Summer Pockets #2   作:トミー@サマポケ

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第四十四話 8月28日(前編)

 

 ……朝。

 

 今日も夏海ちゃんの声で起こされ……ない。自然に目が覚めた。

 

「……あれ?」

 

 壁の時計を見てみると、いつも起きる時間とそこまで変わらない。今日の遊園地が楽しみで早く目が覚めた……ってわけでもないみたいだ。

 

「えーっと」

 

 寝ぼけている頭をゆっくりと動かしていく。何かおかしいような。

 

 ……そうだ。布団がやけに狭いんだ。妙にあったかい気もするし。

 

「……あれ、まさか」

 

 そこで俺はある答えに辿り着き、ゆっくりと布団をめくってみる。

 

「くー、すぴー」

 

 そこでは、夏海ちゃんが俺にくっつくようにしながら、気持ち良さそうに寝息を立てていた。

 

「は!?」

 

 なんか、前も同じようなことがあったような。

 

 また夜中にトイレに起きて、そのまま俺の布団に潜り込んじゃったんだろうか。

 

 何にしても、これはあらぬ疑いをかけられる前に、一度部屋から出た方が良さそうだ。

 

 そう思い立って、夏海ちゃんを起こさないようにゆっくりと布団から抜け出す。そのまま慎重に部屋のふすまに手をかけた……その時。

 

「羽依里君、そろそろ起きないとラジオ体操に遅れる……よ?」

 

 目の前でふすまが開き、笑顔の鏡子さんが顔を覗かせた。

 

「あら……?」

 

 その笑顔のまま、鏡子さんが固まる。これはまずい。お約束の流れだ。

 

「ああ……夏海ちゃん、昨日は夜遅くまで七影蝶を取りに行ってたみたいだしね。帰ってきたのは良いけど、力尽きちゃったんだね」

 

「え? 七影蝶がなんです?」

 

 予想外の反応だった。呆気にとられている俺を尻目に、鏡子さんは俺の隣を抜けて、夏海ちゃんの横に座り込む。

 

「ほら、夏海ちゃん。朝だよ。起きないと」

 

 そしてその肩を優しくゆする。

 

「うみゅ……おはよーございます……」

 

 夏海ちゃんはすぐに目を覚ましたみたいで、ゆっくりと身体を起こして布団の上に正座をし、ぶるぶると頭を振っていた。まだ眠たそうだけど。

 

「ふぁ……。私、また羽依里さんの部屋で寝ちゃってましたか?」

 

 そして部屋の中を見渡しながら、あくび交じりにそう言う。

 

「うん、驚いたよ」

 

「……ごめんなさい。驚かせちゃいましたよね」

 

 すぐに俺の姿を見つけたらしく、申し訳なさそうに苦笑する。

 

「いや、それはいいんだけどさ」

 

 鏡子さんに見つかった時は、いつものような騒ぎになるとばっかり思っていたから、ちょっと拍子抜けしてしまったけど。

 

「ところで、夜に七影蝶がどうとかって言ってたけど……どういうこと?」

 

「それはその、昨日も夜中に少し、七影蝶を採りに行っていたので」

 

「え? 採りに? 七影蝶を?」

 

「……あれ? 言ってませんでしたっけ」

 

「……初耳なんだけど」

 

「私、七影蝶のカタマリなので、時々七影蝶を補充しないといけないというか、夜中になると無性に欲しくなるんですよ」

 

 夜中にちょっとお菓子が食べたくなるんです。みたいな感じで言わないでほしい。

 

「あ、もしかして、夏海ちゃんが時々寝坊してたのって」

 

「……はい。夜中に七影蝶を探して出歩いていたからです。この島に来てから、ちょくちょく採りに行ってましたから」

 

「そうなんだね」

 

 言われてみれば、結構寝坊してた気がする。その時は単に疲れたか、夜更かししたのかな……くらいにしか思ってなかったけど。

 

「もしかしてその原因って、俺のバイク事故の影響で夏海ちゃんの七影蝶が減っちゃったから?」

 

「いえ、それは関係ないです。以前から、食堂の帰りとか、肝試しの時とか、こっそり採りに行っちゃってましたし」

 

 イタズラが見つかっちゃった風な顔で言っていた。夏海ちゃんにとっては自然なことだったんだろうか。

 

「でも、七影蝶を捕まえるとすごく安心するんですけど、その代わりにすごく眠くなっちゃうんですよね。えへへ」

 

「それで、俺の布団に潜り込んできたと」

 

「そうなんです! 頑張って帰ってきたんですけど、あと少しというところでどうしても耐えられなくなって……その、ごめんなさい」

 

「いや、理由がわかったら別にいいんだけどさ」

 

 夏海ちゃんの朝寝坊に、まさかそんな理由があったなんて。

 

 やっぱり、それだけ夏海ちゃんという存在を維持するのは大変ってことなんだろうか。

 

「……ところで二人とも、そろそろ準備しなくて大丈夫? 今日は最後のラジオ体操があるんだよね?」

 

「「え?」」

 

 鏡子さんに言われて、俺と夏海ちゃんは同時に時計を見る。

 

「……まずい、もうこんな時間だ!」

 

「本当です! 急いで準備しないと!」

 

 俺たちは慌てて起き上がって、すぐに身支度を始めた。今日は遊園地もあるし、朝から色々と慌ただしくなりそうだった。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 朝から騒がしく鳴きはじめた蝉たちの声を聞きながら、住宅地を抜けて神社に到着する。

 

「皆、おはよう」

 

「おはようございます!」

 

「ちーっす」

 

「よう」

 

 既に境内には少年団の皆が集合していた。他にも鴎や紬の姿もあったけど、今日はしろはや静久の姿はなかった。

 

「紬、確か静久は今日、本土の港で待っていてくれてるんだよな」

 

「そですね! 向こうで皆さんをお待ちしているそうです!」

 

 紬は朝の太陽に負けないくらいの笑顔だった。やっぱり、皆でお出かけできるのが楽しみなんだろうか。

 

「羽依里、昨日の水織先輩の話、ちゃんとしろはに伝えたわよね?」

 

 その時、空門姉妹がこっちにやってきながら、そう話しかけてきた。

 

「ああ、夕飯を食べに食堂に行ったとき、ちゃんと伝えたよ。チケットだって渡したし」

 

「羽依里さんのことですから、しろはちゃんと遊園地デートしたいとか言ったんじゃないですか?」

 

「い、言ってないし」

 

 俺の下心は、藍に思いっきり見抜かれていた。というか、具体的すぎる。食堂に盗聴器でも仕掛けられてるんじゃないだろうか。

 

「いやー、爽やかな朝だぜ」

 

「そうだな。これほどまで朝日が美しいと感じるのは、いつ以来だろうか」

 

 そんな俺たちから少し離れたところでは、良一と天善が朝日を浴びながら清々しい表情をしていた。昨日で宿題も終わったし、色々なしがらみから解放されたんだろう。

 

 やっぱり、この後に楽しみが控えているということもあって、皆どこか浮足立っているように思えた。

 

「お前ら―! この夏最後のラジオ体操を始めるぞー!」

 

 その時、ラジオ体操大好きさんがやってきた。最後のラジオ体操を前に、当人も気合十分。これは俺たちも全力で応えないといけなさそうだ。

 

 

 

 

「よーし、今日のラジオ体操はここまでーーー!」

 

「「ありがとうございましたーーー!」」

 

 子供たちに混ざって、俺たちも精一杯大きな声でお礼を言っていた。ラジオ体操大好きさんも、最後の方は声が枯れていたし。全てを出し切った感じだった。

 

「それじゃ、皆勤賞の景品を配るぞー! スタンプカードを持ってきてくれ!」

 

 どうやら、今日はログボはないらしい。代わりに、皆勤賞の子に温泉の素が渡されていた。キャンプに行った関係で皆勤賞を逃した俺たちは、その光景を遠巻きに眺めるしかなかった。

 

「すごいですねこれ。熊が出るので誰も入れない秘湯のもと……ですか?」

 

「うん。すごいでしょ」

 

 景品を手にした堀田ちゃんと夏海ちゃんが話をしていた。よくある、どこか有名温泉地を模した入浴剤かと思ったら、何か違うらしい。

 

「……熊が出るんなら、その熊を倒せるような人じゃないとその温泉には入れそうにないね」

 

「おいおい」

 

 冗談を言ってみたら、堀田ちゃんに突っ込まれた。しろはのじーさんとかなら、熊とも戦えそうな気がするけど。

 

 

「よーし! 続いて、準皆勤賞だ!」

 

「え、準皆勤賞?」

 

 聴き慣れない単語だった。その後の説明によると、スタンプが一つ足りない子にも特別に景品があるとのことだった。

 

「おお、まさに俺たちだそうだな!」

 

 良一が声を弾ませる。確かに、俺たちが該当していた。

 

 俺たちはラジオ体操大好きさんにスタンプカードを見せた後、手のひらサイズの箱を受け取る。

 

 試しに箱を開けてみると、中には小さな置物が入っていた。なんだろうこれ。

 

「これはもしや、温泉の置物じゃないか!?」

 

 中身を確認するや否や、天善が大きな声を出していた。先日のガチャポンの時もそうだったけど、天善ってこういうミニチュアみたいなのが好きなんだろうか。

 

「天善、詳しいのか?」

 

「ああ、これは日本各地の温泉地に売られている置物でな。人気温泉地のものになると品薄になり、なかなか手に入らないらしい」

 

 よく見てみると、ご当地キャラクターらしい黒い熊や緑の鳥が温泉に入っている。隅の方には『黒川』と『湯布院』とか地名が書かれていた。

 

「これを風呂場に置いておくと、幸せが舞い込むらしいぞ」

 

 天善が笑顔でそう言っていた。よくあるパターンたけど、せっかくだし加藤家の風呂場に置いておこう。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「それじゃ、また港でねー」

 

「遅刻したら、置いていくからなー!」

 

 皆とそんな挨拶を交わしてから、加藤家へと帰宅する。

 

「羽依里さん、朝ごはんどうしましょう」

 

 玄関にスタンプカードを置くと、心配そうな顔をしながら、夏海ちゃんがそう聞いてきた。

 

「そっか。しろはたちは元の家に帰っちゃったし、朝ごはんはまた夏海ちゃんにお願いしないといけないのか」

 

「そうなんですよ。今日はログボもないですし、私も頭を悩ませてるんです」

 

 夏海ちゃんは準皆勤賞でもらった温泉の置物をてのひらで弄びながら、そう言う。

 

「……そうだ。昨日、しろはのじーさんから手伝いのお礼に沢山の品物を貰ったよね。それを朝ごはんに使えないかな」

 

「あ、それがありましたね!」

 

