Summer Pockets #2   作:トミー@サマポケ

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第三十七話 8月22日(中編)

 

 

           1 2 3 4 5 R

 リトルバスターズ  0 3 2    5

 鳥白島チャーハンズ 0 0 -    0

 

 

 

『三回の表が終わりまして、リトルバスターズが大量リードしています』

 

『続いて、鳥白島チャーハンズの攻撃なんだが……打者が出てこないな』

 

『状況が状況ですし、作戦会議でもしているんでしょう。観客の皆さん、しばらくお待ちください』

 

 

 

 

 実況の二人がそう観客をなだめてくれている間、俺たちはベンチに集まり、対策を考えていた。

 

「いっそのこと、狙い球を絞るってのはどうだろうか」

 

「視点を変えるため、代打を使うのも手よ」

 

「点を取らない事には始まらないし、好成績を残しているしろはや鴎の動きを真似てみよう。おのずと攻略法が見えて来るかも」

 

 実力差があるとは思っていたけど、まさかここまでなんて。ここまで点差が開くと、嫌が応にもコールドゲームが見えてくる。

 

「はぁ……」

 

 そんな中、夏海ちゃんだけが皆の輪に入らず、ベンチに座っていた。

 

「ごめんなさいです……羽依里さんは敬遠を勧めてくれたのに。自分勝手なことをして、打たれてしまいました」

 

 夏海ちゃんは責任を感じているのか、うなだれていた。

 

「夏海ちゃん……」

 

 そんな夏海ちゃんを見てると居たたまれない気持ちになる。こんな時、あのオッサンならなんて声をかけてあげるだろうか。

 

「……夏海ちゃん、ちょっといいですか」

 

 かけるべき言葉を探していると、藍が夏海ちゃんの正面に座り込み、視線を合わせながら話しかける。

 

「は、はい……」

 

 藍に話しかけられて、夏海ちゃんがわずかに顔を上げる。ちょっと目が赤い気もする。

 

「……でこぴんっ」

 

「ひあっ!?」

 

 次の瞬間、藍が夏海ちゃんにでこぴんをかましていた。ちょっと、なにしてるの。

 

「あ、藍さん、何をするんですか!?」

 

 夏海ちゃんは、叩かれたおでこを右手で押さえながら憤慨していた。

 

「……一人で全部の責任を背負っていそうな顔をしていたので、お仕置きです」

 

「あ……」

 

 その言葉を聞いた夏海ちゃんは、憑き物の落ちたような顔をする。

 

「そうだよ夏海ちゃん。皆がいるよ」

 

 その様子を見て、今度はしろはが優しく手を握ってあげていた。

 

「うんうん。チームなんだから、皆で頑張らないと!」

 

「そですよ!」

 

 それに続くように、鴎や紬も混ざる。あっという間に夏海ちゃんを中心に輪ができた。

 

「ほら、一人は皆のために、皆は一人のために。って言うじゃない?」

 

 蒼の言うのは違うスポーツの言葉な気もするけど……この際なんでもいい。ここは便乗しよう。

 

「そうだよ。だから夏海ちゃんも、一人で背負い込まないで!」

 

 俺も皆と一緒に夏海ちゃんを励ます。

 

 それにしても、皆の言葉は夏海ちゃんにだけじゃなく、自分たちにも言い聞かせているような、そんな感じだった。

 

 

 

「……皆さん、一人でヘコんでしまって、ごめんなさい。まだまだ勝負はこれからですもんね!」

 

 夏海ちゃんは一度だけ頭を下げた後、握りこぶしを作って立ち上がる。

 

「夏海ちゃん、その意気だよ」

 

「はい! それじゃ、行ってきます!」

 

 そしてカーボンバットを持って、意気揚々とバッターボックスに向かっていった。うん。もう大丈夫っぽい。

 

 

 

 

『そろそろ、準備ができたようです。改めまして、三回の裏、鳥白島チャーハンズの攻撃です』

 

『鈴が迎えるバッターは9番、夏海ちゃんだな』

 

「待ってたぞー!」

 

「「夏海ねーちゃん、ガンバレー!」」

 

 夏海ちゃんが打席に立つと、観客席の子供たちから声援が飛ぶ。

 

 そういえば、昨日は一緒に祭りの準備をした仲だし、皆で夏海ちゃんを応援してくれているらしい。

 

「……鈴さん、勝負です!」

 

 観客席を見て、一瞬驚いた夏海ちゃんだったけど、すぐに真剣な表情になって鈴と対峙する。

 

「なつみ、いくぞっ……うりゃっ!」

 

 鈴の投じた一球目を夏海ちゃんは見送る。ボールだった。

 

「てりゃっ!」

 

 続く二球目は直球のストライク。バットを振る気配はなく、どうも球筋を見ているみたいだった。

 

「えい!」

 

 その次、三球目のフォークをうまく合わせて打ち返した。

 

 カーボンバットによって勢いよく飛んだボールは、ライト前に落ちる。

 

「へぇ。夏海、なかなかやるな」

 

 そのボールを恭介が捕球して、ファーストの謙吾に送るけど、夏海ちゃんは悠々セーフだった。

 

 よし、これでノーアウト一塁だ。

 

 

 

『鳥白島チャーハンズ、先頭打者が出ました。打順も先頭に戻りまして、続くバッターは1番、蒼さんです』

 

「「ガンバレ、ししょー!」」

 

 先程と同じように子供たちが沸く。ランナーがいる状態からの好打順だし、これはチャンスだ。

 

「二回目の勝負ねー。鈴、今度は打ち返してやるから!」

 

「今度もおんなじだ……いくぞっ!」

 

 打つ気満々の蒼に対し、鈴が大きく振りかぶり、渾身のストレートを投げる。

 

「うりゃあっ!」

 

 対する蒼はバットを水平に構え、三塁方向へ静かにボールを転がす。まさかのバントだった。

 

「……なにぃ!?」

 

 鈴も1番バッターの蒼がバントをしてくるとは思っていなかったようで、全く反応できず。一方、夏海ちゃんはその様子を見て、すかさず二塁へ向けて駆けだした。

 

「鈴、僕が行くよ!」

 

 そんな中、キャッチャーの理樹がいち早く飛び出してボールを捕球する。

 

「二塁は……無理っぽいね。謙吾、行くよっ!」

 

 理樹は一瞬だけ二塁を見た後、素早くファーストの謙吾にボールを投げ渡す。

 

「一塁、アウト!」

 

 判定としては微妙な状況だったけど、一塁塁審の斉藤さんはアウトを宣言していた。惜しい。もう少しで蒼もセーフだったのに。

 

「蒼さん、ありがとうございます!」

 

「いいのよー!」

 

 無事に二塁に進んだ夏海ちゃんに手を振りながら、蒼はベンチに戻ってきた。結果、送りバント成功でワンアウト二塁だ。

 

 

 

『意表を突いた蒼のバントが成功して、チャンスが広がったな。続くバッターは2番、藍だぞ』

 

『藍さんは前の打席で惜しい当たりがありましたし、今回も頑張ってください』

 

