Summer Pockets #2   作:トミー@サマポケ

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第二十六話 8月17日(前編)

 

 

 

 

 

 

「羽依里、朝だよ。起きて」

 

 ……朝。

 

 いつものように、夏海ちゃんに起こされる。今日は心なしか、声が近いような気がする。

 

「ああ、夏海ちゃん……おはよう」

 

「え、夏海ちゃんじゃないし」

 

「……え?」

 

 目を開けてみると、目の前にしろはの驚いた顔があった。

 

「あれっ、しろは?」

 

 俺の顔を覗き込むしろはは、いつもより少しお洒落な服を着ていた。髪も念入りに梳いているみたいで、いつも以上に綺麗だった。

 

「もしかして、相変わらず夏海ちゃんに起こしてもらってるの?」

 

「え。それは、その」

 

 正直なところ、図星だった。何も言い返せない。

 

「今日外出した時、目覚まし時計でも買う?」

 

 しろはは呆れたような顔で、そう続ける。

 

「……どうせ買うなら、録音できるタイプが良いな。毎朝、しろはの声が入った目覚ましで起きたい」

 

 なんだか悔しかったので、そう言い返してみた。

 

「へ、変なこと言ってないで、さっさと起きて」

 

 顔を赤くしたしろはに、がばっと掛け布団をはぎ取られてしまった。こうなったら起きるしかなく、俺も上体を起こす。

 

「できるなら私も毎朝起こしに来たいけど、どうしても起きれないし。それにしたって目覚まし時計に声を入れるなんて……」

 

 はぎ取った掛け布団を抱きしめながら、しろはは俺に背を向けて、なにやらぶつぶつ言っていた。あえて聞かなかったことにしよう。

 

「ところでしろは、今日は早いんだな」

 

 それこそ、さっき言ってたみたいに朝に弱いはずなのに。

 

「きょ、今日はたまたまね。早く目が覚めちゃったの」

 

 待ち合わせは朝9時に港のはずだし、もしかして、あまり眠れなかったのかな。

 

「それでね。せっかくだから、朝ごはんを作りに来たの」

 

 しろはは廊下の方からビニール袋を出してきた。中にはネギや豆腐、卵が見える。

 

「後で少し、台所貸してね」

 

「ああ、いいよ」

 

「それじゃ早く着替えて、顔を洗って。ラジオ体操に遅れるよ?」

 

「わかった」

 

 しろはに返してもらった布団をたたんでいると、壁に掛けられた時計が目に入る。

 

「そうだしろは、夏海ちゃんを起こしてもらえないかな?」

 

 この時間に俺を起こしに来ないということは、また寝坊しちゃってるんだろう。

 

「いいよ。隣の部屋だったよね」

 

 しろはは食材の入った袋をいったん廊下に置いて、隣の部屋に向かっていった。

 

 俺はその間に、手早く着替えを済ますことにした。

 

 

 

「……夏海ちゃん、朝だよ」

 

「おかーさん、あと5分だけ……」

 

 俺の部屋のふすまが半分くらい開いているせいか、しろはと夏海ちゃんの話し声が小さいながらも聞こえてきた。

 

「駄目だよ。うみちゃん。早く起きて」

 

「あれ、しろはさん!?」

 

「おはよう、夏海ちゃん。早くしないと、ラジオ体操に遅れるよ?」

 

「……は、はい! すぐに準備します!」

 

 今日は珍しく、夏海ちゃんも一発で起きたみたいだ。なんか妙な違和感があるけど。

 

「あわわわ、遅れる遅れるー」

 

 その後、俺が着替えを終えて洗面所に向かっていると、パジャマ姿のままの夏海ちゃんと廊下ですれ違った。

 

 歯ブラシをくわえたままだったし、すごく慌ててるみたいだ。大丈夫かな。

 

 

 

 

「それじゃ二人とも、いってらっしゃい」

 

「「いってきまーす!」」

 

 俺と夏海ちゃんはお互いに準備を終えた後、しろはに見送られて加藤家を後にする。まるで母親に見送られる兄妹みたいな気分だった。

 

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 

「皆、おはよう」

 

「おはようございます!」

 

 俺たちは小走りで神社へ到着する。幸いにも、ラジオ体操大好きさんはまだ来てないみたいだった。

 

「夏海ちゃん、パイリ君、おはよう」

 

「おふたりとも、おはようございます!」

 

 今日はお馴染みのメンバーに加え、紬と静久がいた。

 

 二人とも、着ぐるみじゃなかった。紬に至っては例のリボンで髪を結って、ポニーテールにしている。

 

「お二人とも、おはようございます! 昨日はありがとうございました!」

 

 その二人の元へ夏海ちゃんが駆け寄って行き、お礼を言っていた。

 

 話を聞いていると、昨日一緒に遊んでいたらしい。仲が良いことは良い事だよね。

 

「そういえば羽依里さん、昨日は鴎さんと島デートをしたそうですね」

 

「二人仲良く海の上を走ってたって、島中の噂になってるわよー?」

 

 そんな三人の様子を眺めていると、空門姉妹から声をかけられた。今日は二人とも髪を下ろしていて、トンボ玉は紐で手首につけられていた。

 

「誰にも見られてないと思っていたのに、なんで二人が知ってるんだ?」

 

「お前たちの姿を見たのは、皆漁師だ。漁師は目が良くないとやってられないからな」

 

 空門姉妹の後ろから、良一がそう続けた。そういえば昨日、しろはも似たようなことを言っていた気がする。

 

「お前たちはその、昨日は楽しんだようだな。帰ってきた鴎が色々と話してくれたぞ」

 

 良一に続いてのみき話の輪に入ってきて、顔を赤くしながらそう言う。

 