 それを聞いた直後、夏海ちゃんは胸の前でポンと手を叩いて、急ぎ足で台所へ向かっていった。

 

 俺は特に手伝えることもないので、居間で朝食ができるのを待っていた。

 

 

 

 

「お待たせしました! 今日はそうめんチャーハンです!」

 

「え、そうめん!?」

 

 夏海ちゃんが満面の笑みで運んできてくれたそれを、俺は二度見してしまった。それくらい、真っ白なチャーハンだった。

 

「夏海ちゃん、これ、お米使ってないんじゃない?」

 

「はい! たくさん残っていたそうめんを細かく砕いて、ごま油でぱらっぱらに仕上げてみました!」

 

「でも夏海ちゃん、これじゃまるで焼きビーフ……」

 

「チャーハンです!」

 

 即答された。それにしても、じーさんから貰った品はそうめんの他にも、サバの缶詰やなめこの瓶詰とかあったはずだ。なんでよりによって、そうめんなんだろう。

 

「チャーハンなんです!」

 

 夏海ちゃんはすっかりチャーハンモードみたいだった。笑顔だけど怖い。

 

「わ、わかったよ。そうめんチャーハン、おいしそうだね」

 

「ですよねですよね。今日も自信作ですよ!」

 

 ニコニコ顔のままエプロンを外して、俺と向かい合って食卓につく。昨日の今日であれだけど、しろはたちがいないだけで、すごく寂しくなってしまった気がする。

 

「それじゃ、いただきまーす」

 

 夏海ちゃんもそれを感じ取っているのか、努めて賑やかに振る舞ってる気がする。俺も挨拶をして、そうめんチャーハンをスプーンですくい、口に運ぶ。

 

「あ、美味しい」

 

 夏海ちゃんの言う通りにパラパラだった。良い感じに胡麻油の香りが鼻に抜ける。

 

「美味しい、けど……」

 

 具材としてタマネギやニンジンが入っているし、見た目からして香りからして、どうしても焼きビーフンだった。

 

「そうめんチャーハン、美味しいですね」

 

「……うん。美味しいね」

 

 色々と気になる部分はあったけど、この際目をつぶろう。これはチャーハンなんだ。

 

 

 

 

 朝食を済ませた後、俺たちはそれぞれの部屋で外出の準備をする。

 

「……うん。こんなものかな」

 

 準備と言っても、いつもより少しだけ洒落っ気のある服を着て、水着やタオルが入った鞄を用意した後は、財布を持つくらいのものだった。

 

「羽依里さーん、準備できましたかー?」

 

 その準備も終わった頃、ふすまの向こうから夏海ちゃんの声がした。

 

「うん。今終わったところだよ」

 

 その声に返事をしてふすまを開けると、廊下に夏海ちゃんが立っていた。いつもよりおしゃれしてる感じで、珍しくスカートを履いていた。

 

 そしていつも大事なものを入れてるポーチを持って、ナップザックを背負っている。たぶん、あっちに水着とか入れてるんだろう。

 

「夏海ちゃん、似合ってるね」

 

「えへへ、ありがとうございます!」

 

 そしていつもと違う格好だけに、どうしても左手の包帯に違和感がある。

 

「それじゃ、先に玄関で待ってますね! 羽依里さん、遅れないでくださいよ!」

 

 夏海ちゃんはそう言うと、ぱたぱたと廊下を走っていった。

 

「ふふ、ものすごく楽しみにしてるみたいだね」

 

 その時、手にほうきを持った鏡子さんが廊下を通りかかった。

 

「遊園地、楽しんできたらいいよ」

 

「ありがとうございます。それで、あの……一つ聞きたいことがあるんですけど」

 

「え、何かな?」

 

 立ち去りかけた鏡子さんが、そう言って振り返る。

 

「夏海ちゃん、島から出たりしても大丈夫なんですか?」

 

 遊園地を楽しみにしてるし、言い出せなかったんだけど……何故か、妙な不安があった。

 

「……大丈夫だと思うよ。日帰りだしね」

 

 鏡子さんは笑顔でそう断言してくれた。すごく頼もしく、安心できる笑顔だった。

 

「羽依里さーん! まだですかー?」

 

「ほら、夏海ちゃんが呼んでるよ。そんなこと気にしないで、思いっきり楽しんできて」

 

「……わかりました。行ってきます」

 

「うん。いってらっしゃい」

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 港についてみると、他の皆は全員集まっていて、乗船ゲートの近くで談笑していた。

 

「あ、やっと来たよ」

 

「もう、二人が最後よー」

 

 乗船券を買ってからその輪に加わると、一番にそう言われた。まだまだ出港まで余裕があるし、俺たちが遅いんじゃなくて、皆が早いんだと思うんだけど。

 

「あ、夏海ちゃんもかわいーじゃない」

 

「ありがとうございます! 蒼さんも素敵です!」

 

 蒼が夏海ちゃんの服装を見ながら目を細めていた。本土への外出ということで、やっぱり皆の服装も気合が入っている感じだ。

 

 空門姉妹は髪型をそろえて、色違いのワンピースを着ていた。蒼のあの服って、確かデートの時にウニクロで買った奴じゃなかったっけ。

 

「二人とも、今日は髪型も揃えたんだな」

 

「外出スタイルですよ。遊園地で乗り物を楽しむんですから、この髪型がちょうどいいんです」

 

「いつもの藍の髪型だと、絶叫マシンとか乗ったら一発でボサボサになりそうだもんねー」

 

 そう笑い合う二人の足元を見ると、イナリが居た。

 

「おおイナリ、お前は見送りか?」

 

「ポン!」

 

 さすがにイナリはついて来ないんだろう。なんだかんだで、野生動物だし。

 

「むぎぎぎぎぎ」

 

 その時、背後からまるで野生動物のような声が聞こえてきた。

 

「紬、朝からすごい顔してどうしたの」

 

 振り返ってみると、紬が唸っていた。

 

「ナツミさんが可愛くて、ヤキモチを焼いています。むぎぎぎぎ」

 

 そう頬を膨らませる紬は控えめのフリルがついた洋服を着て、髪をポニーテールにしていた。その髪を結ってる青いリボンは確か、以前お出かけした時にプレゼントしたやつだ。

 

「いや、紬も十分可愛いと思うけど」

 

「むぎゅ!?」

 

 ぼん、という音が聞こえてきそうな勢いで耳まで真っ赤になった。

 

「そ、そういう風に言われると、照れてしまいます。むぎゅ~……」

 

 紬は恥ずかしそうに視線を泳がせる。顔は赤いし、髪は金色だし、リボンは青いし。色々とカラフルだった。

 

「女連中は色々と大変そうだよなー」

 

 お互いのファッションについて楽しそうに話す女性陣を遠巻きに見ながら、良一がそう口にする。

 

 そんな良一はワイシャツの上に一枚上着を羽織っただけの、割と普通のスタイルだった。

 

「良一、その格好で行くのか? とっさにパージできないぞ?」

 

「島の外じゃ、ほいほいパージなんてしねーよ! 変態じゃねーか!」

 

 良一はそう憤慨する。でも、きちっと服を着た良一なんて、違和感しかないんだけど。俺がおかしいのかな。

 

「いつもと同じ格好で出かけようとしたところ、妹に止められたと聞いたが」

 

「そうなのか……え!?」

 

 相槌を打ちながら天善の方を見て……俺は絶句した。天善が普通の服を着ている。卓球のユニフォーム姿じゃない。

 

「鷹原、どうした?」

 

「い、いや……」

 

 思わず、まじまじと見てしまう。白いワイシャツに、黒地のズボン。至って普通なんだけど、めちゃくちゃ違和感がある。登校日に見た、制服姿以上だ。

 

「その……今日はラケットを持っていないと思ってさ」

 

 続く言葉を見つけるのが難しくて、俺はそう話題を変えてみた。

 

「いや、持っているぞ」

 

 そう言うと、天善は持っていた鞄の中からラケットを取り出す。まさかと思ったけど、やっぱり持ってた。

 

「ラケットは二つあるから、船やバスで暇になったら言ってくれ」

 

 言ったらどうなるんだろう。場所を問わず、一緒に卓球をするんだろうか。それはそれで嫌だ。

 

「……まったく、天善は本当にブレないな」

 

 そうため息混じりに言うのはのみきだった。小さなポーチと一緒に、水着が入っているらしいナップザックを背負っている。奇しくも、夏海ちゃんと似た格好だった。

 

「のみきの私服姿も珍しい気がするな」

 

「そ、そうか? まぁ、島だとあまり着ることはないがな……」

 

 のみきは顔を赤面させて、これまた目を泳がせていた。

 

 ちなみにその服装は、緑を基調としたパステルカラーのTシャツに、ハーフパンツ姿だった。島だと制服のイメージが強いんだけど。

 

「羽依里、私は?」

 

 その時、のみきの後ろから鴎が出てきて、俺の前でくるりと回ってみせる。

 

 鴎は白を基調としたワンピースに、同系色でつばの大きい帽子をかぶっている。そのコーディネートに鴎の黒髪が映えて、すごくきれいに見えた。

 

「似合ってるけど、ますますカモメっぽくなったぞ」

 

「えええ、その言い方ひどいんだけど」

 

 正直なことを言うと、鴎は普段黒っぽい服が多いから、今日の服装は新鮮だった。

 

「羽依里ー、そんな言い方してると……」

 

 鴎は悪戯っぽい表情を浮かべながら、胸元から青い石のついたペンダントを引き出す。あれは鴎とのデートの時、プレゼントしたやつだ。

 

「しろしろにこのペンダントのこと言っちゃおうかなー」

 

「そ、それだけは勘弁してくれ」

 

 そう言えば、鴎とのデートの内容はしろはに筒抜けだったけど、そのペンダントのことはしろはも知らないみたいだったし。今、このタイミングで話されたら困る。

 

「どーしよっかなー」

 

「え、私がどうしたの?」

 

「おわっ」

 

 鴎がペンダントを指先で弄んでいると、唐突にしろはが現れた。

 

「鴎、そのペンダント綺麗だね。何の石がついてるの?」

 

「お、教えてあげないよ! じゃん!」

 

 不意を突かれた鴎は慌ててペンダントをしまい込み、そのまま器用にスーツケースに寄りかかるようにしながら、俺たちのそばから離れていった。

 

「……?」

 

 しろははそんな鴎を首をかしげながら見送る。あのスーツケース、ああやって逃げる時にも使えるのか。やっぱり便利だな。

 

「……それより、やっぱりしろはの服装が一番だな」

 

「そ、そう……? 普通だよ?」

 

 俺は改めてしろはの服装を見てみる。しろはは薄い青色の服を着ていた。確か、カシュクール・ワンピースとかいうやつだっけ。

 

