Summer Pockets #2   作:トミー@サマポケ

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第三十二話 8月20日(中編)

 

 

「ぐぅ」

 

 皆が帰ったと同時に、お腹が鳴った。

 

 普段、家にお客さんを迎えることがないせいか、知らず知らずのうちに気疲れしてしまったのかもしれない。

 

「夏海ちゃん、ちょうどお昼だし、ご飯にしようか」

 

「はい! どのカップうどんにしますか?」

 

「えーっと、そうだね……」

 

 買い置きのカップうどんと相談した結果、今日のお昼は肉玉うどんにすることにした。

 

 肉玉と言っても、お肉はフリーズドライのやつだし、卵はよくカップラーメンとかにも入ってる黄色いアレだ。

 

「これで、お昼からの野球の練習に耐えられるかな……」

 

 つい、そんな言葉が出てしまっていた。確かにお腹は膨らむけど、栄養価的には微妙なところだった。

 

「栄養面に不安があるなら、オクラや納豆を入れてみない? お昼から、また野球の練習するんだよね?」

 

「はい、そのつもりですけど」

 

 でも、オクラや納豆はカップうどんに合うんだろうか。

 

 ちなみに、今日のお昼は鏡子さんも一緒だった。三人で一緒にお昼を食べるとか、久しぶりかもしれない。

 

「それじゃあ夏海ちゃん、何か良いトッピングがないか、一緒に探してみよう?」

 

「はい! そうしましょう!」

 

 そう言うと、二人は冷蔵庫の中や水屋の引き出しを漁り始めた。

 

「あの、俺も……」

 

「あ、羽依里君は居間で待ってていいよ。できたら、人数分のお箸を用意しておいてもらえるかな?」

 

「は、はい……」

 

 俺も手伝おうとしたけど、笑顔で断られてしまった。まぁ、台所の中なら二人の方が詳しいだろうし。

 

 結局、俺は人数分の箸を用意して、大人しく居間で待っていることにした。

 

 

 

 

「……あら、乾燥ワカメがあったわ」

 

「本当ですね! これを入れれば、ボリューミーなカップうどんになりますよ!」

 

「夏海ちゃん、チューブのショウガもあったよ」

 

「こっちは、チューブのニンニクが出てきました!」

 

「本当ね。スタミナがつきそう」

 

「……でもこれ、賞味期限が一年くらい過ぎてますよ?」

 

「賞味期限は美味しく食べられる期限だし、温めたらきっと大丈夫よ」

 

「そうですね!」

 

 居間で待っていると、台所から楽しそうな声が聞こえてくる。

 

 でも、賞味期限が切れたのはちょっと怖い。仮に熱を通したとしても不安だ。

 

 というか、乾燥ワカメは前に地獄を見たから、できれば入れたくない。もし持ってきてくれた時は、断固拒否しよう。

 

 

「そういえば夏海ちゃん、明日……だけど。どうするの?」

 

「あ……えーっと……」

 

 ……その時、二人の話し声が急に小さくなった。

 

「……まだ……りません」

 

「本当に……いの? 後は私……とかできる……」

 

「……い。まだ……ませんから」

 

 反射的に聞き耳を立てるけど、声が小さすぎて聞き取れなかった。

 

 明日と言えばこの島の祭りの日だけど、何か二人だけの用事でも入ってるのかな。

 

 気になったけど、今更台所に顔を出すわけにもいかず、俺は一人居間で悶々としていたのだった。

 

 

 

 

「おまたせしました! カップうどん、スペシャルトッピングです!」

 

 しばらくして、おぼんに三つのカップうどんを乗せた夏海ちゃんがやってきた。

 

 三つのカップうどんには既にお湯が入れられているようで、完成間近といった感じだった。

 

「あれ? トッピングはどこにいったの?」

 

 確か、スペシャルトッピングとか言ってたけど。お盆の上にはふたがされたカップうどんが乗っているだけで、それらしい物の姿はない。

 

「はい! もう全部入れちゃってます!」

 

「え、全部!?」

 

「実はね。一つ一つ、入っているトッピングが違うの。どれに何が入っているかは、開けてみてのお楽しみだよ」

 

 夏海ちゃんに続いて、鏡子さんが台所からやってきて、そう付け加える。

 

「それでは羽依里さん、お好きなカップうどんを一つ選んでください!」

 

 テーブルの上にカップうどんを横一列に並べて、夏海ちゃんが笑顔で選択を迫ってくる。なんというか、ロシアンルーレットみたいで怖い。

 

「え、えーっと」

 

 俺の前には、三つのカップうどん。どれもパッケージは同じだ。ぱっと見、違いはない。

 

「早くしないと、麺が伸びちゃいますよ?」

 

 確かに、そろそろ3分経ってしまう。俺は覚悟を決める。

 

「じゃあ、これにするよ」

 

 そして、真ん中のカップうどんを選んだ。

 

「なら、私はこれにしようかな」

 

「私はこれです!」

 

 あとの二人も、それぞれのカップうどんを選んで食卓につく。

 

「それじゃ、いただきまーす」

 

 三人揃って挨拶をして、同時にカップうどんのふたを取る。

 

「……うわ」

 

 なんか、黒くて、緑で、茶色かった。そして匂いがすごい。

 

「おめでとうございます。それ、全部乗せですよ」

 

 夏海ちゃんが笑顔でそう言っていた。全部乗せって、まさか。

 

 乗せられているトッピングをよく見てみると、本来入っている肉玉の他に、ワカメに納豆、そしてオクラの姿が確認できた。そしてこの匂いの正体はニンニクだろう。納豆の匂いとの相乗効果で、もの凄いことになってる。

 

 先のツートップには負けてるけど、僅かに生姜の匂いもするし、本当に全部のトッピングが入ってるみたいだった。

 

「き、きっとスタミナはつくと思いますよ。栄養満点ですし、頑張って食べてくださいね」

 

 夏海ちゃんはそう言いながら、自分のカップうどんをすすっていた。夏海ちゃんのには、オクラとショウガが入っているみたいだった。

 

「うんうん。好き嫌いしちゃだめだからね」

 

 ……鏡子さん、あなたがその台詞を言いますか。

 

 確か、加藤家で一番偏食なのは鏡子さんだった気がする。

 

「食べないの? 美味しいよ?」

 

 そう言いながら、鏡子さんもカップうどんを口に運んでいた。

 

 ちらりと見えた鏡子さんのトッピングは、納豆とワカメだった。

 

「男の子なんだし、しっかり食べないと」

 

 ……そうだ、俺も男だ。

 

「……いただきます」

 

 俺は意を決して、スタミナうどんに成り果てた肉玉うどんに取りかかった。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 昼食を済ませ、俺たちは野球の練習のため小学校へと向かっていた。

 

 ちなみに、ちょうど俺がカップうどんと格闘している頃、のみきが打ち合わせ通りに鉄塔から練習時間を放送してくれていた。これで練習時間に関しては問題は無いだろう。

 

「……うっぷ」

 

「羽依里さん、大丈夫ですか?」

 

 むしろ、問題があるとすれば、俺の体調かもしれない。

 

「たぶん、大丈夫だと思う」

 

 無慈悲に増え続けるワカメの海をかき分けて、無限に伸びる納豆の糸を振り切って、なんとかスタミナうどんを完食したまでは良かったんだけど。

 

 それから今に至るまで、どんどんお腹が苦しくなってる気がする。たぶんこれ、乾燥ワカメがお腹の中で、まだ増えてるんじゃないだろうか。

 

「ぜぇ、はぁ」

 

 一度立ち止まり、両膝に手をついて息を整える。もう少しで住宅地を抜けられそうなんだけど。

 

 

「あ、羽依里ー、夏海ちゃーん」

 

 その時、後ろから声をかけられた。振り向くと、そこには空門姉妹の姿があった。

 

「お二人とも、今日もよろしくお願いします!」

 

 夏海ちゃんが元気よく挨拶をする。今日は姉妹揃って、体操服にポニーテール姿だった。

 

 あの学校の体操服、初めて見たかもしれない。

 

