Summer Pockets #2   作:トミー@サマポケ

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第四十七話 8月29日

 

 

 

 

「羽依里さーん! 朝ですよー!」

 

 ……朝。

 

 いつも以上に元気な夏海ちゃんの声で目が覚める。

 

「おはよう、夏海ちゃん」

 

「おはようございます」

 

「……あれ? 今日はずいぶんゆっくりなんだね」

 

 背伸びをしながら壁にかけられた時計を見てみると、7時半だった。

 

「はい。ラジオ体操も終わっちゃいましたし、たまにはゆっくりするのも良いかと思いまして」

 

 夏海ちゃんはそう言いながら、手にホウキを持っていた。

 

「もしかして、朝から掃除をしていたの?」

 

「はい! 埃は夜のうちに床に積もるので、朝は掃除するのに最適な時間なんですよ!」

 

 もしかして、夏海ちゃんは早起きして掃除をしてくれていたんだろうか。

 

「起こしてくれれば手伝ったのに……」

 

「いえ、早く目が覚めてしまったので、ついでにやっただけです! もう終わりましたし、すぐに朝ごはんの支度をしますね!」

 

 そう言うが早いか、夏海ちゃんは廊下をぱたぱたと走って行ってしまった。相変わらず、朝から元気だなぁ。

 

「……って、感心してる場合じゃないよな。俺も起きないと」

 

 その背中を見送った後、俺も急いで立ち上がって布団をたたむ。それから身支度を整えて、居間へと向かった。

 

 

 

 

 居間に行ってみると、鏡子さんの姿はなかった。今日は花火大会があるし、その準備にでも行ってるんだろうか。

 

「夏海ちゃん、手伝うよ」

 

「え? 急にどうしたんですか?」

 

 そして気がつけば、俺は台所に顔を出していた。夏海ちゃんが朝から掃除をしてくれていたのに、惰眠を貪っていた後ろめたさもあって、何か手伝えることないかと思ったんだけど……。

 

「お気持ちだけもらっておきます! 台所は女の戦場ですので!」

 

 エプロンという名の戦闘服に身を包んだ夏海ちゃんにそう言われて、笑顔で追い返されてしまった。

 

「確かに、男の俺が戦場に行ったところで後方支援すらできないけどさ……」

 

 むしろ、皿を割ってしまったり調味料を間違えたりと、戦線を混乱させてしまいかねない。俺はそんなことを考えながら、居間で一人テレビを見ていたのだった。

 

 

 

 

 ……やがて朝のニュースが終わり、ラーメン特集が始まった。どこかで見たことある金髪のレポーターさんが、ものすごく幸せそうな顔でラーメンを食べていた。ところで、なんでこのレポーターさんはラーメンのことをメンラーって呼ぶんだろう。

 

「あれ?」

 

 ……それにしても、朝ごはんができるのがいつもより遅い気がする。ラジオ体操のログボこそないけど、先日しろはからもらったお中元の品がたくさんあったし、食材には困らないはずだけど。

 

 ちょっと気になって、台所に行ってみる。

 

「うーん、うーん……」

 

 すると、夏海ちゃんがお中元がまとめられた段ボール箱に頭を突っ込んで、うんうんと唸っていた。

 

「夏海ちゃん?」

 

「わひゃあ!?」

 

 声をかけながら、その肩に触れると……不意を突かれたのか、声をあげながら数センチは飛びあがった。

 

「あ、ごめん……大丈夫?」

 

「び、びっくりして、口から七影蝶が飛び出るかと思いました……」

 

 ……そこ、心臓じゃないんだ。まさに、夏海ちゃんならではの表現だった。

 

「もしかして、メインの食材選びに悩んでいたりするの? やっぱり、チャーハンを作るんだよね?」

 

 台所のテーブルを見る限り、サラダ油や卵、フライパンといったチャーハン作りに必要なものは一通り揃っている感じだけど。

 

「そうなんですよ……これだけたくさんの食材があると、逆に考えがまとまらなくてですね」

 

 夏海ちゃんは右手にかんぴょう、左手にツナ缶を持って悩んでいた。

 

「うーん、そうだね……」

 

 俺も一緒になって、お中元が入った箱を覗き込んでみる。そうめん……は昨日使ったし、このサバ缶とかどうだろうか。

 

「夏海ちゃん、このサバ缶とかは?」

 

「うーん、それも良いんですけど、なんかこう、降って来ないんですよね」

 

 よくわからないけど、夏海ちゃんには夏海ちゃんなりのこだわりがあるらしい。

 

「こっちのカボチャを使って、カボチャーハンにしてもいいですけど……丸々一個使うわけにもいかないですし」

 

 テーブルの上には小ぶりながらも、カボチャが一個まるごと置かれていた。どうやらこれは、先日しろはがもらってきた野菜の残りみたいだ。

 

「確かに、まるごとカボチャーハンを朝から食べるのはなかなかにヘビーそうだね」

 

「ですよねぇ……」

 

 そう言って、二人同時に頭を悩ませる。朝からチャーハンを作ろうとしている時点で、ヘビーも何もないかもしれないけど。

 

「……決めました! この高級塩を使って、塩チャーハンを作ります!」

 

「え、塩!?」

 

 しばらく悩んだ結果、夏海ちゃんが高そうな袋に入った塩を高々と掲げて、そう宣言していた。随分シンプルになったけど、どうして塩なんだろう。

 

「はっかったのっしおっ。これ、一度使ってみたかったんですよね」

 

 どこかのCMで聞いたことあるようなセリフを発しながら、夏海ちゃんが卵を割り始めた。これは、塩チャーハンで決まりみたいだ。

 

 

 

 

「かのうせいのかったまり~♪」

 

 食材選びが終わった後、俺は大人しく居間に戻り、塩チャーハンができるのを待つ。なんか台所から、どこかで聞いたことあるような歌が聞こえる気がする。

 

「お待たせしました! 塩チャーハンです!」

 

 しばらくして、夏海ちゃんが超大盛のチャーハンをおぼんに乗せて、居間にやってきた。

 

「え、それって二人分!?」

 

「……あ、やっぱり多いですかね?」

 

 俺がそう指摘すると、夏海ちゃんはばつが悪そうな顔をしていた。

 

「……実は、チャーハンの歌をうたいながら調理していたら、ついつい作りすぎてしまいまして。なんとか盛り付けてみたんですが、多いですよね……?」

 

 どうにか二皿に取り分けてあるけど、どう見ても三人前はある。いくらなんでも、朝からこの量はちょっと。

 

「少し減らそうか。残った分は別の器に分けて、ラップをかけておけばいいよ」

 

「わかりました。冷蔵庫に入れておきますね」

 

 そう言うと、夏海ちゃんは手際よく塩チャーハンを別の器に移し、冷蔵庫にしまっていた。温めなおせばまた美味しく食べられるし、もしかしたら、鏡子さんが食べてくれるかもしれない。

 

「それじゃ、冷めないうちに食べましょう! いただきまーす」

 

 夏海ちゃんが居間に戻ってくるのを待ってから、一緒にあいさつをして塩チャーハンを食べ始める。

 

「……うん。美味しい」

 

 具材はネギと卵だけ。それに程よい塩味が効いた、本当にシンプルなチャーハンだった。ご飯もしっかりパラパラだし、これは美味しい。

 

「えへへ、今日も自信作ですよ!」

 

 そう言って笑う夏海ちゃんと向かい合いながら、塩チャーハンを堪能した。

 

 

 

 

 朝ごはんを済ませると、暇になってしまった。

 

 洗い物を済ませた夏海ちゃんと二人、テレビを見たりするけど、この時間はどこも似たような情報番組しかやってなくて、すぐに飽きてしまった。

 

「あの、羽依里さん」

 

 朝から駄菓子屋に行くのも、なんかはばかられるし……とか考えていると、唐突に夏海ちゃんから声をかけられた。

 

「え、どうしたの?」

 

「もし良かったら、今日の午前中、バイクで島を回ってみませんか?」

 

「いいよ。それじゃあ久しぶりに島を巡ってみようか」

 

「ありがとうございます! それじゃ、用意してきますね!」

 

「うん、先に表で待ってるからね」

 

「はい!」

 

 嬉しそうに部屋へと向かう夏海ちゃんを見送った後、俺もテレビを消してから立ち上がる。そのままバイクの鍵を持って、ガレージへと向かった。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 後ろに乗った夏海ちゃんを気にかけつつバイクを走らせ、最初は漁港へ行ってみた。

 

 既に漁師さんの仕事は終わっていて、代わりに見慣れない人たちがあちこちでテントを組み立てていた。

 

「あれ、なんですかね?」

 

「たぶん、夜の花火大会に向けて会場設営をしてるんじゃないかな。ほら、向こうの骨組みは出店っぽいし、こっちには仮設のステージみたいなのもあるしさ」

 

「本当ですね。皆さん忙しそうです」

 

 当然だけど、港は色々な人が慌ただしく走り回っていた。俺たちはなるべく邪魔にならないように、漁港の端を歩くことにした。

 

「羽依里さん、変わった船がありますよ?」

 

「え、船?」

 

 しばらく歩いていると、夏海ちゃんが港に停泊していた船を指差していた。なんだろう。普段は見ないような大きな船だけど、漁船にしてはそれらしい設備もないし、形も変だ。

 

「……あの船は台船と言ってな。夜になったら、あの船から花火を打ち上げるんだ」

 

 その時、背後から声がした。振り返ってみると、のみきが立っていた。

 

「あれ、のみきも手伝いに来てるのか?」

 

「ああ。午前中だけだがな」

 

 考えてみれば、花火大会は島の一大行事だ。この時期に花火大会が少ないこともあって、かなりの観光客が集まるらしいし、役所も総動員で準備をするのは当然かもしれない。

 

「のみき、何か手伝えることはないか?」

 

「……いや、気持ちだけ受け取っておこう。先日の祭りと違って、専門の業者がたくさん入ってくれている。私たちも、半ば雑用係といったところだ」

 

「そっか。それじゃ、頑張ってくれよ」

 

「のみきさん、夜の花火、楽しみにしています!」

 

「ああ、この島の花火は余所のような派手さはないが、花火との距離が近いことで有名だ。迫力だけはあるから、期待していてくれ」

 

「はい!」

 

 その後、のみきは仮設ステージの方に呼ばれていった。あまり長居して準備の邪魔になっても悪いし、俺たちは別の場所に行くことにした。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 というわけで、港を後にした俺たちは、今度は秘密基地へとやってきた。そこには先客として、良一と天善、そしてイナリがいた。

 

「よう。イナリはここにいたのか」

 

「ポン!」

 

 俺が声をかけると、元気に尻尾を振って挨拶を返してくれた。

 

