら、そう聞いてみる。

 

 鴎のことだし、ただ単にバカンスに来たというわけじゃないだろう。

 

「お宝探し」

 

「え、お宝?」

 

「そう! この島には、お宝があるんだよ!」

 

 この小さな島に? あの雑木林のどこかに、地下洞窟でもあるんだろうか。

 

 俺は木々の間に目を凝らしてみる。何か隠してあるようには見えないけど。

 

「もしかして、一緒に宝探しするために、俺を呼んだのか?」

 

 というか、一応デートって名目なんだけど。

 

「ちょっと違うかな。羽依里にそのお宝を見つけてほしいの」

 

「え、俺?」

 

 ひょっとして、そのお宝は鴎が隠したものなんだろうか。

 

「じゃあ、鴎は手伝ってくれないのか?」

 

「頑張って。羽依里」

 

 笑顔で応援された。まぁ、こういう遊びの延長みたいなのも鴎らしくて良いかもしれない。

 

「でも、せめてお宝のヒントくらい欲しいんだけど」

 

 闇雲に探して見つかるものでもないだろうし。

 

「ヒントは……そうだね。それは小さくて古いもので、一見お宝じゃなさそうなものなんだよ」

 

 なんだろう。テレビのお宝鑑定隊で出てくるような、古いソフビ人形みたいなものが浮かんだ。

 

「でも、人によってはとても大切なものなんだよ」

 

 それは、思い入れがあるってことでいいんだろうか。親から見たらゴミにしか見えない石ころが、子供にとっては大切な夏休みの思い出になっているように。

 

「……全然わからない」

 

「とりあえず立ち話も何だし、入ろっか」

 

 悩んでいる俺を楽しそうに眺めた後、鴎はどこからか鍵を取り出して、建物の方へと歩いていく。

 

「なんだその鍵」

 

「何って、この建物の鍵だよ」

 

 そしてさも当然のように鍵を開けて、扉を開く。

 

「はい、どうぞー」

 

「ちょっと待て。お前、なんでこの建物の鍵を持ってるんだ?」

 

「え? だってこの島、おかーさんの島だから」

 

「なにそれ」

 

「あれ、言ってなかったっけ?」

 

「初耳なんだけど」

 

 というか、小さいながらも島一つ持ってるとか、鷺さんって何者?

 

「そんな細かいこと良いから、ほらほら入って」

 

「待って鴎、俺にとっては細かいことじゃないんだけど」

 

「ちゃんと許可は取ってあるし、おかーさんは今日は本土に行ってて、一日戻らないから大丈夫!」

 

 大丈夫って。男と二人っきりでこんな所に来たとか知られたら、それこそ色々と問題になるんじゃないのか? 俺、後で謎の組織に狙われたりして。

 

 頭の整理が追い付かないまま、俺は鴎に背中を押され、建物の中へ足を踏み入れることになった。

 

 

 

 

「お、お邪魔します……」

 

 建物の中は、掃除が行き届いている感じで、綺麗だった。

 

 中に入ると、左手側に小さなキッチン、その奥にドアが見えた。右手側は広めのリビングスペースのようで、窓際に立派なソファーが鎮座している。

 

 それ以上に気になったのが、向かい側に見えるリビング奥の壁だった。色とりどりの本がびっしりと並べられた本棚があり、その上に沢山のボトルシップと、小さな金庫が置かれている。

 

「うわー、塩でベタベタだねー」

 

 その時、羽織っていたパーカーを脱ぎながら、鴎がそう呟く。マリンジェットで移動してきたし、知らず知らずのうちに塩をかぶっていたみたいだ。

 

「ちょっとシャワー浴びて来るよ」

 

「え、シャワー?」

 

 鴎が左手側のドアを開ける。そこには立派なユニットバスがあった。

 

「ここって、お湯出るの?」

 

「うん。電気にガスに水道、全部完備してるよ!」

 

 こんな小さな島なのに。扉の奥に見えるユニットバスは、加藤家より数段上の設備のように見える。

 

「あ、羽依里も入る?」

 

「ま、まさか一緒に!?」

 

「ち、違うよ! 私の後!」

 

「そ、そうだよな」

 

 何を言ってるんだろう俺。

 

「当たり前だよ……どうしてそう言うこと言うかなぁ。まったく……」

 

 鴎は顔を赤らめながら、スーツケースから着替えを取り出していた。

 

「宝探しはシャワーの後だな」

 

「あ、先に探しててもいいよ。見られて困るものはないしね」

 

 笑顔で俺にそう告げると、鴎はバスルームへ入っていった。

 

「たぶん、見つけられないと思うけどねー」

 

 扉の向こうから、そんな言葉が聞こえた。

 

「よし鴎。吠え面かくなよ」

 

 鴎がシャワーを浴びて出てくるまでに、華麗にお宝を見つけてやろう。

 

 俺はそう決めて、意気揚々と宝探しを始めた。

 

「小さくて古いもので、一見お宝じゃなさそうなもの……」

 

 鴎のヒントから思い浮かぶお宝と言えば、さっきも思い浮かんだ玩具とか、もしくは骨董品の類だった。

 

 これ見よがしにおいてある金庫に入ってる可能性とか高そうだけど、あの手のものを開けるには暗証番号とかが必要だろうし。

 

「まさか、この本のどれかに暗証番号を書いたメモが挟んである……なんてことはないよな」

 

 並んでいる本は十数冊なんてもんじゃない。その可能性は考えたくなかった。

 

 ちなみに置いてある本は、何故か児童小説が多かった。ひげ猫団の冒険も、当然のように置いてあったし。

 

「適当に探してみるか」

 

