Summer Pockets #2   作:トミー@サマポケ

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第四十六話 8月28日(後編)

 

 

 

 

 

 

『さあ、本日のウォーターバトルトーナメントもいよいよ決勝戦! 栄光を手にするのはどちらのチームだーーー!?』

 

 会場内に試合前の口上が響いている。本日最後の試合ということもあり、盛り上がりは最高潮だ。

 

『まず最初に決戦の舞台に上がるのは、いくつもの接戦を制してここまでやってきた鳥白島少年団! その強さは本物だーーー!』

 

 沢山の声援に迎えられて、まずは俺たちが決勝の舞台に立つ。

 

 ちなみに決勝戦の俺たちの配置は、準決勝と同じように自陣中央にのみきを置き、最前線に俺と夏海ちゃんが縦一列に並ぶ形だ。この位置なら、試合状況に応じて攻めにも守りにも、どちらにも動けるし。

 

 そして空門姉妹は二人一緒に左端で待機してもらい、タイミングを見て攻撃を仕掛けてもらう手はずになっている。

 

 

『さぁ、続いて舞台に登場するのは、ここまで圧倒的な力で勝ち上がってきたリトルバスターズだーーー!』

 

 ……ちょっと待って。今、ものすごく聞き慣れた単語が聞こえた気がしたんだけど。

 

「……おいおい。マジかよ」

 

 直後、驚いた表情を浮かべながら、一人の青年がプールに入ってきた。どう見ても、恭介だった。

 

「聞き覚えのあるチーム名だとは思っていたが、羽依里たちだったとはな」

 

「そ、それはこっちの台詞だよ。まさか、こんなところでまた出会えるなんて思わなかった」

 

「あいちゃん、あおちゃん、やはー」

 

「……ふむ。同じ夏に二回会うとはな。何か運命めいたものを感じるぞ」

 

 恭介に続いて、葉留佳に来ヶ谷さん、鈴といったメンバーが続々とプールに入ってくる。一番奥の金髪の子以外、見事に見慣れた顔ばかりだった。

 

「え、なんで恭介さんたちがいるの!?」

 

「おお、まさかの全員集合だね」

 

 どうやら、観客席にいたしろはや鴎もリトルバスターズの存在に気がついたらしい。揃って驚きの声をあげていた。

 

「あら、あそこにいるのはパイ友のゆいちゃんね」

 

「ぐは……水織女史、パイ友は良いが、ゆいちゃんはやめろと……」

 

 ……パイ友って何だろう。すごく気になるけど、ここは下手にツッコまないほうが良さそうだ。

 

「ありゃ、良一や天善はいねぇのか? せっかくだし、なんとかスクワットを一緒にやりたかったんだけどよ」

 

「イノハラさん、残念ながらあの二人はちょっとヤボヨーです!」

 

「つむちゃんにかもちゃん、おひさしぶりー」

 

「やっほー、こまりん!」

 

 観客席の方からも、続々と聞き覚えのある声が聞こえてくる。どうやら試合に参加しないメンバー同士で合流したみたいだ。

 

「ようし、それじゃ、皆で応援しましょー! リトルバスターズ、鳥白島少年団、どっちも頑張ってー!」

 

「がんばってくたさーい!」

 

 しばらくして、小毬さんやクドを中心にして合同応援団が結成される。ほんの数日間、島で一緒の時間を過ごしただけなのに。まるで旧知の仲のように受け入れてくれていた。

 

『えーっと、さっきから話を聞いていると、彼らは知り合いなのか!?』

 

 状況を見て、司会の男性がそう言葉を紡ぐ。

 

「まぁ、俺としても久しぶりの再会を素直に喜び合いたいところだが……ここからは真剣勝負だ。せっかく、リベンジのチャンスがやってきたんだからな」

 

 リベンジというのは、恐らく野球のことだろう。恭介はそう言いながら水鉄砲を構える。その仕草にアロハシャツ姿がやけに似合っていた。

 

 

「よーし、お前ら、準備はいいか!?」

 

 少しの間を置いて、相手陣地の中央に立つ恭介がそう確認する。いつの間にかリトルバスターズの皆もプールの中に散開していて、俺と夏海ちゃんの正面に恭介。その背後に鈴がいる。

 

 俺たちから見て左側、空門姉妹と対峙する位置に葉留佳と来ヶ谷さんが縦に並んでいて、最後の金髪の……恐らくスナイパーと思われる子は、俺たちから見て右側の一番端に陣取っている。

 

 こうやって見ると、そうそうたる顔ぶれだ。各チームに男性は1人というルールがあって良かった。恭介に加えて真人や謙吾まで出てこられたら、まず勝ち目はなかっただろうし。

 

「……皆、相手は強敵だけど、頑張ろう!」

 

 そう仲間たちを鼓舞して、士気を上げる。運動能力の高い空門姉妹が入って、俺たちもベストメンバーだ。ここまで勝ち上がってきた自負もあるし、負けるわけにはいかない。

 

 

 

『……それでは決勝戦! バトルスタート!』

 

 大きな歓声とともに、決勝戦の幕が上がった。

 

「よーし、あいちゃん、あおちゃん、覚悟―!」

 

 その直後、葉留佳が水鉄砲を手に空門姉妹に突進していった。単身飛び込んでいくとか、何か作戦でもあるんだろうか。

 

「来ましたよ。蒼ちゃん、集中攻撃です」

 

「りょーかい! うりゃうりゃー!」

 

