Summer Pockets #2   作:トミー@サマポケ

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第三十三話 8月20日(後編)

 

 

 

 

 のみきが鉄塔から皆に呼びかけて、僅か十数分後。

 

 駄菓子屋の前には、リトルバスターズ全員に加え、良一、天善、しろは、紬、静久と鴎が集まっていた。元からいた俺たちを含めると、総勢22名。なかなかの大人数だった。

 

「ねぇ紬、新聞紙ブレード大会って何かしら」

 

「むぎゅ、初めて聞く単語です」

 

 ところで、紬たちは灯台以外の場所に居たんだろうか。やけに集まるのが早かった。

 

「新聞紙ブレード大会とか、久しぶりだねぇ」

 

「うう、私は葉留佳さんにボコボコにされた記憶しかないのですー」

 

 一方で、小毬さんとクドが懐かしそうに言っていた。やったことあるのかな。

 

「なあ理樹、やっぱりリトルバスターズの皆はやったことあるのか?」

 

「うん。たぶん皆やったことあるんじゃないかな」

 

「待ちな。俺や謙吾、恭介はやったことないぜ? 聞いた話じゃ、理樹は結構力入れてたみたいだけどよ」

 

「全くだ。どうしてあの時、俺たちを呼んでくれなかった」

 

「それは、お前らが入ったら力が強すぎて怪我するからだ」

 

 不満そうに話す真人と謙吾の間に、恭介が割って入る。

 

 確かに、理樹くらいなら女子に混ざってもいいけど、この二人が入ったら怪我人が出そうだ。

 

「まぁ、私もやったことないけどね。あの頃は取り締まる側だったから」

 

 佳奈多がため息混じりに言っていた。元風紀委員だって言ってたし、こういうのをやるタイプじゃないのかな。

 

「おねーちゃん、これもほら、リサイクルだと思って。一緒にやりましょー」

 

「そうだよー。かなちゃん、資源は大切にしないと。救済が始まっちゃうよー」

 

 救済って何だろう。小毬さんがよくわからないことを言っていた。

 

「べ、別にやらないなんて言ってないわよ。もちろん、やるわよ」

 

「うむ。佳奈多君も無邪気に皆と楽しんだらいい。これは、なかなかに燃えるぞ」

 

 どうやら来ヶ谷さんも経験者みたいだ。

 

「ほらほら、みおちんも参加参加ー」

 

「あの、こういうのはあまり得意ではないのですが」

 

「またまたー、経験あるくせにー。皆でやったら楽しいよー」

 

 西園さんまで引っ張り込まれていた。葉留佳の口ぶりから、やったことあるみたいだけど。

 

「なあ羽依里、呼ばれて来てはみたが、今から一体何をするんだ?」

 

「卓球大会でも始めるのか?」

 

「残念だけど、新聞紙ブレード大会だよ。チャンバラみたいなゲームだってさ」

 

 俺は葉留佳が作った新聞紙ブレードを、良一や天善に見せる。

 

「面白そう! なっちゃん、頑張ろうね!」

 

「はい!」

 

 鴎は相変わらずノリが良い。こういう時、彼女の性格は本当に助かる。

 

「こんな感じに振り回すのかしら。紬、これは良いおっぱいのトレーニングになるわよ!」

 

「はい!」

 

 紬や静久も新聞紙ブレードを作って振り回していた。というかあれ、おっぱい打法なんだけど。

 

「……なんか、危ないんじゃない?」

 

 一方で、しろはが不安そうな顔をしていた。ブレードって言っても新聞紙だし、そこまで痛くないとは思うけど。

 

「そういえばしろは、食堂の準備はいいのか?」

 

「うん。準備はお昼前に終わらせてあるから、大丈夫だよ」

 

 たぶん昨日と同じ一品だけの提供になるんだろうけど、それにしても早い。普段からやり慣れている、しろはだからこそだろう。

 

「ところで、このゲームってどういうルールで遊ぶの?」

 

「いや、俺にもよくわからないんだ」

 

「ええー……」

 

「恭介が知ってるみたいだし、そのうち詳しいルール説明があるとは思うけど……」

 

「……よし、状況は大体理解した。皆、集まってくれ」

 

 その時、タイミングよく恭介が場を仕切り始めた。こういう時、彼は本当に頼りになる。

 

「まず、早急に会場を決める必要がある。ゲームを始めるなら早い方が良いしな」

 

 同時に、恭介が腕時計で時間を確認していた。それによると、今は16時過ぎ。いくら夏で日が長いとは言っても、あまり遅い時間までは遊べない。

 

「当然、俺たちはこの島の地理に明るくない。そこで、場所は羽依里たちに決めてほしい。良い場所を知らないか」

 

「うーん……」

 

 その問いかけに、俺は首をひねる。

 

 これだけの人数で遊ぶんだし、結構広い場所が必要だよな。

 

 ため池とかだと大丈夫そうだけど、あまり遠い場所だと移動するだけで時間が無くなってしまいそうだ。どこか近場に良い場所があればいいんだけど。

 

「なぁ恭介、広い場所ならいいのか?」

 

 その時、良一が恭介にそう聞いていた。

 

「そうだな。できるだけ広くて、ごちゃごちゃしたところがいい。隠れる場所が多い方が、このゲームは盛り上がるからな」

 

「なら、すぐ近くにおあつらえ向きな場所があるぜ」

 

 良一はニヤリと笑いながら、誇らしげに言っていた。

 

「なにか心当たりでもあるのか?」

 

「ああ。せっかく地の利をくれるっていうんだしな。良い場所がある。こっちだ」

 

 得意顔の良一を先頭に、俺たちは大量の新聞紙を持って、駄菓子屋近くの細い路地に歩みを進めた。

 

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 

「ついた。ここだぜ」

 

 狭い路地に入ってから、いくつもの角を曲がり、辿り着いたのは住宅地の奥の奥。

 

 かなり古い民家の前に、広い空き地があった。

 

「すごいね。住宅地の真ん中に、こんな場所があったなんて」

 

 理樹が感嘆の声を上げていた。島に通い詰めてるはずの俺も、こんな場所があったなんて知らなかった。

 

「謙吾、ここなら四天王スクワットやり放題だぜ!」

 

「本当だな。良一、天善、さっそくやるか!」

 

「……お前ら、本来の目的を忘れんなよ?」

 

 今にもスクワットを始めようとする真人たちを、恭介が制する。

 

 というか、良一たちは真人や謙吾と四天王スクワットをする仲にまでなったんだろうか。それはそれですごいけど。

 

「あの家は空き家なのか? 随分ボロボロのようだが」

 

 来ヶ谷さんが民家の方を見ながら言う。民家の周囲は塀に囲まれているけど、正面にある門は壊れていて、玄関が見えている。

 

「一応管理してる人がいるんですネ。立派な鍵がついてますヨ?」

 

 続けて葉留佳がそう言っていた。確かに、扉には立派な南京錠がついていた。

 

「それで、ここでチャンバラごっこするんですか? 確かに楽しそうですけど、相手が見えすぎてスリルに欠けますね」

 

 お手製の新聞紙ブレードを器用に片手で回しながら、藍が空き地を見渡す。

 

「実はな、あの古い家を挟んだ反対側にも、ここと同じような空き地があるんだ」

 

 その言葉を待っていたかのように、良一がそう切り返す。

 

「え、そうなのか?」

 

「ああ、試しに行ってみようぜ。家の両脇に裏庭へ行ける道があるんだ」

 

 よく見ると、民家の左右には細い路地が通っている。良一に導かれるまま、俺たちはその右側の路地へ歩みを進める。

 

 

 

「……ここの壁、やけにボロボロだね」

 

 その路地を通りながら、鴎がそう呟く。

 

 かなり朽ち果ている木製の塀で、所々に穴が開いていた。どうも、民家の周りをぐるっと囲っているらしく、高さは2メートルくらいはある。下手に触ったりしたら、トゲとか刺さってしまいそうだ。

 

「ほら、見てみろ」

 

 少し歩くと、民家の裏側に抜けた。そこには、先程の空き地と似た広さの空き地があった。

 

「へぇ、変わった作りになってるな」

 

「どっちの空き地も、元は小さな畑だったんだぜ。今は荒れ果てて、見る影もないけどな」

 

 良一がそう続ける。言われてみれば、カチカチになっているけど、土の地面だった。

 

「それとな、あそこに見えるのはこの家の裏戸なんだが、完全に壊れてるんだ。表の門も壊れていたろ? つまり通ろうと思えば、庭を突っ切ることもできるわけだ」

 

 親指で示す先には、斜めになって倒れかけた木製の戸があった。これも長年雨風に晒されてきたのか、鉄の留め具が完全に錆びて、折れてしまっていた。

 

「ところで良一、お前はなんでそんなに詳しいんだ?」

 

 その時、誰もが疑問に思っていたことについて、のみきが追及する。

 

「へっ? そ、それは……」

 

「まさか、不法侵入して遊んでいるのではあるまいな? 返事によっては……」

 

 良一の態度を見て、鬼の形相となったのみきがハイドログラディエーター改を構える。

 

「ち、違う違う! ここは俺の家だ!」

 

「なに?」

 

 良一が両手を挙げながら、そう弁解していた。予想外の答えに、のみきが驚きの表情を浮かべる。

 

 でも確かに、それってどういうことだろう。

 

「正確には、俺のじーさんが昔住んでた家なんだ! 今は使ってないが、所有権だけは俺んちが持ってるんだ! 正門の方には『三谷』と書かれた表札だってある!」

 

 良一は必死だった。あそこまで言うんだし、嘘ではないだろう。

 

「……そういうことなら、信じよう」

 

 どうやら疑いが晴れたのだろう。のみきは水鉄砲をしまう。

 

「というわけだから、この家の周りの土地は自由に使ってくれて構わないぜ」

 

「なるほど。これだけの場所なら、大掛かりなチームバトルができそうだ。最高の場所だな」

 

 それまで黙って様子を見ていた恭介は、うんうんと頷きながらそう提案していた。

 

「それじゃ、会場も確保できたところで、ルール説明に移らせてもらう。構わないな?」

 

 恭介がそう続ける。彼の言葉には、反論を許さない力強さを感じる。

 

 

 

 

 再び民家の正面前に戻った後、恭介を中心にリトルバスターズからルール説明を受ける。

 

「まずは基本ルールの説明だな」

 

「「はいはいー」」

 

 恭介が合図をすると、筒状の新聞紙……新聞紙ブレードを持った葉留佳と小毬さんが前に出てきた。

 

