……朝。
不思議と早い時間に目が覚めた。
「……なんでこんな早く起きたんだろう」
背伸びをした後、閉まっていたふすまを開け放つ。
……強い陽射しと、それに負けないくらい元気な蝉の声が飛び込んできた。
「……うん。今日もいい天気だ」
布団を畳んで、身支度をした後、あくびを噛み殺しながら玄関へと向かう。
「羽依里君、おはよう」
「あ、おはようございます」
ちょうど外に出ようとしたところで扉が開き、鏡子さんが入ってきた。
「こんな時間にどこか行くの?」
「はい。ちょっとラジオ体操に……」
「え?」
そこまで言って、気がついた。この夏のラジオ体操は何日も前に終わったんだった。
「……羽依里君、寝ぼけてるのかな?」
「いえその、ちょっと散歩に行ってきます」
勘違いしてしまったのが恥ずかしくて、俺は苦笑いを浮かべながらそう答える。スタンプカードにまで手を伸ばしてるし、習慣って怖い。
ところで、なんでスタンプカードが二枚もあるんだろう。しろはのを預かってたっけ。
「そうだ。外に行くんなら、港の方で朝ごはん買って来たら? 早い時間から開いてる商店もあるし、総菜パンくらいなら売ってると思うから」
「わかりました。行ってみます」
俺は鏡子さんの提案に頷いて、散歩がてら港へと向かうことにした。
朝もやが残る住宅地を抜けて、田舎道を歩く。まだ涼しいし、気分も清々しい。
「……それにしても、なんか静かだよな」
いつもはこう、もっと賑やかだったような。何か物足りないような、変な感じだった。
20分ほど歩いて港に到着すると、さっそく商店に立ち寄って総菜パンを買う。
その時、店番のおじさんに『兄ちゃんがパンを買いに来るなんて珍しいねぇ』とか言われた。いつもここで買ってた気がするんだけどな。
一方、船着き場の方はやけに賑やかだった。ちょうど始発の船が着いたばかりらしく、本土から島に働きに来たらしい人たちが自転車やバイク、送迎のバスに乗って、島中に散っていくところだった。
俺たちのように夏休みがある学生と違って、働く大人たちは大変そうだった。
「あれ、羽依里?」
そんな人の流れを眺めていると、鴎から声をかけられた。
「おはよー。奇遇だねぇ」
「おはよう……珍しいな。鴎も朝食の買い出しか?」
「そうだけど……羽依里がここにいる方が珍しいよ?」
「あれ? そうだっけ」
「うんうん。羽依里、いつも朝は家で自炊してたでしょ?」
「え、自炊? 俺が?」
自慢じゃないけど、鷹原家……もとい、加藤家の人間が作る料理は料理と呼べるものじゃない。その血をがっつりと受け継いでいる俺が自炊できるはずがない。
「まぁ、それはそれとして……羽依里、ここで出会ったのも何かの縁だと思うんだよ」
鴎はそう言いながら、目の前でちょこん、とスーツケースに腰掛けて、上目遣いで俺を見てくる。
「……みなまで言うな。押せばいいのか?」
「ありがとう。羽依里イズいいやつ!」
「まぁ、俺も買い出しは終わったしな……それじゃ、出発するぞ」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
……というわけで、港で鴎と出会った俺は、その鴎が乗ったスーツケースを押しながら田舎道を進んでいた。
「で、どこまで送ればいいんだ?」
「役所の前までお願い」
「わかった。役所だな」
帰る道すがらとはいえ、港から役所までは結構な距離がある。朝食前の運動にしては地味にきつい。
「……こうやって羽依里にスーツケース押してもらえるのも、この夏は最後なのかな」
「え?」
汗を流しながら無心でスーツケースを押していると、鴎が前の方を向いたまま、そう呟いていた。
……そういえば、俺と鴎はこの夏に初めて知り合ったんだっけ。
こいつは積極的な性格だし、島に溶け込むのも早かったから、ずっと昔からの知り合いみたいに感じていたけど。
「夏は最後でも、秋だろうが冬だろうが、いつでも押してやるぞ?」
「ありがとう。やっぱり、羽依里イズいいやつ」
俺がそう言うと、鴎は振り返ってとびきりの笑顔を向けてくれた。
「……夏休みが終わったら、鴎も本土に帰るのか?」
「うん。次に島に来れるのは、早くても秋の連休かな。羽依里は夏休みの後も、ちょくちょく島に来るんでしょ?」