「ぜぇ、はぁ、くそーーー……」

 

「た、鷹原に夏海か……ど、どうした……?」

 

 一方で、良一と天善は息も絶え絶えに、卓球台の近くに座り込んでいた。どうしたんだろう。

 

「二人ともどうしたんだ? 朝から死にそうな顔をしてるけど……」

 

「き、聞いてくれ鷹原、実は……」

 

 天善によると、朝から良一と二人で秘密基地で駄弁っていたところへ、イナリがやってきたらしい。

 

 そこで天善は良一と共にイナリに卓球勝負を挑んだらしいけど……二人の状態を見た限り、ボコボコにされたらしい。

 

「イナリ、少しは手を抜いてやれよ」

 

「ポンポンー」

 

 それはできない。勝負の世界は厳しいんだぜ、と言われている気がした。どうやら、先日の卓球大会でイナリも卓球に目覚めてしまったらしい。

 

「……そういえば、私も卓球大会の時、イナリさんに負けちゃったんですよねー……」

 

「ポ、ポン?」

 

 その時、夏海ちゃんが口元に手を当てながら、ジト目でイナリを見ていた。その様子を見て、俺はなぜか藍の表情と被って見えた。

 

「……天善さん、ラケットってもう一つないですか?」

 

「ラケットか? あるにはあるが……」

 

 夏海ちゃんにそう聞かれ、天善が隅の箱からラケットを取り出した。

 

「ありがとうございます。それじゃ、三人がかりでイナリさんにリベンジしましょう! 天善さん、良一さん、立ってください!」

 

 夏海ちゃんはそれ受け取ると、びしっとラケットを構えながら、イナリに向き直る。まさかの展開だった。

 

「な、夏海ちゃん、本気でやるのか!?」

 

「もちろんです! 良一さんはイナリさんに負けたままで、悔しくないんですか!?」

 

「そ、そりゃあ悔しいぜ……だけどよ……」

 

「なら、つべこべ言わずにリベンジしましょう! ほら、天善さんも!」

 

「あ、ああ……」

 

 最初は躊躇していた二人だけど、夏海ちゃんに鼓舞されるうちにやる気になったらしく、ラケットを持って立ち上がる。

 

 どうやら、本気で三人がかりでイナリに挑むらしい。ダブルスならぬ、トリプルスだ。

 

「えーっと、それじゃ、イナリのサーブから試合開始!」

 

「ポーン!」

 

 俺は慌てて得点板を構えながら、試合の行方を見守ることにした。

 

 

 

 

「うう、全然勝てないです……」

 

「無念だぜ……」

 

「完敗もいい所だな……」

 

 夏海ちゃんたちは小一時間ほど粘っていたけど、まったく相手にならなかった。三人揃って床に座り込み、天井を仰ぎながら肩で息をしている。

 

 天善の魂伝影念獅坐威砲も、良一のパージサーブも通用せず、夏海ちゃんのチャーハンスマッシュⅡまで見切られていた。

 

「見てて思ったんだけどさ、卓球台の片方に三人もついていたら、狭くて全然動けてなかった気がするんだけど」

 

「鷹原の言う通りだな……数が多ければどうにかなるというものではなかった……」

 

「た、卓球道は奥が深いですね……」

 

「ポン! ポーン!」

 

 完敗を喫した三人を見下ろすように、イナリだけが卓球台の上で元気に飛び跳ねていた。

 

 

 

 

「それじゃ、俺たちはそろそろ行くよ」

 

「ああ、またな」

 

「イナリさんも、またです!」

 

「ポン!」

 

 しばらく休んでから、俺たちは秘密基地を後にすることにした。次はどこへ行こう。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 山を下りた俺たちは、そのまま住宅地とは反対方向へとハンドルを切る。そして夏の日差しと風を全身に浴びながら、田舎道を進んでいく。

 

 ……やがて、小学校が見えてきた。

 

「羽依里さん、ちょっと止めてもらっていいですか?」

 

「うん、いいよ」

 

 小学校の校門脇にバイクを止める。当然夏休み中だし、校門は閉まっていた。

 

 夏海ちゃんはその校門やプールを横切って、グラウンドへと向かっていく。

 

「あのプールで灯篭を作ったり、このグラウンドで野球の試合をしたのが随分前のような気がします」

 

 夏海ちゃんは嬉しそうにそう言い、しばらくの間グラウンドを見渡していた。

 

 夏の初めには恐怖の対象だった学校も、この島で過ごすうちに思い出の場所へと変わったみたいだ。なんだか、俺も嬉しい気持ちになった。

 

 

 

 

 夏海ちゃんとひとしきり小学校での思い出話をした後、そのまま田舎道を抜けて、今度は港の方に行ってみる。

 

 ちなみに道中、しろは食堂の前を通りかかったけど『本日臨時休業』の札が下がっていた。夜は花火大会だし、さすがに今日は食堂を開けないみたいだ。

 

「あれ? あの人たちも花火大会を見に来たんですかね?」

 

「かもしれないね」

 

 適当に港の空いている場所にバイクを止めて、二人でぶらぶらしていると、ちょうど船が到着したらしく、たくさんの観光客が歩いていた。

 

 そこまで大きく宣伝とかしてないみたいだけど、毎年の恒例行事だったら、噂を聞き付けた観光客とかがやって来るのかもしれない。

 

「あのー、すみませーん」

 

 その時、二人組の女性から声をかけられた。

 

「鳥白島まんじゅうって、どこに売ってるか知りませんか?」

 

「え? ああ、こっちですよ」

 

 鳥白島まんじゅう。駄菓子屋にも売ってるけど、確か以前、ここからほど近い商店にも売っているのを見た気がする。

 

 この人たち、身なりからして観光客っぽいし、案内してあげることにした。

 

 

 

 

「ここです。このお店に売ってますよ」

 

 俺は港のすぐ近くの商店に二人を案内する。

 

「ありがとうございますー。ところで、お二人はご兄妹ですか?」

 

「え? いや、この子は親戚の子で」

 

「あ、そうだったんですねー」

 

「仲良さそうなので勘違いしちゃいましたー。お嬢ちゃんもありがとねー」

 

 観光客の二人は笑顔で俺たちに手を振ると、そのまま商店の中に入っていった。

 

「羽依里さん、どうしたんですか? なんだか嬉しそうですね?」

 

「観光客に地元の人間に間違われるくらい、俺もこの島に溶け込んできたんだなって思ってさ」

 

「はぁ……確かに、さっきの羽依里さん、すごく地元の人っぽかったですね」

 

 夏海ちゃんもそう言って笑ってくれた。俺も一ヶ月以上この島に滞在しているし、それくらいわかって当たり前なんだけど。不思議なくらい嬉しくなって、思わず笑みがこぼれた。

 

「……羽依里、お店の前でニヤニヤして、なんか怖いんだけど」

 

「え、鴎?」

 

 ……そんな様子を、鴎にしっかりと見られていた。

 

「鴎さん、こんにちわです!」

 

「やっほー、なっちゃん!」

 

 夏海ちゃんに負けないくらい、鴎も元気な声で挨拶を返していた。この二人、本当に元気だな。

 

「それで、羽依里たちは買い物?」

 

 鴎はいつものスーツケースを持ち、白い日傘を差していた。今日も朝から日差しが強いし、やっぱり暑いんだろう。

 

「いや、俺たちは観光客を道案内していただけだよ。鴎こそ、どうして港にいるんだ?」

 

「今夜花火大会あるでしょ? おかーさんの会社がそのスポンサーしてるから、港で議員さんを待ってたの!」

 

 スポンサー? 議員さん? なんか今、しれっとすごいワードが聞こえたような。

 

「よくわからないけど、お偉いさんとかと会うのか?」

 

「まぁ、そんなところ。でも軽く挨拶しただけで、すぐにおかーさんと議員さんは役所に行っちゃったから、私は暇になっちゃったんだけどね」

 

 ああ言ってるけど、たぶん鴎は母親と一緒に役所に行くのを断って、港に残ったんだろう。理由は多分、俺たちの姿が見えたから。

 

 せっかくだし、少し話をしていこうかな。

 

「そういえば、なっちゃんはもう浴衣用意した?」

 

 そんなことを考えていると、鴎が夏海ちゃんにそう質問していた。

 

「え、浴衣って何のですか?」

 

「花火大会のに決まってるよ。なっちゃんも着るんだよね?」

 

「……はっ」

 

 鴎の言葉を聞いて、夏海ちゃんが口元に両手を当てて固まる。

 

「ど、どうしましょう。何も用意してません」

 

「ええっ、用意してないの?」

 

 続いて鴎が驚嘆の声をあげる。俺もすっかり失念していたけど、花火大会に浴衣はつきものだ。

 

 夏海ちゃんも着たいはずだし、しろはや鏡子さんに頼んで、浴衣を用意してもらえないだろうか。

 

「ふっふっふ。安心して! そんなこともあろうかと、沢山の浴衣を用意してあるから!」

 

「ど、どこにですか?」

 

「ご覧あれー!」

 

 次の瞬間、鴎は持っていたスーツケースを開く。その中には色鮮やかな浴衣がたくさん入っていた。

 

「すごいですね。見ても良いですか?」

 

「気に入ったのがあったらあげるよ。なっちゃんに合ったサイズはこの辺りかなー」

 

「え、もらっちゃっていいんですか?」

 

「うん!」

 

「ありがとうございます!」

 

 夏海ちゃんはスーツケースの近くに座り込んで、嬉しそうに浴衣を物色し始めた。

 

 それにしても、こうやって道端でスーツケースを広げていると、怪しい行商人みたいだ。

 

「鴎、お前は浴衣の行商でも始めたのか?」

 

「違うよ! ちょっとわけありでね。浴衣を貰ってくれる人を探してるの」

 

「え、そうなの?」

 

「うん。私が港に来たのは、これを受け取る用事もあったしね」

 

 何か深い理由がありそうだし、ここは詮索しないほうが良さそうだ。

 

「それでね。お昼から駄菓子屋の座敷を借りて、浴衣の譲渡会を開催しようと思ってるの。あそこなら試着もできるし、なっちゃんもゆっくり選べると思うよ?」

 

「じゃあ、お昼から駄菓子屋にお邪魔します!」

 

「うん、待ってるよ!」

 

 落ち着いて浴衣を選べる目途が立ったからか、夏海ちゃんは手にしていた浴衣をスーツケースへと戻す。

 

「羽依里、それでね。せっかくだから他の女の子たちにも声をかけておいてくれないかな。皆お気に入りの浴衣があるかもだけど、少しでもたくさんの人に貰ってほしいの」

 

「わかった。誰かに会うことがあったら伝えておくよ」

 

「よろしくね。それじゃ、またお昼から!」

 

