「羽依里君、朝だよ」
朝。今日も今日とて、夏海ちゃんの声で……。
ちょっと待った。夏海ちゃんは『羽依里君』なんて呼ばない。
思わず布団から飛び起きると、枕元に鏡子さんが座っていた。
「って、鏡子さん!?」
「おはよう」
「お、おはようございます」
反射的に挨拶は返したものの、いまいち状況が飲み込めない。
「今日は二人揃って良く寝てたみたいだから、私が起こしに来たんだよ」
ああ、そういうことなのか。
「すみません。わざわざありがとうございます」
「いいんだよ。夏海ちゃんもあの調子だし」
「え?」
「羽依里さん、おはようございまふぅ~~……」
その時、夏海ちゃんがあくび交じりの挨拶をしながら、前の廊下を通り過ぎていった。寝癖もすごかったし、どう見ても寝起きだった。
「昨日はしろはちゃんのお店を二人で手伝ったんだってね。疲れたでしょう?」
「ええ。慣れないことはするもんじゃないですね」
俺は起き上がって布団をたたむ。なんとなく、疲れが残っている感じがした。
ところで鏡子さん、どこでその情報を仕入れたんだろう。昨日はほぼ一日家に居なかった気もするけど。
「朝早くに港に行ったら、ついに同棲を始めたんだなって漁師さんたちが噂してたよ」
ちょっと待って。昨日ってリトルバスターズ以外、お客さんは来てなかったと思うんだけど。どこからそんな噂が出たの。
「いつかはそういう日が来るとは思っていたから、私は驚かないけどね」
「え、えーっと、その」
鏡子さん、子供の成長を喜ぶ親の顔になってますけど、誤解ですからね!
「……それはそれとして、羽依里君」
「え? はい。なんでしょう?」
唐突に話題が変わったみたいだ。
「今日の13時から小学校のプールで灯篭作りがあるんだけど、夏海ちゃんと一緒に行ってみない?」
「灯篭ですか?」
「うん。21日……明後日なんだけど、この島のお祭りがあるの。そのお祭りで海に流す灯篭を、島の子供たちが作るんだよ」
そういえば、島のパンフレットに写真が載っていたような気がする。夜の海に明かりのついた無数の灯篭が浮かんでいて、すごく幻想的だった記憶がある。
「じゃあ、後で夏海ちゃんに話をしてみますね」
「うん。良い夏の思い出になると思うよ?」
鏡子さんはそこまで話すと、ゆっくりと立ち上がって部屋を出ていく。
「ところで、そろそろ急がないとラジオ体操に遅れるんじゃないかな?」
「……はっ!?」
鏡子さんに言われて壁の時計を見ると、かなり危ない時間になっていた。
「羽依里さーん! まだですかー?」
そして、それと同時に玄関から夏海ちゃんの声がした。いつの間にか、準備を終えていたらしい。
「す、すぐに準備するから、待ってて!」
鏡子さんが部屋から出て行ったのを確認してから、俺は手早く身支度を済ませて、夏海ちゃんと一緒に足早に神社へ向かった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「お、加藤さんとこの。昨日からやってきてるリトルバスターズってのは、どういう連中なんだ?」
「すみません、急いでるので!」
「ちょっと夏海ちゃん。昨日からなんとかいう人たちが島に来てるって聞いたんだけど、知ってるかい?」
「知ってますけど、後にしてくださーい!」
神社に向かって走っていると、その道すがらに色々な人から声をかけられた。
どうやら、小さな島にリトルバスターズという謎の集団がやってきたという噂は、一晩のうちに島の隅々まで広まったみたいだ。
全力で走って、なんとか遅刻せずに神社に到着した。
そこにはリトルバスターズのメンバーも集まっていて、島の皆と輪になって話をしていた。
「よう、羽依里」
「鷹原さんに夏海さん、おはようございますー!」
「二人とも、おはよう」
「えっと、恭介さんにクドさん、おはようございます!」
恭介やクドと挨拶を交わして、俺たちもその輪に加わる。
ところで、神社でラジオ体操があるなんて、リトルバスターズの皆は誰から聞いたんだろう。
「あんたたちも、わざわざこんな島に来るなんて、物好きよねー」
「本当だな。卓球の合宿にでも来たのか?」
「いや、残念だが違う」
「なんだ? この島は野球じゃなくて、卓球が強いのか?」
棗兄妹が蒼や天善をはじめとした、島の皆と話をしていた。
輪の中心にはのみきがいるし、どうやら一足早くお互いに自己紹介は終えたみたいだ。さすが島の皆は打ち解けるのが早い。
「むぎゅ……。これだけの人が来るのを知っていたら、ちゃんとした服装で来るんでした……」
「本当ね。ちょっと恥ずかしいわ」
「ううん。ネコさんとウシさんもかわいいですよー」
いつものキグルミを着た紬と静久がいたけど、思わぬ来客にとても恥ずかしそうにしていた。そんな二人を、小毬さんがニコニコ顔で慰めている。
「ところでかもめちん、そのスーツケースには何が入ってるの?」
「お、教えてあげないよ!」
その隣では、葉留佳が鴎のスーツケースに興味津々だった。隙あらば中身を見ようと思っているのか、スーツケースの周りをくるくると回っていた。
なんというか、人数が一気に増えたこともあって、ものすごく賑やかだった。
「そういえば、今日は紬たちも来てるんだな」
「むぎゅ? 来てますよ?」
加えて鴎もいるし、これはまとめて野球のメンバーを勧誘する、絶好のチャンスなんじゃないだろうか。
「皆、ラジオ体操が終わった後に話があるんだけど、いいかな」
ラジオ体操大好きさんが石段を登り切って神社にやってくるのを見ながら、俺は皆にそう伝えておいた。
「よーし、今日のラジオ体操はここまで―!」
「「ありがとうございましたーー!」」
やがて、今日のラジオ体操も盛況のうちに終了した。ラジオ体操大好きさんは急に参加者が増えたせいか、すごく張り切っていた気がする。
「ううー、まだ目が回ってるぅぅーー」
どうやら三半規管の鍛錬でやられたらしい。葉留佳は特徴的なツインテールを揺らしながら、フラフラだった。
「は、葉留佳、あれくらいの運動で、だらしないわよ……?」
そう言う佳奈多も声が枯れていた。こっちは横隔膜の振動で声を出し過ぎたらしい。
俺たちはすっかり慣れているけど、本土から来たリトルバスターズからすれば、この島のラジオ体操はやっぱり変わっているみたいだ。
「さあ、今日のスタンプはこっちだぞー」
その後、俺たちはスタンプとログボを受け取る。
昨日蒼が言っていた通り、今日のログボはトウモコロシだった。
これ、たっぷりの醤油をつけて、焼きもろこしにしたら最高だろうな。
「それで羽依里、話って何?」
その時、鴎や紬を筆頭に、皆が集まってくる。
リトルバスターズの皆も俺の意図を察したんだろう。誰一人帰ることなく、その場に残っていてくれた。
「もしかして、いよいよしろはちゃんと同棲でも始めるんですか?」
「いや、こんなところでわざわざそんな発表しないから!」
「えっ、同棲って……それってつまり、夜には……」
ほらー! 純粋な妹は信じちゃってるじゃないか! マッハでピンクになってるし!
