Summer Pockets #2   作:トミー@サマポケ

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第三十一話 8月20日(前編)

 

 

 ……朝。

 

 今日も夏海ちゃんの声で起こされ……ない。

 

 というか、なんだろう。布団の中がいつも以上にあったかいような。

 

 そう思って布団をめくってみると……何故か俺の布団の中に、夏海ちゃんがいた。

 

「はっ!?」

 

 なにこれ。どういう状況?

 

 夏海ちゃんは俺にくっつくようにして、ぐっすり眠っていた。どうしようこれ。

 

「えーっと」

 

 うん。一度布団から出よう。夏海ちゃんを起こさないように慎重に布団から出て、顔でも洗って、冷静になるんだ。

 

「ふー……」

 

 一度深呼吸をして、ゆっくりと布団から抜け出そうとすると……俺の右足が夏海ちゃんの足に当たってしまい、結構な勢いで夏海ちゃんの身体が揺れた。

 

「ん、ん……」

 

 一瞬身じろぎした後、ゆっくりとその目が開く。これはやばい。

 

「……」

 

 夏海ちゃんの目が泳いでいる。状況を把握できてない感じだった。

 

 いやまあ、俺も把握できてないけど。

 

「えっと、おはよう。夏海ちゃん」

 

「おはよーございます……?」

 

 とりあえず、挨拶をしておいた。朝の挨拶って大事だよね。

 

「……え、ええええ!?」

 

 そこでようやく状況が理解できたのか、夏海ちゃんは布団を跳ね飛ばしながら上体を起こす。

 

「な、なんで羽依里さんが私の布団にいるんですか!?」

 

 夏海ちゃん、そんな目で見ないで。何もしてないから。地味に傷つくから。

 

「いや、ここは俺の部屋なんだけど……」

 

 改めて部屋の中を見渡してみる。ここ一ヶ月、すっかり見慣れた俺の部屋で間違いなかった。部屋の隅に置いてある鞄も、間違いなく俺のものだし。

 

 大きなアリクイのぬいぐるみも絵日記帳もないし、少なくとも、夏海ちゃんの部屋じゃないと思う。

 

「あ、あれっ? あれ? 本当ですね……?」

 

 夏海ちゃんも同じように見渡して、不思議そうな顔をしている。

 

「夏海ちゃん、もしかして夜のうちに一回起きたとか?」

 

「うーん、えーっと。どうでしたっけ……」

 

 夏海ちゃんは寝癖のついた頭を抱えて、記憶の糸を手繰り寄せている。

 

「……あ、思い出しました! 私、夜中にお手洗いに起きたんですよ!」

 

 そういえば昨日は暑かったし、夏海ちゃんは麦茶をたくさん飲んでいた気がする。

 

「その後部屋に戻るとき、寝ぼけて俺の部屋の布団に入っちゃったと?」

 

「はい! それです!」

 

 夏海ちゃんは後ろ頭をかきながら、ばつが悪そうに笑っていた。部屋が隣同士だし、間違えても無理はないけど。

 

「目が覚めたら、目の前に羽依里さんの顔があったので、びっくりました」

 

「うん。俺もものすごく驚いたよ」

 

 夏海ちゃんは顔を赤くしていた。何にしても、変な誤解をされずに良かった。

 

「じゃあ、夏海ちゃんも自分の部屋に戻って、ラジオ体操の準備を……」

 

 

 

 ……その時、静かな音を立てて、俺の部屋のふすまが開いた。

 

「羽依里君、そろそろ起きないと、ラジオ体操に遅れる……よ」

 

 その隙間から鏡子さんが顔を覗かせて……笑顔のまま、固まった。

 

「……えーっと……」

 

 俺は今一度冷静になって、自分の置かれた状況を見てみる。

 

 俺と夏海ちゃんは二人揃って同じ布団の中。夏海ちゃんは顔を赤面させているし、誤解を生むには十分だった。

 

「……お姉さんに連絡しなきゃ!」

 

 ほら。やっぱりこの流れだ。

 

「鏡子さん! 誤解です!」

 

「待ってくださーい!」

 

 俺と夏海ちゃんはほとんど同時に起き上がり、鏡子さんを止めに走った。今日も賑やかな朝の始まりだった。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「はぁ、朝から疲れちゃいました」

 

「本当だね……」

 

 あの後、二人がかりで鏡子さんの誤解を解いたものの、かなりの時間を使ってしまった。

 

 それから急いでラジオ体操の準備をして、全力ダッシュ。俺たちは朝からへとへとになりながら、なんとか神社に到着していた。

 

 

 

 

「皆、おはよう」

 

「おはようございます!」

 

 神社に集まっていた皆に挨拶をする。今日もリトルバスターズの面々が参加していて、すごく人数が多い。

 

 

「うおおおー! 筋肉ゴーカートが通りまーす!」

 

「すげぇー! 筋肉すげぇー!」

 

「筋肉のにーちゃん! 次オレね!」

 

「順番なんて言わずに、二人一緒にやってやるぜ! 筋肉のメリーゴーランドだ!」

 

「「わーーーい!」」

 

 その集団から少し離れたところで、真人が島の子供たち数人と遊んでいた。あの筋肉にものを言わせた交流はすごい。まさに筋肉外交だった。

 

「よーし、いっくぞー!」

 

「こーい、はるちん!」

 

「オレたちに負けて、吠え面かくなよ!」

 

 その向こうでは、葉留佳が島の子供たちとビー玉やメンコで遊んでいた。

 

「リトルバスターズの皆、朝から本当に元気よねー」

 

 いつの間にか隣に来ていた蒼が、しみじみと言っていた。俺も確かにそう思う。

 

「ところで蒼、今日はポニーテールなのな」

 

「そうよー。珍しーでしょ」

 

 ちなみに、例のトンボ玉は髪留めの中に括られていた。あの髪留めも、色々なバリエーションがあるんだな。

 

「今日も野球の練習あるんでしょー? この髪型のほうが、やりやすいしねー」

 

 島の女の子は皆髪が長いし、確かに髪を纏めてる方が動きやすいと思う。

 