「オウムじゃないんだから、鴎も色々喋らないでくれ……」

 

「え、オウムが何?」

 

 俺が頭を抱えていると、当事者である鴎がスーツケースを引いてやってきた。どうやら今日は、鴎もラジオ体操に参加するらしい。

 

「羽依里、昨日はありがとね」

 

 鴎はそっと近づいてきて、俺にしか聞こえない小さな声でそう言うと、襟元からアクアマリンのついたペンダントを見せてくれた。どうやら、つけてくれているみたいだ。

 

「いい夏の思い出になったよー」

 

 笑顔でそう言って、すぐに俺のそばから離れていった。鴎としても、これ以上事を大きくするつもりはないらしい。

 

「あ、そういえば羽依里、今日はしろはとデートするんでしょ? 聞いたわよー?」

 

 蒼が唐突にそう言ってきた。満面の笑顔だけど、一体誰に聞いたんだろう。夏海ちゃんと鏡子さんくらいにしか話してないんだけど。

 

「なあ蒼、それ誰に聞いたの?」

 

「へ? ああ。それがねー」

 

「お前ら、準備は良いかー? 今日もラジオ体操を始めるぞー!」

 

 その時、ラジオ体操大好きさんがやってきた。噂の出どころは気になったけど、蒼との会話はそこで打ち切りになってしまった。

 

 

 

 

「よーし、今日のラジオ体操はここまで―!」

 

「「ありがとうございましたーー!」」

 

「さあ、今日のスタンプはこっちだぞー」

 

 今日も無事にラジオ体操を終え、スタンプとログボを受け取る。

 

「おお、うなぎだ」

 

 今日のログボは真空パックに入った、うなぎのかば焼きだった。これなら冷蔵庫に入れておけば、しばらくは大丈夫だろう。

 

「夏海ちゃん、帰ったらこのうなぎ、冷蔵庫にしまっておこうか」

 

「はい!」

 

 いつもはログボで朝ごはんを熱望する夏海ちゃんも、今日ばかりは何も文句を言わなかった。なにせ、今朝はしろはの朝ごはんが待ってるんだし。

 

 

 

「よし、お昼はこれでひまつぶし作ろう」

 

 鴎はうなぎのかば焼きを、嬉しそうにスーツケースにしまっていた。

 

「ちなみに鴎、正しくはひつまぶしだからな」

 

「そう、それ。美味しいよね」

 

「確かに美味しいけどさ……」

 

 

 

「それじゃナツミさん、お昼に灯台でお待ちしています!」

 

「はい! よろしくお願いします!」

 

 俺と鴎が話をしていると、紬が夏海ちゃんとそんな約束を取り付けていた。どうやら、午後から一緒に遊ぶ約束をしたらしい。

 

「昨日に続いて、また新しいお友達を紹介します!」

 

「はい! 楽しみにしています!」

 

「また三人で、夕日に向かっておっぱい体操をやりましょう!」

 

「そ、そうですね。それも楽しみにしてます!」

 

 努めて笑顔で返していたけど、体操の方は正直、あまり乗り気じゃない感じだった。

 

「それではー」

 

 その後、紬と静久は鴎と連れ添って、神社から去っていった。

 

 

 

「夏海ちゃん、紬たちと本当に仲が良いね」

 

「えへへ、ズッ友ですから!」

 

 夏海ちゃんは純粋な笑顔だった。紬たちと遊ぶのを、すごく楽しみにしているみたいだ。

 

「でも、午前中は何をしようか悩んでるんです」

 

「また沢田さんの所に行ってみたら?」

 

「えっと、沢田さんは今日からしばらく岡山の品評会に参加するので、島を留守にするそうなんですよ」

 

「あ、そうなんだ。それじゃ無理だね」

 

 家主がいないのに、勝手に家の敷地に入るわけにもいかないし。

 

「……夏海ちゃん、暇なら俺たちの秘密基地に来ないか?」

 

「え、秘密基地ですか?」

 

 そこで話に入ってきたのは、良一と天善だった。

 

「ビーダマンとかミニ四駆とか、見たことないだろ?」

 

「はい、見たことないですけど……」

 

「来るなら歓迎するぞ」

 

「それじゃあ、午前中は秘密基地にお邪魔させてもらいます!」

 

「秘密基地に行くなら、イナリを護衛につけたげよっか?」

 

「ご、護衛ですか?」

 

 その会話の中に、空門姉妹が割って入る。

 

「そうですよ。明らかに遊ぶ人を間違えているとしか思えません」

 

「俺たちって、どれだけ信用ないんだろうな……」

 

「だって、良一の性癖見てたら、ねぇ……」

 

 蒼が何とも言えない顔をする。

 

「ど、どういうことですか?」

 

「それがね夏海ちゃん。昔の話なんだけど、良一が駄菓子屋に注文してたエ……」

 

「蒼ちゃん、その話は夏海ちゃんにはまだ早いですよ」

 

 何か言おうとしていた蒼を、藍が制止する。

 

「そ、そうよね。ごめん」

 

「えっと、凄く気になるんですけど……?」

 

「いくらなんでも、さすがに大丈夫、よね……でも……」

 

 蒼が何か言っていたけど、よく意味が解らなかった。

 

「とにかく、秘密基地の前にイナリを待機させておきますので、何かあったら大きな声で呼んでくださいね」

 

「は、はぁ……」

 

 夏海ちゃんは半信半疑だったけど、藍はいたって真剣な表情だった。

 

「そんなふうに言われたら、変に不安になるんだけど」

 

「まぁ、イナリが守ってくれるなら大丈夫でしょ。あの子が本気になれば、あの秘密基地くらい軽く吹き飛ばせるから」

 

