Summer Pockets #2   作:トミー@サマポケ

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第三十四話 8月21日(前編)

 

 

 

 

「羽依里さーん! 朝ですよー!」

 

 今日も夏海ちゃんの声で目が覚める。

 

「夏海ちゃん、おはよう」

 

「おはようございます」

 

 眠たい目をこすって起き上がり、布団をたたむ。開け放たれたふすまの向こうからは、優しい朝日が差し込んできていた。

 

「表で待ってるので、早く準備してきてくださいね!」

 

「うん。すぐ行くよ」

 

「はい!」

 

 夏海ちゃんは俺の返事を聞くと、すぐに廊下をパタパタと駆けていった。うん。いつも通りの元気な夏海ちゃんだった。

 

 たぶん、昨夜はちょっと疲れてただけだろう。野球の練習に新聞紙ブレード大会と、ハードな一日だったし。

 

 

 

 

「夏海ちゃん、おまたせ……あれ?」

 

 身支度を整えて玄関を出ると、夏海ちゃんは門の陰に隠れるようにしながら、表の様子を眺めていた。

 

「どうしたの?」

 

「いえ、今日はなんだか、人が多いなと思いまして」

 

「え、人?」

 

 夏海ちゃんと並んで外を見てみる。そこには、いつもは見ないような都会的な格好をした若者や、大きなスーツケースを持った観光客が往来していた。

 

「本当だね。あの人たち皆、旅行者かな」

 

「みたいです。やっぱり、お祭りの日は人が多くなるんですね」

 

 確か、のみきが連絡船の数も増えるとか言っていたし。始発便がいつもより早かったりするのかもしれない。

 

「なんだか緊張してしまいますね」

 

 いつもと島の様子が違うからだろうか、控えめな声でそう言っていた。だから、門の外に出るのを渋ってたのかな。

 

「それに、格好もこんなのですし」

 

 自分の服の端を摘みながら言う。今日の夏海ちゃんは、有名なネコのキャラクターがプリントされたTシャツと、青色の半ズボンだった。

 

「似合ってるし、可愛いと思うけど」

 

 そりゃ、旅行者は着飾ってくるのが当たり前だろうし、そこまで気にする必要ないと思う。俺だって普段着だし。

 

「……羽依里、なっちゃんも複雑なお年頃なんだよ。わかってあげなきゃ」

 

「あれ、鴎?」

 

 聞き慣れた声がした方を見ると、いつからいたのか、鴎が門のところから顔を覗かせていた。

 

「羽依里になっちゃん。おはようー」

 

「鴎さん、おはようございます!」

 

「おはよう。この時間ってことは、鴎もラジオ体操に行くのか?」

 

「うん、そうだよ!」

 

 昇ってきたばかりの太陽に負けないくらいの眩しい笑顔で返された。鴎も正直食いしん坊だし、ログボが楽しみなんだろうか。

 

「でも、いつもより遅い気がするけど」

 

「ちょっと港に用事があってね、遅くなっちゃったの」

 

 てへへと笑いながら、後ろ頭を掻いていた。その時に羽織っていたケープがふわりと舞う。毎回思うけど、鴎もなんだかんだでオシャレだよな。

 

「それにしてもそのスーツケース姿。この状況で見て、ようやく自然に見えるよな」

 

 周りはスーツケースを持った旅行者だらけだし。今だと俺たちの方が浮いていた。

 

「ええー、そんなことないよ。いつも自然だし」

 

 そうかな。鴎の事情はもちろん理解してるけど、神社や小学校のグラウンドで見るスーツケースには、違和感しかないんだけど。

 

「そうそう! それより聞いてよ羽依里!」

 

 そんなことを考えていると、鴎がただならない表情で迫ってきた。

 

「ちょ、ちょっと鴎。朝から近いんだけど」

 

「港にいたらね、出店をやってた男の人から声かけられたの!」

 

「え、何それ」

 

「金髪の若い人だったんだけど、僕とナウいヒップホップ聴いていかない~? って口説かれた!」

 

 鴎が途中声色を変えて、くねくね踊りながら言う。

 

 もしかしなくても、ナンパってやつだった。鴎はなんだかんだで美人だし、声をかけたくなる気持ちもわかるけど。

 

「ええー……今時、ナウい……?」

 

 そして夏海ちゃんが思いっきり引いていた。うん。こっちの気持ちも分かる。

 

「これからは、怪しげなお店には近づかないことにするよ……」

 

「ああ、それがいいと思うぞ」

 

 ……やっぱり、旅行者が増えるとそれに混じって、変な人もやってくるんだろうか。怖い話だった。

 

 それにしても、金髪のにーちゃんがやってるお店。どこかで聞いたことがあるような。それと便座カバー。

 

「それでね羽依里。港からここまで歩いてきたら、疲れちゃったんだけど」

 

 鴎がスーツケースに腰掛けながら、じっと俺の方を見ていた。あれ? この流れはもしかして。

 

「というわけで、押してくれないかな」

 

「……ちょっと待って、この状況で!?」

 

 俺は改めて周囲を見渡す。何度も言っているように、今日の住宅地には沢山の旅行者がいる。

 

「これだけの人が行きかう中を、スーツケースを押していけと?」

 

 正直、勘弁してほしい。なんの罰ゲームだろう。

 

「羽依里、ようやくスーツケースが自然に見えたって言ったじゃない」

 

「いや、確かに言ったけどさ……」

 

 それはスーツケースを持つ姿が自然に見えたのであって、人が乗ったスーツケースを押す姿が自然だなんて、一言も言ってない。

 

「早くしないと、ラジオ体操始まっちゃうよ! ほら、なっちゃんも早く!」

 

 鴎はそう言うと、てしてしと隣の空きスペースを叩く。どうやら、夏海ちゃんも乗せる気満々みたいだ。

 

「え、私はその、少し離れて歩こうかなーと……」

 

 自分たちがスーツケースに乗って運ばれている場面を想像したんだろうか。夏海ちゃんが後ずさっている。

 

「ほら、なっちゃん乗ろ?」

 

 鴎が笑顔で夏海ちゃんを誘惑している。笑顔なんだけど、なんか怖い。

 

 ところで、スーツケースを押す俺に拒否権はないんだろうか。あの感じだと、たぶんないだろうけど。

 

「……うん。夏海ちゃんも乗せてもらったらいいよ。俺が押すから」

 

 だから、俺も鴎に便乗しておいた。鴎と一緒になって、夏海ちゃんの肩を掴む。こうなったら逃がさない。イチレンタクショーだ。

 

「ううう……」

 

 二人掛かりで誘われて、夏海ちゃんもついに諦めたらしい。力なくスーツケースに腰を下ろす。

 

「は、羽依里さん、できるだけ急いでくださいね」

 

「うんうん、わかってるよ」

 

 急いだらそれだけ目立ちそうな気がしないでもないけど。

 

「それじゃ、神社目指して、しゅっぱーつ!」

 

 その後は鴎の号令の元、旅行客の間を縫うようにスーツケースを押していった。

 

 ……うん。予想はしてたけど、もの凄く恥ずかしかった。けっこう二度見されたし。

 

 俺たちは自然と早足になりながら、神社へと向かった。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「皆、おはよう」

 

「おはようございます!」

 

 三人一緒に境内に到着した後、ぐるっと境内を見渡す。

 

 ここには天善やのみきといった、いつものメンバーが揃っていた。見知った顔ばかりで安心する。

 

「よーし、筋肉のジェットコースターだ!」

 

 そして当然、リトルバスターズのメンバーもラジオ体操に来ていた。

 

 真人は相変わらず筋肉アトラクションをやって子供たちと遊んでいる。すっかり人気者だった。

 

「おはよー」

 

「おはようございます」

 

 その時、空門姉妹から声をかけられた。今日も相変わらずそっくりだった。

 

「道中人が多くて、びっくりしたでしょー」

 

「ああ、まさかあれだけ人がいるなんて思わなかった」

 

「お祭りの時は毎年これくらい人が来るんです。これから夕方にかけて、もっと増えますよ」

 

 右手でスタンプカードを弄びながら、藍がそう言う。困っている感じではなく、むしろ誇らしげな顔だった。

 

「……あれ? そういえば、今日は紬さんや静久さんは来ていないんですね」

 

「ああ。二人は用事があるらしくてな。だが、野球の練習には遅れずに行くと言っていたぞ」

 

 夏海ちゃんの疑問に、のみきが答えていた。二人がラジオ体操に来ないことはよくあることだし、野球の練習に来てくれるなら、問題ないかな。

 

「もしかして、お祭りの準備で忙しいんでしょうか?」

 

「いや……まぁ、準備が忙しいのは忙しいが、あの二人は違うようだぞ」

 

「そうなんですね」

 

「そういえば、良一の姿もないな?」

 

「良一の方は朝早くから祭りの準備に借り出されているらしい。漁に出られないのもあって、親父さんがやる気満々でな」

 

 俺の疑問に答えてくれたのは天善だった。

 

「良一のとこは準備大変そうよねー。漁師の家だし」

 

「だが良一も、野球の練習にはなんとか抜け出してくると言っていたぞ。それとこれは話が別らしい」

 

 良一も祭りの準備で忙しい中、俺たちのために時間を作ってくれるみたいだ。それを知ってしまうと、俺たちもどうにかしてお返しがしたい。

 

「ねぇ夏海ちゃん、せっかくだし、俺たちも祭りの準備を手伝わせてもらわない?」

 

「そうですね! 手伝いたいです!」

 

 そう夏海ちゃんに耳打ちすると、どうやら俺と同じ考えだったらしく、すぐに同意してくれた。

 

「なぁのみき、その祭りの準備、俺や夏海ちゃんにも手伝わせてくれないか?」

 

「なに?」

 

 俺はすぐにその旨をのみきに伝える。突然の申し出に、のみきは鳩が水鉄砲……じゃない、豆鉄砲を食らったような顔をしていた。

 

「申し出はありがたいが、鷹原たちは客人だからな……」

 

「客人だなんて、今更水臭いことを言わないでくれ。少しでも人手は多い方がいいだろ?」

 

「そうですよ!」

 

 俺は夏海ちゃんと一緒にのみきに詰め寄る。周りの皆は、それを笑顔で見つめていた。

 

「わ、わかったわかった。午前中は青年団や役所の職員で事足りるようだから、二人には午後から手伝ってもらいたい。それでいいか?」

 

「わかった。よろしく頼むよ」

 