「……なんですか羽依里さん、そんな目で蒼ちゃんを見て。視姦ってやつですか」

 

 ちょっと藍、出会って早々変なこと言わないで。

 

「え、シカンって何?」

 

「蒼ちゃんは知らなくて良い言葉ですよ」

 

 藍は蒼の肩に手を置いて、優しく論するように言っていた。というか、藍も自分の発言には責任持って欲しい。

 

「視線が気になったのなら謝るよ。ふたりの体操服姿って珍しいと思ってさ。やっぱり野球の練習用なのか?」

 

「そうですよ。夏休みの間は、体操服も使いませんからね。どうせ汚れるなら、洗いやすいほうにしようと思いまして」

 

「え、洗いやすい?」

 

「昨日の練習で、服が泥だらけになってねー。帰ってからおかーさんに、二人揃って怒られちゃって」

 

「あー、そういうことか」

 

 二人は同じように疲れた顔をしている。あの練習の後、色々と大変だったみたいだ。

 

「……それより羽依里さん、なんだか顔色が悪くないですか?」

 

 その時、藍がそう言いながら近寄ってきた。

 

「うん、ちょっとワカメ地獄が……って」

 

 ちょっと藍、顔近いんだけど。正直、今は口臭気になるから、あまり近づかないでほしい。

 

「羽依里さん、ちょっと張り切ってお昼ごはんを食べ過ぎてしまったみたいで」

 

「ああ、自業自得というやつですか」

 

 夏海ちゃんの言葉を聞いて、藍は何か納得したみたいだ。

 

「……羽依里さんのために、ゆっくり歩いて行きましょう」

 

 そう言って、藍が先頭に立って歩き出した。会ってすぐにイニシアチブを握られている辺り、俺も鳥白島少年団のヒエラルキーに組み込まれ始めたのかもしれない。

 

 

 

 

 そして田舎道にさしかかると、例の木の下に誰かが座っているのが見えた。

 

「あれ。美魚ー、何してるのー?」

 

 近づいてみると、木陰に西園さんがいた。日陰に座っているのに、何故か日傘をさしている。

 

「美魚ちゃん、また読書ですか?」

 

「はい。ここは気持ちが良いので」

 

 確かにこの場所はこの時間帯でも涼しいし、過ごしやすいと思う。

 

「それ、お気に入りの歌集でしたっけ?」

 

 藍が美魚の隣に座り込んで、その膝の上に広げられた本を覗き込む。

 

「はい。面白いですよ」

 

「やっぱり、お気に入りの歌とかあるのー?」

 

 蒼が西園さんを挟んで、藍の反対側に座り、そう質問をしていた。

 

「そうですね。やっぱり……これです」

 

 そう言って、西園さんがゆっくりと歌集のページをめくる。やがて栞が挟まれたページで手が止まり、一つの歌を指し示す。

 

 

『白鳥は かなしからずや 空の青 海のあをにも 染まずただよふ』

 

 

「えーっと」

 

 歌の意味が解らないんだろうか。蒼が反応に困っていた。俺もよくわからないけど。

 

「……空の青色にも海の青色にも混ざれずに、一人で漂っている白鳥は寂しくないのだろうか。という歌です」

 

 俺たちの沈黙の意味を悟ったのか、西園さんが解説を入れてくれた。

 

「なんとなくだけど、寂しい歌だな」

 

「そうですね」

 

 夏海ちゃんも俺と同じような印象を持ったんだろう。神妙な面持ちで頷いていた。

 

「そうですか? 私は寂しい歌とは思いませんけど」

 

 一方で、そう言うのは藍だった。

 

「だって、四方八方を蒼ちゃんに囲まれてるんでしょう? そんなの、寂しいはずがないじゃないですか。むしろ、最高に幸せですよ」

 

 そう言いながら移動し、蒼に後ろから抱きついていた。

 

「……ぷっ」

 

 次の瞬間、西園さんが噴出していた。

 

「なるほど、そう言う捉え方もありますね」

 

 自分のお気に入りの歌の、新たな一面を見つけた感じだろうか。西園さんは嬉しそうに笑っていた。

 

「ちなみに、この歌の『白鳥』はカモメを意味しているらしいですよ」

 

「ほう、鴎」

 

 そう聞いた途端、俺の頭の中では、スーツケースに乗った鴎が海の真ん中で途方に暮れている場面しかイメージできなくなってしまった。

 

 いや、鴎なら途方にくれたりせずに、何故か持っていた釣り竿で魚釣りとか楽しんでそうだな。ポジティブだし。

 

 

 

 その後もいくつか気になる歌を見つけては、その意味を美魚に聞いたりしていた。なんだかんだで、すごく勉強になった。

 

 ……そんな会話の中で、思わぬ事実が発覚した。

 

「え、美魚は野球の試合に出ないの?」

 

「はい。私は運動が苦手なので」

 

 そういえば、西園さんが野球の練習をしているという話を聞いたことがない。

 

「その代わり、当日は実況を務めさせてもらいます」

 

「ちょっと待って。実況?」

 

 物静かな感じだし、とても実況が出来るようには見えないんだけど。あれだろうか、マイク握ったら性格変わるタイプなんだろうか。

 

「意外な才能を持ってるんですね」

 

「ほんとよねー」

 

 空門姉妹が揃って感心していた。

 

 ……はて。そういえば、何か忘れているような。

 

「そういえば、蒼さんたちはどうして体操服なんですか?」

 

「「あ」」

 

 西園さんにそう言われて、俺たちは本来の目的を思い出した。

 

「そういえばあたしたち、野球の練習に行く途中だったわね」

 

「そ、そうでした。すっかり忘れていました」

 

「西園さん、今の時間ってわかる?」

 

「今の時間ですか?」

 

 俺の問いかけに、西園さんはシンプルなデザインの腕時計を見て、時間を見てくれる。

 

「……13時ちょうどですね」

 

 ……しまった。遅刻だ。

 

「そ、それじゃ、あたしたちは行くわね!」

 

「はい。野球の練習、頑張ってください」

 

「ありがとねー!」

 

「西園さん、またです!」

 

 西園さんに手を振りながら、皆で一斉に駆け出す。

 

「……まったく、今更走っても遅刻してることに変わりはありません。遅れたからと言って怒る人もいないですし、いっそのこと、ゆっくり歩いて行っても……」

 

 最後尾の夏海ちゃんの走る速度に合わせながら、藍がぶつぶつ言っていた。確かにそうかもしれないけど、遅刻してるのは事実だし、急がないと。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「てめぇら、時間を指定しておきながら遅刻してくるとは、いい度胸だな。あぁ?」

 

 ……めちゃくちゃ怒ってる人がいた。持っているバットとサングラスも相まって、かなり怖い。

 

「まぁまぁ、そう怒らないであげてください。秋生さんも、ついさっき来たところじゃないですかっ」

 

「あー! こら早苗、バラすんじゃねぇ!」

 

 いや、この人も同類だった。まさに五十歩百歩だった。

 

「よし。さっそく練習始めるぞ……と言いたいところだが、実はお前らの他にも、まだ来てねぇ奴らがいやがるんだよな」

 

「え、そうなのか」

 

「つーわけで、ヘナチン小僧たちは少し自主練してな。夏海、ちょっと来い」

 

「はい! 監督!」

 

 俺たちは自主練を言い渡された一方で、夏海ちゃんはオッサンに呼ばれていった。

 

 俺はついて行くわけにもいかず、誰か練習相手でもいないかとグラウンドを見渡す。

 

 

「よし、いっくぜーーー!」

 

「おおおーーー!」

 

「わふーーーっ!」

 

 賑やかな声がする方を見てみると、スーツケースに乗った鴎とクドを真人が押していた。

 

「くーちゃん、しっかり掴まってないと振り落とされるよー!」

 

「わーふー! マッスルスーツケースなのですー!」

 

「筋肉が通りまーす! 相当な筋肉が通りまーす!」

 

 砂埃をあげながら、ガラガラとスーツケースがゆく。すごく楽しそうだったので、邪魔をしないようにした。

 