「まずは、相手を攻撃する時は『かたじけのうござる』、逆にやられた時は『無念なりー』と言って倒れること。コレ、重要ですヨ」

 

 そう説明しながら、葉留佳さんが小毬さんの頭を新聞紙ブレードですぱーんと叩いていた。音は良いけど新聞紙だし、小毬さんの様子を見た限り、そこまで痛くないみたいだ。

 

 でも、掛け声は意味が解らない。直訳すると『ありがとうございます!』『残念です!』なんだけど。

 

「狙っていいのは頭だけですか?」

 

 藍が蒼より大きな胸の前で腕を組みながら、そう聞いていた。

 

「同性同士が戦う場合は、基本的に頭しか狙えない。ただし、男女が戦う場合は、女は男のどこを攻撃しても良い事とする」

 

「それは面白いルールですね」

 

「なんだよそれ、差別じゃねぇ!?」

 

 ほくそ笑む藍とは裏腹に、真人は怒りの声をあげる。確かに、男にとっては結構なハンデなんだけど。

 

「一様に差別とは言えないぞ。これを見ろ、どうやってもクドの攻撃が真人の頭には届かないだろ」

 

「かたじけのうございますー!」

 

 その時、新聞紙ブレードを持ったクドがぴょんぴょんと飛び跳ねて、真人の頭を狙おうとする。でも、どう頑張っても届かない。

 

「ちなみに、夏海だけ特別ルールな。夏海は男女関係なく、相手のどこを攻撃してもいい」

 

「え、いいんですか?」

 

「ああ、小学生だしな。女連中を相手にしても身長差があるだろ」

 

「そ、そうですね……」

 

 確かに、この中だと夏海ちゃんがまともに頭を狙えそうなのは、クドぐらいかもしれない。

 

「まぁ、良いじゃないか。このゲームを熟知している恭介氏がそう言うんだ。もらえるハンデはもらっておくべきだぞ」

 

 のみきが笑顔でそう言う。

 

「はい……」

 

「そうだ。のみきも夏海と同じルールにしてやろう。理由は簡単。背が似たようなものだからだ」

 

「せ、せっかくだが私は通常のルールで構わない。背はないが、私にもプライドがあるからな……」

 

「わかってる、冗談だ」

 

 恭介は軽く手を振って、また話を続ける。

 

「あと、もう一つ重要なルールだ。使用する武器は新聞紙であれば、形状は問わない。今はわかりやすく、棒状にしてあるけどな」

 

 つまりは、例の台詞さえ言えば、丸めて投げたりしても武器としては使えるわけだ。もっとも、棒状の新聞紙が一番扱いやすいだろうけど。

 

「では次に、チームについて説明しよう。今回は人数が11人ずつということで、二つのチームによるチーム戦とする」

 

 リトルバスターズが11人。対する俺たちも11人。確かにちょうどいい。

 

「同じチーム同士で連携を図りながら、相手の陣地に置かれた旗の奪取を目指す。どうだ。燃えるだろう」

 

 まるでサバイバルゲームみたいだった。男子としては、確かに燃える。

 

「ふたつの空き地にそれぞれのチームの旗を立て、それを相手に奪われるか、チームが全滅したら負けだ」

 

 うんうん。単純で分かりやすいルールだ。

 

「やられた奴は速やかに武装解除して自分の陣地に戻り、旗から離れた場所で大人しく待つこと」

 

「わかりました!」

 

「ところで恭介君、そのチームの旗はどうやって用意するの?」

 

 そこで気になったのか、静久がそう質問していた。

 

「俺の学ランでもくくりつけとくか? かっこいいだろ?」

 

 それを聞いた真人がどこからか木の枝を見つけてきて、それに自ら着ていた学ランを結びつけていた。

 

「そんなもん守りたくないわ! 汗臭いし、あほかっ!」

 

 どうやら不服だったようで、鈴はその学ランを木の枝から引きはがすと、そのまま真人へ蹴り返す。

 

「あー、人の筋肉制服蹴るんじゃねぇよ!」

 

 筋肉制服って何だろう。気にするだけ野暮かもしれないけど。

 

「なら鈴、これを結ぶのはどうだ」

 

 その様子を見ていた謙吾が、自ら着ていたジャンバーを脱いで、その背面を見せる。

 

「猫だぞ」

 

「いやじゃ!」

 

 基本的に何も変わらないし、鈴は断固拒否の構えだった。

 

「鈴もそうカッカするな。ちゃんと旗も用意してある。鴎、例のものを」

 

「はーい!」

 

 恭介に指名され、鴎がスーツケースを開けてその中身を漁り始める。

 

「じゃーん!」

 

 スーツケースから取り出されたのは、折りたたまれた二枚の布だった。

 

 あれってもしかして旗なんだろうか。恭介はどこまで用意周到なんだろう。

 

「まず、私たちのチームの旗がこれね!」

 

 鴎がそのうちの一枚を広げる。そこには、見慣れたひげ猫が描かれていた。

 

「なんだそりゃ、猫か?」

 

「ひげ猫だよ」

 

 訝しげな目で見る真人に対し、鴎が満面の笑顔でそう言う。というか、どうしてあんなものがスーツケースの中に入ってるんだろう。

 

「どう? 結構様になってると思うんだけど」

 

 そうこうしているうちに、鴎はさっきまで学ランがかかっていた木の枝にひげ猫団の旗を結び付けて、そのまま地面に立てていた。

 

「へぇ、なかなかに格好いいじゃないか」

 

「でしょー。それで、こっちはリトルバスターズ用!」

 

 続けて、鴎がもう一枚の布を広げる。そこには、謙吾のジャンバーと同じ絵柄の猫が描かれていた。

 

「なんですかそれは。すごくかっこいいのですー」

 

「これも鴎が描いたのか?」

 

「ひげ猫は私だけど、そっちの猫はしろしろが描いたの!」

 

「え、しろはが?」

 

「もう鴎、内緒にしてって言ったのに……」

 

 しろはは恥ずかしそうに俯いていた。絵が描けるのは知っていたけど、これはすごい。

 

「ちょうど野球の試合で使おうと思って、二人に旗の制作を依頼していたんだ。各チームの旗は、これを使おう」

 

「いやー、こういうのがあると、俄然やる気が出ますネ」

 

「ああ、俺たちの魂がこもった、リトルバスターズの旗だぞ。指一本触れさせん」

 

 葉留佳と謙吾が旗を見ながら、決意を新たにしていた。確かに俺も自分たちの旗を見ていると、なんだかやる気がわいてくる。ひげ猫だけど。

 

「ルールは以上だが、何か質問はあるか?」

 

 

 そう言われて、俺は頭の中でルールを反芻する。

 

 この民家を挟んだ二つの空き地をそれぞれの陣地として、そこに立てた旗を奪い合うゲーム。旗が残っていても、チームが全滅したら負け。

 

 攻撃するときは『かたじけのうござる』、やられたら『無念なり』。基本、狙えるのは頭のみ。でも男女が戦う場合や夏海ちゃんには例外がある。

 

 やられた者は速やかに武装解除して、自分の陣地で大人しく待つこと。そして武器である新聞紙の形や大きさに決まりはない。

 

 

「……うん。大丈夫だと思う」

 

 他の皆も何も言わないし、ルールは浸透した感じだろう。

 

「よし。なら十分後に花火を打ち上げる。それがゲーム開始の合図だ」

 

「わかった。お手柔らかに頼むよ」

 

「それは約束できないな。勝負だからな」

 

 恭介は不敵な笑みを残し、民家の向こうへ消えていった。

 

 

 

 

「チーム戦だし、皆との連携が重要になってくるよな」

 

「うん。三つある通路のどこに誰を配置するかも大切だよね」

 

 ゲームが始まるまでの間、俺たちは地面に書いた図を囲んで、簡単に作戦会議をする。

 

 相手の陣地へ通じるルートは三つ。民家の左右にある狭い路地を通るルートか、民家の正門から庭を通り、裏門に抜けるルートだ。

 

「私はスーツケースがあるから、守りに徹するよ」

 

 鴎は自らそう提案してくる。移動力ではどうしても劣ってしまうから、迷惑をかけないようにしてるんだろうか。

 

「なら、わたしと静久も残ります!」

 

「そうね。本陣の守りも必要よ?」

 

 その考えをくみ取ったのか、紬と静久も本陣の守りを買って出てくれた。

 

「そうだな。いざという時の守りは重要だ。頼んだぞ、三人とも」

 

「うん!」

 

「任せて」

 

「ここは絶対にシシュしてみせます! 敵さんが来たら、ちみどろにします!」

 

 紬、その表現は怖いからやめて。

 

 そんな三人は元気に返事をした後、それぞれの新聞紙ブレードを持って、夕日に染まる旗の近くで配置につく。

 

「……後は攻撃メンバーなんだけど、俺に作戦があるんだ」

 

「作戦?」

 

「のみきと良一にも、ここに残っててほしい」

 

「これ以上に守りを増やすってのか? そりゃ守りは重要だけどよー」

 

「いや、二人には旗の所じゃなく、正門前で待機しておいてほしいんだ。でも、絶対に庭に入らないでほしい」

 

「それは構わないが……なんでまた?」

 

「この庭さ、やけに草が生い茂ってるし、下手に中を歩き回れば、必ず草がすれる音がすると思うんだ」

 

「まぁ、そうだろうな」

 

「俺たちの中で誰も庭に入らなければ、草がすれる音がする時は、リトルバスターズの誰かが入った時だけだよな?」

 

「なるほど。相手が正面突破を試みてきた場合、その動きがわかるということですね」

 

 藍が口元に手を当てながら、頷いていた。

 

「うん。そういうこと」

 

「男の子って、こういう遊びの時、ホント楽しそうよねー」

 

 蒼が少し離れたところで笑っていた。それは自分でも思う。こういう作戦を考える時が楽しいんだ。

 

「相手の動きがわかれば、優位に進められるしな……よし羽依里、その作戦乗ったぜ!」

 

 意図を察して、良一が俺の作戦を快諾してくれた。

 

「それで、他の皆なんだけど……」

 

 残りのメンバーのうち、俺としろはと夏海ちゃんの三人で左側の路地を、天善と空門姉妹の三人で右側の路地を進んでもらうことにした。

 

 中央をあえて捨てることで、左右に戦力を集中する感じだ。

 

 土地勘のないリトルバスターズが、大勢で中央突破を図ってくる可能性は低いと思うし。もしやってきたとしても、少数だろう。それなら、良一たちで対応できるはずだ。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 しばらくして、ゲーム開始の花火が上がった。