「ぎゃあぁぁぁーーー! あぶぶぶぶぶ……!」

 

 ……葉留佳は勢いよく飛び込んでは来たものの、そのまま空門姉妹にボコボコにされていた。あれ? 何かの作戦じゃなかったのかな。

 

「あ、姉御! 早く援護射撃を……!」

 

 大量の水弾を浴びながら、葉留佳がそう言って後ろを振り返る。しかし、そこには誰も居なかった。

 

「って、いねぇーーー!?」

 

「……おや。そういえば、そんな作戦だったな。おねーさん、忘れていたよ」

 

 くるくると水鉄砲を手のひらで弄びながら、来ヶ谷さんは余裕顔だった。というか、スタート位置から動いていない。

 

「えええーーー! 二人同時にあいちゃんたちを攻める作戦だったじゃないですか! 何をのんきにあぶぶぶぶぶ……!」

 

 思わず批判の声をあげた葉留佳だったけど、空門姉妹は息の合った連携で絶え間なく水弾を浴びせる。さすがだった。

 

「くっそーーー! こうなったら!おさげでぃふぇんすー!」

 

 次の瞬間、葉留佳が自分の髪を顔に巻き始めた。何をしてるんだろう。

 

「今一度説明しよう! おさげディフェンスとは!」

 

「蒼ちゃん、集中攻撃です」

 

「オッケー!」

 

「はるちんのトレードマークであるおさげを顔に巻き付けることで、ゴーグルの代わりにあぶぶぶぶぶ……!」

 

 何やら説明を始めたけど、空門姉妹はそんなのおかまいなしに攻撃を続ける。葉留佳はもう、全身ずぶ濡れだ。

 

「うわああぁぁぁーーーん! 濡れた髪の毛が顔に張り付いて、前が見えなーい!」

 

 そして、そう言いながらプールの中をのたうち回る。いや、あれだけ髪が長いんだから、ああなることは予想できたと思うんだけど。他の皆みたいに、三つ編みにすればいいのに。

 

「……やれやれ。見ていられんな」

 

 遠巻きにその一方的な戦いを見ていた来ヶ谷さんが、ゆっくりと葉留佳の方に近づいていく。どうやら、選手交代みたいだ。

 

「その状態ではなにもできないだろう。葉留佳君、君の水鉄砲を貸せ」

 

「……姉御、お願いしやす!」

 

 ひょいっと放り投げられた水鉄砲を、来ヶ谷さんが空中で受け取る。あれってもしかして、二丁拳銃ってやつじゃないだろうか。

 

「ちょ、ちょっと待ってください。水鉄砲は一人一丁でしょう? 二丁拳銃は反則じゃないんですか!?」

 

 その来ヶ谷さんの装備を見て、藍が堪らず抗議の声をあげる。

 

「……ふむ。各チームには4丁のハンドガン型と1丁のライフル型の水鉄砲が与えられるというルールは聞いているが、別に1人1丁しか装備できないというのは聞いていないぞ?」

 

『あ、そうです! チーム内の所持数さえ守っていれば、個人でいくつ水鉄砲を装備しても構いません!』

 

 藍と来ヶ谷さんのやりとりを聞いてか、司会の男性がそう補足してくれた。言われれば確かに、1人1丁とは言ってなかった気がする。

 

「つまりはそういうことらしいな。まぁ、もちろん武器を他人に渡せば、今の葉留佳君のように丸腰になってしまうわけだが」

 

「ふぬぬぬぬ……」

 

 そんな葉留佳は自分の髪の毛と未だ格闘していた。もはや、丸腰云々の問題じゃない気がする。

 

「というわけで、可愛い双子ちゃんはおねーさんが断罪してやろう」

 

 次の瞬間、来ヶ谷さんの二丁拳銃が火を……いや、水を噴く。

 

「「あぶぶぶぶぶぶ」」

 

「フハハハハハハ!」

 

 それぞれ左右の水鉄砲から絶え間なく顔を狙い撃ちされ、二人が同じ反応をしながら圧倒される。

 

「「……わひゃっ!?」」

 

 やがてその攻撃に耐えられなくなったのか、姉妹揃ってその場に倒れ込んでしまった。あの水鉄砲、本当に俺たちのと同じなのかな。威力がまるで違う気がするんだけど。

 

「来ヶ谷さん、それ以上の狼藉は許さないぞ!」

 

 その時、あまりに一方的な展開を見かねてか、のみきが援護射撃を行う。

 

「……おっと」

 

 来ヶ谷さんはそれに気づき、僅かに後退して水弾を回避する。ようやく雨のような攻撃が止んだ。

 

「ふたりとも、大丈夫か!?」

 

「な、なんとかねー」

 

「一方的にやられてしまいました。相手が悪いですね」

 

 かなり離れた場所から来ヶ谷さんに水鉄砲の銃口を向けたまま、のみきが空門姉妹を気遣う。

 

「来ヶ谷さんの相手は私に任せて、お前たちは相手のフラッグを狙うんだ!」

 

「わ、わかったわ!」

 

 のみきがそう言うと、姉妹が顔をぬぐいながら立ち上がる。そしてタイミングを合わせ、一気に来ヶ谷さんの両サイドを抜けていった。

 

「……ほう。この水の中でなかなかの瞬発力だな。おねーさん、驚いたよ」

 

 水しぶきをあげながら無人のフラッグへと駆けていく二人を見ながら、来ヶ谷さんが感心したように言う。あの二人、さすがの身体能力だ。

 