「よろしくお願いします!」

 

「ああ。私たちとしても助かるよ」

 

「……その話、俺たちも便乗させてもらっていいか?」

 

 俺たちの話がまとまったのを見計らって、恭介をはじめとしたリトルバスターズの皆が話に入ってきた。

 

「なに、お前たちもか?」

 

「ああ。せっかく島にいるんだ。雑用でもなんでもいいから、手伝わせてくれないか?」

 

 そう言う恭介の表情は真剣そのものだった。意志は固いようだ。

 

「いや、しかしな……」

 

「言っておくが、客人だから駄目というのは、俺たちにも通用しないぜ?」

 

「うむ。我々も、もてなされているだけは性に合わん」

 

「だな。いつでも俺の筋肉を呼んでくれ」

 

「力仕事は苦手ですが、頑張らせてもらいます」

 

「やはは、皆で一緒にやれば楽しいよねー」

 

 それを悟ったように、来ヶ谷さんや真人、西園さんたちが次第にのみきを取り囲んでいく。

 

「わ、わかった。わかったから、集団で取り囲むのはやめてくれ」

 

 多勢に無勢。さすがののみきも観念したらしい。

 

「……なら、手伝ってくれる者は13時に役所前に集まってくれ」

 

 最後に集合時間と場所を取り決めたところで、ようやくのみきが解放された。

 

「はぁ……私は背が低いからな。あれだけの人数に見下ろされると、その、押しつぶされそうな錯覚に陥るんだ」

 

 のみきがそう言って大きく息を吐く。なんにしても、リトルバスターズの皆が手伝ってくれるのは心強い。

 

「よーしお前らー! 今日もラジオ体操を始めるぞー!」

 

 その時、ラジオ体操大好きさんがやってきた。今日もラジオ体操が始まる。

 

 

 

 

「第一の体操! 耳介筋の鍛錬!」

 

「ピクピク、ピクピク」

 

 今日も皆で一緒に耳を動かす。

 

「うおおおおーーーっ!」

 

 気合いを入れた真人の耳が動いている。確か、昨日までは動かなかったはずなのに。さすが筋肉の申し子だった。筋肉と名のつくものは全て操るみたいだ。

 

「むむむむ……どうだっ!」

 

 真人に負けまいと、鈴の耳も動いていた。あれってどう見てもネコミミだよな。なんで生えてるんだろう。

 

 

「第二の体操! 横隔膜の振動だ! うるぁぁぁぁーーー!」

 

「筋肉! 筋肉! 筋肉! 筋肉!」

 

「ちょっとそこの筋肉! うるさいわよ!」

 

「え、好きな掛け声でやって良いって聞いてんだぜ?」

 

「井ノ原、あまり騒ぐようなら、島内放送で筋肉禁止令を出すぞ?」

 

「う、うわああぁぁぁぁ……!」

 

 のみきの発言を聞いた真人が、その場に崩れ落ちる。

 

「いやその……すまない。半分冗談だったんだが。そこまで落ち込まれるとは思わなかった」

 

「真人しっかり! ラジオ体操の後は、筋肉体操が待ってるよ!」

 

 理樹が真人のそばに駆け寄り、そう励ましていた。うん。今日も賑やかなラジオ体操だった。

 

 

 

 

「さあ、今日のスタンプはこっちだぞー」

 

 スタンプを押してもらった後、ログボを受け取る。

 

 ちなみに、今日のログボはキュウリだった。氷水を張ったバケツの中に入っていて、冷えてて美味しそうだ。

 

「おおー、今日は冷やしキュウリみたいだね! いただきまーす!」

 

 鴎はログボを受け取ると、すぐに食べ始める。パキッと心地いい音が聞こえた。

 

「うん。おいしー。羽依里も食べなよー」

 

 言われてみれば、ほとんどの皆がその場でキュウリを食べていた。せっかく冷えてるんだし、俺もこの場でいただこう。

 

「……おお、美味しい」

 

 一口かじると、甘さが口いっぱいに広がる。そしてすごく瑞々しい。

 

 キュウリには味噌が合うとか聞くけど、これにはそんなもの必要ないくらいに美味しい。

 

「あ、食べちゃったんですか?」

 

 キュウリを堪能していると、夏海ちゃんが驚いた顔で俺の方を見ていた。どうしたんだろう。

 

「チャーハンの具にするので、食べずに持って帰ってもらおうと思っていたんですが……」

 

「あ、ごめん。うっかりしてたよ」

 

 そう言われて気がついたけど、時すでに遅し。もう半分くらい食べてしまっていた。

 

「いえ、その、しょうがないですよね……」

 

 夏海ちゃんが目に見えて落ち込んでいた。どうしよう。ものすごい罪悪感だ。

 

 その後、自分のキュウリを見ながら、ぶつぶつと何か言っていた。一本で足りるでしょうかとか、胡麻油が合いそうですとか聞こえる。これはまた、チャーハンモードかな。

 

「蒼ちゃん、このキュウリあげます」

 

 その時、藍が蒼にログボのキュウリを渡していた。そういえば、藍はキュウリが苦手だっけ。

 

「え、いいわよ。二本も食べられないし」

 

「……じゃあ、恭介さん、食べますか」

 

 そう言いながら、キュウリを恭介に差し出す。

 

「いや、俺より夏海にやってくれないか」

 

「夏海ちゃんですか?」

 

「ああ。夏海はログボでチャーハン作るんだろ?」

 

「は、はい! そうです!」

 

 夏海ちゃんの笑顔が輝いた。

 

「そういうことでしたら。はい、どうぞ」

 

 恭介からそう促された藍が、夏海ちゃんにキュウリを手渡していた。

 

「ありがとうございます!」

 

「構わないですよ。美味しいチャーハン作ってください」

 

「はい! 頑張ります!」

 

 夏海ちゃんは二本のキュウリを持って、嬉しそうだった。キュウリのチャーハンとか、ちょっと怖い気もするけど。

 

「……そうそう。明日までで良いんだが、野球の試合で使うんで、お前たちのチーム名を決めておいてくれ」

 

 夏海ちゃんがキュウリを受け取った直後、恭介が俺たちにそう告げてきた。

 

「え、チーム名?」

 

「そうだ。俺らにだけチーム名があるのも不公平だろ」

 

 なにがどう不公平なのかわからないけど、確かにチーム名があった方が一致団結できそうな気がする。

 

「じゃあ、皆で相談して決めておくよ」

 

「ああ、良い名前を期待してるぜ」

 

 でも、唐突にチーム名を考えてくれと言われても、正直悩む。島の皆も同じように考え込んでいた。

 

「鳥白島ピンポンズ……これしかないな」

 

 ちょっと天善、野球チームだから。それだと卓球チームになるから。

 

 無難に鳥白島スポーツ少年団とかで良いと思うんだけど……。

 

「それともうひとつ。これは時間に余裕があればなんだが」

 

「……え? ああ、何?」

 

 考え込んでいると、恭介がそう続けた。俺は慌てて恭介の話に耳を傾ける。

 

「11時くらいに駄菓子屋に来てくれ。面白いものを見せてやる」

 

「え、面白いもの?」

 

 リトルバスターズの皆が、何かゲリラ的なイベントでもやってくれるのだろうか。

 

「でも駄菓子屋ってことは……蒼、何か聞いてないか?」

 

「鳥白島ブルーホエールズ……って、え? なに?」

 

「いや、何でもない。続けてくれていいよ」

 

 どうやら、チーム名を考えるのに必死になっているみたいだった。まぁ、11時なら野球の練習も終わってそうだし、余裕があったら見に行ってみよう。

 

「……さて、それじゃ俺たちも帰って朝飯にするか」

 

 話が終わると、恭介はリトルバスターズの皆を引き連れて、神社から去っていった。

 

「それじゃあ夏海ちゃん、俺たちも帰ろうか」

 

「鳥白島チャーハンズ……」

 

 ……こっちもチーム名を考えるのに没頭していた。

 

「夏海ちゃん、帰るよー!」

 

「わひゃい! な、なんですか!?」

 

 耳元で名前を呼んでみる。ようやく帰ってきてくれたみたいだ。

 

「えっと、そろそろ帰ろう。チーム名は帰りながらでも考えたらいいよ」

 

「そ、そうですね。帰りましょう!」

 

 もうほとんど人がいなくなった境内を後にして、俺と夏海ちゃんも帰宅の途に就いた。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「それじゃ、さっそく作ってきますね!」

 

 加藤家に帰宅すると、夏海ちゃんはいつものエプロンをつけて台所への消えていった。

 

 玄関に靴が無かったので、鏡子さんはまた出かけているらしい。今日は祭りだし、朝から準備に忙しいんだろうか。

 

 夏海ちゃんが朝ごはんを作ってくれている間、居間に座って待つ。

 

「うーん……」

 

 ……暇だったので、テレビをつけてみた。

 

「オーオーオオー♪ ヨーシノー♪」

 

 なんか朝から珍しく、歌番組をやっていた。

 

 ……しばらく見ていたけど、特に知ってる曲でもなかったので、チャンネルを変えてみる。

 

 ニュース番組、旅番組、情報番組。この島のテレビは、4つしかチャンネルがない。

 

「……消そう」

 

 一通りザッピングした後、どれもパッとしなかったのでテレビを消す。

 

 その後は卓上に頬杖をついて、夏海ちゃんが調理する音を聞くことにした。目を閉じて、聞き耳を立てる。

 

「♪~♪~♪~」

 

 食材を切る音に交じって、鼻歌が聞こえる。これは島の童謡だっけ。紬が良く歌ってる歌だ。

 

「♪~♪~♪~」

 

 しばらくすると、調理音が食材を炒める音に変わった。同時に鼻歌の感じも変わる。これはウィズだな。鴎が好きな歌だっけ。

 

 胡麻油の良い匂いがしてきたし、そろそろ完成かな……。

 

「……あれ?」

 

 何の気なしに目を開けると……目線の少し上を、光る蝶が横切っていった。

 

 それはひらひらと舞いながら居間を抜け、玄関の方へ飛んでいく。

 

「なんだろ、今の」

 

 俺は立ち上がって、その後を追うように廊下に出る。そのまま玄関の方を見てみるけど、さっきの蝶の姿はなかった。

 

「……確か、こっちの方に飛んでいったと思うんだけど」

 

 でもあの蝶、前に釣り場や山の中で見たのと同じ蝶だよな……?