 髪色と服の組み合わせもあるんだろうか、露出は多くないのにすごく涼しげで、いつも以上にかわいく見える。

 

「なんだかんだ言って、やっぱり自分の彼女が一番可愛く見えるのよねー」

 

「当然だろ」

 

 笑顔の蒼からそう言われ、俺はつい、正直に答えてしまっていた。

 

「……出発前からお腹いっぱいになるんですけど」

 

「本当、朝から焼き鳥になるよ!」

 

 藍や鴎がそう言って茶化してくる。しまった。墓穴を掘った。

 

 

『……宇都港行き、間もなく出港いたします。お乗りの方はお急ぎください』

 

「ほら皆、そろそろ船に乗らないと」

 

 その時、そうアナウンスが流れた。これは天の助けだ。

 

「そうだな。ここで乗り遅れるわけにはいかないぞ。皆、急げ」

 

 のみきの言葉を皮切りに、俺たちは次々と船に乗り込んでいく。

 

「それじゃイナリ、あたしたちがいない間、しっかりと島の平和を守るのよ!」

 

「ポーン!」

 

 最後にイナリにそう託して、蒼が船に乗り込む。しばらくしてタラップが外されて、船はゆっくりと島を離れていった。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 船に乗り込んだ俺たちは、到着までの時間をデッキで過ごすことにした。

 

 船室は冷房が効いてるんだけど、これだけの人数だ。他のお客さんの迷惑になっても悪いし。

 

「おお、いい良い風だ」

 

「気持ちいいですね!」

 

 今の時間ならそこまで日差しも強くないし、風もあって涼しい。夏海ちゃんはそんなデッキの柵に掴まって、海の方を眺めていた。

 

 海面は日の光を受けてキラキラと輝き、たくさんの海鳥が船の後を追うように飛んでいる。

 

「ほら鴎、島の仲間が見送ってくれてるぞ」

 

「……むぅ。羽依里、やっぱりしろしろにペンダントのこと……」

 

「じょ、冗談だよ。許してくれ」

 

 鴎は胸元からチラチラとペンダントを見せてくる。しばらくはこのネタを引っ張られそうだ。

 

「そ、それにしても鴎、お前はやっぱりそのスーツケース持って遊園地に行くんだよな」

 

「もちろん!」

 

 だから俺は急いで話題を変えた。船の上だから今のところ違和感はないけど、このスーツケースが遊園地を闊歩する姿を想像したら、違和感ありまくりだった。

 

「あの、鴎さん、良かったら一緒に船の中を探検しませんか?」

 

「いいよー。なっちゃん、一緒に探検しよう!」

 

 その時、夏海ちゃんにそうお願いされて、鴎は嬉々として船内へと向かっていった。夏海ちゃんもすごく楽しそうにしてるし、邪魔しちゃ悪いかな。

 

 改めてデッキを見渡してみると、他の皆はデッキの各所に散らばって、思い思いに過ごしていた。

 

 普段、船に乗る時は一人だし。同じ船にこれだけ顔見知りが乗ってるっていうのは、不思議な感覚だった。

 

「……羽依里、物思いにふけってどうしたの?」

 

 その時、しろはが俺の隣にやってきた。その拍子に爽やかな海風がしろはの髪を撫でていく。

 

「いや、俺って島に行くときか、本土に帰るときしか船を使わないからさ。これだけ知った顔がいると、不思議な感じなんだ」

 

「その気持ち、少しわかるかも。私もいつも学校行くときに皆と船に乗ってるけど、今日はまた特別な感じがするし」

 

「あ、やっぱりしろはもそうなのか」

 

 この夏、本土には何度か出かけたけど、最後の最後に皆で外出するなんて思わなかったし。

 

「その……しろは、せっかくの遊園地だし、楽しい思い出作ろうな」

 

「……うん」

 

 俺としろはは他の皆に気づかれないようにこっそりと手を繋ぐ。お互いに何も喋らないけど、何故か心地いい。そんな時間が、ただただ過ぎていった。

 

 

 

 

『……まもなく宇都。宇都港に到着いたします。お降りの方はお忘れ物のありませんようーー』

 

 やがてそうアナウンスが流れ、船はゆっくりと速度を落としていく。名残惜しいけど俺たちも手を放して、下船の準備を始めた。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「皆、こっちよー」

 

 船から降りると、すぐ近くの案内板の前で静久が待ってくれていた。

 

「やっとシズクに会えましたー!」

 

「私も会いたかったわ。紬―――!」

 

 そんな中、一番に紬が静久の大きな胸に飛び込んでいった。静久も全力でむぎゅーっとしていたし、まさに感動の再会だった。

 

「相変わらず、仲が良いわねー」

 

「あの二人はズッ友だからな」

 

 そんな二人を、仲間たちは笑顔で見つめていた。ここは港だし、めちゃくちゃ人の往来が激しいんだけど。他人の目なんて、全く気にしていない様子だった。

 

 

 

 

「さぁ皆、宇都山ハイランド行きのバスはこっちよ」

 

 ひとしきり紬成分を補充したらしい静久に案内されて、以前ショッピングモールに向かった時とは反対方向に向かって歩く。

 

 歩くこと数分で、大型のバスが停められた港の駐車場に到着した。

 

「皆、チケットを用意して。これを見せれば、無料で乗せてくれるわ」

 

 静久に指示された通りに、俺たちはチケットを取り出してバスの運転手さんに見せる。運転手さんはそのチケットに確認のスタンプを押して、席へと案内してくれた。

 

「お客様、そのスーツケースをお預かりしてよろしいでしょうか?」

 

「あ、よろしくお願いしまーす」

 

 俺が席に座った頃、鴎がそう声をかけられていた。いくら大型バスとはいえ、さすがにスーツケースを持っては乗れないだろうし。

 

「鴎、大丈夫か?」

 

「バスの乗り降りくらいなら大丈夫だよー。よいしょっと」

 

 鴎は座席の一部に掴まりながら、バスに乗り込んできた。

 

 一方、預けられたスーツケースにはタグが取り付けられ、バスのトランクルームへと運び込まれていった。

 

 

 

 

 やがて定刻になり、それなりの人数を乗せて、バスは宇都山ハイランドへ向けて出発した。

 

 バスには俺たちの他にも家族連れが何組か乗っていたけど、そこまでお客さんは多くはなかった。俺たちは奥の方に全員固まって座る。

 

 三人掛けが可能な一番奥の座席には、良一と天善が陣取る。その二人を見張るようにのみきが座り、それから手前の二人掛けの座席にそれぞれ、静久と紬、鴎と夏海ちゃん、藍と蒼、俺としろはという風に分かれていた。

 

「なっちゃん、たけやぶの里あげる」

 

「ありがとうございます!」

 

 バスが発車してすぐ、鴎が皆にお菓子を配り始める。夏海ちゃんは小分けにされた、たけやぶの里を受け取っていた。俺はどっちかっていうと、キノコの方が好きなんだけど。

 

「三口チョコパイもあるよ。アオアオ、パス!」

 

「ありがとー」

 

「アイアイや、その後ろののみきさんにも分けてあげてね!」

 

「りょーかい」

 

 後ろの席には、袋に入ったチョコ菓子を投げて渡していた。あれも美味しいよな。

 

「良一くんや天善くんには、ヤバネロチップスだよ!」

 

 続けて、空門姉妹の頭上を越えて、一番奥の二人に激辛チップスが渡された。あれは色々とヤバそうだ。

 

「ツムツムとズクズクには、一口ワタアメ! イチゴサンデー味!」

 

「ありがとうございます!」

 

 通路を挟んで斜め奥の二人にはワタアメが渡された。

 

「羽依里としろしろには、ぽっきーあげる!」

 

「サンキュー」

 

「鴎、ありがとう」

 

 鴎と通路を挟んで座っている俺たちには、ぽっきーが渡された。それにしても、鴎はあれだけのお菓子をどこに持っていたんだろう。スーツケース、預けちゃったはずなんだけど。

 

「せっかくだし、ポッキーゲームでもしたら?」

 

「「やらないから!」」

 

 鴎からそう言われて、二人同時に拒否していた。

 

「まったくもう、鴎も変なきょと言うよね」

 

 しろはは冷静を装っていたけど、舌が回ってなかった。

 

 その時、前の編みポケットに宇都山ハイランドのパンフレットが入っているのに気がついた。

 

「……そうだ。遊園地に着くまでの間、これでも見ていよう」

 

「そ、そうだね」

 

 ぽりぽりとぽっきーを食べながら、しろはと一緒にパンフレットに目を通す。

 

「……そういえば、羽依里は遊園地とかよく行くの?」

 

「いや、小さい時に行って以来だと思う」

 

 都会に住んでるからって、そういう場所に出かけていくかと言えば、そうじゃない気がするし。

 

「見て。メインはサンバカーニバルだって」

 

「え、サンバ?」

 

 しろはが指し示す所を見てみると、カラフルな服装をした男女の躍動感あふれる写真が載っていた。よくわからないけど、そういうテーマパークなんだろうか。

 

「フリーフォールに、バンジージャンプ……ジェットコースターは4種類もあるんだね」

 

「へぇ、絶叫マシンが多いんだな」

 

「山の上だから、景色もすごいらしいよ」

 

「そ、そうなんだ。でも正直、絶叫マシン苦手なんだけど……」

 

「え、何か言った?」

 

「いや、何でもないよ」

 

 思わず口から出た言葉を、慌てて誤魔化す。なんか、ひ弱な男と見られそうだし。

 

 そのまま窓の外に目をやると、バスは山道を登り始めていた。それっぽい看板も見え始めたし、そろそろ到着しそうだ。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「いらっしゃいませー。宇都山ハイランドへようこそー♪」

 

 バスを降りると、すぐに遊園地のスタッフが俺たちを出迎えてくれた。

 

 広めの駐車場には、開園したばかりだと言うのに結構な数の車が止まっていた。送迎バスに乗ってる人は少な目だったから、皆、自家用車で来るんだろう。

 

「あ、静久ー。来てくれたのね!」

 

 皆で入場ゲートの方に近づくと、スタッフの一人が声をかけてきた。

 

「皆、こちらがチケットをくれた先輩よ。先輩、今日はお招きありがとうございます」

 

 静久がそう言って紹介してくれる。俺たちも口々にお礼を言う。

 

「こっちもチケットを捌けて助かったわー。皆、楽しんでってね!」

 

「ありがとうございます」

 

 ……良かったな天善。先輩は女の人だったぞ。

 

「学生さんばっかりって聞いてたけど、小学生の子も何人かいるのね」

 

 先輩が夏海ちゃんとのみきを見ながら笑顔で言っていた。のみきには悪いけど、先輩の前だし、静久も苦笑いを返すしかなかった。

 