 ちなみに真人やクドの他にも、グラウンドには恭介や葉留佳、佳奈多といったリトルバスターズメンバーが目につく。

 

 元々彼らの練習時間じゃないのもあって、自由気ままに遊んでいるのかと思いきや、葉留佳や佳奈多は空門姉妹とキャッチボールをしていた。なんと言うか、走りながらキャッチボールをするという、変わった練習をしていた。

 

「うーん」

 

 しろははのみきとキャッチボールしているし、良一は天善とバットでピンポン玉を打ち合っていた。

 

 特に練習相手も見つけられなかったので、俺はキャッチャーミットを弄びながら、オッサンと夏海ちゃんのやりとりを眺めることにした。

 

 

「夏海、テメェは唯一の経験者で、ピッチャーだ。つまり、リトルバスターズの連中とまともに試合をするには、テメェの力が必要不可欠なわけだ」

 

「はい!」

 

「昨日見せてもらった球種の中なら、決め球はナックルでいきな」

 

「え、ナックルですか?」

 

「そうだ。相手は野球部じゃねぇとはいえ、高校生だろ。だったらストレート勝負はやめとけ。鍵を握るのは不規則に変化するナックルだ」

 

 ナックルっていうと、あのブレ球かな。それにしても聞き慣れない球種だ。俺の世代だと、ナックルっていうと赤いハリモグラが浮かぶんだけど。

 

「いいか。ピッチャーってのは、球が速けりゃ良いってもんじゃねぇ。重要なのはコントロールだ」

 

「はい!」

 

「できるだけインハイとアウトローに集めるんだ。これなら打たれても、そこまで飛ばされねぇ。内野で処理できる」

 

 オッサンが地面に図を描いて、夏海ちゃんに説明をしていた。俺にはよくわからないけど、経験者の夏海ちゃんには理解できるんだろう。

 

「もしくは、低めのボールゾーンから捕球直前にストライクゾーンに浮き上がる魔球を教えてやってもいいが、あれはサブマリン投法か、最低でもサイドスローじゃねぇとな。今更投球フォームを変えるのも無理があるしよ」

 

 よくわからないけど、やっぱりオッサンはプロに行った方がいいと思う。

 

「……でもナックルってブレるので、正確な位置に投げにくいんですよ」

 

 夏海ちゃんもそこを気にしていた。もしかして、朝練で俺が捕球しそこなったのって、ナックルだったのかな。

 

「かっ、それがこっちの狙いだ。ピッチャーだってどこに飛ぶかわからねぇボールだぞ? バッターも簡単にコースを予測できねぇ。だからこそ、ストライクかボールかギリギリの場所に投げれるよう、練習するんだよ」

 

「そ、それはそうですけど……」

 

「うじもじ言ってねぇで、練習だ! そこで暇してるヘナチン小僧! キャッチャーをやれっ!」

 

「え、俺!?」

 

「そうだ! パンダのようにキリキリ働け!」

 

 いつの間にか見られていたみたいだ。その後は言われるがまま、夏海ちゃんのボールを受けることになった。

 

 

 

 

「むぎゅ、遅れてしまいましたー」

 

 しばらく夏海ちゃんと投球練習をしていると、紬と静久がグラウンドに姿を現した。まだ来てない二人って、紬たちのことだったのか。

 

 今思えば、あの二人は元々練習時間を知らなかったわけだし、放送を聞いてから準備を始めても、灯台からやってこなきゃいけない。多少の遅れは仕方ないよな。

 

「ようやく来やがったな。これで全員だな。よし、集合!」

 

 なんにしても、これでメンバー全員が集まった。オッサンの号令で集合した後は、夏海ちゃんがピッチャー、俺がキャッチャーを務めて、バッティング練習が始まった。

 

「よしお前ら、しっかりボールを見て、合わせていけよー!」

 

 昨日に引き続き、紬やしろはを中心にオッサンが指示を出していた。

 

「……あ? しろはお前、急に上手くなってね?」

 

 そんな中、オッサンがそう言って驚いていた。

 

 どうやら、しろははチャーハン打法を完全にマスターしたみたいで、時折外野の方まで飛ばしていた。

 

「しろは、すごいな」

 

「え? そう、かな……」

 

 夏海ちゃんの投げる球に対して、タイミングは完璧に合っていた。僅か一日でここまで上達するなんて。チャーハン打法恐るべしだ。

 

 

「えい!」

 

「むぎぃーーー!」

 

 一方の紬も、夏海ちゃんのボールを器用に左右に撃ち返していた。長打ではないけど、一塁や三塁を強襲するようなライン際の当たりを連発していた。結構な確率でフェアになっているし、なんであんなことができるんだろう。

 

「すごいな紬。それがおっぱい打法なのか?」

 

「そです! 昨日も夜遅くまで、灯台でバットを振り続けました!」

 

 紬は笑顔だった。髪が邪魔にならないように結われたポニーテールが、すごく似合っている。

 

「紬、すごいわ。特訓の成果が出ているわね!」

 

 少し離れたところから紬の打席を見ていた静久も、ご満悦だった。

 

「でも紬、おっぱい打法の神髄はまだまだよ。完全にマスターすれば、バットを振る度にクーパー靭帯が鍛えられるようになるの。つまり、おっぱいが大きくなるのよ!」

 

「はい! 頑張ります!」

 

 色々と言いたいことはあったけど、二人が楽しそうにしていたので野暮なことは言わないことにした。

 

 

「よし、次は夏海がバッティング練習してみろ。ほら、カーボンバットだ」

 

「ありがとうございます!」

 

 紬たちの次に、オッサンは夏海ちゃんにカーボンバットを渡していた。小学生の夏海ちゃん専用の、軽くて扱いやすいバットらしい。

 

「オッサン、そのバットはどこにあったんだ?」

 

「最初、ハイドロ嬢に聞いたら駄菓子屋に行けって言われてよ。その駄菓子屋で店番のばーさんに聞いたら、店の奥からすぐに出てきたぜ」

 

 さすが、この島の駄菓子屋だった。その時必要なものは大抵揃うらしい。

 

「イーストンのBXハイブリッドでいいかと言われたから、即OKしといたぜ」

 

 バットのメーカーとかよくわからないけど、すごく使いやすそうなバットだった。

 

「でも私だけ、こんなの使っちゃって良いんでしょうか?」

 

「心配すんな。ちゃんと恭介から使用許可をとってある。全然構わねぇってよ」

 

 昨日の夜、恭介から練習時間を聞いた時に、ついでに使用許可を取ってくれたんだろう。

 

 よく見ると、グラウンドの隅で恭介が親指を突き立てていた。OKというサインだろう。

 

「それじゃあいくぜ。まずは全部直球だ。打ち返してみな」

 

「はい!」

 

 オッサンはそう言うと、グローブをつけてマウンドに立つ。

 

「……えい!」

 

 数回の空振りを経て、夏海ちゃんはオッサンの球を上手く打ち返し始めた。

 

 カーボンバットのおかげもあるんだろうけど、結構飛んでいた。さすがは経験者だった。

 

「……なかなかいい素材のようだな」

 

 バッターボックスの斜め後方から練習の様子を見ていたのみきが、そうこぼしていた。恐らくカーボンバットのことだろう。

 

「……うまく水鉄砲の素材に転用できないだろうか。ハイドログラディエーターBXハイブリッド。なかなかかっこいい気がするぞ……」

 

 ちょっとのみき、心の声が漏れてるんだけど。

 

「ハイドロ嬢、なんならお前もカーボンバット使っても良いんじゃね? 身長は小学生並みだろ?」

 

「そ、それは……いや、せっかくだが、遠慮しておこう」

 

 一瞬躊躇して、のみきは去っていった。なんだろう。ちょっとだけ試してみたかったんだろうか。その、素材的な意味で。

 

 

 その後はピッチャーが夏海ちゃんに戻り、良一や蒼といった実力者の打撃練習に入る。

 

「ヘナチン小僧、しっかりボールを取りやがれ! キャッチャーが獲れなきゃ、話になんねぇぞ!」

 

 いわゆる強打者相手になってからというもの、オッサンの指示で夏海ちゃんはナックルばかり投げていた。

 