『頼むぞ藍、せめて夏海ちゃんを進塁させてくれ……』

 

『だから野村さん、心の声がダダ漏れになってますよ?』

 

『き、気のせいだろう』

 

「……いくぞ、あい」

 

 そんな実況をよそに、鈴はちらりと二塁の夏海ちゃんを見た後、藍に向き直る。

 

「うりゃっ!」

 

 最初の打席で良い当たりをした藍を警戒してか、ボールを低めに集めてくる。

 

 結果、二球続けて低い位置に決まり、ツーストライクと追い込まれてしまった。

 

「てい!」

 

 しかしその次の球、甘く入ったフォークを藍はすくい上げるようにして打った。大きく弧を描いたボールはライト前に落ちる。

 

「おっと、またこっちか」

 

 先程と同じように恭介がボールを捕球し、三塁を見る。

 

「……さすがに三塁は無理か。だが一塁は行けるな。とう!」

 

 恭介はボールをすぐに握りなおすと、ファーストの謙吾へ投げる。

 

「……は?」

 

 ……速い。まるで某外野手のレーザービームだ。このままだと、藍が一塁に間に合うか微妙なところだ。

 

「くっ……このっ!」

 

 状況を見て不利と悟ったのか、藍がまさかのヘッドスライディングをみせる。

 

「セーフ!」

 

 一塁塁審の斉藤さんがそう判定を下す。ギリギリだった。

 

 これで、ワンアウト一、三塁と、更にチャンスが広がった。

 

「それにしても、まさか藍がヘッドスライディングするなんて」

 

「夏海ちゃんにでこぴんしておきながら、無様な結果は嫌ですからね」

 

 藍は顔や髪についた砂をはたき落としながら、三塁の方を見る。一塁の攻防の間に三塁に進んだ夏海ちゃんが、そこから頭を下げていた。

 

 

 

『鳥白島チャーハンズ、得点のチャンスがさらに広がったぞ。続くバッターは3番、良一だな』

 

「よし、俺が決めてやるぜ!」

 

 のみきに名前を呼ばれながら、良一が打席に入る。

 

「いいですか良一ちゃん、最悪夏海ちゃんは生還させないと、後でひどいですよ! わかっていますね!?」

 

 一塁から、藍が大声でそう叫んでいた。

 

「なんだ? りょーいちは藍の尻に敷かれてるのか?」

 

 そのやりとりを見て、マウンド上の鈴が良一に訝しげな視線を送る。

 

「そんなんじゃねーよ! いいから鈴、さっさと投げて来い!」

 

「よくわからんが、気にしないことにしてやろう。いくぞっ……ほわちゃーーー!」

 

 鈴はそのまま投球モーションに入り、直球を投じる。

 

「パーーージ!」

 

 良一はその初球を狙い打つけど、力んでしまったんだろうか。大きく打ち上げてしまい、フライになる。

 

「おーらいなのですー」

 

 その飛球をレフト側のファールゾーンでクドが捕球する。まるで犬がボールを捉えるかの如く、綺麗なキャッチだった。

 

 そしてあの位置だと、三塁の夏海ちゃんも走れない。残念ながら犠牲フライにもならなかった。これでツーアウト一、三塁だ。

 

 

 

『くうぅ……良一、男を見せないか……』

 

『とても悔しがっている野村さんはさておき、ここで4番の久島さんに打席が回ってきました』

 

「鴎、頼んだぞ!」

 

「まかせといて! なっちゃん、すぐにホームに返してあげるからね!」

 

 鴎はバットを振り回して、打つ気満々だ。それにしても、本当に4番にはチャンスで回ってくるものなんだな。

 

「……かもめ、いくぞっ!」

 

 鈴はキャッチャーの理樹となにやらサインを送り合った後、ピッチングモーションに入る。大量リードしていることもあって、どうやら鴎との勝負を選んだらしい。

 

「……てりゃっ!」

 

 前の打席で思いっきり打たれているせいもあって、外いっぱいを狙ってくる。さすがに慎重だ。

 

「スリーボール!」

 

 しかし、なかなかいいところに決まらず、三球続けて外した。これでスリーボールだ。

 

「むむむ……なら、これでどうだっ! ライジングニャットボール!」

 

 こうなると真っ向勝負しかないらしく、ど真ん中に渾身のライジングニャットボールが投げ込まれた。

 

「てりゃーーー!」

 

 しかし、鴎はその剛速球すら、たやすく打ち返した。

 

「なにぃぃぃーーー!?」

 

 ボールはセンター手前にポテンと落ちる。それにしても鴎、なんであのボールを打てるんだろう。

 

「うわぁぁーーー! 打たれてしまったぁぁぁ―――!」

 

 葉留佳がそのボールの処理をする間に、夏海ちゃんが生還。そして藍が三塁まで進む。鴎は例によってスーツケースに乗り、一塁へ到達していた。

 

「皆、やったよー!」

 

「鴎、ナイスバッティング!」

 

 一塁から手を振る鴎に手を振り返しつつ、生還した夏海ちゃんとハイタッチをかわす。

 

「おかえり、夏海ちゃん!」

 

「やりましたー!」

 

 これで1点を返した。喉から手が出るほど欲しかった得点だし、チーム全体の士気も上がりそうだ。

 

「よっしゃー!」

 

「鳥白島チャーハンズ、反撃開始だぜー!」

 

 なにより俺たちが得点したことで、観客席が大いに盛り上がっていた。一生懸命応援してくれている皆の期待に少しでも応えることができた気がして、嬉しかった。

 

 

 

『鳥白島チャーハンズが1点を返しました。これで1-5です』

 

『さすが鴎だな。やってくれると思っていたぞ』

 

『ツーアウトながら、ランナーは一、三塁。続くバッターは5番、チャーハン砲の鳴瀬さんです』

 

「へ、変な二つ名をつけてプレッシャーかけないで」

 

 しろはがぶつぶつ言いながら、打席へと向かっていった。チャーハン砲ってのも、言い得て妙だと思うけど。

 

「いくぞ、しろはっ! うりゃっ!」

 

 先の鴎に続かれまいと、鈴は様々な球種を投じるけど……しろはは外れた球はきちんと見送り、微妙な位置の球はチャーハン打法でしっかりとファールにして、ひたすらに粘っていた。

 

「……くらえ、ライジングニャットボール!」

 

「……ほい!」

 

 ついには、ライジングニャットボールまでファールにしていた。ファールにできるだけで十分凄い。

 

「うう……」

 

 あそこまでついて行かれると、さすがの鈴も投げる球に困っているみたいだ。気がつけば、ツーストライクスリーボール。フルカウントだった。

 

「えい!」

 

「……フォアボール!」

 

 続く一球が大きく外れ、最終的にフォアボールになった。これでツーアウト満塁。これまたチャンスだ。

 

 

 

『よし、最高の場面で鷹原に打順が回ってきたな』

 

「え、俺?」

 

 実況ののみきに言われて気がついた。打順表を見てみると、確かに俺だった。

 

 前の打席に続いて、まさか今回もこんなチャンスで俺に回ってくるなんて。

 