「……それにしても、やけにネコが多くないですか?」

 

 その時、蒼の隣に藍がやってきて、訝しげに周囲を見渡していた。言われてみれば、今日の境内にはネコが多い気がする。いつもはほとんど見かけないのに。

 

「あ、それってもしかして、鈴さんのせいじゃないですか?」

 

「え、鈴?」

 

「ほら、あそこです!」

 

 夏海ちゃんが神社の一角を指さす。そこには、鈴の後ろをついて歩く無数のネコの姿があった。

 

「……すごいですね。あれって、元々は港のネコたちですよ? 鈴さんはしま猫団のボスですか?」

 

 藍、ひげ猫団みたいな言い方しないで。

 

「しま猫団か……鴎のひげ猫団と、良いライバルになりそうだな」

 

 その時、恭介がそう言いながら、こっちにやってきた。

 

「よう」

 

「ああ、おはよう恭介」

 

「恭介おにーさん、おはようございます」

 

 恭介に挨拶を返した直後、昨日の食堂でのやり取りを思い出した。

 

「そうだ恭介、昨日の食堂での件だけど」

 

「安心してくれ。練習時間の件、あのオッサンにしっかり伝えたぜ」

 

「そっか。ありがとう」

 

「それで、余計な心配かもしれないが、紬や静久、鴎には練習時間を伝えなくていいのか? 見たところ、今日は来ていないみたいだが」

 

「あ、本当だ」

 

 恭介に言われて気が付いた。今日の練習時間はラジオ体操の時に伝えればいいと思っていたけど、鴎や紬等、その日の都合でラジオ体操に参加しない時もあるんだった。

 

 昨日の練習中に、今日の予定を決めておくべきだったと、つくづく思う。

 

「なら、今日のところはのみきに鉄塔から練習時間を放送してもらったらどうだ? 可能だろ?」

 

 恭介からそう提案された。確かに、それが一番確実かもしれない。

 

「おーい、のみきー」

 

 俺と恭介は空門姉妹や夏海ちゃんのそばを離れ、クドや天善と話をしていたのみきの方へ行く。

 

「む? 鷹原、どうした?」

 

「実は……」

 

 俺は恭介と一緒に、お昼前に鉄塔から練習時間の放送をして欲しい旨を伝える。

 

「なるほどな。そういうことなら構わないぞ」

 

「のみき、よろしく頼むよ」

 

 よし、これで問題が一つ解決した。正直、恭介が気付いてくれなかったら、危なかったかも。

 

「ああ、そういえば恭介氏。ひとつ言っておかなければならないことがある」

 

「お? なんだ?」

 

 立ち去ろうとしていた恭介を呼び止め、のみきが続ける。

 

「この島のならわしでな。祭り当日と、その翌日。つまり明日と明後日の二日間は釣りが禁止になるんだ」

 

「「え、そうなのか?」」

 

 俺と恭介の声がハモってしまった。俺も知らなかったからつい、そう聞いてしまった。

 

「悪いが、そう言う決まりなんだ。それにしても、鷹原が知らないのは意外だったな」

 

「去年の祭りの時期、俺は蔵の虫だったからさ」

 

「ああ……そういえば鷹原は当初、加藤のおばーさんの遺品整理でこの島に来たんだったな」

 

「そうそう。蔵の整理、一度始めたらハマっちゃってさ」

 

「ある意味、鷹原はそういう作業が向いているのかもしれないな」

 

「色々出てきて楽しかったしな。ビリヤード台に、卓球台に、紙飛行機に……」

 

 ……あれ?

 

 ……なんだろう。紙飛行機を見つけた時、一緒に何か見つけたような。

 

 いや、正確には『物』じゃなかったかもしれない。なんだっけ。思い出せない。

 

「だがのみき、明日からは駄目でも、今日は釣りをしても良いんだろ?」

 

「ああ。今日までは釣りをしてもらって構わない」

 

 ……一瞬、何か妙な感じがしたけど、すぐ霧散してしまった。

 

 慌てて、恭介とのみきの会話に意識を集中する。

 

「祭りの前日と言うことで人も増えるし、静かに釣りというわけにはいかないがな」

 

「それは当然だよな。やっぱり、祭りは島民にとって一大イベントなんだろ?」

 

「ああ、祭り当日とその翌日は大きめの臨時船も出てな。船の本数も増えるんだぞ」

 

 心なしか、のみきも嬉しそうに言っていた。

 

「なら、今日は午後に時間を見つけて、浜辺で海釣りとしゃれこむとしよう。フィッシュ斉藤の本領発揮だぜっ!」

 

 よくわからないけど、恭介は釣りの趣味があるんだろうか。浜辺だって言ってたし、時間があったら見に行ってみようかな。

 

「お前らー! 準備は良いかー? 今日もラジオ体操を始めるぞー!」

 

 その時、ラジオ体操大好きさんがやってきた。今日もラジオ体操が始まる。

 

 

 

 

「第四の体操! 三半規管の鍛錬! ぐるぐるぐる~!」

 

 ラジオ体操大好きさんが頭を振り回す。

 

「ぐるぐるぐる~!」

 

 俺たちもそれにならって、頭を振り回す。

 

「うう、きもちわるい……」

 

「ろーりんぐおぶざわーるど、なのですー……」

 

 小毬さんもクドも左右にふらふら揺れながら、涙目だった。あの運動は、なかなか慣れるもんじゃない。

 

 

 

 

「よし、今日のラジオ体操はここまでー!」

 

「「ありがとうございましたーー!」」

 

「さあ、今日のスタンプはこっちだぞー」

 

 ラジオ体操が終わり、今日のスタンプとログボを受け取る。

 

「おお、今日のログボはリンゴジュースだ」

 

 ラジオ体操大好きさんから、パックに入ったリンゴジュースを受け取る。日陰に置いてあったんだろうか、ほどよく冷えている。

 

「ところで、ログボってなんですか?」

 

 今日も白い日傘をさしていた西園さんが不思議そうな顔をしていた。

 

「スタンプカードを持つ人だけがもらえる、参加賞みたいなものだよ。今日はリンゴジュースだけど、日によってはタコまるごと一匹だったり、野菜だったりするんだ」

 