 だいぶ慣れてはきたけど、やっぱりブレるから捕球しずらかった。もう少し慣れないと。

 

 

「うりゃーーー! てりゃーーー!」

 

「あ、そういえば鴎」

 

「……え、羽依里、何?」

 

 その後、ナックルボールが相手でも相変わらずヒットを量産していた鴎を見ていると、ふと疑問が浮かんだ。

 

「お前、打撃はすごいんだけど、走塁の時どうするんだ?」

 

「え、スーツケースに飛び乗って、その勢いでガーって滑っていくつもりだったんだけど。ダメかな?」

 

「たぶん駄目じゃないかな」

 

 確かに鴎は足が悪いし、普通に走るよりかは速いかもだけど。ルール的にどうなんだろうか。

 

 

 

 

 というわけで、恭介に相談してみることにした。

 

「え、走塁の時はスーツケースに乗る?」

 

 守備妨害なんてレベルじゃないし、さすがに無理だろうか。

 

「OKだ。理由は簡単。面白すぎるからだ」

 

「わーい!」

 

「足を怪我してるんだったな。野球好きなのはわかるが、悪化させないように気をつけてくれよ」

 

「うん! きょーすけさん、ありがとう!」

 

 ちなみに、恭介は鴎が素早く動けないという理由で、俺たちの守備の時に鴎のスーツケースにボールが当たったら問答無用でアウト、という特別ルールも設けてくれた。

 

 彼曰く、そのほうが面白いから、らしい。なんにしても、ありがたい話だった。

 

 

 

 

「……よし、15分休憩だ!」

 

 バッティング練習の後、オッサンからそう指示が出て、場の空気が少し緩む。

 

 グラウンドの隅には日陰もあるので、そこに皆で集まって休むことにした。

 

「ようやく休憩か。古河氏の指導はなかなかにハードのようだな」

 

「皆さん、お疲れ様です」

 

 休憩時間になったのを見計らってか、リトルバスターズの皆がスポーツドリンクを差し入れしてくれた。これは嬉しい。

 

 そしてこの頃になると、グラウンドにいるリトルバスターズの顔ぶれもだいぶ様変わりしていた。

 

 恭介や真人といった男性陣がいなくなり、西園さんや来ヶ谷さん、小毬さんといった女性陣が増えていた。

 

 ……気がつけば、何故か俺の周りは女子だらけになっていた。

 

 右にしろは、左に夏海ちゃん。それからまるで円を描くように、女性陣が勢ぞろいしていた。

 

「恭介さん×直枝さんの組み合わせが鉄板なんですが、この島に来て三谷さん×鷹原さんの組み合わせも良いのでないかと思うようになりました」

 

「ごめん。あたしには理解できないわー」

 

「むさくるしいです。獣の絡み合いですね」

 

 藍は呆れ、蒼は額に手をやりながら頭を抱えていた。あの辺は一体何の話をしているんだろう。

 

「どうせなら来ヶ谷さん×小毬さんとかどうですか。男の子同士より、女の子同士の方が美しいですよ」

 

「うむ。私は構わないが、小毬君がどうかな」

 

「ふえぇ、何の話!?」

 

 もう、どっちもどっちだった。

 

「あの人たち、さっきから何の話をしてるんでしょう?」

 

「夏海ちゃん。世の中には知らない方が良いこともあると思う」

 

「は、はぁ……?」

 

 でも、このままだと夏海ちゃんに悪影響を及ぼしかねない。ここは話題を変えてもらわないと。

 

「ごめん皆。できればまともで一般的な話をして欲しいんだけど。夏海ちゃんもいるしさ」

 

 俺はおずおずと手をあげて、そう進言する。

 

「……仕方ないですね。この話はここまでにしましょう」

 

 さすがに内容が悪いと気づいたんだろう。さすが藍おねーちゃんだ。

 

「……じゃあ、コイバナでもしますか?」

 

「は?」

 

「まともな話でしょう?」

 

「た、確かにそうだけど」

 

「あ、ガールズトークってやつねー」

 

 さっきまで敬遠気味だった蒼も、その話には食いついてきた。この辺は大好物だろう。

 

「ちょっと待って。お願いだから」

 

「そういえば、クドちゃんと井ノ原さんって、仲良さそうですよね? さっきも一緒に遊んでましたし」

 

「わふ?」

 

 俺の訴えも空しく、ガールズトークとやらが始まってしまった。どうしよう。逃げたい。

 

「クドリャフカ、正直なところどうなの? 答えによっては、ルームメイトの元風紀委員が黙ってないわよ?」

 

「佳奈多君、安心しろ。見たところ能美女史と真人少年はそんな関係ではない。良く見えて兄妹だろう」

 

「まぁ、言われてみればそうね……」

 

 来ヶ谷さんの発言に、佳奈多は納得顔だった。

 

「じゃあほら、謙吾とか、学校で人気あるんじゃない? ちょっと頭のネジ飛んでる部分もあるっぽいけど、見た目はいいし」

 

 蒼、なんかさらっと失礼なことも言ってる気がするけど。

 

「うむ、謙吾少年にはソフトボール部と弓道部に彼女がいるという噂だ」

 

「え、それってもしかして二股!? 修羅場じゃない!? ということは、行きつく先は……!」

 

「うむ。蒼君は今日も相変わらずピンクだな。おねーさん安心したぞ」

 

 来ヶ谷さんは頬を赤く染める蒼を、頷きながら見ていた。おーい蒼、帰ってこーい。

 

「そう言う来ヶ谷さんは、浮いた話はないんですか? 見たところお綺麗ですし、すごくモテそうですけど」

 

 ……どうも、ここの女性陣には俺の姿が見えていないらしい。それくらいのガールズトークが展開されていた。

 

 そういえば、天善たちはどこに行ったんだろう。

 

 気になって周りを見てみると、天善は良一と遥か向こうの日陰で駄弁っているようだった。俺もそっちに行きたい。

 

「私の事より、この島の恋愛事情はどうなんだ?」

 

「は?」

 

「どことなく近寄り難い、ミステリアスな雰囲気を持つ少女に、美人双子姉妹、癒し系金髪ハーフ少女、スーツケース少女に水鉄砲少女……見ろ。よりどりみどりだぞ」

 

「……ちょっと待って。私って近寄りにくい?」

 

 来ヶ谷さんの例えに対して、しろはがツッコんでいた。

 

「そうだな。鷹原少年と居る時はそうでもないが、それ以外の時だと『私に関わらないほうが良いよ』オーラが出ているぞ」

 

「そ、そんなことないと思うけど……」

 

 なんか納得いかないようで、むにゃむにゃ言っていた。近寄りがたいイメージなんてないけど。

 

「それはそれとして、これだけ美人揃いだと、我々以上に色恋話が多いことだろう。島には好色男が多いというのが通説だしな」

 

 来ヶ谷さん、その通説はこの島には当てはまらないと思う。男は変わり者だらけだし。

 

「え、えっと……その、残念ですが、私たちにはそんな浮いた話はないですね。あるとすれば、しろはちゃんくらいじゃないですか?」

 

 振った話題を見事にブーメランされた藍だったけど、そのままうまく受け流した。

 

「おー、そういえば、しろはちゃんと羽依里くんって付き合ってるんだよね?」

 

 ……って、やばい。結果的に矛先がこっちに向いた。これは、いよいよ逃げないと。

 

 そう思って立ち上がろうとするけど、何故か右側のシャツが掴まれていた。

 

「え、しろは?」

 

「……お願い、行かないで。ここに一人残されたら、恥ずかしくて死んじゃいそう」

 

 俺にしか聞き取れないような小さな声でそう言われた。それに、思いっきり涙目だった。

 

「わ、わかった。わかったから」

 

 しろはにそう言われたら、ここは観念するしかなさそうだ。

 

「さあ鷹原少年にしろは君、洗いざらい喋ってもらうぞ」

 

「喋ってもらいますヨー」

 

 どうやら急に俺の姿が見え始めたみたいだ。なんて都合のいい。

 