 え、なにそれ。本気のイナリ怖すぎるんだけど。イナリビームでも出すんだろうか。

 

「それでも状況によっては、私たちが夏海ちゃん奪還作戦を実行しますよ。今日一日、羽依里さんの代わりに夏海ちゃんを守る義務がありますので」

 

 藍が胸の前で腕組みをしながら、そう言ってきた。

 

 なるほど。言い方には問題あるけど、俺が出かけている間は、いつもこうやって夏海ちゃんを見守ってくれているのかもしれない。

 

「というわけで、羽依里さんも今日はしろはちゃんとデート、楽しんできてくださいね」

 

「そうそう。楽しんできなさいよー」

 

 藍も蒼も、そっくりな笑顔をこっちに向けてくる。

 

「な、夏海ちゃん! そろそろ帰ろうか!」

 

 その笑顔に謎の恐怖を感じた俺は、早足で加藤家に帰宅することにした。

 

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

 加藤家に帰宅すると、同時に味噌汁の良い香りが鼻を抜ける。

 

「二人とも、おかえりなさい」

 

 手を洗って居間に行くと、先に鏡子さんが座っていた。俺たちがラジオ体操に行っている間に、帰ってきたみたいだ。

 

「あ、おかえり」

 

 直後に、エプロン姿のしろはが台所から顔を出す。

 

「しろはさん! 今日のログボです!」

 

 そのしろはに夏海ちゃんが駆け寄って、ログボを手渡していた。

 

「おいしそうなうなぎだね。冷蔵庫に入れておけばいいかな?」

 

「はい! お願いします!」

 

「うん。それじゃ、もうすぐ朝ごはんができるから、座って待っていてね」

 

「わかりました!」

 

 そのまま夏海ちゃんが鏡子さんの隣に座ったので、俺はその向かい側に座る。しばらくして、しろはが朝ごはんを運んできてくれた。

 

「おお、おいしそう」

 

 食卓には炊きたてのごはん、ネギと豆腐の味噌汁、卵焼き、そしてほうれん草のおひたしに、焼いたアジの干物が並んだ。

 

 毎日チャーハンもいいけど、こういう朝ごはんも嬉しい。むしろ、憧れかもしれない。

 

「私までごちそうになっちゃって、ごめんね」

 

 ごはんを受けとりながら、鏡子さんが申し訳なさそうに言っていた。

 

「いえ、いつも羽依里がお世話になってるので、ごちそうさせてください」

 

 しろはがそう言いながらエプロンを外して、俺の隣に座る。

 

「それじゃ、いただきましょう」

 

「「いただきまーす」」

 

 四人一緒にあいさつをして、食べ始める。

 

 

 

 俺は最初に味噌汁を飲む。相変わらずの美味しさだった。

 

「うん、美味しい」

 

 朝からしろはの味噌汁が飲めるなんて、幸せだ。

 

 続いてほうれん草のおひたしを食べてみた。鰹節の風味がきいて、これも美味しい。

 

「うん。この卵焼きも美味しいよ」

 

「はい、美味しいですねぇ」

 

 鏡子さんと夏海ちゃんは卵焼きを口に運んでいた。しろはの卵焼きは甘くておいしい。俺も楽しみで、まだ食べずに取ってある。

 

「しろは、どれも美味しいよ。ありがとう」

 

 隣で黙々と食べていたしろはに、率直なお礼を言う。

 

「そ、そうかな……普通だと思うけど」

 

 しろはは平静を装っているけど、少しだけ赤くなっていた。

 

「まるで新婚夫婦みたいだね。夏海ちゃん、私たちお邪魔かな」

 

「そ、そうですね」

 

 夏海ちゃんはずずーっ、と味噌汁をすする。こっちも平静を装ってるみたいだった。

 

 まったく鏡子さんも、変なこと言わないでほしい。

 

 続いて、アジの干物を食べてみる。どうやらこれは自家製らしい。程よい塩味で、ごはんがどんどん進む。

 

「羽依里、慌てて食べないの。ほら、頬にごはんつぶ付いてる」

 

 その時、隣のしろはからそう声をかけられる。

 

「え、どこ?」

 

「こっちこっち」

 

 次の瞬間、しろはが俺の頬についていたごはんつぶを指先で取って、そのまま自分の口に運んでいた。

 

「……まっ!」

 

「ひゃー……」

 

 妙な声がした方を見ると、向かいに座る鏡子さんと夏海ちゃんが顔を真っ赤にしたまま、俺たちの方を見て固まっていた。

 

「さ、最近の若い子って、大胆なのねー」

 

「……はっ!」

 

 二人の反応で、ようやくしろはも自分がやったことに気づいたみたいだ。

 

「い、いやー、本当に新婚夫婦みたいだな」

 

 その場の空気に耐えられず、俺はそんなことを口走っていた。

 

「……夏海ちゃん、羽依里の卵焼き食べていいよ」

 

「はい!」

 

 その時、夏海ちゃんが俺の皿から卵焼きをかっさらう。

 

「あー! 最後に食べようと思って取っておいたのに!」

 

「……羽依里が変なことさせるから悪いんだよ」

 

 え、俺が悪いの? しろはが自爆したようにしか見えなかったけど。

 

「でもさ、卵焼き……」

 

「いいから、ごはんは静かに食べないと。食事中に騒いだらお行儀悪いよ」

 

「うう……」

 

 卵焼きの件は納得いかないけど、どうしようもない。覆水盆に返らずって言うし。

 

 でもやっぱり、こういう食卓もたまには良いもんだよな。一家団欒って感じで……。

 

「……あれ?」

 

 ……なんだろう。同じような食卓を、いつかどこかで囲んだことがあるような。

 