 俺は当たり障りのない程度に、ソファーの下とか、本棚の上を見てみる。この綺麗に並べられたボトルシップは、もしかしなくても、全部鴎が作ったんだろう。

 

「やっぱり、うまいもんだよな」

 

 俺は顔を近づけて、ボトルシップを見てみる。マストの先端の旗とか、帆に細かく絵が描いてあった。

 

 ……全部ひげ猫だったけど。

 

 

 

 

 その後もあちこち見てみたけど、それらしいものは見つけられなかった。

 

「くそー、わからないな……」

 

 そもそも、ヒントがあいまい過ぎる。

 

 小さくて古いもので、一見お宝じゃなさそうなもので、人によってはとても大切なもの。一体なんだろう。

 

「少し休もう……」

 

 目を皿のようにして探し回ったせいか、変に疲れてしまった。

 

 俺は本棚の近くの壁にもたれかるように座り、少し休憩をすることにした。

 

「♪~♪~♪~♪~」

 

 ……目を瞑っていると、壁越しに鴎の鼻歌が聞こえてきた。思えば、ちょうどこの裏が浴室だっけ。

 

「これ、ウィズだよな」

 

 鴎が良く歌ってるあの歌だ。あいつ、浴室で鼻歌歌う癖があるのかな。

 

 同時にシャワーの水の音も聞こえてくるし……あ、やばい。

 

 健全な男子学生の想像力が働いてしまう。この薄い壁一枚隔てた先で、鴎が……。

 

「……しっかりしろ、鷹原羽依里! 負けるな!」

 

 俺は大きな声を出して自らを叱責した後、両手で自分の頬を叩く。

 

「え、どうしたの? 大きな声出したら、近所迷惑だよ!?」

 

 その時、浴室の方から鴎がそう注意してきた。どうやら聞こえてしまったみたいだ。

 

「ご、ごめん」

 

 思わず謝ってしまった。島だし、近所なんてないけど。

 

「ところで羽依里、バスタオル取ってくれない?」

 

「え、バスタオル?」

 

 鴎が浴室のすりガラス戸を少しだけ空けて、そう声をかけてきた。

 

「ソファーに置いたまま、持って入るの忘れちゃって」

 

 鴎に言われた場所を見ると、確かにソファーの端にバスタオルがかかっていた。

 

「よし、待ってろ」

 

 俺は立ち上がって、ソファーにかかっていたバスタオルを手に取る。

 

「ほれ」

 

「ありがとう」

 

 できるだけ鴎の方を見ないようにしながら、バスタオルを手渡す。

 

 ……俺は何も見てない。俺は何も見てないぞ。

 

 でも鴎、しろはより大きいんだよな……むごっほごほ。

 

 

 

 

 鴎が出た後、俺もシャワーを浴びさせてもらった。

 

 ここのシャワーは急に熱くなったり冷たくなったりしない、最新式のやつだった。至福の一時だった。

 

 その後、鴎も合流して宝探しを再開する。

 

 と言っても、宝を探すのはやはり俺だけだった。鴎はTシャツと短パンというラフな格好でソファーに座っている。

 

「頑張って、羽依里ー」

 

 俺が苦戦している様子を見て、鴎は楽しんでいるようだ。そんな彼女のTシャツにはでかでかとひげ猫のイラストが描かれていた。

 

「やっぱり、お前が何か隠したんだな?」

 

「さあ、どうだろうねぇ」

 

 鴎は意味深な笑みを浮かべながら、三角形の秘密を食べていた。あれもスーツケースに入っていたんだろうか。

 

「なあ鴎、そのお宝ってあの金庫の中に入ってたりするんじゃないのか?」

 

「いつもは入れてるけど、今日は入れてないよ」

 

 お、ある意味これもヒントなんじゃないか。あの小さな金庫に入るくらいの大きさのものってことがわかったし。

 

「それに金庫の中に入れてたら、それこそ『ここにお宝がありますよー』って言ってるみたいなものでしょう?」

 

「まあ、確かに」

 

 でも、金庫以外にそれらしいものがありそうな場所というと……。

 

 俺は整然と本が並べられた棚に目をやる。

 

「実は、あの本棚の本を決められた順番で入れ替えたら、隠し通路が現れるとか」

 

「そんな仕掛けがあったら、私が見てみたいよ」

 

 鴎の反応からして、どうやら違うっぽい。

 

「でもそれが出来たら、秘密基地みたいだよねー。今度、お願いしてみようかな」

 

 誰にお願いするのかわからないけど、俺からしたら、この島自体がすでに秘密基地みたいなものなんだけど。

 

 

「……だめだ。わからない」

 

 その後も鴎の許可を貰いながら、壁にかけられた絵画の裏や、カーテンの上の方とか見てみたけど、それらしいものは見つけられなかった。

 

「いったん休憩にして、お昼にしよっか」

 

 鴎はそう言って、スーツケースに手をかけながら立ち上がる。

 

「え、まさか作ってきてくれたのか?」

 

「あたりまえじゃない。お昼ごはん、どうするつもりだったの?」

 

 何も考えてなかった……とは、とてもじゃないけど言えなかった。

 

「ほら、せっかくだし、外で食べよう!」

 

 言うが早いか、鴎はスーツケースを引きながら表に飛び出していく。俺も慌ててその後を追った。

 

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 

「この辺でいいかなー」

 

 鴎は建物から少し離れた雑木林の中で立ち止まる。この辺りは木陰が広く、涼しかった。

 

「羽依里、ビニールシート敷くの手伝って」

 

「よし、まかせろ」

 

 スーツケースからカラフルなビニールシートを取り出し、二人で地面に敷く。

 

「よいしょっと」

 

 それに続いて、スーツケースから大きなランチバスケットが出てきた。

 