「「がんばれー、ガーディアン!」」

 

「羽依里さん、頑張ってください!」

 

「男見せなさいよー!」

 

「タカハラさん、ファイトです!」

 

 バッターボックスに立つと、観客席から、ベンチから、たくさんの声援が送られてくる。

 

 気持ちは嬉しいけど、ものすごいプレッシャーだ。俺もしろはからチャーハン打法を習っておけば良かった。

 

「いくぞっ……うりゃっ!」

 

 鈴の初球は外れて、ボールだった。俺は続く二球目に狙いを定める。

 

 下手に追い込まれたら、またあのライジングニャットボールで仕留められかねない。それまでに勝負しないと。

 

「てりゃっ!」

 

 ……さっきよりボールが少し高い。これは絶好球だ。

 

「そう、さしずめ俺は……鳥白島のブンブン丸!」

 

 と言うわけで、全力でフルスイングしてみた。直後、バットに強い衝撃があって、白球が青空を舞っていた。

 

「なにぃぃぃ!?」

 

 鈴が絶叫に近い声を上げながら、ボールの行方を見守る。俺はその光景を横目に見ながら、全力で一塁へとひた走った。

 

 俺の打球は観客席からの大声援を受けながら、左中間へ飛んでいく。このまま落ちれば、二塁打は固い。

 

「させるかーーー! ジャーーーンプ!」

 

 誰もがヒットだと思っていたその時、センターの葉留佳が全力で走ってきて、飛び込みながら地面スレスレでボールをキャッチしていた。ものすごいファインプレーだ。

 

「スリーアウト! チェンジ!」

 

 チャンスを逸脱した落胆の声と、あの打球を見事に捕球した葉留佳への賞賛の声が観客席で入り乱れる。

 

「はるちゃんすごいー!」

 

「いやー、打つ方はからっきしだし、せめてこれくらいはしないと申し訳が立たなくてですネ」

 

「十分だぞ。最少失点で抑えたわけだからな」

 

「やはは、それほどでもあるかなー」

 

 そんな声がリトルバスターズ側のベンチから聞こえてきた。せっかく皆が作ってくれたチャンスだったのに。本当に悔しい。

 

「羽依里さん、ドンマイです!」

 

 俺の表情を見て察したんだろうか。ベンチに戻るなり、夏海ちゃんが一番に寄ってきて励ましてくれた。さっきまで落ち込んでたとは思えない。

 

「よし、夏海ちゃん。次の回は無失点に抑えよう」

 

 だから、ベンチに置いておいたキャッチャーミットを手に取りながら、笑顔でそう返した。

 

「はい! 今度は三塁も進ませませんから!」

 

 普通は二塁なんだけど、三塁って言うあたりが夏海ちゃんらしい。

 

「せっかく反撃ムードになったんだから、ふたりとも、頑張ってよね」

 

 同じように、笑顔のしろはに言われた。さっきの葉留佳じゃないけど、打撃で貢献できない分、守りで頑張らないと。

 

 なんとなくだけど、チームの空気が変わってるのを感じる。

 

 

 

           1 2 3 4 5 R

 リトルバスターズ  0 3 2 -   5

 鳥白島チャーハンズ 0 0 1     1

 

 

 

『鳥白島チャーハンズ、反撃は1点止まりとなってしまいました。助かりました』

 

『おや、西園さんも心の声が聞こえてる気がするぞ?』

 

『……そう言うこと言う人嫌いです』

 

『ど、どこかの雪女のようなことを言わないでくれ』

 

 よくわからないけど、実況の二人も試合を楽しんでいる感じがする。

 

『では四回の表。リトルバスターズの攻撃。バッターは8番、クドだな』

 

「くーちゃーん、ファイト、ですよー」

 

「かっとばせミニ子ー! 先頭打者ホームランだー!」

 

 ベンチからの応援を受けながら、クドがバッターボックスに立つ。それにしても、ホームランを打つクドをイメージできないんだけど。

 

「クドさん、いきますよ!」

 

「はい! 夏海さん、いざ尋常に、勝負なのです!」

 

 なんだろう、急に試合が微笑ましくなったような気がする。クドが幼く見えるせいもあるんだろうか。

 

「えい!」

 

 初球は様子を見てナックルボール。その次はストレート。どちらもストライクゾーンに決まって、ツーストライクと追い込んだ。

 

「わふーーー!」

 

 続く三球目。地面につくのを承知で低めのフォークを投げてもらったら、見事に引っかかってくれた。これで三球三振。幸先良く、まずはワンアウトだ。

 

「うう、あいあむべんちばっく……」

 

 クドは何やらごにょごにょと英語を話しながら、ベンチへと戻っていた。なんだか、すごく申し訳ない気分になってしまう。

 

 

 

『クドを三振に切って取り、続くバッターは9番、鈴だな』

 

『能美さんはさすがに厳しい状況でしたね。次の鈴さんに期待しましょう』

 

「なつみ、しょーぶだ」

 

 打席に立った鈴は、相変わらず鋭い目つきだ。なんだろう、やっぱりポジションが同じ者同士、ライバル視しているんだろうか。

 

「鈴さん、いきますよ! えい!」

 

 対する夏海ちゃんは、できるだけ低めにボールを集めていく。一球目はボール。二球目はギリギリ決まった。

 

「そこだっ!」

 

「あ!」

 

 しかし、続く三球目をすくい上げるように打たれた。打球は地面を転がりながら、ショート方向へ向かう。

 

「安心しろ、内野ゴロだ!」

 

 ショートの天善がボールを拾い、素早くファーストの蒼へと送球する。しかし、鈴も足が速い。

 

「セーフ!」

 

 どっちだろうとは思っていたけど、一塁塁審の斉藤さんはセーフの判定を下していた。

 

「夏海ちゃん、気にしないで!」

 

「はい!」

 

 俺がそう声をかけると、右腕をぐるぐると回して笑顔を見せてくれた。だいぶ動揺は抑えられてるみたいだ。

 

 

 

『鈴さんの出塁を許したところで、打順が先頭に戻ります。迎えるバッターは1番、来ヶ谷さんです』

 

『上位打線か……頑張って抑えてくれ……』

 

「さあ、断罪してやろう」

 

 のみきの祈りが聞こえる中、来ヶ谷さんがそう言いながらバットを構える。

 

 断罪される理由が良くわからないけど、相変わらずプレッシャーがすごい。

 

「(……よし、夏海ちゃん、あれをやってみよう)」

 

 来ヶ谷さんがバッターボックスに立った直後、俺はあるサインを夏海ちゃんに送る。

 

 彼女もそれを瞬時に理解したのか、頷いていた。

 

「いきますよ……えい!」

 

 投球モーションに入った夏海ちゃんは、そのまま身体を反転させて一塁へ送球。鋭いボールがファーストを守る蒼のグローブに収まる。

 

「鈴、これでタッチアウトよ!」

 

「な、なにぃ……!?」

 

 次の瞬間、少し大きめにリードをしていた鈴を牽制タッチアウトにすることができた。

 