「おーい蒼、帰ってこーい」
「ふむ。さしずめ、妹さんの方はピンク大王のようだな」
「ピ、ピンク大王ちゃうわっ!」
帰ってきた。というか、来ヶ谷さんの言い方も見事に的を得ている。
「ちなみに、同棲はしない」
「わかってます。冗談ですよ」
本当に冗談なんだろうか。もしかして、同棲の噂を流したのは藍なんじゃないかとも思えてしまう。
「それじゃ、話進めていい?」
「はい。どうぞ」
藍は悪びれる様子もなく先を促してくる。初対面の人がいようとも、藍は自分のペースを崩さなかった。
「それで、話っていうのは……」
俺はリトルバスターズの皆がこの島に来ることになった経緯からはじめ、彼らのために野球チームを作りたいという、熱い思いをぶちまけた。
「野球チーム……?」
突然の提案に、少なからず戸惑いの声が出る。
そこで俺だけじゃなく、のみきやしろは、夏海ちゃんも参加表明をしてくれていることや、道具や練習場所も既に確保できている旨も伝える。
「俺のわがままだってことはわかってるけど、皆の力を貸してほしい」
そして、俺は深々と頭を下げる。
「いいぞ」
一番に返事をしてくれたのは、良一だった。
「良一、良いのか?」
「ああ、どうせ暇だからな」
「俺も参加しよう。同じ球技だし、良い特訓になりそうだ」
続いて天善も参加を表明してくれた。
「二人とも、ありがとう」
「ねえ羽依里、私もやりたい!」
鴎も自分を指差しながら、参加表明をしてくれる。
「良いのか?」
「うん! 野球のルールはよくわからないけど、皆で一緒に何かやるのって、面白そうだし!」
「鴎、ありがとう」
会話の前半の部分が少し気になったけど、ルールなんて覚えればいいんだし。
「蒼たちはどう? お願いできないかな」
「祭りの準備もあるんだけど……いいわ。参加したげる」
「え、いいのか?」
「道具に練習場所もあるんでしょ? そこまで準備されてたら、やらないわけにはいかないじゃない?」
もしかして蒼は腕に覚えがあるんだろうか。頼もしい限りだった。
「蒼ちゃんがやるんでしたら、私もやりますよ」
「ありがとう、藍」
二人は身体能力も高いし、何より双子ならではのコンビネーションに期待したい。
「紬さん、私と一緒に野球をしてください!」
俺の隣では、夏海ちゃんが紬に頭を下げていた。まさか、そこまでしてくれるなんて。
「……わかりました! ナツミさんの頼みとあれば、断れません!」
「紬がやるのなら、私も参加するわ!」
「お二人とも、ありがとうございます!」
紬に続いて、静久も参加表明してくれた。本当にありがたい。
……終わってみれば、その場にいた全員が参加を了承してくれていた。
「皆、ありがとう」
俺は改めて頭を下げる。皆には感謝しかない。
「……チームの心配はいらないみたいだな。さすが、良い仲間を持っているな」
そう言いながら、恭介が近づいてきた。
「ところで恭介、お互いの練習時間についてなんだけどさ」
「ああ、俺たちはいつでも構わないぞ。普段から鍛えているからな」
「今日は灯篭作りがあるから、俺たちは15時から練習しようと思うんだ」
いきなり練習と言っても、皆も色々と準備があるだろうし。
「皆も、それでいいかな?」
「ああ、いいぜ」
「それで構わないぞ」
「15時ね。ぞれまでに行くようにしておくわ」
皆、口々に快諾してくれた。
ラジオ体操に参加していないしろはには、のみきから練習時間を伝えてもらうことにしよう。
「なら、俺たちは昼から15時までの間、少しだけ練習させてもらおう。お前らもそれでいいか」
「えー」
「練習なんていらないですヨー」
俺たちとは打って変わって、リトルバスターズからはブーイングが飛んできていた。なんだろう。本気で嫌なのか、それともそれだけ自信があるのか。
「午前中は好きに遊んでいいから、午後からは練習だっ! いいな、ちゃんと集まれよ!?」
恭介は半ば涙目だった。グループとしては強固みたいだけど、野球チームとしては大丈夫なんだろうか。
「そうだ恭介氏、野球道具は小学校の倉庫にしまってある。午後までには鍵を開けておくよ」
「あ、ああ。悪いな」
そして同時に、8/22に試合を行うことが取り決められた。つまりは3日後だ。
確かその日は、リトルバスターズが滞在する最終日だ。どうやら、ギリギリまで待ってくれるみたいだ。
「ところで、トーロー作りってなんだ」
「あ、私もそれが気になっていました!」
大方の話し合いが終わった頃、鈴がそう質問し、夏海ちゃんが続く。
「この島の祭りで使う灯篭を、島の子供たちが作るのよー」
その質問には、蒼が答えていた。
「あ、それってもしかして、これでしょーか?」
クドが持ってきていた鞄から島の観光パンフレットを引っ張り出して、皆に見せていた。
「わぁ、綺麗ですね」
「せっかくだし、夏海ちゃんも灯篭作りに行かない?」
「はい! 行きたいです!」
となると、今日のイベントはそれになるのかな。良い夏の思い出になりそうだし。
「そういえば、21日にはこの島の祭りがあるらしいな」
謙吾が言う。さっきのパンフレットもそうだけど、さすがに島について色々と下調べをしてきているみたいだ。
「ああ。観光客も集まるし、盛り上がるんだぜ」
良一は得意顔だ。島の皆にとって、祭りは特別なものなんだろう。
「できたら、花火も見たかったんだけどなー」
葉留佳が口をとがらせて、不満そうな顔をしていた。
「葉留佳、よく知ってるわねー。今年の花火大会は確か、8/29なのよ」
「へぇ、花火大会とかあるのか」
俺も祭りの話は知っていたけど、花火の件は失念していた。
「でも葉留佳さん、そんなに長く滞在してたら、お金がいくらあっても足りないよ?」
「理樹くんに言われなくてもわかってますよー」
「それに、三枝さんは宿題もやらないといけませんよ。井ノ原さんに次いで、進みが遅いんですから」
「みおちん、島まで来て宿題の話はやめてー」
そう言う西園さんは真っ白い日傘を差していた。早朝とはいえ、日差しが強いからかな。
「よし、良い感じに話もまとまったし、そろそろ解散しようぜ。朝飯が売り切れちまう」
恭介がそう言って、輪から抜ける。確かに、そろそろ頃合いだった。
「確かに腹減ったな。よし理樹、帰ろうぜ」
「うん。ホテルに戻る前に、港の商店で朝ごはん買わないとね」