「え、それスーツケースの中に入ってたのか?」

 

「そうだけど?」

 

 サイズ的に絶対入らないと思うんだけど……まぁいいか。

 

「朝から頑張ったんだよー」

 

 にこにこ顔でそう言いながら、綺麗に包まれたサンドイッチや、保存瓶をビニールシートの上に並べていく。

 

「……すごいな。これ全部作ったのか?」

 

「そうだよー。はい、おしぼり」

 

「あ、さんきゅ」

 

 鴎から手渡されたおしぼりは、冷たくて気持ちよかった。

 

「おお、冷たくて気持ちいいな」

 

「保冷機能付きだからねー」

 

 詳しくは知らないけど、最近のバスケットも進化してるんだな。

 

 もらったおしぼりで手を拭きながら、目の前に並べられた品々を眺める。

 

 さっきも目に付いたサンドイッチの他、保存瓶に入ったサラダやフルーツ、野菜と一緒にペーパーボックスに詰められたミニハンバーグと、ものすごく手が込んでいた。

 

 ちなみに、メインは鶏のトマト煮込みだった。

 

「それじゃ、食べよっか。いただきまーす」

 

「いただきます」

 

 二人で同じように手を合わせてから、まずはサンドイッチを口に運ぶ。

 

「おお、ツナだ」

 

 俺が食べたサンドイッチにはツナが入っていた。細かく刻まれたタマネギがアクセントになって、美味しい。

 

「美味しいねー」

 

 鴎の食べているのは、ジャムとマーガリンが挟まれているようだった。他にもハムとチーズを挟んだものや、ローストビーフを挟んだものまである。ローストビーフとか、島のどこで手に入れたんだろう。

 

「この辺も細かいな」

 

 ミニハンバーグに付け合わせられたウズラの卵も、花の形にしてあった。鴎は手先が器用だし、ものすごく凝っている。

 

「可愛いでしょー。おかずも色々あるから、いっぱい食べてね!」

 

 そう言いながら、ミニハンバーグを口に運んでいた。俺は鶏のトマト煮込みをフォークで刺して、口に放り込む。

 

「これ、うまいよな」

 

 得意料理なんだろうか。確か、皆と灯台でお弁当食べた時も入っていたし。

 

「そ、そう?」

 

「ああ、このトマト煮込みは、正直しろはが作ったやつよりうまいぞ」

 

「も、もう! しろしろより料理がうまいなんて! 誉めても何も出ないんだからね!」

 

 あれ。料理全般がしろはよりうまいって話になってる? そうは言ってないんだけど。

 

「はい、羽依里。あーんしてあげる!」

 

「は!?」

 

 鴎は笑顔で、フォークに刺したトマト煮込みを俺の方に向けている。

 

 まさか、そういう流れになるとは。

 

「あ、あーん……」

 

 俺も思わず口を開けてしまう。なんだろう。もはや条件反射になっている。

 

「……あ。やっぱりあげない!」

 

 目の前まで来たところで、トマト煮込みは鴎の口に放り込まれた。不意を突かれた俺は、思いっきり空振りしてしまった。おのれ鴎。

 

「よく考えたら、羽依里にはしろしろがいるんだから、節度は守らないとね」

 

 顔を背けながら、ぶつぶつとそんなことを言っていた。ごもっともです。はい。

 

 

 その後は普通に食事を楽しんだ。なんだかんだで、鴎の料理はおいしかった。

 

 

 

 

 昼食の後は、腹ごなしに歩く。さすがに、探しているお宝が外にあるなんてことはないよな。

 

 俺は近くにあった木をじっと眺める。どれかの木に数字が彫ってあって、それが金庫の暗証番号になったりしないだろうか。

 

「言っておくけど、木に番号なんて彫ってないからね?」

 

「わ、わかってるよ」

 

 しっかり心の中を読まれていた。

 

「それにしてもこの木、ここら辺じゃ見ない種類だよな」

 

「余所から持ってきて植えたみたいだよ。強い木だから、ハンモックだってかけられるし。気分転換に、少しお昼寝する?」

 

「いや、やめておくよ。ハンモックはキャンプの夜の、嫌な思い出しかないし」

 

 

 

 

 雑木林を探索した後、念のために砂浜の方も歩いてみた。

 

 砂浜は猫の額ほどの広さしかなく、特にお宝のヒントになりそうなものは見つからなかった。

 

 波打ち際に、無数の貝殻やヒトデが打ち上げられているくらいだった。

 

「とりゃ! ヒトデライズド!」

 

 俺が悩む中、鴎は妙な技名を叫びながら、ヒトデを海へ放り投げていた。よくわからなかった。

 

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 

 腹ごなしの運動の後、建物の中に戻って宝探しを再開する。と言っても、それらしい場所は大方探し尽くしてしまった気がするけど。

 

「じゃあ、もう一つヒントをあげる」

 

 部屋の中心で考え込んでいる俺を見かねてか、ソファーに座っていた鴎がそう言い放つ。

 

「そのお宝は、思い出の中にあります」

 

 思い出? ヒントをもらったのはいいけど、これまたよくわからない。

 

「もう少し頑張ってみて」

 

 鴎は笑顔で麦茶を飲み始めた。どうやらこれ以上のヒントは望めそうにない。

 

 

 

 

「お宝は思い出の中に……」

 

 貰ったヒントを思い出しながら、俺は本棚の周りを探していた。

 

 仮に、そのお宝を隠したのが鴎本人ということなら、お宝は鴎の思い出の中にあるということだ。

 

 そういうことなら、この辺のボトルシップとかどうだろうか。いかにも鴎の思い出っぽいし、中に何か入ってそうだし。

 