 

「お待たせしました! キュウリチャーハンです……って、あれ?」

 

 ……不思議に思っていると、居間の方から夏海ちゃんの声がした。

 

「ああ、ごめん」

 

 俺は慌てて居間に戻る。夏海ちゃんができたてのキュウリチャーハンを食卓に並べてくれていた。

 

「お客さんでも来てたんですか?」

 

「ううん。なんでもないよ」

 

「それでしたら、冷めないうちに食べましょう! 今日も自信作ですよ!」

 

 笑顔で話す夏海ちゃんに続いて、俺も食卓につく。予想以上に美味しそうだった。

 

「それじゃ、いただきます」

 

 挨拶をして、キュウリチャーハンをいただく。

 

「……なんだか、いつものチャーハンと風味が違うね」

 

 一口食べて、そう思った。

 

「えへへ。いつものお醤油の代わりに、めんつゆで仕上げてみたんですよ!」

 

 なるほど。だからあの独特の青臭さが消えてるのか。それでいて、キュウリの歯ごたえは残っていて、シャキシャキしてて美味しい。

 

「美味しいよ。全然青臭くないし。胡麻油も効いてるね」

 

「ありがとうございます! おかわりもあるので、たくさん食べてくださいね!」

 

 その後は夏海ちゃんに促されるまま、結構な量を食べてしまった。具材はキュウリだし、ヘルシーと言えばヘルシーだったけど。

 

 

 

 

 朝食を終えた後、夏海ちゃんはせっせと野球道具を準備していた。

 

「夏海ちゃん、今日も朝練するんだよね?」

 

「はい! またお願いできますか?」

 

「いいよ。でもせっかくだし、今日は庭じゃなく、グラウンドでやらない?」

 

「え、グラウンドですか?」

 

「うん。9時には皆も来るだろうしさ。一足早く行って、朝練しながら待ってようよ」

 

「そうですね。そうしましょう!」

 

「それじゃ、行こうか。荷物持つよ」

 

「はい、お願いします!」

 

 夏海ちゃんから野球道具を受け取って、二人一緒に加藤家を出発する。

 

 表に出てみると、住宅地を行き来している旅行者の数はますます増えている。藍の言う通り、夕方にかけてもっと増えそうだった。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「それじゃ、朝練スタートです!」

 

 誰もいないグラウンドに到着した俺たちは、さっそくキャッチボールを始める。

 

 明日が試合本番ということもあって、夏海ちゃんもマウンドに立ち、ナックルからフォーク、ストレートと、一通りの球種を試す。

 

 うん、安定してストライクゾーンに収まってる気がする。着実にコントロールが良くなってる。

 

「夏海ちゃん、良い感じだよ」

 

「ありがとうございます!」

 

 夏海ちゃんは笑顔で返してくれるけど、時折右肩を揉んでは首をかしげていた。何か違和感でもあるのかな。

 

「よう。朝から精が出るな」

 

 そんな様子を気にしていると、背後から声をかけられた。

 

「あれ、恭介に理樹、それに鈴も」

 

 ボールを捕球した後に振り返ってみると、そこには恭介たちがいた。

 

「三人とも、何か用事?」

 

 俺がマスクを外して恭介たちに近寄ると、夏海ちゃんもそれを察してマウンドから走ってきた。

 

「俺たちだけじゃないぞ。来ヶ谷や三枝もいる」

 

 恭介が指差す先には、グラウンドの隅に植えられた木が見える。その木陰に来ヶ谷さんと葉留佳が座っていて、手を振ってくれていた。

 

「……あれ?」

 

 その木の上にも、金髪の子がちらちら見える。あんな子いたっけ。

 

「それで用事があるのは、俺じゃなくて鈴の方なんだ。どうも、夏海に話があるらしい」

 

「え、私にですか?」

 

「ああ、皆の前だと恥ずかしいらしいからな……ほら鈴」

 

 恭介はそう言いながら、自分の背後に隠れていた鈴を前に押し出す。

 

「わ、わかってるっ」

 

 鈴がおずおずと夏海ちゃんの前に出てくる。なんだろう。まだ緊張してるんだろうか。

 

「えっと、なつみ、ボールを投げるときは、こうだ。こうすると、肩が楽になるぞ」

 

「え?」

 

 呆気にとられる夏海ちゃんをよそに、鈴は投球フォームを見せていた。

 

「さっき、いたそうにしていたからな」

 

 もしかしなくても、さっき夏海ちゃんが肩を気にしていたのを見てたのかな。

 

「こ、こうですか?」

 

「もう少し力を抜くんだ。こうだ」

 

 その後も何度か投球フォームを確認した後、夏海ちゃんは改めてマウンドに立つ。

 

「よし夏海、投げてみろ」

 

 マスクをかぶった恭介が、いつの間にかバッターボックスでミットを構えていた。

 

「はい!」

 

 恭介に指示されるまま、ボールを投げる。

 

「あ、本当です。だいぶ違います!」

 

 俺が見ても何がどう変わったのかわからないけど、夏海ちゃん曰く、だいぶ楽らしい。

 

「まだだ。まだなんか、かたいぞ」

 

「え、そうですか?」

 

 夏海ちゃんの投球を近くで見ていた鈴は、まだ納得していない様子だった。

 

「……なつみ、お前練習の後、きちんとストレッチしてないだろ。あたしが肩をもんでやろう」

 

「え? いえその」

 

 突然の提案に困惑する夏海ちゃんを気にも止めず、鈴はマウンドへ行き、夏海ちゃんの肩を揉み始める。

 

「ほれ、ぐーりぐーり」

 

「ふみゃっ、わひゃっ」

 

 やっぱり、気持ち良いんだろうか。夏海ちゃんから変な声が出てる。

 

「ふむ。鈴君、次はおねーさんの番だぞ」

 

 気がつくと、鈴の後ろに来ヶ谷さんが並んでいた。さっきまで木の下にいたと思ったんだけど。いつの間に来たんだろう。

 

「だ、誰がくるがやに渡すかっ。あっち行けっ」

 

「むぎゅっ」

 

 鈴は来ヶ谷さんを警戒するあまり、夏海ちゃんを抱きしめていた。

 

 

「……鈴は人見知りが激しいから、普段はあんな風に抱きついたりしないはずなんだけど」

 

 そのやりとりを少し離れた場所から眺めていると、いつの間にか俺の隣に理樹がいた。

 

「夏海ちゃんはどこか猫っぽいし、仲間意識が芽生えてるとか?」

 

「あはは、それあるかもね」

 

 理樹がその場に腰を下ろしたので、俺も一緒になってその横に座る。

 

「それにしてもさ……理樹も、まさか島に来て野球をするなんて思わなかったんじゃないか?」

 

「そうだね。たぶん、リトルバスターズの皆、誰一人思ってなかったんじゃないかな。恭介を除いてさ」

 

「それって、恭介一人だけがやる気満々だったってこと?」

 

「うん。というか、恭介はずっと秘密にしてたよ。島に来る目的」

 

 理樹は苦笑いを浮かべていた。確かに、夏休みに島に野球をやりに行こうなんて提案、普通は誰も賛成しないだろう。まぁ、その原因を作ったのは、俺なんだけど。

 

「でも、今はこの島に来て良かったって思ってるよ。学校の課題や勉強に追われて、いつの間にか忘れていたもの、思い出させてくれたような気がするしさ」

 

 確かにこの島には、都会の喧騒や日々の生活の中で忘れてしまったものを思い出させてくれる何かがある。それは、定期的に島にやってくる俺が何度も感じているものだ。

 

「……こんな楽しい日々が、いつまでも続いてほしいと思ってるよ」

 

 ……同じだった。俺もいつの間にか、この夏休みがいつまでも続いてほしいと願っていた。

 

「けどさ、終わりがあるから全力で楽しめるんだよな」

 

「そうだね。区切りをつけるためにも、明日の試合、お互い頑張ろう」

 

「ああ」

 

 どちらとなく、握手を交わしていた。夏海ちゃんと鈴みたく、俺と理樹の間にも仲間意識が芽生えたのかもしれない。

 

 

 

 

 しばらくすると、蒼やしろはといった島の仲間たちもグラウンドに集まってきた。

 

「頑張ってるわねー」

 

 やってきた蒼が、マウンドから投球練習を続ける夏海ちゃんを見ながら笑顔で言う。

 

「ああ、うちのエースだからな」

 

「そんなこと言って、あんまり夏海ちゃんにプレッシャーかけちゃ駄目だからね」

 

「わ、わかってるよ」

 

 直後、しろはに睨まれた。すごく怖いんだけど。

 

「ところで、どうして恭介さんが夏海ちゃんのボールを受けているんですか?」

 

「えっと、それはなりゆきで」

 

「まったく、女房役のあなたがボールを受けないでどうするんですか」

 

 しろはに続いて、藍に睨まれた。だから怖いって。

 

「ところで、何故恭介たちがいるんだ? もしかして、今日も一緒に練習するのか?」

 

「いいわね。私も来ヶ谷さんと、おっぱいと世界平和について熱く語りたいと思っていたところだし……」

 

 いや静久、お願いだから何も語らないで。

 

「違うよ。恭介たちは夏海ちゃんにちょっとアドバイスをしに来てくれただけでさ」

 

「ってことは、リトルバスターズは鈴がピッチャーなんだな。どんな球を投げるのか、興味があるぜ」

 

 そういうのは良一だった。うちのパワーヒッターだし、腕試ししたくなったんだろうか。

 

「よし鈴、せっかくだ。お前の剛速球を良一に見せてやれ」

 

 俺たちのやり取りを聞いていたんだろうか。恭介が鈴にそう促す。

 

「す、少しだけだぞ」

 

 一瞬躊躇した鈴だったけど、すぐに夏海ちゃんからボールを受け取ってマウンドに立つ。対する良一は打席でバットを構え、準備万端みたいだ。

 

「おっと、さすがにあの球は俺じゃ受けきれないな。理樹、キャッチャー変わってくれ」

 

「ええっ、僕も受けきれる自信ないんだけど!?」

 

「そんなこと言って、いつも受けてるじゃないか。頼んだぜ、正捕手」

 

「トホホ……」

 

 理樹はマスクとミットをつけると、ポジションにつく。一体どんな剛速球が飛んでくるんだろう。

 

「……くらえ、ライジングニャットボール!」

 

 鈴が投球した直後、一筋の光がミットに収まった。え、何だ今の。

 

「ボ、ボールが消えた!?」

 