その恭介に続いて真人と謙吾も歩き出し、それに付き従うように理樹が歩いていく。
「それじゃあ夏海ちゃん、俺たちも帰ろうか」
「はい! それでは皆さん、またです!」
残っていた皆に挨拶を済ませて、俺たちも神社を後にした。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「羽依里さん、ログボのトウモロコシください!」
加藤家に着くなり、夏海ちゃんが凄い笑顔で手を差し出してきた。
「チャーハンにしますので!」
そういえば、今日のログボはトウモロコシだし、久しぶりにチャーハンが作れそうな気がする。
でも、やっぱり焼きもろこしも捨てがたい。
「ねえ夏海ちゃん、一本は残しておいて、後で焼きもろこしにしない?」
「ダメです」
夏海ちゃんは笑顔を崩さなかった。なぜか怖い。
「焼きもろこしがダメなら、せめてコーンバターとか」
「ダメです。それにこの家、マーガリンしかありませんよね?」
「う……」
言われてみればそうだった。この家に、バターなんてものはない。
「と言うわけで、観念して渡してください!」
ぱしっ、と手からトウモロコシを奪い取られてしまった。怖かった。夏海ちゃんもチャーハンのことになると、性格変わるよね。
鼻歌混じりに台所へ向かう夏海ちゃんを、俺はただ見送ることしかできなかった。
「お待たせしました! コーンチャーハンです!」
しばらくして、夏海ちゃんがコーンチャーハンをおぼんに乗せてやってきた。
予想はしていたけど、明らかにコーンとごはんのバランスがおかしい。圧倒的にコーンの量が多い。
まぁ、二本分のコーンを全部チャーハンに使えば、こうなっちゃうよね……。
「今日のは自信作です! 食べましょう!」
エプロンを外して食卓に着いた夏海ちゃんに促されるまま、俺は全体的に黄色く染まったコーンチャーハンに取りかかる。
「あ、美味しい」
シャキシャキとしたコーンとパラパラのごはんが絶妙にマッチしている。そして、時々鼻に抜ける醤油とバターの香りが最高だった。
「あれっ、バター?」
念のためにもう一口食べてみる。やっぱり、ほのかにバターの香りがする。
「夏海ちゃん、このチャーハン、バター使ってる?」
「はい! 実は、いつものサラダ油の代わりに、バターを使っています! 美味しいですよね?」
「美味しいけど……夏海ちゃん、バターはないって言ってなかった?」
「あれー? そんなこと言いましたっけー?」
夏海ちゃんは含みのある笑顔を向けてくる。うん。これはもしかして、たばかられたかも。
「えへへー。実は昨日冷蔵庫を整理していたら、こんな小さなバターの欠片を見つけたんですよ!」
夏海ちゃんは親指と人差し指で、その大きさを示してくれる。普段、冷蔵庫を覗かないのが仇になったみたいだ。
「って、そのバター大丈夫だったの? 賞味期限とか」
「本当に切れはしだったので、書いてなかったです。でも、しっかり熱は通しましたし。美味しいですよね?」
「美味しいけど……」
改めてコーンチャーハンを口に運ぶ。バター醤油風味で本当に美味しい。
「もしお腹に当たったら、羽依里さんも一緒です! イチレンタクショーですよ!」
だから、紬みたいに言うのはやめて欲しい。
朝食を済ませた後は、特にやることが無かった。
灯篭作りも野球の練習も午後からだし、午前中は暇だった。
「そうだ夏海ちゃん、久しぶりにバイクで島を回ってみない?」
「え、バイクですか?」
「うん。もしかしたら、リトルバスターズの皆に会えるかもしれないよ?」
俺としても、折角島に来てくれたお客さんだし。野球以外でも、親交を深めたい。
「そうですね。 行きましょう!」
ぼんやりと見ていたテレビを消して、夏海ちゃんが玄関に向かっていった。
俺も手早く準備を済ませて、表に出る。今日も雲一つない。良い天気だった。
「あれ? 羽依里さん、そのキーホルダーはなんですか?」
俺がガレージからバイクを引っ張り出していると、夏海ちゃんがそう聞いてきた。
「ああ、これ?」
「はい。可愛い鳥がついてますね」
先日、しろはとのデートで買ったペアグッズだ。せっかくだし、島にいる間はバイクのキーにつけることにしたんだ。
「な、なんでもいいじゃない。ほら、早く後ろに乗って」
「もしかして、しろはさんからのプレゼントですか?」
ヘルメットをかぶった夏海ちゃんが、後ろでにやにやしているのがサイドミラー越しに見える。
「教えてあげないよ!」
俺はそのままバイクを発進させた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
なんだかんだで、久しぶりのバイクだった。時間もあるということで、海沿いをゆっくり走った後、灯台の方へ行ってみた。
「いーーーーやっほぉぉう!」
そこでは、恭介がパリングルス自転車を乗り回していた。
あのパリングルス自転車、確か工作大会の時にバラバラになったんじゃなかったっけ。
「三号機、行くぜー!」
声がした方を見ると、良一も別のパリングルス自転車にまたがっていた。三号機と言ってるあたり、どうやら何台か新しいパリングルス自転車を作ったらしい。
「すげぇなこの自転車。変速機までついてるのか」
「ああ、三段だけな」
どういう仕掛けになってるのかわからないけど、良一は得意顔だった。
「良一、お前すげぇよ」
恭介は目をキラキラと輝かせていた。思いっきり少年だ。とても年上とは思えない。
「よーし恭介! 競争しようぜ!」
「おう! いくぜ!」
「「レッツゴー!」」
二人は勢い良く走り去っていった。めちゃくちゃ楽しんでいた。
そんな二人を見送って、灯台の近くにバイクを止める。
「あ、タカハラさんにナツミさんです!」
俺たちの姿を見つけて、紬がやってきた。その後ろには静久をはじめ、葉留佳や来ヶ谷さん、クド、小毬さんが連れ添っていた。どうやら、皆で灯台で遊んでいたらしい。
「お二人とも、いらっしゃいませー」
「はい、いらっしゃいました!」
夏海ちゃんと挨拶を交わす紬の手には、大量のビー玉が握られていた。
「紬、そのビー玉は何?」
「はい! ハルカさんからいただきました!」
紬は俺たちによく見えるように両手を上げてくれる。色とりどりのビー玉は、太陽の光を浴びてキラキラと輝いていた。
「綺麗ですねー」
「はい! キラキラです!」