 少しでも引っかかる部分がないかと、目を凝らして、棚の右端から舐めるように見ていく。

 

「……あれ?」

 

 その棚の左端に、一冊の本が出しっぱなしになっているのに気づいた。無数のボトルシップの奥に、隠すように置いてあった。

 

「この本は?」

 

 出しっぱなしにはなっていたけど、全然汚れていないし、放置されていた感じじゃない。敢えて、そこに置いていたような感じだ。

 

 俺はその本を手に取り、表紙を見てみる。

 

「……アルバムだ」

 

「やっと見つけてくれたね」

 

 そう声がして振り返ると、鴎がソファーから立ち上がって、ニコニコ顔でこっちを見ていた。

 

「このアルバムがそうなのか?」

 

「うん。この中に、本当の私がいるから」

 

 確かにアルバムの中には、思い出が詰まってるだろうけど……。

 

「羽依里、そのアルバム貸して」

 

「あ、ああ」

 

 俺は半信半疑のまま、そのアルバムを鴎に手渡す。

 

「隣に座って。一緒に見てほしいの」

 

 鴎に導かれるまま、俺もソファーに腰を下ろす。

 

「じゃあ、いくよ」

 

 俺の隣で、鴎が静かにアルバムを開く。

 

 

 

 

 最初のページには、若い鷺さんと、父親と思しき男性に抱かれた赤ちゃんの写真があった。

 

「この赤ちゃんが私。どう? かわいいでしょ」

 

「赤ちゃんのうちは皆可愛いもんな」

 

「むう、なんか引っかかる言い方なんですけど」

 

「気のせいだろ」

 

 鴎がページをめくる。

 

 次のページには、お宮参りをしたときの写真や、七五三の写真、家の庭で撮ったらしい写真と、幸せそうな家族写真が並んでいた。

 

「あれ、この写真って」

 

 さらに次のページ。親子三人で写っている写真が目についた。細かい所は違うけど、これは鳥白島の港だった。

 

「おとーさんは大学で植物の研究をしていてね。時々、家族で鳥白島に来ていたの」

 

「そうなのか」

 

「うん。鳥白島には珍しい植物が生えてるんだって言ってたよ」

 

 ……そしてしばらくすると、あれだけ頻繁に写っていた父親が、唐突に写真に現れなくなった。

 

 聞いてみようかとも思ったけど、隣の鴎の表情は明らかに曇っている。これは聞かない方が良さそうだ。

 

 また鴎がページをめくる。

 

 次のページには、幼い鴎が病院のベッドの上で、たくさんのぬいぐるみに囲まれている写真があった。

 

 中央にケーキが写ってるし、誕生日なんだろうか。日付から見ると、6歳くらいかな。

 

「誕生日に具合でも悪くなったのか? ついてないな」

 

「この写真はね……」

 

 そこまで言って、鴎が言いよどむ。心なしか、涙目になっているようにも見える。

 

「……あのね羽依里、驚かないで聞いてね」

 

「あ、ああ」

 

 一瞬、何とも言えない不安が襲ってきた。俺はそれを振り払うように鴎を見つめ、次の言葉を待つ。

 

「……私、病気なんだ」

 

「え?」

 

 一瞬、いつもの冗談かと思った。でも鴎の表情を見ていると、そんな雰囲気じゃない。本当のことなのか。

 

「そ、その……悪い病気なのか?」

 

 突然の告白に、そんな言葉しか出てこない。

 

「生まれつき、体の中の酵素が足りないんだって」

 

 コウソ。よくわからない。

 

「子供の頃はよく寝込んだり、長く入院することもあったの。それこそ、誕生日でも家に帰れないくらい」

 

 なるほど、さっきの誕生日の写真は、そういうことだったのか。

 

「身体のあちこちが痛くなるの。特に足とかね」

 

「足?」

 

「うん。夏はほとんど症状が出ないんだけど、冷えると悪いみたいでね。時々痛くなるの」

 

「……もしかして鴎、あのスーツケースって」

 

「……うん。杖代わりみたいなものかな。あれに体重かけてると楽なんだ」

 

 だから鴎はいつもスーツケースを肌身離さず持っていたのか。正直、杖の方が楽だろうけど、それだと皆に病気を悟られてしまうし。

 

 そういえば天体観測の時、歩くのが遅いと思っていたけど、夜だから足が冷えて、痛みがあったのかもしれない。

 

 そして思い返してみれば、鴎が海に入ってるところを見たことがない。それも、必要以上に足を冷やさないためだったのかな。

 

「……羽依里。突然そんな目で見ないでよ」

 

「え、ああ。ごめん」

 

 自分でも無意識に、鴎に対して憐れむような目で見ていたかもしれない。最低だ。

 

「普段はこんな感じで、全然元気なんだから!」

 

 未だ混乱している俺に、鴎は笑顔で言っていた。

 

「その病気のこと、島の皆は……?」

 

「のみきさんしか知らないよ。他の皆には、内緒にしてもらってる」

 

 鴎の性格からして、島の皆に心配かけたくないんだろう。のみきは一緒に住んでいるということもあって、事情を話したんだろうか。

 

「それに、今は薬も良いのがあるから、夏の間は症状も滅多に出ないし」

 

「……夏は良いけど、冬はどうするんだ」

 

「え?」

 

「冷えると痛いんだろ?」

 

「新素材でできた、熱を逃がしにくいタイツとか履いてるよ。後はめちゃくちゃ厚着して、ホッカホカイロをいっぱい貼るの!」

 

「……ぷっ」

 

 不謹慎とは思ったけど、全身もっこもこになった鴎を想像してしまって、つい吹き出してしまった。

 

「変な想像して笑わないでよー。こっちは死活問題なんだから!」

 