 

 ……その後、先輩から園内の設備や今回のチケットについて、色々と説明を受けた。

 

 それによると、このチケットは入場券に加えて、乗り物のフリーパスや昼食のバイキングチケットにもなるらしい。これってもしかして、普通に買ったらすごく高いチケットなんじゃないかな。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 入場ゲートをくぐって、いよいよ遊園地の敷地内に足を踏み入れる。テーマパーク独特の雰囲気を肌に感じて、自然と俺たちの気分も高揚してくる。

 

「……敷地の外周をぐるっと回ってるあれ、なんだろうね」

 

 しろはが言う方を見てみると、かなり高い所に何かレールが走っていた。形状的に、ジェットコースターじゃなさそうだけど。

 

「高さ15メートルの空中サイクリングらしいですね。山の上ですし、大パノラマを一望できるらしいですよ」

 

 藍がもらった園内マップを見ながらそう言っていた。あんなところで自転車をこぐのかな。

 

「しろは、後で一緒に乗ってみない?」

 

「えぇ……私、スカートだし」

 

「あれだけの高さですし、誰も気にしないと思いますけど。それでも恥ずかしいのなら、スパッツとか貸してくれるみたいですよ?」

 

「借りるほうが色々と恥ずかしいし!」

 

 恥ずかしがるしろはに、藍が澄まし顔でそう言っていた。

 

「まぁ、時間はたっぷりある。何に乗るか考える時間も楽しいものだぞ」

 

 そう言うのみきは手に撮レルンですを持っていた。あれで思い出の写真でも撮るんだろう。

 

「それじゃ、どれから回ろうかしらねー」

 

「やっぱり、一番は絶叫マシンですよね」

 

 藍の園内マップを覗き込みながら、空門姉妹が相談を始めた。

 

「身長制限も大丈夫そうですし、夏海ちゃんやみきちゃんも一緒にジェットコースターに行きましょう」

 

「はい!」

 

「い、いきなり行くのか……? お手柔らかに頼むぞ……」

 

 姉妹にそう誘われて、二人は正反対な反応を見せていた。夏海ちゃんは行く気満々みたいだけど、のみきは絶叫マシン苦手なのかな。

 

 でも、夏海ちゃんは蒼たちに任せて良さそうだ。それなら俺は心置きなくしろはと遊園地デートを……。

 

「しろはちゃんも一緒にジェットコースター乗りましょう。ウルトラちびもすタイフーンらしいですよ」

 

「え、私はいいよ」

 

「いいからいいからー」

 

「えへへ、何事も挑戦ですよ! しろはさん!」

 

「そうです。せっかく乗り物のフリーパスまでついてるんです。乗らないと損ですよ」

 

 タイミングを見てしろはに声をかけようとしたけど、しろははそれより一足早く、ジェットコースター組に連れ去られてしまった。

 

「紬、私たちも色々と見て回りましょう。向こうにぬいぐるみ館があるらしいわ」

 

「おおー、それは気になります!」

 

 そんな話をしながら、紬と静久も人混みに消えていってしまった。結局、その場には男三人が残される。

 

 

 

「……で、いきなりどうするんだ、この状況」

 

「どうすると言われてもな……」

 

 正直、遊園地に来ること自体が久しぶりだ。それ以前に、男友達と遊園地に来るのは初めてだし。どうすればいいのかわからない。

 

 こういう時、行動力のある女子が羨ましく感じる。

 

「せっかくフリーパスあるし、何か乗り物でも乗るか……?」

 

 そんな話をしながら、園内マップに目を通していた……その時。

 

「「レッツ、サンバーーー!」」

 

 そんな掛け声と陽気な音楽に乗せて、派手派手な衣装に身を包んだ人たちがサンバを踊りながらこっちにやってきた。

 

 中央に設置されたステージで定期的に行われるショーがメインらしいけど、時間帯によっては、ああやって園内を踊り歩くらしい。

 

「なんか、すごい熱気だな」

 

「お、飛び入り参加OKらしいぜ」

 

 その集団を見た良一が、目を輝かせながらそう言っていた。

 

 よく見ると、踊りの集団の中には明らかに素人っぽい人たちも混ざっている。

 

「行こうぜ、羽依里!」

 

「いや、そんな笑顔で言われても、俺は行かないから」

 

「なんだよ。釣れねーやつだな」

 

 良一は参加したくてたまらないみたいだ。今にも駆けだしそうな感じだ。

 

「係員さんに言えば、衣装も貸してくれるんじゃないか?」

 

「衣装なんかなくても、俺は行くぜ! んんんーーー、パーーージ!」

 

「え、おい!」

 

 良一はそう言うと、着ていた服を乱暴に脱ぎ捨てて上半身裸になり、そのまま踊りの輪の中へと飛び込んでいってしまった。

 

「のみきが居なくなったとはいえ、いくらなんでもパージ早すぎだろ……」

 

 俺は脱ぎ捨てられた衣服が邪魔にならないように、適当に拾って近くのベンチに畳んで置いておく。

 

 そして今の騒ぎに紛れて、天善も居なくなってしまっていた。どこ行ったんだろう。

 

「さて、どうしようかな……」

 

 結局一人になってしまった。遊園地に来て早々、途方に暮れる。

 

 しろはたちが終わるまで、ジェットコースターの出口で待っていようかな。俺はオカルトは得意だけど、絶叫マシンは苦手だし。

 

「……あれ、羽依里は皆と乗り物乗らないの?」

 

 園内マップを見ながら、しろはたちが向かったジェットコースターはどれだったっけ……と頭を悩ませていると、背後から声をかけられた。

 

「あれ。鴎?」

 

「預けたスーツケースを受け取るのに時間かかっちゃってー。もう皆、自由行動になっちゃったの?」

 

 そういえば、鴎はスーツケースを荷物としてバスのトランクに預けた関係で、入場が遅れていたんだっけ。

 

「ああ、女連中は先にジェットコースターに乗るんだってさ」

 

「羽依里はしろしろと一緒に行かなかったんだ?」

 

「いや、俺は……その……」

 

 ごにょごにょと言葉を濁す。声をかけるタイミングを逃したなんて、恥ずかしくて言えない。

 

「よーし、それじゃ、しろしろたちが戻ってくるまで、一緒に乗り物に乗って時間をつぶそう!」

 

「え、乗り物って……もしかしなくても、絶叫系?」

 

「もちろん! 向こうの方に、この夏登場したばかりのマシンがあるんだって!」

 

「……悪い鴎、実は俺、絶叫マシンとか苦」

 

「それじゃ、しゅっぱーつ!」

 

 ……鴎は全く話を聞いてなかった。俺は腕をがっしと掴まれて、そのまま最新のパイレーツマシーンに連れていかれてしまった。

 

「安全バーをしっかりと確認してくださいねー」

 

「はーい!」

 

「いや鴎、いくらなんでも最前列に座らなくても良いんじゃ」

 

「だって、先頭が一番楽しいよね!」

 

 鴎はニコニコ顔だった。ここまで来たら逃げられない。俺も覚悟を決める。

 

「それでは、いってらっしゃーい」

 

 担当の係員さんが笑顔で手を振る。それと同時に始動を告げるブザーが鳴り、巨大な船がゆっくりと動き出した。それはやがて巨大な波に揉まれるように、前後に激しく揺れ動く。

 

「びょおおおーーーー!?」

 

「うひゃーーーー! すごーーーい!」

 

 隣の鴎はめちゃくちゃ楽しそうにしていたけど、俺は生きた心地がしなかった。先頭怖すぎる。誰か助けて。

 

 

 

 

「……羽依里、大丈夫?」

 

「船酔いしたっぽい。ヨーソロー」

 

 アトラクションから降りた後、俺はその近くに設置されたベンチに突っ伏していた。

 

 まだ頭が前後に揺れてる。乗るんじゃなかった。まさに大後悔時代だ。

 

「お、俺のことは良いからさ。鴎は楽しんで来いよ」

 

「え、いいの?」

 

「ああ、どこかでしろはに会ったら、俺が探していたと伝えてくれ」

 

「じゃあ、アルティメットちるちるゴーランドに乗ってくる!」

 

 鴎はそう言いながら、半ばスキップしながら人混みへと消えていった。

 

 俺と違って、絶叫マシンでむしろ元気になっている気がした。さすが、冒険大好きなだけある。

 

 

 

 

「よ、よし、だいぶ落ち着いてきたぞ」

 

 少し休んで気分も良くなってきたので、園内を適当に見て歩くことにした。しろは、どこだろう。

 

 たくさんの親子連れが行き交う中を歩いていると、偶然コーヒーカップの近くに差し掛かった。軽快なメロディーに乗せて、カップかくるくると回っている。

 

「おおー、これはすごいです!」

 

 聞き覚えのある声がしたのでよく見てみると、その中に紬と静久がいた。カップの回転に合わせて、例のリボンで結われたポニーテールがくるくると回っている。

 

「あ、パイリ君よ!」

 

「タカハラさーん!」

 

 その二人も俺に気づいたらしく、笑顔で手を振ってくる。

 

 俺も思わず手を振り返すけど、こういうのって変に注目されて、少し恥ずかしかったりする。

 

 それにしても、紬ってこういうアトラクションがやけに似合うのはなんでだろう。本人に言ったら怒りそうだけど、なんとなく子供っぽいせいかな。

 

「二人とも、楽しそうだな!」

 

「楽しいですよー!」

 

「すごく勢いよく回ってるな!」

 

「回っていますよー!」

 

「このままだと、勢いよく飛び出しちゃうんじゃないか!?」

 

「飛び出しませんよー!」

 

「君は、ムテキなのー!?」

 

「ムテキでーす!」

 

 どこか懐かしいやり取りをしながら、回るカップを眺める。うん、勢いよく回ってる静久のカップも大きいし……って、何考えてるんだろう俺。

 

「ところで二人とも、しろは見てない!?」

 

「見てませんよー!」

 

「そっか……」

 

 どうやら、この辺りには来ていないみたいだ。楽しそうにしている二人にもう一度手を振ってから、俺はその場を離れた。

 

 

 

 

 再び園内を歩いていると、なんだか轟音が聞こえてきた。

 

 見てみると、緩衝材で区切られたコースの中を数台のゴーカートが疾走していた。安全のためにヘルメットもつけていて、なかなかのスピード感だ。

 

「すごいな、ゴーカートまであるのか」

 

 ちょうどレースが終了した所らしい。そのマシンたちがスピードを落としながら、俺の前に停車する。

 

「あ、羽依里さん!」

 

 そんな中、一位でゴールしたマシンから降りてきたのは、まさかの夏海ちゃんだった。

 