 そこまで話すと、鴎は残りの浴衣を手早くスーツケースへとしまい直すと、そのまま去っていった。

 

「夏海ちゃん、浴衣の目途が立って良かったね」

 

「はい! すっかり忘れていたので、助かりました!」

 

 夏海ちゃんは笑顔だった。お昼から駄菓子屋で譲渡会か。お昼になったら、忘れずに駄菓子屋に行かないと。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 午後からの予定は決まったけど、まだお昼までは時間があるし、俺は後ろに夏海ちゃんを乗せて、またバイクを走らせた。

 

「ここは風があって、涼しいですね」

 

 島の隅々まで巡った後、最後に灯台にやってきた。

 

「おおー、さすがシロハさんです!」

 

 灯台の扉をノックしようとしたその時、浜辺の方から紬の声が聞こえた。どうやら、しろはもいるらしい。

 

「あら、パイリ君に夏海ちゃん」

 

 声がする方に行ってみると、先の二人に加えて静久も居た。

 

「タカハラさん、ナツミさん、いらっしゃいませ!」

 

 髪をポニーテールにまとめた紬が満面の笑みで迎えてくれた。風にそよぐ金髪が太陽の光でキラキラと輝いて、綺麗だった。

 

「賑やかだけど、三人で何やってるんだ?」

 

「はい! お昼ゴハンの調達です!」

 

 言われて見てみると、三人が三人、釣り糸を垂らしていた。しろはが例の釣り場以外で釣りしてるなんて珍しい。

 

「あれ? ここって釣りしていいのか?」

 

「遊泳禁止の看板は出てるけど、釣りは禁止されてないよ」

 

 一番奥にいたしろはがそう教えてくれた。そういうしろはの足元のバケツには、たくさんのアジが入っている。

 

「おお、さすがしろはだな」

 

「たまには釣り場を変えてみるのもいいみたい。場所が違うと、魚も油断してるのかな……ヒット」

 

 直後にもう一匹、大きなアジを釣り上げた。さすがの腕前だった。

 

「私もしろはちゃんに教えてもらいながら釣っていたのだけど、変わった魚しか釣れないのよ」

 

 そう言う静久のバケツには、なぜか大量のハリセンボンが入っていた。これは、釣れていないのと同じだ。

 

「むぎぎぎ……シズクはまだ魚が釣れるだけ良い方です。むぎぎぎぎ」

 

 そんな静久の隣にいる紬は、妙な声をあげながらわなわなと震えていた。足元のバケツは空っぽで、すぐ隣にいくつものぬいぐるみが転がっていた。もしかして、これが釣れたんだろうか。

 

「三人とも、エサも道具も同じはずなんだけどね」

 

 しろはが不思議そうな顔をしていた。やっぱり、しろはは魚に好かれる体質なんだろうか。彼女がそんな体質ってのも、なんか嫌だけど。

 

「そういえば看板見たんだけど、今日は食堂を開けないのか?」

 

「うん。夜は皆、花火に行くしね」

 

 新しいエサを針に付けながら、しろはがそう教えてくれた。ちなみに、エサは浜辺で獲ったらしい虫だった。

 

「それに、本土からたくさんのお店が来るし、賑やかなんだよ」

 

「ああ、一度港に行ったときに見たよ」

 

「美味しいものがたくさんあるから、夏海ちゃんも晩ごはんは食べずに行くのが良いかもね」

 

「はい、そうします!」

 

 魚港で準備されているの見た感じ、沢山の屋台が出るみたいだし。今から楽しみだ。

 

「そうだ。せっかくだし、羽依里や夏海ちゃんも釣ってみる?」

 

「良いのか?」

 

「うん。私は沢山釣ったし」

 

「それではナツミさん、わたしの釣り竿をどうぞ!」

 

「ありがとうございます!」

 

 俺と夏海ちゃんもそれぞれ釣り竿を受け取って、勢いよく海へと投じた。

 

 

 

 

「……おお、また釣れた」

 

「またヒラメだね。刺身にすると美味しいよ」

 

「こっちも釣れました!」

 

「夏海ちゃんのはカレイだね。煮つけにすると美味しいよね」

 

 道具もエサも、何もかも同じはずなのに、これまたしろはたちとは全然違う種類の魚が釣れていた。本当に不思議だ。

 

「左ヒラメに右カレイって言ってね。違いが分かればちゃんと見分けられるんだよ」

 

「そうなんだな」

 

 俺からしたら、全く見分けがつかない。さすが食堂をやってるだけある。

 

 

 

 

「……うん。たくさん釣れたし、もうこの辺でいいんじゃないかな」

 

「そですね!」

 

 その後もしばらく釣り続けると、結構な量の魚が釣れた。これは大漁だった。

 

「ところで、灯台からこれだけの魚を持って帰るのは大変そうだな」

 

 ビニール袋に入れたとしても、結構な量になりそうだし。

 

「……それじゃ、ここで食べる?」

 

「え?」

 

 しろははそう言うが早いか、まな板と包丁を取り出した。どこに持ってたんだろう。

 

「料理をするなら、ガスコンロにお鍋、調味料もあるわよ!」

 

「灯台の中から持ってきました! なんでもござれです!」

 

 紬と静久はその手に様々な調味料や調理器具を持っていた。いつの間に灯台に戻ったんだろう。

 

「お醤油にワサビもあるし、アジやヒラメは刺身にするね。夏海ちゃんも手伝ってくれる?」

 

「わかりました!」

 

 そうしろはに指示された夏海ちゃんが、しろはから別の包丁とまな板を受け取って魚をさばき始めた。だから、どこに持っていたの。

 

「ねぇ紬、サラダ油と天ぷら鍋があったら貸してほしいんだけど」

 

「はい! これですね!」

 

「唐揚げ粉もあるわよ。これでいいかしら?」

 

「うん。大丈夫」

 

 俺が色々と考えているうちに、しろはの望んだものが何でも出てきていた。紬たちも普段からここで料理をしているんだろうか。素晴らしい準備の良さだった。

 

「羽依里もぼーっとしてないで、灯台の水道から水を汲んできて」

 

「え? ああ、わかった」

 

 俺は渡されたバケツを手に、言われるがままに水汲みへ向かった。戻ってくると、しろはがハリセンボンをさばいていた。

 

「えぇ……それって食べられるの?」

 

「うん。から揚げにしようと思って。南の方では普通に食べてるらしいし、礼儀だから食べないと」

 

 あれよあれよという間に、立派な魚料理が出来上がっていった。時間的に、これはもうお昼ごはんと思っていいだろう。

 

 

 

 

「それじゃ、いただきましょう」

 

「はい! いただきまーす!」

 

 全員で手を洗った後、完成したばかりの魚料理をいただくことにした。

 

「それじゃ、まずは……」

 

 俺は最初に自分が釣ったヒラメの刺身を一切れ食べてみた。うん。コリコリして美味しい。

 

「今食べたのが、ヒラメのえんがわ。一番おいしい所だよ」

 

「そうなんだ。脂も乗ってるし、これはご飯が欲しくなるな」

 

「そうだわ。紬、確か灯台にアレがあったわよね。主食に食べてもらったらどうかしら」

 

「おおー、それは名案です!」

 

 俺がついそう言うと、静久に何やら提案された紬が灯台の中へと戻っていった。まさか、ごはんが出てくるんだろうか。

 

「……皆さん、どうぞ!」

 

 しばらくして、紬は両手いっぱいにコッペパンを持って戻ってきた。

 

 なるほど。コッペパンといえばワタアメやタコに続いて、紬の主食の一つだった。

 

「さっきから不思議に思っていたけど、灯台には何でも揃ってるんだな」

 

「ええ、実は時々灯台に食材を持ってきて、紬と一緒にごはんを作っているの」

 

「はい! シズクの作るごはんは美味しいんです!」

 

 なるほど、そういうことだったのか。それなら、あれだけの調理道具が揃っているのも納得だ。

 

 謎が一つ解けたところで、揚げたてのハリセンボンのから揚げをコッペパンに挟んで、ソースをかけていただくことにした。

 

 ハリセンボンを挟んだコッペパンなんて初めてなんだけど、サクサクして美味しかった。

 

 

 

 

「そうだ三人とも、今夜の花火大会で着る浴衣は用意してるの?」

 

「え、浴衣?」

 

 そして俺は食事をしながら、港で鴎が言っていた浴衣の譲渡会について、三人に話を振ってみた。

 

「もちろん用意はしてるけど……どうかしたの?」

 

「実は、鴎が午後から駄菓子屋で、わけありの浴衣を譲りたいって言ってたんだ。たくさんあるらしいんだけど、三人も行ってみないか?」

 

「むぎゅ。それは少し気になります」

 

「でもわけあり……って、なんだか怖いね」

 

「着てると段々帯が締まってきて、息が苦しくなるとか?」

 

「むぎゅ!? それは怖すぎます!」

 

「ちょっとパイリ君、紬を怖がらせないで」

 

「ごめんごめん。それで、三人にも是非来てほしいんだけど」

 

「じゃあ、お昼から駄菓子屋に行ってみるね」

 

「私と紬もお邪魔するわ」

 

「はい!」

 

「うん、よろしくお願いするよ」

 

 これで三人は確保した。鴎も人がたくさん来てくれた方が喜ぶだろうし。

 

 心配事がなくなったところで、俺は食事を再開することにした。うん、このカレイの煮つけ、味が染みて美味しい。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 一度加藤家に帰宅し、バイクをしまう。思わぬところでお昼ご飯が食べられたので、少し休憩してから、そのまま駄菓子屋へと向かった。

 

 

 

 

「くーださーいな」

 

「……いらっしゃい」

 

 駄菓子屋についてみると、カウンターにおばーちゃんがいた。どうやら、今日は蒼たちは来ていないみたいだ。

 

「今日も暑いねぇ」

 

「本当ですね」

 

 おばーちゃんに相槌を返しながら、店の中を見渡す。座敷のふすまは閉じられているし、鴎の姿もない。どうやら、まだ浴衣の譲渡会は始まっていないみたいだ。

 

「そうだ。おばーちゃん、かき氷貰えますか?」

 

 店に入った手前、そのまま外に出るってのも気が引けた。とりあえずかき氷でも食べながら待つことにしよう。お昼ごはんの関係で、少し喉が渇いていたし。

 

「いいよ。どれにするかの?」

 

「それじゃ、ブルーハワイで。夏海ちゃんはどうする?」

 

「私は氷イチゴください!」

 

「どれも同じ味じゃがの。ほい。200万円」

 

「はい」

 

 いつものお約束をして、おばーちゃんに代金を支払う。それからかき氷ができるまでの間、なんとなく商品の陳列棚を眺めてみる。

 