「……変わった風習ですね」

 

 まさかの風習呼ばわりだった。確かに、俺の地元のラジオ体操にはログボなんてないけど。

 

 とりあえず喉も乾いてるし、飲もう。横についていたストローをパックに刺して、飲み始める。

 

「おお。美味しい」

 

 さすが果汁100%ジュースだ。爽やかなリンゴの香りが鼻に抜ける。

 

 喉が渇いていたし、一気に半分くらい飲んでしまった。

 

「夏海ちゃん、運動の後のジュースは最高だよね」

 

「そ、そうですね……」

 

 夏海ちゃんはリンゴジュースを飲むことなく、じっと見つめていた。

 

「……羽依里さん、家に粉ゼラチンありましたっけ」

 

「いや、なかったと思うけど」

 

「みかんチャーハンやいちごチャーハンが実際にあるくらいですし、リンゴチャーハンがあっても……」

 

 なんかぶつぶつ言ってる。この流れはまずい。夏海ちゃんがチャーハンモードになる。

 

「たまにはシンプルに卵と塩コショウのチャーハンが食べたいな。夏海ちゃんのチャーハン、美味しいし」

 

「そんなのダメです! 具なしのチャーハンなんて、チャーハンへの冒涜です!」

 

「いや、俺は卵も十分チャーハンの主役になると思うけど……」

 

「いえ、卵はあくまでチャーハンの引き立て役です!」

 

 夏休みの最初のほう、黄金の卵チャーハンがどうとか言ってたような気がするけど。

 

「このままでは、まともなチャーハンが作れません。何かいいアイデアがないでしょうか……!」

 

 天を仰いでいる。どうしよう。チャーハンスイッチ入っちゃった。

 

 俺は残ったジュースを飲みながら、頭を抱えるしかなかった。

 

「さっきから、なにを騒いでるんだ?」

 

 その時、その騒ぎを聞きつけて、恭介たちリトルバスターズのメンバーがこっちにやってきた。

 

「ちょうど良かったです。皆さんに聞きたいことがあるんですけど」

 

 夏海ちゃんが俺を押しのけて、リトルバスターズの前に立つ。

 

「皆さんはチャーハンの具、何が好きですか?」

 

 夏海ちゃんが物おじすることなく、そんなことを聞いていた。なんだろう。皆の好みから、今日のチャーハンのヒントを得ようという魂胆だろうか。

 

「そりゃ、チャーハンと言えば焼き豚だろう。あの焼き豚のゴロゴロした感じが良い」

 

「だよな。がっつり筋肉になりそうだしな」

 

「なにより、腹が膨れるからな」

 

「僕も焼き豚チャーハンかなぁ。一応、男だし」

 

 男性陣は満場一致で焼き豚チャーハン推しだった。

 

「男性陣には悪いが、私はキムチチャーハンを推そう。栄養価は焼き豚の比ではないぞ」

 

 そう言うのは来ヶ谷さんだった。確かにキムチの方が体には良さそうだけど。

 

「小毬さんはどうですか?」

 

「私はチャーハンはそこまで食べないけど、あんかけチャーハンはおいしいよねー」

 

「あんかけリンゴチャーハン……」

 

 だから夏海ちゃん、リンゴを前提にしないで。

 

「私は麻婆チャーハンかなー。中華料理同士、最強のコラボレーションだと思うけど」

 

「私はレタスチャーハンね。なんかヘルシーっぽくない?」

 

 がっつり系とあっさり系。葉留佳と佳奈多は双子なのに、かなり好みが違うみたいだ。どっちも美味しそうだけど。

 

「……たっぷりの油を使っていますし、レタスチャーハンもヘルシーとは言い難いと思いますが」

 

 その時、西園さんがそう口にしていた。もしかしてこの人って、ツッコミ役なのかな。

 

「じゃあ、そう言う西園さんは何チャーハンが好きなの?」

 

 ツッコまれたことが悔しかったんだろうか。佳奈多がそう聞いていた。

 

「私はカニチャーハンですね」

 

 ポピュラーなエビじゃなく、あえてカニなところが通っぽい。

 

「鈴さんはどうですか?」

 

「あたしはツナだ」

 

「え?」

 

「ツナチャーハンが美味しい」

 

「ツナチャーハンですか……クドさんはどうですか?」

 

「しいてあげるなら、五目チャーハンですね。あのハーモニーは最高なのですー」

 

「三種のリンゴチャーハン……」

 

 もはや、どこかの牛丼屋のメニューみたいになってるし。夏海ちゃん、しっかりして。

 

 

 

 

「うーん。うーん」

 

 皆の意見を聞いた後、夏海ちゃんは悩んでいた。

 

「俺たちの好みのチャーハンを聞いて、そこから更に悩んでいるみたいだが、一体どうしたんだ?」

 

「何か、良いチャーハンのレシピが思い浮かばないかと思いまして」

 

「およ? なっちゃん、チャーハン作るの?」

 

「はい。実は毎朝チャーハンを作ってまして」

 

「なんだそれは、何かの罰ゲームなのか?」

 

 葉留佳に続いて、鈴が不思議そうな顔をしていた。

 

「いえ、うちの朝ごはんはチャーハンと決まっているんです!」

 

 ちょっと待って。別に決まってないから。

 

「この島のチャーハン愛はすごいんですよ! 一家に一つ、チャーハン専用の中華鍋があるくらいなんです!」

 

 中華鍋は一家に一つあるかもしれないけど、チャーハン専用ってのは言い過ぎだよ。他の料理にも使うだろうしさ。

 

「チャーハン暗黒武闘会や、全国チャーハン博覧会というイベントも開催されていたんですよ!」

 

 なんだろう。夏海ちゃんがチャーハンについて熱く語りだした。やっぱり、しろはとの修行の影響だろうか。

 

 というか、暗黒武闘会っていうイベントを俺は知らないし、博覧会の方はこの島じゃなくて、宇都の方なんだけど。

 

 どんどん話が大きくなる。誰か夏海ちゃんを止めて。

 

 

 

