Summer Pockets #2   作:トミー@サマポケ

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第二十八話 8月18日

 

 

 

「羽依里さーん! 朝ですよー!」

 

 今日も今日とて、夏海ちゃんに起こされる。

 

「夏海ちゃん、おはよう」

 

「おはようございます」

 

 いつものようにあいさつを交わして、背伸びをしてから起き上がる。

 

「あれ? 夏海ちゃん、スカートとか珍しいね」

 

「えへへ、鞄の奥に入れっぱなしにしていたので、久しぶりにはいてみました!」

 

 スカートの端をつまみながら、笑顔だった。

 

 夏海ちゃん、普段は半ズボンみたいな動きやすい服装が多いんだけど。たまにはお洒落したくなったんだろうか。

 

「それじゃ、ラジオ体操に遅れないように、準備してきてくださいね! 表で待ってますから!」

 

 夏海ちゃんはそこまで言うと、廊下をパタパタと走っていった。相変わらず、朝から元気だなぁ。

 

「さて、俺も準備しないと」

 

 俺もそう言って布団をたたみ、出かける準備を始めた。

 

 

 

 

「夏海ちゃん、おまたせ」

 

 準備を終えて表に出る。目を細めながら空を見上げると、遠くに大きな入道雲が見えた。

 

「今日もラジオ体操日和だね」

 

「はい、今日も頑張りましょう!」

 

 意気揚々と先頭を切って出発する夏海ちゃんの背中を見ると、何故かリュックを背負っていた。

 

 ラジオ体操に行くだけなのに、どうしてリュックなんて背負ってるんだろう。

 

「夏海ちゃん、そのリュック何?」

 

「えーっと、秘密です!」

 

 聞いてみたけど、そのリュック越しに笑顔を返されただけだった。

 

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 

 神社に到着すると、いつものメンバーが揃っていた。

 

「皆さん、昨日はありがとうございました!」

 

 開口一番、夏海ちゃんが皆にお礼を言っていた。昨日一緒に遊んでもらっていたし、俺も一緒にお礼を言っておいた。

 

「お礼なんていいわよ。夏海ちゃん、すごく日焼けしてるしねー」

 

「夏休みを楽しんでる証拠じゃないですか?」

 

 空門姉妹が笑顔でそう言う。言われてみれば、俺も夏海ちゃんもいい感じに日焼けをしていた。これは夏休みを楽しんでいる証みたいなものかもしれない。

 

「……ところで夏海ちゃん、例のものは?」

 

「はい! これです!」

 

 そして藍に促されるまま、夏海ちゃんはリュックから数枚のレポート用紙を取り出して、手渡していた。

 

「夏海ちゃん、お手柄ですよ」

 

 藍はそれを嬉々として受け取っていた。もしかしなくても、あれって昨日書いてたチャーハンレポートかな。

 

「藍、それはなんだ?」

 

「卓球の奥義でも載っているのか?」

 

「内緒です」

 

 のみきや天善がその紙を覗き込もうとするけど、藍はそれを素早く折りたたんで隠してしまった。

 

「お前らー! 準備はいいかー? 今日もラジオ体操を始めるぞー!」

 

「ほら、ラジオ体操大好きさんが来ましたよ。皆さん、今日もラジオ体操が始まりますよ」

 

 藍は天の助けと言わんばかりに、皆に整列を促す。今日もラジオ体操が始まる。

 

 

 

 

「さあ、今日のスタンプはこっちだぞー」

 

 ラジオ体操が終わった後、いつものようにスタンプを押してもらい、ログボを受け取る。

 

 今日のログボは、氷水の中に入っていた。

 

「これって、スイカバー?」

 

 氷水の中には、大量のスイカバーが入っていた。

 

 スイカバーは駄菓子屋でも、日に数本しか入荷しないレアアイテムのはずだ。それがこんなにたくさんあるなんて。どうしたんだろう。

 

「おばーちゃん、また誤発注しちゃったみたいなのよねー」

 

「ほう。あのおばーちゃんが珍しいな」

 

 スイカバーを受けとりながら、天善がそう言っていた。

 

「朝一番の船で大量に届いちゃったみたいでね。ログボに使ってもらおうと思って、急いで氷水につけて、ここまで持ってきたのよねー」

 

「そ、そうなんですね……」

 

 なんだろう。夏海ちゃんがスイカバーを見つめて、何やら悲しそうな顔をしている。

 

「本当なら、今日のログボはトウモロコシだったんだけどねー。それは日持ちするからって、明日にしてもらったのよ」

 

「……トウモロコシが良かったです」

 

 あれ。珍しく夏海ちゃんがログボに不満そうだ。

 

「そっか。もしかして、スイカバーだとチャーハンにできないから?」

 

「そうです」

 

 毎朝ログボでチャーハン、最近は実行できてないもんね。

 

「羽依里さん、今日のチャーハンはどうしましょう?」

 

 夏海ちゃん、そんな涙目で見ないで。

 

「そうだ、昨日のうなぎでチャーハンを作ったらいいんじゃないかな」

 

 確か、冷蔵庫に真空パックに入ったうなぎのかば焼きが入っていたはずだ。あれなら特別な処理をしなくても、料理に使えそうだし。

 

「あ、うなぎの存在を忘れていました!」

 

 良いレシピが思いついたのか、夏海ちゃんの表情が明るくなった。一安心だね。

 

「……ところで羽依里さん、聞きたいことがあるんですけど」

 

「え、何?」

 

 後ろから藍に声をかけられて、思わず振り返る。

 

「この、チャーハンマンってなんです?」

 

「え?」

 

「昨日の夏海ちゃんからのレポートに書いてあるんですが」

 

「えーっと、それはその」

 

「……全自動チャーハンマシンってなんです?」

 

「えーと、えーっと」

 

「みかんチャーハンが気になります。って、なんですーーー!?」

 

 藍はレポート用紙を持ったまま、わなわなと震えていた。

 

「はぁ、しろはちゃんの甘々デートレポートの予定だったのに……」

 

 そして、がっくりと肩を落とす。藍の落胆っぷりからして、やっぱりチャーハンレポートになっていたみたいだ。

 

「羽依里さん、たばかりましたね……!」

 

 やばい。藍の目つきがいつも以上に鋭い。これは怒っている。

 

「な、夏海ちゃん! スイカバーが溶けちゃまずいし、帰ろうか!」

 

「は、はい! 帰りましょう!」

 

 そのあまりの迫力に気圧されて、俺たち二人は逃げるように神社を後にした。

 

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 

 走って帰ったのもあって、スイカバーは何とか原形を保っていた。帰宅してすぐに冷凍庫に入れて、事なきを得る。

 

「さっそく、うなチャーハンに取り掛かりますね!」

 

 そう言うと、夏海ちゃんはエプロンをつけて、調理の準備を始めた。

 

 邪魔しても悪いので、俺は居間でテレビを見ていることにした。

 

 

 

『プラネタリウムはいかがでしょう』

 

『どんな時も決して消えることのない、美しい無窮のきらめき』

 

 テレビをつけると、どこかのデパートに夏休み限定でオープンしたプラネタリウムの特集がされていた。

 

 レポーターの問いかけに、夏休み真っ最中の子供たちが笑顔で答えている。

 

 その奥にはプラネタリウムの案内人っぽい女の人いて、ニコニコと笑みを絶やさないまま、子供たちを見ていた。

 

 

 

「お待たせしました! うなチャーハンです!」

 

 しばらくして、夏海ちゃんがおぼんに乗せたチャーハンを持って居間にやってきた。

 

 入ってきた瞬間にそれとわかる、とてもいい匂いがした。

 

「良い香りだね。かば焼きのタレを使ってるの?」

 

「えへへー。それもありますけど、隠し味に柚子胡椒を入れてるんですよ!」

 

 言われてみれば、柚子の香りも混ざっている。うなぎと言えば山椒のイメージがあるけど、これはこれで美味しそうだ。

 

「それじゃあ、食べましょう!」

 

 エプロンを外して食卓に着いた夏海ちゃんと一緒に手を合わせた後、うなチャーハンを食べ始める。

 

「うん。美味しい」

 

 かば焼きのタレがごはん一粒一粒にしっかりと絡んでいるし、うなぎも細かく刻んであって食べやすい。

 