 これまで一度も牽制なんてやらなかったし、鈴もどこか油断していたのかもしれない。なんにしても、これでツーアウトだ。

 

「ほう、まさか鈴君を刺すとはな。だが、安心するのはまだ早いぞ」

 

 来ヶ谷さんはより一層鋭い視線で夏海ちゃんを睨みつける。だから怖いって。

 

「ゆいちゃーん、頑張ってー!」

 

 その時、リトルバスターズのベンチから小毬さんの声が聞こえた。

 

「……小毬君、だからそのゆいちゃんはやめてくれ」

 

 そういえば、来ヶ谷さんは小毬さんにそう呼ばれるのが苦手なんだっけ。

 

「……それです! 皆さん、一緒に言いましょう!」

 

 その様子を見ていた藍が、セカンドから大きな声で『ゆいちゃん』と叫び始める。

 

 どうやら、以前来ヶ谷さんが『ゆいちゃん』と呼ばれて悶絶していたのを思い出し、それを利用する手段に出たらしい。

 

「ゆーいちゃん!」

 

「ゆーいちゃん!」

 

 やがて『ゆいちゃん』コールはセカンドから内野全体へ、やがて外野を経由して、ついには観客席まで伝播していった。気がつけば会場全体が『ゆいちゃん』コールに包まれていた。

 

「「ゆーいちゃん!」」

 

「「ゆーいちゃん!」」

 

「ええい、お前達やめろ!」

 

 藍の作戦が功を奏し、来ヶ谷さんが苦しそうに悶えていた。思いっきり集中を乱されているらしく、すでにツーストライクだ。

 

「(夏海ちゃん、今のうちだよ)」

 

 俺はミットを構えて、早めの投球を促す。

 

「ゆいちゃん、いきますよ! えい!」

 

 夏海ちゃんはそれに応え、急いで次の球を投げる。

 

「くっ!」

 

 来ヶ谷さんはその球を苦し紛れに打つ。ボールは三塁方向へ転々と転がる。

 

「ほい!」

 

 サードのしろはがそのボールを捕球し、一塁へ投げる。だけど来ヶ谷さんの足が速いこともあって、ギリギリのところでセーフになってしまった。

 

「うう、惜しい……」

 

 悔しいけど、今の状況下でもしっかりと打った来ヶ谷さんを称賛するしかない。

 

 

 

『さすが来ヶ谷さんです。不利な状況になっても、簡単には終わりませんね』

 

『ところで、彼女は何故ゆいちゃんと呼ばれるのが嫌なんだ?』

 

『わかりません。可愛らしくて良いと思うのですが』

 

「やめろ! 実況席でその話題に触れるな!」

 

 来ヶ谷さんが一塁ベース上から叫んでいた。

 

『す、すまない。では続くバッターは2番。恭介氏だな』

 

 気を取り直して、次のバッターを迎える。結局来ヶ谷さんを抑えきれなかったし、状況はあまり変わっていない。

 

「恭介おにーさん、いきますよ! えい!」

 

「……よし、もらった!」

 

 恭介に対して投じた第一球。高めに入ってしまった球を狙われた。

 

「あ!」

 

 夏海ちゃんが振り返る。俺もボールの行く先を見ていると、ライナー性の当たりが一二塁間を抜け、センターとライトの間を転がっていた。

 

 センターの良一がボールを拾いに走るけど、あのボールはどっちかと言うとライト寄り。これは長打コースだ。

 

「こうなったらイチかバチか! スーツケース投げ―――!」

 

 その時、ライトの鴎がハンマー投げの要領で勢いをつけて、スーツケースを思いっきり投げ放つ。

 

 そのスーツケースは砂の上を滑るように移動して、転がっていたボールを直撃する。

 

「特別ルールにより、アウト!」

 

「えええーーー!」

 

「おいおい、あんなのありかよ!?」

 

 最初に特別ルールが適応された時と同じように、理樹がベンチの方で驚愕の声を上げていた。今回は真人も一緒だ。

 

 でも俺たちが守備の時に、相手の打球がスーツケースが当たったことに間違いはない。投げられたスーツケースにボールが当たっちゃ駄目というルールもないはずだし。

 

「スリーアウト! チェンジ!」

 

 観客席もざわついてるけど、無失点で切り抜けた。これは大きい。

 

 

 

           1 2 3 4 5  R

 リトルバスターズ  0 3 2 0   5

 鳥白島チャーハンズ 0 0 1 -   1

 

 

 

『例の特別ルールによって九死に一生を得た形になりましたね』

 

『まったくだ。肝を冷やしたぞ』

 

『それでは四回の裏、鳥白島チャーハンズの攻撃です。バッターは7番、加納さんからですね』

 

「加納君、頑張って!」

 

「お、お任せください!」

 

 静久の応援を受けて、天善が打席に立つ。俺も人のことは言えないけど、今のところ天善もノーヒットだし、ここは頑張ってほしい。

 

「……そうです。静久さん、天善ちゃんが活躍できるよう、パワーを送りましょう」

 

「え? パワーって何かしら?」

 

「えっとですね。ごにょごにょ……」

 

 藍が静久に何やら耳打ちをしている。その間にも、天善は鈴の七色の投球によって、ツーストライクと追い込まれていた。

 

「……そうね。わかったわ!」

 

 藍の意図が伝わったのか、静久は深呼吸をひとつした後、大きく息を吸い込む。

 

「天善君、頑張って!」

 

「--------!」

 

 たぶん、天善は初めて静久から下の名前で呼ばれたんだと思う。うまく説明できないような声を上げながら、思いっきりバットを振っていた。

 

「なにぃぃぃぃ!?」

 

 鈴の絶叫がこだまする。天善の打球はセンターの深い所に落ちるスリーベースヒットだった。もう少しでホームランという当たりで、いきなりノーアウト三塁の大チャンスだった。天善すごい。

 

 

 

『鳥白島チャーハンズ、いきなりチャンスを迎えました』

 

『ここからだとよく聞き取れなかったんだが、天善は何を言われたんだ?』

 

『よくわかりませんが、日々のトレーニングの成果がついに打撃にも出た、と言うことにしておきましょう』

 

『まぁ、そういうことにしておこう。続くバッターは8番。紬だな』

 

「鈴、大丈夫!? 落ち着いてね!」

 

「と、当然だっ!」

 

 先頭打者にいきなり長打を打たれたせいか、鈴もかなり動揺しているみたいだ。キャッチャーの理樹が慌ててケアをしていた。

 

「チャンスよ紬! 頑張って!」

 

「むぎーーーー!」

 

 静久の声援を受けて、紬も初球から積極的にバットを振っていく。直後に快音が響く。

 

「うおおおおおーーーー! しまったぁぁぁーーーー!」

 

 紬のおっぱい打法でレフト線ギリギリへ打ち抜かれたボールは三塁を強襲。そのまま真人のエラーを誘い、その間に天善がホームイン。すごい。これでもう1点返した。

 

「やりました!」

 

「紬、ナイスバッティングよ!」

 