 すると、以前鴎が作ったボトルシップが目に留まる。ちょうど目の前の高さに、目立つように置かれていた。

 

「やっぱりこれ、すごい出来栄えだよな」

 

「そうそう。その船を見た子供たちから、いくつもボトルシップの注文が入ってねぇ」

 

 しゃこしゃこと氷を削りながら、おばーちゃんがそう教えてくれる。確かに、この完成品を見たら自分でも作ってみたいという衝動に駆られそうだ。そういう意味では、鴎はこの店の売り上げに貢献していると言えるのかもしれない。

 

「ほいよ。ブルーハワイに、氷イチゴだったの」

 

 しばらくして、たっぷりとシロップのかかった山盛りのかき氷をおばーちゃんから受け取る。

 

「奥の座敷で食べるとええよ。扇風機があって涼しいしの」

 

「それじゃ、上がらせてもらいます」

 

 おばーちゃんはそこまで言うと、カウンターの前にザルを出して店を無人販売にして、どこかに出掛けてしまった。俺はその背中を見送った後、奥のふすまを開ける。

 

「「……へ?」」

 

 ……そこには下着姿の蒼と藍がいた。

 

 二人は俺の方を向いて、同じ顔をして固まっていた。というか、俺も固まって動けない。

 

「羽依里さん、どうしたんですか? あ……」

 

 不意に立ち止まった俺を不思議に思ったのか、夏海ちゃんが横から顔を出し……同じように固まる。

 

「え、えっとその」

 

 しろはと付き合って結構経つし、正直この手のハプニングは慣れてきた。こういう時はあわてず騒がず、ゆっくりとふすまを閉めて……。

 

「~~~~っ!」

 

 俺がそう考えている間にも、藍が声にならない声をあげながらこっちに近づいてきた。え、なんで近づいてくるの。

 

 そして俺の手からブルーハワイを奪い取ると、満面の笑みを浮かべながら俺の顔面に押し付けてきた。

 

「びょおおおおお!?」

 

 俺はあまりの冷たさに絶叫した。ちょっと藍、ぐりぐりするのやめて!

 

「あわわわわわ」

 

 すぐ近くで夏海ちゃんが困惑している声が聞こえるけど、俺はそれどころじゃない。顔面に押し付けられたかき氷は俺の体温で溶けて、そのまま顔を伝い落ちて襟元から服の中に入ってくる。これは冷たい。冷たすぎる。許して藍おねーちゃん!

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「……で、何か弁解する事はありますか?」

 

「ないわよねー?」

 

 ……数分後、俺は空門姉妹に見下ろされながら、駄菓子屋前の地面で正座をしていた。ブルーハワイを顔面に押し付けられたせいで、俺のシャツは青く染まっている。

 

 目の前には全く同じ笑顔の二人。うん、笑顔なんだけど、すごく怖い。

 

「えっとその、これは事故かと」

 

「「は?」」

 

 予想通り、二人は大変怒ってらっしゃった。そんな俺を、向こうのベンチに座った夏海ちゃんがかき氷を食べながら心配そうに見ていた。

 

「うう、ブルーハワイのシロップでベッタベタなんだけど」

 

 俺はシャツを摘みながら、何とも言えない気持ちになる。地面に正座しているし、このままだと蟻にたかられそうだ。

 

「自業自得です。なにより、蒼ちゃんの下着姿を見たことは許せません。反省してください」

 

 藍は目くじら立てながらそう言うけど、俺の記憶に一番残ってるのは、かき氷を投げつける時に迫ってきた藍の胸なんだけど。

 

「ところで、二人はどうして駄菓子屋で下着姿に?」

 

「……その言い方、語弊があるからやめて欲しいんだけど」

 

「私と蒼ちゃんは鴎ちゃんからもらった浴衣の試着をしていたんですよ。そこに羽依里さんが入ってきたんです」

 

 なるほど。それは本当にタイミングが悪かった。せめて夏海ちゃんから先に座敷へ入ってもらえば、その先の展開も違っただろうに。

 

「……って、それじゃ鴎来てるのか?」

 

「へ? 来てるわよー。ほら」

 

 俺の問いに、蒼がそう言って開けっ放しになっていた座敷を指差す。畳の上に、鴎のスーツケースが置かれていた。

 

「本体のスーツケースを残して、鴎はどこ行ったんだ?」

 

「あ、終わった?」

 

 不思議に思っていると、ガタガタと奥の押し入れが開いて、そこから鴎が顔を覗かせた。

 

「いやー、二人の豹変っぷりに驚いて、ついつい隠れちゃったよー」

 

 後ろ頭を掻きながら、鴎がもそもそと這い出てきた。俺たちも店内に戻り、座敷の方へと向かう。

 

「そりゃ、男の子に下着姿を見られたら豹変もするでしょー?」

 

「そうかなー。私は冷静にスーちゃんでむこうずねをガツッっと……」

 

 ちょっと鴎、想像するだけで痛いからやめて。

 

「鴎、それよりさ、夏海ちゃんにも浴衣を試着させてあげてほしいんだけど」

 

「いいよー。ほらほらなっちゃん、そんなところに立ってないで、カモンカモン」

 

 ちょうどかき氷を食べ終わったのか、店の入口から中を覗き込んでいた夏海ちゃんを鴎が見つけて、そう言って手招きをした。ようやく、本題に入れそうだ。

 

 

 

 

「さあさあ、皆様お立会い!」

 

 元々いた空門姉妹に夏海ちゃんを加えて、改めて浴衣の譲渡会が始まった。鴎はまるで叩き売りのような口上を述べながら、座敷の畳の上に色鮮やかな浴衣を並べていた。

 

 俺も何の気なしに座敷の入口に座り、綺麗に並んだ浴衣を眺めていると、ふと疑問が浮かんだ。

 

「ところで鴎、なんでこんなにたくさんの浴衣を持ってるんだ?」

 

「おかーさんの知り合いに呉服屋さんをしてた人がいてね。もう年だからお店をたたむことにしたらしいんだけど、その時にまだ使えそうな着物を譲ってくれたらしいの」

 

 なるほど、高価な着物や振袖は譲渡先があるかもしれないけど、浴衣となると時期物だし、なかなか引き取り手もいないのかもしれない。

 

「それで良かったら、皆に使って貰おうかと思って!」

 

 わけありって、そういう事だったのか。なんというか、鴎らしかった。

 

「というわけだから、なっちゃんも好きなの選んでいいよ!」

 

「はい!」

 

 夏海ちゃんは目を輝かせながら、近くにあった浴衣を手に取る。

 

「帯もこっちにあるから、良いのを選んでね!」

 

「ありがとうございます! どれも綺麗なので、悩んじゃいます!」

 

「さっきも着てみたけど、やっぱりこっちの柄も良いわねー」

 

「この帯も、蒼ちゃんには似合うと思いますよ?」

 

 そこに空門姉妹も加わって、和気あいあいと浴衣を選び始めた。やっぱり女の子ってこういうの好きなんだな。

 

「色の取り合わせが気になったら、試着してみても良いからね!」

 

「着付けなら、あたしがしてあげるわよー?」

 

「ありがとうございます! それじゃさっそく……あ」

 

 その時、女子の視線が一斉に俺に集まった。

 

「そ、それじゃ、俺は表で待ってるから!」

 

 さすがに試着するとなると、ここにいるわけにもいかない。俺は飛びのくように立ち上がって、慌ててふすまを閉めた。

 

 

 

 

「はぁ、なんだか疲れた……」

 

 俺は閉め切られた座敷に背を向けるようにしてベンチに座り、ぐったりしていた。

 

 カウンターに置かれたいたザルに代金を入れて、すこんぶを買ってちまちましゃぶってみるけど、大して時間は潰れない。

 

「くーださーいなー」

 

「あら、パイリ君」

 

 ……その時、紬と静久がやってきた。

 

「ああ、鴎の譲渡会なら奥の座敷で始まってるぞ」

 

「そですか。それでは行ってみます!」

 

 浴衣を選ぶのが楽しみなんだろうか。紬は半分スキップしながら座敷へと向かっていった。

 

「ふふ、せっかく来たのに、パイリ君も大変ね」

 

「わかってくれるのは静久だけだよ……」

 

 どうやら、静久は俺が外のベンチに座っている理由を察してくれたらしく、すれ違いざまに慰めの言葉をかけてくれた。その心遣いが今は身に染みる。

 

 

 

 

 その後、俺はビックカツバーを食べながら、なにをするでもなくぼーっとしていた。今日も空は青いなぁ。

 

 

「蒼さん、この帯も試してみたいんですけど……」

 

「あ、ちょっと待ってねー」

 

 座敷のふすまを閉めていても、賑やかな声が漏れ聞こえてくる。

 

 どうやら蒼が着付けを担当しているらしく、なかなかに忙しそうだ。

 

「では、ナツミさんの浴衣はわたしが着付けます!」

 

「え、紬、着付けできるの?」

 

「はい! この道100年のタクミの技をお見せしましょう! するするするー」

 

「おおー、ツムツム上手! 意外だねー!」

 

 よくわからないけど、紬は着付けが上手いらしい。紬に和服のイメージはないんだけど。

 

「紬、私にもお願いできないかしら」

 

「シズクの場合は帯板の位置を調節したり、この和製ブラジャーかタオルを使って、そのおっきな胸が目立たないようにします!」

 

「まぁ、おっぱいにそんなことするなんて、紬はいじわるなの!?」

 

「べ、別にイジワルではないです! こうしないと、アンバランスになってしまうので!」

 

 なんか生々しい会話まで聞こえる。まぁ、楽しそうだからいいけどさ。

 

 ……あ、期待してる人には悪いけど、今回は夏海ちゃん視点にはならないらしいよ。

 

 って、俺は何を考えているんだろう。暑さにやられかけてるのかな。

 

「……あれ、羽依里? 一人なの?」

 

 その時、しろはがやってきた。ベンチに座っている俺を見て、不思議そうな顔をしている。

 

「ああ、皆は座敷で譲渡会をやってるよ。試着もしてるみたいでさ。俺がいるわけにもいかないから」

 

「そうなんだ。それはしょうがないよね」

 

「譲渡会もだいぶ盛り上がってるみたいだしさ、しろはも行ってきなよ」

 

「うん。それじゃ、行ってくるね」

 

 しろはもそう言いながら、俺の横を通り過ぎていった。

 

「……ところで、なんでシャツが青く染まってるの? 灯台で会った時は、普通の白いシャツだったよね?」

 

 通り過ぎたと思ったら、しろはが振り返ってそう聞いてきた。

 

「いやその、かき氷を食べてて、ブルーハワイシロップをこぼしちゃったんだ」

 

「えぇ……乾いちゃったら落ちにくいから、早めに洗濯したほうがいいよ?」

 