「……羽依里さん?」

 

「……えっ、何?」

 

「なんだか、ぼーっとしているようでしたので。私に卵焼き取られたの、そんなにショックだったんですか?」

 

「いや、別にそういうわけじゃないんだけど」

 

「なら、いいですけど」

 

「うんうん。大丈夫だよ」

 

 その後、俺は一瞬感じた違和感をどこかへ追いやるように、黙々と箸を進めた。

 

 

 

 

「それじゃ夏海ちゃん、15時くらいには戻ってくるから」

 

「はい! 楽しんできてくださいね!」

 

 朝食の後、俺としろはは夏海ちゃんに見送られながら、加藤家を出発する。

 

 夏海ちゃんも今日は色々と約束を取り付けていたみたいだし、帰ったらまた思い出話を聞かせてもらおう。

 

「しろは、今日はよろしくな」

 

「うん。それじゃ、いこっか」

 

 俺たちは並んで港へと歩き出す。今日も大きな入道雲が出てるし、暑くなりそうだった。

 

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 

 港に到着して腕時計を見ると、船が来るまでは少し時間があった。

 

 どこかで時間をつぶそうと考えていると、例によって出店が目に入った。今日も二軒出ている。

 

「しろは、少し時間があるし、出店でも見てみない?」

 

「うん。いいよ」

 

 近づいてみると、一軒目の出店はカラーひよこ釣りだった。

 

「うわ、懐かしいな」

 

 俺は思わず出店の前にしゃがみ込む。

 

 昔、縁日とかでよく売っていたやつだ。最近は動物愛護がどうとか言われるからか、めっきり見なくなったけど。

 

「本当だ。懐かしいね」

 

 しろはも俺の隣でしゃがみ込んで、色とりどりのひよこたちを眺めていた。

 

「私も子供の頃はよく釣って帰ったよ」

 

 しろはの家には鶏小屋があるし、しれっと混ぜても問題なさそうだもんな。

 

「キャサリンとか名前つけてたの。いつの間にかいなくなってたけど」

 

「キャサリン!?」

 

 思わず大きな声を上げてしまっていた。確か最近、しろはのじーさんが六代目キャサリンの卵を持ってきてくれたような。

 

 そしてよく見ると、カラーひよこ釣りの隣には、これ見よがしに唐揚げの出店が出ていた。

 

 この組み合わせ、何とも言えない悪意を感じる。

 

 周囲には唐揚げの良い匂いが漂っているし、ひよこたちも感じるものがあるのか、ものすごく悲しみに満ちた瞳をしている。

 

 

 

「やれやれ、ようやく帰れるなー。なんか、疲れてしもた」

 

「お母さん、ずっとホテルにいたのに」

 

 ひよこたちと視線を交らわせていると、背後から声が聞こえてきた。関西弁が聞こえるし、観光客みたいだ。

 

「待ちくたびれたって意味や。あの居候追いかけてこんな島まで来るなんて、あんたも物好きやなー」

 

「でも、お母さんも楽しんでたよね。なんとかいうお酒、買ってたし」

 

「小鳩殺しやな。けったいな名前やけど、美味いらしいで。晩酌が楽しみやわー」

 

「にはは。お母さん、お酒のことばっかり」

 

「ええやん。旅行の楽しみはこれに尽きるんやで」

 

「わたしも鳥白島まんじゅう買った。帰ったら、一緒に食べよ」

 

「せやな。そうしよか」

 

「あ」

 

 その時、ぱたぱたと足音がして、俺たちの隣に女の子がやってきた。

 

「ヒヨコさん」

 

 そう言って俺たちの隣に座り込み、売られているひよこたちを覗き込む。

 

 女の子が頭を上下に動かすと、その度に金髪のポニーテールも一緒に揺れる。

 

 年の頃は俺たちと似た感じだけど、その仕草のせいか妙に子供っぽい。

 

「こらー! 何一番に出店に走って行ってんねん!」

 

 女の子に続いて、関西弁の女性もこっちに走ってきて、その女の子の頭を叩く。

 

「イタイ……お母さん、すぐ怒る」

 

「あんたが変なことするから怒るんや」

 

「が、がお……」

 

 ぽかっ、と再び叩かれていた。

 

「イタイ……」

 

「あと、その口癖言うた時もや」

 

 お母さんと呼ばれた関西弁の女性は、握りこぶしを作りながら不機嫌そうな顔をしていた。見た感じ、かなり若く見える。その髪と同じような、深紅のバイクスーツを着ていた。

 

「でも、お母さん。見て見て、ヒヨコさん」

 

 その子は何度叩かれても、めげずにひよこをアピールしていた。ある意味強い子だった。

 

「あんたな、ひよこは大きくなってもニワトリにしかならんのやで?」

 

「そ、それくらいわかってるよ。さすがにもう子供じゃないんだし」

 

「いーや、まだまだ子供や」

 

「そうかなー。そんなことないと思うけどなー」

 

 女の子は立ち上がって、首をかしげていた。海風に金髪が揺れて、キラキラと輝いている。

 

「それにしても、カラーひよこ釣りなんて珍しいなー。最近めっきり見んようになったしな」

 

「うんうん。珍しいよね」

 

「……なあ、あんた欲しいんか?」

 

「……ううん」

 

「……そか。なら早く船の切符買わな。荷物持ちい。行くで」

 

「うん」

 

 女の子は恐竜の柄が入ったナップザックを手に持つと、大きなバイクを押す母親と並んで、出店から離れていった。

 

 

 

「……でも往人さん、この島に居なかったね」

 

「……おった言うても、いつの話かわからんのやろ? また探し?」

 

「うん。今度は見つけたいな」

 