 夏海ちゃん一押しの柚子胡椒も良いアクセントになっていて、昨日のうな丼とはまた違った美味しさだった。

 

 

 

 

 そして朝食を食べ終わると、途端にやることがなくなった。

 

「夏海ちゃん、一緒に筋トレする?」

 

「はい!?」

 

 洗い物を終えて居間に戻ってきた夏海ちゃんがハニワ顔になっていた。俺も何を言ってるんだろう。

 

「そ、それは冗談として、また港に行ってみない?」

 

「港ですか?」

 

「そう。また出店が出てるかもしれないし」

 

「確かに最近行ってませんね。久しぶりに行ってみましょう!」

 

「うん。それじゃ、行こうか」

 

 ズボンのポケットに適当に財布をねじ込んで、俺たちは港へ向けて出発した。

 

 それにしても、今日は鏡子さんの姿を見ていない気がする。朝から忙しいんだろうか。

 

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 

 俺たちが港に到着すると、ちょうど船が着いたばかりのようで、大勢の観光客が荷物やスーツケースを持って、港に降り立っているところだった。

 

 

「到着したよー」

 

「きれーな港なのですー」

 

 なんだろう。その観光客の中に、やけに賑やかな一団が居た。

 

「よーし、さっそく泳ぎに行こうぜ!」

 

「こらこら、その前に荷物を預けないと駄目よ!」

 

「おねーちゃん、そんな固いことは言いっこなしですヨ」

 

「とういうわけで理樹、荷物任せたぜ」

 

「いやいやいや、自分の荷物はちゃんと管理してよね!?」

 

「なんだよ。固いこと言うなって。今度筋肉で返してやるから」

 

「意味が解らないから!」

 

 

「……すごく賑やかな人たちですね」

 

 確かに騒がしい。夏海ちゃんも唖然としていた。

 

 鳥白島は観光に力を入れてることもあって、この時期は観光客がたくさんやってくる。

 

 あの集団は仲良しグループの旅行と言った感じだった。

 

「なんだあいつら、部活か何かの合宿か?」

 

「違うんじゃないか? 引率の先生もいないみたいだし」

 

「とりあえず、卓球部ではないな」

 

「いや、それは見ればわかる」

 

「こんな何もない島に来るなんて、物好きな連中だよなー」

 

 気がつくと、俺たちの隣に良一と天善が立っていて、自由奔放な集団を眺めていた。

 

「二人とも、いつからそこにいたんだ?」

 

「気にするな。それより羽依里たちも、天使の麻婆豆腐の噂を聞きつけてきたのか?」

 

「え、何だって?」

 

「とぼけやがって。あれだよ」

 

 良一が指差す先には、小さな店が出ていた。香辛料の香りが凄いし、看板を見た限り、どうも麻婆豆腐の出店らしい。

 

 それにしても天使の麻婆豆腐って。なかなかのネーミングだ。

 

「……美味しいんでしょうか」

 

 その独特の名前に引かれたのか、夏海ちゃんも気になっているみたいだ。

 

「俺たちも気になってはいるんだが、値段がな」

 

「え、値段?」

 

「見てみたらわかるぜ」

 

「どれどれ……?」

 

 せっかくだし、ちょっと見てみることにした。四人で出店の方に近寄ってみる。

 

 そこには『麻婆豆腐 800円』と値札が出ていた。確かに、出店の値段としては高い。

 

 でも、これだけ高いとすごく美味しいんじゃないかと思ってしまう。まして『天使の麻婆豆腐』だし。

 

「豆腐が変わっていて、フワッ、フワッしてるのかもしれないな」

 

「ふ、ふわっ、ふわっですか?」

 

 手作りの豆腐は高いって言うし、それならこの値段も納得かもしれない。天善の表現は妙な感じだけど。

 

「……いらっしゃい」

 

 俺たちが出店の前で相談事をしていたせいか、店員さんが声をかけてきた。金色の瞳に銀髪の女の子で、なんというか、不思議な雰囲気を纏っていた。

 

「……試食あるけど、食べてみる?」

 

 そう言うと、紙の器に一口分の麻婆豆腐をよそって、俺に渡してくれた。

 

「そうだ。気にしてたし、夏海ちゃんが食べてみる?」

 

「え、いいんですか?」

 

「うん」

 

「……あ、かなり辛いから、気をつけて」

 

 その時、店員さんがそう忠告してくれる。

 

「あ、私辛いの苦手なので、羽依里さんが味見してください!」

 

「……そう? それじゃ、いただくね」

 

 本当に一口分しかない麻婆豆腐を、一緒についてきた紙のれんげですくって、口に運んでみる。

 

「……羽依里、どうだ?」

 

「どうですか?」

 

「フワッ、フワッしているか?」

 

 三人が俺の顔を覗き込むようにして感想を待っている。夏海ちゃんはいいけど、野郎二人に覗き込まれるのはちょっと。

 

「うん、美味しい。見た目の割にそこまで辛くないぞ。深みの……のおおおお!?」

 

 感想を言おうとしたその時、喉の奥から強烈な辛みが炎のように上がってきた。

 

「のおおおおおおおお!」

 

 そのあまりの辛さに、俺はコンクリートの地面に両膝をついて、大量の汗をかきながら悶え苦しむ。

 

「あわわわわ」

 

 その余りの状況を見て、夏海ちゃんをはじめ、三人が固まっている。

 

「……なぁ、店員さん。この麻婆豆腐ってもしかして、ヤバネロ使ってる……?」

 

「名前はわからないけど、この島特産の唐辛子を使ってるわ」

 

「だから、それがヤバネのおおおおおおおお!」

 

 辛さが引いたと安心させといて、第二波が来た。

 

「なあ、ヤバネロは本気でヤバいから、使ってるなら使ってるって明記した方が良いと思うぜ」

 

「わかった。次からそうする」

 

 良一と店員さんが話をしているみたいだけど、俺の耳には何も入ってこない。

 

「それより、羽依里さんが! 羽依里さんが!」

 

「さっきからのおお、しか言ってないしな」

 

「滝のように汗をかいているぞ。どうする?」

 

「だ、誰か水を」

 

 俺は声を振り絞って水を求める。しかし、ここは港。水はあるにはあるが、海水しかない。

 

 このままだと喉を焼き切られそうだった。

 

「そうだ羽依里、パージだ! Tシャツを脱げ!」

 

 その時、良一の声が聞こえた。俺は必死に意識を保ちながら、Tシャツを脱ぐ。

 

「ぶわっ!?」

 

 直後、どこからか水弾が飛んできた。

 

『そこの露出狂。速やかに服を着ろ』

 

 そして、鉄塔から聞き慣れたのみきの声。

 

 そうか。この手があったか。

 

 俺はもちろん服を着ることはせず、もっと撃てとばかりにのみきにアピールをする。

 

『ほう。あくまで着るつもりはないんだな。思い知れ』

 

 次の瞬間、矢継ぎ早に水弾が飛んできた。俺はその全てを全身で受け止める。結構な威力だけど、今の俺にとっては最高の回復魔法だった。

 

 

 

 

 その後も何発の水弾を浴びて、ようやく辛さが多少落ち着いた。

 

 俺はTシャツを着こみ、鉄塔にいるであろうのみきに向け、最高の笑顔でサムズアップをしておいた。

 

 ちなみに、そんな騒動をしているうちに、先の集団はどこかへ行ってしまったみたいだ。

 

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 

「羽依里さん、大丈夫ですか?」

 

 帰宅した後も、規模は小さいながらも辛さの波が幾度となく襲ってきた。

 

「……うん。夏海ちゃんが食べなくて本当に良かったと思うよ」

 

「唇真っ赤ですよ? 牛乳持ってきましょうか?」

 

「そうだね。トウガラシの辛み成分は牛乳で消せるはずだし、お願いしていいかな」

 

 その後、夏海ちゃんから牛乳を貰って飲んでみたけど、牛乳成分に抵抗するかのように、逆に辛さが強くなった気がする。ヤバネロ恐るべし。

 

「の、おおお……」

 

「ほ、本当に大丈夫ですか?」

 

「う、うん。ちょっと横になってれば良くなると思う」

 

 俺はそう言い、少し居間で横になって休むことにした。

 