「わ、わかってるよ」

 

 まさか正直に話すわけにもいかず、適当にはぐらかしておいた。

 

 

 

 

 そしてしろはを見送った後、また暇になった。

 

 さっきからお菓子ばっかり食べて喉が渇いてきたし、ラムネでも買って飲もうかな。結局、かき氷は食べられなかったし。

 

「やっぱり、一人黄昏てるわねー」

 

 そう思っていた矢先、蒼が表にやってきた。

 

「あれ、蒼? もう終わったのか?」

 

「あたしは選び終わったわよー。しろはも来たし、ちょっと座敷が手狭になってきたから、退散してきたの」

 

「なるほどな。それで、蒼はどんな柄の浴衣にしたんだ?」

 

「それは夜のお楽しみって事で」

 

「よ、夜の……蒼が言うと、なぜかエロく聞こえるよな」

 

「え、エロちゃうわ!」

 

 なんかこのやりとりも久しぶりな気がする。まぁ、それこそ夜のお楽しみにしておこう。

 

「ところで蒼、かき氷貰える?」

 

「へっ、かき氷?」

 

「ほら、結局食べられなかったしさ」

 

「あーね……良いわよー。何味?」

 

「じゃあ、今度はレモンで」

 

「りょーかい。今度シャツにかき氷こぼしたら、緑色になるわねー」

 

「うぐっ、しろはから聞いたのか。その話は忘れてくれ」

 

「はいはい。100万円よー」

 

 お約束をしながら蒼に100円を渡す。すると、すぐに氷を削る涼しげな音が聞こえてきた。

 

「そういえば港に行ってみたけど、観光客もたくさん来てたぞ」

 

「そうねー。実行委員会の皆が毎年気合入れてるから」

 

「そうなんだな」

 

「花火、2500発も上げるのよ。こんな島でねー」

 

 そう言いながら、純白のかき氷にレモンシロップをかける。見るからにおいしそうだ。

 

 観光客は来るけど、そこまで宣伝とかしてないところからして、花火大会は純粋に島民の皆が楽しむためにやってる感じなんだろう。

 

「はい。おまたせー」

 

 やがて蒼が大盛のかき氷を手渡してくれる。いつも思うけど、この量で100円は安いと思う。

 

「あれ、なんか白いんだけど」

 

「練乳、サービスしといたわよー」

 

「嬉しいんだけど、レモンに練乳ってありなのか?」

 

「レモン牛乳ってのがあるんだし、いいんじゃないの?」

 

「それもそうだよな」

 

 妙に納得しつつ、氷レモンを口に運ぶ。甘酸っぱい独特の風味が口に広がって、美味しかった。

 

 

 

 

 かき氷を食べ終わった頃、ようやく譲渡会が終了したらしい。各々が浴衣を手に、座敷から出てきた。

 

「それじゃ良い時間だし、そろそろ帰って準備をしましょう?」

 

 静久がそう言う。その手には浴衣と別に、白い袋があった。

 

「カモメさんのところには、後で着付けに伺います!」

 

「ツムツム、よろしくね!」

 

 続いて、紬がそう言っていた。ふすま越しに聞いた感じだと、この中では紬が一番着付けが上手いらしい。やっぱり意外だ。

 

「その後になりますが、ナツミさんのところにもお邪魔します!」

 

「あ、着付けは鏡子さんができると聞いたので、鏡子さんにお願いしようと思っています!」

 

「そですか。では、お祭りの会場で会いましょう!」

 

「はい!」

 

「それじゃーねー」

 

 皆は手を振りながら、それぞれが自分の家の方へ向けて歩いていった。そして駄菓子屋の前には、俺と夏海ちゃんだけが残される。

 

「ところで夏海ちゃん、どんな柄にしたの?」

 

「はい! これです!」

 

 満面の笑みで見せてくれた浴衣は、蝶の柄だった。うん、いかにも夏海ちゃんらしい。

 

「それじゃ、俺たちも帰ろうか」

 

 俺も帰って着替えないと。完全に乾いちゃってるけど、このブルーハワイシロップ、落ちるかな。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「おまたせしましたー」

 

 夕方近くになって、段々と漁港の方に人が集まっている気配がしてきた。

 

 一足早く準備を終えて玄関先で待っていると、着付けを済ませた夏海ちゃんが鏡子さんと一緒に出てきた。

 

「おお、その浴衣、似合ってるね」

 

「えへへ、ありがとうございます!」

 

 夏海ちゃんの浴衣は赤を基調としていて、所々に蝶のアクセントが入っていた。予想通り、すごく似合っていた。

 

「それじゃ、楽しんできてね」

 

「あれ、鏡子さんは一緒に行かないんですか」

 

「まだ用事が残っててね。花火が始まるまでには行けると思うから、夏海ちゃんは先に楽しんできてね」

 

「はい! それじゃ、行ってきます!」

 

「うん。いってらっしゃい」

 

 手を振る鏡子さんに見送られながら、俺たちは花火大会の会場へと向かった。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「……すごい人ですね」

 

 花火会場の漁港に到着してみると、この島にこんなに人がいたのかと思えるくらいの人が集まっていた。

 

 朝から出ていた仮設ステージでは、様々な催しものが行われていた。花火までまだ時間があるし、あれで場を盛り上げるみたいだ。

 

 そんなステージから少し離れた位置に、たくさんの出店が並んでいた。この夏、色々な出店を見たけど、これだけ一堂に会していると圧巻だった。

 

「羽依里さん、良かったら先にちょっとだけ、出店を見て回りませんか?」

 

「え、二人で?」

 

「ですです。皆さん、まだ来ていないみたいですし、先に出店の下調べしちゃいましょう!」

 

 言われてみれば、皆との集合場所とか決めてなかった気がする。会場はそこまで広くないし、出店を回っていれば、そのうち誰かに会えるかもしれない。

 

「そうだね。それじゃ、少しだけ一緒に回ろうか」

 

「はい!」

 

 夏海ちゃんはそう言って、おもむろに俺の手を取ってきた。

 

「え、ちょっと夏海ちゃん?」

 

「……しろはさんが来るまでの、少しの時間だけでいいんです。駄目ですか?」

 

「いや、構わないよ」

 

 俺は一瞬驚いたけど、優しく握り返してあげた。

 

「ありがとうございます! それじゃ、行きましょう!」

 

 ……その後は、夏海ちゃんに半ば引っ張られながら出店を見て回る。

 

「羽依里さん、ワタアメを売ってますよ!」

 

「本当だね。買ってみる?」

 

「いえ! 紬さんより先に手を出したら、なんだか恨まれそうな気がしますので!」

 

 夏海ちゃんはそう言って笑う。確かに、ワタアメの恨みは恐ろしそうだ。

 

「あ、かき氷もあるね」

 

 そんなワタアメの屋台の隣では、知らないおじさんがかき氷を売っていた。どうやら本土からやってきた人らしく、値段も島の駄菓子屋より高かった。

 

「かき氷……は、また後にしましょう!」

 

 万一おじさんに聞こえた時のことを考えたんだろう。夏海ちゃんはそうはぐらかしていたけど、たぶん買わないと思う。この夏、毎日のように食べていたし。

 

 ワタアメやかき氷の他にも、やきそば、たこ焼き、ベビーカステラ、焼きもろこし……食べ物の屋台だけでも、結構な数が出ていた。

 

「夏海ちゃん、お腹空いてたら先に何か食べる?」

 

 しろはに言われた通り、俺たちも晩ご飯は食べずに出てきた。それなりにお腹は空いてるところに、これだけの屋台。これは目に毒だ。

 

「えっと、じゃあ……い、いえ! 食べ物は皆さんと一緒に食べた方が美味しいですし、後の楽しみに取っておきます!」

 

 夏海ちゃん、耐えた。でも、確かに皆と一緒の方が何倍も美味しいだろうし、俺もここは目星をつけるだけにしておこう。

 

「あ、射的がありますよ!」

 

「本当だね。これ、後で鴎とのみきを対決させたら面白そうだね」

 

「そうですね!」

 

 俺たちは食べ物の誘惑から逃れるように、それ以外の出店を見て回ることにした。

 

 会場に出ているのは、射的に輪投げ、金魚すくいにヨーヨー釣り……全てこの夏に、どこかでやったことがあるものばかりだった。

 

 金魚すくいとか腕に覚えがあるし、後で皆と一緒に挑戦してみるのも面白いかもしれない。

 

 

 

 

「あ、いたよ!」

 

「おーい、羽依里! 夏海ちゃん!」

 

 金魚すくいの屋台を見ながらそんなことを考えていると、人ごみをかき分けて皆がやってきた。

 

「あ、皆来たのか」

 

「皆さん、こんばんわです!」

 

「よもや、集合場所を決め忘れるとはな……探したぞ」

 

 手に持ったうちわで自身を扇ぎながら、先頭ののみきがため息混じりにそう言う。そんな彼女は薄桃色の生地に、無数の桜が散りばめられた浴衣を着ていた。

 

「おお、のみきの浴衣は可愛らしい感じだな。似合ってるぞ」

 

「そ、そうか? 少し子供っぽいかと心配したんだが、そうか。似合っているか」

 

 のみきはすごく嬉しそうにしていた。そしてさすがに、今日はハイドロは背負っていないみたいだ。

 

「羽依里、私は?」

 

 そんなのみきの横から顔を出し、鴎も笑顔で浴衣の感想を聞いてきた。

 

 鴎の浴衣は白地の上に、紫色のアサガオが散りばめられていた。鴎の髪色と相まって、すごく映える気がする。

 

「似合ってるんじゃないか。鴎にしては」

 

「むぅ、最後の一言が余計なんだけど」

 

「鴎、羽依里はね、きっと女の子に囲まれて照れてるのよー」

 

「ぜ、全然そんなことはないぞ」

 

「そう言う割には、目が泳いでますけど。ほら、ちゃんとこっちを見てください」

 

 そう言ってあからさまに寄ってくる蒼と藍はそれぞれ、青色と藍色の浴衣を着ていた。この二人、本当にこの色が似合うよな。

 

「相変わらず、タカハラさんはモテモテですね!」

 

 そんな二人に続いて、目の前に金髪の少女が現れた。

 

「えーっと、どちらさま?」

 

「むぎゅ!? 紬です! 紬・ヴェンダースです!」

 

 よく見てみると紬だった。緑色の浴衣を着て、髪を下ろしているせいか、いつもと雰囲気が全然違っていた。

 

「紬さん、その浴衣、すごく似合ってます!」

 

「ありがとうございます! ナツミさんもよくお似合いです!」

 

 二人は手を取り合いながらお互いの浴衣を褒め合っていた。この二人も、本当に仲が良いよな。

 