 鴎は不機嫌そうな顔をして、頬を膨らませていた。

 

「ごめん、つい。その、すごく鴎らしいと思ったんだ」

 

「私らしい……?」

 

「お前はすごく前向きだもんな。忘れてたよ」

 

 病気のことなんてすぐに忘れさせてくれそうな、ものすごいポジティブ思考の持ち主だし。

 

「羽依里……」

 

「えっと鴎、ありがとうな」

 

「え?」

 

「病気のこと、教えてくれてさ」

 

「それは、羽依里には知ってて欲しかったし」

 

 鴎はどことなく、安堵したような表情だった。

 

「でも、他の人には言っちゃ駄目だからね?」

 

「わかってるよ」

 

 このアルバムの中に、本当の私がいる。あの言葉は、そう言う意味だったんだな。

 

「それじゃ、この話は終わりね」

 

 鴎はアルバムをめくる。いよいよ最後のページみたいだった。

 

 そこには、一通の古い封筒が挟まっていた。

 

「なんだそれ」

 

「うん。これが私のお宝なの」

 

「その封筒が? てっきり、このアルバムがそうなのかと」

 

「お宝は思い出の中にって、ヒントだったはずだけど?」

 

「あー……」

 

 思い出=アルバムと言うことなら、その間に挟まっていたその封筒こそが、お宝なのか。

 

「ところで羽依里。この封筒、見覚えない?」

 

 鴎は俺に見えるように、封筒をヒラヒラと揺らして見せる。特に何の特徴もない、茶封筒なんだけど。

 

「……悪い。全く記憶にない」

 

「ええっ、うそでしょ? ほら、差出人の所をよく見て!」

 

「え、差出人?」

 

 言われた通りに差出人の所を見ると『たかはらはいり』と平仮名で書かれていた。小学生が書いたような、不格好な字だった。

 

「これ、ずっと昔に羽依里からもらったんだよ。中に手紙が入っていたの」

 

 手紙……なんだっけ。

 

 小学生で手紙を出すなんて、滅多にないだろうし。何か思い出せそうなんだけど。

 

「手紙……手紙……」

 

「……ほう。頑張って書いた手紙を覚えてないと?」

 

 鴎はアルバムを閉じ、封筒から古めかしい手紙を取り出して、手のひらで弄ぶ。

 

「じゃあ、中身を聞いたら思い出すかもね」

 

 え、ちょっと待って。なんだか少しずつ、思い出してきたかも。確かあれって……。

 

 

「えーっと、ぼくはカモメちゃんのことがーーー」

 

「うわーー! ストップ! やめろーー! 読むなーー!」

 

 思い出した。確かあの中身は、俺が子供の頃に書いた、ひげ猫団の感想の手紙だ。

 

 当時は純粋な気持ちで書いたんだろうけど、今となっては黒歴史みたいなものだった。

 

「返してくれー!」

 

「駄目! 私の宝物なんだから!」

 

 そのまま胸に抱くように隠されてしまった。ああなると、さすがに手が出せなかった。

 

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 

「で、なんで10年も前に俺が書いた手紙を、お前が持ってるんだ?」

 

「当たり前だよ。私のおかーさん、ひげ猫団の冒険の作者だから」

 

「え、作者?」

 

「ほら」

 

 鴎が奥の本棚から、ひげ猫団の冒険を抜き出して、その表紙を俺に見せる。

 

 そこには『久島鷺 著』と書かれていた。

 

「……本当だ」

 

「まだ信じられないなら、おかーさんが賞をもらった時の写真もあるよ? 見る?」

 

「いや、もういい。十分に分かった」

 

 母親である鷺さんが作者なら、俺の送った手紙が鴎の元にあったとしても、何ら不思議はなかった。

 

「あれっ、それじゃ、ひげ猫団の冒険の主人公『カモメ』って」

 

「うん。私がモデル。もしかして、今気づいた?」

 

「ああ……今気づいた。そういうことか……」

 

 俺は頭を抱える。俺が送った手紙は、その主人公に対する熱い思いをぶちまけていたはずだ。

 

 まるで鴎へのラブレターだった。

 

「えへへー」

 

 鴎は手紙を見ながら、満面の笑みだった。

 

「でも羽依里からの手紙、一番覚えてるよ。すごく情熱的だったし。名前も変わってたし」

 

 名前が変わってるとか、鴎に言われたくない……。

 

「あ、それでお前、最初から馴れ馴れしかったんだな」

 

「え、馴れ馴れしい?」

 

「ほら、初めて会った時」

 

「そうそう。あの時、他の人に名前を呼ばれてるのを聞いて、ピンと来たの。あの手紙をくれた男の子だ! ってね」

 

 確かに羽依里なんて名前、そうそうあるもんじゃない。

 

 俺はこの夏、初めて鴎と出会ったつもりでいたけど、実はあの手紙を通して、既に出会っていたんだな。

 

「……やっぱりあの時、声をかけなきゃいけない気がしたの」

 

「え、何?」

 

 急に鴎の声が小さくなって、聞き取れなかった。

 

「な、なんでもないよ!」

 

 鴎は急に立ち上がって、俺の手紙を金庫の中に放り込んでしまった。

 

「なにも、そこまで厳重にしなくても」

 

「たとえ、大嵐でこの島が沈んだとしても、手紙だけは無事なようにしておかないとね」

 

 鴎の目は本気だった。

 

「羽依里の手紙もそうだけど、他の皆からの手紙も大切だからね。もちろん、手紙くれた人の名前は全部覚えてるよ」

 

「え、うそだろ?」

 

 ひげ猫団の冒険、当時は本当にたくさんの子供たちが読んでいたはずだ。当然、何百通ものお礼や感想の手紙が来たはずだ。

 