「夏海ちゃん、楽しんでるみたいだね」

 

「はい! 楽しんでます!」

 

 ヘルメットを外しながら、これ以上ない笑顔だった。満喫してるみたいで良かった。

 

「うーむ、エンジンの出力が同じならば、やはり、軽さが重要なのか……? 明らかにスピードで負けている……」

 

 ぶつぶつ言いながら、別のマシンからのみきが降りてきた。

 

「のみきも乗ってたんだ」

 

「藍も乗ってるのよー」

 

 そう声がした方を見てみると、コースの外に蒼がいた。

 

「藍がこういうのやるなんて、意外だな」

 

「……夏海ちゃんに誘われましたからね。やるからには本気だったんですが」

 

 ゴーカートから降りてこっちにやってきた藍は、ため息交じりにそう言う。どうやら二位でフィニッシュしたらしく、賞品でもらったシルバーメダルチョコを悔しそうにかじっていた。

 

「そうです! 羽依里さん、私と勝負しませんか?」

 

「え、勝負!?」

 

 その時、夏海ちゃんが俺の方を見ながらそう言ってきた。

 

「……いいですね。負けた方は、罰ゲームとしてバンジージャンプをやることにしましょう」

 

 ちょっと藍、何言ってるの。そんなのやめて。怖すぎる。

 

「ほ、ほら、もし夏海ちゃんが負けたら、可哀想だしさ」

 

「えー? 私、負ける気なんてありませんけどー?」

 

 余程自信があるんだろうか。夏海ちゃんは含みのある表情を見せる。

 

「いや、でもさ……」

 

「……あれ、もしかして羽依里さん、逃げるんですか?」

 

「え?」

 

「そうですね。きっと、夏海ちゃんに負けるのが恐いんですよ」

 

「そりゃそうよねー。相手は小学生だし? もし負けたりなんてした日には……」

 

 ……なんだろう。空門姉妹が露骨に煽ってきた。

 

「ちょ、ちょっと待って。そこまで言うなら、相手になるよ」

 

 その煽りに負けて、俺はつい、そう言ってしまっていた。罰ゲームは怖いけど、このまま勝負をせずに逃げたと思われるのも男として嫌だし。

 

「そう言ってくれると思っていました。それでは羽依里さん、私のヘルメットをどうぞ」

 

 俺の返事を待っていたかのように、藍がヘルメットを渡してきた。

 

「私ももう一度参加していいか? もう少しで何か掴めそうなんだ」

 

 それに合わせるように、のみきも参加表明してきた。何が掴めそうなんだろう。

 

「それじゃ、向こうのカウンターで登録を済ませてください。すぐに次のレースが始まりますよ」

 

 藍に言われるがまま、参加登録を済ませる。結局、次のレースの参加者は俺たち3人だけだった。

 

「それで間もなく、レースを開始します! 参加選手の皆さんは、位置についてください!」

 

 軽く試験運転をした後、3人でスタートラインに並ぶ。

 

 さすがに車を運転したことはないけど、普段からバイクには乗ってるし。ゴーカート程度のスピードなら余裕だ。

 

「この中で最下位だった人がバンジージャンプですよ。頑張ってくださいね」

 

 藍がコース外からそう言った直後、スタートフラッグが振られた。いざ勝負だ。

 

 

 

 

「うう、負けた……」

 

 クリームパンみたいなコースを三週するだけの、シンプルな勝負だったはずなのに。

 

 俺はスタート直後のカーブを曲がり切れず、派手に緩衝材の壁にぶつかり、思いっきり出遅れた。それからは持ち直したものの、体重のせいか全然速度が上がらず、気がつけば周回遅れ。ぶっちぎりの最下位となっていた。

 

「さあ、罰ゲームですよ」

 

「バンジージャンプはこっちです!」

 

「その……鷹原、男を見せるんだ」

 

「頑張んなさいよー」

 

 その後、皆が背中を押してくれて、バンジージャンプへと案内される。その間の俺は空を仰ぎ見て、必死に現実逃避していた。

 

「た、高い……!」

 

 そしていざジャンプ台に立ってみると、ものすごい高さだった。あれだけ高く見えた空中サイクリングが、遥か下に見える。

 

「それでは次の方、レッツバンジー!」

 

「……ええい! 朱雀よ、俺に力を!」

 

 そして係員さんに促されるまま、俺は空中へと身を投じた。

 

 直後、本日2回目の絶叫が宇都山ハイランドに響き渡った。

 

 

 

 

「うぐぅ……バンバンジー……」

 

 罰ゲームは無事にクリアしたものの、バンジージャンプによって受けた精神ダメージはかなりのもので、その回復にはかなりの時間を要した。その間に、蒼たちはどこかへ行ってしまったみたいだ。

 

 ようやく復活した頃には、園内の時計は11時近くになっていた。ところで、しろははどこに行ったんだろう。

 

 

 

 

「むー」

 

 適当に園内を歩いていると、難しい顔をした藍がいた。

 

「あれ? 他の皆はどうしたんだ?」

 

「ああ、別のアトラクションに行ってるんですよ」

 

 そう言いながら藍が見上げているのは、フリーフォールだった。

 

「すごい高さだな。今度はこれに挑戦するのか?」

 

 バンジージャンプに負けない高さだった。これは怖そうだ。

 

「挑戦したいのは山々なんですが、これって別料金なんですよ」

 

「え、別料金?」

 

 言われてから、近くにある看板を見てみる。身長制限の告知に並んで、フリーパス対象外との注意書きがあった。

 

「時々あるよな。フリーパス対象外のアトラクション」

 

「そうなんです。楽しみにしていたのに、普通にお金を支払ったら2000円も取られるんです。全く業腹ですよ」

 

 藍は頭上高くそびえるフリーフォールを見上げながら、腰に両手を当てて憤慨していた。それでもここから離れない辺り、なんとなく諦めきれないみたいだ。

 

「いや、ちょっと待って。何か書いてあるぞ」

 

 引き続き看板を見ていた俺は、その中に気になる一文を見つけた。

 

『真夏のカップル応援キャンペーン中! 男女ペアでチケットを購入された方は、なんと特別料金! お一人様、500円!』

 

「はぁ!?」

 

 一緒に看板を見ていた藍が、今まで聞いたことのないような声を出した。

 

「いや、でも、これは……」

 

 そして小声で何か言いながら、俺の顔と看板を交互に見ている。

 

「……あのさ、せっかく割引があるって言うんだし、藍が乗りたいなら付き合おうか?」

 

「え、本当ですか?」

 

 俺の言葉に、藍の表情が目に見えて明るくなった。それは嬉しいんだけど、どうして俺はそんなことを口走ったんだろう。絶叫マシン、苦手なのに。

 

「そ、そうですね。せっかくですし、利用できるものは利用しましょうか」

 

 それって、割引キャンペーンのことだろうか。それとも、俺のことだろうか。

 

「それじゃ羽依里さん、行きましょう」

 

「お、おう……」

 

 明らかに雰囲気が変わった藍に戸惑いながら、フリーフォールたもとのチケット売り場へと向かう。

 

 状況が状況だし、二人分の料金は俺が支払うことにした。それにしても、ペアで行くだけで一人1500円引きって、いろいろ問題あるんじゃないだろうか。

 

「ペアチケットですね。購入ありがとうございます。それでは、ゲートの方まで、お二人で腕を組んでお進みください」

 

「「は?」」

 

 俺と藍は揃って口を開けたまま、固まってしまう。

 

「注意書きにも、ちいさーく書いてありましたよ。お気づきになりませんでした? カップルでしたら、それくらいできますよね?」

 

 係員さんは笑顔だった。これは嵌められた。

 

「は、羽依里さん、どうするんですか」

 

 藍が顔を赤くして、小声でそう聞いてくる。

 

 どうするって言われても、いつまでもチケット売り場で立ち止まっているわけにもいかない。

 

「フリーフォールのためだ。少しの辛抱だぞ」

 

「わ、わかりました」

 

 俺たちは覚悟を決めて、お互いに腕を絡ませる。

 

「こ、こんな状況、万が一蒼ちゃんに見られでもしたら」

 

「俺だってそうだ。こんな状況、しろはに見られたら」

 

 周囲に最大限の警戒をしながら、できるだけ速足で入場口へと向かう。途中変に緊張していて、足がもつれそうになった。

 

 

「それでは、いってらっしゃーい」

 

 少し順番待ちをした後、決死の覚悟でフリーフォールに乗り込む。速やかに安全ベルトの確認がされ、俺たちの乗った筐体はゆっくりと上昇していった。地上の喧騒がみるみる遠くなっていく。

 

「す、すごい高さだな」

 

「……羽依里さん、どうしたんですか。顔が青いですけど」

 

 俺の顔が強張っているのに気づいたんだろうか、隣の藍が心配そうな顔で俺を見る。

 

「いやその、実は絶叫マシン苦手でさ」

 

「そうだったんですか? それならそう言って、断ってくれれば良かったですのに」

 

「いや、それだと藍が残念がるだろうし……」

 

「……まったく、お人よしですね。あ、そろそろ動き出しますから、下を向いていると首を痛めますよ?」

 

「え、そうなの?」

 

 藍の忠告を受けて、反射的に空を見上げる。次の瞬間、俺たちの乗った筐体が急激な落下を始めた。

 

「びょおおおおお!」

 

「ひゃあーーーーっ!」

 

 急降下の後に再び急上昇。そしてもう一度落下したと思うと、不意打ちのように途中で止まり、一瞬安心させといてまた落下……文字通り機械に弄ばれ、本日3回目の俺の絶叫が響き渡った。

 

 

 

 

「うぐぐ……もうゴールしてもいいよね……」

 

 藍と別れた後、俺はフラフラになりながら園内をさまよっていた。絶叫マシン、今日だけで3回目だけど、全然慣れない。

 

 鴎とのパイレーツマシンで前後に揺さぶられた後は、バンジージャンプにフリーフォールと上下に揺さぶられている。三半規管がおかしくなりそうだ。

 

「うう……少し休もう」

 

 なかなか目が回るような感覚が抜けないので、俺は自販機で飲み物を買って、適当なベンチに腰を下ろす。

 

 ここは他のベンチと違って、頭上にカラフルなひさしがついていた。これなら多少、暑さもしのげそうだ。

 

「羽依里、大丈夫ー?」

 

 背もたれに背中を預けてぐったりしていると、前方から声をかけられた。顔だけ上げてみると、蒼がこっちに歩いてきていた。

 

「あれ、蒼? 他の皆は?」

 

「鴎からパイレーツマシンに乗ろうって誘われてね。皆行っちゃったのよー」

 

「きっとすぐに、大後悔時代に突入すると思うぞ」

 

「へ?」

 