「いや、毎週しろはに会いに来たい気持ちはあるけど、さすがに夏の間ずっと滞在してたし、資金が底をついてさ。夏休みが終わったら、しばらくはバイトしないと」
「じゃあ、しばらく会えないんだ」
「そうなるな。静久も大学があるから、本土に戻るだろうし」
「……寂しくなるね」
鴎がそう言うと、本当に寂しい気がしてくる。ずっと会えなくなるわけじゃないのに。
「じゃあ、送られる者同士、今日の送別会は思いっきり楽しんじゃおうね!」
そう言って、また笑顔になる。さっきは寂しそうな顔をしていたはずなのに。ころころ表情が変わる奴だな。
「まぁ、最後のイベントだし。俺も楽しむことにするよ」
「うんうん。それが一番だよね!」
夏休みは明日まであるけど、移動とかで慌ただしくなるだろうし。実質、今日が最終日みたいなものだった。
「♪~♪~♪~~」
しばらくして、鴎は上機嫌に鼻歌をうたいだした。この歌、確かwithだったな。
その心地いいハミングに耳を傾けていると、やがて役所前に到着した。俺はそこで鴎と別れ、加藤家へと帰ることにした。
加藤家に帰宅すると、鏡子さんの姿はなかった。忙しい人だし、また出かけてしまっているんだろう。
とりあえず、朝ごはんにしよう。
俺は手を洗った後、居間に座って総菜パンを食べることにした。
「……うん。美味しい」
マヨネーズとコーンが乗っかったパンだ。シンプルだけど、安定した味だった。
「美味しいけど……喉が渇く。むごっほ」
朝からスーツケースなんて押したせいか、無性に喉が渇いていた。俺は変にむせながら、麦茶でも飲もうかと冷蔵庫を開ける。
「あれ?」
すると、ちょうど目の前にラップのかかったチャーハンが置かれていた。なんでチャーハンが?
まぁいいか。そこまで古いようには見えないし、お昼にでも食べる事にしよう。
俺はお昼ごはんの心配がなくなったことに安堵しながら、ドアポケットに入っていた麦茶を手にして、居間に戻ったのだった。
朝食を済ませた後、特にやることもないので、ぼーっとテレビを見ていた。
『ルピナスの種まきのポイントは、最初はポットで育てる事と、植える前の種は水に浸して、さらに傷をつける事だぁね』
「うーむ、わからない」
さすがに天王寺先生のガチの園芸には全くついていけず、俺はすぐにテレビを消して、仰向けにひっくり返る。
「……なんだあれ」
仰向けになった拍子に、天井近くを一匹の七影蝶が飛んでいるのが見えた。なんだろう。どこからか迷い込んだのかな。
「……それにしても、暇だ」
夏休みの最後って、毎年こんな感じだったっけ。なんだろう。すごく無駄な時間を過ごしているような気がする。
この夏休みも、これまでは何かが違ったような。こう、毎日イベントがあった気がするし。
なんとなく、心がモヤモヤする。なんだろうこれ。
「……よし、でかけよう」
俺はそんな気分を吹き飛ばしたくて、思い切って身体を起こす。
灯台や秘密基地に行けば、誰かいるかもしれないし。誰とも会えなくても、バイクで風を切って走れば、気分も晴れるかもしれない。
思い立ったら、善は急げ。俺はバイクの鍵を手にして、ガレージへと向かった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「よう、二人とも」
「お、鷹原か」
「ちーっす」
「ポーン!」
海を見ながらバイクを走らせ、秘密基地へと向かう。その扉を開けると、良一と天善、そしてイナリがいた。
「イナリは今日もここで卓球をしていたのか?」
「ポン!」
秘密基地の中に置かれた卓球台の前で、二人と一匹が向かい合っていた。
その脇に置かれたスコアボードを見ると、1-11。どうやら、二人は完敗を喫したらしい。
「そうだ。鷹原も来たことだし、昨日のリベンジマッチと行くか?」
「いいぞ。イナリ、今日は負けないからな」
「ポンポーン!」
何度かかってきても同じ事よ! と言っている気がした。俺は天善たちと並んでラケットを構え、イナリと対峙する。こんな夏があってもいいかもしれない。日本の夏、卓球の夏。
……昨日は三人がかりでも勝てなかったし、今日こそリベンジだ!