 良一がバットを持ったまま硬直していた。同じように、鈴のボールを見た俺たち全員も固まっていた。

 

「130キロ……相変わらずの球速だな」

 

 そんな中、恭介だけが冷静にスピードガンで球速を測っていた。待って。なにその速度。

 

「なぁ恭介、鈴って普段からあんな球を投げるのか?」

 

「いや。普段は80キロくらいだな。今のは必殺技って奴だな」

 

 よくわからないけど、そういうものらしい。

 

「くらえ! ニャーブだ!」

 

「ボ、ボールが曲がる!?」

 

 二球目は緩急をつけて、変化球だった。良一は思いっきり空振っていた。

 

「ちなみに、夏海のボールをスピードガンで計ってみたら、75キロだったぞ。その年で、すごいじゃないか」

 

「え? あ、ありがとうございます……」

 

 さすがに鈴には負けるけど、夏海ちゃんも頑張っていた。リトルリーグの球威ってわからないけど、速い方なんじゃないだろうか。

 

「……おもいしったか」

 

「ちくしょー!」

 

 そして最後もライジングなんとかボールで良一を三球三振に仕留め、鈴は誇らしげな顔をしていた。

 

 俺たち、明日あんな投手を相手にしないといけないのか。打てるのかな。

 

 ……それにしても、リトルバスターズはなんでわざわざ手の内を晒すようなことをしてくれたんだろう。

 

 夏海ちゃんのため、って言われればそれまでかもしれないけど。こっちのチーム状況も多少なりとも伝わってしまうから、イーブンといえばイーブンなのかな。

 

「あ? あいつら何やってんだ?」

 

「なんだか楽しそうに練習してますねっ」

 

「うん。たのしそう」

 

 その時、グラウンドの入り口にオッサンたちの姿が見えた。

 

「……おっと、そろそろ頃合いだな。例のイベントの準備もあるし、お前ら、帰るぞ!」

 

 オッサンの姿が見えるや否や、恭介たちは一目散にグラウンドから去っていった。昨日も一緒に練習したんだし、別に逃げ帰らなくても良いと思うけど。

 

 

 

 

「ところで、さっきまでやけに人が多かった気がしたんだけどよ」

 

 オッサンは俺たちを集めるなり、そう口にしていた。

 

「気のせいだよ。リトバス効果って言って、この島ではよく起こる現象なんだ」

 

 俺はとっさに頭に浮かんだ言葉を並べて言い訳をしていた。

 

「……まあいい。それより練習を始める前に、テメェらに伝えておくことがある」

 

「昨日のポジションに続いて、今日は打順の発表でもしてくれるんですか?」

 

 藍がそう聞いていた。明日試合だし、そろそろ発表されても不思議はない。

 

「残念だが違うぜ。それより、もっと重要な話だ」

 

 打順より重要な話って何だろう。俺たちはオッサンに注目して、次の言葉を待つ。

 

「……テメェらの試合は明日に迫っているが、俺様たちは今日の最終便で本土に帰る」

 

「え」

 

 一瞬、耳を疑った。

 

「……そ、それじゃあ監督、明日の試合の指揮はどうなるんですか!?」

 

 夏海ちゃんも思わず声を上げる。寝耳に水で、俺たちも驚いていた。てっきり試合当日も指揮を執ってもらえるものと思っていたのに。

 

「明日はテメェらだけの力で頑張ってほしい。伝えなきゃとは思ってたんだが、言い出せなくてよ」

 

 オッサンはこれまで見たことないような表情をしていた。本当に申し訳なく思ってるんだろう。それを見て、夏海ちゃんも口をつぐんでしまう。

 

「……悪く思わないでくれ。元々、俺たちの滞在予定は今日までだったんだ」

 

 そこで朋也さんが助け舟を出していた。言われてみれば、オッサンたちが鳥白島に来た本来の目的は家族旅行。恐らく、今日の祭りが目当てだったはずだ。

 

 俺たちの指導こそがイレギュラーだったんだし、これ以上迷惑はかけられない。

 

 皆も同じ気持ちなのか、誰一人として言葉を発しなかった。

 

「……テメェら、しんみりするんじゃねぇ! 今から俺様が最後の指導をしてやるからな! まずはノックだ! さっさとポジションにつきやがれ!」

 

 その重い空気を吹き飛ばすように、オッサンの声が飛ぶ。俺たちは反射的に各ポジションへと散らばっていった。

 

 

 

 

「オラオラしっかり取れよー!」

 

 オッサンのノックを、ポジションについた皆が受ける。これも見慣れた練習風景だった。

 

 ちなみに、俺と夏海ちゃんはポジションの関係上、守備練習の時はやることがないので、主に球拾いをしていた。

 

 その時、オッサンが打ち損じた打球が早苗さんたちのいる方へ転がっていった。近くにいた俺は、慌ててそのボールを拾いに走る。

 

「はい」

 

 足元に転がってきたボールを汐ちゃんが拾って、俺に渡してくれた。

 

「あ、汐ちゃん、ありがとう」

 

「うん」

 

 本当にかわいい子だな。俺も子供を作るなら、女の子がいいな。

 

「おいヘナチン小僧! 汐と遊ぶ暇があったら、さっさとボールを拾いやがれ!」

 

 妙なことを考えていたからか、オッサンに怒られてしまった。うう、厳しい。

 

「お父さん、本当に楽しそうですっ」

 

「だな。なんだかんだで、あの人は野球してる時が、一番生き生きしてるな」

 

「うん。あっきーかっこいい」

 

「かっ、そうだろそうだろ。もっと褒めやがれ!」

 

「かっこいいですよっ、秋生さんっ!」

 

 家族に良い所を見せられているからだろうか、オッサンは上機嫌だった。

 

 このやりとりを見る限り、この家族は本当に仲が良いんだと思う。

 

 

 

 

 守備練習の後半は、併殺を取るための塁間の連携や、外野からの中継プレーを中心に練習が組まれた。

 

 最終日ということもあってか、いつも以上に細かい指示が飛ぶ。

 

 その後は夏海ちゃんがピッチャー、俺がキャッチャーを務め、打撃練習を行った。

 

 その際に、バッテリー間で最低限必要なサインについて、オッサンに細かく教えてもらった。俺と夏海ちゃんはそのサインを必死になって覚えた。

 

「そういえばオッサン、打順は決めなくていいのか?」

 

「打順は直前の様子を見て決めんだよ。今日の夜にでも、お前が決めといてやれ。打順決めの基本はわかんだろ?」

 

「それはわかるけどさ……」

 

「なら心配ねぇ。お前に一任するぜ」

 

 オッサンはそう言ってくれたけど、そんな重要なことを俺が決めていいんだろうか。どうしても不安になる。

 

「……それより、なんか夏海のやつ、球が速くなってね? 朝練の成果か?」

 

 夏海ちゃんが投げるボールを見ながら、オッサンがそんなことを言っていた。たぶん、鈴から教えてもらった投球術が役に立っているんだろう。

 

 

 

 

「よし、集合!」

 

 練習開始からちょうど一時間後、オッサンから号令がかかり、練習終了が告げられた。今日はものすごく密度の濃い練習だった。

 

「それで、だ。練習最終日の今日も、早苗からパンの差し入れがある。心して受け取れよ」

 

 そう言うオッサンの隣には、ニコニコ顔の早苗さんが立っていた。予想通り、パンの入った箱を持っている。

 

「今日はリトルバスターズの皆さんも居たらと思い、多めのパンを用意していたんですが……渡すことができず、残念です」

 

 ……今更になって分かった。恭介たちが足早にグラウンドから去っていった理由はこれだ。

 

「あの方たちの分まで、たくさん召し上がってくださいっ。どうぞっ」

 

 そして早苗さんは前に出てきて、俺たちに変わった形のパンを渡してくれる。

 

「えっと、何これ?」

 

 俺はもらったパンを、思わず二度見してしまった。なんというか、蓋をしたどんぶりのような形をしたパンだった。

 

「これは、うどんパンですよっ」

 

 待って。うどんもパンも同じ小麦粉だよね。中身がどうなってるのか、確認するのがすごく怖いんだけど。

 

 例によって、早苗さんの後ろではオッサンが鬼のような形相で睨んできていた。これは、また残すなっていう指示かな。

 

 そして、気がついたら朋也さんたちの姿が消えていた。汐ちゃんも一緒だったし、ジュースでも買いに行ったんだろうか。

 

「それじゃ、いただきます」

 

「「いただきまーす」」

 

 俺たちはつとめて明るく挨拶をして、うどんパンにかじりつく。

 

「……うぶっ!?」

 

 かじりついた瞬間、魚介の出汁が効いたスープが口の中に流れ込んできた。この展開は予想外だ。

 

「わぷっ!?」

 

「ぶわっ!?」

 

 皆も同じように、思わぬスープ攻撃に慌てふためいている様子だった。これは驚く。

 

 パンの中を見てみると、中には細かく切ったネギとなると、そして半玉より少し少ないくらいのうどん麺が入っていた。まさか、本物のうどんが入ってるなんて。

 

 でも、スープたっぷりだけど何故か麺は伸びていないし、どうやって作ってるんだろう。

 

「んんっ……ちゅるっ」

 

 疑問に思っていると、隣から何とも言えない音が聞こえてきた。

 

「ぷはっ。あたしこれ好きかも。鰹の出汁が効いてて美味しいし」

 

 誰かと思えば、蒼だった。その後もちゅるちゅると音を立てながら、うどんパンを食べていた。パンだからかぶりつくしかないんだけど、できたらもう少し静かに食べてもらいたい。その、なんかえろいから。

 

「わ、わたしのパンは、わたしのパンは……」

 

「え?」

 

「えっちだったんですねぇぇーーー!」

 

 ……早苗さん、恒例の全力ダッシュ。

 

 ところで、なんで心の声が聞こえてるんだろう。謎だった。

 

「くそっ……テメェら、俺様が教えてやれるのはここまでだ! 明日の試合、負けんじゃねぇぞおぉぉーーー! 俺は大好きだーーー!」

 

 オッサンはそう言い残すと、うどんパンを手に取り、そのまま早苗さんの後を追ってグラウンドから走り去っていってしまった。

 

 俺たちは呆気にとられながら、その様子を眺めていた。予想はしていたけど、やっぱり最後までこのパターンなんだなぁ。

 

「……あ、そういえば皆、チーム名についてなんだけど……」

 