「ちょ、ちょっと姉御―! あいちゃんたちを行かせて良かったんですか?」

 

「ああ。相手の守りが減ったと思えばいい。おかげでこっちも、のみき君を抜きさえすればフラッグまで一直線だしな」

 

 髪の毛をほどいて、やっとこさ起き上がった葉留佳に片方の水鉄砲を返しながら、来ヶ谷さんがそう言う。

 

「さすが姉御ですネ。数的優位も確保し……でぇぇぇぇーーーー!?」

 

 余裕顔で来ヶ谷さんと話していた葉留佳の元へ、のみきの強烈な水弾が飛んできた。葉留佳はその直撃を受け、仰向けにひっくり返る。

 

「何やら勝った気でいるようだが、水鉄砲の射程はまだまだ私の方に分がある。相手が二人でも、私たちのフラッグに近づかせはしないぞ」

 

「フ……私との勝負を選んだこと、後悔させてやろう」

 

 そう言いながら走り出した来ヶ谷さんは、ものすごいスピードでのみきとの距離を詰めていく。なんだろうあれ。まるで水の上を走っているみたいだ。

 

「え、ビーチサンダル!?」

 

 その足元をよく見てみると、なんとビーチサンダルを履いていた。

 

 あれで浮力を得て、水の中でも素早く動いているらしかった。水蜘蛛がOKなくらいだし、ビーチサンダルもOKなんだろう。

 

 それにしても、準決勝の水蜘蛛といい、今回のビーチサンダルといい、皆、ルールの抜け道を探すのがうますぎる。

 

 

「……羽依里、隣ばっかり気にしてちゃいけないぜ」

 

「え……ぶわっ!?」

 

 左側の攻防にばかり気を取られていたら、目の前の恭介から顔面に水鉄砲攻撃を食らわされた。

 

「くそっ、夏海ちゃん、一旦下がろう!」

 

「はい!」

 

 現状、リトルバスターズのフラッグを狙うのは左サイドを突破した空門姉妹に任せた方が良さそうだし。俺たちは守りに徹しよう。

 

 俺たちはじわりじわり後退し、のみきのすぐ近くまで下がる。

 

「夏海ちゃん、のみきを援護してあげて!」

 

「わかりました! 来ヶ谷さん、覚悟してください! えい! えい!」

 

「フ、遅いぞ夏海君」

 

 俺の背後に隠れていた夏海ちゃんが、手に持っていた二つの水風船を立て続けに投げるけど、ビーチサンダルを履いた来ヶ谷さんは素早い動きでそれを回避する。標的を失った水風船はそのままプールサイドのコンクリートに当たり、空しく弾ける。

 

「な、なんで避けれるんですか?」

 

「イリュージョンだ」

 

 のみきの攻撃も全く堪えている様子もないし、どうなってるんだろう。

 

 でも、このまま来ヶ谷さんを足止めし続けていれば、空門姉妹がフラッグを奪ってくれるはず……。

 

「ひゃあっ!?」

 

「わぷっ!?」

 

 そう思っていた矢先、相手フラッグに向かっていた空門姉妹が盛大に転んだ。見た感じ、相手のスナイパーにやられたみたいだ。

 

「ようやくあたしの射程に入ってくれたし、ここから先には進ませないわ!」

 

 スナイパー役の女の子が陣取る場所から、空門姉妹のいる地点までは結構な距離があるのに、そこから正確に攻撃していた。かなりの腕前らしい。

 

 ……ところで、あの子は誰だろう。先日、リトルバスターズが島にやってきた時には、一緒に居なかったはずだけど。

 

「紹介するぜ。新入りの朱鷺戸だ」

 

 恭介が俺たちから視線を外さずに、親指をスナイパーの方に向けながら言う。

 

「あなたたちに恨みはないけど、なんだかんだで理樹くんと一緒に出られなかったのが悔しいのよ! その腹いせなのよ! 滑稽でしょ? 滑稽よね!? 笑いなさいよ! 笑えばいいわ! あーっはっはっはっは!」

 

「ひゃああああ!?」

 

「わわわわ!?」

 

 理由がよくわからないけど、朱鷺戸と呼ばれた少女はまくし立てながら空門姉妹へ怒涛の攻撃を見舞う。あの状況だと、あの二人はとても動けそうにない。

 

 このままだとジリ貧だし、ここはリスクを冒してでも攻撃の手を増やすしかない。三人がかりになれば、あのスナイパーでも止めきれないだろうし。

 

「……夏海ちゃん、今から俺が隙を作るから、その間に恭介たちの横を抜けて、相手フラッグに向かって走ってほしいんだ」

 

「わ、わかりました。やってみます」

 

「……うん。お願いね」

 

 夏海ちゃんが頷いてくれたのを確認して、俺は手にしていた水鉄砲を真上に投げ放つ。

 

「……!?」

 

 目の前にいた棗兄妹は思わずその水鉄砲の方に目が行ってしまう。

 

 それを確認した俺は、隠し持っていた水風船を恭介の顔面へと投げつける。

 

「ぐはっ!?」

 

 その攻撃で完全に虚を突かれた恭介は、そのまま顔を押さえながらしゃがみ込む。

 

「ごめん恭介。でも、これも勝負だからさ。夏海ちゃん、走って!」

 

「はい!」

 

 そのタイミングを見て飛び出した夏海ちゃんが二人の横をすり抜けた……その時。

 