「ふっふっふっ。むぎゅ子、そのビー玉はただのビー玉じゃないのですヨ」
葉留佳が紬の後ろから顔を出しながら、悪戯っぽく笑う。
「むぎゅ? どういうことでしょーか」
「これはですネ。追っ手が来た時にばらまくのですヨ。それで追っ手を足止めするのです」
「おおー、さすがハルカさんです!」
「やはは。むぎゅ子、褒めても何も出ないぞー」
「むみゅみゅみゅ」
葉留佳は紬の両方の頬を、むにゅむにゅと揉んでいた。
「葉留佳君。そろそろ交代だ。今度はおねーさんが紬君をむぎゅーとしてやろう」
「え、エンリョします! ユイコさんからは、ヨコシマなオーラを感じます!」
直後、紬は葉留佳の手を振りほどいて逃げ出すと、そのまま静久の後ろに隠れる。
「シズク、助けてください!」
「まかせて! 紬に手出しはさせないわ! おっぱいバリアー!」
直後、静久が胸を張って立ちふさがる。
「ぎゃふん!」
「わふーー!?」
そして、葉留佳とクドが静久のおっぱいパワーを受けてその場にひっくり返る。
「ううう。なんというおっぱいぼーん。神々しくて近寄れない」
「うふふ。三枝さんも理想的な大きさだけど、もう少しね」
「うう……私では何人束になっても、あの人には敵いそうにないです。ないです。ないです。すす……すー」
よくわからないけど、クドが一人ドップラー効果で悲しみを表現していた。
でも確かに、胸の大きさでは静久に軍パイ……じゃない、軍配が上がる。
「くっそー。姉御、お願いしやす!」
「うむ」
ノックアウトされた葉留佳に代わって、来ヶ谷さんが前に出る。
静久ほどじゃないけど、この人の胸もなかなかのサイズだ。
というか、皆揃っておっぱいトークはやめてほしいんだけど。ここに一応男子も居るんだし。
「いやー、羽依里くん。この二人が並んでると迫力が半端ないですよネ」
「そ、そうデスネ」
そこで俺に話を振らないでほしい。ただでさえ、目のやり場に困ってるんだから。
「でも、本当につむちゃんはお人形さんみたいで可愛いよねー」
そう言うのは小毬さんだった。
「いえ、わたしはどちらかというとぬいぐるむぎゅ」
「フハハハハハ」
「ああ、紬ー!」
言い終わる前に、紬が来ヶ谷さんに捕まっていた。あの人、いつの間に静久の背後に移動したんだろう。
「みゅみゅみゅー! みゅみゅみゅみゅ!」
紬が何か言ってるけど、来ヶ谷さんに抱きしめられてるせいか、何を言っているのかわからない。
「とりあえず、お菓子をどうぞー」
駄菓子屋で買ったんだろうか。紬で遊んでいる来ヶ谷さんを尻目に、小毬さんがお菓子を配り始めた。
「あおちゃんにおススメを教えてもらったんだよー。はい、どうぞー」
そう言いながら、ベイビースターを手渡された。ちらっと見えた袋の中には、あまり買ったことのないようなお菓子もある。
「はい、クーちゃんになっちゃんもどぞー」
「あ、ありがとうございます」
「小毬さん、ありがとですー」
ちなみに、二人はうめジャムと水あめを受け取っていた。
「ゆいちゃんもはるちゃんも、うんまい棒をどうぞー」
「キムチ味を選んでくれるとは、さすがコマリマックスだな」
ぱっと紬を解放し、代わりにお菓子を受け取る。
「むぎゅぎゅぎゅ……」
紬は目を回している。大丈夫だろうか。
「むぎぎぎ、やっぱりユイコさんは危険人物です! あやうく白いお花畑が見えました!」
「そう怒らないで。紬ちゃんもワタアメをどうぞー」
小毬さんは釣り目の紬に動じることなく、袋に小分けにされたワタアメを手渡す。
「むぎゅ!? ありがとうございます!」
そのワタアメを見た紬の表情がぱっと明るくなる。お菓子の力は偉大だ。
「紬はワタアメが大好きだもんな」
「はい、大好きです!」
「それは良かったよー」
小毬さんはニコニコ顔だ。なんというか、周りに幸せを振りまいている感じだった。
「お菓子を食べると、ちょっと幸せな気分になるよね。皆が幸せな気分になると、私も幸せな気分になれるのです」
「うむ。小毬君の幸せスパイラル理論だな」
確かに、笑顔でワタアメを食べている紬を見ていると、こっちも幸せな気分になってくるな。
「あいてててて……」
「おい良一、大丈夫か」
その時、良一と恭介が灯台に戻ってきた。
「り、良一さん、どうしたんですか?」
夏海ちゃんが驚いた声をあげる。戻ってきた良一は、何故かずぶ濡れだった。
「テンション上がりすぎて服を脱いだら、のみきに狙撃されたんだよ」
なんでテンション上がって服を脱ぐんだろう。良一の思考が良くわからなかった。
それにしても、のみきのいる鉄塔からこの灯台まで、かなり距離があるんだけど。そこから狙撃してくるなんて、さすがのみきだった。
「ったく、警告なしに撃って来るなんてよー」
水鉄砲の一撃を受けて転倒したんだろうか。良一のパリングルス自転車はバラバラになっていた。
「ほら良一くん、水もしたたるなんとかって言うじゃないですか」
「葉留佳、お前それ、絶対褒めてないだろ……」
その後、良一と恭介にも小毬さんからお菓子が配られて、奇しくもお菓子パーティーの装いを呈してきた。
クドと紬は灯台が作った日陰に腰を下ろして、水あめとワタアメを食べながらまったりしている。
「「わぎゅーー」」
……その時、二人が同時に口癖を発する。なんか混ざっていた。
亜麻色と金色の髪を風に泳がせる二人は、まるで童話の登場人物のようで、なんとも独特の雰囲気を醸し出していた。
「ゲホゴホ。いやー、みそかつ味のうんまい棒も美味しいけど、何か飲み物が欲しくなりますネ」
その時、葉留佳がむせながらそう言った。こっちは雰囲気も何もあったもんじゃない。
「そうですねー。この辺りは自動販売機もありませんし。あそこの水道の水は飲めるんでしょーか」
ねりねりと水あめを練りながら、クドがそう言葉を返す。
「あ、飲み物ならありますよ!」
その話を聞いていた紬がぴょんと立ち上がって、灯台の中へ入っていった。
そして、大量の缶コーヒーを持って戻ってくる。確かあれ、漂着物じゃなかったっけ。
「お近づきの印に、どうぞ!」
紬はそう言いながら、皆に缶コーヒーを配っていく。
「うむ。この濃くて苦い感じがガツンと来るな」
来ヶ谷さんはさっそく飲んでいた。その飲みっぷりからして、ブラックコーヒーは好きみたいだ。
「……」