 その後、俺たちは気を取り直して、うどんパンを食べながらチーム名について話し合った。

 

 色々な意見が出たけど、結局最後は『鳥白島チャーハンズ』に落ち着いた。

 

 いかにも俺たちらしい、鉄板なチーム名だった。チャーハンだけに。

 

「それじゃあ皆、また駄菓子屋でな」

 

 チーム名を決め終わった俺たちは、11時に駄菓子屋に集まる約束を交わして、いったん別れた。

 

 リトルバスターズの皆が見せてくれる面白いもの。一体何だろう。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「……羽依里さん、本当に着替えなくていいんですか?」

 

「うん。実はキャッチャーって防具の関係で、そこまで服は汚れないんだよ。それに、男だしね」

 

「わかりました。それじゃ私、ちょっと着替えてきますね!」

 

「じゃあ、俺は先に駄菓子屋で待っているね」

 

 駄菓子屋の近くに来たところで、一度夏海ちゃんと別れる。夏海ちゃんは駆け足で加藤家に戻っていった。

 

 約束の11時にはまだ少し時間があるけど、俺は先に駄菓子屋で待っていることにした。

 

「……あれ?」

 

 駄菓子屋に着いてみると、店の前のベンチに朋也さんと汐ちゃんが座っていた。いつの間にかグラウンドからいなくなってたけど、駄菓子屋に来てたんだ。

 

「二人とも、こんにちわ」

 

「こんにちわ」

 

 見ると、汐ちゃんは朋也さんの膝の上に座って氷イチゴを食べていた。

 

「よう。さすがに今日は島も賑やかだな」

 

 駄菓子屋の前を往来する旅行者を見ながら、朋也さんがそう言っていた。

 

「ええ、お祭りですからね。夕方には、もっと増えるんじゃないですか」

 

 俺は朝に藍から言われたことをそのまま伝えていた。

 

「……なぁ羽依里、ちょっと座っていかないか?」

 

「え? それじゃあ、少しだけ」

 

 朋也さんに促されて、俺はベンチの空いている場所に腰かける。元々駄菓子屋に用があったし、別に構わないけど。

 

「……ちょっと妙な話になるが、この島には変わった蝶がいるのか?」

 

「え?」

 

 座るとすぐに、朋也さんは少し控えめな声でそう聞いてきた。

 

「もしかして、何か見たんですか?」

 

「……昨日の夜、夕涼みに家族三人で浜辺を歩いていたらな。妙な光る蝶を見つけたんだ」

 

「光る、蝶……?」

 

 俺はすぐに朝の出来事を思い出した。居間をひらひらと飛んでいた、あの蝶。もしかして、朋也さんも同じものを見たんだろうか。

 

「俺も今朝、同じような蝶を見たんですよ」

 

「……そっか。実際にいる蝶ならいいんだ」

 

 俺の言葉を聞いて、朋也さんは安心したような顔をした。

 

「その蝶、一番最初に見つけたのは汐だったんだけどな。俺と汐には見えたのに、なぜか渚には見えなかったんだ。不思議に思っていたんだが、考えすぎだったか」

 

 朋也さんはそう言いながら、イチゴシロップで汚れた汐ちゃんの頬をティッシュで拭いてあげていた。

 

 一方で、俺はキャンプの時に蒼から聞いた、島に伝わる七影蝶の話を思い出していた。この話、朋也さんにしてあげるべきだろうか。

 

 

「あれっ? そこにいるのは……まさか岡崎!? こんなところで会えるなんて思わなかったよ!」

 

 そんなことを考えていると、頭の上から声がした。顔をあげてみると、そこには金髪のにーちゃんがいて、俺たちを見下ろしていた。

 

「……お前誰だ? 知らないやつだな」

 

 声をかけられた朋也さんは一瞬だけ目線を上げて、すぐに下げた。なんだろう。知り合い……なんだろうか?

 

「僕の顔と声を忘れたとは言わせないよ! 岡崎の親友、春原だよ!」

 

「スノハラ? 知らないな。子供もいるし、不審者は通報しないと。羽依里、この島に交番はあるのか」

 

「あんた鬼っスね!」

 

 春原と呼ばれた金髪さんが叫んでいた。悪いけど、この島に交番は無かった気がする。

 

「……わかったから、いちいち大声で騒がないでくれ……変に注目されるだろっ」

 

 言われてみれば、通行人が何事かとこっちを見ていた。それを見て、さすがの朋也さんも観念したらしく、春原さんの存在を認めていた。

 

「……で、なんでお前がこの島にいるんだよ? 地元の会社に就職したんじゃなかったのか?」

 

「あんな待遇の悪い会社、こっちから願い下げだねっ。今は露天商をしながら、芽衣と二人で気ままな旅暮らしさ」

 

「お前一人なら野垂れ死んでも構わないが、芽衣ちゃんを巻き込むなよ」

 

「……芽衣の方から手伝うって言ってくれたんだよ!」

 

「わかったから大声を出すな。汐も驚くだろっ」

 

「えっ、ああ、ごめんね汐ちゃん。僕の事、覚えてるかな? 去年も会ったよね」

 

「うん。こんにちわ。ヘタレさん」

 

「……ちょっと、お父さん? 娘さんに何教えてるんスか」

 

「いや、俺じゃないぞ。たぶん、幼稚園で杏が教えたんじゃないか?」

 

「う、うう……あいつめ。僕のイメージが……」

 

 さっきからのやり取りを聞いて、ようやく思い出した。この春原って人、以前港で竜太サンドを売ってた人だ。露天商って言ってるし、たぶん間違いない。

 

 ということは、今朝方港で鴎をナンパしたってのも、この人なのか。金髪だし。

 

「よし汐、そろそろ帰るぞ」

 

「うん」

 

 そんなことを考えていると、朋也さんが汐ちゃんの手を取って立ち上がる。

 

「羽依里、変な話をして悪かったな」

 

 朋也さんは俺に軽く手を振ると、そのまま住宅地に向けて歩き出した。

 

「ちょっと岡崎、どこ行くんだよ?」

 

 それを見て、春原さんはすぐに朋也さんを追いかける。何かスポーツでもやっていたんだろうか。予想外の身のこなしだった。

 

「もうすぐ昼になるから、ホテルに帰って飯にするんだよ。汐もお腹空いたよな?」

 

「うん。すいた」

 

「なぁ、岡崎が来てるってことは、渚ちゃんも来てるんだろ? 一言挨拶したいんだけど」

 

「挨拶なんでいいぞ。ついてくるな」

 

「いいじゃん。挨拶くらい」

 

「……お前、出店はいいのかよ。準備あんだろ」

 

「芽衣に任せてあるよ。時間を見て昼飯食べに来たんだけど、どこもいっぱいでさ。良かったら一緒に……」

 

 ……俺は賑やかに消えていく三人を、呆気に取られて見つめているしかなかった。

 

 朋也さんと春原さん、一体どういう関係なんだろう。見た感じ、悪友ってやつなんだろうか。

 

「……お。羽依里、気が早いな。もう来ていたのか」

 

 その時、朋也さんたちと入れ違いになるようにして、恭介をはじめとしたリトルバスターズの皆がやってきた。

 

 駄菓子屋の壁にかけられた時計を見ると、11時だった。ちょうど恭介に指定された時間だった。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「それで恭介、これから何が始まるんだ?」

 

「ああ、これから始まるのは、バトルトーナメントだ」

 

「え、バトル……?」

 

「普段はバトルランキングと呼んでいるんだが、今回は人数がな……まぁ、詳しいルール説明はメンバーが揃ってからにしよう。良一たちも、もう少ししたら来るんだろ?」

 

「え? ああ。一応それなりの人数は来てくれると思うけど……」

 

 よくわからないけど、リトルバスターズのメンバーだけでやるイベントじゃないみたいだ。

 

「そうだ。どうせ先に来てるし、羽依里にだけ少しネタばらしをしてやろう」

 

 恭介によると、これから行うのは16人参加のゲーム。参加者の半分はリトルバスターズが埋めるとして、残りの8人は俺たちの中から参加者を募るらしい。しかも先着順で、強制参加という話だった。

 

「ちょっと待って。先着順の強制参加ってことは、俺は?」

 

「おめでとう。羽依里は鳥白島からの参加者、第一号だ」

 

 リトルバスターズの皆、もの凄い笑顔だった。同時に左右から謙吾と真人に肩を押さえつけられてしまったし、これは逃げられそうにない。

 

「他の連中は先着順なんて知らずに来るわけだ。誰が来るか、今から楽しみだぜ」

 

「うむ。おねーさんとしては可愛い女子ばかりがいいのだが」

 

「やはは。どんな称号をつけるか、今から楽しみですネ」

 

「お前ら、余裕ぶっこいて返り討ちになるなよ? 後、絶対逃がさないように捕まえる準備もしておけ」

 

「がってんです」

 

「誰も逃がしません! わーふーっ!」

 

 一体どんなイベントなんだろう。俺はなす術なく、うなだれていることしかできなかった。誰がやってくるのかな……。

 

 

 

 

「くーださいな」

 

 やがて駄菓子屋にやってきたのは、なんとしろはだった。

 

「しろはちゃん、いらっしゃーい」

 

「いらっしゃいませなのですー」

 

「えっ、いつから駄菓子屋はいかがわしいお店になったの!?」

 

 しろははドーナッツ目になりながら、速攻で葉留佳とクドに捕まっていた。

 

 そしてそのまま、俺の隣へ連れてこられる。

 

「羽依里、これってどういうこと?」

 

「うん。バトルトーナメントだって」

 

「ええ……なにそれ?」

 

「よくわからないけど、先着順で強制参加なんだってさ。諦めた方が良いよ」

 

「そ、そんな……私、ちょっとスイカバーを買いに寄っただけなのに……」

 

 言われてみれば、しろはは恭介が告知をしたラジオ体操に来ていなかった。小学校のグラウンドで一応話は通していたけど、時間があればって話だったし。運が悪かったみたいだ。

 

 

 

「……ねぇちょっと。なんでこんなにお客さん多いの?」

 

「これは様子が変ですよ。蒼ちゃん、逃げましょう」

 

「おっと、この二人は逃がさん」

 

「ほーるどあっぷなのですー!」

 

 その次にやってきたのは空門姉妹だった。いち早く危険を察知したものの、来ヶ谷さんとクドに捕まってしまったみたいだ。

 

「私としたことが、うかつでした……!」

 

「うう、何をさせられるのかしら……」

 