「うう、やっぱりヤバネロはヤバヤバなんですね」

 

 夏海ちゃんの憐れむような声を最後に、俺は半ば気絶するように眠りに落ちていった。

 

 

 

 

「おかーさーん、みてー!」

 

「ちゃんと見てるわよ」

 

「すべるよー!」

 

 ……誰だろう。小さな女の子がウォータースライダーを滑ってる。

 

「わーーーーーーーー!」

 

 ……元気よくプールに着水した後、満面の笑みを浮かべながら水の中から出てきた。

 

 ……それにしてもこのウォータースライダー、手作り感満載だな。

 

 ……でも、楽しそうだった。

 

 さすが、皆で作っただけある……。

 

 

 

 

「……はっ」

 

 なんだろう。何か夢を見ていた気がするんだけど。

 

「あ、羽依里さん、起きましたか?」

 

 体を起こすと、ちょうど夏海ちゃんがお湯の入ったカップうどんを持って居間にやってきているところだった。

 

「あまりに起きないので、先にお昼ごはん食べようかと思っていたんです」

 

「え、お昼?」

 

 身体を起こして壁の時計を見ると、ちょうど12時半だった。どうやら、結構な時間寝てしまったらしい。

 

「体調が戻っていたら、羽依里さんもカップうどん食べますか? 鏡子さんが新しい味をいろいろ買ってきてくれたみたいですよ」

 

「それじゃあ、一つ食べておこうかな」

 

 正直辛さが完全に抜けたわけじゃないし、そこまで食欲はないけど。無理してでも食べておかないとお昼から大変そうだし。

 

 起き上がって台所に行く。真新しい袋が置いてあったので、その中からごぼ天うどんをチョイスして、お湯を入れてから居間に戻る。

 

「あ、やっぱり後乗せサクサク派なんですね」

 

 ふたの上にごぼ天を乗せてやってきた俺を見て、夏海ちゃんが言う。

 

「そう言う夏海ちゃんも、相変わらずのびたびた派なんだね」

 

 俺と同じごぼ天うどんが食卓の上に置いてあったけど、そのふたの上にごぼ天の姿はない。つまりはそういうことだろう。

 

「何度も言いますけど、このおつゆを限界まで吸った感じが良いですよ。では、いただきまーす」

 

 もう三分経ったみたいだ。夏海ちゃんは手を合わせた後、一足先に食べ始める。

 

「そうです。びたびたのごぼ天、一口食べてみませんか? ハマりますよ?」

 

「えーっと……」

 

 一瞬考えたけど、せっかく夏海ちゃんがそう言ってくれてるんだし。

 

「それじゃ、一口だけもらおうかな」

 

「はい! あーんしてください!」

 

 夏海ちゃんは自分の器からごぼ天をつまみ上げると、片手を添えながら俺の方に差し出してくる。

 

「え?」

 

 なんか唐突に来たんだけど。

 

「早くしてください! 崩れちゃいますよ!」

 

「あ、うん、じゃあ。あーん……」

 

 躊躇する暇もなく、夏海ちゃんからびたびた仕様のごぼ天を食べさせてもらう。

 

「あ、美味しいかも」

 

「ですよね。ですよね」

 

 本当にしっかりとおつゆを吸っていたごぼ天は、サクサクの時とはまた違った食感で美味しかった。

 

 でも、今のって……。

 

「これを期に羽依里さんも是非、びたびた派になってくださいね!」

 

 夏海ちゃんはご機嫌な表情で、ずずーっとうどんをすすっていた。特に気にしてないみたいだし、いっか。

 

 その後、俺もきっちり三分待ってから、ごぼ天を浸しながら食べた。うーん、やっぱりサクサクも捨てがたい。

 

 

 

 

 お昼ご飯を済ませた後も、なんとなく口の中がひりひりしていた。おのれヤバネロ。まだ抗うか。

 

「ねぇ夏海ちゃん、駄菓子屋に行かない?」

 

 なんとなく口の中を冷やしたくて、夏海ちゃんにそう提案する。

 

「いいですよ。かき氷でも食べに行きます?」

 

 夏海ちゃんも俺の様子を察したのか、そう返事を返してくれた。

 

「そうだね。今日は練乳かけてもらいたいかな」

 

 そんな話をしながら準備をして、俺たちは駄菓子屋に向けて出発した。

 

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 

 駄菓子屋に到着してみると、ものすごく賑やかだった。

 

「あれ?」

 

 見ると、店の前に凄い人だかりができている。

 

 どうやら、午前中に港で見かけた集団が駄菓子屋を訪れているみたいだ。

 

「蒼ちゃん、かき氷11個。イチゴが4つ、そのうち2つに練乳多め、メロンが3つ、うち1つに練乳、ブルーハワイが3つ、レモンが1つです」

 

「ごめん、ちょっと紙に書いてもらって。覚えられない……」

 

 どうやらかき氷の大量注文を受けているらしい。店の中では、空門姉妹がてんやわんやしていた。

 

「それにしても、どれも同じ味なんだから、シロップいちいち分けなくても良くない?」

 

 身もふたもない会話も聞こえてくる。大丈夫なんだろうか。

 

「おっ、スーパーボールがあるじゃないか。これは懐かしいな」

 

「すこんぶください、なのですー!」

 

「やはは。来るべき戦いに備えて、ビー玉補充しておくのもいいかも」

 

「おお、ニッキ水にかばやき太郎、ベイビースター。子供の頃、よく食べていたな」

 

「ビッグカツがあるぜ。箱買いして、皆で食おうぜ!」

 

 ざっと見、10人以上いるだろうか。年の感じは俺たちと同じくらいだけど、何というか、ひたすらに騒がしかった。

 

「皆、きちんと並ばなきゃ! 店員さんも困ってるよ!」

 

 ひ弱そうな少年が必死に場を取りまとめようとしているけど、どうもうまくいっていないみたいだ。ほとんど無法地帯だった。

 

「駄菓子の金額はそれぞれ箱の所に書いてあるので、この籠に代金を入れてください!」

 

 藍がカウンターの前に籠を出していた。そして、反対の手にはイチゴとブルーハワイのシロップを持っていた。

 

「藍ーーー! 予備の氷、冷凍庫から出してーーー!」

 

 蒼も必死にかき氷器を回しながら、叫んでいた。ものすごくきつそうだ。

 

 

 

「……羽依里さん、お二人とも、なんだかすごく大変そうなんですけど」

 

「うん。これはしばらく近寄れそうにないね。ちょっと向こうで待っていよう」

 

「え、手伝わなくていいんですか?」

 

「……ここは素人が手を出していい状況じゃないと思うんだ」

 

「そ、それはそうですけど……」

 

 夏海ちゃんは何とも言えない表情で駄菓子屋の方を見ていた。

 

「いいから、こっちに隠れていよう。危なそうだし」

 

 その後、俺たちは謎の集団がいなくなるまで、電柱の陰に隠れていたのだった。

 

 

 

 

「くーださーいな」

 

 謎の集団が立ち去ったのを見計らって、何食わぬ顔で駄菓子屋に入る。

 

「ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ……」

 

 見ると、奥のふすまが開け放ってあり、蒼が座敷で仰向けに倒れていた。藍は疲れた顔でカウンターに腰を下ろして、先程の売り上げを確認をしている。

 

「二人とも、大変だったみたいだな……」

 

「み、見てたんなら手伝いなさいよ……」

 

「いや、下手に近づかないほうが身のためだと思って」

 

「どういう意味よ!」

 

 蒼ががばっと起き上がる。というか蒼、スカート履いてるんだからそんな勢いよく起き上がらないで。危ないから。

 

「でも、今日はかなりの売り上げがあったんじゃないか?」

 

「そりゃあ、正直数日分の売り上げだけど。なんだったのかしら、あの人達」

 

「ある意味営業妨害じゃないですか? 嵐のように去っていきましたけど」

 

 その時、売り上げ計算を終えたらしい藍が、二本のラムネを持ってこっちにやってきた。

 

「蒼ちゃん、お疲れ様です」

 

「ありがと、藍」

 

 蒼は藍からラムネを受け取り、その栓を抜こうとするけど……。

 

「あいたたた……」

 