「くそっ、惨敗だ……」
「ちくしょーーー!」
4ゲームほどやってみたものの、結果は俺たちの全敗。昨日の方がまだ良い勝負ができていた気がする。
「だめだ。卓球じゃイナリには勝てない。別の遊びをしよう」
二日続けてのこの体たらく。俺たちは完敗を認め、別の遊びをすることにした。
「おっ、このミニ四駆なんていいんじゃないか?」
秘密基地の中を見渡していると、隅の方に色々なおもちゃが詰め込まれた箱があった。その中に、懐かしい車のおもちゃがあった。
「確かそれは、俺が改造してやったマシンだ。チビモスダッシュモーターを積んでな」
天善が懐かしそうにそう言っていた。確かそれ、公式大会じゃ禁止だったモーターじゃなかったっけ。マシンを受け止めた時の、指を怪我しそうなくらいのパワーが魅力的だった記憶があるけど。
「こっちのマシンはタカジョーダッシュモーターを積んでるんだな。これも速かったよな」
タカジョーダッシュモーターは禁止こそされてなかったけど、カーブでコースアウトしてばかりでレースにならなかった気がする。
「電池もしっかりと残っているみたいだな。さすが天善が作っただけある」
更にもう一台、同じようなマシンが出てきた。スイッチを入れてみると、これもしっかりと動く。
「よーし! さっそく走らせてみようぜ!」
そう言いながら一番に表に飛び出していった良一を追って、俺と天善も表に出ることにした。
「ポンポンー」
俺たちがミニ四駆を空転させながら構えると、尻尾で器用にチェッカーフラッグを持ったイナリが横に立つ。
……どうやら、スターターを務めてくれるらしい。
「いくぜ! 俺の夏の思い出たち!」
「イナリ、いつでもいいぞ!」
「ポーーーーン!」
イナリが勢いよくフラッグを振ったのを確認して、俺はマシンから手を離す。かっとべ、ハイリマックス号!
「……おお、結構速いな」
「当たり前だ。誰が改造したと思っている」
軽快なモーター音を響かせながら、俺たちのマシンは砂利道を疾走していく。その動きを見て、俺たちは年甲斐もなくはしゃぐ。中でも、天善は得意顔だった。
「……あ」
……直後、俺たちのミニ四駆は大きな石に乗り上げる。
そして俺たちが止める間もなく、三台のマシンはそれぞれ方向を変え、一台は山の中へ。残る二台は崖下へと転落していった。
「やはり、モーターが強力過ぎたか……」
「みたいだな……」
「お、俺の夏の思い出―――!」
……呆然となる俺と天善の横で、良一は親友を失ったかのように泣き叫んでいた。ハイリマックス号。成仏してくれな。
その後、テンションが下がりまくった良一が帰ってしまったので、その場は解散となった。
童心に帰って遊んだけど、心のモヤモヤは晴れるどころか、さらに濃くなったような気までする。それこそ、夏休みが終わるのが寂しいんだろうか。
「……俺、まるで子供みたいだな」
まだお昼までには時間があるし、俺はまたバイクに乗り、灯台へ向かうことにした。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「おーい、紬―」
「むぎゅ! タカハラさんです!」
灯台に着いてみると、いつもと同じように紬と静久がいた。
「パイリ君、ちょうどいいところに来てくれたわ!」
「え、ちょうどいいところ?」
静久は俺を見つけるや否や、笑顔で駆け寄ってきて、デッキブラシを渡してくる。
「これは?」
「実は、今日はシズクと二人で灯台の大掃除をしていたんです!」
「していたのよ!」
「大掃除……」
言われてみると、二人は何故か水着姿で、その傍らにはバケツや石鹸、雑巾が置かれていた。
「夏の間、この灯台にもお世話になったし、最後に綺麗にしてあげようかと思ってね」
「ああ、そういうこと」
「ところがですね。室内の掃除が終わって、いざ壁をきれいにしようと思ったら、重大なことに気がついてしまいました」
「ええ。壁を掃除しようにも、私たちじゃ高い所が洗えなくて」
「……わかった。手伝うよ」
だいたい話の流れは理解できた。俺は受け取ったデッキブラシを握りなおして、そう答える。皆で宿題をしたり、パリングルス工作大会を開催したりと、灯台は何度も使わせてもらったし。少しは恩返しをしないと。
「そう言ってくれると思っていたわ! 頼りにしてるわよ。パイリ君」
静久はそう言いながら、どこから用意したのか脚立を灯台の壁に立てかけていた。俺は石鹸の泡をつけたデッキブラシを持って、その脚立に登る。