 

「……悪いが羽依里、ここまでフラッグに近づいた時点で、俺達の勝ちだ」

 

「え?」

 

 しゃがみ込んだ体勢のまま、恭介がそう言う。

 

「……さあ、跳べ、鈴!」

 

「……まかせろ。きょーすけ、おまえのぎせいは忘れん!」

 

 そう言うが早いか、鈴はしゃがみ込んだ恭介の背中に足をかける。

 

「え、ちょっと、まさか」

 

 止める間もなく、鈴は恭介を踏み台にして大きく跳躍。俺やのみきの頭上を軽々と跳び越え、まるで猫のように空中で一回転した後、綺麗にフラッグの前に着水した。

 

「な、なに!?」

 

 一瞬で防衛網を突破され、のみきも驚愕の表情を見せていた。鈴の運動能力を甘く見ていたわけじゃないんだけど、この行動は読めなかった。

 

「く、くそ!」

 

 俺は鈴を止めようと即座に振り返って……自分の手に何も持っていないことに気づいた。そうだった。俺の水鉄砲は恭介たちの気を引くために手放してしまったんだ。

 

 隣ののみきは持っている水鉄砲が大型なためか、急な方向転換ができずにいるし、一度前に飛び出してしまった夏海ちゃんも戻れそうにない。これは、万事休すだ。

 

 

「……悪いが、コールドゲームだ」

 

『試合終了―――! 本日のウォーターバトルトーナメントの優勝チームは、リトルバスターズ!』

 

 ……直後、鈴が俺たちのフラッグを奪い取り、リトルバスターズの勝利が宣告された。優勢に試合を進めていたはずなんだけど、最後の最後でひっくり返されてしまった。

 

『……鳥白島少年団の皆もナイスファイトだったぞ! 会場の皆、彼らに惜しみない拍手を!』

 

 間髪入れずに、割れんばかりの拍手が俺達に送られた。

 

 悔しいような恥ずかしいような、それでいて嬉しいような。複雑な気持ちの中、ウォーターバトルトーナメントは幕を閉じたのだった。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 表彰式が済むと、恭介たちリトルバスターズの皆は足早に宇都山ハイランドを後にしていった。どうやら彼らは送迎バスじゃなく、別の手段で帰るらしい。もう少しゆっくり話をしたかったんだけど、こればかりは仕方ない。

 

 ちなみに準優勝の賞品として、宇都山ハイランドのグッズやお土産をもらった。マグカップやマスコットキーホルダーはわかるけど、敢闘賞として夏海ちゃんが受け取っていたブラジルの湯ってなんだろう。

 

 

 

 

 その後、疲れ切った俺たちはプールから上がり、着替えを終えてカフェスペースにやってきていた。

 

 送迎バスの時間まで、ここで飲み物でも飲みながらまったりと過ごそう……ということになったんだけど……。

 

「ううう、悔しいったら悔しいです!」

 

「なっちゃん、気持ちはわかるよー。飲んで忘れよう?」

 

 夏海ちゃんがすごく悔しそうにトロピカルジュースをヤケ飲みしていた。

 

 鴎はそんな夏海ちゃんと同じ丸テーブルについて、彼女をなだめながらボトルのジュースをコップに継ぎ足してあげていた。口には出してなかったけど、やっぱり夏海ちゃん、そのなんとかいうバンドのファンだったのかな。

 

「でも、夏海ちゃんが悔しがる気持ちも分かるかな。もう少しで勝てそうだったもんね」

 

 その様子を見ながら、俺としろはは少し離れた丸テーブルに向かい合って座っていた。頭上にはヤシの葉を模した屋根が日陰を作っていて、良い感じに涼しい。

 

「本当だよ。あのスナイパーが誤算だった」

 

 てっきり、佳奈多とかがスナイパーをやってくるんだと思っていたら、まさかの新入りだなんて。空門姉妹が完全に封じられるとは思わなかった。

 

「けど、リトルバスターズの皆と再会できるなんて思わなかったね」

 

「そうだよな。唐突過ぎて何も話せなかったよ。水鉄砲大会が終わったら、すぐに帰っちゃったしさ」

 

「恭介さんも島であれだけ感動的な別れ方をしたし、改めて話をするのが恥ずかしかったのかもね」

 

「そうなのかなぁ……」

 

「……おまたせしました。ヤシの実ジュースでございます」

 

「「え?」」

 

 ……その時、俺たちの前に、ストローが二つ刺さった大きなヤシの実が運ばれてきた。

 

「あの、注文してませんけど」

 

「あちらのお客様からです」

 

 ウェイターさんが示す先を見ると、その席には空門姉妹が座っていて、藍が俺たちの方に親指を立てていた。

 

 唖然としていると、手本を示すように蒼とヤシの実ジュースを飲み始めた。藍、めちゃくちゃ幸せそうな顔してるんだけど。俺たちもやらなきゃいけないんだろうか。

 

「……しろは、そのさ」

 

「やらないし! 恥ずか死ぬし!」

 

 しろはも空門姉妹を見て悟ったらしく、顔を赤くしたままストローを一本引っこ抜いて、投げ捨ててしまった。いくら恥ずかしいからって、そこまでしなくても。

 

「じゃあ、しろはが一人で飲んで良いよ……」

 

 俺はそう言って、二人のちょうど真ん中に置かれていたヤシの実をしろはの方に押しやる。ずっしりと重い。

 

「えぇ……でも」

 