 蒼は右手を押さえながら、苦悶の表情を浮かべる。どうやら、かき氷器を回しすぎたらしい。

 

「どれ、貸してみろ」

 

 俺は蒼からラムネを受け取り、代わりに栓を抜いてやる。

 

「ありがとねー」

 

 蒼は笑顔でラムネを受け取り、ごくごくと美味しそうに飲んでいた。

 

「すごい汗かいてるけど、大丈夫か?」

 

「そりゃあ、あれだけかき氷作ったらねー。手動が一番おいしくできるっていうけど、さすがに疲れたわよー」

 

 蒼は自分の腕を揉みながら、心底疲れた顔をしている。

 

「あー、それにしてもこれ、明日絶対筋肉痛になりそう」

 

「ものすごいトレーニングになったろ?」

 

「天善みたいなこと言わないでくれる?」

 

「それでさ、蒼に一つお願いがあるんだけど」

 

「え、何?」

 

「ラムネ飲んだ後で良いからさ、俺と夏海ちゃんにもかき氷作ってもらえないか?」

 

「……あんた達、まだあたしをこき使う気?」

 

 さっきの話聞いてなかったの? みたいにジト目で睨まれてしまった。だけど、俺も今日は譲れない。未だ喉の奥でくすぶっているこのヤバネロを、早くなんとかしたい。

 

「頼むよ」

 

「はぁ……しょーがないわね。ふたつで200円よ」

 

 もはやお約束を言う気力も残ってないみたいだ。

 

「だけど、本当にもうちょっとだけ休ませて」

 

「わかった。夏海ちゃんとベンチに座って待ってるから、復活したら声をかけてくれ」

 

「りょーかい」

 

 

 

 

 その後、十五分ほどで蒼が復活したので、改めて練乳多めの氷イチゴを注文した。

 

 しゃこしゃこと氷を削る音が響く中、周りを見てみる。

 

 さっきの集団、駄菓子屋の前でも結構騒いでいたみたいだけど、ゴミはきちんと持って帰ったみたいだし、良識はあるみたいだ。

 

「はい、氷イチゴの練乳多め、お待たせー」

 

 その時、ふたつのかき氷をおぼんに乗せて、蒼がやってきた。普段はおぼんなんて使わないのに、本当に右手に力が入らないらしい。

 

「蒼さん、ありがとうございます」

 

 二人で氷イチゴを受け取って、口に運ぶ。うん。この甘さがヤバネロの辛さを浄化してくれてる気がする。

 

「くーださーいなー」

 

 その時、鴎がやってきた。

 

「あ、いらっしゃーい」

 

「例のアレ、入荷してますか?」

 

「ちゃんと届いてるわよー。2つで良かったのよね?」

 

「うん!」

 

 視界の隅で、鴎が蒼から赤黒いパッケージのお菓子を受け取っているのが見えた。

 

「鴎、それなに?」

 

「三角形の秘密、ヤバネロ風味」

 

「ヤバ……」

 

「期間限定販売なんだって。気になっちゃって」

 

「もしかして、それをわざわざ通販代行で買ったのか?」

 

「そうだよー」

 

 よりによって、ヤバネロ風味を……。

 

「鴎、頑張れよ」

 

 ヤバネロの恐ろしさを知っている身として、そう声をかけてやることしかできなかった。

 

「え、何が?」

 

「いや、なんでもない」

 

 鴎が首をかしげながら、ヤバネロ味の三角形の秘密をスーツケースへしまっていた。

 

「そうだ。せっかくだし、私もかき氷食べて行こうかな」

 

 鴎は俺と夏海ちゃんが食べているかき氷を見ながら、そう呟いた。

 

「あおちゃん、氷メロン一つ! 練乳多めで!」

 

「は?」

 

 蒼はまるで藍みたいな声を出していた。顔もひきつってるし。

 

「ちょ、ちょっと待っててねー」

 

 慌てて取り繕って、代金を受け取ってかき氷器へと向かう。頑張れ、蒼。

 

 

 

 

「くーださーいな」

 

 直後に、良一と天善もやってきた。

 

「蒼ー、かき氷食べさせてくれー。氷レモンで」

 

「俺にも氷イチゴを貰えないか?」

 

「ほいほーい」

 

 今度は蒼はこっちに振り向くこともなく、注文を受けていた。諦めの境地というか、投げやりになったというか。

 

 それにしても今日に限って、やけにかき氷の注文が多い気がする。

 

 

 

 

「くーださーいなー」

 

 それからほとんど時間を開けずに、紬と静久もやってきた。

 

「アオさん、みぞれをお願いします!」

 

「こっちは氷すいをもらえるかしら」

 

「うああああーー……」

 

 二人も当然のようにかき氷を注文した所で、蒼が声にならない叫び声をあげていた。さすがに可哀想になってきた。

 

 

 

 

「くーださーいな」

 

 紬たちにかき氷を提供した直後、しろはまでやってきた。

 

「え、なんでこんなに人が多いの」

 

 しろはが驚くのも無理はない。店の前のベンチには紬と夏海ちゃんと静久が座り、その隣に置かれたスーツケースの上に鴎、少し離れた路上に良一と天善と俺がいる。まさに大集合だった。

 

「あ、もしかしてしろはもかき氷ー?」

 

 蒼ってば、笑ってるんだけど笑ってない気がした。たぶん、心の中で泣いてる。

 

「ううん。スイカバーを買いに来たの」

 

「ああ、スイカバーね。アイスケースから取っていいわよ」

 

 蒼が安堵の表情をして、カウンターに座り込む。

 

「そういえばしろはちゃん、いつもこの時間にスイカバー買いに来ますね」

 

 アイスケースを覗き込むしろはの元へ藍が寄っていって、そんな話をしていた。

 

「うん。食堂の開店準備をする前に、スイカバーを一本食べてから食堂に行くのが日課なの」

 

 まるで栄養ドリンクだった。

 

 まぁ、しろはにとっては、スイカバーは栄養ドリンクみたいなものなんだろうけど。

 

「そういえばしろは、今日のログインボーナス、スイカバーだったぞ」

 

 がさごそとアイスケースを漁るしろはに、そう教えてあげる。

 

「え、そうだったの?」

 

「ああ、家の冷蔵庫に入れてるから、今度食べに来ないか?」

 

「うん。そうする」

 

 しろははそう言うと、アイスケースを閉じる。

 

「じゃあ、今日は久しぶりにかき氷にしておこうかな。蒼、ブルーハワイお願い」

 

「うそ……あのしろはまで、かき氷だなんて……」

 

 安心しきっていたところに不意打ちを食らった蒼は、ショックのあまり天を仰いでいた。

 

「え。私、何か悪いことした?」

 

「ううん。なんでもないのよー」

 

 蒼はしろはから100円を受け取った後、がっくりとうなだれながら、かき氷器の方へと向かっていった。

 

「蒼ちゃん」

 

 その時、そんな蒼に藍が近づいて行って、優しく声をかける。

 

「……もしかして藍、氷削る役を代わってくれるの?」

 

「いえ、私も宇治金時をもらえますか?」

 

「さっきラムネ飲んでたでしょーーー! なんでわざわざかき氷注文するのよーーー!?」

 

 本日何度目かわからない、蒼の絶叫が響き渡った。

 

 ちなみに本日出たかき氷は、なんと20杯。予備の氷まで使い果たしてしまったらしい。

 

 

 

 その後、食堂の準備があると言ってしろはが去っていき、残った俺たちは、結局夕方近くまで駄菓子屋で過ごしていた。

 

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 

「ただ今戻りましたー」

 

 皆と別れて、加藤家に帰宅する。一応声をかけてみるけど、鏡子さんの姿は無かった。

 

 のみきも駄菓子屋に顔を見せなかったことから察するに、何か重要な寄合でも開かれているんだろうか。

 

「夏海ちゃん、少し時間もあることだし、家事を済ませてしまわない?」

 

 そして時間があったので、夏海ちゃんと二人で家事をこなすことにした。

 

「そうですね! せっかくですし、ちゃちゃっと終わらせてしまいましょう!」

 

 夏海ちゃんは言うが早いか、サンダルを履いて庭に出て、洗濯物を取り込み始めた。

 

 俺はその間に、風呂や洗面台をはじめとした、水回りの掃除をする。

 