 その後は休憩時間が終わるまで、ひたすらしろはと一緒に質問攻めにされることになった。

 

 ちなみに、俺はその多くの質問に対し、黙秘権を行使した。

 

 さまーあばんちゅ~るって言葉、便利だよな……。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 休憩を終えた後は、守備練習を行った。

 

 オッサンがノックした球を、その都度捕球する。

 

 定期的にポジションを変えるように指示が出され、内野から外野まで、全員がまんべんなく守備をした。

 

 ちなみに、俺は練習を免除されていた。ノックの時にはキャッチャーはいらないって言われたし、俺のポジション、ほぼ決まりだろうか。

 

「オラオラ、紬もしっかり捕れよーー!」

 

 それにしても紬、ゴロの処理には手間取ってるみたいだけど、フライは獲るの上手だ。逆にしろははゴロを取るのが上手だった。

 

 オッサンの指導のおかげか、皆エラーの回数が減ってきてる気がする。

 

 

 

「……よし、そろそろいいか。お前ら、ちょっと集まれ!」

 

 しばらくして、オッサンから号令がかかった。

 

「今から、お前らのポジションを発表する!」

 

 どうやら、オッサンは俺たちの適性を考慮したうえで、独自にポジションを決めてくれたらしい。

 

「だが、今から発表するのは、あくまで俺様の独断だ。文句がある奴は言え。いくらでも変えてやる!」

 

 オッサンはそう前置きをしたうえで、発表に移る。オッサンの指導力の高さは身をもって感じたし、誰も文句は言わないだろう。

 

 

「まずは投手。ピッチャーは夏海だ!」

 

「はい!」

 

 これはもう、夏海ちゃん以外に該当者はいないと思う。このチームのエースとして、頑張ってもらわないと。

 

「次に捕手。キャッチャーはヘナチン小僧、テメェだ!」

 

「わかった」

 

 キャッチャーに指名されたのはやっぱり俺だった。もう何度となく夏海ちゃんのボールを受けているし、これも予想できていた。

 

「次は一塁手、ファーストは蒼だ!」

 

「いいわよー」

 

「そしてセカンドは藍だ! 双子のコンビネーションを見せてみろ!」

 

「任せてください」

 

 一塁と二塁周辺を守るのは空門姉妹だった。二人の高い身体能力は、内野でボールを処理する時の要になるだろう。

 

「次は遊撃手。ショートは卓球野郎だ! お前の身体能力を買ってやったんだからな。ヘマすんじゃねぇぞ!?」

 

「ああ、任せてくれ」

 

 二塁ベースを挟んで、藍と反対のポジションだ。ショートは一番ボールが多く飛んでくる場所でもある。日々のトレーニングで鍛えた天善の反射神経に期待したい。

 

「そして、三塁手。サードはしろはだ!」

 

「うん。頑張る」

 

 さっきの練習を見ていたら、しろははゴロの処理が上手かったし、適正なポジションかもしれない。

 

「次に外野だ。まずは左翼手、レフトは紬だ!」

 

「むぎゅ!?」

 

 練習を見ていたら、紬はフライを取るのが上手だった。外野を任せるのも良いかもしれない。

 

「ということは、紬の近くには加納君が控えてくれているわけね。頼もしいわ」

 

「は、はい! お任せください!」

 

 静久に期待されてか、天善がびしっとラケットを構える。悪いけど天善、ここはバットかグローブを持ってほしかった。

 

 でもこれ、状況によっては、天善はショートからレフト方向全般を守るんだろうか。それはそれで頼もしいけど、体力が保つのかな。

 

「次に中堅手。センターは良一だ! 外野のど真ん中。一番花形のポジションだからな。 頼んだぞ?」

 

「ああ、目立ってやるぜ!」

 

 センターは一番守備範囲が広いし、体力のある良一に任せるのが適切かもしれない。

 

「最後は右翼手。ライトは鴎だ」

 

「え、私なの?」

 

「聞いた話によると、スーツケースにボールが当たったらアウト扱いなんだろ。これを生かさない手はねぇ」

 

「でもオッサン、それなら鴎を内野に置いたらいいんじゃないか?」

 

 そっちのほうがスーツケースにボールが当たる確率は高いと思うんだけど。

 

「ショートの天善とライトの鴎を入れ替える手も考えたんだが、それだと天善の反射神経を活かせねぇからな」

 

 なるほど、確かにデメリットも大きい。

 

「ま、気になるようなら状況に応じて守備位置をコンバートすりゃいい」

 

 そういえば、守備位置の入れ替えってのもできるんだっけ。野球って奥が深い。

 

「鴎も最悪、ボールを取れそうになけりゃ、イチかバチかスーツケースをぶん投げな。それにボールが当たりゃ、アウトにできる」

 

「うん!」

 

 そっか。こっちが守備の時なら、投げたスーツケースにボールが当たってもアウトになるのか。それはそれで、すごいルールだけど。

 

 

「……ポジション発表は以上だ」

 

 あれ、のみきと静久の名前が呼ばれなかった。

 

 ……そうか、野球は9人でやるスポーツだし、11人いると、どうしても余っちゃうわけだよな。

 

「あー、選ばれなかった二人もヘコむなよ? お前らは攻守に活躍できるしな。代打や代走要員として待機しておけ。いわば切り札だぜ」

 

「ああ、例え試合途中からでも、しっかりと実力を発揮できるように努めよう」

 

「ええ、パイ打はいつでも任せてね!」

 

 うんうん。二人とも気落ちした感じはない。代打で呼ばれた時は、是非おっぱい打法の神髄を見せてほしいところだ。

 

 

 

 

 その後は各自、与えられたポジションを中心に守備練習を行う。

 

 気がついたら、リトルバスターズのメンバーは誰もいなくなっていた。どうやら帰ったみたいだ。

 

「よし、集合!」

 

 それぞれのポジションに良い感じに慣れた頃、オッサンから集合がかかる。

 

「テメェらよく聞け。もう少ししたら、早苗が売れ残りのパンを持ってくる」

 

「え、パン?」

 

 まさか、昨日と同じ流れだろうか。

 

「いいか。どんなパンが出ても、残さず食え。絶対に食え」

 

 オッサンの顔が怖かった。正直、野球の指導をしている時より怖かった。

 

「もし残したら、明後日の試合に出られない体にしてやるからなっ! 覚悟しとけよっ!」

 

 それは本末転倒になるので、本当にやめてください。

 

 

 

「皆さん、練習お疲れさまでしたっ」

 

 それから五分と経たないうちに、昨日と同じように『古河パン』と書かれた箱を持った早苗さんがグラウンドにやってきた。

 

 今日は午後から姿を見ていなかったけど、やっぱり港でパンを売っていたのだろうか。

 

「すみません。今日もまたこれだけ売れ残ってしまいまして。また食べていただいても良いですかっ?」

 

 そう言いながら、早苗さんは俺たちの方に箱を差し出してくる。

 

「あの、これは?」

 

「だんごパンですよっ」

 

 ……だんごパン。

 

 真っ白い生地に、線のような模様が描かれていた。午前中、加藤家で汐ちゃんが描いていた絵にそっくりだった。

 

「どうぞ、召し上がってくださいっ」

 

「ありがとうございます」

 

 俺たちは努めて笑顔でそのパンを受け取る。何故なら、早苗さんの後ろに立っていたオッサンが、鬼のような形相で俺たちを睨んでいたからだ。

 

「それじゃ、いただきます」

 

 見た目も蒸しパンみたいだし、昨日ほどの衝撃はないと信じたい。

 

 もし何かあっても、皆一緒だ。イチレンタクショーというやつだ。

 

 そんなことを考えながら、覚悟を決めてだんごパンにかじりついた。

 

「む、ぐぅ?」

 

 食べると、パンの中に本物のみたらしだんごが大量に入っていた。ものすごくその、もっちもちだった。

 

「お味はどうですかっ?」

 

「と、とってもおいしそうでした!」

 

 夏海ちゃんが上手に切り返していた。

 

「む、むごっほ! ごほ!」

 

 俺は頑張って飲み込もうとしたけど、無理だった。

 