「それではタカハラさん、わたしが水をかけるので、思いっきりこすっちゃってください!」
「ああ、いつでもいいよ」
俺は頭上高くにデッキブラシを構えて、紬の放水を待つ。
「それでは、いきますよーーー!」
……直後、紬の手にしたホースから俺の頭上に向けて大量の水が放たれた。
「ぶわわわっ!?」
……当然、勢いよく出てきた水は壁に跳ね返り、下でデッキブラシを構えていた俺に襲いかかる。
「あ、パイリ君!」
「むぎゅ!?」
紬が慌てて水を止めるけど、時すでに遅い。とっさに体を灯台に預けたので、脚立から落ちることはなかったけど、俺は全身ずぶ濡れになってしまった。
「タ、タカハラさん、大丈夫ですか!?」
「う、うん。驚いたけど、平気だよ」
今更ながら、二人が水着を着ている理由がわかった気がする。壁に水をかけるんだから、濡れるのは当たり前だった。
「今日も暑いし、むしろ気持ちいいくらいだよ」
心なしかしょんぼりしている紬をそう慰めて、俺は目の前の壁を見てみる。
やっぱり、こうやって水で濡らしてみると、汚れているのが良くわかる。所々黒ずんでいたり、苔みたいなのが生えてるし。
……どれくらい落とせるかわからないけど、やれるだけやってみよう。
「よし。紬、もう一度水を出して!」
「わ、わかりました。それでは、また出します!」
心なしか、紬はさっきよりは優しく放水してくれた。濡れることには変わりはないんだけど、そんな紬の心遣いが嬉しかった。
「……紬、そろそろ水を止めて!」
ある程度水をかけてもらった後、俺がデッキブラシで壁を擦る。汚れが浮いたら、それを落とすためにもう一度水を流してもらう。
壁がきれいになったのを確認してから脚立を動かし、紬には次の箇所に水をかけてもらう。俺はその間に静久へデッキブラシを渡し、石鹸の泡をつけてもらう。
灯台の周りをぐるぐると回りながら、この作業をしばらく繰り返した。
「……ふう。こんな感じでどうかな?」
手が届く範囲だけだけど、たっぷり一時間以上かけて、念入りに掃除をした。
「そうね。だいぶ綺麗になったんじゃないかしら」
「はい! これで、どこにオヨメにやっても恥ずかしくない、立派な灯台になりました!」
元々真っ白な灯台だから、綺麗になったのが一目でわかる。そろそろ真上に来ようかとしている太陽の光を受けて、キラキラと輝いていた。
俺たちは掃除道具を片付けた後も、しばらく綺麗になった灯台を眺めていた。
……しばらくして、不意にお腹が鳴った。
腕時計を見てみると、ちょうど12時。そろそろお昼ごはんを食べに帰らないと。
「それじゃ、そろそろ帰るよ」
「はい! タカハラさん、ありがとうございました!」
「パイリ君、ありがとうね」
笑顔の二人に見送られながら、俺はバイクにまたがる。
頭のてっぺんから足の先までずぶ濡れだけど、これだけ暑いし、加藤家に辿り着くまでにそれなりに乾いてしまうと思う。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「……ふう、お腹空いたな」
加藤家に帰宅した後、すぐに手を洗って台所へと向かう。いつもなら一人寂しくカップうどんを食べるところだけど、朝見た限り、冷蔵庫にチャーハンが入っていたはずだ。
俺は冷蔵庫を開けて、チャーハンを取り出す。結構なボリュームだけど、卓球に掃除と身体を動かしてお腹も空いてるし、これくらいいけるだろう。
ラップをはがすと、フライパンを使って適当にチャーハンを温めなおす。
「……まぁ、こんなもんかな」
良い感じに温まったところで器に移し、それを持って居間へと向かう。
「それじゃ、いただきまーす」
座卓の前に腰を下ろし、きちんと挨拶をしてから、チャーハンをいただく。
「……うん。美味しい」
ネギと卵だけのシンプルなチャーハンだけど、上品な塩気が効いていて、美味しかった。
それにしても……このチャーハン、誰が作ったんだろう。
俺はチャーハンを一口ずつ味わいながら、そんなことを考える。
……まず、鏡子さんじゃないと思う。俺を含めて、加藤家の住人は誰も料理ができないし。
「次に思い当たるのは、しろはくらいだけど……」
でも、しろはが作ってくれたにしては何か違うし。似てるけど、何か別の……情熱のようなものを感じるような……。
―――えへへ、今日も自信作ですよ!