 ついでに廊下もお米のとぎ汁で磨いて、ピカピカにしておいた。確か、紬に教えてもらった知恵だった。

 

「……よし、こんなもんかな」

 

 台所のシンクをきれいに掃除したところで、時計を見ると18時を回っていた。

 

 夏海ちゃんの方はというと、ちょうど冷蔵庫の整理が終わったようだった。

 

「夏海ちゃん、今日はこのくらいにして、そろそろ晩ごはん食べに行こうか」

 

「はい! ちょうどお腹が空いてきたところだったんです! 行きましょう!」

 

 頷くが早いか、夏海ちゃんはすぐに表へ出ていく。

 

 俺もその後を追って、玄関へと向かう。

 

 ……その時、電話が鳴った。

 

「あれ? 誰だろう」

 

 俺はきびすを返し、受話器を取る。

 

「もしもし、加藤ですが」

 

「……あ、羽依里?」

 

 受話器の向こうから聞こえてきたのは、しろはの声だった。

 

「そこに夏海ちゃんいる?」

 

「うん、いるけど」

 

「お願い、今すぐ夏海ちゃんと一緒に食堂に来て」

 

「ちょうど今から行こうと思っていたところなんだけど……なんかあったのか?」

 

「大変なの!」

 

「わ、わかった。すぐに行くよ」

 

 俺は受話器を置くと、急いで外に出る。

 

「羽依里さん、どうしたんですか?」

 

 いつもと違う様子を感じ取ったのか、夏海ちゃんが心配そうに声をかけてきた。

 

「よくわからないけど、しろはの食堂が大変らしい」

 

「え」

 

「それで、夏海ちゃんにも一緒に来てほしいんだって」

 

「わ、わかりました! 急ぎましょう!」

 

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 

 夏海ちゃんの走るスピードに合わせながらも、できるだけ急いでしろは食堂に到着した。

 

「しろはー」

 

「しろはさーん!」

 

 名前を呼びながら扉を開けて、俺たちは驚愕する。

 

 店内は、これまで見たことないくらいの大勢のお客さんで埋め尽くされていた。

 

 カウンター席は元より、普段は使うことのない座敷まで解放していたけど、そこもいっぱいだった。

 

 お客さんの顔を見た感じ、昼間駄菓子屋にいた集団らしかった。

 

「は、はい、かつ丼ふたつ、おまちどうさま。他のはその、もうちょっと待って」

 

 そんな中、座敷の一番近くに座る青年二人へ、しろはが料理を提供していた。

 

 もしかしなくても、この大人数からの注文をしろは一人で受けているんだろうか。いくらなんでも無理がある。

 

「あ、羽依里、夏海ちゃん!」

 

 その時、俺たちの存在に気が付いたのか、しろはが表情が明るくなる。

 

「しろは、これは一体どうしたんだ? 大変な騒ぎじゃないか」

 

 ぎゅうぎゅう詰めのカウンターの僅かな隙間を見つけ出し、その中のしろはと会話する。

 

「うん。急にたくさんのお客さんが入ってきたの。とりあえず、注文は取ったんだけど」

 

 しろはのメモを見せてもらう。さっき提供したかつ丼には横線が引いてあったけど、その他にもすごい数の注文が入っていた。

 

「冷やし中華3つ、牛丼、親子丼A、親子丼B、エビフライ定食にコロッケ定食、活け造り定食……」

 

 これだけの料理を一度に提供するには、色々なものが足りなさそうだった。明らかに、この食堂のキャパシティを超えてる。

 

「しろはさん! 手伝います!」

 

 その時、状況を察した夏海ちゃんが予備のエプロンをつけて、厨房の中に飛び込んでいった。頼もしい限りだった。

 

「ありがとう。揚げ物をしてるんだけど、活け造り定食も作らなくちゃいけなくて。夏海ちゃんは油の様子を見ていてもらえるかな」

 

「わかりました!」

 

「後、冷やし中華の麺も茹でないといけないの。隣のコンロで良いから、お湯を沸かしてほしいんだけど」

 

「はい! この鍋ですか?」

 

「うん。お願い!」

 

 ここの厨房で何度かしろはにチャーハンを習ったというだけあって、夏海ちゃんも勝手知ったるといった感じだった。

 

 料理のできない俺が厨房に入るわけにもいかないし、他の誰かに応援の電話を……とも考えたけど、思えば今は夕食時だ。さすがに電話して回るわけにもいかない。

 

 

「見ろよこのカツ。すげぇうまそうだ」

 

「本当ですネ。私も親子丼じゃなくてかつ丼にすれば良かったかなー」

 

「こら葉留佳。店員さんに迷惑がかかるから、冗談でもそんなこと言わないの」

 

「わ、わかってますヨ。もう、おねーちゃんは厳しいなぁ……」

 

 例の集団は雑談に花を咲かせてはいるものの、料理が遅いからと怒っている様子はなかった。

 

 でも料理が遅くなってるのは事実だし、店主の彼氏として、せめて謝っておかないと。

 

「すみません。食事の提供が遅くなってしまって」

 

「ほら、葉留佳が変なこと言うから、店員さんに気を使わせちゃってるじゃない」

 

「えええ、ごめんなさい。そんなつもりじゃなかっただけど」

 

 なんかそっくりな髪飾りをした女の子二人が逆に謝ってきた。顔もそっくりだし、双子なんだろうか。

 

「俺たちこそ、大勢で押しかけて悪かった。まさか、女性一人で切り盛りしている食堂だとは知らなくてな」

 

 そう言って謝ってきたのは、茶色い髪の青年だった。どうも彼がこの集団のリーダーらしい。

 

「……って、羽依里じゃないか」

 

「え?」

 

 その青年に急に名前を呼ばれた。反射的に顔をよく見てみると、格好こそ違うけど、見覚えがあった。

 

「……もしかして、以前港にいた飴細工屋!?」

 

「ああ、あの時は世話になったな」

 

 ……俺何かしたっけ。確かに飴細工を買った記憶はあるんだけど、あの時話した内容とか、ほとんど覚えてない。

 

「約束通り、野球の試合をしに来たぜ」

 

 ……え、なんの試合だって?

 

 周りが騒がしくて、良く聞き取れなかった。

 

「こ、これは一体どうした?」

 

 その時、入口の方からのみきの声がした。ごった返している食堂を見て、驚いている。

 

 この状況だし、悪いけどのみきの相手をしている余裕はなかった。

 

「のみき、どこか空いてる席に座って待っていてくれ!」

 

「あ、空いてる席と言われても……」

 

 そう言いながら、のみきは目を泳がせていた。

 

「お嬢ちゃん、ここ空いてるぜ」

 

「お、おじょ……」

 

「能美に来ヶ谷、悪いがもうちょっと詰めてくれないか?」

 

「うむ。歓迎しよう」

 

「こちらにどうぞなのですー」

 

 座敷に座っていた背の高い黒髪の女性と、亜麻色の髪の女の子が少しずつ横に詰めて、のみきの座るスペースを確保してくれた。

 

「あ、ああ。すまないな」

 

 亜麻色の髪の子と茶髪の青年の間に座ったのみきは、そのまま質問攻めにされているようだった。

 

「羽依里! 配膳手伝って!」

 

「お願いします!」

 

 その時、カウンターの向こうからしろはと夏海ちゃんに呼ばれた。

 

 とりあえず、今は食事を提供することに注力することにしよう。

 

 俺は料理はできないけど、配膳くらいは手伝わないと。

 

 

 

 

「羽依里、コロッケ定食あがったよ!」

 

「こっちも冷やし中華完成しました!」

 

「よし、コロッケ定食のお客様!」

 

「はーい、私でーす!」

 

 ライトブラウンの髪を特徴的な髪飾りでショートボブに纏めた女の子へ、コロッケ定食を提供する。

 

「冷やし中華のお客様!」

 

「それは私だな」

 

 どうやら、さっきの黒髪の女性の分らしい。

 

「悪いのみき、前を通してくれ」

 

 手際よく座敷に上がり、冷やし中華を配膳する。

 

 なんだかんだで、俺もウェイター姿も板についてきたような気もする。

 

 ゆくゆくしろはと結婚したら、こんな風に家族で食堂を切り盛りしてもいいかもしれない。そうなったら俺も、せめてチャーハンくらいはできるようにならないと。思い出の味だし。