「せっかく藍が注文してくれたんだしさ。これ、メニュー表を見たら800円もするし、残したらもったいないよ」

 

「……わ、わかった。喉は乾いてるし、少しもらうね」

 

 そう言って、残ったストローを口にくわえる。その様子をじっと見ていたらまた何か言われそうな気がしたので、俺は視線をずらす。

 

 

「おおー、シズクのよりおっきいです!」

 

「さすがに、ヤシの実には勝てないわね」

 

 偶然向けた視線の先では、紬と静久が意味深な会話をしながら一緒にヤシの実ジュースを飲んでいた。

 

「……ねぇ、羽依里」

 

「え?」

 

 何とも言えない気持ちで紬たちを見ていると、しろはから声をかけられた。慌てて顔を戻すと、目の前にヤシの実ジュースがあった。

 

「さすがに一人じゃ飲みきれないから。あげる」

 

「え? ああ、それじゃ遠慮なく」

 

 しろはからストローを回してもらって、俺もヤシの実ジュースを飲んでみる。うん。トロピカルで美味しい。

 

「残ってるの、全部飲んでいいからね」

 

「お、おう……」

 

 笑顔でそう言われたら断れない。頑張って飲んだけど、値段が値段なだけあって結構な量のジュースが入っていた。帰りのバスの中でトイレに行きたくならないといいけど。

 

 

 

 

「うぷ。飲み過ぎた……」

 

「……そんなに頑張って飲まなくてもよかったのに」

 

「いや、しろはにああ言った手前、残すわけにもいかなかったからさ」

 

 そう言いながら、水っ腹を気にしながら椅子にもたれる。その拍子に、向こうでそびえ立つ観覧車が見えた。

 

「……しろは、帰りのバスの時間まで後どれくらい?」

 

「え? 後三十分くらいだと思うけど」

 

「じゃあさ、最後に二人だけで観覧車乗らない?」

 

「観覧車?」

 

「そう。今からなら、バスにも間に合うしさ。駄目かな」

 

「いい、けど……」

 

「なら、急ごう」

 

 俺は代金を支払うのもそこそこに、しろはの手を取る。

 

 そして皆に見つからないように、こっそりとカフェスペースを抜け出して観覧車へと向かったのだった。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「それでは、いってらっしゃーい」

 

 係員さんに見送られて、観覧車のゴンドラがゆっくりと上昇していく。しばしの空中散歩だ。

 

 宇都山ハイランドの観覧車はフリーパスが適応されず別料金だったけど、しろはのためなら気にならない。

 

「あ。見て羽依里、ずっと海の向こうまで見えるよ」

 

「おお、本当だな」

 

「この遊園地は山の上にあるし、ここからなら鳥白島まで見えるかもね」

 

 座席にしろはと並んで座って、小窓から海を眺める。さすがに遠いのか鳥白島は見えなかったけど、本当に良い眺めだった。

 

「あのさ……しろは」

 

「なに?」

 

「……俺、この夏をしろはと一緒に過ごせて良かった。色々あったけどさ。楽しい夏休みだったよな」

 

 やがて観覧車が頂上に近づいた頃、俺は呼吸を整えてから、そう切り出した。

 

「……うん。私も楽しかったよ」

 

「それに……一緒にデートもできたしさ」

 

「ぶっ」

 

 これは予想外の話題だったんだろうか。しろはが噴出していた。

 

「そ、それでさ……この前のデートの時、できなかったし、その……」

 

「え、なに?」

 

 そこまで言いかけて、言いよどむ。だけど、ここで諦めるわけにはいかない。勇気を出せ、鷹原羽依里。

 

「えっと、ひ、ひと夏に、一回くらい……その……しろはと、キスしたい」

 

「え、ええ、えぇ……」

 

 ……い、言ってしまった。たぶん、俺の顔は今、真っ赤になってると思う。

 

「……そ、そんなの、恥ずかしいし……」

 

 しろはも顔を紅潮させて、視線を泳がせていた。

 

「こ、これまで何回もその、してるしさ……」

 

「きょ、去年の冬と、今年の春の二回だけだし! ひ、人をキス魔みたいに言わないで!」

 

 大声でそう言っていた。ここが観覧車の中で、本当に良かった。

 

「……あ、もしかして、そのために観覧車乗ったの?」

 

「……うん」

 

「……わざわざ、別料金まで払って?」

 

「……そう。しろはと二人っきりになりたくてさ」

 

「……」

 

 うわ、ものすごい目で見られてる気がする。こ、これは無理かも。

 

「しろは、ごめん。やっぱり……」

 

「……い、いい、よ……」

 

「……え、いいの?」

 

 しろはの口から出た言葉に、俺は自分の耳を疑ってしまった。

 

「な、何度も言わせないで。や、優しくしてね」

 

 そう言って、戸惑いながらも目を閉じる。

 

「そ、それじゃ……」

 

 俺は高まる胸の鼓動を必死に抑えながら、しろはの肩に優しく手を添えて、ゆっくりと唇を近づけていく。

 

「……」

 

 目の前のしろはは、火が出るんじゃないかってくらい顔を赤くしているし、その唇は小さく震えてる気がする。

 

 ……あ、あまり見続けても悪いし、俺も目を閉じよう。

 

 

 ……そう思った矢先。視界の隅に隣のゴンドラが見えた。

 

「……!?」

 

 ……そのゴンドラには、何故か蒼と藍が乗っていた。

 