 静久は一塁ベース上でピョンピョンと飛び跳ねて喜びを表現する紬を労いつつ、生還してきた天善とハイタッチを交わしていた。天善、めちゃくちゃ嬉しそうだ。

 

 そしてまだノーアウト。まだまだ勢いは止まりそうにない。

 

 

 

『鳥白島チャーハンズ、打者二人で1点をもぎ取りました。これで2-5です。どうやら、鈴さんのボールにも慣れてきた感じでしょうか』

 

『恐らくそうだろう。この調子でどんどん反撃するぞ』

 

 心なしか、のみきの声が弾んでいる気がする。それに同調するように、観客席も大いに盛り上がる。

 

『チャンスが続く中、続くバッターは9番、夏海ちゃんです』

 

「なつみ、いくぞっ……てりゃっ!」

 

 夏海ちゃんに対して投球するものの、やっぱり動揺しているのか、鈴の投球が定まらない。

 

 ピッチャーの夏海ちゃんはそんな鈴の心境をよく理解しているのか、一度もバットを振ることなくフォアボールを選び、出塁した。これでノーアウト一、二塁だ。

 

 

 

『鳥白島チャーハンズのチャンスが続きます。未だノーアウト。打順は1番に戻り、蒼さんですね』

 

「今度はかっとばすわよー!」

 

 本日三回目の打席。一度バントがあったとはいえ、まだ一本のヒットも打っていないということもあって、蒼は打つ気満々だった。

 

「むむ……しねっ!」

 

 対する鈴は、迷いながらの投球だった。蒼がそれを見逃すはずがない。

 

「見えた! うりゃあっ!」

 

 初球から二球続けて外れた後の、三球目。高めに飛んできたストレートを打ち返した。レフトとセンターの間に落ちる長打だ。この間に紬がホームに帰還して、もう1点を加える。

 

 更に打者の蒼が二塁、夏海ちゃんが三塁へと到達する。

 

「うう……」

 

 鈴が焦っているのがわかる。次は藍の打席だし、このまま一気に畳みかけるチャンスだ。

 

「タイム!」

 

 ……その時、恭介が高らかにそう宣言していた。審判が試合を止めると同時に、リトルバスターズの面々がマウンドに集まってきた。このタイミングで間を取るなんて。さすが、やり方が上手い。

 

 恭介たちはグラブを口元に当てながら相談をしていたけど、一方の俺たちは反撃の機運が高まっているということもあって、ベンチで是が非でも盛り上がっていた。

 

「やったな。これで3-5だぜ?」

 

「ああ、このチャンスを逃す手はないよな」

 

「うまくいけば、この回で試合をひっくり返せるかもしれないぞ」

 

 良一と俺、そして天善の三人でそんな話をしていた。さっきまでの空気がウソのように、ベンチの雰囲気は良い。

 

「でも、まだ楽観視しちゃ駄目だよ。逆転したわけでもないんだから」

 

 そんな俺たちに、しろはが釘を刺してくれていた。確かに、まだ浮足立っちゃいけない。

 

「それこそ、捕らぬ狸のなんとやらよね」

 

「ポン?」

 

 静久の言葉を聞いて、ベンチの下からイナリが顔を覗かせていた。いつの間にか、イナリも応援に駆けつけてくれたらしい。

 

 

 

「……プレイ!」

 

 やがてタイムが明け、リトルバスターズの守備陣が定位置に戻る。

 

『タイムが明けまして、試合再開です。続きますのは2番。藍さんですね』

 

『チャンスは続いているぞ。藍、頼む』

 

「……てりゃっ!」

 

 のみきの実況が響く中、投球モーションに入った鈴は急に身体の向きを変え、三塁へ向けて牽制球を投げる。

 

「あ!」

 

「三塁、牽制アウト!」

 

 直後、三塁塁審の斉藤さんの手が上がる。

 

 夏海ちゃんもタイム明けで完全に虚を突かれたらしい。これはしてやられた。

 

「なつみ、おかえしだっ」

 

 三塁手の真人からボールを戻されながら、鈴が誇らしげな顔をしていた。

 

「うう、やり返されてしまいました……」

 

 夏海ちゃんががっくりと肩を落としながら、ベンチに戻ってきた。四回の表に夏海ちゃんが鈴を牽制アウトにしていたし、そのお返しのつもりなんだろう。これで、ワンアウト二塁へと変わる。

 

「……いくぞ、あい。えい!」

 

 それから藍に対峙した鈴の球筋は、先程までとは見違えるものになっていた。藍はわずか三球で追い込まれてしまう。

 

「これで、どうだっ!」

 

「こ、このっ!」

 

 続くボールは外側から急激に内角に向かってきた。藍は苦し紛れにバットに当てる。

 

 しかし、その打球は力なくショート方向へ転がる。

 

「うむ。真人少年、行くぞ」

 

「ほい、タッチ! そのまま行くぜ、謙吾!」

 

「おうとも!」

 

 ショートの来ヶ谷さんがそれを捕球し、三塁の真人に送る。そのまま突っ込んできた蒼をタッチアウトにした後、一塁の謙吾へ送球する。これで藍もアウトにされ、ダブルプレーが成立する。見事な連係だった。

 

「スリーアウト! チェンジ!」

 

 あっという間にチャンスが潰えてしまった。なんてこった。

 

「最後の球がすごくブレていて、芯を外されてしまいました。ナックルボールみたいですね」

 

 ベンチに戻ってきた藍が、苦虫を嚙み潰したような顔でそう口にしていた。

 

「いや、あれはニャックルだ」

 

 そしてたまたま通りかかった恭介が何か言っていた。よくわからないけど、夏海ちゃんと同じ球種を使ってきたみたいだ。

 

「同じ球を使われるなんて、悔しすぎます! 今度は三者凡退に抑えてみせますよ!」

 

 なんだろう。夏海ちゃんがすごくポジティブになっている。明らかに変わった感じだ。

 

 

 

           1 2 3 4 5 R

 リトルバスターズ  0 3 2 0 - 5

 鳥白島チャーハンズ 0 0 1 2   3

 

 

 

『なんという連係プレーだ。反撃モードが一気にしぼんでしまったぞ』

 

『どうですか? リトルバスターズの連携もなかなかのものでしょう?』

 

『ああ、あれは正直脱帽だな……』

 

『……それでは最終回。五回の表、リトルバスターズの攻撃です』

 

『先頭打者は3番、直枝からだな。皆、相手は好打順だが、頑張って抑えてくれ……』

 

 もはや実況の二人も、自分たちのチームへ対する思いを隠そうとしなくなった。

 

 でも、俺たちとしてはここは抑えないと。最終回裏の攻撃は3番の良一から始まるとはいえ、これ以上点差を広げられたら、なかなかに厳しい。

 

 そんなことを考えながら、キャッチャーミットを構える。

 

「直枝さん、いきますよ!」

 

 夏海ちゃんは意を決して、ナックルボールを投じる。初球は打ち損じ、ファールだった。

 

 理樹は二打席続けてバントだったし、まともに対峙するのはこれが初めてだ。とりあえず、外角に攻めよう。

 