 

 

 話の内容はよくわからなかったけど、女の子の肩に手を当てて、なにやら慰めているみたいだった。

 

 その親子を見送っていると、海の向こうから連絡船が港に入ってくるのが見えた。

 

「しろは、船が来たみたいだし、俺たちも行こうか」

 

「うん」

 

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 

 船に乗り込んだ俺たちは、デッキの端の方に立って、遠ざかっていく鳥白島を眺めていた。

 

 外だから日差しは強いけど、いい感じに海風が吹いていた。

 

「涼しくて、ちょうどいいね」

 

 そう言うしろはの髪が風になびいて、きらきらと輝いていた。あまりに綺麗で、見入ってしまった。

 

「どうしたの?」

 

「い、いや。なんでもないよ」

 

 急に恥ずかしくなって、視線を逸らす。

 

 すると、ちょうど視線の先に、船の近くを群れで飛ぶ海鳥が見えた。

 

「あれ」

 

 その群れから離れて飛ぶ二羽の海鳥がいるのに気付いた。お互いに励まし合っているようにも見える。

 

「あの鳥、なんだか励まし合って飛んでるみたいだね」

 

 どうやら、しろはも同じものを見ているみたいだった。

 

 群れという大きな流れから離れながらも、励まし合って飛ぶ二羽の海鳥。

 

「あの光景、いつかどこかで見たことあるかも」

 

「え、何?」

 

「いや、なんでもない。きっとへじゃぷだ」

 

「へじゃぷ?」

 

「そう。へじゃぷ」

 

「へじゃぷ……」

 

 その後、しろはは首をかしげなら、へじゃぷ、へじゃぷと呟いていた。

 

 上手く誤魔化せたけど、何言ってるんだろう俺。久しぶりのしろはとのデートで、浮足立ってるのかもしれない。

 

「ところでしろは、今日行きたいお店っていうのは?」

 

「うん。まずね、矢印良品に行きたいの」

 

 確か、ショッピングモールの中にあったはずだ。空門姉妹と行く予定だったから、場所だけは把握してる。

 

「じゃあ、最初は矢印良品だな」

 

「次に、お昼ごはんなんだけどね」

 

 しろはは鞄から街角情報誌を取り出して、折り目のついたページを開いて見せてくれた。そこには本格イタリアンの店が紹介されていた。

 

「蒼がここのランチがおいしいって言ってたんだけど、一人じゃ入れなくて」

 

 写真を見た限り、いかにもと言った感じの、小洒落た店だった。これは一人じゃ入れないかも。

 

「本場イタリアで修行したシェフが焼くピザが絶品……なんだって」

 

「確かにおいしそうだな」

 

「でしょう」

 

 紹介記事の中には料理の写真もあって、瀬戸内海の新鮮な海産物を使ったピザやパスタが載っていた。

 

 値段も手ごろだし、お昼はここで決めて良さそうだ。

 

「このお店も、ショッピングモールの近くなんだな」

 

「そうみたい」

 

 一緒に掲載されている地図を見ると、どうやらそうらしい。

 

「矢印良品もショッピングモールの中にあるし、色々な店を見て回った後、時間を見てからのイタリアンって流れでいいかな?」

 

「うん。それでいいよ」

 

 ショッピングモールの中にも多種多様な店があるし、どこに行くか迷うよな。

 

 

 

 その後も、しろはと街角情報誌を見ながら、色々な話をした。

 

「え、全国チャーハン博覧会? そんなのあるの?」

 

「いや、そんなイベントがあったらいいなって思っただけだよ」

 

 何の気なしに、昨日の夜思いついたイベントの話もしてみた。

 

「でも本当にあったら、行ってみたいかも」

 

「確かに、島の皆のチャーハンに対する情熱は凄まじいもんな」

 

 一家に一つは中華鍋があるとか、未だに信じられないし。

 

「過去には、鳥白島チャーハン暗黒武道会ってイベントが開かれたこともあるんだよ」

 

「チャ、チャーハン暗黒武道会?」

 

 何故か、良一が裸でパージチャーハンを作っているという、おぞましい場面を想像してしまった。俺は慌ててそのイメージを打ち消す。

 

「羽依里、遠い目をしてるけど、大丈夫?」

 

「だ、大丈夫」

 

『まもなく宇都。宇都港に到着いたします。お降りの方はお忘れ物のありませんようーー』

 

 ……その時、もうすぐ港に到着するというアナウンスが流れた。俺たちも下船の準備をする。

 

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 

 宇都港についた俺たちは、まずショッピングモールを目指すことにした。

 

「えっと、どっちだったかな」

 

 しろはは港に設置された周辺地図を見ていた。以前、静久が見ていたやつだ。

 

「しろは、ショッピングモールなら、こっちだぞ」

 

「羽依里、場所知ってるの?」

 

「ま、まあな。駅の方だよ」

 

 ある意味、過去のデートが生きていた。

 

 

 

 

 俺としろはは港を離れ、駅構内を歩いていた。

 

 目的のショッピングモールはもう少し歩いて、エスカレーターを登った先だ。

 

 今日は何かイベントでもあるんだろうか。やけに人が多い気がする。

 

「ひ、人が多いね……」

 

 人混みに慣れていないしろはは、ほとんど俺にくっつくようにして歩いていた。

 

 俺はある意味定期的に来ているし、歩き慣れていた。

 

「そうだしろは、そこまでくっつくんなら、腕組まないか?」

 

 だからつい調子に乗って、そんなことを言ってしまった。

 

「え、何言ってるの。人がたくさんいるし、恥ずかしいよ」

 

 言ってから、俺もめちゃくちゃ恥ずかしくなった。でも俺から言い出した以上、引き下がれない。

 