 美味しいけどその、やっぱり口の中の水分を持っていかれる。リトルバスターズからもらったスポーツドリンク、残しておけばよかった。

 

「わ、わたしのパンは、わたしのパンは……」

 

「あ」

 

「むごっほだったんですねぇぇーーー!」

 

 あああ、またどこかに走って行ってしまった。

 

「くそっ……お前ら、今日の練習はここまでだ! 明日は祭りもあるし、朝9時にはここに集まれよ! 今度は遅刻するんじゃねぇぞ! わかったな! 俺は大好きだ――ー!」

 

 オッサンは俺たちにそう伝え残すと、だんごパンを手に取って、そのまま早苗さんの後を追ってグラウンドから走り去っていった……。

 

 

 

 

 結局、練習は強制終了となってしまったので、俺たちも解散することにした。

 

「羽依里さん、これからどうしますか?」

 

 小学校の正門前で皆と別れた後、夏海ちゃんと二人、暇になる。

 

「うーん、そうだね……」

 

 小学校の壁につけられた時計を見ると、14時半を少し過ぎたところだった。練習内容が濃かったせいか、そこまで時間が経っていない。

 

 ……そうだ。そういえば恭介が浜辺で釣りをするって言ってたっけ。

 

「夏海ちゃん、ちょっと浜辺に行ってみない?」

 

「え、浜辺ですか?」

 

「うん。恭介が釣りをしてると思うんだ」

 

 ここからだと、少し南の方に行けば浜辺にたどり着けたはずだ。

 

「良いですね。行ってみましょう!」

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 浜辺についてみると、少し離れた岩場のところで、恭介が釣り糸を垂らしていた。その近くには、鈴と理樹の姿も見える。

 

「皆さん、こんにちわです!」

 

「恭介、調子はどう?」

 

 近寄って声をかけてみると、恭介はがっくりと肩を落としていた。

 

「羽依里と夏海か……見ての通りだ。フィッシュ斉藤の名が泣くぜ」

 

 恭介がそう言いながら指差す先には、大量のワカメが入ったバケツがあった。もしかして、ワカメしか釣れなかったんだろうか。

 

「なあ理樹、恭介って釣りが上手いんじゃないのか?」

 

「ううん。そこまで上手いわけじゃないよ……好きなのは好きみたいだけどさ」

 

「こんなに暑いんだ。魚も夏バテして、食欲無いんだろう」

 

 鈴が腕組みをしたまま、恭介にそう言葉をかけていた。彼女なりの慰めみたいだ。

 

 ちなみにそんな鈴の周りには、釣りのおこぼれを狙っていたのか、数匹のネコがたむろしていた。本当にしま猫団のボスだな。

 

「悪いが食べさせてやる魚もないな。ワカメでいいか」

 

 恭介はバケツから適当な大きさのワカメを取り出して、ネコたちの前に置く。

 

「にゃー」

 

 相当腹が減っていたのだろうか、何匹かのネコがワカメをかじり始めた。

 

「おー、ワカメ食ったぞこいつら」

 

「こら、変なもん食わすなっ」

 

「別に良いじゃないか。ワカメはうまいぞ。なぁ羽依里」

 

「そ、そうだな……うっぷ」

 

 ほとんど忘れかけていた、お昼のスタミナうどんを思い出してしまった。確かにワカメは美味しいけど、勝手に増えるのは勘弁だった。

 

「やれやれ、ちょっと場所を変えてみるか」

 

 深いため息をついてから、恭介は釣り竿とバケツを持って立ち上がる。そしてふらふらと岩場と砂浜の境目にある、小さな突堤の先へ歩いて行った。

 

「どうだ? ここなら海が近いし、少しは釣れそうだぞ」

 

「あ。恭介、そこだけど」

 

「……ぶわっ!?」

 

 時々高い波が来るから気をつけて……って言おうと思ったけど、間に合わなかったみたいだ。

 

「……しまった、ずぶ濡れだ」

 

 恭介はしたたる海水を拭いながら、急ぎ足で突堤から戻ってくる。

 

「恭介おにーさん、大丈夫ですか?」

 

「ああ、大丈夫だ。夏だし、風邪をひくこともないだろ」

 

「でも恭介、いったん着替えに戻った方が良いよ」

 

 夏海ちゃんに続いて、理樹が心配そうにそう言う。恭介はTシャツに短パン、それに麦わら帽子というラフな格好だけど、このままだと生乾きになって気持ち悪いと思う。

 

「そうだな。これは一度着替えに戻ることにするか。鈴も帰るぞ」

 

 少し離れたところでネコたちと遊んでいた鈴にも声をかけてから、恭介たちは帰っていった。

 

 

 

 目当ての人もいなくなったし、俺たちも戻ろうかと話をしていると……浜辺の方に見知った顔を見つけた。

 

「あれって、汐ちゃんたちですよね?」

 

「本当だ。この暑い中、浜辺で何をしてるんだろう」

 

 気になったので、声をかけてみることにした。

 

 

 

 

「朋也さん、どうも」

 

「ん……ああ、鷹原と夏海か」

 

「おふたりとも、こんにちわですっ」

 

「こんにちわ」

 

 朋也さんに続いて、渚さんや汐ちゃんともあいさつを交わす。

 

 さすがに暑いようで、朋也さんは首に濡れタオルをかけているし、渚さんは日傘、汐ちゃんは麦わら帽子に水筒と、しっかりと暑さ対策をしていた。

 

「そういえば朋也さん、朝方はありがとうございました」

 

 その時改めて、朋也さんに玄関灯を直してもらったお礼を言う。

 

「気にしないでくれ。もし今日明日中に不具合が出るようなら、また言ってくれな」

 

 お礼を言われ慣れていないのか、朋也さんは恥ずかしそうに視線をそらしていた。

 

「朋也くんは、もっと自分の腕に自信を持っていいと思いますっ」

 

「うん。じしんもって」

 

「よしてくれ。俺なんてまだまだだ」

 

 渚さんと汐ちゃんが左右から朋也さんを励ましていた。本当に仲のいい家族だと思う。

 

「あの、ところで汐ちゃん、そのヒトデはなんですか?」

 

 その時、夏海ちゃんが不思議そうな顔をして、汐ちゃんが持っていたヒトデを見ていた。

 

「ふうちゃんのおみやげ」

 

「お土産、ですか?」

 

 よくわからないけど、ヒトデが好きな友達がいるんだろうか。

 

 うにょうにょと動いているし、どう見ても生きている。

 

「わざわざ本物じゃなくても、ぬいぐるみとかの方がお土産らしいと思うけど……」

 

 紬とかなら、ヒトデのぬいぐるみとか持っていそうだし。

 

「ヒトデのぬいぐるみは、わたしたちの街でも買えますけど……生きてるヒトデはこの島じゃないと見つけられないですし」

 

「うん」

 

 なるほど。お土産だし、この島ならではのものが良いんだろう。そう言われてしまうと、返す言葉がなかった。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 その後、朋也さんたちは夕食の準備があるからと、港の方へ行ってしまった。

 

 再び暇になった俺たちは、駄菓子屋にやってきていた。

 

「ポン!」

 

「よう、イナリ。今日も元気そうだな」

 

「ポンポーン!」

 

 ベンチの下にいたイナリに声をかけてから、夏海ちゃんと二人で駄菓子屋に入る。

 

「くーださいな」

 

 店内には、店番の空門姉妹と……鈴がいた。

 

 恭介たちと一緒にホテルに帰ったと思ったんだけど。いつの間に駄菓子屋に来たんだろう。

 

 俺は疑問に思いながらも、カウンター前の鈴に声をかける。

 

「鈴も何か買いに来たのか?」

 

「……ねこじゃらしを買いに来た」

 

「え、ねこじゃらし?」

 

 ここ、駄菓子屋なんだけど。

 

「浜辺に居たら、ねこたちが暑さでへばってしまったんだ。元気の出るやつが欲しい」

 

 鈴が指差す先、駄菓子屋から道路を挟んで反対側の民家の軒下に、何匹ものネコたちが力なく寝そべっていた。

 