 蒼は顔を真っ赤にして固まっているし、藍はカメラのようなものを構えていた。明らかに、見られている。

 

 いやいやいや、ちょっと待って。さすがにこの状況でキスできるほど、俺の肝は据わっていない。

 

「……羽依里?」

 

 そして、あまりにタイミングが遅いのが気になったのか、しろはが目を開ける。

 

「え、いったいどうし……ふぇ!?」

 

 そして俺の視線の先を追って……しろはも変な声をあげて固まってしまった。

 

「な、なななな……なんで蒼たちが?」

 

「わ、わからない。絶対に気づかれてないと思ったんだけど」

 

 結局、しろはの肩を抱き寄せた微妙な格好のまま、ゴンドラは無情にも地上へと降りていった。

 

 

「おかえりなさーい」

 

 係員さんがドアを開けてくれると同時に、しろはは逃げるように飛び出した。

 

 それを追ってゴンドラから出ると、俺たちを待ち構えていたかのように、観覧車の入り口に皆が揃っていた。やっぱり、後をつけられていたみたいだ。

 

「ほう、二人っきりで観覧車か」

 

「やるなぁ」

 

 いつの間に合流したのか、天善と良一がニヤニヤしながら俺を見ていた。

 

 他の皆も一様にわざとらしい笑みを浮かべていた。結局、何もできてないんだけど、恥ずか死にそうだ。

 

「……ただいまです。のみきちゃん、カメラ返しておきますね」

 

「ああ、よくわからないが、お目当ての写真は撮れたのか?」

 

「いえ、あとちょっとの所で無理でした」

 

 俺たちに続いてゴンドラから降りてきた藍がのみきに撮レルンですを返しながら、何か言っていた。うん、聞かなかったことにしよう。

 

「そうだ。フィルムがあと二枚ほど残っているんだ。せっかくだし、皆で記念写真を撮らないか」

 

「おおー、いいですね!」

 

「それは良い思い出になるな」

 

「ちょうどあそこに係員さんもいますし、撮影をお願いしましょう」

 

 そしてのみきの提案で、入場ゲートの前で集合写真を撮ってもらうことになった。

 

「はーい、それでは皆さん、笑ってくださいねー!」

 

 撮影用の看板の前に整列して、係員さんがシャッターを切ってくれる。この際、観覧車の出来事は忘れて、とびきりの笑顔で写ってやろう。

 

 さすがに夏休み中の現像は無理だろうけど、これはいい思い出になると思う。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 写真撮影も終わり、やってきたバスに全員で乗り込む。定刻になると、バスは宇都港へ向けて出発した。

 

 皆、思いっきり遊んで疲れているようで、バスが出発するとすぐにあちらこちらから寝息が聞こえてきた。

 

 特に夏海ちゃんはバスが出発するとすぐに、隣席のしろはの膝に倒れ込むようにして眠ってしまった。

 

「……夏海ちゃんも疲れちゃったみたいだね」

 

 しろはは迷惑がることもなく、その頭を優しく撫でてあげていた。

 

 確かに、あれだけはしゃいだら疲れるだろうけど……それだけじゃない気もする。

 

 たった今、夏海ちゃんの手のひらから抜け出ててきた七影蝶を目で追いながら、俺はそんなことを考えていた。

 

 

 

 

 ……その後、宇都港から船に乗って、鳥白島に帰り着いた。

 

 皆と別れて加藤家に帰宅する頃には、夏海ちゃんもすっかり元気になっていたので、水着やタオルを洗濯しておくことにした。

 

「羽依里さーん、窓拭き用の洗剤ってこっちにないですかー?」

 

「ああ、たぶんこれじゃないかな」

 

「ありがとうございます!」

 

 ついでに風呂掃除や窓拭きもやっておいた。鏡子さんもどこかに出掛けているみたいだし、たまには家事をしておかないと。

 

 それが終わると、今度は自分たちの部屋で荷物整理をすることにした。

 

「えーっと、宇都山ハイランドチップスに、宇都山ハイランドクッキー……無難なのはこの辺りかな」

 

 水鉄砲大会でもらった景品の中に、手ごろなお菓子があった。後で鏡子さんにお土産として渡すことにしよう。

 

「……よし、こんなもんかな」

 

 ようやく片付けがひと段落して、達成感に満たされながら部屋を見渡していると、お腹が鳴った。

 

 反射的に時計を見てみると、良い時間になっていた。そろそろ晩ごはんを食べに行こう。

 

「夏海ちゃん、いい頃合いだし、しろは食堂に行かない?」

 

 そう声をかけながら、居間に足を運んでみる。

 

「……あれ?」

 

 明かりは点いていたけど、無人だった。さっきまで居間にいた気がするけど。

 

「……部屋かな?」

 

 俺は首をかしげながら、夏海ちゃんの部屋へ向かう。

 

「夏海ちゃん?」

 

 部屋の前から、ふすま越しに声をかけてみるけど……返事がない。隙間から光が漏れてきているし、中にいると思うんだけど。

 

「夏海ちゃん、開けるよー?」

 

 

 ――たぶん、存在を保てなくなって、消えちゃうんじゃないですかね?