 

「よーし、やってやるわよー」

 

「天善ちゃん、せめて盾くらいにはなってくださいね」

 

「そういうことは良一に言ってくれ」

 

 わいわい言いながら、右側の通路に消えていった。さっきの蒼の台詞を返すようだけど、蒼たちも楽しそうだ。

 

「それじゃ、俺たちも行ってくるよ。鴎たち、守りは任せたからな。何かあったら、大きな声で知らせてくれな」

 

「うん、おっきな声でふぎゃーって鳴くよ!」

 

「わたしもむぎゅーって鳴きます!」

 

「私もおっぱーいと叫ぶわね!」

 

 想像するとすごくカオスな状況だったけど、状況を知らせてくれるなら、それでいいや。

 

「良一とのみきも、頼んだぞ」

 

「ああ、何か動きがあればすぐに知らせよう」

 

 その返事を聞いた後、俺たちも新聞紙ブレードを持って、左の通路へ侵入する。

 

 

 

 

 ほとんど一直線に相手の陣地へと続く路地は、改めて観察すると電柱やゴミ箱があって、その陰に誰かが隠れていてもおかしくない。

 

 俺を先頭に、しろは、夏海ちゃんと並び、ゆっくりと進んでいく。

 

「な、なんだか静かですね」

 

「夏海ちゃん、しろはから離れたら駄目だよ」

 

「は、はい……」

 

 夏海ちゃんはしろはのスカートをしっかりと握りしめている。確かに静かすぎる。

 

「……フハハハハ!」

 

「うわ、出た!」

 

 通路を半分くらい進んだところで、電信柱の陰から来ヶ谷さんが飛び出してきた。

 

「出たとはご挨拶だな。人を妖怪か何かみたいに」

 

 ……神出鬼没なのは、妖怪と変わらないとも思うけど。

 

 そんな来ヶ谷さんは先制攻撃を仕掛けてくるでもなく、通路の中央に仁王立ち。余程自信があるんだろうか。

 

「二人とも、下がって」

 

 しろはと夏海ちゃんの二人に下がってもらって、俺は来ヶ谷さんと対峙する。

 

 灯台での動きを思い出すと、この人の身体能力はかなり高い。強敵だ。

 

「ふむ。では鷹原少年、まずはキミから片付けるとしよう」

 

 来ヶ谷さんはそう言うと、まるで日本刀のように長い新聞紙ブレードを構える。

 

「そうだな。キミを倒した後は、後ろの二人は捕虜として陣地に連れて帰り、しっぽりムフフといかせてもらうことにしよう」

 

 ……二人を守らないと。何が何でも、二人を守らないと。

 

「……かたじけのうござる!」

 

 俺は居ても立ってもいられず、先制攻撃を仕掛ける。

 

「甘いぞ。かたじけのうござる」

 

 対する来ヶ谷さんは俺の攻撃を軽くいなして、そこから俺の肩を狙って新聞紙ブレードを振り下ろす。

 

「うわっ!?」

 

 俺はとっさに塀にへばりつき、なんとかその攻撃を回避する。

 

 しかし来ヶ谷さんはすぐに体勢を整え、今にも追撃の構えだ。これはまずい。次は避けきれない。

 

「ゆいちゃん、やめてください!」

 

「ぐはっ……!?」

 

 その時、夏海ちゃんがそう言葉を発する。すると、謎のダメージを受けて、来ヶ谷さんの動きが止まる。

 

「今です! かたじけのうござる!」

 

 そして、夏海ちゃんはしろはの横をすり抜けて、来ヶ谷さんに攻撃を仕掛ける。

 

「……チッ」

 

 来ヶ谷さんは寸でのところでその攻撃をかわし、俺たちから大きく距離を置く。

 

「夏海君の攻撃はどこに当たっても失格になるんだったな……なかなかに凶悪なルールじゃないか。これではうかつに近寄れんな」

 

「危なかった……夏海ちゃん、助かったよ」

 

 俺は壁に張り付いたまま、夏海ちゃんにお礼を言う。

 

 おかげで来ヶ谷さんも離れたし、今のうちに落ち着こう。

 

 ……そう考えた、その瞬間。

 

「かたじけのうござるだよー」

 

「かたじけのうござりまするっ」

 

「えっ?」

 

 背後……壁の向こうから、聞いたことのある声が聞こえた。そして、背中に二つの小さな衝撃。

 

 振り返ってみてみると、穴だらけの塀の隙間から、二つの新聞紙ブレードが伸びていて、俺の背中に当たっていた。

 

「あああああーーー! やられたーーー!?」

 

「鷹原さん、セリフを言ってくださーい!」

 

 ……そうだった。ショックでつい、忘れていた。

 

「無念なりー!」

 

 声の感じからして、塀の向こうにいるのはクドと小毬さんだろう。

 

 それにしても、目の前の来ヶ谷さんに意識を集中していたら、文字通り横やりを叩き込まれてしまった。本当に無念だった。

 

「……隙ありだ。かたじけのうござる」

 

 そしてその直後、来ヶ谷さんの姿がブレた。

 

「えっ」

 

 そしてヒットアンドアウェイで、一瞬でしろはの頭を叩いていった……。

 

「ルールだ。台詞を言ってもらおう」

 

「うう、無念なり」

 

 そんなまさか。しろはがこうも容易くやられてしまうなんて。

 

「ゆいちゃんすごいー」

 

「夏海君もそうだが、小毬君もゆいちゃんはやめてくれ……」

 

 塀の向こうでクドたちの喜ぶ声が聞こえる。

 

 あんな場所から攻撃されたら、ほぼ反撃できない。なんて作戦だろう。

 

「キミたちは、ある意味最強キャラである夏海君の使い方を間違っているぞ。例えば……」

 

「くらえー! ビー玉攻撃ー!」

 

「うおおおーーー!?」

 

「えっ、ちょっとちょっと! ひゃーーー!」

 

 来ヶ谷さんが何か言いかけていたけど、途中から別の声でかき消されてしまった。

 

 聞き耳を立ててみると、蒼や天善の叫び声だった。向こうの路地で一体何が起こってるんだろう。

 

「あははははっ! かたじけのうござる、かたじけのうござる、かたじけのうござるーーー!」

 

「む、無念なり―!」

 

「無念なりー!」

 

 天善、蒼の無念が聞こえた。どうやら向こうでもバトルが始まっているらしい。

 

「さすが三枝さん、やり方がえげつないです」

 

 なんか葉留佳と西園さんの声も聞こえる。少なくとも二人に襲われているみたいだ。

 

「くっ、そう言う西園さんは頭ががら空きですよ!かたじけのうござる!」

 

 どうやら藍は葉留佳のビー玉攻撃をかいくぐったらしい。反撃に移ったみたいだ。

 

「……甘いです」

 

「は? 傘とか反則じゃないですか?」

 

「別にそんなルールはありませんが」

 

「そ、それはそうですが……ぐぬぬ」

 

「藍さんごめん! かたじけのうござる!」

 

 直後、理樹の声と共にすぱーんと良い音がした。藍もやられてしまったみたいだ。

 

 それにしても、開始数分で5人がやられてしまった。一方的すぎる。リトルバスターズの皆、チームワークが良すぎるんだけど。

 

「よーし! みおちん、理樹くん、このまま一気に本陣を制圧するよーーー!」

 

「合点です」

 

「えええ、本当に行くの!?」

 

「私たちも続きましょー! 進軍なのですー!」

 

「おっけーですよー」

 

 左側の通路を制圧した葉留佳たちは、どうやら一気に俺たちの陣地に攻め入るみたいだ。

 

 同時に、庭にいたクドたちの声も草をかき分ける音と一緒に遠ざかっていった。

 

「ふむ。攻めの方は理樹君や葉留佳君に任せて、私は一旦報告に戻るとしよう」

 

「来ヶ谷さん、待ってください!」

 

 背中を見せた来ヶ谷さんに対し、生き残った夏海ちゃんが一歩前に出る。

 

「夏海君、私を追うより、自分たちの陣地を守りに戻った方がいいと思うぞ?」

 

 来ヶ谷さんはそう言い残し、リトルバスターズの陣地へと戻っていった。

 

「夏海ちゃん、確かに来ヶ谷さんの言う通りだよ。ここは陣地に戻って、紬たちを守ってあげよう」

 

「わ、わかりました!」

 

 俺としろはは速やかに武装解除して、生き残った夏海ちゃんと一緒に自陣へと戻ることにした。

 

 

 

 

「あははははーーー! 待て待てー!」

 

「むぎゅーーー!」

 

 俺たちが陣地に戻ると、葉留佳が紬を追いかけまわしていた。

 

「紬、もう少し頑張って!」

 

 そう言う静久はのみきと一緒に、理樹や西園さんと対峙していた。すぐには動けなさそうだ。

 

 ちなみに、良一は女性相手だと分が悪いので、静久たちの戦いを気にしつつ、正面からの攻撃に備えていた。

 

 さっきからずっとガサガサと音がしてるし、いつクドと小毬さんが飛び出して来てもおかしくない。

 

「追い詰めたぞー! むぎゅ子、悪く思うなー!」

 

「むぎゅぎゅぎゅぎゅ……」

 

 その時、塀際に紬が追い込まれていた。

 

「勝負の世界は非情なのですヨ。まさに取るか取られるかの世界! 弱い者は崖の上から叩き」

 

「かたじけのうござる!」

 

 ……余裕綽々に口上を述べていた葉留佳の背中に、夏海ちゃんの一撃がクリーンヒットする。

 

「ぎゃーーー! なっちゃん、後ろから卑怯だぞー!」

 

「ごめんなさい。スキだらけだったので」

 

「いや、良いと思うよ。葉留佳さん、本当にスキだらけだしさ」

 

「理樹くんひどいーーー!」

 

「葉留佳さん、台詞を言ってください!」

 

「むーねーんーなーりぃぃーー!」

 

 葉留佳は頭を抱えながら、その場に座り込んでしまった。余程ショックだったんだろう。

 

 俺としろはは、同じようにやられて戻ってきた空門姉妹や天善たちと一緒に、その様子を眺めていた。

 

「紬さん、大丈夫ですか!?」

 

「はい! ナツミさん、助かりました!」

 

 その後、夏海ちゃんはそのまま紬の隣に立って共闘の構えを取る。さすがズッ友だった。

 

「私も頑張らないとね……直枝君、かたじけのうござる!」

 

「うわっ」

 