その隣では、葉留佳が押し黙りながら、必死に飲んでいた。たぶん苦いの苦手なんだろうけど、自分が催促した手前、頑張って飲んでいるみたいだ。
「うえぇぇ、苦いぃぃ……」
一方で、小毬さんは泣いていた。お菓子好きということもあって、やっぱり苦いものは苦手なんだろうか。
「ナツミさんも、どうぞ!」
「え、私ももらっちゃっていいんですか?」
「はい! まだまだたくさんありますので!」
「ありがとうございます!」
夏海ちゃんは笑顔で受け取っていたけど、飲む様子はなかった。確か、苦いの苦手なんだっけ。
「こ、これは……まるでカラスにでもなりそうだな」
独特な言い回しだったけど、恭介や良一もブラックコーヒーは大丈夫そうだ。
「そう言えば、恭介たちはどこに泊まってるんだ?」
俺もコーヒーを飲みながら、そう聞いてみた。
「港にホテルがあるだろ。あそこだよ」
そういえば、港にしなびたホテルがあったっけ。確かに、島であれだけの人数を泊められる場所はあそこくらいかもしれない。
「食事なしの素泊まりの上、団体割引もしてもらってな。格安だったぞ」
「いやー、でもいくら安くするためとはいえ、部屋の掃除も自分たちですることになるなんて思わなかったですヨ」
どれくらいの金額になったのか分からないけど、すごいやり方をするなぁ……。
「そういえばあなたたち、朝食はどうしたの?」
パイの果実とブラックコーヒーをたしなみながら、静久が聞いていた。
「港の商店でパンを買わせてもらったよ。昨日の夜、しろは君に場所を聞いてな」
「たこ焼きパンは美味しかったけど、売ってるパンの数が少なくて、私達の後に買う人に悪い気がしましたネ」
「あの店は徳田パンから仕入れているからな。ここ数日は入荷するパンを増やしてもらえるよう言っておくぜ」
ここはそう言う良一に任せよう。徳田とはあまり話したことないけど、売り上げが増えるのなら悪い話じゃないはずだし。
「昼飯はどうするんだ? しろはの食堂は夜しか開いてないぞ?」
飲み終わった缶コーヒーをゴミ箱に入れながら、良一がそう続けていた。
「それも、しろは君から話を聞いている。お昼は港の食堂を使わせてもらうつもりだ」
そう言えば、港にも食堂があるんだっけ。行ったことないけど。
コーヒーを飲んだ後は、夏海ちゃんが恭介と話す様子をなんとなく眺めていた。
「例えば、学校の中で缶ケリをしたり、職員室の前でバトルをしたりな。遅刻しそうになって、真人と謙吾で鈴を三階の教室に投げ入れたこともある」
どうも、恭介からリトルバスターズの武勇伝を聞かせてもらっているみたいだった。
「それで、屋上超えちゃった鈴さんはどうなったんですか!?」
「うまく真人と謙吾が受け止めたさ。その後、思いっきりすぎだと真人が蹴られてたけどな」
夏海ちゃんは目を輝かせてその話を聞いていた。隣で聞いてる限り、かなり破天荒な内容なんだけど。
「恭介おにーさん、ありがとうございました!」
どうやら話が終わったらしい。夏海ちゃんがお礼を言っていた。
それにしても、夏海ちゃんがいきなりおにーさんと呼ぶなんて。恭介の人心掌握術って、どれだけなんだろう。
「その……夏海ちゃん」
その時、恭介の後ろから良一が言いにくそうに言う。
「俺のことも『良一おにーちゃん』って呼んでくれても良いんだぜ」
「え、良一おにーちゃん……?」
思わず口走ってしまったんだろう。言ってから、少し引いていた。
「うおおおーーー! 妹よーーー!」
それでも、良一は嬉しかったみたいだ。感極まったのか、泣きながら夏海ちゃんに抱きつこうとしてくる。
「ひええっ!?」
「……下がれ。夏海君」
その時、来ヶ谷さんが夏海ちゃんの前に飛び出す。
「食らえ外道。ドラゴンサマーソルト!」
瞬時に屈んで勢いをつけてからの、鮮やかなサマーソルトキックが決まる。すごい。かっこいい。
「ぐわあああっ!?」
強烈な蹴りが顎を直撃した良一は、そのまま卒倒してしまった。
「おおー、姉御、さすがです」
「フ……。安らかに眠れ」
仰向けに倒れた良一は全身を痙攣させている。大丈夫だろうか。
……それにしても、良一があそこまで取り乱すなんて。妹に対して、特別な思い入れでもあるんだろうか。
「あの、良一さん、大丈夫でしょうか」
危うく襲われそうになったっていうのに、夏海ちゃんは良一を心配していた。優しいね。
「急所は外しておいた。そのうち目が覚めるだろう」
本当に外してくれたんだろうか。泡吹いてるけど。
「そうだ夏海ちゃん、良一には悪いけど、そろそろ他の場所にも行ってみよう?」
「はい!」
少し考えて、良一が目覚める前に逃げ……いや、移動しておくことにした。
「それでは皆さん、またです!」
夏海ちゃんと一緒にあいさつを済ませた後、俺はバイクに乗って、灯台を後にした。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
灯台の皆と別れた後、俺たちは港の方へ向かっていた。
運転しながら腕時計を見ると、まだまだお昼までは時間があるし、のんびり行こう。
「夏海ちゃん、港に何か出店が出てるといいね!」
「はい! 楽しみです!」
後ろの夏海ちゃんとそんな話をしながら、田舎道を通りかかる。すると真っ白い傘と、見慣れたスーツケースが目に飛び込んできた。
「あれ? あの二人ってもしかして」
俺は反射的にバイクを止める。見ると、いつも蒼が寝ている木の下に、西園さんと鴎が座っていた。
「そういえばみおちん、なんで日陰で傘差してるの?」
「ずっとスーツケース引いてる人に言われたくないです」
なんか話していた。言われてみれば、確かに日傘も気になるけど……鴎のスーツケースみたいに、何か理由があるのかもしれない。ここは変に突っ込まないようにしよう。
適当な場所にバイクを停めて、その二人のそばに行ってみる。
「よう」
「えっと……西園さん、鴎さん、こんにちわです!」
「羽依里、なっちゃん、やっほー」
「こんにちわ」
夏海ちゃんと一緒に近づいてみると、鴎たちは膝の上に本を開いていた。二人で読書会でもしていたのかな。
「どうした鴎、お前が本なんて。明日は雨だな」
「誤解を招くような発言はやめてもらえますか」
鴎はぱたんと本を閉じる。その表紙を見ると、やっぱりひげ猫団の冒険だった。
「西園さんはえーっと……なんの本を読んでるんですか?」