 二人は全く同じポーズで頭を抱えていた。クドはともかく、来ヶ谷さんに狙われたら逃げられないよな。

 

 

 

「くーださーいなー」

 

 続いて鴎がやってきた。

 

「かもめちんゲットー! もう離さないぞー!」

 

「かもめ、おとなしくお縄につけ!」

 

「ひぇええーーー!? お奉行さま、お慈悲をーーー!」

 

 そして速攻で捕まった。珍しく、鈴も乗り気みたいだった。なんだか、入れ食い状態になってきた。

 

 

 

「くーださーいな」

 

「よし! 良い筋肉二人発見だ! 謙吾、逃がすなよ!」

 

「おうとも!」

 

「な、なんだ!?」

 

「は、離してくれー!」

 

 直後に良一と天善が、真人と謙吾に捕まった。何にしても、良い筋肉を二人同時にゲットだった。

 

 

 

「羽依里、しろは、空門姉妹、鴎、良一に天善……あと一人か」

 

 恭介が人数を数えながら、そう言っていた。最後は誰だろう。

 

 

 

「すまないおばーちゃん、注文していたナノカーボン樹脂を……」

 

 絶好のタイミングで、のみきがやってきた。

 

「よし、のみき君ゲットだ」

 

「これで最後だーーー!」

 

「な、な、なんだ!?」

 

 そのまま速攻で来ヶ谷さんと葉留佳に捕まっていた。やり方はめちゃくちゃだったけど、これで8人。ミッションコンプリートだった。

 

 

 

 

 参加者が全員集まったということで、俺たちは駄菓子屋の前の道路で輪になっていた。

 

「皆、今日は集まってくれてありがとう」

 

 その輪の中心に恭介が立ち、皆に説明を始めていた。

 

「集まったというか、強制的に集められた感じなんですけど」

 

「うう、私たちどうなるの……」

 

 藍はご立腹し、鴎は悲しみに暮れていた。なんだろうこの状況。

 

「言っておいただろう。駄菓子屋で面白いものを見せるから参加してくれと」

 

「あのさ恭介、見せるとは言われたけど、参加してくれとは一言も言われてない気がするんだけど」

 

「なんだ羽依里、男なんだから細かいことを気にするなよ……よし、真人に謙吾、その布の端を持ってくれ」

 

 そんな俺たちをよそに、恭介の指示で真人たちが大きな布を手に持ち、一気に広げる。

 

「「第一回バトルトーナメント! in鳥白島!」」

 

「はい拍手ー!」

 

 恭介が大々的に発表し、拍手を促すけど……拍手はまばらだった。

 

「本来ならバトルランキングと呼んでいるんだが、今回は人数が多いからな。バトルトーナメントに変更したんだ」

 

 トーナメントってことは、勝ち抜き戦なんだろうか。でも、何をどうやって勝ち抜くんだろう。

 

「よし、それじゃあルール説明だ」

 

 広げた横断幕をたたんでから、恭介がそう続ける。

 

「まずバトルの方法だが、観客が投げ込んでくれたものを武器にして戦うこと」

 

「ちょっと待って。観客って誰?」

 

「既にいっぱいいるじゃないか。周りをよく見てみろ」

 

 恭介に言われて、はっとなった。俺たちの周囲には既に多くの観光客や旅行者が、何事が始まるのかと集まっていた。

 

「というわけだ。観客の皆、俺が合図したら、何か武器になりそうなものを投げ込んでくれないか。それは、くだらないものほどいい」

 

 恭介の提案に応えるように、観客たちが湧く。ここまで来たら、やめるなんて無理そうだ。

 

「ところで、勝敗はどうやって決めるの?」

 

 蒼が質問していた。俺もそれは気になってた。

 

「本人からのギブアップ宣言、または選んだ武器が壊れたり、紛失してしまっても負けだ。選んだ武器以外のものを使用しても、反則負けになる」

 

 結構厳しいルールだった。どんな武器が投げ込まれるかわからないし。

 

「そして、身体能力の差が出るから、相手の攻撃を避けては駄目だ。選んだ武器で防御すること。明らかに逃げようとした場合は、これも反則負けにする」

 

 避けちゃ駄目なのか。それだと相手の隙を伺う戦法とかも取れないわけだよな。武器によっては、先手必勝になるかも。武器選びが重要だ。

 

「ちなみに、男女のハンデとして、女子は投げ込まれた武器から好きなものを選んで使っていい。男は目をつぶって、適当に拾うように」

 

「ちょっと待て! また男女でハンデがあるのか!?」

 

 良一が堪らず声を上げていた。新聞紙ブレード大会の時もそうだったけど、彼らが設定する男女のハンデって結構大きいから。

 

「そう言うルールなんだ。悪く思わないでくれ。それでも、女子も同じ武器を二試合続けて選ぶことはできない。理由は、それだと面白くないからだ」

 

 確かに、毎回得意な武器を選ばれたら、男としてはたまったもんじゃない。

 

「そして重要なルールをもう一つ。バトルに負けた者は敗退するのと同時に、勝者から称号が贈られる」

 

「え、称号って何?」

 

「そうだな……過去には『クズ』とか『最初に死ぬキャラ』などの称号が贈られた」

 

 来ヶ谷さんが懐かしむように言っていた。これだけたくさんの観客の前でそんな称号を贈られるなんて、絶対嫌だ。

 

 でも、負けたら称号を贈られるってことは、不名誉な称号を回避するには、優勝するしかないってことだ。

 

「それで、バトルの組み合わせだが……公平にくじ引きで決めようと思う」

 

 恭介はろう石で地面にトーナメント表を書きながら、そう言う。それぞれヤマガタの下には1~16までの数字が書いてあった。

 

「一回戦ではリトルバスターズ同士は対戦しないように組んである。さあ引け」

 

 順番にくじを引いていった結果、一回戦は第一試合から順番に、真人と藍、恭介と俺、葉留佳と蒼、鈴と天善、謙吾とのみき、クドとしろは、来ヶ谷さんと鴎、西園さんと良一という組み合わせになった。

 

 

 

「……あれ、皆さん何やってるんですか?」

 

 組み合わせも決まり、いよいよバトルが始まろうかとしていた時、夏海ちゃんがやってきた。どうやら、着替えるのに時間がかかっていたらしい。

 

 朝のことを気にしていたのか、いつもよりちょっとお洒落な服装になっていた。

 

「あ、夏海ちゃん、ちょうどいい所に」

 

「え、何がですか?」

 

「今からバトルトーナメントが始まるんだけど、俺の代わりに出てみない? 面白いよ」

 

「あ、えーっと……今回は遠慮しておきます。見てる方が面白そうですし」

 

「ええー……」

 

 いつもの夏海ちゃんなら、喜んで参加してくれると思ったのに。俺も夏海ちゃんとの交代をだしに、逃げられると思ったのに。

 

「だって、変な称号とかつけられそうですもん。燃えるチャーハン娘とか」

 

「夏海ちゃんにぴったりじゃない」

 

「嫌ですよ! というわけで、私の代わりに羽依里さんが頑張ってください!」

 

 そこまで言って、人混みの中に飛び込んでしまった。あの様子だと、きっとルール説明の辺りから話を聞いていたに違いない。夏海ちゃん、うまく逃げた。

 

 

 

「それでは、さっそくバトルを開始する。選手前へ!」

 

 夏海ちゃんと話を終えた直後、恭介の声が飛ぶ。ついに始まるみたいだ。

 

 最初の対戦カードは真人と藍。二人は意気揚々と前に出てくる。

 

「藍ー、頑張りなさいよー!」

 

「藍ちゃん、頑張ってー!」

 

「ファイトです。井ノ原さーん!」

 

「真人くんも頑張れー」

 

 各々の仲間から応援が飛ぶ。

 

「悪ぃが、俺は女だからって手加減できねぇ。降参するなら今のうちだぜ」

 

「は? まさかとは思いましたが、頭蓋骨の中まで筋肉なんですか?」

 

 二人して売り言葉に買い言葉だった。否が応にも、観客は盛り上がる。

 

「へっ……後でアホ面かくなよ!」

 

 真人が吼える。

 

「かくのは吠え面であって、アホ面じゃないですよ」

 

 藍が冷静に切り返して、観客から失笑が漏れる。

 

「笑うんじゃねぇ! いいからお前ら、さっさと武器をよこせ!」

 

 そして真人の言葉に応するように、観客から様々な武器が投げ込まれる。

 

「では、私はこれにします」

 

 投げ込まれた無数の武器の中から、藍が選び取ったのはテニスラケットだった。

 

「恭介さん、これで叩いていいんですよね?」

 

「ああ、それが本来の使用方法だからな」

 

「よし、俺はこれだ!」

 

 対する真人はルールに従い、目をつぶって武器を選ぶ。

 

「な、マジかよ……」

 

 そして、真人は小さなカナブンを手に持っていた。

 

「……ぷっ」

 

 藍が噴出していた。

 

「真人よ……どうしてお前は、カナブンなんて持ってるんだ?」

 

 その様子を見て、謙吾が憐れむ目で真人を見ていた。

 

「これが俺の武器だよ。わりーか!」

 

 真人は開き直っていた。男は目をつぶって武器を選ぶんだし、こうなるよな……。

 

「良いから早く、バトル開始の宣言をしろ!」

 

「ああ言ってますけど、本当に始めちゃっていいんですか?」

 

「まぁ、本人が良いって言うんだから良いだろ。それじゃ、バトルスタート!」

 

 誰が用意したのか、ゴングが打ち鳴らされた。いよいよ試合開始だ。

 

「いけぇ、我が支配にあるカナブンよ!」

 

 先手必勝とばかりに、真人がカナブンを飛ばす。ぷ~んと羽音を響かせながら、藍に向かって飛んでいく。

 

「へっ、虫嫌いの女子には効果抜群だぜ! 逃げ惑うがいい!」

 

 しかし、藍は眼前に迫ったカナブンを左手で容易く打ち払う。

 

「……島育ちを舐めないでください。虫なんてそこら中にいますよ。アホですか」

 

 そう言うと、素早く真人との距離を詰め、テニスラケットを振るう。

 

「うおおおっ!?」

 

 真人はとっさにしゃがんで、その攻撃を避ける。

 

「こら真人、避けるな」

 

 思わず避けてしまった真人を、恭介が注意していた。

 

「自分の選んだ武器で防御しろ。今なら、カナブンだ」

 

「よし、カナブンなら防御していいんだな! カナブンよーい! どこだー!」

 

 真人は地面に這いつくばって、カナブンを探し始めた。なんというか、哀れだ……。

 

「お探しのカナブンはここですよ」

 

 藍にそう言われて、真人が顔を上げる。見ると、左の人差し指に、カナブンが止まっていた。

 

「ああっ、俺の武器!」

 

「どうやら、彼は私の方についてくれるようです」

 

 彼って言うくらいだし、あのカナブンはオスなんだろうか。

 

「藍、そいつは俺の武器なんだ。返せっ」

 

「お断りします」

 

 直後、藍の足元にいる真人に向けて、テニスラケットが振り下ろされた。縦に。

 

「ぐ、ぐふっ……」

 

「うわ、脳天直撃だ」

 

「藍のやつ、容赦ねぇ……」

 

 どさり、と音がして、真人が倒れた。どうやら勝負がついたみたいだ。

 

「勝負あり! このバトル、藍の勝ち!」

 

「なぁ、テニスラケットのガットじゃない部分で殴られていたけど、真人は大丈夫なのか?」

 

「まぁ、筋肉だし大丈夫だろ」

 

 さすがに心配になったけど、恭介たちはあっけらかんとしていた。いつもの事なんだろうか。

 

「ではあいちゃん、負け犬めに称号をどうぞ」

 

 バトル終了と同時に葉留佳が出てきて、藍にそう促す。

 

「そうですね……では『アンニュイな筋肉さん』で」

 

 真人は『アンニュイな筋肉さん』の称号を手に入れた!