「あー、ねこじゃらしとか、そのへんに生えてるのじゃダメなのかしら」

 

 鈴からの注文を受けた蒼が、ぶつぶつ言いながら棚の奥を探していた。

 

「この道六十五年の匠がこりこりにこだわった、ねこじゃらしが欲しいんだ」

 

「そんなレアモノ、この店にあったかしらねー」

 

「この店に来れば買えると、道で会ったおばーさんが言っていた」

 

「そう言われても……あ、あった」

 

 何か見つかったみたいだ。蒼が高級そうな黒い箱を持って、カウンターに戻ってきた。

 

「6500円って書いてあるけど」

 

 ね、ねこじゃらしで6500円……。

 

「……さすがに高いな。こっそり払ってもいいが、そうすると帰れなくなる」

 

 鈴は腕組みをして考え込んでいた。朝の恭介じゃないけど、兄妹揃って旅費に手を出すつもりだろうか。

 

 

「ちょっと羽依里さん、手伝ってもらっていいですか」

 

 そんな鈴の様子を眺めていると、奥の倉庫にいた藍から声をかけられた。

 

「え、俺?」

 

「はい。実は、おばーちゃんから倉庫にある古新聞の処分を頼まれたんですけど、棚の上の方に積み重ねられていて、私だと手が届かないんです」

 

「ああ、そういうことなら手伝うよ」

 

 俺は藍に呼ばれるがまま、倉庫に足を踏み入れる。

 

 駄菓子屋の倉庫とか、初めて入ったかもしれない。左右に大きな棚が並び、お菓子やら花火、おもちゃ等が入った段ボール箱が所狭しと積まれていた。

 

「あれなんですけど」

 

「うわ、すごいな」

 

 そんな倉庫の一番奥の棚に、結構な量の新聞紙が積まれていた。その上の棚にも、その上の棚にも、ぎっしりと詰まっている。もしかしてこれ、全部処分するんだろうか。

 

「脚立もありますし、羽依里さんでしたら手が届くでしょう? 下ろしてくれたら、私がビニールひもで適当に束ねますから。全部束ね終わったら、まとめて表に運び出しましょう」

 

「わかった」

 

 藍から説明を受けて、俺はさっそく脚立に登る。

 

 まずは一番上の棚から終わらせてしまおう。俺は手を伸ばして一番上の新聞紙を掴み、藍に渡す。ある程度溜まったところで、藍がそれをビニールひもで結び、束ねていく。

 

「すごい昔の新聞とかあるんだけど」

 

 見てみると、中にはものすごく古い時代の新聞もあった。神隠し事件がどうとか書かれていたし、文字の感じからすると、戦前のものかもしれない。

 

「中身を読んでないで、さっさと渡してください」

 

「あ、うん。ごめん」

 

 怒られてしまった。ちょうど一番上の棚が綺麗になったので、続けて一つ下の棚から新聞紙を抜き取る。

 

「うわっ、でっかいクモだ!?」

 

 引っ張ったと同時に、大きなクモが落ちてきた。でも床に落ちたクモは、動かない。

 

「あれっ、死んでるの?」

 

「これは死骸ではなく、抜け殻ですよ。そんなものでいちいち大きな声を出さないでください。男の子でしょう」

 

 てしっ、と隅の方に抜け殻を蹴り飛ばした後、俺を睨みつけてきた。藍はまったく動じる様子もないし、さすが島育ちだった。

 

 ……待てよ? 今のクモが抜け殻だとしたら、もっと大きくなったクモがこの倉庫のどこかに潜んでいるんじゃないだろうか。正直、怖いなんてもんじゃない。

 

「……さっさと終わらせて、ここを出よう」

 

 その後はできるだけ急いで、新聞紙を下に降ろし続けた。

 

 

 

 棚から降ろす作業が終わった後は、俺も藍に加勢してビニールひもで新聞紙をまとめていく。

 

「これって、結構な量だよな」

 

「駄菓子屋のおばーちゃんも、昔は加藤のおばーちゃんに負けず劣らず蒐集家だったらしいですからね。これはその一部なんじゃないですか?」

 

 束ねた新聞紙を足で押さえて圧縮しながら、藍がそう話していた。駄菓子屋のおばーちゃん、昔は新聞記事の蒐集家だったのかな。

 

「……あれ? なんだこれ」

 

 その時、ある新聞記事が目に留まった。

 

『摩訶不思議な幽霊蝶、鳥白島で目撃相次ぐ』

 

 随分古い新聞で、載ってる写真も文章も掠れてほとんど読めなかったけど、見出しだけは辛うじて判読する事ができた。

 

 この幽霊蝶って、以前キャンプの時に蒼から聞いた七影蝶と関係があるんだろうか。あの時は藍に話を遮られてしまったし、もしかして、藍も何か知ってたりするのかも。

 

「なぁ藍、この記事って……」

 

「……はい? 何か言いました?」

 

「ぶっ!?」

 

 藍はちょうど俺の目の前で、前かがみになってビニールひもを結んでいた。それで顔を上げたものだから、その、谷間が……。

 

「い、いやその、むごっほ!」

 

「……変なこと言ってないで、さっさと作業を続けてください」

 

「う、うん……」

 

 ……よかった。気づかれてないみたいだ。藍ってば、野球の練習が終わった後、ワンピースに着替えてるんだもん。そんな胸元開いてるの着るなんて、ずるいと思う。

 

「くーださーいなー」

 

「邪魔するぞ」

 

 その時、駄菓子屋の入口から葉留佳と来ヶ谷さんの声がした。どうやらお客さんみたいだ。

 

「お客さんが増えてきましたね。蒼ちゃん一人だと大変でしょうし、ちょっと手伝ってきます」

 

 藍はそう言うと、俺一人を倉庫に残して、店の方へ戻っていった。

 

 一人残された俺は黙々と作業を続けることにした。うん。妙な煩悩は打ち消さなきゃ。

 

 

「あ」

 

 あと少しで作業が終わるというところで、ビニールひもが足りなくなっていることに気づいた。

 

「くそ、あと少しなのに」

 

 俺は新しいビニールひもを調達するべく、店の方に戻ろうとすると……。

 

 

「……そうですよ。ああ見えてあの二人、毎日ラブラブなんです」

 

 ……あれ。なんか藍の声が聞こえる。ラブラブってなんだろう。

 

 俺は思わず足を止めて、倉庫入口の陰に隠れながら、その声に耳を傾ける。

 

「それに、羽依里さんとしろはちゃん、毎日一緒の布団で寝ているとの噂です」

 

 ……空門姉妹に来ヶ谷さんと葉留佳を加えた四人が、俺としろはの話題で盛り上がっていた。少し前のガールズトークの続きだろうか。

 

「おおー、通い妻ってやつですネ」

 

「いや葉留佳君、それはもう同棲と言って良いレベルじゃないか? 既に一線を越えている気がしないでもないぞ」

 

「夜はしろはが上って噂もあるわよ」

 

「ほう。しろは君は見かけによらず大胆なんだな」

 

 ちょっと蒼、あることないこと勝手に喋らないでほしい。というか、まだしろはと一緒の布団で寝たことなんてないから!