 

 

 ふすまに手をかけた、その時。昨日の夜、夏海ちゃんが言っていた言葉が脳裏をよぎった。

 

 ……そんな、まさか。

 

 でも、遊園地でも七影蝶がたくさん出ていたし、帰りのバスでも力尽きたように寝ていたし。

 

 ……嫌な予感がする。

 

「夏海ちゃん!」

 

 俺は思わず大きな声を出して、部屋のふすまを開ける。

 

「え? どうしたんですか?」

 

 ……部屋に入ると、夏海ちゃんはイヤホンをつけて、MDを聞いていた。

 

「い、いや、なんでもないよ……」

 

 右のイヤホンを外して、キョトンとする夏海ちゃんを見て、一気に力が抜けてしまった。

 

「そりゃ、イヤホンつけてれば、聞こえないよね……」

 

 そう言いながら視線を下に動かすと、夏海ちゃんが一枚の写真を持っているのに気がついた。

 

「あれ、その写真って、お花見の時の?」

 

「はい。夏休みの最初に、一度見せましたよね。この島に来た時、鏡子さんにもらった写真です。何度見ても、本当に楽しそうなので」

 

 ……今度、桜が咲く時期になったら皆で見に行こう……と言いかけて、やめた。写真を見る夏海ちゃんの表情が、すごく儚げに見えてしまったから。

 

「それで、血相変えてどうしたんですか?」

 

 でも、そんな表情はすぐに消え失せて、今度は不思議そうな顔で俺の方を見てきた。

 

「ああ……うん。そろそろ晩ごはん食べに行こうかと思ってさ」

 

「あ、もうそんな時間なんですね。それじゃ、行きましょう!」

 

 手早く写真をポーチにしまい、MDを片付けて立ち上がると、ぱたぱたと玄関へ向かっていった。俺もその後を追って、部屋を後にした。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「しろはさーん」

 

「しろはー」

 

「あ、二人とも、いらっしゃい」

 

 夏海ちゃんと二人で食堂に顔を出すと、しろはが笑顔で迎えてくれる。一緒に遊園地から戻ったばかりなのに、いつもと変わらぬ様子で食堂を開けてくれていた。

 

「今日は何にする? 仕入れができてないから、日替わりはできないけどね」

 

 カウンター席に座った俺たちにおしぼりを渡してくれながら、しろはがそう言う。

 

「構わないよ。それじゃ、かつ丼できる?」

 

「うん。それならできるよ。夏海ちゃんはどうする?」

 

「えーっと、そうですね……」

 

 夏海ちゃんはメニュー表とにらめっこしていた。珍しく迷っているみたいだ。

 

「……それじゃ、私はコロッケ定食ください!」

 

「え、また? 夏海ちゃん、昨日もコロッケ定食だったよね?」

 

「はい! その、しろはさんのコロッケ、すごくおいしいので……ダメですか?」

 

「全然構わないけど……それじゃ、少し待っててね」

 

 しろはは注文を受けると、すぐに調理に取りかかってくれた。さっそくコロッケやトンカツを揚げる、いい匂いが漂ってくる。

 

「あの、しろはさん。それともうひとつ、お願いがあるんですけど」

 

「え、なに?」

 

 俺がセルフの水を用意していると、夏海ちゃんが立ち上がって、しろはにまた別のお願いをしていた。

 

「定食のごはん、チャーハンにしてもらっていいですか?」

 

「チャーハン?」

 

「はい、しろはさんのチャーハンが食べたいんです!」

 

「別に良いけど……そんなに食べられる?」

 

「だ、大丈夫です! お腹は空いてますので!」

 

「……わかった。それじゃあ作ってあげる。今日だけの特別だよ」

 

「はい! ありがとうございます!」

 

 しろははキャベツを切る手を止めて、チャーハンを作り始めた。希望が通ったこともあり、夏海ちゃんは元の席に座って、嬉々としてお冷を飲み始めた。

 

「一度にたくさん作った方が美味しいから、羽依里のごはんもチャーハンにしてあげるね」

 

「え、俺の注文、かつ丼なんだけど」

 

 チャーハンかつ丼ってどうなんだろう。想像してみるけど、完全に別のメニューな気がする。まるでトルコライスだ。

 

「しろは、俺のは普通の白ごはんに……」

 

「はい。おまちどうさま」

 

 ……俺が断るより早く、しろはの料理が完成していた。トンカツは先に揚げられていたとはいえ、さすがの手際だった。

 

「美味しそうですねぇ」

 

 既に夏海ちゃんはニコニコ顔で割り箸を割っていた。こうなったら、俺も腹をくくるしかない。

 

「それでは、いただきまーす!」

 

「い、いただきます」

 

 笑顔でコロッケにかぶりつく夏海ちゃんの隣で、俺はサクサクパラパラのチャーハンかつ丼にとりかかったのだった。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「うう、気持ち悪い……」

 

 食事を終えて加藤家に帰宅した後、俺は居間で突っ伏していた。

 

 よく考えたら、チャーハンかつ丼はトンカツだけじゃなく、ごはんにも油たっぷりだった。これは胃もたれするわけだ。

 

「台所の方に、胃薬がなかったっけ……」

 

 俺は重たい腹を抱えるようにして、台所へと向かう。水屋のどこかに、救急箱があったはずだけど。

 

「……それにしても、賑やかだな」

 

 お風呂場の方から、夏海ちゃんと鏡子さんの話し声が聞こえる。確か、今日は夏海ちゃんが鏡子さんに見せたいものがあると言って、一緒にお風呂に入ったんだっけ。

 

「お、胃薬があった。これを飲めば少しは楽になるはず……」

 

 その場で適当なコップに水を注いで胃薬を飲むと、俺は再び居間へと戻り、たまらず横になったのだった……。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「……あれ、夏海ちゃん、これは何?」