 

 アンニュイって、気怠い、退屈って意味だよな。退屈な筋肉ってなんだろう。謎だった。

 

 

 

 

「それでは、続けて二試合目を開始するぞ。選手は前に出てくれ」

 

 今度は俺の番だった。対戦相手は恭介。一体どんなバトルになるんだろう。

 

 ちなみに、恭介が前に出ているので、司会は謙吾に代わっていた。

 

「羽依里さん、頑張ってくださーい!」

 

「羽依里、ファイトー!」

 

 島の皆が声援を送ってくれる。これは頑張らないと。

 

「それにしても、初戦で俺と当たるなんで、羽依里も運がないな」

 

「その言葉、そのまま恭介に返すよ」

 

 一応、俺も売り言葉に買い言葉で返しておいた。良い感じに場が盛り上がる。

 

 ところで、午後からは祭りの準備もあるっていうのに、何やってるんだろう俺たち。

 

「よし、お前ら、武器を投げ込んでくれ!」

 

 恭介がそう言うと、観客たちから様々な武器が投げ込まれる。

 

 俺たちはお互いに目をつぶって、武器を掴み取る。

 

「……よし、俺はこれだっ!」

 

 そう言って恭介が持っていたのは、ミニ四駆だった。

 

「ああっ! それは俺の夏の思い出!」

 

 直後に叫んでいたのは良一だった。そういえば以前、同じようなマシンを秘密基地で見たような。誰が投げ込んだんだろう。

 

「……って、なんだこれ」

 

 そして俺が手にした武器は、小さな箱だった。一瞬何かわからなかったけど、よく見ると名刺入れだった。

 

「恭介、これも本来の使用方法で戦わなきゃ駄目なのか?」

 

「ああ、本来の使用方法で戦うこと」

 

 名刺でどうやって戦うんだろう。交換すればいいのかな。ところで、この名刺に書かれている『橘啓介』って誰だろう。

 

「では、バトルスタート!」

 

「よし、いくぜっ!」

 

 謙吾の試合開始宣言と同時に、恭介がミニ四駆を走らせる。

 

「あいて!」

 

 天善が改造したミニ四駆は、結構な速度で俺の足にぶつかってきた。当たり所にもよるけど、これは痛い。

 

「くそ、橘啓介と申します!」

 

 俺は名刺交換をするように名刺を突き出して、恭介に攻撃を仕掛ける。でも、お辞儀をしないといけないから、うまく恭介に当たらない。

 

「それっ!」

 

 恭介が再びミニ四駆を走らせる。今度はマシンが飛び跳ねるように走り、むこうずねに当ててきた。

 

「うぉぉぉ……」

 

 痛い。俺は思わず名刺入れを放り投げ、しゃがみ込んで足を押さえる。急所狙いは反則だ。

 

「あれ、それは僕の名刺入れじゃないか」

 

 その時、頭の上から声がした。見ると、スーツを着たサラリーマン風の男性が俺の武器を拾っていた。

 

「落としたと思ったら、君が持っていてくれたのか。悪いね」

 

 その男性は名刺入れを拾うと、そのまま急ぎ足で去っていった。今の人が橘啓介さんなのかな。

 

「あ」

 

 しまった、俺の武器が無くなってしまった。

 

 俺は立ち上がって恭介の方を見る。これ、もしかして俺の負けになるのかな。

 

「そうだな……結局、今の武器は落とし物だったわけだからな。今回は特例だ。もう一度、武器を投げ込んでやってくれ」

 

 恭介が観客に向かってそう言うと、再び観客から武器が投げ込まれ始める。

 

 天の助けだ。俺は目をつぶって、再び武器を取る。

 

「え、何これ」

 

 俺の手には、にゃが谷園のチャーハンの素が握られていた。

 

「あ、それ私が投げ込んだやつです!」

 

 人混みの中で、夏海ちゃんが何か言っていた。

 

「それって邪道ですし、使わないので!」

 

 確かにこれを使ったところは見たことないけど、これでどう戦えっていうんだろう。

 

「とりあえず、振りかけたらいいんじゃないか?」

 

 俺の心中を察したのか、恭介がそうアドバイスしてくれた。

 

「それしかないよな……」

 

 とりあえず俺はチャーハンの素を振りかけることにした。

 

 封を切ると、小分けされていない、昔ながらの商品だった。これなら思いっきり振りかけることができそうだ。

 

「くらえ、目つぶし!」

 

 直後にスパイシーな香りが周囲に広がる。

 

 でもその瞬間、強めの風が吹いて、チャーハンの粉が全部俺の方に戻ってきた。

 

「ぶわっ!? しまった!」

 

 俺はその粉をまともに受けてしまう。これはまずい。目も鼻も口の中も、チャーハンの素まみれだ。

 

「うう、げっほごほ!」

 

 俺はあまりの息苦しさと目の痛みに、思わずその場で四つん這いになって悶え苦しむ。チャーハンの素を疎かにした、罰が当たったのかな。

 

「羽依里、もらったぜ!」

 

 直後にミニ四駆が走ってきた。勢いそのままに、姿勢を低くしていた俺のもみあげをタイヤに巻き込む。

 

「いててててて!」

 

 これは痛い。物凄く痛い。天善、このミニ四駆は改造しすぎだと思う。

 

「どうだ羽依里、負けを認めるか?」

 

「み、認める! 認めるから、助けてくれ!」

 

「勝負ありだ! このバトル、恭介の勝ち!」

 

 俺の降参宣言で観客が大いに湧くが、俺はそれどころじゃない。早く助けて。

 

「よし、まずは初戦突破だな」

 

 恭介が近寄ってきて、俺の髪を巻き込んでいたミニ四駆を取り外す。

 

「……おっと」

 

 その時、恭介の手が滑ったらしく、ミニ四駆が観客へ向かって走り出す。

 

「皆気をつけてくれ! それは、俺の夏の思い出なんだ!」

 

 それを見た良一が必死に観客に呼びかけていた。でも、盛り上がっている観客たちに、その声が届いている様子はない。

 

「踏まないでーーー!」

 

 直後に、ばきっと鈍い音が響き渡った。さらば、良一の夏の思い出。

 

「……それじゃ、羽依里の称号は『チャーハンに生まれ変わりたい』だ」

 

 一瞬の沈黙の後、何事もなかったかのように恭介から称号が贈られた。というか、すでに半分チャーハンと化してるけど。

 

「うう、海老の香りが凄い」

 

 そろそろ次のバトルが始まろうとしていたけど、俺はこのまま観戦するわけにはいかない。

 

 元々汗でどろどろの上に、チャーハンの素まみれだ。これはやばい。

 

「羽依里、おばーちゃんに言っといたから、駄菓子屋のお風呂場借りてきなさいよ」

 

 Tシャツの端を摘んでいると、蒼にそう声をかけられた。

 

「でも、着替えとか持ってないんだけど」

 

「あ、着替えならあるよ」

 

 鴎がそう言いながら、スーツケースからどう見ても男物のTシャツを取り出していた。

 

「ちょっと鴎、なんでそんなの持ってるの?」

 

『鑑定結果 30円』とか書かれた値札までついてるし。すごく怪しい。

 

「なんでもいいじゃない。ほら、せっかくだし、使ってよ」

 

 少し悩んだけど、このままだと本当にチャーハンになりそうだし、俺はお言葉に甘えて風呂場を借りることにした。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「ふう、助かった」

 

 駄菓子屋の風呂場を借りてチャーハンの素を洗い流し、鴎から渡された服を着て戻ってきた。

 

「羽依里さん、大丈夫ですか?」

 

「まったく。チャーハンを粗末にするから、そんな目に合うんだよ」

 

 表に戻ってくると、夏海ちゃんとしろはが声をかけてくれた。

 

「ところで、バトルの方はどこまで進んだの?」

 

 

 

「勝負あり! このバトル、鴎の勝ち!」

 

 そう質問をしていると、鴎の勝利を告げる恭介の声が聞こえた。対戦カードから察するに、第七試合まで終わったみたいだ。

 

「やったー! 勝ったー!」

 

 鴎は全身で喜びを表していた。もしかして鴎、あの来ヶ谷さんに勝ったんだろうか。

 

「うぐぐ、私が勝った暁には、カモメマックスという称号をくれてやろうと思っていたのに……」

 

 来ヶ谷さんは心底残念そうだった。見損ねてしまったけど、どんなバトルだったんだろう。

 

「かもちゃん、それでは姉御に称号をどうぞ」

 

「来ヶ谷さんの称号はゆいちゃんだよ! ほら、皆で呼んであげよう! せーの!」

 

「「ゆーいちゃーーーん!」」

 

 鴎の音頭の後、観客全員でそう叫ぶ。

 

「馬鹿だのクズだの罵ってくれて構わないから、その称号だけはやめてくれ……」

 

 来ヶ谷さんはうなだれながら、観客の中に消えていった……。

 

 