「……というわけで、チャーハンは万能なんです!」

 

 ……最終的に、叫んじゃってた。

 

 もしこの場に、しろはがいたら止めただろうか。それとも賛同しただろうか。

 

「……すげぇ感動した」

 

 余韻が残る中、恭介は涙を流しながら、夏海ちゃんの手を取っていた。

 

「ぜひ協力させてくれ」

 

 恭介はそう言うと、財布の中から諭吉を取り出した。

 

「俺たちじゃ調理を手伝うこともできないし、せめてこの金でチャーハンの具を買わせてくれ! さらば諭吉ぃ!」

 

「え」

 

「待って恭介! それって、僕たちの帰りの旅費だよね!?」

 

「やべぇ、皆、恭介を止めろ!」

 

 そんな恭介を、リトルバスターズの皆が必死に止める。

 

「きょ、恭介おにーさんの気持ちはありがたいですけど、それを受け取るわけには……」

 

 一方の夏海ちゃんも、まさかの諭吉が出てきたせいだろうか、正気に戻って、戸惑っていた。

 

「夏海ちゃん、帰ろう」

 

 これ以上この場に居ても騒ぎが大きくなるだけだろうし、今が好機だ。俺は夏海ちゃんの手を引いて、そそくさと神社を後にした。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「それにしても、朝ごはんどうしましょう」

 

 住宅地まで戻って来たところで、手に持ったままのリンゴジュースを見ながら、夏海ちゃんが寂しそうにつぶやいていた。

 

 やっぱり具なしチャーハンっていうわけにはいかないだろうし、先日のバターみたく、冷蔵庫に何か食材が残ってないだろうか。

 

 夏海ちゃんが悲しむ顔は見たくないし、多少変わったチャーハンが出てきても、頑張って食べないと……。

 

 そんなことを考えながら加藤家の前まで帰り着くと、玄関のところに見知った人が立っていた。

 

「あれ? 玄関にいるの、こばとさんじゃないですか?」

 

 夏海ちゃんの言う通り、家の入り口にしろはのじーさんがいた。朝から来るなんて珍しい。

 

「こばとさん、おはようございます!」

 

「む、夏海に羽依里か」

 

 俺たちが声をかけると、ゆっくりと振り返る。

 

「家の中に声をかけてみたが、誰もいないようでな。お前たちはラジオ体操に行っていたのか」

 

「はい! ちょうど今、帰ってきたところです!」

 

「そうか。ちょうどいい。お前たちにこれをやろう」

 

 じーさんはそう言うと、手に持った袋を俺たちの方へ差し出してくる。

 

「あの、これは?」

 

「カレイの一夜干しをたくさん貰ってな。食べるといい」

 

「ありがとうございます! これで、チャーハンができます!」

 

「チャーハン?」

 

 じーさんは訝しげな顔をしていたけど、夏海ちゃんは大喜びで袋を受け取っていた。何か良いレシピを閃いたんだろうか。

 

「そうです。こばとさん、お礼と言ってはなんですが、このリンゴジュースあげます!」

 

「ラジオ体操のログボか。気にせず、お前たちで飲むといい」

 

「いえ、受け取ってください!」

 

 夏海ちゃんは無理矢理、じーさんの手にリンゴジュースを握らせる。

 

「む、むう……」

 

 その迫力に気圧されたのか、じーさんは押し黙ってリンゴジュースを受け取る。

 

 それにしても、島の子供たちはもとより、天善や良一でさえビビるのに、なんで夏海ちゃんはしろはのじーさんと対峙しても平気なんだろう。

 

「そうだ。羽依里」

 

「え、なんでしょう?」

 

 直後、唐突に話しかけられて、俺がビビった。

 

「お前たち、あのなんとか言う余所者たちと野球の試合をするそうだな」

 

「え? ええ。まあ」

 

 まさか、じーさんの口からその話題が出るとは思わなかった。

 

「昨日、漁から戻ってみると、しろはが庭先でバットを振り回していてな」

 

 じーさん、その言い方には語弊があると思う。しろはも練習を頑張ってくれているみたいだけど。

 

「祭りの準備で忙しいこの時期に、何をしているのかと聞いたら、野球の試合をするとな」

 

 ……あれ? この流れ、まさか試合するのを止められたりしないよな?

 

「あの余所者に負けぬよう、せいぜい頑張ることだ。お前たちはこの島を代表して戦うのだからな」

 

「え……はい、頑張ります!」

 

 良かった。どうやら、じーさんなりに応援してくれたんだと思う。少しだけ、冷や汗が出た。

 

「それじゃあな」

 

 しろはのじーさんはそこまで話すと、帰っていった。

 

「こばとさんに応援されたら、頑張らないといけませんね! 羽依里さん、私たちも朝ごはん食べたら、練習しましょう!」

 

 そうか。そういえば、朝練やるんだっけ。

 

 カレイの一夜干しを持って意気揚々と家の中に入っていく夏海ちゃんを追って、俺も加藤家へと入っていった。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「お待たせしました! カレイチャーハンです!」

 

 しばらく居間で待っていると、夏海ちゃんが今日のチャーハンをおぼんに乗せてやってきた。

 

 同時に、なんだかスパイシーな香りも漂ってくる。

 

「えへへ、カレイとカレーを合わせてみたんです! 今日も自信作ですよ!」

 

 テーブルに置かれたチャーハンを見てみると、全体的に黄色い。どうやら、カレー粉で味付けしてあるみたいだ。

 

「これ、カレー粉?」

 

「はい! メインの具がカレイだと、塩コショウしても味が薄いので、カレー粉を使って仕上げました!」

 

 結果的に、しろはのじーさんからもらった食材で立派なチャーハンが作れたみたいだ。良かった良かった。

 

「それじゃあ、食べましょう!」

 

 夏海ちゃんはエプロンを外して、俺の向かいにに座る。

 

「それじゃ、いただきます」

 

 俺もスプーンを手に取って、カレイチャーハンに取りかかる。

 

「うん。美味しい」

 

 パラパラのごはんとフレークにされたカレイの身のバランスが絶妙だった。鈴が言ってたツナチャーハンって、こんな感じなのかもしれない。予想以上に美味しかった。

 