 その時、びしっと音がして、静久の新聞紙ブレードが理樹の脇腹を捕えていた。やっぱり女尊男卑のこのルール、鬼畜だ。

 

「うう、無念なり……もうちょっとだったんだけどなぁ」

 

 理樹を撃破した静久が夏海ちゃんたちと合流し、一気に反撃の度合いが高まった……その時。

 

 

「手加減は無用だ……いっくぜぇぇ!」

 

「うおらぁぁぁぁーーー!」

 

 なんだろう。民家の向こう側から、謙吾と真人の叫び声が聞こえる。

 

「うわあぁぁぁぁーーーっ!?」

 

 その直後、その民家を飛び越えて、鈴が目の前に降ってきた。うそだろ。

 

「え? え? え?」

 

 突然目の前に敵が現れた鴎は、完全に混乱してしまっている。あれでは防御もままならない。

 

「かもめ、かたじけのうござるっ!」

 

「ひええーーー!? 無念なりーーー!」

 

 ……軽快な音と共に、鴎の絶叫が響き渡った。

 

「えっ?」

 

「はい?」

 

「むぎゅ?」

 

 その音を聞いて、ようやく夏海ちゃんたちも背後で起こっていることに気づいたらしい。

 

 だけど、後の祭りだ。あの位置からだと、どんなに急いでも旗を守れない。

 

「……完全勝利だ」

 

 鈴は鴎を一蹴した後、俺たちの陣地の中央に置かれたひげ猫団の旗を取り上げる。俺たちの完敗だった。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 最初のゲームが終了し、リトルバスターズの面々が続々と俺たちの陣地へやってきた。

 

「いくら勝つためとはいえ、思いっきりすぎじゃ、こらーーっ!」

 

「うっ! うっ! 次は手加減します!」

 

「次なんてあるかーっ!」

 

 なんだろう。勝利したにもかかわらず、真人が鈴に蹴られていた。民家を飛び越えてやってきたし、色々と無茶な作戦だったんだろうか。

 

「まさか、鈴ちゃんが空を飛んでくるとは思わなかったよ……」

 

 鴎がため息交じりに言っていた。確かに、あれは予想できない。

 

「よう、おつかれ」

 

 そこへ恭介がやってきた。

 

「もう少ししたら2ゲーム目を始めようと思うんだが、やる気はあるかい?」

 

 先の完勝の報告を受けたんだろう。恭介の口調からはかなりの余裕が感じ取れた。

 

「……もちろんだ。次は負けないぞ。皆もそうだよな?」

 

 それが悔しくて、俺はそう言っていた。

 

「はい! まだやりたいです!」

 

「夏海ちゃんに同じくです。あんなやられ方、絶対認めません」

 

「まだまだ不完全燃焼だ!」

 

「次は勝つよ!」

 

 他の皆もすぐに賛同してくれた。やっぱり、このまま引き下がれるわけがない。

 

「オーケー。そう言ってくれると思ってたぜ。だがさすがに日が落ちてきたし、次が最終ゲームになるとは思う。もう一戦、よろしく頼むぜ」

 

「ああ、次こそ勝たせてもらうからな」

 

 確かに、太陽はもう少しで山の陰に隠れてしまいそうだ。暗くなったら危ないし、次が最後だろう。

 

「例によって、10分後に花火を打ち上げる。それまで念入りに準備しておいてくれな」

 

「ああ、わかった」

 

 恭介は俺たちの方にそう言い残すと、仲間たちと一緒に自分たちの陣地へと戻っていった。

 

 

 

 

 俺たちはゲーム開始までのわずかな時間を使って、作戦を立て直すことにした。

 

「そういえば羽依里、さっきのバトルでなんだけど……」

 

 その時、右側の路地で葉留佳たちと交戦した空門姉妹から、興味深い話が聞けた。

 

「葉留佳のビー玉でこかされたところに、頭上から小さく丸めた新聞紙が雨あられと降り注いだの」

 

 なんだそれ。そんなの避けられるわけない。

 

 ルール説明の時に、新聞紙の形状は問わないとは聞いていたけど、そこまでやっていいのか。

 

 来ヶ谷さんみたいに、ちょっと長い程度なのかと思っていたけど。どうやら、発想の転換が必要みたいだ。

 

「後、来ヶ谷さんが言ってた事も気になるね」

 

「え、何か言ってましたっけ?」

 

 しろはの発言に対して、夏海ちゃんが首をかしげていた。

 

「ほら、夏海ちゃんの使い方がどうこう」

 

「あ、そういえば何か言ってましたね」

 

「それなんだけど。俺が思うに、たぶんさ……」

 

 ……その後、俺たちは時間ギリギリまで作戦会議を行った。

 

 

 

 

 今回は本陣に静久だけを残し、他のメンバーは思い切って全員攻撃に割り振る作戦を取ることにした。

 

 いくらなんでも、さっきみたいに鈴は飛んでこないだろうし。

 

 攻撃メンバーの配置はまず、左の路地に鴎と俺、そしてのみき。

 

 次に、庭を通って正面から相手の陣地を目指す役目を、土地勘のある良一と天善。その二人の護衛を蒼と夏海ちゃんにお願いした。

 

 そして右の路地にしろは、藍、紬。遭遇する相手にもよるけど、こっちは藍が冷静に指揮を執ってくれると思う。

 

「羽依里さん。余ってる新聞紙、もらっていいですか?」

 

「うん。ここにあるのなら持って行っていいよ」

 

「ありがとうございます!」

 

 夏海ちゃんが新聞紙の束を持って行った。どうやら他の皆も新聞紙を加工して、扱いやすい武器を用意しているみたいだ。

 

「よし、準備はこんなものかな」

 

 やれるだけのことはやったし、俺たちとしても、二連敗するわけにはいかない。

 

「皆、最後は勝って終わらせよう!」

 

「「おーーーーー!」」

 

 皆で円陣を組み、気合いを入れたところで……最終戦の開始を告げる花火が上がった。いざ、ラストファイトだ。

 

 

 

 

「よし、行くぞ二人とも!」

 

「あ、ああ」

 

「思いっきり飛ばしちゃっていいよ! かたじけのうござるーーー!」

 

 最終ゲーム開始と同時。俺は鴎とのみきが乗ったスーツケースを押して、左の路地を全力で進む。気分は戦車だった。

 

 がらがらとスーツケースを押し、中ほどまで進んでくると……前方に真人の姿が見えた。

 

「マジかよ、スーツケースごと突っ込んでくるなんて聞いてねぇぞ!?」

 

「真人君邪魔だよ! どいて!」

 

 鴎が手にしているのは新聞紙を何枚も繋げた、槍のように長い新聞紙ブレード。明らかに真人の新聞紙ブレードより射程で勝っている。

 

「その槍で突こうってか!? そうは筋肉が卸さねぇぜ!」

 

 目の前に迫った鴎の槍を、真人は素早くしゃがんでかわす。

 

「よし、のみき、今だ!」

 

「わかっている! かたじけのうござる!」

 

 真人の動きが止まったタイミングを見計らって、のみきが丸めた新聞紙を輪ゴムで飛ばす。飛ばされた新聞紙は真人の巨体に命中し、真人は失格となる。

 

「あああーーー!」

 

「真人くん、台詞! そしてどいて!」

 

「くそっ、無念だぜ……!」

 

 真人がめちゃくちゃ悔しそうな顔をしながら、道を明け渡す。

 

 

「……向こうは始まったみたいですね。しろはちゃん、私たちもやりますよ」

 

「うん」

 

 俺たちが真人を倒した頃、反対側の藍たちも動き出したみたいだ。ズレてしまったスーツケースの位置を調節しながら、その声に耳を傾ける。

 

「ほわぁっ、あいちゃんたちが来たー!」

 

「こまりん、ここははるちんにお任せあれ! ビー玉攻撃ー!」

 

「お二人とも、左右に避けましょう」

 

 ばらばらとビー玉がばらまかれる音がしたけど、今度は誰の悲鳴もしなかった。

 

「ちょっとー! なんで避けるの―!?」

 

「一度食らった攻撃を二回も食らうはずがないでしょう。アホですか?」

 

「むむむ……こうなったら、りきこみ隊長! よろしくおねしゃす!」

 

「え、僕!?」

 

 りきこみ隊長? 切り込み隊長みたいなものだろうか。

 

「理樹君、頑張ってー」

 

「理樹くんがんばれー」

 

「えっと、どうせなら葉留佳さんも前に出てきて欲しいんだけどさ」

 

「えー、か弱い女の子に前線に立てとか、ひどいこと言うなぁ」

 

「いやいやいや、一戦目の時は自ら進んで先陣を切ってた気がするけど!?」

 

「うー、そんな細かいこと気にしてたらでっかい男になれないぞー!」

 

「なんで逆ギレされるのかわからないけど、期待されている以上は、頑張ってみるよ……」

 

「それでは、直枝さんが私たちに負けたら、後で罰ゲームを受けてもらうというのはどうでしょう」

 

「ええっ、ちょっと藍さん、そんないきなり……」

 

「問答無用です。かたじけのうござる!」

 

「あぶなっ!」

 

「ナオエさん、かたじけのうございます!」

 

「うわああっ!? 無念なりぃー!」

 

 どうやら藍の攻撃は避けたみたいだけど、紬の追撃は防げなかったみたいだ。

 

「……やっぱり、女の子相手だと、男は分が悪いね……」

 

「罰ゲーム確定ですね。今から楽しみです」

 

「トホホ……なにをさせられるんだろう……」

 

「さあ、次は小毬ちゃんの番ですよ! 覚悟してください!」

 

 藍はなんだかんだでノリノリだった。

 

「よぅし! 謙吾君直伝、真剣白刃どり!」

 

「む、やりますね」

 

 ……真剣白刃取り? 小毬さんってそんな特技があったんだろうか。

 

 そっか、女の子同士なら別に手でつかんで防御してもいいのか。男はアウトだけど。

 

「そう来ると思っていました。しろはちゃん、お願いします」

 

「うん。かたじけのうござる」

 

「ふえええーーーっ!? む、無念なりぃ~……」

 

 すぱーんと心地のいい音が聞こえた。たぶん、藍が小毬さんの動きを止めている間に、しろはがその頭を叩いたんじゃないかな。

 

「……さて、残りは葉留佳ちゃんだけですね」

 

 急に藍の語気が強くなった。

 

「いやー、多勢に無勢って言葉があってですネ」

 

「さっきはよくも蒼ちゃんを」

 

 ますます語気が強くなってる。怖い。

 

「ふっふっふ。あいちゃん、勝負の世界は非情なのですヨ」

 