「実は、蒼や紬はやってくれたんだ」

 

「え、うそ」

 

 さらに、悪戯っぽくそう付け加える。

 

「ううう……」

 

 しろははその場に立ち止まり、頭を抱えて悩んでいる。さすがに無茶振りだっただろうか。

 

「……出して」

 

「え?」

 

「腕、出して」

 

「あ、ああ」

 

「や、矢印良品に着くまでだからね」

 

 しろははそういうと、顔を赤らめながら、がっちりと腕を絡めてきた。

 

「お、おお」

 

 まさか、してもらえるとは思わなかった。頼んだ俺の方が、逆に緊張してしまっている。

 

「ううう、恥ずかしい……」

 

 しろは、安心してくれ。俺もめちゃくちゃ恥ずかしいから。その、色々と柔らかいし。

 

「み、皆に見られてる気がする……」

 

「そ、それはきっと、しろはが綺麗だからだ」

 

「そ、そんなことないし。羽依里、たばかったなー……」

 

 その後、恨めしそうな声を出すしろはと一緒に、ショッピングモールを目指して歩みを進めた。

 

 しろはが緊張しているせいか、バランスが悪くて左右にふらふら揺れる。逆に注目されてしまったような気がする。

 

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 

 15分ほど歩いて、俺たちは矢印良品に到着した。

 

「や、やっとついた」

 

 しろははそう言いながら、組んでいた腕を離す。ようやく慣れてきた感じだったんだけど。

 

 ショッピングモールの一番奥にある矢印良品は、家具や雑貨をはじめ、衣料品から食品に至るまで、様々なオリジナルブランド商品を扱うお店だった。

 

 この店は場所柄、インテリア用品に力を入れているみたいだ。ベッドやソファ等、大きな家具が展示されているのが見える。

 

「このお店で家具を買うと送料が無料になるから、島の皆もよくここで買ってるみたいなの」

 

「そうなんだな」

 

 しろは曰く、鳥白島だと船を使う関係で、どうしても送料が割高になるらしい。そんな島民にとって、送料無料というのはありがたい話だろう。

 

「それで、ここで何を買うんだ?」

 

「一応、探してるものはあるんだけど……時間もあるし、色々見てみようと思うの」

 

「そうだな。一緒に見て回ろうか」

 

「うん。それじゃ、行こう」

 

 俺としろはは、一緒に店内を巡ってみることにした。

 

 

 

 

 適当に歩いていると、寝具のコーナーに辿り着いた。

 

 寝心地の良さそうなベッドとか、それに付属する枕やライト、アロマオイルといった快眠グッズまで並んでいる。

 

「さて、目覚まし時計のコーナーはどこかな」

 

「え、もしかして羽依里、本気で録音機能付きの目覚まし時計買うの?」

 

「買ったら、声入れてくれる?」

 

「入れないし!」

 

 全力で拒否されてしまった。

 

「それなら、要らないかな」

 

 俺としても、無機質な電子音で起こされるくらいなら、別に目覚まし時計はいらない。

 

「実家に居ても、毎朝しろはの声で朝起きたいんだ」

 

「そんな風に言っても、駄目なものは駄目だよ」

 

 毎日のラジオ体操で鍛えた真剣な目でしろはを見つめてみるけど、効果はないみたいだった。

 

 というか、予想以上にしろはが大きな声を出したせいで、さっきから他のお客さんに注目されていた。これは別の場所に行こう。

 

 

 

 

 次に辿り着いたのは、キッチン用品のコーナーだった。

 

 野菜の芯を一瞬で抜ける便利グッズの他、普段台所に立ち入らない俺には用途すらわからない道具がたくさん並んでいた。

 

 そんな中で、一際目を引くものがあった。

 

「見ろしろは、スイカバーのスポンジがあるぞ」

 

「あ、本当だね」

 

 本物のスイカバーを模した形をしていて、細部まで細かく作ってあった。妙にリアルだった。

 

「安いし、買ってやろうか?」

 

「えっと……ごめん。いい」

 

「え、いいの?」

 

「うん。使っていくうちにボロボロになっていくスイカバーを見たくない……」

 

 確かに。もっともな話だった。

 

 他にもしろはは、調味料の収納に使う便利グッズとかを見ていたけど、目的のものはここには無かったみたいだ。

 

 

 

 

 キッチン用品に続いて、お風呂グッズのコーナーにやってきた。

 

 お風呂マットやバスタオルなどの鉄板商品に加えて、様々な種類の石鹸や入浴剤が所狭しと並べられていた。

 

「しろは、スイカの香りがする石鹸や入浴剤があるぞ」

 

「そんなのあるんだ……でもこれ、お風呂で使った後、色々寄ってきそう。かぶと虫とか」

 

 あー、なんかわかる気がする。

 

 その後、しろははシャンプーとか、浴室で使うヘアブラシを見ていた。確かにしろはの髪は綺麗だし、やっぱり手入れが大変なのかな。

 

 でも、ここでも何も買わなかった。

 

 

 

 

「うーん。やっぱり、この辺りにあるはずなんだけど」

 

 一通り店の中を回った後、再びキッチン用品のコーナーに戻ってきた。

 

「あった。これだよ」

 

 しろはが目的のものを見つけたのは、キッチン用品の中でも、小分け容器のコーナーだった。

 

「何それ」

 

「はちみつ容器」

 

 言われてみれば、町の食堂とかで見たことがあった。はちみつやマスタード、ドレッシングやらが入っている入れ物だった。

 

「これはさすがに駄菓子屋に売ってないし、通販代行をしてもらうと割高だから」

 

「それって食堂で使うのか」

 

「ううん。浜辺」

 