「本当だよ。ベッドの中で何回も読んだんだからね」

 

 そっか。幼い頃の鴎にしてみれば、長い入院生活の中で、それが唯一の楽しみだったのかもしれない。

 

「すっかり忘れちゃってるみたいだけど、あおちゃんやあいちゃん、しろしろからの手紙もあったんだよ」

 

「……それはそれで、ちょっと見てみたいような」

 

「個人情報だから、ダメ!」

 

 俺は金庫の方へ手を伸ばしかけるけど、鴎から拒否されてしまった。

 

 

 

 

 その後はソファーに座って、いつもの調子で鴎と話をしていた。気がつけば日も沈みかけ、背後の窓から西日が入ってきていた。

 

「私ばっかりだと不公平だし、いつか、羽依里の写真も見せてね」

 

「ま、まぁそのうちな」

 

 子供の頃の写真なんて部活の集合写真とかばかりで、まともな写真が無かったような気もするけど。

 

「そう言えば羽依里の子供の時って、どんな感じの子だったの」

 

「え、えーっと」

 

 やばい。この調子だと新たな黒歴史が明るみに出かねない。

 

「そうだ鴎、暗くなる前に、そろそろ帰るか」

 

 俺は誤魔化すようにソファーから立ち上がる。

 

「あ、ちょっと待って。最後に見せたいものがあるの」

 

「え、何?」

 

「いいから、座って!」

 

 その時、鴎が俺の右腕を掴んで、無理矢理座らせようとしてきた。

 

「どわぁっ!?」

 

 変な位置から力任せに引っ張られたせいで、思いっきりバランスを崩してしまった。

 

 俺はそのまま顔の右半分を鴎にうずめるような形で、ソファーに倒れ込む。

 

「やばっ、む、むごっほ!」

 

 やばい、目の前に鴎の谷間が。

 

「ほら羽依里、もっと近づかないと見えないよ!」

 

「いやもう、しっかり見えてるけど!」

 

「どこ見てるの!? そっちじゃないよ、窓の外!」

 

 鴎に怒られながら、なんとか体勢を立て直し、俺は窓の外を見る。

 

 ちょうど太陽が海面に沈みかけていて、空も海も、所々に見える島々も、なにもかもが茜色に染まっていた。

 

「……すごいな。まるで宝石みたいだ」

 

「おお、言うね。羽依里」

 

 茜色の世界の中心にある太陽は、まるで巨大な宝石みたいだった。

 

「この場所からじゃないと、見えないんだよ」

 

 確かに。鳥白島からだと、ちょうど山が陰になって見えない。

 

「……羽依里」

 

「うん?」

 

 名前を呼ばれた気がして隣を向くけど、鴎はまっすぐ前を見ていた。

 

「……私と友達になってくれて、ありがとうね」

 

「……俺も、鴎と友達になれて良かったよ」

 

 俺たちは、太陽が海と空の間に消えるまで、静かに見つめていた。

 

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 

「ごめんね。すっかり暗くなっちゃったね」

 

 夕日が沈むまで島にいた俺たちは、真っ暗になってからようやく帰宅の途に就いた。

 

 マリンジェットにも当然ライトはついていたけど、それでも夜の海は怖かった。魚港の常夜灯を頼りに、何とか戻ってこれた感じだ。

 

「ある意味、冒険だったね」

 

「俺は今日ほど、島の灯台に明かりが灯っていてほしいと思ったことはないぞ」

 

 元の場所にマリンジェットを係留し、鴎と一緒に港を後にする。

 

「そうだ鴎、家まで送るぞ?」

 

「いいよいいよ。すぐそこだしね」

 

 言われてみれば、宿泊先にしている役所の社員寮が目の前に見えていた。確かに、ここから送るってのも妙な話だった。

 

「早く帰って、しろしろを安心させてあげてね。それじゃー」

 

 鴎は手を振りながら、夜の闇に消えていった。最後まで元気だった。

 

「……食堂に行く前に、一度帰ろうかな。夏海ちゃんにも声をかけないといけないし」

 

 

 

 

 漁港から住宅地へ向かい、一度加藤家に戻ってみたけど、無人だった。鏡子さんはわからないけど、夏海ちゃんは時間的に食堂に行ってるのかもしれない。

 

 少し考えて、俺もしろは食堂に向かうことにした。

 

 

 

 

「しろはー」

 

 食堂の扉を開ける。店内を見ると、やっぱり夏海ちゃんがいて、カウンターに座って晩ごはんを食べていた。

 

「ごめん二人とも。ちょっと遅くなっちゃって」

 

 俺は二人にそう謝りながら、夏海ちゃんの隣に座る。

 

「……」

 

 夏海ちゃんは黙々と、どんぶりものを食べていた。

 

「それ、うに丼?」

 

「そうです」

 

 元々のメニューにはないし、今日の日替わりなんだろう。

 

「そういえば夏海ちゃん、朝のあんぱんってどうしたの?」

 

「冷凍庫に入れてますよ。お腹空いた時に食べればいいんじゃないですか?」

 

 なんだろう。うに丼を食べているからか、妙に言い方にトゲがある。

 

「それより羽依里さん、しろはさんに言うことがありませんか?」

 

 その時、夏海ちゃんがそっと耳打ちをしてきた。

 

 カウンターの奥を見ると、しろはは俺に背を向けたまま、なにやら作業をしていた。いつもなら、一番におしぼりを持ってきてくれるのに。

 

 もしかして遅くなったから、怒ってるんだろうか。

 

「その……しろは、遅くなってごめん」

 

 俺は立ち上がって、もう一度きちんとしろはに謝る。

 

「違う。別に怒ってない」

 