「紬も一生懸命浴衣を選んでいたもの。良かったわね」

 

「はい!」

 

 そう言う静久は、黒地に大きな白い花の模様が入った浴衣を着ていた。あの花、月下美人って言うんだっけ。なんというか、艶やかだった。

 

「……紬が着付けをした時、だいぶ目立たない様にしたらしいけどよ……相変わらず、すごい迫力だよな」

 

「何の話だ。俺はもう、ベビーカステラしか頭にないぞ」

 

 そう言う天善は、あからさまに静久から視線を外していた。何の話をしているかは、大体見当がつくけど。

 

 ちなみに、良一と天善の二人は甚兵衛を着ていた。こうして見ると、普通の格好をしている俺の方が浮いてる気がする。

 

「……まったく、羽依里も言ってくれたら甚兵衛用意したのに。おじーちゃんのだけど」

 

「いや、あの人の甚兵衛だと想像するだけで、身体が勝手にスクワットを始めそうだから」

 

 そう口にしながら、声がした方を見る。そこにいたしろはを見て、俺は息を呑んでしまう。

 

「おお……」

 

 しろはは白地に菖蒲の柄が入った浴衣だった。シンプルだけど、本当に似合っている。

 

「やっぱり、しろはには白が似合うよな……」

 

「そ、そう……?」

 

 しろはは右手で自分の髪を触りながら、どこか恥ずかし気に首をかしげる。そんな仕草でさえ、すごく魅力的だった。

 

「ほらほら、二人だけの世界に入るのは、せめて花火が始まってからにしてくださいね」

 

 俺たちの方をジト目で見ながら、藍が先頭に立って歩き始めた。それに続くように、皆も歩き出す。

 

「ところで天善、帯にうちわを差してるのならわかるけど、なんでラケットなんだ?」

 

 歩き出してすぐ、隣の天善の格好が気になったので、そう聞いてみた。

 

「それはもちろん、卓球部だからだ!」

 

 帯からラケットを抜き放ち、ビシッとポーズを決める。予想通りの返答だった。

 

「天善君、相変わらずだね」

 

「天善ー、人混みの中でそんなもの振り回したら危ないわよー」

 

「バカなことやってると、置いていきますよ」

 

 女性陣はそう冷たく言い放ち、すたすたと先に歩いていく。確かに時間も惜しいし、気を取り直して皆で出店を楽しもう。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 まずは腹ごしらえをしようという話になり、全員で食べ物の屋台を巡ることにした。

 

 先に夏海ちゃんと下見をした通り、やきそばにたこ焼き、フランクフルトにアメリカンドッグ、焼きとうもろこしと、色々な屋台が出ている。どれにしようかな。

 

「蒼ちゃん、チョコバナナ売ってますよ。さっそく食べましょう」

 

「いいわねー」

 

 そんな中、空門姉妹は一番にチョコバナナを買っていた。先陣を切って歩き出しただけあって、さすがに行動が早い。

 

「しろしろ、りんごあめ食べよう! りんごあめ! 奢ってあげるよ!」

 

「え、えぇ……!?」

 

 続いて鴎がしろはを引っ張っていき、一緒にリンゴ飴を買っていた。それにしても、鴎ってすごくリンゴ飴が似合うよな。

 

「俺は何にしようかな……」

 

 皆が思い思いに屋台を覗き込み始めたし、俺も何か食べないと。

 

「羽依里、悩むより先に買った方が良いぜ?」

 

 そう言う良一は右手に焼きもろこし、左手に焼き鳥を持っていた。いつの間に買ったんだろう。

 

「こういう時はしっかりと食っとかないとな」

 

「ああ、人気の店だと行列ができて、すぐ売り切れてしまうぞ」

 

 隣に立つ天善は牛すじ煮込みと、大量のベビーカステラの入った袋を持っていた。

 

「ベビーカステラはわかるが、牛すじ煮込み?」

 

「この島ではよく見るんだが。余所にはないのか? 美味いんだぞ」

 

 そう言って器を差し出してくれたので、一口貰って食べてみる。おお、確かに美味しい。

 

「蒼ちゃん、あっちにクレープがありますよ」

 

「美味しそうねー。藍、買っちゃう?」

 

 もうチョコバナナを食べ終わったんだろうか。空門姉妹は続いてクレープの屋台へと足を運んでいた。

 

「いらっしゃいませー。おススメはプリンセスクレープですっ!」

 

「今ならクレープを買ってくれた人に、もれなく竜太サンドがついてくるよ!」

 

「ストロベリースペシャルを二つください。竜太サンドは全力で拒否させてもらいます」

 

「あんた鬼っッスね!」

 

 屋台でクレープを売っていたのは、以前本土で見た兄妹だった。あの二人、よく島に来るよな。

 

 それにしても、あの姉妹は甘党なのかな。よく甘いものばっかり食べられるな。

 

「島の皆って普段節制してるイメージがあるからか、こういう時って羽目を外すよね」

 

「ふぁい?」

 

 苦笑いしながら後ろの夏海ちゃんに声をかけてみると、鴎と一緒に焼きもろこしを食べていた。

 

「やっふぁりおみゃふりっていっふぁら、ふぉれだね!」

 

「鴎、言いたいことはわかるけど、きちんと飲み込んでから喋ろうな」

 

 鴎は焼きもろこしにかじりつきながら、反対の手にフランクフルトを持っていた。リンゴ飴はもう食べ終わったらしい。

 

「やっぱり、これだけお店がたくさんあると、目移りしてしまいますね」

 

 焼きもろこしを食べながら、夏海ちゃんがそう言う。確かにこれだけお店があると、悩んでしまうよね。

 

「ふふ。夏海ちゃん、そんな時は皆で分けて、少しずつ食べればいいのよ」

 

「そですよ! ナツミさん、タコヤキをどうぞ!」

 

 声がした方を見ると、笑顔の紬がつまようじに刺したたこ焼きを夏海ちゃんに差し出していた。

 

「それでは、ひとついただきます! あちち……」

 

 そのたこ焼きを夏海ちゃんが飛びつくようにして食べる。すごく熱そうだった。

 

「んー、熱いですけど美味しいです!」

 

「それは良かったです! タカハラさんも、どうぞ!」

 

「え、ああ。ありがとう」

 

 俺も夏海ちゃんに続いて食べてみる。うん、確かに熱いけど、サクふわの生地にソースと青のりの風味が効いていて美味しい。

 

「ほら、こうすれば色々なものが食べられるしね。はい、のみきちゃん」

 

「ああ、すまないな」

 

 静久はそう言いながら、のみきとお好み焼きを分けて食べていた。あれも美味しそうだよな。

 

 

 

 

 その後も皆で出店の間を練り歩く。

 

「あ、このバター焼きって美味しいですね」

 

「でしょ。私のオススメなの」

 

 夏海ちゃんはたこ焼きの後、しろはからバター焼きを貰っていた。ところでバター焼きって、なんのバター焼きなんだろう。

 

「できたぜ。ありがたく受け取りな。お前にネオレインボー」

 

 そして、のみきはワタアメを買っていた。サングラスをかけた怪しげな店主が見事な七色のワタアメを作っていたけど、あの人、どこかで見たことあるような。

 

「んむ。変わった味だな」

 

「あの、ノミキさん、一口だけ味見させてください!」

 

 直後、鳥白島一のワタアメテイスターである紬が食いついていた。

 

「ああ、こっち側なら口をつけていないから、ちぎってくれて構わないぞ」

 

「のみきさん! 私も少し食べたい!」

 

 食べ物の匂いを嗅ぎつけたのか、鴎も飛来していた。本当によく食べるな……。

 

「……って、俺もそろそろ自分で買わないと」

 

 さっきからもらってばっかりだし。女の子たちは色々なものを分けて食べてる感じだったけど、男としてはこう、がっつりお腹に溜めたかった。

 

 ……そんな折、目の前でジュージューと焼かれている焼きそばがとても魅力的に映った。

 

「すみません。焼きそば一つください」

 

「はいよ。まいどありー」

 

 俺はそのソースの香りに負け、速攻で焼きそばを買ってしまった。

 

 さすがにパックに入った焼きそばを食べ歩きするわけにはいかなかったので、皆に一声かけてから、適当なベンチに腰を下ろして食べることにした。

 

「……うん、うまい。なんで屋台のやきそばって美味しいんだろうな」

 

「……家で作る時と違って、火力の高い鉄板を使ってるからね。余計な水分が飛んでソースが良く絡むから美味しいんだよ」

 

 いつの間にかしろはが俺の隣に座っていて、そう教えてくれる。

 

「あとは、鉄板で麺が焼ける音とか、ソースの香りとか。お祭りの雰囲気だね」

 

「ああ、やっぱりそういうのあるのかな」

 

 ずるずると麺をすする。家でも使ってそうな普通の中華麺なのに、不思議と美味しい。

 

「そうだ。せっかくだし、しろはも食べてみるか?」

 

「え?」

 

 半分ほど食べたところで、しろはにそう提案してみる。

 

「ほら、今後の食堂メニューの研究にさ」

 

「うちの食堂、鉄板を置く予定はないんだけど……」

 

「まぁ、そう言わずに。美味しいから」

 

「そ、それじゃ、少しだけね」

 

 俺の押しに負けて、しろはは俺から焼きそばの入ったパックと割り箸を受け取ると、少しだけ口に運ぶ。

 

「……うん。美味しいね」

 

「だよな。不思議と美味しいんだよ」

 

「でも、使うソースの種類を変えればもっと深みを出せそうなんだけど。他にも、何か足りない気がする……」

 

 ぶつぶつ言いながら、もう一口、もう一口と口に運ぶ。なんだろう、料理人としての研究心に火がついてしまったんだろうか。

 

「島の焼きそばなんだから、せめて海産物は入れないと……」

 

 その後もなんだかんだ言いながら、残りの焼きそばは全てしろはが食べてしまった。

 

「……あ、ごめん。少しだけって言いながら、全部食べちゃった」

 

「いいよいいよ。今度、食堂のメニューが増えるのが楽しみだな」

 

「だから、増えないからね……」

 

 思わず完食してしまったからだろうか。空っぽになったパックを近くのゴミ箱へ片付けながら、しろはが恥ずかしそうにそう言っていた。

 

 そして、しろはがベンチから立ち上がった拍子に、食べかけのリンゴ飴が袋に入ったままベンチに置かれているのに気がついた。

 

「あれ? しろは、リンゴ飴食べないの」

 

「うん。鴎に貰ったけど、ちょっと多くて。羽依里の焼きそばは私が食べちゃったし、良かったら食べていいよ」

 

「それじゃ、遠慮なく」

 

 ちょうど焼きそばの脂っこさを消したかったし。俺はリンゴ飴を袋から出して、一口かじってみる。

 