「え、浜辺!?」

 

 浜辺で使うはちみつ容器。全く想像できない。

 

「中に塩を入れてね。貝を獲るの」

 

「え、貝?」

 

「うん。マテ貝」

 

 マテ貝。なんだろう。わからない。

 

「今度見せてあげるね。マテ貝、美味しいんだよ」

 

 そう言いながら、笑顔ではちみつ容器を持って、レジへ向かっていった。

 

 納得のいく買い物だったのだろう。矢印良品を後にするしろはは、ご機嫌だった。

 

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 

 矢印良品を出て、二人並んでショッピングモール内を歩く。

 

「あのさ、しろは」

 

「……もうしないよ」

 

 それとなく腕を出してみたけど、ダメだった。睨まれただけで、腕は組んでもらえなかった。

 

「……こっちなら、いいよ」

 

 しろははそう言って、代わりに手を握ってくれた。これで十分だった。

 

 

 

 

 その後は、腕時計で時間を確認しながら、色々な店を見て回っていた。

 

 何の気なしに右の方を見ると、ケータイショップが目に入った。

 

 店頭で新規勧誘を行っていて、いくつも立てられた派手なのぼりには『真夏の0円キャンペーン実施中!』とか書いてあった。

 

「ケータイとかあると、便利だよな」

 

 実家からしろはの家に電話すると、時々じーさんが出るからビビるし。しろはから実家にかかってきた時も、先に母親が出て『島の彼女からよー』と言われるのは、けっこう恥ずかしい。

 

「うちは無理だと思う。おじーちゃんが許してくれないだろうし」

 

 確かに、あの人はそう言うの許してくれなさそうだ。

 

「急ぎの電話がしたければ、その辺の家で電話を借りろ。とか言いそうだよな」

 

「ぷっ」

 

 しろはが噴き出していた。

 

「ごめん。似すぎてて、つい」

 

 お腹を押さえて笑っていた。どうやらツボに入ったらしい。

 

 でもそういうことなら、俺だけ携帯電話を持ったところで、電話口でじーさんが出ることに変わりはない。しろはとのホットラインを用意したかったんだけど。

 

 この件はまだまだ先延ばしになりそうだった。

 

 

 

 

 賑やかなケータイショップを通り過ぎて、しばらく歩く。その間、俺はあることを考えていた。

 

 ……折角のデートだし、何か記念になるものが欲しい。

 

「なあしろは、せっかくのデートだし、記念になるものを買わないか?」

 

「え、記念になるもの?」

 

 独りよがりでも困るので、しろはにも確認する。

 

「た、例えば?」

 

「ペ、ペアグッズとか」

 

「ペ、ペア!?」

 

 ボンッと、しろはの顔が赤くなった。たぶん、言った俺の顔も赤くなってると思う。

 

 腕時計で時間を確認する。お昼まではまだ時間があるし、大丈夫だろう。

 

 というわけで、未だ困惑しているしろはを連れて、それらしい店をいくつか覗いてみた。

 

 でもペアグッズとなると、明らかに狙ったような商品ばかりだった。指輪とかだと重いし。Tシャツとかだと、しろはは絶対着ないの一点張りだったし。

 

 悩んだ末、たまたま目についた和食器の店にも入ってみた。

 

「おそろいの箸とか、茶碗とか、買ってみないか?」

 

「そ、そういうのって、普通は一緒に住んでからだよね!?」

 

「しょ、食堂に置いといてくれるとか、さ」

 

「逆に恥ずかしいし!」

 

 言い争いをする俺たちを、店主のおじーさんがすごく微笑ましそうに見ていた。その視線に耐えられなくなって、そそくさと店を後にした。

 

 

 

 

「いきなり夫婦茶碗は色々問題があるというか、飛躍しすぎというか、将来を見据え過ぎというか」

 

 手を繋いで歩きながら、しろはは小声でずっとぶつぶつ言っていた。

 

 心なしか俯いてるし、もしかして怒らせてしまったんだろうか。

 

 ペアグッズは諦めて、しろはだけに贈り物をするのがいいかもしれない。

 

 

 

「うーん。何かないものか……」

 

 結局、なかなかいい店が見つからないまま、ショッピングモールの出口付近まで来てしまった。

 

「あ」

 

 その時目に入ったのが、例のアクセサリーショップだった。

 

 確か静久と一緒に、紬のリボンを買ったお店だ。

 

 そうだ、ここなら。

 

「しろは、ちょっとこの店に入ってみないか」

 

「え、なんか高そうなお店だけど」

 

「大丈夫だって」

 

 一度入ったことあるし。

 

 俺は困惑するしろはの手を引いて、アクセサリーショップに入店する。

 

 

 

 

「いらっしゃいませー」

 

 以前と同じ店員さんが、カウンター越しに対応してくれた。

 

 そして一瞬、何故か驚いたような顔をされた。

 

 もしかして『あらこの男の子、前と違う女の子連れてるわ……』とか、思われたんだろうか。誤解しないで欲しい。こっちが本命です。

 

「す、すごいね」

 

 こういうお店に入ったことがないんだろう。壁や棚一面に並べられた多種多様なアクセサリーを前に、しろはが圧倒されていた。

 

「それで、こっちなんだけどさ」

 

 そんなしろはを連れて、俺は髪飾りのコーナーに向かう。

 

「え、なに?」

 

 慣れた足取りで店内を進む俺を見て、しろはが困惑していた。

 

「その、ペアグッズはさすがに早すぎたみたいでさ。反省してる」

 

「そ、そう」

 

「でもせめて、しろはにプレゼントがしたくて」

 

「ええ!? いいよ、そんなの」

 

「そう言わないでさ。これとか、似合うと思うんだけど」

 