「ストライク!」

 

「ええっ!?」

 

 二球目は外角低めのきわどい所に決まった。これでツーストライクだ。

 

「……えい!」

 

 続く三球目は外角高めに外れた。続く四球目。

 

「……えい!」

 

「ストライク! バッターアウト!」

 

 今度は内角のギリギリいっぱいにナックルが決まった。微妙な所だったけど、球審の斉藤さんの手が上がり、理樹を三振に切って取る。

 

「とほほ……あのナックル、すごく打ちにくいね……」

 

 理樹はそんな言葉を残してベンチへと下がっていった。首尾よく、これでワンアウトだ。

 

 

 

『直枝さんを三振に抑えましたか。ですが、続くバッターは4番、宮沢さんです』

 

 西園さんに呼ばれながら打席に立ったのは謙吾。相変わらずオーラがすごい。

 

「……いきますよ! えい!」

 

 一呼吸おいて、夏海ちゃんが外角に向けて一球を投じる。

 

「ふっ、ここで打つのが4番と言うものだ。メーーーン!」

 

 しかし、その球を打ち返された。快音を響かせながら、鋭い打球がセンター方向に飛ぶ。これはまずい。

 

「うおおおおおーーー!」

 

 その時、良一が滑り込みながら打球をキャッチした。ボールは地面スレスレ。超ファインプレーだった。

 

「三谷の坊主、いいぞー!」

 

「いつも脱いでるだけの男じゃねーんだなー!」

 

 観客席の端、大漁旗の下辺りから歓声が聞こえる。、おそらく漁業関係の皆さんが集まっているんだろう。

 

「……やりますね。良一ちゃん」

 

「見直したろ!」

 

 良一の気迫あふれるプレーを藍が称賛していた。これでツーアウトだ。

 

 

 

『三谷さん、ファインプレーでしたね。あれが抜けていれば大きなチャンスだったんですが。むぎぎぎぎ』

 

『悔しいのはわかるが、西園さんも紬の真似はやめてあげてくれないか』

 

『……失礼しました。ツーアウトにはなりましたが、続くバッターは5番。二木さんです』

 

『彼女は前の打席で夏海ちゃんからホームランを放っている。非常に怖い選手だな』

 

 正直、今日は4番の謙吾より怖い存在となっている佳奈多が打席に立つ。どう抑えようか。

 

「佳奈多さん、今度は抑えてみせますよ!」

 

「いいわ。またホームランにしてあげる」

 

 対する夏海ちゃんは勝負する気満々だ。その様子を見て、俺も及び腰の考えを打ち消した。

 

 佳奈多と勝負する覚悟を決めて、ミットを外角低めに構える。夏海ちゃんもその様子を見て、大きく頷く。

 

「行きますよ……えい!」

 

 一球目。外角ギリギリを狙ったナックルは外れて、ボールだった。

 

「えい!」

 

 続く二球目。同じくナックル。今度はバットに当てられたけど、ファールだった。

 

「えい!」

 

 続く三球目は、また外れてしまった。これでツーボールだ。

 

「えい!」

 

 四球目はさっきとは逆に内角を狙ってみる。これもボール判定だった。惜しい。スリーボールだ。

 

「……えい!」

 

 夏海ちゃんが大きく息を吸ってから投じた五球目。俺がミットを出していた場所とは若干ずれた場所に決まったけど、それが功を奏したのか、ストライク判定だった。これでフルカウント。なんとか追い込んだ。

 

「……これで決めます! えい!」

 

 投じた六球目。夏海ちゃん渾身の一球だった。

 

「……貴女の決め球はナックル。わかってるわよ」

 

 佳奈多はそのボールの軌道を読み、タイミングを合わせてバットを振る。

 

 しかし、最後のボールは地面をワンバンするくらい低いフォークだった。バットを振った佳奈多は途中で球種に気づいたみたいだけど、一度振り出したバットを止まらず。そのまま空を切る。

 

「……やるじゃない」

 

「空振り三振! スリーアウト! チェンジ!」

 

「やったぁーー!」

 

 夏海ちゃんからガッツポーズ出た。宣言通りの三者凡退。これは良い調子かも。

 

 

 

           1 2 3 4 5 R

 リトルバスターズ  0 3 2 0 0 5

 鳥白島チャーハンズ 0 0 1 2 - 3

 

 

 

『それでは五回の裏。鳥白島チャーハンズの攻撃です。先頭バッターは3番、三谷さんですね』

 

「よし、いくぜ!」

 

 名前を呼ばれ、気合十分で良一が打席に向かっていく。最終回の先頭打者だし、ここは頑張ってほしい。

 

「良一ちゃんは未だノーヒットですか。不甲斐ないですね」

 

 そんな背中を見ながら、藍がぽそりと呟いていた。

 

「……しょうがないですね。夏海ちゃん、ブーストかけますか」

 

「ええっ、本当にやるんですか?」

 

 夏海ちゃんがえらく動揺しているけど、藍の言うブーストって何だろう。

 

「勝利のためですよ。頑張ってください」

 

「わ、わかりました。勝利のためですもんね」

 

 夏海ちゃんが意を決して、良一の方へ向き直る。そして大きく息を吸う。

 

「……良一おにーちゃん、頑張ってーーー!」

 

「うおおおーーー! にーちゃん頑張るからなーーー!」

 

 ブーストがかかった。

 

「パーーーージ!」

 

 そして打った。

 

 レフトとセンターの間に落ちる長打だ。良一は一気に三塁まで進み、いきなりノーアウト三塁と大チャンスを迎えた。

 

 

 

『これまでノーヒットだった三谷さんがスリーベースヒットを放ちました。鳥白島チャーハンズの勢いが止まりません』

 

『いや、打ったことは素直に褒めてやりたいが……直前に何やら怪しい発言が聞こえたような……?』

 

『野村さん、気にしてはいけません。それより、次のバッターは4番、久島さんですよ』

 

『そ、そうだな。鴎、ここで一発出れば、たちまち同点だぞ』

 

「まかせといてー!」

 

 鴎のこれまでの成績を顧みれば、のみきの言葉も決して非現実的ではない。

 

「頼んだぞ、鴎!」

 

「カモメさん、頑張ってください!」

 

 犠牲フライでも一点と言う場面に、俺たちのベンチをはじめ、観客席も湧きに沸く。

 

 ……そんな中、キャッチャーの理樹が横に動いた。

 

 そして、鈴は明らかなボール球を投じていく。どうやらこれは、敬遠の流れみたいだ。

 

 観客席からはブーイングに近い声が聞こえて来るけど、鈴は鴎にいいように打たれてるし、今は一塁が空いてるし、これも当然の作戦だった。

 

「ねぇねぇ、このボールって打っても良いの?」

 

「え、いいけど……?」

 

 その時、鴎がベンチの方を向いて、そう聞いてきた。別に敬遠のボール球を打っちゃ駄目ってルールはなかったはずだ。無条件で一塁に進めるし、わざわざ打ちに行く人もいないと思うけど……。

 

「それじゃ、冒険してみよう! てりゃーー!」

 