……一瞬、目の前の席に座る女の子の姿が見えた気がした。
「……夏海、ちゃん……」
続けて、自然にその名前が口からこぼれた。
「……どうして忘れてしまっていたんだろう」
それをきっかけにして、堰を切ったようにあの子との夏の記憶がよみがえってきた。
昨日の夜、夏の終わりを告げる花火とともに、俺の目の前で夏海ちゃんは消えてしまった。
同時に俺や、島の仲間たちの記憶からも。
あの子がいないから、朝から妙な違和感を感じていたんだ。
「……ごちそうさま。夏海ちゃん、美味しかったよ」
俺は誰もいない居間に向かって、静かにお礼を言っていた。
せっかく思い出したんだ。もう、忘れないようにしないと。
その後、俺は食器もそのままに、居間に座り込んで考えを巡らせていた。
―――あ、あの! 羽依里さん、私……!
消える直前、夏海ちゃんは何を伝えようとしたんだろう。
俺もどこかで覚悟はしていたつもりだけど……別れが唐突過ぎた。
しかも、俺を含めた皆に忘れられちゃうなんて。いくらなんでも可哀想すぎる。
……夏海ちゃんとは、もう会えないんだろうか。
「あ、羽依里君。帰ってたんだね」
その時、鏡子さんが居間にやってきた。
「あれ? お昼、何か作ったの?」
まっさらになった皿を見て、そう聞いてきた。
「……ええ。おいしかったですよ。夏海ちゃんのチャーハン」
「……羽依里君」
俺は至って自然にそう返した。すると、その言葉を聞いた鏡子さんは驚いたように口に手を当てる。
「……良かった。思い出してくれたんだね」
その様子から察するに、何故か鏡子さんは夏海ちゃんのことを忘れていなかったみたいだ。
「花火の後、羽依里君一人だけで帰ってきたのに、全然気にしてる様子もなかったから、言い出せなかったの」
……昨日の夜、夏海ちゃんのことを完全に忘れてしまった俺を見て、鏡子さんはどんな心境だっただろう。
「……すみません。忘れてしまっていて」
「ううん。仕方のないことだよ。思い出せたことのほうが、奇跡みたいなものだからね」
鏡子さんは目頭を少しだけぬぐった後、笑顔で俺の方を見る。
「でも、鏡子さんはずっと夏海ちゃんのことを覚えてたんですよね?」
「うん。私も羽依里君ほどじゃないけど、あの子とは縁が深いから。それに、瞳からの手紙があるからね。まだしばらくは大丈夫だと思うよ」
そう言って、どこからか手紙を取り出す。夏海ちゃんのことについて書かれた手紙。どうやら、肌身離さず持っているみたいだ。
「昨日の段階じゃ確信が持てなかったけど……羽依里君たちの記憶からも消えたってことは、やっぱり夏海ちゃん、七影蝶に戻っちゃったんだね」
「え? 七影蝶に?」
鏡子さんが呟いた言葉を、俺は聞き逃さなかった。夏海ちゃん、消えたわけじゃなんじゃないんだ。
「そうだよ。たぶん夏が終わったから、元の七影蝶に戻ってしまったの。きっとそのせいで、皆の記憶からも消えたんだね」
そういえば、夏海ちゃんは自分のことを七影蝶の集合体だと言っていた。きっと存在できる『時間』がなくなって、身体が完全にほどけてしまったんだ。
「じゃあ、七影蝶に戻った夏海ちゃんは、どうしてるんです?」
「わからないの。私には七影蝶が見えないからね。たぶん、島のどこかにいるんじゃないかな」
迷い橘が散って、本来還るはずだったトキアミへの道は既に閉じてしまっていると夏海ちゃんが言っていたし、今は島の中をさまよっているという話も筋が通っている。
……なら、俺のやることは一つだった。
「……ちょっとでかけてきます」
「もしかして、今から夏海ちゃんの七影蝶を探すの?」
「いえ、まずは島の皆にも夏海ちゃんのことを思い出してもらおうと思うんです。探すのは、その後です」