「いや、なんでもないよ」

 

「でも、そのパイレーツマシンに静久や紬もついて行っちゃったのよ。めずらしーわよね」

 

 確かに、あの二人が絶叫マシンに乗るイメージないんだけど。

 

「なんか、水織先輩がすごく乗り気でねー。紬を引っ張って行っちゃったのよねー」

 

「……わかった。きっとオッパイレーツマシンだからだ」

 

「え、何?」

 

「気にしないでくれ。それより、蒼はパイレーツマシンに行かなかったのか?」

 

「あたしはちょっと、疲れちゃってねー。のみきや夏海ちゃんと一緒に、パスしたのよ」

 

「あ、その二人も乗らなかったのか」

 

「一度は行ったんだけど、すぐ戻ってきたし、なんか身長制限に引っかかったって言ってたわねー」

 

 そういえば、あの絶叫マシンは身長制限が高めになっていた気がする。可哀想だけど、こればっかりは仕方がない。

 

「それじゃ、夏海ちゃんたちはどこに?」

 

「あそこ。ローラスケートで遊んでるわよー」

 

 蒼が指差す先を見ると、少し離れた場所に専用のエリアが設けられていて、その中で夏海ちゃんとのみきがローラースケートをやっていた。

 

「のみきさん、こっちですよ!」

 

「野球の時も思ったが、本当に身軽だな……ついていくのが精一杯だぞ……」

 

 他の皆が戻ってくるまでの時間つぶしなんだろうか。係員さんもいないし、自由に遊んでいい場所みたいだ。

 

「あ、このベンチ、涼しーわね」

 

 その様子を眺めていると、蒼が俺の隣に座ってきた。

 

「ああ、良い感じにひさしがあるからな」

 

「山の上だけど、さすがにお昼近くなったたら暑いわねー」

 

 無意識だろうけど、右手で胸元を広げながら左手でぱたぱたと風を送っていた。俺は慌てて視線を逸らす。

 

「夏海ちゃん、元気よねー」

 

「そうだな。夏の塊って感じだ」

 

 のみきを翻弄している夏海ちゃんを見ながら、蒼がそう言っていた。

 

 なんだろう。ああやって夏を全力で楽しんでいる彼女を見ていると、どこかに忘れた懐かしい気持ちが蘇ってくる気がする。

 

「藍や鴎と一緒に、ジェットコースターも全部制覇したらしいわよー」

 

「へぇ。それはすごいな……」

 

 ……そんな話をしていると、俺と蒼の目の前を一匹の七影蝶が横切った。

 

「……え?」

 

 とっさに飛んできたであろう方向を見やる。すると、今まさに別の七影蝶が夏海ちゃんの左手から飛び出してくるところだった。

 

「な、なぁ。蒼」

 

「んー?」

 

 俺はとっさに蒼を見るけど、特に気付いていない様子だった。鏡子さんが、蒼やのみきは七影蝶が見えるって言っていた気がするけど。

 

 そういえば七影蝶が見える人でも、見える七影蝶に差があるって言ってたっけ。夏海ちゃんと一緒にいるのみきも気づいていないっぽいし、たぶん、この七影蝶は俺にしか見えてない。

 

 ……やっぱり夏海ちゃんは、夏の塊なんだ。

 

 夏の……思い出。その欠片の集合体。

 

 今はその欠片を全力で燃やしながら、思いっきり夏を楽しんでいるんだろう。

 

 

 

「あ、パイリ君たち、こんなところにいたのね」

 

 その時、静久たちがこっちにやってきた。どうやらパイレーツマシンを堪能したみたいだ。

 

「むっぎゅぎゅぎゅ……」

 

「紬、しっかりして」

 

 いや、約一名が大後悔時代に突入していた。しろはに肩を支えられながら、紬が目を回していた。

 

「あ、終わったんですね!」

 

「た、助かったぞ……予想外に疲れてしまった……」

 

 静久たちの姿を確認してか、夏海ちゃんとのみきもローラースケートをやめてこっちにやってきた。

 

「皆、そろそろいい時間だし、お昼ごはんにしない?」

 

 静久に言われて時計を見る。いつの間にか12時を回っていた。心なしか園内のお客さんが少なくなってきたと思っていたけど、皆食事に行っているらしい。

 

 成り行きで自由行動になったし、お昼の待ち合わせ場所とか決めてなかったから、このタイミングで合流できてよかった。

 

「ねぇ、良一君と天善君がいないんだけど」

 

 やっぱり遊園地に不釣り合いなスーツケースを持った鴎が、周囲を見渡しながらそう言っていた。

 

「良一の居場所なら見当がつくけど、天善はどこ行ったんだろうな」

 

「あ、天善さんならゲームセンターで見かけましたよ」

 

「え、ゲームセンター?」

 

 その時、夏海ちゃんが思い出したようにそう言っていた。

 

「いつの間にか卓球のユニフォームに着替えていてですね。『最新式3D卓球マシーン・卓球王への道』とかいうゲームで遊……いえ、トレーニングしてました」

 

「そ、そうなんだ」

 

「建物の外まで聞こえていそうな声で『四方八方からピンポン玉が飛んできて、これはすごいトレーニングになるぞ!』と叫んでいましたけど」

 

 夏海ちゃんがラケットを構えるポーズをしながら、そう話す。そんなトレーニングは島じゃできないだろうし。天善は天善なりに、遊園地を満喫しているらしい。

 

「まぁ、その二人にもレストランの場所は伝えてありますし、お腹が空けばそのうち来るかもしれません。私たちは先にレストランへ向かいませんか?」

 

 そんな藍の提案に皆が賛成する。確かにお腹も空いたし、二人には悪いけど、先にお昼にさせてもらおう。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「……うわ、すごい人だ」

 

 レストランに到着してみると、俺たちと同じようにお腹を空かせた人たちであふれかえっていた。

 

「ちょうどお昼時だし、これはしばらく時間がかかりそうねー」

 

 その人混みに圧倒されながら蒼が言う。ここの食事はバイキング形式って話だし、なかなか回転率も悪い感じだ。店員さんもてんやわんやしている。島だとここまでごった返すことなんてないから、なんとなく声をかけるのも憚られるし。

 

「予約表に名前を書いてくるから、皆は外で待っていて。しばらくすれば人も減るわよ」

 

 静久はそう言いながら、混沌としている店の中へと消えていった。こういう時、年長者の静久は本当に頼りになる。

 

「……お、皆もまだ飯食ってなかったのか?」

 

 静久がいなくなった直後、俺たちの背後で良一の声がした。

 

「ようやく戻ってきたか。まったく、どこをほっつき歩いて……」

 

 声だけで誰が戻ってきたのか察したんだろう。のみきが呆れたような声を出しながら振り返って……目を見開いて固まった。

 

「りょ、良一お前、その格好は……?」

 

 のみきが驚くのも無理はない。良一はいつの間にかサンバの衣装に着替えていた。上半身は裸同然だし、ものすごく、露出が多い。

 

「……貴様、公衆の面前でなんて格好をしているんだ?」

 

 すぐに我に返ったのみきは、ハイドログラディエーター改を構える。え、どこに持ってたんだろう。

 

「まままま待て! 俺はただ、サンバを楽しんでいただけだぞ!」

 

 急に銃口を向けられ、良一は反射的に両手を上げる。

 

「ついさっき午前の部が終了して、このレストランの前で解散になったんだ! サンバチームの皆と別れたら、ちょうどお前らの姿が見えたから、声をかけたんだ!」

 

 良一は必死にそう弁解していた。確かに、良一は純粋にサンバを楽しんでいただけらしい。

 

「み、皆と一緒にいる時は、せめて上着を着ろ。反射的に撃ってしまいそうだ」

 

 状況を理解したのか、のみきはばつが悪そうにハイドロをしまう。それを見て、良一もいそいそと上着を羽織る。

 

「めちゃくちゃ爽やかな笑顔だけど、サンバはそんなに楽しかったのか?」

 

「ああ、合法的に裸になれるんだぜ。天国だよ」

 

 本当に楽しかったんだろう。良一は珍しくサムズアップしてきた。

 

「ブラジルから指導に来てるインストラクターから、素質があるって褒められてよ。午後からはダンスリーダーをやってくれって頼まれちまった。なんなら、のみきたちも参加しないか?」

 

「い、いや……せっかくだが、気持ちだけ受け取っておこう」

 

 あのド派手な衣装を自分が着ているところを想像したんだろうか。のみきが顔を赤くして、目を泳がせていた。男はともかく、女性の衣装は目のやり場に困りそうだ。

 

「あ、三谷君も合流したのね!」

 

 その時、レストランの方から静久が戻ってきた。

 

「とりあえず11人で予約しておいたけど、だいぶ時間がかかりそうなの」

 

 人数が人数だし、それはしょうがないと思う。どこかで時間をつぶさないと。

 

「そうです。皆さん、どうせならあそこで時間をつぶしをしませんか?」

 

「え、あそこ?」

 

 そこで、藍が指差す先を見てみると……レストランからは少し死角になったような位置に、なんだかおどろおどろしい建物があった。

 

「スリラーハウス……いわゆるお化け屋敷ですよ。あそこならすぐにレストランに戻れますし、少し行ってみませんか?」

 

「まだ時間があるんでしたら、行ってみたいです!」

 

 一番に夏海ちゃんがそう賛同していた。他の皆の反応は様々だったけど、時間はつぶさなきゃいけない。結局、全員でお化け屋敷へと向かった。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 全員でお化け屋敷に到着して、係員さんから説明を受ける。

 

 それによると、このアトラクションは二人一組で挑戦するもので、制限時間の5分以内にクリアできたら景品がもらえるらしい。

 

 そして一度に一組しか入れないけど、怖くて耐えられないと思ったら、スタート時に渡されたボタンを押すとスタッフが助けに来てくれるとのことだった。もしかして、それだけ怖いのかな。

 

「それでは、挑戦する順番とペアを決めましょうか」

 

 いつの間に用意したのか、藍がこよりを手にそう言う。

 

「え、くじ引きで決めるの?」

 

 俺はつい、そう口にしていた。せっかくだし、しろはと一緒に行きたかったんだけど。

 

「だってそうしないと、羽依里さんは100%しろはちゃんと一緒に行こうとするでしょう?」

 

「そ、それはそうだけど」

 

 図星だった。まぁ、それ以外の選択肢はないんだけど。

 

「えぇ……私なんかと行っても、つまらないよ?」

 

「いや、吊り橋効果ってわけじゃないけど、好感度が上がるかもしれないしさ」

 

 ……島でやった肝試しの時の反応を見た限り、望み薄かもしれないけど。

 

「そんなので好感度を上げられても困りますし、ランダムの方が面白いですよ。さぁ、くじを引いてください」

 