「……おお、甘酸っぱくてうまいな」

 

「でしょ」

 

 俺はリンゴ飴を食べながら、目の前を行く人々を眺める。

 

 見た感じ恋人っぽい二人組に、孫を連れたおばーちゃん、友達同士で本土からやって来ているらしい人たちと、色々な人たちが行きかっていた。

 

 年齢も出身もバラバラだったけど、皆揃って笑顔だった。

 

「……やっぱり、祭りの雰囲気って良いよな」

 

「そうだね」

 

 それからしばらくの間、しろはと二人で祭りの喧騒に耳を傾けていたのだった。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 あらかたお腹が膨れた後は、今度は食べ物以外の屋台を見て回ることになった。

 

「あ、射的がある! のみきさん、勝負しよう!」

 

 そして射的の屋台を見つけた鴎が、のみきを誘っていた。

 

「ほう、鴎は腕に覚えがあるのか? いいだろう。返り討ちにしてやる」

 

「面白そうですね。私も混ぜてもらっていいですか?」

 

 そんな鴎の挑戦を受けたのみきに続いて、藍も参戦していた。のみきや鴎の実力は知ってるけど、藍って射的得意なんだろうか。

 

「お嬢ちゃんたち、挑戦するかい?」

 

「ええ、三人分お願いします」

 

「よっしゃ。景品は完全に落とさないとあげないからね」

 

「わかっています。一番高そうなのは……あのブルジョワクッキーですね」

 

 俺がそう考えている間にも、景品の前に三人が横並びとなり、コルク銃を構えていた。

 

「よーし、二人とも、勝負だよ!」

 

「ああ、悪いが勝負にならないぞ」

 

「ふふ。お二人とも、あとで吠え面かかないでくださいよ」

 

 ……その後、コルク銃の音と店主の絶叫が響き渡った。三人が三人とも、すごい射撃の腕だった。これは、店主も相手が悪かったとしか言えない。

 

 

 

 

「……あら、金魚すくいがあるわね」

 

 射的の屋台を後にして、しばらく歩くと、今度は静久が金魚すくいの屋台を見つけた。

 

「紬、やってみない?」

 

「そですね! ナツミさんも一緒にやりましょう!」

 

「はい!」

 

 そんな紬に誘われて、夏海ちゃんが意気揚々と屋台へと向かう。かつて、港に出ていた伝説の金魚すくい屋でボスと戦ったメンバーだ。今更、普通の金魚で相手になるはずがなかった。

 

 

「な、なぁ、お嬢さんたち……そろそろそれくらいで勘弁してくれねぇか」

 

 案の定、ものの数分と経たないうちに大量の金魚が捕獲されていた。

 

「夏海ねーちゃん、なかなかやるなー」

 

 よく見ると、三人以外にも何人か島の子供たちがいて、金魚を乱獲していた。

 

 一方で、店番のおにーさんは笑顔を引きつらせていた。悪いけど、この人も島民を甘く見ていたみたいだ。

 

 

 

 

「よーし、今度は型抜きだよ!」

 

「いや、懐かしいな」

 

「でもこれ、意外に難しいんだよ……あ」

 

「あっちゃー、あたしも割れちゃった……」

 

 今度は鴎に誘われる形で、俺としろは、そして蒼の三人で型抜きに挑戦していた。子供の頃に比べて手が大きくなってるせいか、すごく難しく感じる。予想はしていたけど、手先の器用な鴎の圧勝だった。

 

 ちなみに紬たちが大量にすくった金魚だけど、鴎がシーウッキーと一緒に飼うとか言って預かっていた。シーウッキー、金魚に食べられそうで心配だ。

 

 

「くっそー! またハズレだ!」

 

「特賞の人生ゲームまでとはいかなくとも、せめてミニラジコンくらいは当てたいところだが……」

 

 そんな俺たちと道を挟んだ向こう側で、良一と天善はくじ引きに挑戦していた。

 

 声を聞いた限り、結果は芳しくないみたいだ。ああいうのって、実際には当たりくじが入ってないって噂を聞いたことがあるけど、どうなんだろうか。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 まるでこの夏を凝縮したみたいな楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、いよいよ花火の時間が近づいてきた。

 

 まもなく花火が始まる旨を伝えるアナウンスが流れる中、人々が移動を始めていた。

 

「俺たちも早く行かないと。良い場所が無くなっちゃいそうだし」

 

「……あ、羽依里。私たちはこっちだよ」

 

「え? そっち?」

 

 花火会場の方へ移動しようとしていると、しろはが人の流れとは別の方向を指差す。

 

「こっちに私の秘密の場所があるの。そこからなら、きっと綺麗な花火が見えるよ」

 

「え、そんな場所があるのか?」

 

「うん。特別に皆にも教えてあげる。ついてきて」

 

 そう言って笑顔で歩き出したしろはを、俺たちは慌てて追いかけた。秘密の場所って、どういうことだろう。

 

 

 

 

 しろはの言う秘密の場所は、漁港から浜辺の道に沿って海岸線を少し歩いたところにあった。舗装された道の先に低めの防波堤があり、その向こうには砂浜が広がっている。

 

「本当の秘密の場所はあの砂浜なんだけど、さすがに夜は足を取られて危ないから、ここにしようね」

 

 そう言って防波堤の前で立ち止まる。メインの花火会場からだいぶ離れたせいか喧騒も遠く、マイクの声も小さい。

 

 その代わり、無数の虫の音と、静かな波の音が聞こえる。

 

「こんな場所があったんですね」

 

 夏海ちゃんが周囲を見渡しながらしみじみと言う。

 

「ここはね。普段から私のお気に入りの場所なの」

 

「そうなのか」

 

 夜ということもあって、防波堤以外に目につくものはない。しろはの口ぶりから察するに、景色とは別に思い入れがある場所なのかもしれない。

 

「小さい時におとーさんに教えてもらったんだよ。島の花火を見る時は、ここからだとすごく綺麗なの」

 

 ……なるほど、父親との思い出の場所なのか。それなら納得だ。

 

 むしろ、花火を見るためにそんな大切な場所を俺たちに教えてくれたしろはに感謝しないと。

 

「ここならちょうど位置に防波堤もあるし、寄りかかれば花火も見やすいよ」

 

「本当よねー」

 

 そんなことを言いながら、俺たちは防波堤に沿って一列に並ぶ。

 

「しろはちゃんは羽依里さんの隣に行って、こっそりとと手をつなぐといいですよ」

 

「「繋がないし!」」

 

 藍からそう言われ、俺たちは思わずハモリながら否定する。さらっとなに言ってくれちゃってるの。

 

「そうだ夏海ちゃん、私と羽依里の間に入ったらいいよ」

 

「うんうん。夏海ちゃん、それがいいよ」

 

 なんとも気恥ずかしい気分になり、俺としろはは一緒に夏海ちゃんを呼ぶ。

 

「い、いえ。そこは私が入っちゃいけない気がしますし、こっちにお邪魔します!」

 

 夏海ちゃんはそう言うと、一番端……俺の右側に落ち着いた。そんなに動揺しなくてもいいのに。

 

 結局、左奥から順に、良一と天善、のみき、鴎、空門姉妹、紬と静久が続き、しろは、俺、夏海ちゃんと並ぶ形になった。

 

「そうだ。ここは静かだし、花火の前に皆に話があるんだ」

 

 その時、のみきがそう言いながら俺たちの顔を見る。話って何だろう。

 

「明日の19時から、食堂で鷹原と夏海ちゃん、そして鴎の送別会をやろうと思う。ぜひ参加してくれ」

 

「え、送別会とかやってくれるのか?」

 

「ああ、お前たちもすっかり島の一員だ。夏休み最終日になると色々と忙しいだろうから、明日が最適と思ってな」

 

「ありがとう、嬉しいよ」

 

「のみきさん、ありがとう!」

 

「ありがとうございます!」

 

「お、お礼なら皆に言ってくれ。発起人は蒼だし、場所を提供してくれたのはしろはだ」

 

 俺たち三人からお礼を言われ、のみきが明らかに照れていた。

 

「皆も。ありがとうな」

 

「気にしなくていいわよー」

 

「なんだかんだ理由をつけて、皆騒ぎたいんですよ」

 

「そういうことだね」

 

 他の皆もそう言って笑う。まさか、送別会までしてもらえるなんて。これはまた、明日の楽しみができた。

 

「……あ、そろそろ始まるよ」

 

 しろはがそう言うと同時に、俺たちは一斉に夜空を見上げる。

 

 ……直後に、夜空を覆い尽くすような巨大な菊型花火があがった。

 

 それを皮切りに、赤や緑、黄色の花火が次々に花開いていく。

 

「おお、思った以上に本格的なんだな」

 

 小さな島の花火とは思えない。これはすごい。

 

「すごいでしょ」

 

「ああ、すごく綺麗だ」

 

 心なしか、隣のしろはも嬉しそうだ。花火と同じように色を変える顔が笑っている気がした。

 

「それにね。綺麗なのは花火だけじゃないよ。海も見てみて」

 

「え、海?」

 

 俺はしろはに言われるまま、眼下の海に目をやる。そこでは花火が炸裂するたび、不思議な青い光が放たれていた。

 

「え、なにあれ」

 

「ウミホタルだよ」

 

 ……ウミホタル。確か、刺激を受けると光る水棲の虫だっけ。たぶん、この花火の音や振動に驚いて光を放ってるんだろう。

 

 原理は知ってるけど、ものすごく、幻想的だった。

 

「綺麗ですね……」

 

 右側の夏海ちゃんもうっとりした表情で頭を上下させていた。その動きが滑稽だったけど、そうしたい気持ちも分かる。

 

 まるで花火と連動して動く仕掛けでも海の中に施されているかのように、花火とウミホタルが見事にシンクロしていた。

 

「ウミホタルも毎年光るわけじゃないんだよ。今年はラッキーだったね」

 

 そう言って微笑むしろはの手を、俺はそっと握る。

 

 しろはは一瞬驚いていたけど、そのまま優しく握り返してくれた。俺もそれを確認して、再び花火へと視線を戻した。

 

 

 

 

 その後も菊や牡丹、柳と言った定番の花火が次々と打ち上げられる。見慣れた花火のはずなんだけど、迫力が全然違っていた。のみきが言っていたように、花火との距離が近いんだろうか。

 

「紬、今の花火、綺麗だったわね」

 

「はい! それに、すごく変わっていました!」

 

「あの花火は千輪菊っていうのよ」

 

 ……その時、一風変わった花火が上がった。静久の説明によると、無数の小花が咲き乱れるタイプらしい。小さな花の一つ一つの色が違って、すごく綺麗だった。

 

 

 

 