「え、皆にも?」
「はい。俺でも思い出せたんですし、皆も今は忘れてしまっているとしても、きっかけがあれば思い出せるはと思うんです。思い出してさえしてくれれば、蒼やのみきにも七影蝶が見えます。探す人数は多い方がいいですし」
「……難しいんじゃないかな。私はともかく、誰より長く一緒の時間を過ごしていたはずの羽依里君でさえ、ようやく思い出せたんだから」
「でも……やってみないとわからないじゃないですか」
「それにね、どんなに遅くても、明日にはまた羽依里君も夏海ちゃんのことを忘れちゃうと思うよ。そういうものなんだって」
「……なら、今日中に見つければいいんです」
「羽依里君……」
「……俺、あの子と約束したんです。最後まで一緒にいるって。最後まで一緒に、夏休みを楽しむって」
そう。傍人としての役目を終えた夏海ちゃんが、自分の意志で決めた道だ。
「まだ終わりじゃないのなら、まだ可能性が残っているんなら、俺はそれに賭けてみたいんです」
「……そうだね。羽依里君の言う通り、やる前から諦めちゃ駄目だよね」
鏡子さんは目を閉じて、静かに頷いてくれる。
「羽依里君、夏海ちゃんをお願いね」
「……ありがとうございます。行ってきます」
俺は鏡子さんにお礼を言って、加藤家を飛び出した。
正直、仮に夏海ちゃんの七影蝶を見つけられたとしても、その後どうすればいいのかなんてわからない。
でも、何か行動を起こさずにはいられなかった。
上手く事が運んで、皆が夏海ちゃんのことを思い出せば、何かすごい奇跡が起こって、本人が何食わぬ顔で戻ってくるんじゃないか……そんな希望的考えまで、頭をよぎっていた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
誰をさておき、まずはしろはだろう。夏海ちゃんとは一緒に料理もしたし、それなりに一緒の時間を過ごしたはずだ。
俺はそう考えながらガレージからバイクを引っ張り出して、鳴瀬家へと向かった。
「しろはー!」
鍵のかかっていない玄関口から大きな声で呼んでみるけど、反応はなかった。どうやら、無人らしい。
「考えてみれば、しろはが家にいる事の方が珍しい気がするな……」
……家にいないとなると、島をしらみつぶしに探すしかない。
俺は鳴瀬家を後にして、しろはが良そうな場所を探してみることにした。
「くそ、どこにもいない……」
釣り場やため池、もちろん食堂にも行ってみたけど、しろははいなかった。
望み薄とは思いながらも、バイクの給油がてら漁港にも足を運ぶ。漁師さんでもいれば話が聞けるかと思ったんだけど、昼下がりの漁港は閑散としていた。
「はぁ。ここにもいないよな……」
周囲を見渡してみるけど、ここにもしろはの姿はない。本当にどこにいるんだろう。
「あ、羽依里ー」
その時、前方から鴎がやってきた。朝と同じように、見慣れたスーツケースを引いている。
……そうだ。せっかく会えたんだし、鴎に夏海ちゃんのことを思い出してもらえないだろうか。
鴎もしろはほどじゃないけど、本を貸してあげたりして、夏海ちゃんと仲が良かったし。もしかしたら、簡単に思い出してもらえるかもしれない。
「……鴎、ぶしつけなんだけどさ」
「え、なに?」
「……なっちゃんって覚えてない?」
「なっちゃん?」
「ああ、なっちゃんだ。俺の親戚の、女の子なんだけど」
……俺は慎重に言葉を選びながら、鴎が夏海ちゃんのことを思い出してくれるような話の流れを作っていく。
「……前に、会ったことあるかな? その子」
「えっと、ついこの間まで島にいてさ……鴎とも一緒にも遊んでたんだけど」