 そう言いながら、こよりの束を差し出してくる。これは引くしかなさそうだ。

 

 天善がいないから、ちょうど10人。どんなペアができるだろうか。

 

 

 

 

 くじ引きの結果、鴎と夏海ちゃん、良一とのみき、しろはと蒼、藍と静久のペアができた。ちなみに俺はというと、紬とのペアだった。

 

 さらに別のくじを引いて、挑戦する順番は鴎たちからになった。

 

「それじゃ、切り込み隊長カモメ! 先陣を切ってくるよ!」

 

「はい! 行ってきます!」

 

 ガラガラとスーツケースを引きながら、鴎と夏海ちゃんがお化け屋敷の中に消えていった。

 

 そして今更だけど、中に一組しか入れないってことは、俺たちは結局外で待たないといけない。

 

「まぁ、いいけど……」

 

 他の皆は思い思いの場所で、絶叫マシンの感想とかを話していた。絶叫マシンに良い思い出のない俺は会話に入る気が起こらず、ちょうど日陰になっていたお化け屋敷の建物の壁に、何の気なしにもたれかかる。

 

 

「……うう、怖いですね」

 

「なっちゃん、いざとなったら、このスーツケースに入っていいからね!」

 

 

 ……その時、中に入ってる鴎たちの声が聞こえた。この建物、構造上壁が薄いのかな。

 

 もしかしたら、攻略のヒントになるような発言があるかもしれない。俺たちの番が来た時のために、よく聞いておこう。なんだかんだで、やるなら制限時間以内にクリアしたいし。

 

 

「と、扉があるね」

 

「どれでしょうか」

 

 二人の言葉からするに、入ってすぐに複数の扉があるらしい。

 

「こういう時は冒険してみよう! おっじゃましまーす」

 

「「ひえぇぇーーー!」」

 

 ……二人の悲鳴が聞こえた。どうやら、開けた扉の先に何か怖いものがあるらしい。

 

「こ、今度はなっちゃんが開ける番だよ!」

 

「わ、わかりました……えい!」

 

 少しの間の後、また扉を開ける音がした。

 

「あ、今度は正解みたいですよ!」

 

「よーし、先に進もう……!」

 

 そして、段々と二人の声が遠ざかっていった。位置的に、ちょっと離れたのかな。

 

 

「……な、なっちゃん! スーツケース乗って!」

 

 ……しばらくして、また声が聞こえ出した。すごく慌ててる感じがするけど、どうしたんだろう。

 

 ガラガラと車輪の音がする。たぶん、何か怖いものがあって、それから逃げるためにスーツケースを押してるんだろう。その車輪の音も、段々と遠ざかっていった。

 

 

「……あ、これがその暗証番号じゃないですか? これであの扉がうみゃーーー!?」

 

 しばらくすると、また声が聞こえた。というか、暗証番号ってなんだろう。

 

 

「お帰りなさーい」

 

 やがて、笑顔の係員さんに迎えられて鴎と夏海ちゃんが戻ってきた。心なしか、げんなりしてる気がする。

 

「うう、怖かった……」

 

「ご飯の前にやるものじゃないですよ……」

 

 ちなみにクリアタイムは6分。惜しくも景品はもらえなかった。

 

 

 

 

「それじゃ、次は私と蒼だね」

 

「あははー、行ってくるわねー」

 

 続いて、しろはと蒼がお化け屋敷へと入っていった。

 

 俺は先程と同じように、壁にもたれかかって、耳をそばだてる。

 

 

「しろははこういうの、慣れてるのー?」

 

「……なりかな。うちの……、離れだし」

 

 元々しろはの声が小さ目なせいか、壁越しではよく聞こえなかった。蒼の声は良く聞こえるけど。

 

「あたしもお役目で夜の山にはよく入るから、暗いのには慣れてひゃーーーー!?」

 

 話している途中で、蒼の絶叫がこだました。

 

「よく見て。絵だよ」

 

「あ、あははー。そうよねー」

 

 複数の扉に辿り着く前に、なんか怖い絵があるらしい。これは良い情報だ。

 

 その後は例によって距離が離れてしまったらしく、時折蒼の悲鳴が聞こえるくらいで、新しい情報はなかった。

 

 

「おかえりなさーい」

 

「はふぅ……」

 

 しばらくして、しろはたちが戻ってきた。タイムは6分30秒。壁越しに聞いていた感じだと、蒼が足を引っ張ってしまったみたいだ。

 

「ほら蒼、ゴールしたよ。ずっと目指してきたゴールだよ」

 

 しろは、その台詞はいろいろとまずいからやめて。涙腺崩壊しそう。

 

 

 

 

「よーし、今度は俺たちの番だなー!」

 

「よりによって良一とペアとはな。スタート前から先が思いやられるぞ」

 

「それでは、いってらっしゃーい」

 

 続いて、良一とのみきの二人が係員さんに見送られながら、中に入っていった。犬猿の仲だけど、色々と大丈夫かな。

 

 どんな展開になるのか気になって、俺は壁にもたれかかった。

 

 

「おおー、割と本格的だなー」

 

「そ、そうだな」

 

「幽霊が出てきたら、その背中のハイドログラディエーター改で撃ち抜いてくれるんだろー?」

 

「撃つか! 相手は人間だぞ!」

 

 もし本物の幽霊が現れても、のみきのハイドロ砲の前には尻尾を巻いて逃げ出しそうだ。中の水を聖水にすれば、霊体にも効きそうだし。

 

 

「ひゃああっ!?」

 

「お、おい!? のみき!? のみきさん!?」

 

「す、すまない。そんなつもりはなかったんだが」

 

「いや、別にいいんだけどよ……急に抱きつかれると、その、心の準備が……」

 

「うにゃーーーー!」

 

「うおおおおお!? またかーーー!?」

 

 中盤以降は、二人の叫び声ばかりが聞こえてきた。のみきってもしかして、怖いの駄目だったりするんだろうか。

 

 

「おかえりなさーい」

 

「の、のみきー、大丈夫かー?」

 

「た、太陽がまぶしいな……この眩しさだけは、忘れなかったぞ……」

 

 しばらくして、二人が戻ってくる。のみきは良一に肩を貸してもらいながらヘロヘロだった。ちなみにタイムは5分40秒。この二人でも景品ゲットとはならなかった。

 

 

 

 

「それじゃ、行ってくるわね」

 

「シズク、ファイトです!」

 

「ちゃちゃっと終わらせてきますからね」

 

「頑張りなさいよー」

 

 のみきたちに続いて、今度は静久と藍のペアが中に入っていった。珍しい組み合わせだけど、この二人なららくしょーでクリアするだろう。

 

 俺はそう考えながら、またまた壁に頭を預ける。

 

 

「……ひっ!?」

 

「お岩さんの絵ね。上手に描けているけど、まだまだ胸が足りないわ」

 

 あ、扉の前にある絵はお岩さんの絵なのか。ところで静久、胸とかそういう問題じゃないと思うんだけど。相変わらずブレない。

 

「む、昔の人は栄養が足りないことが多かったらしいですし、胸のサイズも小さ目だったんじゃないですか……ひっ!?」

 

 ところで、さっきから小さな悲鳴みたいなのが聞こえるんだけど、これって藍かな。

 

「……藍ちゃん、さっきから大丈夫?」

 

「じ、実は小さい頃から蒼ちゃんに『あそこに光る蝶々がいるよ!』とか言われたりして、お化けとか少し苦手なんです」

 

「あら、そうなのね」

 

「ほ、他の皆さんには内緒にしておいてくださいね。普段は気づかれないようにしているので」

 

「わかってるわ。私と藍ちゃんだけの秘密よ」

 

 ……うん。俺も聞かなかったことにしよう。

 

 

「……あら、長い廊下ね。左右にカーテンが下がってるし、これは何かありそうね」

 

「し、静久さん、見るからに不気味ですし、早く通り過ぎてしまいましょう」

 

「そうね。私の肩にしっかり掴まってね。怖かったら目をつぶって、心の中でおっぱいと呟くのよ」

 

「わ、わかりました」

 

 わかっちゃうんだ。もしくは、その辺りの判断ができないくらいの恐怖を味わっているのかな。

 

 

「ひえええっ! 怖い怖い怖い! 蒼ちゃーん!」

 

 ……うん、今の声も聞かなかったことにしよう。なんか、可哀想になってきたし。

 

 

「おかえりなさーい」

 

「な、なかなかにスリリングでしたね」

 

「楽しかったわー」

 

 しばらくして、二人が戻ってきた。

 

 藍はすまし顔だった。でもよく見ると涙目だし、必死に誤魔化している感じだった。

 

 それでもクリアタイムは6分。なかなか目標タイムをクリアできない。

 

 

 

 

 最後に、いよいよ俺と紬の番がやってきた。

 

「それでは、いってらっしゃーい」

 

「タ、タカハラさん、頼りにしていますね」

 

「あ、ああ。大船に乗ったつもりでいてくれよ」

 

 係員さんからボタンのついた脱出用の機械を受け取り、二人で建物の中へ足を踏み入れる。皆のおかげで色々な情報を得ることができたし、それを最大限に生かさないと。

 

 

「うう、なんだか寒気がします」

 

 少し進むと、さっそく少し強めの冷房と恐ろしげな音楽が恐怖心をあおってきた。

 

 紬は俺の隣で不安そうな顔をして、小さく振るえていた。

 

「紬、怖かったら俺の背中に隠れててもいいからね」

 

「は、はい」

 

 そう言うが早いか、紬は俺の右手を取って、ぴったりとくっついてきた。ちょっと、紬さん。

 

 突然の行動に驚いたけど、振りほどくわけにもいかないし。このままの体勢で進んでいくことにしよう。

 

 

 入って最初の角を曲がると、目の前に幽霊の描かれた絵が現れた。これが静久たちの言っていたお岩さんの絵だろう。

 

「確かに胸は小さいかもだけど……」

 

「むぎゅ? 何が小さいんですか?」

 

「いや、なんでもないよ」

 

 心の声が漏れてしまっていたらしい。適当に誤魔化して、お岩さんの絵を横目に角を曲がる。

 

「おおー、オキクさんです!」

 

 その先には、井戸から恨めしそうに顔を覗かせる幽霊の絵が飾られていた。

 

「紬、お菊さんは知ってるんだね」

 

「はい! シズクから教えてもらいました! 確か、パリングルス一枚をつまみ食いしたばっかりに、悲しい運命を辿ることになった女性ですね!」

 

 パリングルスが一枚、パリングルスが二枚……ああ、足りないわー……とか言いながら悲しんでる女性が頭に浮かんだ。色々と違う気がするけど、別の意味で怖い。

 