 

「羽依里さん、親子丼Bも完成です! 配膳お願いします!」

 

 ……って、俺は何を考えてるんだろう。変な妄想してないで、今はしっかり手伝わないと。

 

「よしきた! 親子丼Bのお客様!」

 

 夏海ちゃんが加わったことにより作業効率が上がったのか、続々と料理が完成していく。

 

「ほう。野村はこの島の執行部の取り仕切っているのか」

 

「小さな風紀委員みたいなものですネ」

 

「いや、そんな大したものじゃないぞ」

 

「それでも、みきちゃんはすごいですよー」

 

「えっへん……」

 

 そんな中、のみきは変わらず質問攻めにされていた。悪いけどのみき、もうちょっと頑張ってくれ。

 

「はい、牛丼のお客様!」

 

「お、サンキュー」

 

 出来立ての牛丼を茶髪の青年へ提供する。子供っぽい笑顔を浮かべて、割り箸を手に取っていた。

 

「ところで、お前たちは何の集まりなんだ?」

 

 青年の近くに行ったついでに、何の気なしに聞いてみた。

 

「俺たちか?」

 

 茶髪の青年は一度持ち上げたどんぶりと箸を置いて、俺の方をじっと見つめ返してきた。

 

「俺たちは……リトルバスターズだ!」

 

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 

 その場の全員が食事を終えたのは、それから1時間も経った頃だった。

 

 ようやく戦争のような時間が終わり、俺は食後のお茶を配りながら、ずっと気になっていたことを聞いてみた。

 

「……ところであの、リトルバスターズって?」

 

「ああ、俺たちのチーム名みたいなものだな」

 

 熱々の緑茶をすすりながら、茶髪の青年が答えてくれる。

 

「つ、疲れた……」

 

「終わりましたー」

 

 そしてその時、簡単に片づけを終えたしろはと夏海ちゃんも合流してきた。

 

「……ちょうど揃ったな。鷹原、せっかくだし、お互いに自己紹介をしてはどうだろう」

 

「そうだな。そうしようか」

 

 なりゆきでだいぶ砕けて話をしていたけど、正直初対面だし。自己紹介はしておかないと。

 

 というわけで、のみきを皮切りに、俺、しろは、夏海ちゃんと順番に自己紹介を済ませる。

 

「羽依里に、その彼女のしろはに、親戚の夏海に、執行部ののみきだな。よし、覚えたぜ」

 

 赤いシャツの上に学ランを着た筋骨隆々の青年が、指折りながらそう言っていた。

 

「じゃあ、今度は俺たちが自己紹介をする番だな。お前たち、並んでくれ」

 

 茶髪の青年の合図で、各々の場所に座っていたリトルバスターズのメンバーが整列した。こうやってみると、ものすごく個性的なメンバーだった。

 

「まずは俺からやろう。俺は棗恭介。リトルバスターズのリーダーをやっている」

 

 やっぱり彼がリーダーらしい。言われてみれば、いかにもリーダーといったオーラをまとっている。

 

「で、こっちが次期リーダー候補の理樹だ」

 

「いやいやいや、そんな紹介のされ方困るからっ」

 

「本当のことだし、別に良いだろ。いいから理樹、挨拶しろ」

 

「とほほ……えっと、直枝理樹です。その、よろしくお願いします」

 

 見た感じ、普通の少年のように見える。特徴のないのが特徴というか。顔立ちも中立だし。なんとなく、恵を思い出した。

 

「で、こっちが井ノ原真人。リトルバスターズの筋肉担当だ」

 

「井ノ原真人だ。真人でいいぜ」

 

 どうやら、赤いシャツの上に学ランを羽織っていた青年は、真人というらしい。

 

「すごい筋肉だな」

 

 つい、そんな感想が口から出ていた。

 

「お、さすが目の付け所が違うねぇ。オレの筋肉が必要になったら、いつでも言いな」

 

 さっきもかつ丼を食べていたし、身体も鍛えてそうだった。これはいざという時、頼りになるかもしれない。

 

「でも、真人はばかだぞ」

 

 その時、真人の隣にいたポニーテールの女の子がそんなことを言っていた。つまりは筋肉馬鹿ということなんだろうか。

 

「言ってくれるじゃねぇか。触りまくって馬鹿うつすぞ!」

 

「うっさい! 触るな!」

 

「おいおい、頼むから店の中で暴れないでくれよ」

 

 今にも掴みかからんとする二人の間に恭介が割って入り、そうなだめる。

 

「ほら、お前も自己紹介しとけ」

 

 恭介がそのポニーテールの女の子の腕を引いて、俺たちの前に引き出す。

 

「う……な、棗鈴だ」

 

 なんだろう。めちゃくちゃ緊張してるのがわかる。真人とのやりとりは普通だったのに、人見知りするタイプなんだろうか。

 

「えっと、ナナツメリンダさん?」

 

 しろは、外国人になってるんだけど。

 

「ち、違うっ。鈴だ。鈴でいい」

 

「じゃあ、よろしく。鈴」

 

 こくん。と頷いた。同時に髪飾りについている鈴がちりんと鳴った。まるで猫みたいだった。

 

「次に、こっちのジャンパー野郎が宮沢謙吾」

 

「ジャンパー野郎とは、ご挨拶だな」

 

 恭介が言うように、なぜかジャンパーを着ている人がいた。真人程じゃないけど、良い体をしている。

 

 って、何を考えてるんだろう俺。

 

「宮沢謙吾だ。俺のことも呼び捨てで構わない」

 

「謙吾は元剣道部なんだぞ」

 

 鈴がそう言う。元ってことは、今は違うんだろうか。

 

「あの、なんで夏なのにジャンパーなんですか? 暑くないですか?」

 

 そこで、夏海ちゃんが当然の疑問を投げかけていた。袴の上にジャンパー。色々と季節を間違えているような格好だった。

 

「確かに暑い。だが、その程度で俺のリトルバスターズへの熱い思いは揺るぎはしない!」

 

 びしっ、と背中を向ける。そこには大きな猫のイラスト共に『Little Busters!』と書かれていた。

 

「謙吾ってば、そのジャンパーを徹夜で作ってたもんね」

 

「おうとも!」

 

 え、あのジャンパーってもしかして手作り? 手作りなの?

 

 よくわからないけど、この話題は下手に掘り下げないほうが良さそうだった。

 

「やはは。謙吾くんは真人くんとベクトルの違うバカですからネ」

 

「こら。貴女が他人を馬鹿言わないの」

 

 そんな謙吾の隣に並んでいた二人は、さっきも少し話をした二人だった。髪型こそ違うものの、やっぱり同じ顔だった。

 

「二人って、もしかして双子?」

 

「ええ。珍しいでしょう?」

 

 いえ、正直そこまで珍しくないです。ほぼ毎日会ってる双子がいますし。

 

「こっちの騒がしい方が、リトルバスターズのトラブルメーカー。三枝だ」

 

 双子の片方を指し、恭介がそう紹介してくれた。

 

「三枝葉留佳ですヨ。好きに呼んでねー、羽依里くん」

 

 左手を軽く挙げながらも、不規則なサイドポニーをその身体と同じように左右に揺らしていた。落ち着きがなさそうなのは、良く分かった。

 

「こっちの愛想がないのが二木だ。リトルバスターズの風紀を担当している」

 

「二木佳奈多よ。葉留佳の姉になるの。呼ぶ時は佳奈多でいいわ。よろしくね。鷹原君」

 

 夏らしく、露出多めの服を着ている葉留佳に対して、佳奈多は長袖の服を着ていた。双子と言っても、服装の好みに関しては結構違いがあるみたいだ。

 

「それで、こっちがリトルバスターズのツッコミ役。西園だ」

 

「西園美魚です。よろしくお願いします」

 

 影が薄いというか、このメンバーの中ではすごく物静かな印象を受ける。青い髪と、それに映えるような赤いカチューシャが特徴的だった。

 

 ……それにしてもツッコミ役っていうのはどういうことだろう。

 

「で、その隣のちっこいのが能美だ」

 

「能美クドリャフカですっ。よろしくお願いしますっ」

 