「むー……なっちゃん……?」
「ほら、昨日の花火大会で、浴衣を用意してくれただろ。蝶の柄の浴衣。喜んでたよな」
俺はできるだけ鴎の記憶に残ってそうな事柄を拾いながら説明する。
「後さ、ひげ猫団の冒険。読書感想文を書くからって、三冊まとめて貸してあげたよな」
「そ、そうだっけ……?」
鴎はこめかみに指を当てて、むんむん呻きながら、必死に記憶の糸を手繰り寄せようとしてくれていた。
「うーん……思い出そうとしてるんだけど、そうすればするほど、頭がモヤモヤして、胸が苦しくなるの」
「そ、そうか……でもさ、もう少し」
「……ごめん。帰るね」
「あ……」
鴎は俺の制止も聞かず、そのまま俺の脇を抜けて、役所の方に歩いて行ってしまった。
すれ違いさまに一瞬見えた鴎の顔は、今まで見たことのない辛そうな表情をしていた。
鴎の背中を見送った後、俺は港で一人考えていた。
もしかして、一気に話しすぎたんだろうか。皆に夏海ちゃんの記憶はないんだし、突然知らない女の子の話をされたら、俺だって戸惑うと思う。
「なら、いきなり記憶に訴えるんじゃなく、実際の思い出の品とか見てもらうといいかもしれない」
俺はそういう結論に至り、一度加藤家へ戻ることにした。
加藤家に帰宅した俺は、そのまま夏海ちゃんの部屋へと向かう。
「ごめん。お邪魔するよ」
主のいない部屋に足を踏み入れると、目の前に巨大なアリクイのぬいぐるみが鎮座していた。
「よし、これくらいインパクトがあるものならいいかもしれない」
俺はそのぬいぐるみを背負うと、再びバイクにまたがって、灯台へと向かった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「おーい、紬―」
「むぎゅ? タカハラさん、また来たですか?」
灯台の扉を叩くと、すぐに紬が出てきた。そして巨大なぬいぐるみを背負った俺を見て、目をぱちくりさせる。
「タカハラさん、その大きなアリクイさんは一体なんでしょーか」
「えっと、このぬいぐるみのことで話があるんだけど……静久もいる?」
「いえ、シズクはでかけています。夕方の送別会には間に合わせるらしいですが」
「そ、そうなんだ……じゃあ、紬だけでもいいから、話を聞いてくれるかな?」
「はい。一体なんでしょう?」
紬が灯台から出てきて、俺の前に立つ。俺は背中に背負っていたぬいぐるみを紬の方へ向ける。
「このぬいぐるみさ、見覚えない?」
「むぎゅ……? おおー、アリクイのサユリさんです! お久しぶりですね!」
そう言いながら、アリクイのぬいぐるみを抱く。まるで旧友との再会を果たしたみたいだ。
「紬、このぬいぐるみ、誰にあげたのか覚えてない?」
「むぎゅ? タカハラさんが持っていたということは、タカハラさんにあげたのではないでしょーか」
「違うよ。思い出せない?」
「……むぎゅ。わかりません」
「ズッ友の夏海ちゃん。覚えてないかな?」
「ナツミ……さん?」
紬はその名前を口にしながら、まじまじとアリクイを見る。夏海ちゃんとズッ友だった紬なら、きっと思い出してくれるはずだ。
「親戚の子なんだけど、仲良く遊んでたよね」
「ナツミさん……」
「……紬?」
その時、大きく見開かれた瞳から、一筋の涙がこぼれる。
「ご、ごめんなさい。このぬいぐるみを見ていると、胸が苦しくなってしまって……お、お返しします!」
そして紬は一瞬だけ苦しそうな表情を見せた後、俺にアリクイのぬいぐるみを押し付けて、そのまま灯台の中へ入ってしまった。
「ちょっと、紬!?」
俺は思わず扉に手をかけるけど、開かない。どうやら、内側から鍵をかけられてしまったみたいだ。