 やがて花火も後半に差し掛かると、時折変わった形の花火が混ざり始めた。静久によると、あれは『型物』と呼ばれる花火らしい。

 

 ところで、なんで静久は花火の種類に詳しいんだろう。美術系の大学だと、そういうのも学ぶんだろうか。

 

「すごく綺麗だねー」

 

「本当よねー」

 

 空門姉妹は鴎と一緒にスーツケースに腰を下ろしながら花火を見ていた。あのスーツケースに三人座るとか、明らかに定員オーバーだと思うけど。

 

「おお、今のはもしかして、スーツケース型の花火!?」

 

 その時、これまた変わった花火が打ち上げられた。思いっきり四角かったし、まさかのスーツケース花火なんだろうか。

 

「あ、今のってもしかしてかき氷?」

 

 続いて、緑色と赤色のかき氷型の花火も打ち上げられていた。本当にバラエティーに富んでいるな。

 

「そういえば、この島の花火は手出しする金額によって、メッセージ付きの花火とか作ってもらえましたね……これは来年に向けて、資金を貯めておかないといけませんね」

 

「ちょっと藍、どんなメッセージ入れるつもりよ―――!?」

 

 スーツケースに座ったまま、空門姉妹がすごく楽しそうにしていた。藍の言うメッセージ付き花火、俺も少しだけ興味あるんだけど。

 

「……げ、スイカだ!?」

 

「ほう。ピンポン玉の花火とは、担当の花火師も相当な卓球好きなんだな」

 

 その時、新しい型物花火が打ち上げられていた。ちなみに天善、さっきの花火はピンポン球じゃなく、スマイルマークだから。

 

 俺はそんな皆の様子を横目に見ながら、空と海にまたがって幻想的に咲き乱れる花々に見入っていたのだった。

 

 

 

 

 途切れることなく上がっていた花火が一旦止み、向こうの会場の方では何やらアナウンスがされていた。いよいよフィナーレらしい。

 

「例年通りなら、最後はスターマインだね」

 

 名前は聞いたことがある。静久によると、速射連発花火のことらしい。仕掛け花火の一種で、短時間に数十~数百発の花火を立て続けに打ち上げるんだとか。

 

「あ、始まりました!」

 

 ……そんなことを考えていると、間の長い大きな花火が三つ同時に打ち上げられた。

 

 それらはひときわ大きな笛の音を鳴り響かせながら、やがて遥か上空に届き、無数の花を咲かせる。

 

「おおお、これはすごい」

 

 最後だけあって、気合いが違う。花火の色が次々と変化して、大小様々の花が天空に咲き乱れる。まるで夜空全体を花火が埋め尽くしていくみたいだ。

 

 実際は僅かな時間なんだろうけど、すごく長い時間花火が続いているような、そんな錯覚にとらわれていた。

 

 

 

 

 ……最後の花火が散ったあとも、俺たち全員が余韻に浸り、誰もが無言だった。

 

 少しの間を置いて、漁港の方から拍手が巻き起こる。

 

「……予想以上にすごい花火だったね。夏海ちゃん」

 

「はい!」

 

「最後のスターマインとか、まるで……」

 

 俺はそう感想を口にしながら、弾んだ声をあげる夏海ちゃんの方を見やって……息を呑んでしまった。

 

「な、夏海ちゃん……?」

 

「……へ?」

 

 ……夏海ちゃんの身体が透けて、向こうの景色が見えていた。

 

「その、夏海ちゃんの身体がさ……」

 

 俺はなんと表現していいのかわからず、夏海ちゃんを指差しながら言い淀む。

 

「え、身体……?」

 

 そこまで言われて、夏海ちゃんは自分の両手を見やる。

 

「……!?」

 

 ……そして、ようやく自分の身に起こっている異変に気がついたらしい。

 

「うそ……もう? そんな、早すぎ……」

 

 夏海ちゃんは何やら呟きながら、透けた自分の手を見て、わなわなと震えている。

 

「あ、あの! 羽依里さん、私……!」

 

 そして驚愕した表情のまま俺の方に向き直って、ほとんど叫ぶような声で何かを伝えようとするけど……俺に聞き取れたのはそこまでだった。

 

 ……次の瞬間、夏海ちゃんは無数の光の蝶となって霧散してしまった。

 

 俺は反射的に手を伸ばしたけど、何も触れることはなかった。

 

「え、ちょっと」

 

 俺は目の前で起こった出来事が信じられなくて、思わず夏海ちゃんが立っていた場所に駆け寄ってみるけど、その姿はどこにもなかった。

 

「夏海ちゃん……?」

 

 俺はもう一度暗闇に目を凝らしてみるけど、目の前には背の低い防波堤が続いているだけで、隠れられるような物陰はない。

 

 まさかと思って防波堤の向こうも見てみたけど、砂浜が広がっているだけだった。

 

 

 ―――夏の終わりを告げる花火。すごく綺麗なんだよ。

 

 俺は今更ながら、先日の食堂でしろはが言っていた言葉を思い出していた。

 

 ―――夏が終わったら……たぶん、存在を保てなくなって、消えちゃうんじゃないですかね?

 

 そして、その帰り道に夏海ちゃんが言っていた言葉も。

 

 ……夏の終わりを告げる花火。それは夏と同時に、夏海ちゃんとの別れも意味していたんだろうか。

 

 それにしたって、こんな突然に?

 

「今年の花火もすごかったわねー」

 

 その時、俺は蒼の良く通る声で我に返った。

 

「ああ、今年の花火は例年以上に気合が入っていたな」

 

「……ところで羽依里、さっきからどうしたの?」

 

 キョロキョロと周囲を見渡していた俺を変に思ったのか、しろはが声をかけてきた。

 

「いや、その……夏海ちゃんが消えちゃったんだ」

 

 俺はうまい言葉が見つからず、ありのままにそう答えるしかなかった。

 

「え、誰がいなくなったの?」

 

「だから、夏海ちゃんだよ」

 

 

 

「……夏海ちゃんって誰?」

 

「……え?」

 

 そして、続くしろはの言葉に、俺は言葉を失った。

 

「……えっと、冗談だよな?」

 

 俺は皆の顔を見てみる。全員が一様に戸惑うような視線を俺に向けていた。皆がしろはと同じ心境だということは、その表情を見ればすぐに理解できた。

 

 ―――それでたぶん、消えたら忘れられちゃうんですよ。

 

 存在が消えたら、皆の記憶からも消える……夏海ちゃんが言っていた言葉の意味って、そういうことだったのか?

 

「……ははぁ。さては羽依里、出店を回ってるときに女の子の知り合いでもできたんだな」

 

「え、それってもしかして、不倫!?」

 

「しろはちゃん、これは修羅場ですよ」

 

 良一が口火を切り、それを空門姉妹がはやしたてる。皆が無理矢理にでも場を和ませようとしてくれているのがわかった。

 

「いや、そのさ……」

 

 俺も自分で混乱しているのがわかる。まさか、目の前で―――ちゃんが消えちゃうなんて。

 

「……あれ?」

 

 俺はなんとか弁解しようとして……言葉に詰まる。あの子の名前が出てこない。

 

 ……変だな、さっきまで覚えていたはずなのに。

 

「えっと、その」

 

 そして気がつけば、自分が何に必死になっていたのかさえ分からなくなっていた。

 

「羽依里、本当に大丈夫?」

 

 しろはが心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。

 

「あ……ああ。大丈夫だよ。心配かけてごめん」

 

「……まったく、羽依里さんはどさくさに紛れて、お酒でも飲みましたか? ほら、花火も終わりましたし、帰宅ラッシュに巻き込まれる前に帰りますよ?」

 

 場の空気が和んだのを感じたのか、藍がそう言って歩き出した。まさか、この島で帰宅ラッシュなんて言葉を聞くとは思わなかった。

 

「そ、そうだな。藍の言う通り、早めに帰り支度をした方が良い。花火の後は観光客を港へと運ぶため、たくさんの臨時バスが出るんだ。普段より格段に交通量が増えるから、危ないぞ」

 

「俺もこのテンションのまま徹卓に入りたいところだな。鷹原も一緒にどうだ?」

 

「いや、俺は遠慮しておくよ……」

 

 各々の理由を口にしながら、皆が住宅地へ向けて歩きだした。俺も心のどこかにしこりのようなものを感じながら、帰路に就いたのだった。

 

 

 

 

第四十七話・完




第四十七話・あとがき


おはこんばんちわ。トミー@サマポケです。
今回のメインイベントは島の花火でした。今回はラストシーンまでは思いっきり楽しく!をモットーに書いていました。浴衣の試着会のドタバタや、皆で出店を回る様子など、できるだけ楽しさが伝わるように書きました。
ちなみに、蒼が駄菓子屋で言っていた『花火、2500発も上げるのよ。こんな島でねー』と言う台詞は、実際にとある島のお菓子屋さんから伺った話です。去年の夏に話を聞いた時から、絶対に蒼に言わせてやろうと温めていました。花火会場の出店についても同じで、これもある島の火祭りに行った時に出ていた出店を参考にしています。牛すじ煮込みにやきそば、美味しかったですw
また、紬が浴衣の着付けが上手という設定は、紬と記憶を共有しているツムギの方が絶対やってそうだと思って書きました。タクミの技です!

そして、敢えて花火の時、羽依里としろはの間に夏海ちゃんを入らせませんでした。あそこは、うみちゃんの場所ですもんね。
そんな花火の描写を書いている間は、ずっと脳内に夜奏花が流れていたのは内緒です。
ちなみに、夏海ちゃんが消えたことで皆の記憶からも彼女に関する記憶がなくなったことについては、原作の鴎ルートを参考にしています。
七ヶ浜で消えた鴎が皆に忘れられたように、夏海ちゃんも忘れられた形となります。

……それにしても、ついに夏海ちゃんが消えるところまで書いちゃいました。この小説を書き始めた時から決めていたシーンとはいえ、感傷深いものがあります。
次回からどのような展開になるのか(鍵っ子の皆さんなら大体予想できるかもしれませんが)、楽しみに待っていただけると嬉しいです。


■今回の紛れ込みネタ
・朝のテレビ番組より、ラーメン特集のリポーター……ラーメンをメンラーと呼ぶ段階でRewriteの静流さんです。うまー。

・花火大会のクレープ屋の屋台……もう何度目かの登場になります、春原兄妹ですね。竜太サンド、よっぽど売れないんですねぇ。

・サングラスをかけた怪しいワタアメ屋……どこのCLANNADのオッサンでしょうか。またこっそりと島にバイトに来た感じですかね。お前にネオレインボー。


以上になります。いくつお気づきになられたでしょうか。
今回も、最後まで読んでいただいてありがとうございました!
感想など頂けましたら、泣いて喜びます。
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