「若山牧水の歌集です」
「え、えー?」
夏海ちゃんが反応に困っていた。さすがに知らないみたいだ。俺もよくは知らないけど。
「みおちんは文学少女だからね!」
確かに物静かだし、そんなイメージがある。
「ところで、二人は仲良いのか?」
と言うか、出会って初日からみおちん呼ばわりもすごい。鴎の性格もあるかもしれないけど。
「うん。実は、ずっと前からの知り合いだったんだよ」
「え、そうなの?」
「久島さん、その言い方には語弊があります。子供の頃、手紙を送っただけです」
「あ、それってもしかして」
「うんうん。色々と話を聞いていたらね、みおちんも昔、ひげ猫団の冒険の感想を私に送ってくれてたの!」
「ああ、そういうことなのか」
「え? どういうことですか?」
夏海ちゃんの頭上にはハテナマークが浮かんでいた。
詳しく話すこともはばかれたので、二人は幼馴染ということにしておいた。
「……それで、どこまで話したっけ?」
「皆で海賊船を見つけて、大海原に第一歩を踏み出したところですよ」
「あ、ひげ猫団の冒険ですか?」
「そうそう。なっちゃんも混ざる?」
「はい! 混ざります!」
その後は夏海ちゃんも加わって、三人でひげ猫団の冒険の感想を話していた。
それにしても、西園さんは記憶力が良いんだろうか。十年も前の本の内容をよく覚えてるな。
作者の娘である鴎は元より、最近読み上げたばかりの夏海ちゃんとも、そつなく感想を言い合っていた。
「ところで、羽依里たちは何か用事があったんじゃないの?」
「え?」
「ほら、バイクで走ってたじゃない」
「あー……」
まぁ、用事があると言えばあるけど。
「そうでした! 羽依里さん、港に行きましょう!」
直後、鴎の隣に座っていた夏海ちゃんが、ぱっと立ち上がる。
「鴎さん、西園さん、お邪魔しました!」
夏海ちゃんは二人にそう声をかけて、足早にバイクの方へ向かう。
俺もそんな夏海ちゃんに続いていき、バイクにまたがる。
「それじゃ二人とも、ごゆっくり」
「うん。ありがとうー」
元気よく手を振ってくれた鴎に手を振り返して、俺たちは港へ向かって再びバイクを走らせた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「よし、到着だね」
「はい。出店、どこでしょうか」
俺たちは適当な場所にバイクを停めて、出店を探す。
すると、向こうの方に何か小さな店が見えた。なんだろう。店の規模の割に、店員さんが多いような……。
「ふっ、ふっ、筋肉っ、筋肉っ」
「ふっ、ふっ、筋肉っ、筋肉っ」
そんなことを考えていると、どこからか謎の声が聞こえてきた。
「お前ら、こんな所まで来て筋トレするのか」
「鈴、真人たちには真人たちなりの楽しみ方があるんだよ。何も言わないであげてよ」
見ると、港の端の方で真人と謙吾、天善の三人が並んでスキップをしていた。
「なぁ、あの三人は何やってるんだ?」
呆れ顔の鈴と理樹に近づいて、そう聞いてみる。
「あれは絆スキップだよ」
「え、何?」
「絆スキップ。昔、僕と真人と謙吾で編み出した……その、絆を確かめ合うスキップなんだ」
なんだろう。よくわからないけど、リトルバスターズにはそういうものがあるんだろうか。
「あほだな」
そう言う鈴の足元には、港のネコたちが集合していた。なんだろう。鈴もどこかネコっぽいし、仲間だと思って寄ってきてるんだろうか。
「これはシンプルだが、なかなかいいトレーニングになるな! ふっ! ふっ!」
「筋肉! 筋肉!」
「……夏海ちゃん、帰ろうか」
「え、真人さんたちには、声かけないんですか?」
「うん。ここはそっとしておこう」
楽しんでるみたいだし、ここは邪魔をしちゃ悪いよね。
困惑する夏海ちゃんの手を引いて、バイクの方に向き直った……その時。
「……これは何の騒ぎだ」
……聞き慣れた声がした。
思わず振り返ると、真人に見劣りしないほどの体格の男性……しろはのじーさんが、真人たちの前に立っていた。
「あ? じーさん、どうした?」
絆スキップをしていた三人の動きが止まる。特に天善は、顔が真っ青になっている。
「お前たち、余所者か」
じーさんはぎろり、と三人を見やる。そして、その中の見知った顔に気がついたみたいだ。
「加納のせがれ、こいつらはお前の友達か」
「い、いえ、その、あの」
じーさんとしては、ただ尋ねただけなんだろうけど、天善は完全に動揺して、しどろもどろになってる。これは駄目っぽい。
「あ、あのー」
「む?」
「……っ!?」
その状況を見て、理樹が勇気を出して声をかけていたけど、じーさんに一睨みされて、鈴と揃って黙り込んでしまった。鈴の足元にいたネコたちも一目散に逃げ去ってしまったし、あのじーさん、相変わらず色々と怖すぎる。
「じーさん、待ってくれ!」
俺は急いでしろはのじーさんの元に駆け寄る。このタイミングで島の住民との間に荒波を立ててほしくないし、ここは身を挺してでも、何とかしないと。
「なんだ、羽依里か」
「真人、謙吾、ちょっとこっちに来てくれ」
「お? どした?」
だから俺は、咄嗟に思いついた作戦を実行することにした。
「良いから二人とも、俺に合わせてくれ」
俺たち三人は横並びとなって、しろはのじーさんの前に立つ。
「じーさん、実はこの二人、ずっと、この島の文化を学びたいと言っていたんだ」
「ほう。余所者にしては、見上げた連中だ」
「そこでぜひ、彼らに四天王スクワットを伝授してほしいんだ」
「いいだろう。本土から来た連中に、この島伝統の四天王スクワットを叩き込んでやる」
じーさんの表情が心なしか和らいだような気がする。これはいけるかもしれない。
「よし。まずはわしと羽依里が手本を見せる。よく見ているようにな」
……しまった。この流れだと、確実に俺もやる羽目になるじゃないか。
「羽依里、お前は朱雀だ」
「あ、ああ!」
こうなったら乗り掛かった舟だ。足腰が立たなくなるギリギリまで付き合うしかない。
心配そうな顔でこっちを見ていた夏海ちゃんたちへ『大丈夫だから』と手で合図をして、俺は筋肉二人と四天王スクワットに没頭していった。
「……よし、今日はこのくらいにしておいてやる。また習いたくなったら、いつでも呼ぶがいい」
みっちり30分はスクワットをしただろうか。じーさんは満足したのか、帰っていった。