「は?」

 

「ま・さ・に! 取るか取られるかの世界! 弱いものは崖の上から叩き……ってあぶなっ!」

 

「避けましたか。隙だらけだったので、行けるかと思ったんですが」

 

 葉留佳のさっきの台詞、一戦目の時も言ってなかったっけ。言いたいのかな。

 

「紬ちゃん、しろはちゃん。三人で葉留佳ちゃんをボコボコにしましょう」

 

「はい! ボコボコにします!」

 

 ……なんか紬らしからぬ台詞が聞こえた気がする。

 

「くっそー! こうなったら! おさげでぃふぇんすー!」

 

 おさげディフェンス? 一体何だろう。

 

「説明しよう! おさげディフェンスとは!」

 

 うんうん教えて。すごく気になる。

 

「総攻撃です。かたじけのうござる」

 

「はい! かたじけのうございますー!」

 

「ぎゃーーーーー! あいちゃん、最後まで言わせてー!」

 

「おさげは頭の一部ですから無理ですよ。はい。台詞」

 

「無念なりぃぃーーー!」

 

 よくわからないけど、葉留佳をボコボコにしたみたいだ。そろそろ、俺たちも前進しよう。

 

「羽依里、全速前進!」

 

「アイアイサー!」

 

 鴎とのみきの乗ったスーツケースをがらがらと押す。もうすぐ通路を抜けるし、そうなれば相手の陣地は目の前だ。

 

 でも、そろそろ誰かと遭遇してもおかしくないんだけど。

 

「おっと。お前ら、そこまでだぞ」

 

「ふむ。スーツケースで特攻とは、なかなか面白い手を考えるじゃないか」

 

 その時、目の前に謙吾と来ヶ谷さんが立ちふさがった。

 

「のみき、頼む!」

 

「ああ。かたじけのうござる!」

 

 俺がスーツケースを停止させると、のみきがその上に立ち上がり、小さく丸めた新聞紙を二人に向けて撃ち放つ。先制攻撃だ。

 

「……フ。甘いぞ」

 

「ンメーン!」

 

 のみきの攻撃は的確に二人の頭を捕えていたけど、来ヶ谷さんは目にも留まらぬ動きでその弾を避け、謙吾は手にしていた極太の新聞紙ブレードで、その弾をはたき落としていた。

 

「そ、そんな馬鹿な」

 

 のみきが驚愕の表情を浮かべる。俺も驚いている。あの二人の動き、人間離れしている。

 

「敗走してきた真人少年から報告を受けている。我々に同じ手は通用しないぞ」

 

 来ヶ谷さんは元より、確か謙吾は元剣道部なんだっけ。さすがにこの手の小細工は通用しないのかも。

 

 それなら、俺たちは個々の力で劣る分、力を合わせるしかない。

 

 そう覚悟を決め、イチかバチかスーツケースで突っ込んでいこうかと考えていた……その時。

 

「今だ! 乗れ、天善!」

 

「ああ!」

 

 ガサガサと草をかき分ける音がして、塀の上から天善が上体を覗かせる。どうやら塀の向こうで、良一が天善を肩車しているみたいだ。

 

「……む!?」

 

「な、なんだとぅ!?」

 

 思わぬ場所から姿を見せた天善に、来ヶ谷さんと謙吾は完全に虚を突かれていた。

 

「行くぞ、かたじけのうござる!」

 

 その隙を逃さず、天善は丸めた新聞紙を空中に放り投げる。あの動き、まるで卓球のサーブみたいだ。

 

「チョレーーーイ!」

 

 そして、その新聞紙をラケットで高速で撃ち放ち、見事に来ヶ谷さんの頭にヒットさせる。

 

「……しまった。どうやらやられてしまったようだな。おねーさん無念だよ」

 

 上空からの攻撃に一瞬反応が遅れたらしい。来ヶ谷さんは失格となる。

 

「なかなか考えられた作戦だな。その位置からなら相手の頭も狙いやすいし、飛び道具がない限り反撃される恐れもない。敵ながらあっぱれだな」

 

 来ヶ谷さんはそう言って、武装解除する。

 

「くそっ、俺は飛び道具など持っていないぞ!」

 

 そう言うのは謙吾。素早く頭上に新聞紙ブレードを構え、天善の攻撃に対して防戦一方となる。

 

 俺たちから注意が逸れているし、今がチャンスだ。

 

「のみきも一旦座ってくれ! 鴎、スーツケースごと突っ込むぞ!」

 

「ああ、わかった!」

 

「うん! 突撃だよー!」

 

 俺は再びスーツケース戦車を発進させ、謙吾との距離をどんどん詰めていく。

 

「鴎、攻撃用意!」

 

「わかった! かたじけのうござる!」

 

 鴎は長い槍のような新聞紙ブレードをしっかりと携え、攻撃のタイミングを計る。

 

「うりゃーーー! ガトツーーー!」

 

 そして射程に入った瞬間、鴎が思いっきり謙吾の脇腹を突く。

 

「し、しまったあぁぁぁ。無念っ!」

 

「よし、勝った!」

 

「急造のダブルスだったが、なんとか結果を残せたようだな」

 

 相変わらずの卓球例えだけど、天善たちとの連携攻撃で強敵二人を倒すことができた。これは大きい。

 

「やれやれ、敗者は去るとするか。鷹原少年、頑張れよ」

 

「え? えっと、ありがとう」

 

 来ヶ谷さんたちはそう言い残し、自分の陣地へと戻っていった。

 

「天善に良一、二人ともありがとう、助かったよ」

 

「ああ」

 

「き、気にするな……俺も勝利に貢献できて、嬉しいぜ……」

 

 天善に続いて良一の声が聞こえるけど、ものすごくきつそうだ。そういえば結構長い間、天善を肩車してる気がする。

 

「悪い天善、ちょっと降りてくれ……!」

 

 直後、天善の姿が塀の上から消えた。さすがに疲れたんだろう。

 

「そう言えば、蒼や夏海ちゃんを護衛につけておいたはずだけど」

 

 少し気になって、塀越しに良一たちに話しかける。

 

「二人にはちょっと離れた場所で作業をしている。無事だから心配するな」

 

「そっか、それなら良かった」

 

 塀の内側にリトルバスターズがいる場合を考えて、蒼や夏海ちゃんを護衛につけたけど、今のところ大丈夫みたいだ。

 

 良一じゃないけど、俺も少し息を整えたい。リトルバスターズの陣地まではもう少し距離があるし。さすがにスーツケースを押しすぎた。

 

「……葉留佳は泣きながら戻ってきたし、こっちも騒がしいから様子を見に来てみたけど……すごいわね。宮沢君の言っていた戦車って、それのこと?」

 

 声がした方を見てみると、佳奈多とクドがやって来ていた。

 

 え。ちょっと待って。少し休ませてほしいんだけど。

 

「何、敵襲か?」

 

「よし。良一、戦闘体勢だ! また足場になってくれ!」

 

「いや天善、今度はお前が下になれよ!」

 

「断る。お前では、このラケットは扱えないだろうからな」

 

 どうやら、二人は塀沿いに立って言い争いをしているみたいだった。

 

「クドリャフカ。あのうるさい二人を黙らせなさい」

 

「ラジャーなのですー!」

 

 クドは持ち前の身軽さで素早く塀に近づいていき……。

 

「三谷さん、加納さん、かたじけのうございますー。えいえいっ」

 

 ボロボロの塀の隙間から見えていた良一と天善の足を、新聞紙ブレードで突く。

 

「し、しまったーーー!?」

 

「うおおおおーーー! マジかーーー!?」

 

「お二人とも、台詞を言ってくださーい」

 

「「無念なりーーー!」」

 

 内輪もめをしている間に、二人がやられてしまった。どうしよう。貴重な遠距離攻撃手段がなくなってしまった。

 

「羽依里、良一君たちの弔い合戦だよ! スーツケース戦車、発進!」

 

「わ、わかった!」

 

 その時、鴎から緊急発進の指示が出された。正直、体力は全然回復してないけど、キャプテンの命令には逆らえない。俺は渾身の力を込めて、スーツケースを押す。

 

「かなちゃん覚悟! ガトツーーー!」

 

 そのまま勢いに任せて、鴎は長い新聞紙ブレードで佳奈多の頭を狙う。

 

「動きが見え見えよ……かたじけのうござる!」

 

 佳奈多は逃げるどころか、その槍を右手の新聞紙ブレードで軽く受け流した後、鴎の懐に飛び込み……左手の新聞紙ブレードで鴎の頭を一閃。

 

「ふぎゃーーー!」

 

 鴎が断末魔の鳴き声をあげる。

 

「ううう、無念なりぃ……」

 

 佳奈多はまさかの二刀流だった。しかも、ものすごい動きだった。

 

「言ってなかったけど、私は風紀委員をやる前は剣道をやっていたの。他にも、槍術や薙刀も習っていたことがあるし。悪いけど相手にならないわね」

 

 佳奈多は二本の新聞紙ブレードで華麗にのみきの反撃を受け流しながら、次第に距離を広げていく。

 

「さしずめ私は、宮沢君の上位互換ってところかしら」

 

 時々意味の分からないことを言うあたり、さすが葉留佳と双子なんだなと思う。

 

「状況は把握できたし、一旦退いた方が良さそうね。クドリャフカ。行くわよ」

 

「はい! 戦略的撤退なのですー!」

 

 佳奈多はそう言うと、クドを引き連れて陣地の方へ戻っていった。

 

 ちょうどのみきも弾を打ち尽くしてしまっていたらしいし。ある意味助かった。

 

「うう。負けちゃったし、陣地で大人しく待ってる……」

 

「いや、鴎のおかげで相手の出鼻はくじけたと思う。ありがとうな」

 

「うん。二人とも、頑張ってね!」

 

 鴎はそう言い残し、スーツケースを引きながら路地を戻っていった。

 

 

「皆さん、大丈夫ですか!?」

 

 その直後、塀の向こうから聞こえたのは、夏海ちゃんの声だった。

 

「鴎はやられちゃったけど、俺とのみきは無事だよ。そっちは?」

 

「良一さんと天善さんがやられちゃいましたけど、私と蒼さんは無事です。リトルバスターズの皆さんとは、誰とも出会っていません」

 

 向こうの路地では藍たちが少なくとも小毬さんと葉留佳、理樹を倒してくれたみたいだし、リトルバスターズはかなり減っている。さっきの佳奈多の台詞から察するに、一旦退いて守りを固めている感じかな。

 