 

 

 

 朝食を済ませた後は、野球道具を持って庭に出る。そこまで背は高くないけど竹製の塀があるし、外にボールが飛び出したりはしないと思う。

 

「それじゃ、朝練スタートです!」

 

 夏海ちゃん、恭介みたいなこと言わないでほしい。

 

 記憶を頼りに、マウンドとホームベースくらいの間隔を開けて、夏海ちゃんと対峙する。

 

「羽依里さん、行きますよ!」

 

「うん。いつでもいいよ」

 

 マウンドに立ったら、夏海ちゃんの表情が変わった。あれだけ真剣な表情、初めて見るかも。

 

「えい!」

 

 そのまま振りかぶって、第一球を投じる。

 

 ……投げられたボールは、俺が構えるミットの位置を大きく外れ、文字通り斜め上の方向に飛んできた。

 

「おっと!」

 

 反射的に手を伸ばすけど、ギリギリのところで捕球できない。むしろ、ミットに掠ったせいで更に弾道が変わって、ボールは塀を超えて隣の家に飛び込んでしまった。

 

「うわ、しまった」

 

 反射的に背後を振り返ると、それとほぼ同時に何かが割れるような音がした。

 

「あわわわわ」

 

 口元に手を当てて驚愕の表情を浮かべる夏海ちゃんと一緒に、慌てて路地の方に飛び出し……ボールが飛び込んでいった家へと向かう。

 

「すみませーん! ボール取らせてくださーい!」

 

 やってることは、まんま小学生だった。ものすごく恥ずかしい。

 

「ありゃ、ボールかい?」

 

 玄関口から声をかけると、家の中から温和そうなおじさんが出てきて、庭の方に案内してくれる。

 

「加藤さん家からだと、こっちの方だと思うんだけどねぇ」

 

 おじさんについて行くと、庭先に置いてあった植木鉢が割れていた。もしかしなくても、俺たちのボールのせいだろう。

 

「「あの、ごめんなさい」」

 

 俺と夏海ちゃんは同時に謝っていた。

 

「ああ、全然構わないよ。もう古くて、ほとんど枯れたような植木だったしねぇ」

 

 おじさんはひらひらと手を振って、笑顔で許してくれた。

 

「それより今度、島を代表して野球の試合をするんだって? 頑張ってね」

 

「え? はい。頑張ります」

 

「当日は島の皆で応援に行くからね」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 いつの間にか、噂がどんどん広がっているみたいだ。なんだか大事になってきた。

 

 その後はせめてもの償いにと、植木鉢の片づけだけでも手伝わせてもらった。

 

 

 

 

 加藤家に戻ってきた俺たちは、今度は場所を変えて、蔵がある方の庭で練習をすることにした。

 

 ここなら木製の立派な塀があるし、万が一にもボールが敷地の外に飛んでいくことはないだろう。

 

「……さっきはすみません。なんだか昨日と感覚が違って、すっぽ抜けてしまって」

 

「うん、わかるよ」

 

 俺も水泳をやっていた頃は、一日泳がなかっただけで身体が妙に重たく感じることがあったし。

 

「少しずつ、ゆっくりでいいからね」

 

「はい!」

 

 その後は夏海ちゃんも感覚を取り戻したようで、充実した投球練習をすることができた。

 

 

 

 

「ふう、良い汗かいたね」

 

「はい!」

 

 朝練を終えて、庭から玄関先に戻ると、そこに鏡子さんが立っていた。いつの間に帰ってきたんだろう。

 

「あれ? 鏡子さん、どうしたんですか?」

 

「あ、羽依里君」

 

 近くに寄ってみると、鏡子さんは台座に登って、頭上に設置された玄関灯をいじっていた。

 

「そこの電球、切れちゃったんですか?」

 

「うん。少し前から、なんとなく調子悪かったんだけど、今朝見たら消えてたんだよ」

 

 鏡子さんの『朝』ということは、たぶん4時か5時くらいの、まだ暗い時間の話なんだろう。

 

「それで、電球も新しいのに変えてみたんだけど、点かないんだよね」

 

「え、変えても点かないんですか?」

 

 俺は玄関脇のスイッチを押してみるけど、無反応だった。

 

「古いし、もしかして配線がダメになっちゃったのかもね」

 

「天善とか、直せないんですか?」

 

「こういうのって、確か免許がいるはずだからね。電気工事士だったかな」

 

 よくわからないけど、バイクや自転車とは勝手が違うんだろうか。

 

「この島にも直せる人はいるけど、今はちょうど本土に行っちゃってるんだよ」

 

 じゃあ、その人が戻ってくるまでこのままなのか。まぁ、数日玄関先が暗いだけだし、大した問題じゃないけど。

 

 

 

 

「ちーっす」

 

「おはようございますっ」

 

 その時、俺たちの背後から声がした。

 

 声のした方を見てみると、加藤家の門のところに、オッサンをはじめ、早苗さんと渚さんが立っていた。その後ろには、朋也さんに肩車された汐ちゃんの姿の見える。

 

「役所のハイドロ嬢に家の場所を聞いたら、ここだって言うからよ。なかなかにでけぇ家じゃねぇか」

 

 オッサンは腰に手を当てながら、加藤家を眺めていた。

 

「そういえばオッサン、野球の練習時間についてなんだけど」

 

「あ? ああ、同じホテルに泊まってるってヤツに教えてもらったぜ。恭介とか言ったか」

 

「うん……その、ごめん」

 

 その恭介のおかげで事なきを得たわけだけど、ここは謝っておく。

 

「気にすんな。俺様も昨日は早苗ダッシュで疲れ切ってて、確認するのを忘れてたしな」

 

「わたしがなんですかっ?」

 

 その時、早苗さんが笑顔で話に入ってきた。

 

「早苗、好きだぞ」

 

「はい、わたしも好きですよっ」

 

 オッサン、うまく誤魔化していた。

 

「それで、ここには何をしに?」

 

「正直、暇だからよ。ヘナチン小僧と夏海の練習でも見てやろうと思ったんだが……」

 