 次の瞬間、鴎は無理矢理位置を合わせて、敬遠のボール球を打った。うそだろ、あれって打てるもんなんだ。

 

「なんだとぉう!?」

 

 その打球はファーストを守る謙吾の横を抜ける、鋭い当たりだった。まさか打っては来ないだろうと油断していたらしい。いや、普通は打って来ないけど。

 

「よっしゃーーー!」

 

 何にしても、鴎の打球はヒットとなり、これで三塁走者の良一が生還した。鴎は例によって一塁で止まる。依然、ノーアウトだ。

 

「にーちゃんやったぞーー!」

 

 ベンチに戻ってきた良一が夏海ちゃんに抱きついていた。夏海ちゃんは苦笑いを浮かべてたけど、この際目をつぶろう。

 

 

 

『ここで鳥白島チャーハンズが1点を返しました。これで4-5です』

 

『ついに1点差だぞ。更にノーアウト一塁だ。迎えるバッターは5番のしろは。ここで長打が出れば、一気に同点だぞ』

 

「だから、のみきもプレッシャーかけないで」

 

 先程と同じように小さな声で何か言いながら、しろはが打席に立つ。

 

「むむむ……」

 

 対する鈴は投球に苦しんでいるようだった。鴎もそうだけど、どうやら、チャーハン打法のしろはも苦手らしい。

 

「いくぞっ……ライジングニャットボール!」

 

「……ほいっ!」

 

 鈴は考えた結果、初球から果敢に攻める。しかし、しろははその初球をしっかりと打ち返す。チャーハン打法はついにライジングニャットボールですら捉えてしまった。

 

「うわあぁぁぁぁーーー!」

 

 鈴の叫びと共に、ボールはセンター方向へ一直線。そのまま葉留佳の頭上を超え……。

 

「させるかぁーーー! ジャーーーンプ!」

 

 ……るかと思われたけど、葉留佳が全力のジャンピングキャッチ。何度目かわからないファインプレーで、チームのピンチを救う。

 

 打撃はからっきしだけど、葉留佳の守備はやっぱりすごい。

 

 

 

『良い当たりでしたが、三枝さんの好プレーが出て、同点とはなりませんでした』

 

『ワンアウト一塁だが、まだチャンスは続くぞ。次のバッターは6番、鷹原だ』

 

 ……ここで俺の打席が回ってきた。

 

 よく考えてみれば、ここで俺が下手をすれば、最悪ダブルプレーでゲームセットだ。どうしよう、すごく緊張してきた。

 

「天善ちゃんも良一ちゃんも、男子には声援作戦が効くみたいですし、羽依里さんにも同じ手で行きましょう」

 

 例によって、ベンチで藍がなんか言ってるけど、俺の耳にはほとんど入らない。今は打席に集中しないと。

 

「うりゃっ!」

 

 鈴がボールを投げてくる。ボール球だと思って余裕で見送ったら、途中で起動が変わって、ストライク判定だった。

 

「ほら、しろはちゃん、がつっと言っちゃってください」

 

「えええ、いいよ。そんなの、無理だよ」

 

「しねっ! ライジングニャットボール!」

 

 ……今度は目にも留まらぬ速さの剛速球だった。全く反応できずに、ツーストライクと追い込まれてしまった。

 

「四の五の言ってないで、言ってあげてください。早くしないと、羽依里さんが打ち取られてしまいますよ」

 

「は、羽依里、頑張って!」

 

 ベンチの方から、遠慮しがちにしろはの応援が聞こえた。

 

「……その程度では駄目ですね。もっと愛情のこもった言葉をかけてあげてください」

 

「えええ。えーっと、えーっと……」

 

「ほら早く!」

 

「……は、羽依里、打って! わ、私のために!」

 

 ……しろはの声が俺の耳に届いたのと、鈴がさっきと同じ剛速球を投げてきたタイミングはほぼ同じだった。

 

「うおおおーーー!」

 

 俺は反射的にバットを振る。強い衝撃があって、ライジングニャットボールの勢いをそのまま乗せた打球がセカンドの佳奈多を急襲する。

 

「あっ!」

 

 その打球は佳奈多のグローブをはじき、センター方向へ転がっていく。

 

「おねーちゃん、ドンマイですヨ!」

 

 センターを転々とするボールを葉留佳がカバーし、二塁へ送る。ベースカバーについていた来ヶ谷さんが捕球するけど、すでに鴎は二塁へ到達していた。

 

 もし、佳奈多に直接捕球されていれば、そのまま二塁に送られてダブルプレー成立。ゲームセットになるところだった。佳奈多には悪いけど、助かった。

 

 いや、ここはしろはの愛がボールに届いたと言うことにしておこう。

 

「……羽依里、変なこと考えてない?」

 

「全然そんなことないから」

 

 しろはが何とも言えない顔をしながら俺を見ていた。なんにしても、これでワンアウト一、二塁。まだ終わらない。

 

 

 

『……一瞬、終わったと思ったぞ……なんとか首の皮一枚つながったみたいだな』

 

 見ると、のみきは額の汗を必死に拭いていた。思いっきり冷や汗をかいていたらしい。

 

『ランナーが溜まった状況で、続くバッターは7番、加納さんです』

 

「よし、いくぞ!」

 

 続いて天善がのみきに呼ばれ、バッターボックスに立つ。また静久からパワーを注入してもらうんだろうか。

 

「皆さん、ここは天善ちゃんに代打を使いませんか?」

 

 その時、藍がベンチでそう進言していた。いつの間にか、監督代行でもやってくれているみたいだ。

 

「代打ねー。どうしようかしら」

 

「頼む! ここは俺に行かせてくれ!」

 

 ベンチの動きを見て、天善がバッターボックスからそう懇願していた。ブーストがあったとはいえ、前の打席でヒットも放っているし、本人もこのまま打席に立ちたいだろう。

 

「……天善ちゃんの代打、水織先輩にお願いしようと思っているんですけど」

 

「はっ! どうぞ!」

 

 それを聞いた天善はどこからかタオルを取り出すと、丁寧にホームベースを拭いてからベンチへ戻ってきた。静久の名前が出た途端、ものすごい変わりようだった。

 

「じゃあ、私がパイ打ね。頑張るわよ!」

 

 ずっとベンチで盛り上げ役に徹していた静久が、天善からバットを受け取って打席に立つ。何か言葉に違和感があったけど、まぁいいか。

 

『ここで加納さんに代わりまして、代打。水織さんです』

 

『ついに来たか。おっぱい打法の申し子が』

 

『野村さん、言っていることの意味が解らないのですけど』

 

『私もわからない。気にしないでくれ』

 

 思わず口に出てしまったのだろう。のみきが申し訳なさそうな声を出していた。

 

「さあ、鈴ちゃん。勝負よ!」

 

 一方で、打席に立った静久は打つ気満々だ。ものすごく心強い。

 

「……代打はいいが、あのおっぱいはなんだ? 打つ時邪魔になるんじゃないのか?」

 

 投球前に鈴が当然の疑問を口にしていた。

 