 

 洗い場で身体を洗っていた鏡子さんが、私が用意した置物に気づいて、そう聞いてくれました。

 

「温泉の置物です! 少しでも温泉気分が味わえるんじゃないかと思いまして!」

 

「そうなんだ。この黒い熊、可愛いね」

 

 鏡子さんがそう言って、湯船に浸かる黒熊のご当地キャラクターを指でつつきます。私としては、こっちの緑色の鳥も可愛かったりするんですけど。

 

「それに、今日はお湯の色も変わってるね」

 

「はい! この入浴剤を入れてみました! 遊園地のお土産なんです!」

 

「ブラジルの湯? よくわからないけど、フルーティーな香りがするね」

 

 身体を洗い終わった鏡子さんが、湯船のお湯をすくって確認しています。私は一足先に湯船に入ってますけど、すごく南国って感じの香りです。これがブラジルかと言われると、よくわからないですけど。

 

「それじゃ、私も入ろうかな」

 

「え、待ってください。さすがに狭いですよ!?」

 

「詰めれば入れるよ。お邪魔します」

 

「えええ」

 

 私は止めましたけど、鏡子さんはそう言いながら湯船に入ってきました。お互いに体育座りするみたいにして、なんとか湯船に浸かります。

 

「へぇ、光の加減でお湯の色が違って見えるんだね。珍しいし、これは羽依里君も喜んでくれるんじゃないかな」

 

「あ、その羽依里さんのことなんですけど……その、話しておかなくて良かったんですか?」

 

「え、何を?」

 

「三枚目の手紙に書いてあった、瞳さん……鳴瀬の一族の力についてですよ。しろはさんにも、その力があるんですよね?」

 

「……うん。考えたんだけど、それは話さない方が良いと思ってね。ほら、しろはちゃんはこの世界だと、あくまで普通の女の子だから」

 

「そ、そうですか。鏡子さんがそう決めたんなら、いいですけど……」

 

 私は返す言葉が見つからず、湯船に顔の下半分を沈めて、意味もなくブクブクしてみます。

 

「……やっぱり夏海ちゃんの中には、ここまで導いてくれた瞳の七影蝶も混ざってる気がするよ」

 

「そ、そうなんですかね?」

 

 私は思わず、自分の両手を開いてみます。特に変わったところはないんですけど。

 

「うんうん。チャーハンに情熱を傾けるところとか、絶対に鳴瀬家の影響を受けてるよ。だってこの島に来るまで、夏海ちゃんは料理なんてやったことなかったんでしょ?」

 

「はい。急にできるように……いえ、しなきゃいけない! という謎の使命感に襲われたんです」

 

「やっぱりそうだよ。瞳がしろはちゃんのことを気にかけるように、夏海ちゃんもしろはちゃんのことが気になってるんだよ」

 

「そ、そうでしょうか」

 

 そう言われても、よくわかりません。私は私のはずです。

 

「……夏海ちゃん、明日は島の花火大会だよ。そんな顔してたら、楽しめないよ」

 

 私が不安そうにしていたからでしょうか。鏡子さんは私の頬に優しく触れながら、笑顔でそう言ってくれます。

 

「……はい。ありがとうございます」

 

 その触れた指先から、鏡子さんの気持ちが伝わってくる気がして、私もできるだけ笑顔で返します。

 

「私の方こそ、楽しい夏休みをありがとうね」

 

 そして、鏡子さんは私を優しく抱きしめてくれました。

 

 ……トキアミを通ったせいか、私、本当のおかーさんのことはあまり覚えていないんです。でもきっと、おかーさんのぬくもりって、こんな感じなんだと思います。

 

 だから、鏡子さんは私にとって、島のおかーさんです。この島にやってきて、不安だらけだった私を、受け止めてくれた人ですから。

 

 ……本人に言ったら、怒られちゃいそうですけどね。えへへ。

 

 

 

 

第四十六話・完




第四十六話・あとがき

おはこんばんちわ。トミー@サマポケです。
今回は遊園地編の後編でした。ウォーターバトルトーナメント、決勝戦の相手は予想していた人も多いかもしれませんが、リトルバスターズでした。思わぬ再会ってやつです。
やっぱり、リトバスメンバーは本当に書きやすいですね。相変わらず恐ろしいチームワークで野球のリベンジを果たしましたし。

また、今回のお話で前回は出せなかった沙耶を少しでも出すことができたので、満足していますw

そして水鉄砲大会が終わってからの、ヤシの実ジュースと観覧車の流れは個人的に一番好きなシーンだったりします。キスのチャンスが潰されるオチは、これまた予想できたかもしれませんね。

終盤では久しぶりに夏海ちゃん視点で書いてみました。
本編でもそれっぽいことを書いていますが、実は夏海ちゃんは七影蝶になって『トキアミ』を通っても記憶が完全には消えない『特異体質』なんです(VFBによると、うみちゃんも特異体質らしいです)。
原作のしろはみたいに記憶が完全に消えるわけではないのですが、うみちゃんのように記憶を完全保持して自由にトキアミへ移動できるわけでもないのです。夏海ちゃんの場合、トキアミに来たのは事故みたいなものですし。

と、最後に長々と説明をしたところで以上になります。次回は島の花火大会です(*^^*)
今回も、最後まで読んでいただいてありがとうございました!
感想など頂けましたら、泣いて喜びます。
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