 そう言うオッサンの目は、俺と夏海ちゃんが持っている野球道具に注がれていた。

 

「言われるまでもなく、練習はしたみてぇだな」

 

「はい! それなりですけど!」

 

「普段やり慣れてねぇんだから、無理して怪我するんじゃねぇぞ。試合に出られなくなったら、元も子もねぇからな」

 

「ありがとうございます!」

 

 オッサンは夏海ちゃんの心配をしてくれていた。やっぱりこの人、顔はアレだけどすごく気配りができる人だ。

 

「で、練習も終わったってのに、玄関先に集まって何やってんだ?」

 

「えっと、実は……」

 

 俺はオッサンたちに、玄関灯が壊れてしまっている旨を伝える。

 

「……そうか。そういうことなら、ここは小僧の出番だな」

 

 オッサンはそう言いながら、朋也さんの肩を叩いていた。

 

「あんたに言われなくても、やってやるさ。汐、ちょっと降りてくれな」

 

「うん」

 

 朋也さんはゆっくりとしゃがんで、汐ちゃんを肩から降ろす。何をやってくれるんだろう。いまいち状況が飲み込めない。

 

「朋也くんは普段、電気工事の仕事をしているんですっ」

 

 汐ちゃんの手を取りながら、渚さんがそう教えてくれた。

 

「一応、免許も持ってる。ちょっと玄関灯を見せてもらっていいか?」

 

「それじゃ、お願いしちゃおうかな」

 

 そう言いながら鏡子さんが台座から降りる。代わって朋也さんが台座に登って、玄関灯を調べてくれる。

 

「これはソケット奥の配線が切れてるな。カバーを開けられれば修理できるけど、工具が必要だな」

 

「えーっと……」

 

 工具っていうと、ドライバーとかだろうか。家のどこかにあったっけ。

 

「あ。そういえば、前に蔵から本格的な工具が出てきてたんだよ」

 

 俺が考えを巡らせていると、鏡子さんがそう言って家の裏の方へ歩いていき、しばらくして大きな工具袋を持って戻ってきた。

 

「これ、少し古いけど、使えるかな?」

 

「ちょっと見せてくれ」

 

 鏡子さんから袋を受け取って、中の道具を確かめる。俺が見たところで、何に使う道具なのかさっぱりわからなかった。

 

「……これだけ揃っていれば、十分だ」

 

 朋也さんはそう言うと、すぐに修理に取りかかってくれた。

 

 

 

 

「お客さんに直してもらって、なんかすみません」

 

「気にしないでくれ。いつもの仕事に比べれば、楽なもんだ」

 

 朋也さんはそう言いながら、慣れた手つきで玄関灯のカバーを外し、配線部分を引っ張り出す。続いて断線しているらしい部分を切り取って、袋に入っていた新品の配線とつなぎ合わせる。すごい手際だ。さすがプロだった。

 

 他の皆も、一様に並んで朋也さんが修理する様子を眺めていた。

 

「パパ、かっこいい」

 

「はい、朋也くん、かっこいいですっ」

 

「汐はともかく渚まで……人前だぞ、よしてくれ」

 

 修理をしながら、朋也さんは明らかに照れていた。この人も色々大変そうだ。

 

「くそーーー! 俺様も渚や汐にかっこいいって言われてぇーーー! ジェラシィィーーー!」

 

 その様子を見て、オッサンが叫んでいた。

 

 なんだろうこの人、自分の息子に嫉妬してるんだろうか。

 

 

 

「……え、なんでこんなに人が多いの?」

 

 その時、門のところからまた声がした。

 

 振り返ってみると、しろはが立っていた。

 

「あれ、しろは、どうしてここに?」

 

「午前中に時間ができたから、一緒に野球の練習をしようかと思ったんだけど……」

 

 よく見ると、手にはバットとスイカを持っていた。島だからいいけど、都会でこの格好で歩いていたら色々と危なさそうだ。

 

「あ、このスイカはおすそ分け。朝から小川で冷やしておいたから、冷たくておいしいよ」

 

「しろは、練習なんていいから、皆でスイカ食べよう」

 

 ……オッサンが妙な声色で、なんか言っていた。

 

「なぁオッサン、もしかして今のって、俺のマネ?」

 

「ああ、そっくりだったろ」

 

「全然似てないから。それに、私の羽依里はそんなこと言わないし」

 

 俺より先に、しろはがツッコミを入れていた。ところで、その言い方はちょっと。

 

「かっ、若ぇな……」

 

「お熱いですねっ」

 

 皆が俺たちを笑顔で見ていた。どうしよう、めちゃくちゃ恥ずかしい。穴があったら入りたい。

 

「そ、それなら私、スイカを切ってきますね!」

 

 その時、夏海ちゃんがそう言い、しろはからひったくるようにスイカを受け取って、家の中に入っていった。微妙な空気に耐えきれなくなったんだろうか。

 

「皆さんも、良かったら家に上がってください。麦茶で良かったら、用意しますよ」

 

「暑くてかなわねぇし、お言葉に甘えさせてもらうぜ。修理は小僧に任せた。お前ら、行くぞ」

 

 鏡子さんの提案に一番に賛同したオッサンが、近くにいた女性陣二人の手を取って、家の中に入っていく。

 

「ほら汐、お前も来いよ」

 

「ううん。いい」

 

 オッサンが、家の中から声をかけるけど、汐ちゃんは玄関先から頑として動かなかった。

 

「汐ちゃん、ここは暑いし、皆と一緒に中に入った方がいいよ?」

 

 その様子を見てか、しろはは汐ちゃんの近くにしゃがんで、そう声をかけていた。汐ちゃんは麦わら帽子をかぶってるとはいえ、結構な汗をかいているし。日射病にでもなったら大変だ。

 

「パパのおしごと、みてたい」

 

 汐ちゃんはそう言って、修理を続ける朋也さんの方を見上げる。確かに、父親が仕事する姿とか、普段は見れないものだしね。

 

「……そっか。なら、おとーさんの仕事、しっかり見てあげてね」

 

「うん」

 

 汐ちゃんの言葉で事情を察したのか、しろはは納得したような表情を見せる。

 