 そんなことを考えながら、お菊さんの絵を通り過ぎる。ところで紬、この手の絵は怖くないのかな。

 

 

 絵を通り過ぎると、目の前に三つの扉が現れた。

 

「と、扉があります」

 

「そうだね……どれにしようか」

 

 少なくとも一つの扉の先には、何か怖いものがあるはずだ。先の皆の会話を思い出しても、それ以上のヒントはなかった気がする。

 

「……よし、こっちだ!」

 

 迷ってる時間が惜しいし、俺は直感で左端の扉を選び、意を決して開ける。

 

「うわっ!?」

 

「むぎぃーーー!?」

 

 扉が開くと同時に、恐ろしい表情をした血まみれの巨大なクマのぬいぐるみが覆いかぶさってきた。

 

「ちょっと紬、抱きつかないで」

 

「ううう、このクマのぬいぐるみは怖すぎです……!」

 

 紬は俺の腕にしがみついて震えていた。どうやら、俺の言葉は聞こえていないらしい。なんにしても、この扉はハズレみたいだ。

 

「それじゃ今度は、こっちの扉を開けてみよう」

 

 結局紬に抱きつかれたまま、俺は隣の扉を恐る恐る開けてみる。

 

 ……今度は何も飛び出してこず、扉の先には細く長い廊下が続いていた。

 

「紬、先に進むよ?」

 

「は、はい……」

 

 扉をくぐって、先へと進む。この廊下にも、何か仕掛けられてそうだ。左右の黒いカーテンとか不自然すぎる。

 

 ……ところで、さっきから左肩を叩かれてる気がする。

 

「紬、どうしたの?」

 

「むぎゅ? わたしはこっちですよ?」

 

 俺が振り返ったのと反対方向から紬の声が飛んできた。そりゃそうか。紬は俺の右腕に抱きついているんだし。

 

 ……あれ? じゃあ今、俺の左肩を叩いてるのって誰?

 

 ……もう一度見直してみると、カーテンの隙間から真っ黒い手が伸びて、俺の肩を叩いていた。

 

「ひぇっ!?」

 

「むぎゅーーー!?」

 

 それに気づいた俺と紬は、驚きのあまり揃って尻もちをついてしまう。

 

 同時に、それを合図にしたかのように左右のカーテンの間から無数の黒い手が飛び出してきた。これは怖い。

 

「紬、掴まって!」

 

「は、はい!」

 

 俺はとっさに紬の手を掴んで、廊下の先へ全力疾走する。

 

 無数の手をかいくぐって廊下の突き当りにたどり着くと、そこには大きな扉があった。

 

 えええ、この扉、赤い手形が無数についてるんだけど。正直、開けたくない。

 

 けど、このままだとあの黒い手の餌食だ。紬は俺が守らないと。

 

「ええい、れいげんいやちこなれ!」

 

 

 ……半分体当たりするように扉を開けると、部屋全体が赤い照明で照らされた、やけに広い部屋に出た。机やロッカーが乱雑に置かれていて、どうも教室をイメージしているみたいだ。

 

 そして、一番奥にはまたまた扉が見える。

 

 おっかなびっくりにその扉に近づいてみると、プッシュ式の鍵がついていた。どうやら扉を開けるためには、これに四桁の数字を入力して鍵を外す必要があるみたいだ。

 

「こ、これはなんでしょーか?」

 

 ああ、夏海ちゃんの言っていた『暗証番号』って、そういうことなのか。

 

「わかった。紬、たぶんこの部屋のどこかに、四桁の暗証番号が隠されていると思うんだ。それを探そう」

 

「はい! 番号を見つけて、イッコクも早く脱出しましょう!」

 

 というわけで、二人で手分けしてロッカーや机の中を探してみることにした。

 

「ひっ!?」

 

 俺が適当に開けた引き出しには、マネキンの首が入っていた。思いっきり目が合ってしまって、一瞬思考が停止する。

 

「むぎゅ? タカハラさん、どうしました?」

 

「い、いや。なんでもないよ」

 

 これ以上紬を怖がらせるわけにはいかない。俺はできるだけ大きな声を出さないように努める。

 

 その後も、棚を開けたらおもちゃのクモがびっくり箱の要領で飛び出してきたり、床に謎の液体が仕掛けてあったりしたけど、なんとか耐えることができた。

 

「おお、ありました! これですね!」

 

 しばらくして、紬が暗証番号を発見したらしい。メモを手に、笑顔で立ち上がる。

 

 ……その瞬間、俺たちの目の前に二体のゾンビ人形が降ってきた。

 

「うおおおっ!?」

 

「むぎーーー!?」

 

 暗証番号を見つけて気が抜けたタイミングだったこともあり、俺たちは完全に不意を突かれてしまった。特に紬は絶叫した後、仰向けにひっくり返ってしまう。

 

「ちょ、ちょっと紬、しっかり!」

 

 俺は慌てて駆け寄り、そんな紬に声をかける。

 

「こ、腰が抜けてしまいました……立てません」

 

 余程驚いたんだろう。紬は涙目だった。なんだか、膝も笑ってるみたいだし。

 

「しょうがないな……よっこらせ」

 

「むぎゅ!?」

 

 俺はとっさに紬をお姫様抱っこして、そのまま扉へと向かう。手元の時計を見た限り、急げばギリギリ制限時間内にゴールできる。

 

 紬を抱いた状態のまま、手早く暗証番号を入力して扉を開ける。その先には、再び長い廊下。奥に小さな光が見えるけど、またあの無数の黒い手がうごめいている。

 

「紬、目をつぶって! 俺が必ず守るから!」

 

 紬にそう告げてから、無数の手の隙間を縫うように駆け抜けて、俺は一気に外へと飛び出した。

 

 

 

 

「よし、ゴール!」

 

 紬を抱きかかえて、お天道様の下へと飛び出す。ああ、太陽って素晴らしい!

 

「おかえりなさーい。クリアタイムは4分50秒です!」

 

 ……残り時間10秒。ギリギリクリアだった。

 

「おめでとうございます! それでは、景品をどうぞ!」

 

 そう言う係員さんから、まだ俺に抱きかかえられたままの紬へと景品が手渡される。透明の袋に入っていたけど、大きなお化けのぬいぐるみだった。

 

「おおー、さっきのと違って、これはかわいいです!」

 

「せっかくだし、紬にあげるよ」

 

「ありがとうございます! お化けのフーコさんと命名して、大切にします!」

 

 俺の腕の中で、紬は笑顔だった。俺も頑張った甲斐がある。

 

「ところでその……二人は中で何があったんだ?」

 

「え?」

 

 ひきつった笑顔ののみきにそう言われた。それで冷静になってみると、俺は紬をお姫様抱っこしたまま、皆の前に飛び出してきてしまっていた。皆からの視線がものすごく痛い。

 

「つ、吊り橋効果……!?」

 

「ないから!」

 

 絶望的な表情でそう言うしろはに、俺は紬を下ろしながら必死に弁解する。

 

「み、皆、これには深い事情があるんだ!」

 

「へー」

 

 そっけなく言う蒼だけど、笑顔がものすごく怖かった。

 

「ほ、ほら。紬も説明して」

 

「その、わたしをタカハラさんが優しくだっこしてくれてですね。必ず守るからと耳元で……」

 

「ほう」

 

「やるなぁ」

 

 ちょっと紬、そうなるまでの経緯を説明して! そこだけ抜粋すると、ますます誤解を生んじゃうから!

 

「……」

 

 しろはが生暖かい目で俺の方を見てくる。しろは、違うんだ。

 

 

『……11名でお待ちの水織さまー?』

 

 ……その時、レストランの方からマイクでそんな放送がされた。助かった。まさに渡りに船だ。

 

「み、皆、ちょうど順番が回って来たみたいだぞ! お昼にしよう!」

 

 俺はわざとらしくそう言って、急ぎ足でレストランに向かった。後ろから色々な声が聞こえたけど、全て聞き流すことにした。

 

 

 

 

「夏海ちゃん、お昼からはプールの方に行ってみましょう?」

 

「はい! 楽しみです!」

 

 皆で思い思いにバイキングを堪能していると、静久と夏海ちゃんがそんな話をしているのが聞こえた。そういえば、ウォータースライダーのついた大きなレジャープールの看板が出ていた気がする。

 

 それこそ、お化け屋敷での一件はプールの水に流して、午後からも遊園地を満喫したいところだ。

 

 俺はそんなことを考えながら、料理を口に運ぶのだった。

 

 ……しろはからの視線が気になって、味なんてほとんどわからなかったけど。

 

 

 

 

第四十四話・完




第四十四話・あとがき


おはこんばんちわ。トミー@サマポケです。
今回は島の皆で、本土の遊園地にお出かけするという内容でした。
前話のあとがきでも触れましたが、宇都山ハイランドの元ネタは岡山の某遊園地です。空中サイクリング、サンバカーニバル等で調べていただければすぐにわかると思いますw
また、鳥白島から離れてしまいましたが、皆で本土に外出っていうのも一度やってみたかったですし、これも夏休みの思い出と思っていただけると嬉しいです。

特にお気に入りのシーンは鴎とパイレーツマシンに乗った時と、夏海ちゃんとのゴーカート勝負、藍とのフリーフォールの下りですね。また、フリーフォールやお化け屋敷など、今回は藍を前面に出した感じです。特にお化け屋敷は、絶対に子供の頃のトラウマがありそうだと思いましてw

後は、ヒロインそれぞれが羽依里とデートした時に貰ったものや買ったものを身につけてきたり、服装にも気合が入っている感じにしてみました。賑やかな感じが伝わると嬉しいです。

そして、次回は遊園地後編です。恐らくプールがメインになると思いますが、サマポケのプール、そしてウォータースライダーと言えばあのシーンが浮かびますよね。どうやって取り込むか、悩んでいるところです。



■今回の紛れ込みネタ

・イチゴサンデー味のワタアメ
 kanonより名雪の好物です。個人的にはヤバネロチップスの方が気になったりしています。

・ウルトラちびもすタイフーン
 遊園地のアトラクションの一つです。きっと、ちびもすがちびっと頑張ったくらいの威力のスクリューがあるんでしょう。

・アルティメットちるちるゴーランド
 遊園地のアトラクションの一つで、みちるのキック並みの速度で回るメリーゴーランドです。恐らく安全バーをしないと、遠心力で吹き飛ばされてしまいそうですね。

・ゴールしたよ。ずっと目指してきたゴール
 AIRより、観鈴の名言です。あ、書いてて思い出しちゃいました。涙が……!


以上になります。いくつお気づきになられたでしょうか。
今回も、最後まで読んでいただいてありがとうございました!
感想など頂けましたら、泣いて喜びます。
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