「じゃあ、俺たちはこのまま前進するよ。夏海ちゃんたちは例の作戦でバックアップをお願いね」

 

「わかりました!」

 

「だいぶ有利みたいだけど、気をつけなさいよー」

 

「わかってるよ。そっちも気をつけてな」

 

 木塀の隙間から手を振ってくれる二人と別れて、俺とのみきはゆっくりと歩みを進めた。

 

 さて、これでリトルバスターズの残りは5人。対する俺たちは、専守に回ってもらってる静久を除いても7人残っている。人数的にも有利になったし、まずは相手の陣地前で集合したいところだけど。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 というわけで、通路を抜けた先、リトルバスターズの陣地の目の前で藍やしろはたちと合流する。

 

「すごく賑やかでしたけど、大丈夫だったんですか?」

 

 合流するや否や、藍にそんなことを言われた。

 

「そっちこそ、葉留佳をボコボコにしてたみたいだな」

 

「蒼ちゃんの仇でしたから」

 

 庭を通っている分、合流が遅れている蒼たちを抜かしても、この場にいるのは5人。人数では、すでにリトルバスターズと同数だ。

 

「お。おいでなすったな」

 

 陣地手前に現れた俺たちを見てか、恭介がそう口にする。その声は、心なしか嬉しそうにも聞こえた。

 

 それにしても、ようやく恭介の姿を見た気がする。旗の前に陣取って、陣形を整えているみたいだ。

 

「ところで、どうすんだよ」

 

 奥の方には失格になったリトルバスターズのメンバーも見える。その中で、真人が唐突に口を開く。

 

「相手はかなりの数が生き残ってるぜ。対するこっちはどうだ? 鈴に恭介に西園、それに二木にクー公に鈴。結構やばいんじゃねぇ?」

 

「なんだ? あたしが二人いるのか?」

 

「真人なりに意味があるんだよ。気にしないであげてよ」

 

「単なる数え間違いだよっ! ごめんなさいでしたぁーーー!」

 

 なんかよくわからないけど、真人が自爆していた。

 

「井ノ原君、ちょっとうるさいから黙っていてもらえるかしら」

 

「やはは、真人君怒られたー」

 

「葉留佳、貴女もよ」

 

「むぎゅーぎゅー」

 

「……紬の真似をしたって駄目よ。ここが勝負所なんだから」

 

 メンバー同士で軽口を叩いているけど、佳奈多は全く気を抜いている様子はない。間違いなく強敵だ。

 

 他のメンバーはどうだろう。恭介の実力は未知数だけど、女性陣で束になってかかれば、なんとかなるかもしれない。

 

 クドはすばしっこそうだけど、そこまで脅威に感じない。西園さんは専守みたいで、旗の前で日傘をさして、動く気配がない。

 

 となると、残る問題は鈴だろうか。あの運動能力の高さは、一戦目で思い知らされたし。

 

「羽依里、どう戦うの?」

 

 しろはが近づいてきて、耳打ちする。

 

 とりあえず、数的不利な相手が取ってくる戦法として考えられるのは、一つだけだった。

 

「たぶん恭介たちは俺たちの隙を見て、路地の方へ向かおうとすると思うんだ。守ってジリ貧になるよりは、多少強引にでも突破口を見出してくると思う」

 

「え、そうなの?」

 

「うん。恭介、佳奈多、鈴がキーパーソンになるはずなんだ。彼らを止めよう」

 

 その三人のうち、誰か一人でも俺たちの包囲網を突破されれば、そのまま一気に路地を抜けられしまう。そうなると静久の守りがあるとは言え、旗が危なくなる。何が何でも阻止しないと。

 

 でも、さすがの彼らも庭には向かわないと予想する。ごちゃごちゃしている上に、夏海ちゃんや蒼がどこに潜んでいるのかもわからないわけだし。向こうとしても、夏海ちゃんとの鉢合わせだけは避けたいはずだ。

 

 相手の作戦をそう読んだうえで、右の路地の守りに俺、紬、のみき。左の守りに藍としろはをそれぞれ配置する。

 

「なるほどな。わかってるじゃないか」

 

 恭介は俺たちの配置を見て、納得したような顔をしている。

 

 俺たちの当面の目的は、リトルバスターズの皆をここに押し込みつつ、蒼や夏海ちゃんの到着を待つこと。二人が合流したら、一気に勝負を仕掛けるつもりだ。

 

「なら、今こそリトルバスターズの力を見せてやる」

 

 恭介はそう言うと、何かを取り出した。妙な形に折りたたまれた新聞紙だった。なんだろうあれ。

 

「……ミッションスタート!」

 

 その瞬間、その場にいたリトルバスターズの皆が両手で耳栓をした。直後、耳をつんざくような音が鳴る。しまった。あれ、紙鉄砲だ。

 

 俺たちが一瞬ひるんだ隙に、佳奈多が俺たちの方に、鈴とクドが藍としろはの方へ向かってきた。恭介と西園さんは旗の元に残り、専守の構えだ。

 

「やばい。皆、注意して!」

 

 慌てて皆に注意を促すけど、既に佳奈多はのみきに肉薄している。

 

「野村さん、かたじけのうござる!」

 

「ふぎゃっ!」

 

 のみきはとっさに自分の新聞紙ブレードで頭を防御するけど、二刀流の佳奈多は左右からの攻撃でその防御を崩し、一撃を加える。

 

「うう、かたじけのうござる……」

 

 あののみきが一瞬でやられてしまった。元々射撃が専門分野だし、身長のハンデも含め、分が悪かった。

 

 俺は背後に紬を庇いつつ、佳奈多と対峙する。

 

「タカハラさん、これを使ってください!」

 

 その時、紬は自分が持っていた新聞紙ブレードを俺に手渡してくれる。目には目を、二刀流には二刀流を、ということだろうか。

 

 でも、俺に武器を渡したことで紬は丸腰になってしまった。これは、紬は絶対守らないと。

 

「鷹原君、私と勝負する気? 後悔させてあげるから。かたじけのうござる!」

 

 次の瞬間、佳奈多が一気に距離を詰めてくる。女性特権ということで、頭以外の場所をがっつり狙ってくる。

 

「うおおおおっ!」

 

 左右から来た初撃をなんとか防御するけど、それだけで新聞紙ブレードが歪んでしまった。これは、次の攻撃は防げないかもしれない。

 

「……タカハラさん、少し右に避けてください!」

 

 その時、背後の紬からそう声をかけられた。俺は言われた通り、少しだけ右に移動する。

 

「ハルカさん直伝です! むぎゅーーー!」

 

 紬はそういうが早いか、ポケットに入れていたらしい大量のビー玉を地面にばらまく。

 

「え!?」

 

 不意を突かれた佳奈多は、そのビー玉を踏んずけて盛大に転んでしまう。

 

 ……これは、紬の作ってくれた千載一遇のチャンスだった。

 

「佳奈多、かたじけのうござる!」

 

 俺は無防備にさらされていた佳奈多の頭を新聞紙ブレードで一撃。

 

「……ちょっと、うそでしょ!?」

 

 佳奈多は信じられないといった顔をしていた。悪いけど、台詞を言ってもらわないと。

 

「無念なり……うう、葉留佳ってば、紬に何教えてるのよ……」

 

 佳奈多はがっくりと肩を落としていた。まさか、自分の妹が数日前に教えた戦術で敗れるとは、思わなかったんだろう。

 

「ありがとう紬、おかげで助かったよ」

 

「お役に立てて何よりです!」

 

 俺は紬に借りていた新聞紙ブレードを返しながら、周りの様子を見てみる。

 

 

 

「あい、かたじけのうござる!」

 

 少し離れた場所で、鈴が藍やしろはと交戦していた。

 

 鈴は軽く跳躍して、上から勢いをつけて藍を攻撃する。藍が新聞紙ブレードを折られながらも、その一撃を受け流すと、鈴はそのまま身体を反転させて、しろはの頭を狙って一撃。

 

「ひえっ」

 

 しろははギリギリその攻撃を避ける。攻撃が外れたと分かった鈴は、着地するとすぐに間合いを広げ、二人からの反撃をさせない。

 

 というか鈴、二人を相手に互角以上の戦いをしてるんだけど。まるで猫だ。

 

 すぐ近くにクドも控えているし、助けに行きたいところだけど……今この場を離れると、右の路地の守りがなくなってしまう。

 

 そのタイミングで恭介と西園さんに動かれたら、一巻の終わりだし。

 

「もらった! かたじけのうござる!」

 

「あうっ……蒼ちゃん、ごめんなさい……」

 

 その時、鈴相手に善戦していた藍がついにやられた。これは本格的にまずい。しろはが二人に襲われてしまう。イチかバチか、動くしか……。

 

 

 

「行くわよ夏海ちゃん、準備はいい!?」

 

「はい! いつでも行けます!」

 

 その時、しろはに近い塀の裏から、蒼と夏海ちゃんの声がした。

 

「せーのっ!」

 

 そして蒼の掛け声と同時に、塀の上から夏海ちゃんがひょっこりと顔を覗かせた。

 

 その場にいた全員が、何事かと夏海ちゃんに視線を向ける。たぶんあれ、天善と良一の時と同じように、蒼が夏海ちゃんを肩車してるんだろう。

 

「かたじけのうござるー!」

 

 次の瞬間、夏海ちゃんがそう言いながら、両手に持っていたものを空へ投げ放つ。

 

 ……それは新聞紙で折られた紙飛行機だった。

 

 上手に重ねて折ってあるみたいで、安定して飛ぶその紙飛行機は、リトルバスターズの陣地を飛行し、唖然としていた鈴の肩に当たって地面に落ちる。

 

「ん? なんだこれは?」

 

「鈴さん、台詞を言ってください!」

 

「なに?」

 

 夏海ちゃんがそう宣言する。鈴は一瞬何が起こっているのかわからない顔をしていたが、すぐにはっとなる。

 

 そういえば、夏海ちゃんの攻撃は男女問わず、どこに当たっても失格になるんだっけ。そんな夏海ちゃんが飛ばした紙飛行機。よく考えたら、最強の兵器なんじゃないだろうか。

 

「むねんだ……まさか、あたしがきょーすけより先にやられるなんて」

 

 あ、問題はそっちなんだ。

 

「かたじけのうござる-!」

 

 夏海ちゃんは続けざまに、いくつもの紙飛行機を投じる。あれだけの数の紙飛行機、いつの間に折ったんだろう。

 

「まずい、お前ら気をつけろ!」

 

「わふーーっ! でんじゃーなのです!」

 