 

 ……まぁ、今朝はある意味で、夏海ちゃんと寝てた気もするけど。

 

「そういえば、近所のおばさま方に聞いたんですが、今日もお二人はいちゃらぶしていたとか」

 

「え、そうなの?」

 

 藍の言葉に、蒼が興味津々だった。

 

「縁側で膝枕をして、キスまでしていたと噂になっています」

 

 文字通り、噂に尾ひれがついていた。膝枕はしてもらったけど、キスはしてない。

 

「……夏海君、その辺どうなんだ?」

 

「え、えっと。その、あの」

 

 その色恋話に夏海ちゃんが巻き込まれていた。でも、俺が助けに出るわけにもいかないし。

 

「夏海ちゃん、無理に答えなくていいからね。そーいうのって、偶然でも見ちゃったら、トラウマになるものだし」

 

 だから蒼、後ろから優しく夏海ちゃんを抱きとめないで。それ以前に、夏海ちゃんが見てる前提で話を進めないで。夏海ちゃんは何も見てないから。

 

 というか、誰かお客さんでも来ないかな。そうすれば、この話も終わりそうなんだけど。

 

 俺はそう考えながら駄菓子屋の入り口を見る。

 

「……お前は犬なのか? ねこじゃないしな」

 

「ポン?」

 

 その入り口では、鈴がその手の話題に興味なし、といった感じでイナリと遊んでいた。

 

「まあいい。ぐるーみんぐしてやろう。そーらそーら」

 

「ポキュ~~……」

 

 鈴はどこに持っていたのかブラシを取り出して、イナリのお腹を撫でてやっていた。すごく気持ち良さそうな鳴き声が聞こえる。

 

 俺はそんなイナリの声を聞きながら、会話が終わるのを待つことにした。

 

 

 その後、俺は四人の会話がひと段落した時を見計らって、何食わぬ顔でビニールひもを貰いに行った。

 

 倉庫へ戻り、もらったビニールひもで手早く残りの新聞を束ねると、今度は駄菓子屋の前に運び出す作業に移る。

 

 この作業は空門姉妹や他の皆も手伝ってくれ、あっという間に運び終える事ができた。

 

「ふう。これで最後かな」

 

「ご苦労様でした。こうして表に出しておけば、後で業者さんが持って行ってくれて、トイレットペーパーまでもらえるんですよ」

 

「へぇ、そう言うシステムなのか」

 

 なんか昔は、チリ紙交換とか言ってトラックがやってきていた気がする。最近めっきり見なくなったけど。

 

「ねーねー、この新聞紙、ちょっともらっていい?」

 

 藍とそんな話をしていると、葉留佳が好奇心に満ちた目でその新聞の束を見ていた。

 

「別に良いけど、何に使うのー?」

 

「うん、ちょっとねー」

 

 蒼から了解を得た葉留佳は、その束の中から適当な枚数の新聞紙を抜き取り、くるくると棒状に丸める。

 

「新聞紙ぶれぇえーーーどっ!」

 

 そして、その筒状の新聞紙を頭上に掲げて、そう叫んでいた。

 

「え、なにそれ」

 

 突然の行動に、俺たちは一様に固まってしまう。

 

「いやー、昔、リトルバスターズの皆で新聞紙ブレード大会をやったことがあってですネ」

 

「新聞紙ブレード大会?」

 

「要は、新聞紙を使ったチャンバラごっこのようなものだな。皆でやると、なかなかに盛り上がるぞ」

 

「……なんだか面白そうですね」

 

 来ヶ谷さんの説明を聞いた夏海ちゃんは、興味津々といった様子だった。

 

「……なら、今日のイベントとして、その新聞紙ブレード大会とやらをやってみないか?」

 

「え、のみき?」

 

 いつの間にか、俺たちの背後にのみきがやって来ていた。

 

 それにしても、今日のイベントって表現、久しぶりに聞いた気がする。

 

「最近、夏海ちゃんにそれらしいイベントを用意してやれてなかった気がしてな」

 

「え、野球の練習も毎日楽しいですし、全然そんなことはないと思いますけど」

 

「それはそれ、これはこれだ。鷹原だって、最近しっかりと夏海ちゃんと遊んであげてないだろう?」

 

「いや、そんなことは……」

 

 ……と言いかけて、言葉に詰まる。

 

 確かに、キャンプから戻って以後、それらしいイベントはやってない気がする。俺自身が鴎やしろはとのデートで島の外に出かけたりしていたせいもあるけど。

 

「というわけで、新聞紙ブレード大会をやろうと思う」

 

 のみきはずっと笑顔だけど、どうも譲れない部分があるみたいだ。

 

「でものみき、いくらなんでも唐突過ぎるんじゃないか?」

 

「いや、問題ない。見たところ、新聞紙もたっぷりあるようだしな。ルールの方も、恭介氏を呼べば説明してくれそうだ」

 

 確かにリトルバスターズは一度、その新聞紙ブレード大会とやらをやったことがあるって言うし、恭介なら詳しそうだけど。

 

「新聞紙はあっても、人がいないと思うんだけど」

 

「いないなら、集めればいいだけだろう」

 

 え、それってもしかして。

 

「鉄塔を使って呼び出してやろう。集合場所は、駄菓子屋でいいな」

 

「ちょっと待って、そこまでするの?」

 

 いくら夏海ちゃんのためとはいえ、のみきがすごく乗り気だった。

 

「まぁ、良いんじゃないか。それとも、ここにいる皆は参加したくないのか?」

 

「夏海ちゃんがしたいっていうなら、あたしは参加してもいいわよー」

 

「同じくです」

 

 空門姉妹は快諾してくれた。こういう時、この二人は本当に頼りになる。

 

「私は言い出しっぺだし、やらない理由がないですネ。姉御も鈴ちゃんもやるよねー?」

 

「そうだな。私も久しぶりに童心に帰るとしよう」

 

「あたしはやらない」

 

 葉留佳の問いかけに、来ヶ谷さんはすぐに参加表明してくれたけど、鈴は乗り気じゃないみたいだ。

 

「鈴、参加してくれたら、このモンペチあげる」

 

「……わかった。やる」

 

 よくわからないけど、蒼が猫缶を見せたら態度が一変した。ねこじゃらしを探しているときに見つけたみたいだけど、何か特別な猫缶なんだろうか。

 

「まぁ、これは客人をもてなすことにも繋がるんじゃないか? それじゃ、少し待っていてくれ」

 

 のみきはそう言うと、嬉々として役場の方へ向かっていった。

 

 

『……一昨日から島に滞在しているリトルバスターズ。直ちに全員、駄菓子屋に集合してくれ。後、次の者も同じく、駄菓子屋に集まってくれ。三谷良一、加納天善……』

 

 

 しばらくして、鉄塔からのみきの声が島に響く。リトルバスターズだけじゃなく、俺たちの仲間の方も集めてくれるみたいだ。

 

「……なんだか、大事になりそうですね」

 

「まぁ、こうなった以上、楽しもうよ。夏海ちゃん」

 

「はい!」

 

 急転直下で開催が決まった新聞紙ブレード大会。

 

 どうやら、予想以上に大きなイベントになりそうな気がする。俺たちは楽しみなような怖いような、複雑な気持ちで、皆が集まるのを待つことになった。

 

 

 

 

第三十二話・完




第三十二話・あとがき

おはこんばんちわ。トミー@サマポケです。
前回のあとがきで、最近は前後編に分けるのが当たり前になってきていると書きましたが、あれは嘘です。いえ、正確には嘘になってしまいました。
まさかの三部構成(前編・中編・後編)になってしまいました。今回はその中編です。うう、大した内容も書いてないのに……( ノД`)
クロスオーバーものは、書いているとあれもやりたい、これもやりたいとなるので怖いですね。

さて、今回は前回に引き続きリトバス勢や岡崎一家との交流もありましたが、メインは野球の練習でした。
この日の練習では、試合本番に向けたポジション決めもあり、かなり長く書きました。
羽依里君と夏海ちゃんのポジションは予め決めていたので固定でしたが、その他のメンバーは控え要員含めて、かなり試行錯誤して決めました。
ポジションの割り振りに不平不満もあるかと思いますが、今回ははこれでいかせてください。
体能力的にしろはと紬が控えという感じはありましたが、さすがにヒロインたちをベンチに置くのはどうかとも思い、鴎を含めて半ば無理矢理出すようにしました。
控えメンバーとなってしまった静久とのみきも、ちゃんと試合当日に出番はありますので、二人推しの皆様は心配なさらないでください。

そして見返してみれば、今回は藍の回だったような気がします。
美魚との交流時、ガールズトーク、倉庫での作業等々、一緒にいる時間がかなり長かったような気がします。最近逆に紬と鴎少ないですよね。推しの皆様すみません。

次回はリトバス勢との新聞紙ブレード大会となります。一応チーム戦を予定していますので、楽しみにされてください♪

今回も、最後まで読んでいただいてありがとうございました!
感想など頂けましたら、泣いて喜びます。
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