 亜麻色の髪と、その髪につけられたコウモリの形をした髪留めが印象的な子だった。なんだろう。子犬みたいだった。

 

「こう見えて、クドはクォーターなんだ」

 

「クォーター?」

 

 一瞬何のことかと思ったけど、本人の説明によると、クドの祖父はロシア出身で、祖母が日本人らしい。よってハーフじゃなく、クォーター。ということらしい。

 

「珍しいですよね。驚かせてしまってすみません」

 

「ううん、全然気にしないよ。この島にもドイツ人とのハーフの女の子がいるしね」

 

「わふ? この島にも、そんな子がいるですか?」

 

「うん。しばらく滞在するんなら、近いうちに紹介するよ」

 

「おおー。どんな子でしょーかー。楽しみなのですーっ」

 

 両手を挙げて、喜びを全身で表現していた。ますます犬みたいだった。

 

「それでこっちが……」

 

「来ヶ谷だ。よろしく頼む」

 

 先程冷やし中華を食べていた、黒髪の女性だった。背が高いせいか、かなり大人びて見える。

 

「姉御は、リトルバスターズのお色気担当と言ったところですネ!」

 

「葉留佳君、妙な二つ名をつけるのはやめてくれ」

 

「じゃあ、リトルバスターズのゆいちゃんというのはどうですかー?」

 

 その時、さっきコロッケ定食を食べていた女の子が横から口を挟む。

 

「え、ゆいちゃん?」

 

「うんー。くるがやゆいこだから、ゆいちゃんなのです」

 

 来ヶ谷さんは凛としていて、とてもそんなイメージじゃないんだけど。仲間内では、そう呼ばれてるんだろうか。

 

「いや、決してゆいちゃんではないぞ。鷹原少年、今の発言は忘れてくれ。私のことは、来ヶ谷ちゃんと呼んでくれ」

 

「えー。ゆいちゃんはゆいちゃんなんだよー」

 

「ええい黙れコマリマックス。抱きつくなっ」

 

 口調は嫌そうだけど、抱きつく女の子を無理に振り払うようなことはしなかった。なんだかんだで、仲が良いんだろうか。

 

 その後の自己紹介によると、リボンの女の子は神北小毬さんと言うらしい。

 

 驚いたことに、さっきの来ヶ谷さんとは同級生らしい。明らかに来ヶ谷さんのほうが年上に見えるんだけど。

 

「さしずめ、小毬はリトルバスターズのお菓子担当といったところだな」

 

「食後のキシリトールガムをどうぞー」

 

 確かに、お菓子を配っていた。

 

 

 

 

 というわけで、予想以上に賑やかな自己紹介が終わった。

 

 そして自己紹介の中で、このリトルバスターズという集団は思っていた以上に仲の良い集団だということがわかった。

 

「そうそう、彼らは今日から5日間、この島に滞在するそうだぞ」

 

 のみきがそう言う。散々質問攻めにあっていたし、その時に聞いたんだろうか。

 

「ああ。悪いが、しばらく世話になるぜ」

 

「それは構わないけど……あなたたちはこの島に、何しに来たの?」

 

 しろはが純粋な疑問から、そう聞いていた。

 

「しいて言うなら、野球だな」

 

「え、野球?」

 

「ああ。俺たちリトルバスターズは、野球をするために、この島に来た」

 

 野球とこの島と、どんな関係があるんだろう。

 

「この島に野球チームがあると聞いてきた。ぜひ練習試合をお願いしたい。のみきも役所の関係者なら、調整を頼めないか?」

 

 恭介はそう言いながら。のみきの方を見る。

 

「いや……手伝ってやりたいのは山々だが、島には野球チームなんて無いぞ?」

 

「え……!?」

 

 のみきは言いにくそうにそう告げる。恭介は目を大きく開けて、ショックを受けていた。

 

「水球部ならあるが。野球部は何年も前に解散してしまって、今はないはずだ」

 

「……おいおい羽依里、話が違うぞ?」

 

「え、俺?」

 

 今度は、恭介がすがるような眼で俺を見てきた。それを追うように、その場にいた皆の視線が俺に向けられる。

 

「羽依里がこの島に野球チームがあると教えてくれたから、俺たちはこの島にやってきたんだぞ?」

 

「え、でも俺、そんなこと言った覚えは……」

 

 

 

 

 ーーまず、この島に野球チームはあるか?

 

 

 ーーえ、野球チーム?

 

 

 ーーああ、野球チームだ。

 

 

 ーーたぶんあるんじゃないかな。

 

 

 

 ……よく思い出してみれば、飴細工を作ってもらった時に、そんな話をしたような気がする。

 

「えっと……言った、かもしれない……」

 

「ええー、それじゃ羽依里さん、よく確かめもせずにそんなこと言っちゃったんですか?」

 

「無責任にもほどがあるよ……」

 

 しろはと夏海ちゃんに両サイドから責められる。普段は怒らない二人の言葉だけに、心にグサグサと突き刺さってくる。

 

 でも、リトルバスターズの皆が、俺が良く考えずもせずに発した言葉が発端になってこの島に来てしまったということは間違いないみたいだし。

 

 彼らの苦労を考えると、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 

「……じゃあ責任を取って、俺が野球チームを用意するよ」

 

 俺は思わず、そう言ってしまっていた。

 

「……羽依里、本気か?」

 

「恭介たちはしばらくこの島に滞在してるんだろ? それなら、その間に試合ができるように、俺が野球チームを用意するよ」

 

「いや、俺たちにとっては願ってもない話だが……そんなことが本当に可能なのか?」

 

「そうだよ羽依里、無理な約束はしちゃ駄目だよ」

 

「正直、できるかわからないけど……俺の軽はずみな発言のせいで、リトルバスターズの皆に迷惑をかけてしまったのは事実だし」

 

「いや、鷹原少年。別に我々は迷惑だとは思っていないぞ」

 

「そうですヨ。この島、遊ぶ手段には困りませんからネ」

 

「いや、それでもさ……のみき、島にやってくる旅人は歓待するのが、島の習わしなんだよな?」

 

「まぁ、そうだが……」

 

「なら、俺はリトルバスターズの皆を野球でもてなしてあげたいんだ。俺の大好きなこの島で、悲しい思いをして帰って欲しくない」

 

 野球でもてなすって、なんか変な表現だけど。言いだしたら止まらなくなっていた。

 

 

 

「……すげぇ感動した」

 

「え?」

 

 見ると、恭介は肩を震わせ、涙を流していた。

 

「わかったぜ羽依里。その挑戦、受けて立つ」

 

 恭介が握手を求めてきた。俺も反射的にそれに応じて、がっちりと握手を交わす。どうやら、俺の思いは彼らに通じたみたいだった。

 

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 

「本当に、練習場所は小学校のグラウンドを使わせてもらっていいのか?」

 

「ああ、数日なら問題ないだろう。役所に使用申請を出しておくよ」

 

 その後は、のみきに練習場所の手配をお願いしておいた。野球が出来そうな場所は島に一ヶ所しかないし、リトルバスターズと練習時間を調整する必要がありそうだけど。

 

「それじゃ、俺たちはそろそろ帰らせてもらうとしよう。しろは、代金はいくらだ?」

 

「えっと、全部で6800円になります」

 

 滅多に出さない計算機まで持ち出して、しろはが慎重に計算をしていた。あれだけの人数になると、結構な金額だった。

 

「悪いが、細かいのがないんだ。諭吉でいいか」

 

「はい、諭吉でいいです。えっと、おつりおつり」

 

 どうやら、リトルバスターズの財布は恭介が握っているようだった。しろははカウンター裏から細かいお金が入った袋を取り出して、おつりを渡していく。

 

「しろはさーん、ごちそうさまでしたー!」

 

「美味しかったですヨ!」

 

「また来るぜ!」

 

「しろちゃーん、またねー」

 

「ど、どうも……」

 

 支払いが終わると、リトルバスターズの皆は口々にしろはにお礼を言って、食堂を後にしていく。お礼を言われた本人は気圧されているのか、妙に緊張しているみたいだった。

 

 俺としては、彼女の料理を気に入ってもらえたみたいで、嬉しかったけど。

 

「あ、あの」

 

「む? どうした、しろは君」

 