 音もなく忍び寄る紙飛行機による攻撃を受け、リトルバスターズのメンバーはパニックに陥っていた。

 

 クドは帽子を押さえながら逃げ惑い、西園さんはその身を低くして、日傘で絶対防御の構え。頭以外に当たってもアウトだし、うかつに動けなさそうだ。

 

「うむ。夏海君もようやく自分の戦い方がわかったようだな」

 

 そんな中、来ヶ谷さんだけが陣地の奥の方で一人、うんうんと頷いていた。

 

 なんにしても、この混乱に乗じない手はない。

 

「紬、しろは、旗を狙おう!」

 

「うん」

 

「わかりました!」

 

 残った二人に声をかけて、旗の方に向けて駆ける。

 

「おっと。悪いがここから先は通さないぜ」

 

 そこに、恭介が立ちはだかる。

 

「しかし、この状況は予想して無かった……なっ!」

 

 恭介は、向かってきた紙飛行機を新聞紙ブレードで華麗にはたき落とす。体に触れてはいないので、セーフだろう。

 

 俺たちもすでに動き出してしまったし、ここは三人で同時攻撃を仕掛けて、多少強引にでも旗を狙うしかない。

 

「恭介、かたじけのうござる!」

 

「「かたじけのうござるー!」」

 

 俺が恭介に向かって斬りかかると、紬としろはもそれに続いてくれる。

 

「羽依里、受けて立つぜ! かたじけのうござる!」

 

 恭介は最初の俺の攻撃を防ぐと、流れるように移動して紬としろはの追撃をかわす。

 

 そのまま紬の横へと動き、その頭をすれ違いざまに叩く。

 

「むぎゅ!? やられてしまいました! ムネンなりーです!」

 

 紬が自分の頭を押さえながら、ショックを受けていた。

 

 だけど、上手く恭介をかわすことができた。これで俺たちの方が旗に近くなった。

 

「くそっ、行かせるかっ!」

 

 それに気づいたのか、恭介は一気に方向転換。再び俺たちの前に回り込もうとするけど……。

 

「……おっと!」

 

 その時、恭介の目と鼻の先を夏海ちゃんの紙飛行機がかする。思わず恭介の足は止まり、完全に振り切ることができた。

 

 よし、後は旗まで一直線……と思った矢先、その旗の前に西園さんの姿が見えた。今は日傘の代わりに新聞紙ブレードを持っている。さすがに守りに来たみたいだ。

 

 けど、結構な速度が出ているし、俺はもう止まれない。

 

「鷹原さん、かたじけのうござる」

 

 西園さんの攻撃が来た。俺は身を低くしてそれを避ける。

 

「あ」

 

「……きゃ!」

 

 その攻撃には当たらずに済んだけど、さすがに走りながらだと体勢に無理があったのか、足がもつれた。そのまま西園さんを巻き込む形で倒れ込んでしまう。その拍子に、お互いの新聞紙ブレードはどこかに飛んで行ってしまった。

 

「あいてて……西園さん、ごめん」

 

 慌てて体を起こそうとすると、前の方に伸ばしていた手の先に硬いものが触れた。旗だ。

 

「リトルバスターズの旗……これさえ取れば!」

 

 西園さんには悪いけど、俺はとっさにその旗を掴み、引っこ抜く。これで、俺たちの勝利だ。

 

「よし皆、やったぞ!」

 

 俺はうつ伏せになったまま、手に取った旗を高く上げる。なんだか下が柔らかい気がするけど、そんなの気にならないくらいに、嬉しかった。

 

 ……直後、怒号とも悲鳴ともつかない声が上がった。どうしたんだろう。勝ったのに。

 

 俺が不思議に思って顔を上げると、目の前にしろはがいた。

 

「しろは、やったぞ。俺たちの勝ちだ」

 

「そ、そうだね。よかったね」

 

 ……あれ。しろはの声に感情がこもってない気がする。

 

「……あの」

 

「え?」

 

 不思議に思っていると、俺の胸のくらいの位置から遠慮がちな声がした。

 

 視線を下げてみると、顔を赤くした西園さんと目が合った。

 

 え、なにこれ。もしかして、旗を取ることに夢中で、西園さんを押し倒したのに気づかなかったんだろうか。

 

「はっ」

 

 気がつくと、皆が俺を見下ろしていた。

 

「ち、違うんだ。これは事故だから!」

 

「へー」

 

「彼女さんの目の前で、確信犯ですネ」

 

「久しぶりに風紀委員モードになろうかしら。良いわよね? 鷹原羽依里」

 

 皆の目が恐い。特に女性陣の。

 

「皆落ち着いて。誤解だから。ほら、西園さんも説明して」

 

「……責任、取ってくださいね」

 

「そこで火に油を注ぐような発言しないでーーー!」

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 最終ゲームが終了したことにより、鴎や良一といった失格になったメンバーも、リトルバスターズ側の陣地に集合していた。

 

「皆さん、本当にありがとうございました!」

 

 その中で、夏海ちゃんが皆にお礼を言っていた。

 

 俺もリトルバスターズの皆のおかげで、子供の頃を思い出しながら遊んでしまった。

 

「いや、楽しんでくれたなら、それでいい」

 

「はい! 本当に楽しかったです!」

 

「まあ、おねーさんたちも年柄にもなくはしゃいでしまったからな」

 

 来ヶ谷さん、あなたははしゃぎ過ぎです。自重してください。

 

 でも色々あったけど、夏海ちゃんの笑顔を見ていたらやって良かったって思う。

 

「それにしても、今回の勝負は一勝一敗。引き分けだな」

 

「うん。鳥白島の皆も、二戦目の連携はすごかったよね」

 

「そうだな。正直、お前たちの絆を見くびっていた。すまない」

 

 恭介と理樹が、俺たちをねぎらってくれていた。改めてそう言われると、照れる。

 

「でもまさか、紙飛行機が飛んでくるとは思わなかったわ」

 

「えへへ。あの紙飛行機は、蒼さんが折り方を教えてくれたんですよ!」

 

「へぇ。蒼、お前あんな紙飛行機が折れるのか?」

 

「すごいでしょー……って言いたいところだけど、あの紙飛行機って、昔しろはに教わったやつなのよねー」

 

「あ、言われてみればそうかもしれないね。ウルトラホークホライゾン・ウイング・エクストラのプロトタイプに形が似てる気がするし」

 

 しろはは落ちていた紙飛行機の一つを掴み上げ、まじまじと見ながら言っていた。

 

「でもこれ、中心がしっかりと折られていないよ。ミリ単位で正確に折らないと軸が安定しないし、完成品はもっと飛ぶはずだから」

 

「し、しょーがないでしょ。もともと手先は不器用だし、二人で急いで折ったんだから」

 

 蒼がなんとも恥ずかしそうに言ってた。それでも、最終戦に勝てたのは蒼の助力によるものが大きい。

 

「それと夏海ちゃん、今回は大目に見るけど、紙飛行機は人に向かって投げちゃダメだからね?」

 

「あ、はい……」

 

「しろは、反省してるみたいだし、良いじゃないか。夏海ちゃんの援護が無かったら、多分あのまま鈴に押し切られて負けてただろうしさ」

 

 しろはにやんわりと怒られて、夏海ちゃんがしょげていた。俺はたまらず、助け船を出していた。

 

「……そう言う羽依里は、反省したの?」

 

「……はい。俺も反省してます」

 

 ちなみに、俺は最終ゲーム終了から今に至るまで、西園さんを押し倒した罪でずっと地面に正座をさせられていた。あれ、わざとじゃないのに。

 

 地面は熱いし、石がごつごつしていて痛いし、蚊は寄ってくるし。助けてほしい。

 

「もう少し反省させましょ。自分がどれだけ悪いことをしたのか、骨の髄まで教え込むのよ」

 

「そうですね。私も賛成です」

 

 佳奈多は完全に風紀委員モードになってるし、なぜか藍も怒ってる。やっぱり双子の姉って怖い。

 

「土下座までしてくれましたし、私は許して良いと思うのですが」

 

 西園さんもああ言ってくれてるし、本当にそろそろ許して……。

 

「あのー、皆にちょっと聞きたいことがあるんだけど」

 

 遠くを見ながらそんなことを考えていると、葉留佳がおずおずと左手をあげる。

 

「葉留佳ちゃん、どうしたんですか?」

 

「この、散らかりに散らかった新聞紙、誰が片付けるのかなーって思って」

 

「「あ」」

 

 言われてみれば、紙飛行機をはじめ、のみきや天善が使った弾丸など、大小様々な新聞紙がそこら中に落ちていた。通路の方に行けば、もっと落ちてそうだった。

 

「うわー、すごいなこりゃ」

 

「よし、皆で片付けよう」

 

「そですね!」

 

「ゴミ袋ならたくさんあるよ! 使って!」

 

 鴎がスーツケースの中からいくつもゴミ袋を取り出していた。何でも入ってるな、あれ。

 

「皆でお掃除だねー」

 

「はい! 綺麗にして帰りましょう!」

 

「なっちゃん、最後の一仕事だねー」

 

「はい! 頑張りましょう!」

 

「ほら羽依里さん、いつまでも座ってないで手伝ってください」

 

 その時、藍からゴミ袋を渡された。どうやら許してもらえたと思っていいんだろうか。

 

 その後、皆で手分けして後片付けをした。

 

 陽もほとんど落ちた頃、沢山の新聞紙を抱えながら、俺たちは心地いい疲労感の中で帰路についたのだった。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 加藤家に戻った後、洗濯物を取り込んだりと、家事を済ませた。

 

 少し休憩をした後、いつもより少し遅い時間にしろは食堂へ向かった。

 

「しろはー」

 

「しろはさん、こんばんわです!」

 

 夏海ちゃんと二人でしろは食堂に入ると、カウンターに葉留佳と佳奈多、そして空門姉妹が座っていた。皆お風呂あがりで食事に来てるんだろうか。全員が髪を下ろしていて、後ろからだとほとんど見分けがつかない。

 

「あ、羽依里たちも来たのねー」

 

「なっちゃん、やはー」

 

「皆さん、こんばんわです!」

 

 挨拶を返しながら、四人の中で一番端にいた蒼の横に夏海ちゃんが座り、俺がその隣に座る。

 

「ふたりとも、いらっしゃい」

 

 席に着くと、すぐにしろはがおしぼりを手渡してくれた。

 

「はい。冷やし中華、おまちどうさま。葉留佳と佳奈多は、もう少し待ってて」

 

 そして、空門姉妹の方に冷やし中華が提供されていた。

 