 ようやく振り返ってくれたしろはの目は、少し赤かった。

 

「……あれだけ言ったのに夜遅いし。お泊りしちゃうのかと思って、不安になってただけ」

 

「え、お泊り!?」

 

 どうしてそういう流れになるんだろう。よくわからないけど、島の風習なんだろうか。

 

「泊まるわけないじゃないか。相手は鴎だぞ」

 

「だ、だって。鴎は可愛いし、二人だけで島に行ったって聞いたし、浜辺であーんしてたって聞いたし、窓から仲良く夕陽を見てたって聞いたし」

 

「しろは、ちょっと待って。その辺の話、誰から聞いたの」

 

「えっとね。あの島の周りを漁場にしてる漁師さん」

 

 なるほど。連絡船は近くを通らなくても、漁場にしている漁師さんはいると。

 

 というか、さすがに噂が広まるのが早すぎるんじゃないだろうか。

 

「今回のデートは鴎と二人きりだって聞いたから、不安になっちゃって」

 

「あー……」

 

 言われてみれば、最初のデートは空門姉妹と三人だったし、その次のデートも紬たちと三人だった。

 

 今回の鴎だけ、二人っきりで外出してしまったわけだ。その辺り、全然気にしてなかった。

 

「だって、羽依里は格好いいし、人当たりも良いし、鴎もまんざらでもなさそうだったし」

 

 なんだろう。本音がダダ漏れしている気がする。聞いてるこっちが恥ずかしくなるくらい、べた褒めされてる。

 

「万が一、ってことがあったらどうしようって思って」

 

 しろはは顔を真っ赤にしたまま頭を抱えている。やばい。可愛い。

 

 俺たちの間にカウンターが無かったら、そのまま抱きしめてたかもしれない。

 

「だから、他の皆とは遊びに行っただけだって。俺が本当にデートするのは、しろはだけだ」

 

「本当?」

 

「本当だって」

 

「……えっと、しろはさん、ごちそうさまでした!」

 

 その時、夏海ちゃんが食事を終えたらしい。そのまま代金を置くと、足早に食堂を出て行ってしまった。もしかして、気を使ってくれたんだろうか。

 

 ……なら、この機会を逃す手はない。

 

「その……しろは。明日、時間あるか?」

 

「えっ? あ、あるけど」

 

「その、本土に遊びに行かないか?」

 

「そ、それって」

 

「デ、デートしないか?」

 

 誘った俺も、たぶん顔が真っ赤だったと思う。

 

「……やっと私の番」

 

「え?」

 

 しろはが俯き気味に何か言っていたけど、声が小さすぎて聞き取れなかった。

 

「なんでもない。それより明日、時間と場所はどうしよっか」

 

「それじゃ、朝9時に港は?」

 

「うん。いいよ」

 

「それで、行きたい場所とかある?」

 

「うん。行ってみたいお店があるの」

 

「しろはの行きたいところなら、どこでも行くぞ」

 

「あと、お昼ごはんもね。気になってるお店があって」

 

 しろはがぐいぐいと前に出てくる。す、少し落ち着いて欲しい。

 

「あ……でも、食堂の準備があるから、15時には島に戻らなきゃ」

 

「明日くらい、休んでもいいんじゃないか?」

 

「そ、そう言うわけにはいかないよ。羽依里たちも晩ごはん食べられなくなるし」

 

「う、確かにそれは困る」

 

「それとね……」

 

 

 

 

 その後、しろはと明日の予定を詰めながら、ハンバーグ定食を食べた。家庭の味という感じで、美味しいハンバーグだった。

 

「それじゃ羽依里、また明日ね」

 

「ああ。明日は楽しもうな」

 

「うん」

 

 嬉しさを隠しきれてないしろはに見送られて、俺は食堂を後にした。

 

 それにしても、しろはと二人で出かけるのは久しぶりだった。

 

 もっと早く、こうしてあげればよかった。

 

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 

 加藤家に帰宅すると、ちょうど居間に鏡子さんと夏海ちゃんがいたので、明日しろはと外出する旨を伝える。

 

「いいよ。楽しんできてね」

 

「楽しんできてください!」

 

 二人とも申し合わせたように了承してくれた。先に帰った夏海ちゃんが、それっぽく話をしておいてくれたのかな。

 

「お泊りしてもいいからね」

 

「いえ、さすがに日帰りしますから!」

 

 鏡子さんってば、夏海ちゃんも居るんだし、そう言う発言はやめてもらいたい。

 

「しろはちゃん、喜んでたでしょう?」

 

「それはもう。隠しきれないくらいに」

 

「それじゃ、明日も頑張らないとね。お風呂も沸かしてあるから、先に入っちゃっていいよ」

 

「すみません。それじゃ、お言葉に甘えさせてもらいます」

 

 正直なところ、島から戻る道中でまた塩をかぶってしまったので、全身べとべとで気持ち悪かった。

 

 明日も外出するんだし、しっかり体力も回復させておかないと。

 

 そう考えながら、いつもよりもゆっくりと湯船に浸かることにした。

 

 

 

 

「ふう。良いお湯だった」

 

 入浴を済ませて居間に行くと、夏海ちゃんがテレビを見ながら、座布団を抱きしめていた。

 

「あれ、夏海ちゃんどうしたの」

 

 なんか震えてるし、もしかして体調悪いんだろうか。

 

「夏海ちゃん?」

 

 背中越しに声をかけるけど、反応がない。

 

「ねえ」

 

 心配になって、背後からその肩を叩く。

 

「わひゃあああぁあぁぁっ!?」

 

 次の瞬間、夏海ちゃんが絶叫した。座ったまま、間違いなく数センチは飛び上がった。

 