 

「うん。お風呂を借りてる間に、だいぶ進んじゃったみたいだね」

 

「はい! しろはさんも勝ったんですよ!」

 

「おお、しろは勝ったのか。おめでとう」

 

「ど、どうも……」

 

 なんだろう。確か、クドとの対決だったはずだけど。あまり嬉しそうじゃない。

 

「クドさんの肉球グローブも可愛かったですけど、やっぱりしろはさんの聖剣エクスイカバーがカッコよかったです!」

 

「夏海ちゃん、それは言わないで。ものすごく恥ずかしかったんだから」

 

「しろは、エクスイカバーって何?」

 

「教えてあげない」

 

 ……これ以上聞いたらどすこいと言われそうだったので、話題を変えることにした。

 

「じゃあ、しろは以外のバトルはどんな感じだったの?」

 

「第三試合は蒼さんと葉留佳さんのバトルでした。ビー玉を駆使して戦う葉留佳さんを、蒼さんがイナリさんのイナリビームを使って焼き払ったんですよ!」

 

「ちょっと待って。後半がわからないんだけど。イナリビームって何」

 

「えっと、イナリさんの必殺技です!」

 

 ごめん、全く想像できない。目とか口からなんか出すんだろうか。

 

「それで、勝った蒼は葉留佳に『動く拡声器』の称号を贈ったんだよ」

 

 しろはがそう続けてくれた。確かに葉留佳の周囲は必然的に声が大きくなる気がするし、ピッタリの称号だった。

 

「その次の第四試合では、目をつぶっていたにも関わらず心眼でピンポン玉を武器として選んだ天善さんと、おっきな猫さんを武器にした鈴さんのバトルでした!」

 

 夏海ちゃんが身振り手振りを交えて教えてくれる。それにしても、心眼でピンポン玉を引き当てる天善すごい。

 

「でも、武器として使っていいのはピンポン玉だけで、ラケットは使っちゃダメでね」

 

「あ、そうだったんだ」

 

 しろはが続ける。その時点で、なんとなくオチが見えてきた気がする。

 

「天善さん、必死に攻撃を仕掛けたんですが……空気抵抗で球が逸れてですね」

 

「そのままピンポン玉は観客の方に飛んでいって、そのまま行方不明になったの」

 

「つまり武器が無くなったから、天善は負けたと」

 

「うん。そういうこと。ちなみに天善君は『ワカメガネボーイ』の称号を贈られていたよ」

 

 なんと言うか、色々な意味で天善を体現していた。リトルバスターズの皆、なかなかセンスがある。

 

「それでですね、第五試合は謙吾さんとのみきさんのバトルだったんですが、これまた圧巻だったんですよ!」

 

 え、圧巻ってどういうことだろう。

 

「謙吾さんがお鍋のふた、のみきさんが小さな水鉄砲を武器に選んだんですけど、のみきさんが一撃で謙吾さんの武器を吹き飛ばしてですね」

 

 普通ならあり得ないけど、のみきならやってしまいそうだ。なんてったって、のみきだし。

 

「すごいのはそこからなんですよ! 空中に打ち上げたお鍋のふたが落ちてくる前に、また水鉄砲を当ててですね。どんどん遠くにやっちゃうんです!」

 

 夏海ちゃんは指鉄砲を作って、大興奮だった。よっぽどすごい光景だったんだろう。

 

「ということは、そのまま武器が無くなってのみきが勝ったんだね」

 

「はい!」

 

「最終的に、鍋のふたは駄菓子屋の屋根に打ち上げられていたよ。あれはどうやっても取れないと思う」

 

 しろはが屋根を見上げながらそう言っていた。たぶんだけど、鍋のふたはそのまま屋根の上にあるんだろう。

 

「それで、のみきは謙吾にどんな称号を贈ったの?」

 

「『ケンゴーコバヤシ』だって」

 

「ぷっ」

 

 面白かった。のみきも結構いいセンスしてるな。

 

「お、羽依里も戻ってきたか。今から第八試合が始まるぞ」

 

 その時、噂の謙吾がやってきて、そう教えてくれた。彼は何も悪くないんだけど、顔を直視できなかった。ごめん。コバヤシ。

 

 

 

「それでは、第八試合を始める。選手は前へ!」

 

「よし、やるぜー!」

 

「お手柔らかにお願いします」

 

 恭介の合図で、良一と西園さんが歩み出てきた。

 

 良一がやる気満々なのはわかるけど、西園さんがこの手のゲームに参加するのは、なんか意外だった。

 

「それじゃ、武器を投げ入れてくれ!」

 

 恭介がそう言うと、例によって無数の武器が投げ込まれる。

 

「よし、俺はこれだぜ!」

 

 良一が目をつぶって、自分の武器を掴み取る。

 

「ひ、ひげ猫危機一髪!?」

 

 良一の手に握られていたのは、樽に入ったひげ猫と、無数のおもちゃのナイフ。

 

「なぁ恭介、この樽で殴ったり、ナイフで刺していいのか?」

 

「駄目。本来の使用方法で戦うこと」

 

「マジかよぉぉ――――!」

 

 つまるところ、ナイフを樽に刺し、飛び出したひげ猫人形を西園さんに当てないと駄目ということなのかな。

 

「私はどれにしましょうか」

 

 西園さんが投げ込まれた武器を物色している。するとその中に、見慣れないものが多数混ざっていることに気がついた。

 

「こ、この武器はまさか」

 

 西園さんが驚愕の表情で手にしたのは、変わった形のヨーヨーだった。なんだろうあれ。

 

「ほう。サイバーヨーヨーか。なかなかに良いチョイスだ」

 

 その時、観客の中から、謎の白衣集団が出てきた。誰だろう。

 

「ど、どうして科学部部隊がこの島に!?」

 

 え、科学部部隊って何?

 

「西園君、深く考える必要はない。NYPがある場所に、我々は現れる。さあ、NYP値を測定しろ!」

 

 なんだかよくわからないけど、白衣を着た人たちはなんだかよくわからない機械を持ち出して、なんだかよくわからない数値を測りだした。

 

「NYP値、良好っす!」

 

「さあ、西園君! 君の力を見せてくれたまえ!」

 

 白衣の人にそう促されて、西園さんがサイバーヨーヨーを振るう。びかびか光ってるし。良一、大丈夫かな。

 

「よし、それではバトルスタート!」

 

 そして、試合開始の合図がされた。

 

「うおおおお!」

 

 先手必勝ということで、良一はものすごい速さでナイフを樽に刺す。

 

 ……しかし、ひげ猫の人形は飛び出さない。

 

「ちっくしょー!」

 

「……おまんら、許さんぜよ」

 

 その直後、西園さんが謎の台詞を口にしながらサイバーヨーヨーを振り回す。

 

「ぎゃーーー!」

 

 なんだかよくわからないけど、光るヨーヨーをぶつけられた良一が痺れている。なんだろうあの武器。

 

「おまんら、許さんぜよ」

 

「ぎゃーーー!」

 

 痺れて行動できない良一に向けて、西園さんの追撃。再び痺れた良一は、そのまま地面に倒れ……動かない。

 

「勝負あり! このバトル、西園の勝ち!」

 

 その様子を見て、恭介が西園さんの勝利宣言をしていた。

 

 良一の武器の不遇さもあったけど、西園さんの圧勝だった。なんだかよくわからないけど、あのヨーヨーすごい。

 

「それじゃみおちん、負け犬めに称号をどうぞ」

 

「そうですね……『実は寝る時はネグリジェ派』とかどうでしょう」

 

 ちょっと待って。変な想像しちゃったじゃない。今晩、夢に出てきたらどうしよう。お腹が痛い。

 

 俺は必死に頭を振って、脳内に出現したピンクな良一の存在を打ち消す。

 

「羽依里、顔が青いけど大丈夫?」

 

「あ、ああ。ネグリジェでも平気だよ」

 

「……?」

 

 しろはは隣で首をかしげていたけど、これで一回戦が全て終わった。トーナメント表を見てみると、二回戦はそれぞれ、恭介と藍、鈴と蒼、のみきとしろは、鴎と西園さんという対戦カードに決まったみたいだ。

 

 俺はもう負けてしまったけど、次からは一度は勝利を収めたメンバー同士のバトルになる。ますます白熱していきそうだった。

 

 

 

第三十四話・完




第三十四話・あとがき


おはこんばんちわ。トミー@サマポケです。

今回は祭りの日(前編)でした。30000文字近くになってしまい、申し訳ございません。前編では祭りの準備にすら行きつきませんでした。

冒頭ではその祭りを控え、にぎわう島の様子とか書いてみました。たぶん、祭りをする地元の人間から見たらこんな感じなんじゃないかなぁと。そんな中で、鴎と一緒にラジオ体操に行く流れをやってみました。たまにはこういうのもいいですね。

そしてラジオ体操からの、チャーハンの下りはもはや既定路線です。キュウリチャーハンです。美味しそうでした。

その後の野球の練習は今回が最後になりましたが、オッサンの性格上、いつもと変わらないような練習を心掛けました。その後の早苗ダッシュのオチも同じくです。
でも、うどんパンとか、実際にあったらちょっとだけ気になります。本当に、ちょっとだけですけど。
また、この後の話し合いで野球のチーム名が『鳥白島チャーハンズ』に決まりました。このチーム名を決めるシーンはさすがに端折りました。たぶんまともに書いていたら、下手な短編SS並になってしまうと思ったので(汗

そして、駄菓子屋での朋也と春原の再会シーンは個人的に書きたかったのです。こういう流れ、やり取り、大好きなので。

終盤に始まったバトルトーナメント(バトルランキング)では、かなり遊んでしまいました。キャラ崩壊してないか心配です。大丈夫だったでしょうか。
それでも、リトバスと言えば野球とバトルランキングだろうと思いまして……。サイバー兵器を持ったみおちん、強そうですよね。

次回もその続きから始まりますので、楽しみにされていただけると幸いです。

■今回の紛れ込みネタ(リトバスとCLANNAD以外)
・朝テレビでやっていた歌番組
ヨシノの歌。Rewriteで有名なあの歌です。

・橘啓介の名刺
AIRの悪役パパリンこと、橘啓介の名刺です。もしかして、先日やってきていた神尾親子を追ってきたのかもしれません。

以上になります。いくつお気づきになられたでしょうか。
今回も、最後まで読んでいただいてありがとうございました!
感想など頂けましたら、泣いて喜びます。
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