「しろは、今日のメニューは冷やし中華?」

 

「うん。あらかじめ下ごしらえしておけば、麺を茹でて、具材を盛り付けるだけだから」

 

 厨房の奥を見ると、大きな鍋と茹でる前の中華麺が大量にスタンバイしていた。隣にはキュウリやトマトといった具材も見えるし、確かに簡単そうだ。

 

「じゃあ、私たちも冷やし中華をお願いします!」

 

 夏海ちゃんが元気に注文していた。さっぱりしてて美味しいし、暑い日にはピッタリだよね。

 

「うん。少し待ってて。はい、葉留佳と佳奈多もおまちどうさま」

 

 空門姉妹に続いて、葉留佳たちにも冷やし中華が提供された。本当に早い。

 

「そう言えば蒼、今日はイナリは一緒じゃないのか」

 

 昼間駄菓子屋にはいたけど、新聞紙ブレード大会の時から見てない気がする。

 

「あー、今日は山にいるんじゃない?」

 

 わりばしを割りながら、そう言っていた。

 

「そうなのか。あいつも男一匹、一人になりたい時があるのかもな」

 

「失礼ね。イナリは女の子よ?」

 

「え、メス?」

 

 知らなかった。衝撃の事実だった。

 

「蒼ちゃん、キュウリあげます」

 

 その時、藍が自分の冷やし中華に乗っていたキュウリを蒼にあげていた。

 

「じゃあ、あたしも紅ショウガあげる」

 

 二人はそう言いながらお互いの具材を交換していた。急に彩りが悪くなったような。

 

「おねーちゃん、トマトあげる」

 

「じゃあ、私も葉留佳にキュウリあげるわ」

 

 葉留佳と佳奈多も具材を交換していた。お互いに苦手な物があるんだろうか。

 

「佳奈多がキュウリ嫌いって、なんか意外なんだけど」

 

 なんとなく、好き嫌いとかなさそうなイメージだし。

 

「冷やし中華のタレに漬かったキュウリって、すっぱくてピクルスみたいじゃない?」

 

「え、そんなもんかな?」

 

「そうよ。だから苦手なの」

 

 でも、好き嫌いはしろはが許さないはずだけど。葉留佳とか、前に思いっきり怒られていたような気がするし。

 

「……」

 

 あれっ、しろはが何も言わない。

 

 今、アンバランスになった蒼たちの冷やし中華を明らかに見たはずなのに。

 

 むしろ、見ないふりしてる?

 

「ふっふっふ。羽依里くん、同じ轍を踏むはるちんではないのですヨ!」

 

 そんな考えが顔に出ていたのか、葉留佳が誇らしげにそう言ってきた。

 

「え、それってどういうこと?」

 

「実はお土産として、しろはちゃんにスイカバー渡したの。人数分」

 

「あ、それって賄賂」

 

「人聞き悪いぞー。日頃のお礼!」

 

「いや、嘘だろ」

 

 まだこの島に来て、三日目のはずだし。

 

「ひごろのおれいなのです」

 

 葉留佳、笑顔が恐いんだけど。

 

 でも貴重なスイカバーを四本も。どうやって手に入れたんだろう。空門姉妹が駄菓子屋に根回ししたんだろうか。

 

「はい、二人も冷やし中華おまちどうさま」

 

 その時、俺たちの冷やし中華が提供された。今日はいっぱい運動してお腹も空いているし、いただくことにしよう。

 

 

 

 

「こんばんわー」

 

 食事をしていると、西園さんと小毬さんがやってきた。

 

「こ、こんばんわ」

 

 それともう一人、見知らぬ女の子が一緒だった。年格好は俺たちと同じくらいなんだけど、あんな子いたっけ?

 

「……大盛況ですね。出直してきましょうか?」

 

 カウンターに座ってる六人を見て、西園さんがそう声をあげる。

 

「いらっしゃい。今日の料理はすぐにできるから、座って待ってて」

 

「あ、今日は冷やし中華なんだねー。じゃあ、三人分お願いするよー」

 

「うん」

 

 しろはは注文を受け、厨房の方に入っていった。カウンター席はちょうど三席しか空いてなく、一番端に西園さん、その隣に小毬さんが座り、俺の横にはその女の子が座った。

 

「……」

 

 カウンター席は狭いし、嫌が応にもその顔が目に入る。どこかで見たことあるような、ないような。

 

 ちゅるちゅると中華麺をすする。このタレも手作りなんだろうか。のどごしも最高だ。

 

「えーっと……」

 

 でも、やっぱり隣の女の子が気になる。なんでだろう。

 

「むー?」

 

 俺の隣で冷やし中華を食べている夏海ちゃんも、時折不思議そうな顔でその女の子を見ていた。何か引っかかるものがあるみたいだ。

 

「……あれ?」

 

 気がつけば、俺と夏海ちゃん以外の全員がニコニコと俺たちの方を見ていた。

 

「ねぇ藍、そろそろネタばらししてあげたら?」

 

「……そうですね。このままだと、罰ゲームの意味がないですし」

 

 罰ゲーム? 何の話だろう。

 

「直枝さん、そろそろ正体を明かしていいですよ」

 

「「え、直枝さん?」」

 

 俺と夏海ちゃんは反射的に女の子の顔を見る。リボンをして髪型も変わっているけど、よく見たら理樹だった。

 

 夏海ちゃんも開いた口が塞がっていない。よっぽどショックだったのかな。

 

「やっぱり、羽依里には気づかれなかったねー」

 

「なまじバレてくれた方がよかったよ……」

 

 正体を明かされ、理樹子はがっくりとカウンターに突っ伏す。

 

 いや、もともと女顔だとは思っていたけど、まさか女装していても気づかないなんて。

 

「うう……藍さん、ここまでバレなかったんだから、わざわざバラさなくても……」

 

「だから、それだと罰ゲームの意味がないじゃないですか」

 

「さっきから言ってるけど、罰ゲームって何?」

 

 気になったので、理樹本人に聞いてみた。

 

「新聞紙ブレード大会で藍さんに負けたら罰ゲームってことになってたんだけど、まさか女装させられるなんて思わなかったよ……」

 

 そう言えば、そんな会話が聞こえていたような気がする。

 

「直枝さん、食事が終わったらホテルに戻って、撮影会が待っていますからね」

 

「トホホ……」

 

 西園さんはデジカメを持っていた。学生が持つには高いだろうに。本気度が伝わってくる。

 

「その……理樹、強く生きろよ……」

 

 頭を抱える理樹に慰めの言葉をかけながら、俺たちは食事を続けたのだった。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 そんな理樹たちに別れを告げて、食事を終えた俺たちは空門姉妹と一緒に帰宅することにした。

 

 ちなみに同じタイミングで食堂を出た葉留佳と佳奈多は、港の方へ帰っていった。

 

「見てください。星がすごくきれいですよ!」

 

 住宅地へと続く一本道に差し掛かった時、夏海ちゃんがそう言う。

 

 確かにここは周りに民家が少ないせいか、星がすごく綺麗に見える。

 

「そういえば、なんとなく虫の音も変わってきたような気がするな」

 

「そりゃ、夏も終わりが近いしねー」

 

 確かに。そろそろ秋の虫に変わってきてるんだろうか。

 

「明日はお祭りですし、忙しくなると思いますよ」

 

「今年の夏鳥の役は誰がするのかしらねー」

 

「あれ、蒼ちゃん聞いてないんですか?」

 

「聞いてないわよー。のみきも何も教えてくれないし」

 

 夏鳥の役ってなんだろう。お祭りの役職か何かだろうか。

 

 去年の祭りを見ていないから、二人の話について行けない。こんなことなら、去年の祭りを見ておけばよかった。

 

 そんなふうに考えながら歩いていると……夏海ちゃんが足を止める。

 

「……あれ? 夏海ちゃんどうしたの?」

 

 色々あったし、疲れちゃったのかな。なんだか目も泳いでるし。

 

 ……いや、まるで何かを目で追うように、視線を動かしている。

 

 その視点がある一点で止まり、そのままゆっくりと、右手を何もない空間へを差し出す。

 

「……ちょっと、夏海ちゃん?」

 

 さすがに心配になって、肩を叩こうと手を伸ばした、その時……。

 

「夏海ちゃん。それ、触っちゃ駄目だからね」

 

「……あ」

 

 蒼が笑顔でそう言う。夏海ちゃんはまるで、その言葉で我に返ったような反応だった。

 

 なんだろう。俺や藍には見えなかったけど、刺す虫でも飛んでいたんだろうか。

 

「す、すみません。少し疲れちゃったみたいで」

 

 夏海ちゃんは、ぱしぱしと自分の両頬を叩いていた。どうやら大丈夫そうだ。

 

「……夏海ちゃん。手、握ったげる」

 

「え?」

 

 蒼がそう言って、夏海ちゃんの手を握る。

 

「あ、ありがとうございます……」

 

「じゃあ、私は蒼ちゃんの手を握ってあげます」

 

「ちょっと藍、意味が解らないんだけど」

 

「良いじゃないですか。減るものじゃないですし」

 

「まぁ、いいけどね……」

 

「じゃあ、せっかくですし、羽依里さんも私と手をつなぎましょう!」

 

「え、俺も?」

 

「はい!」

 

 夏海ちゃんがそう言って左手を差し出してくる。

 

「……そうだね。いいよ」

 

 ……なりゆきだし、良いよね。夏海ちゃんだし。

 

 その後は、なんとなく元気のない夏海ちゃんを励ますように、皆で手を繋いで帰宅した。

 

 明日は島の祭りの日。忙しくなりそうだった。

 

 

第三十三話・完




第三十三話・あとがき


おはこんばんちわ。トミー@サマポケです。
今回は新聞紙ブレード大会でした。
参加人数22名の大規模な大会になってしまい、状況把握や描写にめちゃくちゃ苦労しました。キャラ崩壊していたり、よくわからない部分とかありましたらすみません。

そして食堂の帰り道、羽依里君には見えていなかったようですが、実は七影蝶が飛んでいました。原作でも、人によって見える七影蝶と見えない七影蝶がいると書かれていたので、今回のは夏海ちゃんと蒼にだけ見えたようです。羽依里君視点だったのでわかりにくかったらアレなので、補足させてもらいました。


■今回の紛れ込みネタ(リトバス以外)
・小毬さんの言う『救済』
Rewriteネタです。資源は大切にしましょう。

以上になります。いくつお気づきになられたでしょうか。
今回も、最後まで読んでいただいてありがとうございました!
感想など頂けましたら、泣いて喜びます。
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