「し、心臓が止まるかと思いました……」

 

「え、えーっと、よくわからないけど、ごめん」

 

 俺も驚いて、思わず尻もちをついてしまった。一体どうしたんだろう。

 

『……おわかりいただけただろうか』

 

 その時、テレビからおどろおどろしい声が聞こえてきた。

 

 画面を見てみると、なにやら恐怖番組をやっていた。ある意味、夏の定番だった。

 

 この時期になると、大抵やるよね。この手の番組。

 

「夏海ちゃん、すごく怖がってるのよ」

 

 そう言いながら、お盆に麦茶を乗せた鏡子さんが台所からやってきた。

 

「夏海ちゃん、怖い話苦手なの?」

 

「に、苦手です。羽依里さんはこういうの、怖くないんですか?」

 

「うん。オカルト好きだし。慣れてるよ」

 

『もう一度ご覧いただこう』

 

「うううう」

 

 夏海ちゃんは座布団に顔をうずめながら震えていた。怖いんなら、見なければいいのに。

 

 画面には、キャンプ場でたき火を囲む男女が映っていた。映像の所々に、異形のものが映り込んでいる。

 

「キャンプが明日とかじゃなくて、良かったね」

 

「ほ、本当です、絶対思い出してたと思います」

 

 涙目だった。こういう映像に映っちゃった系のものは、いくらでも編集できそうだけど。

 

「ところで二人とも、お風呂空いたけど……」

 

「それじゃ、私が入ろうかな」

 

 俺の発言を聞いて、鏡子さんが麦茶を置いて立ち上がる。

 

「まっ、待ってください! 鏡子さん、もう少し一緒にいてください!」

 

 立ち上がった鏡子さんを、夏海ちゃんが慌てて呼び止める。

 

「私よりも、羽依里君に一緒に見てもらったら? オカルト詳しそうだし、色々と解説してくれるよ?」

 

「解説なんてしてもらいたくないです! よけい怖くなるじゃないですか!」

 

 だから、怖いんなら見なければいいのに。

 

 結局、鏡子さんは笑顔でお風呂へ行ってしまった。俺は成り行き上、夏海ちゃんの隣で一緒に恐怖番組を見ることになってしまった。

 

「うううう」

 

 俺の隣では、夏海ちゃんが妙な声をあげながら、テレビを見ていた。時々びくっ、と身体を震わせている。

 

 いつの間にか、俺のTシャツを掴んでるし。これは逃がさない構えだ。

 

 そんな時、番組内容が幽霊屋敷の再現映像に切り替わる。

 

 家主が風呂に入っていると、窓や鏡に小さな手形がペタペタとつくという内容だった。

 

「あれは水子の霊じゃないかな。水のある所に出やすいんだよ」

 

「だから、解説しないでください!」

 

「ところで夏海ちゃん、鏡子さんと一緒にお風呂入らなくて大丈夫?」

 

「え、なんでですか?」

 

「だってこのままだと、この番組が終わった後、夏海ちゃん一人でお風呂に入らなきゃいけなくなるよ?」

 

「……はっ」

 

「それこそさっきの手形のシーンとか、思い出しちゃうかも……」

 

「きょーこさーーーん! 私も入りますーーー!」

 

 夏海ちゃんは、持っていた座布団を放り投げて、ばたばたとお風呂場の方へ走っていった。

 

 

 

「え、どうしたの?」

 

「何も言わず、一緒に入ってください!」

 

 遠くから、そんな会話が聞こえてきた。キャンプでも怪談話を怖がってたし、本当に苦手なんだろうな。

 

 

 

「さて、少し早いけど、俺は寝ようかな」

 

 鏡子さんたちに先に休むことを伝え、俺は自室へと戻って、布団を敷く。

 

 明日はしろはとのデートだし、体調は万全にしておきたい。

 

 それにしても、しろはが行きたいところって、どこなんだろう。

 

 全国チャーハン博覧会とか、変わったイベントでもやってるんだろうか。

 

 なんにしても、しろはと一緒なら、どこに行っても楽しいと思う。

 

 俺はそんなことを考えながら、眠りについた。

 

第二十五話・完




第二十五話・あとがき



おはこんばんちわ。トミー@サマポケです。

今回は鴎とのデートイベントになりました。書きながら、これはしろはルートなんだと何度も自分に言い聞かせていました。それくらい、この二人ってお似合いだと思っちゃうんですよね。

本編でも書きましたが、唯一羽依里君と鴎が二人っきりで出かけたってのもあると思います。鴎と一緒に例の島に行く……というのは、このサマポケ小説における鴎の過去を説明する意味もあったので、敢えて島に行きました。
他のヒロインは本土デートなのに……と思った鴎ファンの皆様、すみませんでした。スーツケースを押してショッピングモールを歩く鴎がどうしても想像できなかったんです。

そして次回はしろはとのデートになります。満を持してと言いますか、これでようやく全ヒロイン制覇ですね。さすがシティーボーイの羽依里君です。無双してますね。
しろは推しの皆様、楽しみにお待ちください。


■今回の紛れ込みネタ

・あんぱんっ。CLANNADよりです。九話の時よりはっきりと出してみました。やっぱり某演劇部の部長です。

・科学部部隊によるNYP講座……リトバスより、美魚専属(?)の科学部部隊が元ネタです。なんだかよくわかりません!

・タンザクイモ……CLANNADからです。わかる人いますでしょうか。藤林姉妹の誕生日に誕生石を贈るくだりの時に、杏が言っていたような気がします。

・ヒトデライズド……これもCLANNADからです。風子の必殺技のひとつです。

以上になります。いくつお気づきになられたでしょうか。
感想など頂けましたら、泣いて喜びます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。