「ぜぇ、はぁ、ひどい目に遭った」
俺は両ひざに手をついて、肩で息をしていた。久しぶりの四天王スクワットだったから、ダメージが大きい。
「変わったスクワットだったな。だが、良い筋トレになったぜ」
「あれだけ動けるとは、あのじーさん、一体いくつなんだ?」
「じーさんとは思えない、逞しい筋肉だったよな」
そう言う真人と謙吾は大した疲れも見せず、涼しい顔をしていた。さすが、あの筋肉は伊達じゃないらしい。
「それしにしても、寿命が縮んだよ……」
「こわかった……」
一睨みされた理樹と鈴も、それなりに堪えていたみたいだ。
「あの人は、しろはさんのおじーさんなんですよ」
未だ呼吸が整わない俺の代わりに、夏海ちゃんがそう説明してくれていた。
「なにぃ……しろはには、あんなこわいおじーさんがいるのか」
「見た目はあんな感じですけど、とっても優しい人なんですよ!」
夏海ちゃんが必死にそうフォローしていた。それでも、あのイメージを払しょくするには、相当な時間がかかりそうだけど。
「やれやれ、動きすぎて汗かいたぜ」
その時、真人が上着を脱いで上半身裸になる。
「ふう。潮風が気持ちいいぜ」
「「あ」」
その様子を見て、俺と夏海ちゃん、天善の三人が同時に声をあげる。
「ちょっと真人、鈴以外の女の子も居るんだし、脱いじゃ駄目だよ!」
「別に良いだろ、ちょっと筋肉見せるくら……ぶわっ!?」
次の瞬間、どこからか強烈な水弾が飛んできて、真人を直撃した。
『そこの筋肉、この島では海水浴場以外で服を脱ぐことは禁止されている。速やかに服を着ろ』
そして、鉄塔から聴き慣れた声を台詞が聞こえてきた。
「あの声、のみきか?」
リトルバスターズの皆は揃って鉄塔を見る。
「まさか、あそこから撃ってきたのか?」
「裸狩りだ。真人、早く服を着ろ!」
俺は思わずそう叫んでいた。
「お、おう! 何が何だかさっぱり分からねぇが、わかったぜ!」
真人はのみきの第二次攻撃を避けながら、慌てて服を着る。
……あのスクワットの後に、あれだけの動きができるのか。さすがとしか言いようがなかった。
「くそー、ずぶ濡れだぜ」
のみきの攻撃が止んだ後、真人は苦々しい顔をしていた。服が中途半端に濡れてしまって、気持ちが悪いんだろう。
「むしろ、真人も水に濡れて涼しくなったろう。良かったじゃないか」
「なんだと? 水に濡れた筋肉は太陽の光が反射して眩しいから、さっさと服を着て日陰で大人しくしてろとでも言いたげだなっ!?」
なんだろう。ものすごい言いがかりだった。
「まぁ、真人もそう怒らないでよ。水も滴る筋肉って格好いいよね」
「ありがとよ」
理樹が間に入って取り繕っていた。この三人、いつもこんな感じなんだろうか。
「……ところで、謙吾もそのジャンパーは暑いだろう。脱いだらどうだ?」
汗だくでもなお、ジャンパーを着たままの謙吾を見かねたのか、天善がそう提案していた。
「……なんだと?」
しかし、天善の言葉を聞いた途端、謙吾の言葉に怒気が混じった。
あ。そういえば、謙吾はあのジャンパーに人並みならぬ思い入れがあるんだっけ。
理樹曰く、一晩徹夜で作ったとか言っていたし。
「悪いが、これを脱ぐ気はない。どうしても脱がせたければ、俺を負かしてみろ」
「ほう。男同士の勝負というわけか。良いだろう」
「いやいやいや、どうしてそう言う流れになるのさっ」
二人のやり取りを見ていた理樹が、たまらず止めに入る。
「安心しろ理樹。さすがに竹刀を使わないさ。天善、お前の得意な分野でかかってこい」
「言ったな。ならば、卓球だ!」
「なに、卓球だと?」
「ああ、山の中に俺たちの秘密基地がある。そこで卓球勝負だ」
「いいだろう」
直後、二人は山の方へ向けて走り去ってしまった。
「うわぁ……謙吾もすぐ熱くなっちゃうからなぁ」
「馬鹿だねぇ、あいつら」
「あの二人も、真人にだけは言われたくないと思うよ……」
理樹はため息交じりにそう言う。
できたら、天善も15時までには戻ってきてほしいんだけど。野球の練習があるし。
「それじゃあ、俺たちはそろそろ別の場所に行くよ」
「うん。それじゃあね」
「羽依里、夏海、またな」
「はい! またです!」
港に残っていた理樹と鈴、そして真人に手を振って、俺と夏海ちゃんは港を後にした。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
バイクに乗った後、腕時計を見ると、お昼までもう少し時間がある。悩んだ末、俺たちは駄菓子屋へ向かうことにした。
「くーださいな」
「あ、いらっしゃーい」
「あら、鷹原君」
夏海ちゃんと二人で店に入ると、そこには店番の空門姉妹の他に、佳奈多が居た。
よくわからないけど、ベンチに座ってパビコを食べていた。藍も奥の方で同じものを食べているし、二人で分けたんだろうか。
「ちょうど良かったわ。二人に聞きたいことがあるのだけど」
「えっと、なんでしょう」
確か、葉留佳の双子の姉だっけ。すごい威圧感なんだけど。つい、敬語になってしまう。
「……同い年なんだから、別にかしこまらないで。普通で良いわよ」
「え? ああ、うん……」
双子の姉って、皆こんな性格なんだろうか。なんというか、怖い。
「……羽依里さん、何か言いたげですね?」
「いや、なんでもないよ」
考えが顔に出てたんだろうか。駄菓子屋の奥にいた藍から睨まれた。
というか藍、パビコをくわえたまま凄まないで。
「そ、それで佳奈多、どうしたの?」
「二人とも、葉留佳を見なかった?」
「あ、灯台に居ましたよ」
その質問には、夏海ちゃんが答える。
「灯台? ここからだと、歩くと遠いの?」
「うん。歩いて行く場所じゃないと思う」
「そう……」
「もしかして、佳奈多は灯台に行くの?」
駄菓子の補充をしながら、蒼がそう質問する。
「行かないわ。葉留佳のことだし、きっとそのうち、このお店に来るんじゃない?」
なんだろう、双子だし、やっぱり以心伝心というものがあるんだろうか。
「そうねぇ。大方、昨日補充したビー玉を人にあげちゃって、それを補充しに来るとかね。ありえそうじゃない?」
ありえそう。というか、実際に紬にビー玉をあげていたし。見ていたんじゃないかってくらい、具体的だった。
「くーださーいなー」
そんな話をしていたら、本当に葉留佳が来た。