 その時、最後に退店しようとしていたゆいちゃ……来ヶ谷さんを、しろはが呼び止めていた。

 

「明日の夜も来てくれて構わないんだけど、できればその、何人かに別れて、時間をずらして来て欲しい」

 

「わかった。そう伝えておこう」

 

「それと、うちは夜しかやってないの。朝は港の商店にパンが売ってるし、お昼は港に食堂があるから、そこで済ますといいよ」

 

「そうか。貴重な情報をすまないな。それも伝えておくとしよう」

 

「うん。お願いします」

 

 しろはからの伝言を受け取った来ヶ谷さんが店を出て行って、ようやく静粛が訪れる。

 

「ふう……」

 

 残された四人、糸が切れたようにカウンター席に座り込む。なんと言うか、どっと疲れが出た。

 

「それにしても羽依里、本当にどうするの?」

 

「え、何が?」

 

 テーブルに突っ伏しながら、しろはの質問に応える。

 

「野球チーム。本当にメンバーを集めるの? 道具だってないと思うけど」

 

「そうだよなぁ……」

 

「いや、道具はあるぞ」

 

 そこで唐突にのみきが会話に入ってきた。

 

「え、あるの?」

 

「ああ。運動部としては存在していないが、野球道具なら去年、加藤さんちの蔵から一式出て来たらしい。まとめて小学校の方で預かってもらっているはずだぞ」

 

 まさかの所から野球道具が出てきた。そういえば去年の夏に蔵を整理した時、色々なものが出てきた気もする。ビリヤード台とか。

 

「そっか。なら、道具の問題は解決だな……」

 

「しかし鷹原、しろはと同じ言葉を言うようだが、本当に野球チームを作るつもりなのか?」

 

「一度言ったことを変えるつもりはないよ。鷹原に二言はない」

 

「鴎みたいなこと言わないでよ」

 

「それで出来ることなら、しろはたちにもメンバーに入って欲しいんだ」

 

「え、私たちも?」

 

「うん」

 

 最悪メンバーだけでも揃えて、形だけでも彼らと試合をしたい。それが礼儀だと思うし。

 

「お願いできないかな」

 

「うーん……」

 

 しろはは困った顔をしている。

 

「今日や明日でメンバーを揃えて、それから練習して、数日後には試合をするとか、無計画で、めちゃくちゃな話だと思うけど」

 

 しろはは冷静に状況を分析していた。確かに、相手の実力も分からないのに急造チームで試合を挑むとか、無謀も良いところだ。

 

「……でも、いいよ」

 

「え、いいの?」

 

「うん。いいよ。そういうのも、夏休みっぽいし」

 

「ありがとう、しろは」

 

 まさか、ここで快諾してもらえるなんて。俺は思わずしろはの手を取っていた。

 

「べ、別に羽依里のためじゃないし。羽依里が言ったみたいに、私もこの島が好きだから、あの人たちに悲しい思いをして帰って欲しくないだけ」

 

「それでも、ありがとう」

 

「う、うん……えっと、運動とかそこまで得意じゃないけど、頑張るから」

 

「ああ、よろしく頼む」

 

「あの、私もやりたいです!」

 

「ありがとう、夏海ちゃん」

 

 続いて、夏海ちゃんも参加表明をしてくれた。俺を含めると、これで3人目だ。

 

「のみきは? 忙しいだろうし、無理にとは言わないけど……」

 

「……ずるいぞ。この流れで私が断れば、一人だけ悪者じゃないか。あまり自信はないが、協力させてもらうよ」

 

「ありがとう、のみき」

 

 俺はのみきの手を握って、お礼を言う。

 

「あ、ああ。構わない……ぞ」

 

 のみきは視線を泳がせて、どことなく恥ずかしそうにしていた。なんでだろう。

 

「三人とも、本当にありがとう」

 

 俺は改めてお礼を言って、頭を下げる。

 

「羽依里、安心しちゃだめだよ。まだまだ人数は足りてないんだからね?」

 

「ああ。明日のラジオ体操の時にでも、皆にお願いしてみるよ」

 

 今現在で4人。野球は9人必要だから、残りは5人。皆の力を借りることができれば、行けそうな気もした。

 

「ところでしろは、その……」

 

 光明が見え、少し安堵したタイミングで、のみきが申し訳なさそうに切り出す。

 

「非常に言いにくいんだが、私も食事を注文していいか……?」

 

「えっ?」

 

 そう言えば、リトルバスターズの皆へ食事を提供するのにいっぱいいっぱいで、のみきからの注文を受けてなかった気がする。

 

 同時に、俺と夏海ちゃんも急に空腹を覚える。そういえば俺たちも食べてなかった。

 

「そうだしろは、俺と夏海ちゃんにも何か作ってくれないか?」

 

「私もコロッケ定食が食べたいです!」

 

 食堂の壁にかけられた時計を見ると、既に20時近くになっていた。これはお腹が空くわけだ。

 

「……ごめん。今日は、もう材料がないの」

 

「なに?」

 

「え」

 

 のみきと夏海ちゃんが驚愕の表情を浮かべたまま固まってしまった。

 

 確かに、あれだけの料理を提供したら、店の食材を全て使い切ってしまっても不思議はないけど。

 

「じゃあ、俺たちの晩ごはんは……?」

 

「……ごめん。無理」

 

 しろはが俺たちに向けて手を合わせてきた。精一杯の誠意を表してくれているみたいだ。

 

「そ、そうか……それなら、いつまでも食堂に居るわけにもいかないな。帰って鴎にお茶漬けでも作ってもらうことにするよ」

 

「うん。ごめんね」

 

「いや、また今度よろしく頼む」

 

 のみきはそう言いながら、食堂から去っていった。

 

「それじゃしろは、俺たちも帰るよ」

 

「うん。何のお返しもできないけど、二人とも、手伝ってくれてありがとう」

 

「いいよ。気にしないで」

 

「はい! 私も楽しかったです!」

 

 入口まで見送ってくれたしろはとそう言葉を交わして、俺たちは加藤家へと帰宅した。

 

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 

 加藤家に帰宅した後、昨日お土産用に買っていおいたミックスジャムサンドと、冷蔵庫のあんぱんを夏海ちゃんと二人で食べた。

 

 夜もまたカップうどんというのも考えたけど、さすがに二食続けてインスタント食品というのはどうかと思うし。

 

 

 

「このジャムサンド、おいしいですねぇ」

 

「うん。なんというか、今まで食べたことのない味だね」

 

 色とりどりのジャムが挟んであるサンドイッチは、一つとして同じ味がなく、飽きが来なくて美味しかった。

 

 その後はお風呂に入って、少し早いけど部屋で休むことにした。

 

 夏海ちゃんも食堂を手伝って疲れたのか、お風呂を済ませたら、すぐに部屋の方に行ってしまったし。

 

 俺も知らず知らずに気疲れしていたのか、自室に戻って横になると、一気に眠気が襲ってきた。

 

「明日のラジオ体操の時、忘れずに皆を野球チームに勧誘しないと……」

 

 俺はそんなことを考えながら、眠りに落ちていった。

 

 

二十八話・完




第二十八話・あとがき


おはこんばんちわ。トミー@サマポケです。

天使の麻婆豆腐でのヤバネロネタなどありましたが、今回のメインイベントはなんと言っても、リトルバスターズの来島です。

いわゆるクロスオーバーと言うやつです。今回から8/22までの間、鳥白島の皆と交流する予定です。

リトルバスターズ関係のネタは、それなりにキャラを知っていればわかるような内容にしていますが、原作を知らない方や、クロスオーバーが苦手な方は、最悪読み飛ばしていただいても構わないですw

8/23以後のストーリーには影響が出ないようにしていますので、ご安心ください。

次回から本格的に交流が始まりますので、両作品ファンの皆様、楽しみにされてください(*'▽')


■今回の紛れ込みネタ(リトバス関連以外)

・朝のテレビ番組……プラネタリアンをイメージしています。お決まりのセリフですよね。

・皆値の出店……リトルバスターズの陰に隠れがちですが、しれっと港に天使が出店を出していました。天使の麻婆豆腐でピンと来た方も居たのではないでしょうか。

以上になります。いくつお気づきになられたでしょうか。
感想など頂けましたら、泣いて喜びます。
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