 俺は無数に並ぶ髪飾りの中から、桜色の髪留めを選んでしろはに見せる。バレッタと言うやつだった。

 

「料理をする時、しろはは髪を結っているしさ。その時に使ってもらえると嬉しいんだけど」

 

 この色合いなら、しろはの綺麗な髪に絶対映えると思うし。

 

「すごく綺麗だけど……でも、やっぱり駄目」

 

「そ、そっか……」

 

 しろはは断固拒否の構えだった。俺としても、彼女が嫌がるものを無理矢理贈るわけにもいかない。

 

「……どうせなら、こっちがいい」

 

 そう言うと、しろはは別の棚に並んでいた小さなアクセサリーを手に取る。

 

「え、それがいいの?」

 

「うん。これがいい」

 

 重なり合う二匹の鳥がデザインされたアクセサリーだった。正直、さっきのバレッタより数段見劣りする。

 

「これ、変わってるんだよ。見てて」

 

 しろははそう言って鳥のアクセサリーを弄る。かちりと音がして、重なっていた鳥がふたつに分かれた。

 

「あ、外れるんだ」

 

「うん。こうすれば、二人で持っておけるんだよ」

 

 なるほど、そういう商品なのか。

 

 商品説明を見ると、これは二つのアクセサリーが鍵のように組み合わせてあるらしい。

 

 それぞれ個体差があって、最初のペア同士じゃないと、上手く重ならないんだとか。

 

「なるほど。つまり、俺の鳥はしろはの鳥以外とはくっつかないわけか」

 

「そ、そういうことです」

 

 別々のアクセサリーに見えて、実はペアという。なんというか、俺たちらしいと思った。

 

「これも、い、一応、ペアグッズじゃないかと」

 

 どうやら、これが彼女の最大限の譲歩だったみたいだ。

 

「じゃあ、これにしよう」

 

「よ、よろしくお願いします」

 

 なんだろう、さっきから、しろはがやけに緊張していた。

 

 俺は鳥のアクセサリーを持って、レジへ向かった。

 

 

 

「すみません。これをお願いします」

 

「はい。お預かりします」

 

 この店員さん、ちょうど他に客がいない時間帯だったせいか、カウンターの向こうから、ずっと俺たちの様子を見ていたっぽい。

 

 営業スマイルだけど、その顔が『若いっていいわねー』と言っていた。

 

「こちらのアクセサリーでしたら、サービスでキーホルダーやネックレスに加工することもできますよ。加工代金はサービスさせていただきます」

 

「しろは、ネックレスにしようか」

 

「い、いえ! キーホルダーでいいです!」

 

 しろはが全力で拒否していた。やっぱり、さりげなくペアグッズにしようとしたけど、無理だった。

 

 

 

 

 店から出ると、すぐに包みを開けて、鳥のアクセサリーをしろはと分ける。

 

「それじゃ、しろは。いくぞ」

 

「うん。せーの」

 

 二人で左右の鳥を持って、同時に動かして切り離す。

 

 なんだろう。同じような動作を、いつかどこかでしたような気がする。

 

「ありがとう。大切にするね」

 

 しろははアクセサリーを手のひらに乗せて、嬉しそうにそう言ってくれた。

 

「キーホルダーだし、食堂の鍵につけても良いよね」

 

「そうだな」

 

 大切にしまわれるより、使ってもらった方が良い。食堂に鍵がかかってるところとか、あまり見たことないけど。

 

 俺は自分の鞄か、バイクのキーにでもつけることにしよう。

 

「それじゃ、お昼ごはんに行こうよ。そろそろ、いい時間だよ」

 

 しろはに言われて腕時計を見ると、12時をとうに回っていた。ちょっと遅くなってしまった。

 

「本当だな。それじゃ、行こう」

 

 自然にしろはの手を取って、歩き出した。次の目的地であるイタリアンレストランはショッピングモールの近くだし、時間的には大丈夫だろう。

 

 

第二十六話・完




第二十六話・あとがき

おはこんばんちわ。トミー@サマポケです。
今回はしろはメインということで、朝からしろは尽くしで書かせてもらいました。
Pocketルートから一年が経過していて、しろはと羽依里君の距離感はアルカルートの後半に近いイメージで書いています(うみちゃんを身籠る前くらい?)

うみちゃんといえば、朝にしろはに起こされる、朝ご飯を作ってもらう、見送られてラジオ体操に行く……この流れ、夏海ちゃんをうみちゃんに置き換えてみると、うみちゃんが願った未来のように見えますよね。あ、なんか涙が。

……こほん。メインのデートイベントは、やりたいことを詰め込んでいたら、予想以上に長くなってしまいました。

ちなみに矢印良品でしろはが買っていたはちみつ容器のネタは、何かの番組でマテ貝を獲るのに同じ容器を使っていたのを見たので入れてみました。

そして余談になりますが、しろはが夏海ちゃんを起こす時、連絡船で群れから離れて飛ぶ海鳥を見た時など、例によって消えた世界線のネタもちらほら入れています。
最近露骨に増えてる気がしないでもないです。


■今回の紛れ込みネタ

・港で出会った母子
お気づきの方も多いと思いますが、AIRより観鈴と晴子さんです。8/2に島へやってきていた往人さんを追ってきた、という裏設定です。

実はこの二人、二日前から滞在していたのですが、羽依里君たちはキャンプにデートにと忙しく、出会えなかった感じですね。久しぶりに観鈴や晴子さんを書いたので、口調とか違和感なければいいんですけど。

そして晴子さんの買っていた『小鳩殺し』というお酒の方が気になったります。

今回は以上になります。
感想など頂けましたら、泣いて喜びます。
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