「私たちも一緒に居てあげるから。もし、おとーさんが失敗したら、怒ってあげるんだよ」

 

「うん」

 

「……なぁ。さっきから、ものすごくやりにくいんだが」

 

 手元は玄関灯に集中しながらも、俺たちのやり取りをずっと聞いていた朋也さんが、ひきつった表情を浮かべていた。

 

「パパ、がんばって」

 

「お、おう」

 

 朋也さんは視線はずらさずに、一瞬だけ汐ちゃんの方に手を振って、修理作業に戻る。

 

「まったく、初めて芳野さんと一緒に仕事をした時より、汐に見られてる今の方が緊張するな……」

 

 ……結局、俺たち三人は朋也さんが修理を終えるまで、その場を動くことなく見守っていたのだった。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 その後、気がつけば俺としろはは二人だけで縁側に座って、スイカを食べていた。

 

 なんでこんなことになったんだっけ。玄関灯の修理が終わった後、朋也さんや汐ちゃんと一緒に居間に行って、そこで皆で談笑していたはずなのに。

 

 話の流れで誰かが『お若い二人は別室でどうぞ』って言って。

 

 また誰かが『それなら縁側が良いんじゃないですか?』って言って。

 

 気がついたら、こんなことになっていた。

 

 どうしよう。まさかの展開だ。

 

 しゃくしゃくとスイカを食べる。冷たくて美味しい。でも、冷えるのはお腹だけで、頭は冷えそうにない。

 

 無言でスイカを食べていると、口の中に種がたまってきた。

 

「ぷぷぷっ」

 

 俺はつい、その種を庭に向かって飛ばしてしまっていた。

 

「ちょっと羽依里、お行儀悪いよ」

 

 直後、隣のしろはに怒られてしまった。

 

「ごめん、久しぶりにやってみたくなって」

 

「まったく、子供なんだから」

 

 しろははスイカの種をそのまま飲み込んでるみたいだった。スイカバーが好きなくらいだし、やっぱりスイカも種まで好きなんだろうか。

 

「……ふう、ごちそうさま」

 

 スイカを食べ終わり、何の気なしに空を見上げる。

 

 ……大きな入道雲が出ていて、ものすごく、夏だった。

 

「ここ、なんでかそこまで暑くないね」

 

「そうだよな」

 

 ここの縁側は内縁という種類で、直射日光が当たりにくい作りになっている。

 

 それでいて、庭には草木が茂っているし、目の前の塀は竹製だ。涼しい風が通りやすいのかもしれない。

 

 さらには軒下に風鈴がぶら下がっていて、時折涼しげな音が聞こえてくる。そのせいか、普段はうるさい蝉の声も、どこか遠くに聞こえるし。

 

 ……気がつけば、俺としろははそっと手を重ねていた。

 

 この夏をしろはと一緒に過ごせている。それだけで、すごく幸せだった。

 

「……しろは、ひとつお願いがあるんだけど」

 

「え、なに?」

 

 ……でも、幸せがずっと続いていると、人間はそれ以上のものを求めてしまうものだ。

 

「……膝枕してほしいんだけど」

 

「ぶっ」

 

 しろはが噴出していた。

 

「い、いいい、いきなり何を言い出すの」

 

「駄目かな」

 

 この夏陰の中で、しろはに膝枕してもらえたら、至福の一時になりそうなんだけど。

 

「むむむむむ……」

 

 ダメもとで頼んでみたけど、なんか悩んでるみたいだった。これは脈ありかも。

 

「ここなら、誰にも見られないとは思うけど?」

 

 さっきも言ったように、庭の周囲は草木と竹塀で囲まれている。縁側も良い感じに隠れているから、誰かに見られる心配もない。

 

「ほ、本当に膝枕してほしいの?」

 

「うん、してほしい」

 

 ……こういうのって、男の夢だから。

 

「……そ、そこまで言うなら……ど、どうぞ」

 

 しろははもじもじしながら、スカートのしわを整える。

 

「そ、それじゃあ遠慮なく」

 

 俺はできるだけゆっくり身体を傾けて、しろはのふとももに頭を預ける。

 

「……うわ、柔らかい」

 

「わ、わざわざ声に出さないで」

 

 しろはは涙目で、俺の顔を覗き込んできた。

 

「お、お願いだから、横向いて」

 

「え、なんで?」

 

 俺としては、このまましろはの顔を見つめていたいんだけど。

 

「見つめられると、恥ずかしいから!」

 

 確かに、顔が真っ赤だった。たぶん、俺もだろうけど。

 

「ほら、あっち向いて!」

 

 しろはは身体を前後に揺らして、俺の方向転換を促す。でもしろは、そうやって揺さぶられるとその、ふとももの触感がより一層伝わってくるんだけど。

 

「わ、わかった。わかったから」

 

 言われるがままに横を向くと、今度は俺の右耳がしろはの身体と密着する。うわ、めっちゃ心臓の音が聞こえるんだけど。

 

「~~~~……」

 

 その後、しろはは黙り込んでしまった。死ぬほど恥ずかしいに違いない。

 

 でも、良いなこれ。すぐ近くにしろはを感じられるし。安心感からか、いい塩梅に眠くなるし……。

 

 

 

 

 ……そのまま眠りに落ちようかという時、塀の向こう側から小さな話し声が聞こえてきた。

 

「ちょっと奥さん、見てごらんよ」

 

「うわー、らぶらぶねぇ」

 

「あの様子だと、同棲するって噂もあながち嘘じゃないかもしれないねぇ」

 

 ……なんの話をしてるんだろう?