「まぁ!? おっぱいが邪魔ですって!? 聞き捨てならないわ!」

 

「……っ!?」

 

 その言葉を聞いた静久がすごい剣幕で怒りを露わにしていた。あの鈴が気圧されている。

 

「……い、いくぞっ!」

 

 そして、鈴と静久の勝負が始まった。

 

 

 初球から二球続けてボール判定の後に、三球続けてファール。一球目はレフト線ギリギリ、二球目はライト線ギリギリ、三球目はまたレフト線ギリギリに飛ばしていた。

 

 あれがおっぱい打法の神髄なんだろうか。あと一歩でフェアになる当たりばかりだった。

 

「なんであのおっぱいであれだけのバッティングができるんだ……ふしぎだ」

 

 さすがの鈴も、次の一手に困っている感じだった。静久はその後も粘り、さらに二球ファールが続いた。

 

 ……続く八球目。鈴も手元が滑ったのか、かなり内角寄りに飛んだ。

 

「きゃあ!?」

 

 あ、デッドボールだ。しかも、よりによって胸に当たるなんて。

 

「……って、あぶなっ!?」

 

 静久に当たったボールは、その豊満な胸に勢いよく弾かれて鈴を強襲。鈴が反射的に避けると、ボールはセンター方向にまで飛んで行ってしまった。

 

「ごめん」

 

 鈴がきちんと謝る。そこまで強い球でもなかった気もするけど、静久は大丈夫かな。

 

「水織先輩、大丈夫ですか!?」

 

「だ、大丈夫よ加納君。びっくりしたけど、全然痛くなかったわ」

 

 突然の出来事に呆けている感じだったけど、どうやら大丈夫そうだ。

 

「えっと、この場合は一塁に進めば良かったのよね」

 

「……いや、二塁だ」

 

 その時、球審を務めていた斎藤さんがそう告げる。デッドボールは一塁進塁のはずだけど。

 

「島ルールだ。打者のおっぱいに当たったボールがその勢いで外野まで到達した場合、エンパイトルツーベースとなり、それぞれ二塁進塁が認められる」

 

 つまり、静久が一気に二塁まで進み、それに押される形で俺が一塁から三塁へ。そして二塁の鴎が一気に生還する形となるわけか。

 

「おお、やったよー!」

 

 島ルールの適応によって生還した鴎が喜びを爆発させながら本塁を踏む。更にワンアウト二、三塁と、一気にサヨナラのチャンスを迎えた。

 

 

 

『これで5-5。鳥白島チャーハンズ、ついに同点に追いついたぞ!』

 

 のみきが試合経過を報告すると、会場がそれに応えるように盛り上がりを見せる。

 

『これはリトルバスターズは一転、サヨナラ負けの大ピンチですね』

 

『続くバッターは8番の紬だな。静久に続いて、おっぱい打法で試合を決めることができるか、見ものだな』

 

「紬ー、決めてちょうだい!」

 

 二塁から静久がそう叫ぶ。

 

「ハイ! シズクを必ず生還させてみせます!」

 

 静久を含めた大声援を受け、紬がそう返事をしていた。というか、三塁の俺が生還すればサヨナラ勝ちなんだから、二塁の静久が生還する必要はないんだけど。

 

「いくぞ、つむぎゅ!」

 

 鈴は一瞬三塁の俺を見た後、紬の方を見据えて投球モーションに入る。

 

「……えい!」

 

「むぎーーー!」

 

 ……一球目、ファール。

 

「うりゃっ!」

 

「むぎゅ!」

 

 ……二球目もファール。三球目も同じく。すごい。紬頑張れ。

 

 まるで静久の打席をもう一度見てるみたいだった。さすが静久の一番弟子だった。

 

「むぎーーー!」

 

 粘りに粘った紬だったけど、六球目を打ちあげてしまい、セカンドの佳奈多が捕球する。惜しい。これでツーアウトだ。

 

 ……よし、ここは勝負だ。

 

 かなり深めの位置でボールが捕球されたのを見て、俺は三塁を飛び出した。秘かに狙ってはいたし、これならフライの間に、十分にホームを狙えるはずだ。

 

「おおっ、加藤さんとこの、本塁へ走ったぞ!」

 

「いいぞ、いけー!」

 

 俺の動きを見てか、観客席からもの凄い声援が聞こえてきて、俺を後押ししてくれる。

 

「させないわ……直枝、しっかりと構えていなさい!」

 

 それを見た佳奈多はすぐさまボールを持ち変えると、恭介に劣らぬ速度でホームへ返球してきた。これは、ギリギリの勝負になりそうだ。

 

 だけど、ここまで来たら俺だって引き下がれない。意を決してホームベースへ滑り込む。

 

「うおおおおおっ!」

 

 理樹との壮絶なクロスプレーだった。本塁へ飛び込むと同時に砂埃で視界が覆われ、一瞬何も見えなくなる。

 

 

 

「……本塁タッチアウト! スリーアウト! チェンジ!」

 

 ……球審の斉藤さんは、冷静にそうジャッジを下していた。

 

「エラーしちゃった責任は取らなきゃね」

 

 その判定を聞いて、佳奈多は誇らしいなような、どこか安心したような顔をしながら、ベンチへ戻っていった。

 

 俺たちの反撃は、惜しくも同点止まりだった。くそ、もう少しだったのに。

 

 

 

「……羽依里、惜しかったね」

 

 ベンチに戻ると、しろはが慰めに来てくれた。

 

「ありがとう。しろはの言葉、届いたよ」

 

「あ、あれは別に大した意味はなくて、藍に言われたから仕方なくだし!」

 

「うんうん。わかってるわかってる」

 

「絶対わかってないし!」

 

 わたわたと説明をしてくれるしろはに笑顔で返事を返す。うん。微笑ましい。

 

『……鳥白島チャーハンズが土壇場で同点に追いつきました。これから10分間の休憩をはさんで、試合は延長戦に入ります……』

 

 気がつけば、そう放送がかかっていた。

 

 0-5の絶体絶命の状況から、皆の力でなんとか延長戦まで持ち込むことができた。

 

 もう少しでリトルバスターズを超えられるかもしれない。あと少しだけ、皆の力を貸して欲しい。

 

 

 

           1 2 3 4 5 6 R

 リトルバスターズ  0 3 2 0 0 - 5

 鳥白島チャーハンズ 0 0 1 2 2   5

 

 

 

第三十七話・完




第三十七話・あとがき

おはこんばんちわ。トミー@サマポケです。

今回は野球の練習試合の続きとなりました。
試合内容に終始しているので、あとがきで書くこともあまりないのですが、鳥白島チャーハンズの皆が、ある時は一度沈みかけた気持ちをもう一度奮い立たせて、ある時は特別ルールや島ルールを駆使して、あの手この手で反撃していく様子を楽しんでいただけたら幸いです。

試合中盤以後、怒涛の反撃を見せ、土壇場で同点に追いついた羽依里君たちですが、この後の展開も楽しみにされてください。

今回も、最後まで読んでいただいてありがとうございました!
感想など頂けましたら、泣いて喜びます。
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