「やはー。あおちん、新しいビー玉……うわぁぁーーー!」
店に入ってくるなり佳奈多の姿を見つけ、葉留佳は派手にひっくり返った。
「おねーちゃん、どうしてここに!?」
「葉留佳が来ると思って、見張っていたのよ」
「そ、それってもしかして、ストーカー!? はるちんのストーカー!?」
駄菓子屋の中が急に騒がしくなった。声の大きさは、下手すると蒼以上かも。
「ところで葉留佳、お前、少し前まで灯台に居なかったか?」
歩いて戻ってきたにしては早すぎる気もしたので、ちょっと聞いてみる。
「うん。いたよ」
「もしかして、走って戻ってきたんですか?」
同じく気になっていたのか、夏海ちゃんがそう続ける。
「ちっちっち。なっちゃん、それは少し違うかな」
「え、違うんですか?」
「うん。恭介くんのパリングルス自転車借りてきたから」
なるほど、それなら納得だ。良一の二号機は壊れてしまったけど、恭介の三号機があったはずだし。
「ところで、その自転車はどこですか?」
夏海ちゃんが興味津々だった。以前は危ないと言って止められたけど、やっぱり気になってるんだろうか。
「えーっと、実はですネ」
なんかもじもじしている。やがて一度店の外に出て、俺たちの視界から消えた。
「見て驚けー!」
そして、半壊したパリングルス自転車を引きずって戻ってきた。
「うわあ、なんでこんなボロボロに?」
「やはは。最初はいい感じに走ってたんだけど、住宅地に入ったくらいでウィリーでも決めようとしたら、いきなりハンドルが折れちゃって」
「ええー……」
パリングルスに無茶させるなぁ。
「そのまま派手に転んで、最新技術の粋を集めたパリングルス自転車は、見るも無残な姿に」
「それは、何というか……」
なんだかんだで原材料は紙だし。色々と限界だったのかもしれない。
「でもそれ以上に、転んだ場所が問題だったの」
「え、場所?」
「私さっき言ったよね。住宅地でこけたって」
あ、そう言えばそんなこと言っていたような。
「思わず叫び声をあげながら転倒する私! そして集まる、通行人たちの、視線、しせん、シセン!」
「うわ……それは恥ずかしい」
「うん。穴があったら入りたくなるくらい」
「ウィリーしようとしてこけたんでしょ? 自業自得じゃない」
そんな葉留佳の英雄譚を、佳奈多はバッサリと切り捨てていた。
「おねーちゃんヒドい……可愛い妹が全身傷だらけになったっていうのに」
言われてみれば、葉留佳はすり傷だらけだった。
「というわけであおちん、ここに傷薬って売ってない?」
「……ここ、駄菓子屋なんだけど」
蒼がため息交じりにそう言う。
「確か、座敷奥の棚に置き薬がありますよ。特別に分けてあげましょう」
いや藍、いかにもな感じで言ってるけど、その薬っておばーちゃんのだから。
「はい、どうぞ」
そう思っている間に、藍はさっさと座敷へと上がり、傷薬を持って戻ってきた。
「あいちん、ありがと」
「藍、代金払うわよ?」
薬を受け取って、早速塗り始める葉留佳に対し、代わりに代金を払おうとする辺り、佳奈多は律儀だった。
「結構ですよ。実は使用期限切れてますので」
「ええええーーー!」
また葉留佳がひっくり返った。恭介曰く、騒がし乙女とはよく言ったもんだ。本当に騒がしい。
「ほら葉留佳。さっさと起きて、薬を貸してみなさい。首の後ろとか、塗りにくいでしょ」
「ぎゃーーー! 染みるぅーーー!」
「そういえば、置き薬の中に湿布もありましたよ。蒼ちゃん、今日は腕が痛いって言ってましたし、貼ってあげます」
「ありがとー」
そういえば蒼は昨日、かき氷20杯も作ったんだっけ。やっぱり筋肉痛になったらしい。
「よいしょ」
「ひえぇ、冷たっ……」
気温と湿布との温度差があるからだろうか、蒼はものすごく冷たそうにしていた。
それにしても、双子が二組もいると、なんだか目がおかしくなってくる。
「蒼ちゃん、もう一枚貼ってあげます。動かないでくださいね」
「い、一枚で良いわよー」
「駄目です。お昼から野球の練習もあるんですから。ぺたっと」
「あ、ひゃ……!」
ちょっと蒼、声がいやらしいんだけど。
「鷹原君、なんで顔を赤くしているの」
「本当ですね。何か良からぬことでも考えてるんじゃないですか?」
「いや、そんなこと考えてないから」
だから、二人揃って睨まないで。本当に怖いから。
「だったら何を考えているの?」
「いやその……やっぱり双子は仲が良いんだなって思ってさ」
「「当たり前じゃない」」
「「当たり前ですよ」」
双子たちの声がほとんど重なった。ごめん。もう許してください。
「やはは。でも時々、過保護すぎることもありますけどネ。買うジュースまでチェックされるし」
「それは葉留佳が変なジュース買ってきたりするからでしょ。何よ。レッドポーションって」
「あたしは気を抜いたら、普通にお風呂覗かれるわー」
「妹の成長を見守るのは、おねーちゃんとして当然の務めですから」
「だからって、観察日記まで書くのはやめて! アサガオじゃないんだから!」
うん。やっぱり仲が良かった。
その後、目的のビー玉を購入したらしい葉留佳が佳奈多と一緒に帰るというので、俺たちも帰宅することにした。
「夏海ちゃん、そろそろ俺たちもお昼ご飯食べに帰ろうか」
「はい! それでは皆さん、またです!」
「二人とも、安全運転で帰りなさいね」
「羽依里くん、なっちゃん、またねー」
「またお昼からですね」
「またねー」
笑顔で手を振ってくれる双子たちに手を振り返しながら、俺たちは駄菓子屋を後にした。
第二十九話・あとがき
おはこんばんちわ。トミー@サマポケです。
今回より、リトバスメンバーとの交流が本格的に始まりました。
同日中に野球の練習や灯篭作りも入れる必要があったので、気がつくと相当な文字数になってしまったので、前後編に分けさせていただきました。
しかし、書きたかった交流をたっぷりと書いたせいか、まさか午前中だけで前編が終わってしまうなんて……(汗
このキャラとこのキャラの、こんなやりとりが見たいというのがありましたら、感想の方に遠慮なく書いてください。できる限り取り入れさせてもらいます!
後編は、原作でもありました灯篭作りと、本格的に野球の練習をする予定です。
今回も、最後まで読んでいただいてありがとうございました!
感想など頂けましたら、泣いて喜びます!