 

 不思議に思って、うっすらと目を開けると……塀に目があった。

 

「……え!?」

 

 正確に言うと、塀の隙間から通行人がこっちを見ていた。どうやら、竹製の塀は経年劣化による隙間が何か所も空いているらしい。風が良く通るということは、そういうことなのに。なんで気づかなかったんだろう。

 

「え? 羽依里、どうした……の?」

 

 しろはも俺の視線を追って、竹塀の方を見て……状況を理解したみたいだ。その顔から、みるみる血の気が引いていく。

 

「ひゃあああああ!」

 

 次の瞬間、しろはが横に飛びのいた。

 

「え、ちょっと」

 

 枕を失った俺の頭は為す術なく落下して、廊下の板で思いっきりこめかみを打ってしまった。

 

「うおおお……」

 

 目から火が出た。まさに、天国から地獄だった。

 

「あ、ごめん……」

 

「だ、大丈夫。とりあえず逃げよう」

 

 まだじんじんと痛む頭をさすりながら起き上がり、俺はしろはと一緒に居間に戻った。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「あら、もっとゆっくりしてたら良かったのに」

 

 居間に戻るが否や、鏡子さんが笑顔でそう言ってきた。

 

「いえその、ちょっと色々ありまして」

 

 どうやら、鏡子さんは麦茶を飲みながら、オッサンや早苗さん、岡崎夫妻と談笑していたみたいだった。

 

「かっ、大方膝枕でもしてもらって、途中で恥ずかしさに耐えられなくなって逃げて来たんだろ」

 

 ……大体当たっていた。

 

「オッサン、実は見てたんじゃないのか?」

 

「フ……付き合い始めたばかりの渚と小僧も、そんな感じだったからな」

 

「えっ、そ、そうでしたっけ。あまり朋也くんに膝枕をした記憶はないんですが」

 

「今も時々してやってるじゃねぇか。部屋でよ」

 

「あ、あれは朋也くんが耳掃除をしてほしいと言って来るので、ちょっと積極的になっちゃってるだけです!」

 

「ぶっ!?」

 

 渚さんの一言で、朋也さんが、飲んでいた麦茶を吹き出しそうになっていた。

 

 なんだろうこの夫婦。子供もいるのに、今もラブラブなんだろうか。それはそれで羨ましいような気もするけど。

 

 

 

「……あれ? そういえば汐ちゃんは?」

 

 その時、しろはが部屋を見渡しながら、そう問いかける。言われてみれば、夏海ちゃんの姿もない。

 

「はい、しおちゃんなら向こうの部屋で、夏海ちゃんと一緒に絵を描いていますっ」

 

 渚さんが示す先、半分開いたふすまの向こうで、夏海ちゃんと汐ちゃんが畳の上に寝そべりながら、一緒に絵を描いていた。

 

 なんとなく気になったので、俺はしろはと一緒に隣の部屋へと向かう。

 

「汐ちゃん、何を描いているの?」

 

「だんご」

 

「え、だんご?」

 

 だんごって何だろう。

 

「……これ」

 

 汐ちゃんが描いた絵を見せてくれた。丸い物体に、二本の線で目が描かれている。どこかで見たようなキャラクターだった。

 

「だんご、可愛いですよね」

 

 夏海ちゃんも同じような絵を描いていた。どうも、汐ちゃんに合わせているみたいだ。

 

「汐ちゃん、上手だね」

 

「えへへ」

 

 しろはが誉めると、汐ちゃんは嬉しそうに笑っていた。

 

「……できれば、汐には小さい時から絵心を身につけておいて欲しいからな」

 

「はい。それはわたしも思います」

 

 隣の部屋から娘が絵を描く様子を眺めながら、岡崎夫妻が揃って意味深な顔をしていた。

 

「……あの、何か絵に嫌な思い出でもあるんですか?」

 

 それが気になったのか、夏海ちゃんが絵を描く手を止めて、二人にそう質問する。

 

「……ほら、小学生の頃、授業で自画像って描くだろ?」

 

「はい。描きますね」

 

「わたしや朋也くんも小学生の頃、授業で自画像を描いた思い出があるんです。ただ……」

 

「ただ……?」

 

「一生懸命描いたのに、美味しそうなカレーライスですねって言われましたっ」

 

「俺は頑丈そうなキャッチャーミットだなと言われたぞ」

 

「ええー……」

 

 自画像描く授業なんだから、教師もわかっていそうなものなのに……カレーライスとキャッチャーミットはひどい。

 

 つまり、両親揃って絵心がないから、せめて娘は……と言うことなのか。

 

 お、俺としろはの場合は大丈夫だよな。しろはは絵が上手いし。

 

「……どうしたの羽依里、私の方を見て」

 

「いや、なんでもないよ」

 

「かっ、どうせ自分たちの場合は大丈夫だよなとか、考えてたんじゃねぇのか?」

 

「そ、そそそんなことはないから」

 

 思いっきり動揺してしまった。やっぱりこの人、読心術でも使えるんだろうか。

 

 

 

 

「すっかり長居してしまって、すみませんでした」

 

「いえ、こちらこそありがとうございました」

 

 その後は結局、お昼近くまで談笑をして、オッサンたちは帰っていた。

 

「……なんて言うか、すごく幸せそうな家族だったね」

 

「本当だな」

 

 俺としろはは玄関先に出て、笑い合いながら遠ざかっていく五人を見送っていた。

 

「……私たちも、ゆくゆくは……」

 

「え?」

 

「な、なんでもないし! 帰る。お邪魔しました!」

 

 しろはは何か言いかけて、そのまま逃げるように走り去っていった。

 

 俺は首をかしげながら、そんなしろはを見送っていた。

 

 

第三十一話・完




第三十一話・あとがき


おはこんばんちわ。トミー@サマポケです。
最近、前後編に分けるのか当たり前になってきています。長くなってしまい、本当にすみません。

そして今回はいつも以上に夏海ちゃんの出番が多すぎたように感じました。これもすみません。

さて、今回のメインは男の夢、しろはの膝枕で……はなく、オッサンたちをはじめとした、CLANNAD勢との交流でした。
どうしても朋也君のスキルを活かす場面が書きたかったので、玄関灯の修理のシーンを入れてみました。自然な仕上がりになっていると良いのですが。

ちなみに、汐ちゃんが絵を描く下りで出た、カレーライスとキャッチャーミットの話。

原作で演劇部のポスターを作るときに、朋也君と渚が同じやり取りをしてるんですが、お気づきになりましたでしょうか。

今回も、最後まで読んでいただいてありがとうございました!
感想など頂けましたら、泣いて喜びます。
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