「……紬、俺はもう帰るから。怖がらせてしまって、ごめんな」
俺は扉越しにそう告げる。あれだけ取り乱した紬は初めて見た気がするし、なんだか嗚咽のような声も聞こえる。
「い、いえ、少ししたら落ち着くと思いますので。わたしの方こそ、ごめんなさい」
少し時間を置いて、そう返事が返ってきた。何にしても、俺がこれ以上灯台に留まっても、紬に辛い思いをさせてしまうだけだ。
俺は灯台の中の紬にもう一度謝って、その場を後にしたのだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
……きっかけがあれば、皆もすぐに夏海ちゃんのことを思い出してくれる……そう単純に考えていたけど、鴎や紬の反応を見た限り、それは間違いだったのかもしれない。
バイクとぬいぐるみを加藤家に戻した後、俺はひたすらに打開策を考えながら、住宅地を歩いていた。本当に無意味な行動だけど、身体を動かさずにはいられなかった。
結局いい考えは浮かばないまま、気がつけば駄菓子屋のベンチに座っていた。
「センチメンタルな顔してるわねー」
そんな俺に気づいたのか、店番をしていた蒼が声をかけてきた。
「え? そんな顔してる?」
「してるわよー……わかった。もうすぐ夏休みが終わって、しろはと会えなくなるのが寂しいんでしょー?」
「そ、そんなんじゃないから!」
俺はそう否定するけど、おのずと顔が熱くなるのがわかる。
「寂しいんなら、駄菓子屋で油売ってないで、さっさと会いに行ったらいいんじゃないのー?」
「それがさ、島中を探してみたんだけど、見つからないんだ」
「え、そうなの?」
「ああ。一応しろはが居そうな場所は一通り探してみたんだけどさ」
「……どうしてもって言うなら、のみきに頼んで放送してもらえるけど?」
「いや、それはさすがに恥ずかしすぎるからさ……駄菓子屋に居たら、しろはがスイカバーを求めてやってくるんじゃないかと思って」
「あー、そういうことねー」
そう言って、にこにこと笑う。この様子だと、きっと蒼も夏海ちゃんのことは覚えていないんだろう。覚えていてくれたら、夏海ちゃんの七影蝶探しも楽になるのに。
「じゃあ、ただ待つってのもあれだし、島の最後の思い出に、かき氷食べてく?」
「なんか、随分安っぽい島の思い出だな」
「最後だし、あたしがおごってあげる」
「じゃあ、練乳たっぷりで頼む」
「現金ねぇ……それで、何味?」
蒼がそう言いながら、かき氷器の方へと向かう。
「じゃあ、ブルーハワイで」
「りょーかい。夏海ちゃんは?」
「「え?」」
俺は思わず蒼の方を振り返る。同じように振り返った蒼と、目が合ってしまった。
「……あれ? い、今あたし、なんか言った?」
……もしかして、これは脈ありかもしれない。俺は思わず立ち上がる。
「……蒼、思い出せないか? 夏海ちゃんだ。よくこの駄菓子屋でかき氷食べてたんだけど」
「え? えっと、その……」
「蒼だけじゃなくてさ、藍とも仲良かったんだぞ。一緒に天体観測に行ったり、浜辺でビーチバレーしたり、花火も……」
「……ごめん羽依里、ちょっと待って」
つい、矢継ぎ早に話してしまっていた。気がつくと、蒼は俺を右手で制止つつ、顔を背けていた。
「……なんか変な感じなの。涙出ちゃってるし、ちょっと顔洗ってくるわね」
「あ……」
言い終わらないうちに、蒼は自分の身体を抱くようにしながら、店の奥へと行ってしまった。
「……またやってしまった。一瞬、脈ありだと思ったんだけど」
俺はがっくりと肩を落とし、再びベンチに深く腰掛ける。
「……でも、蒼たちに罪はないんだよな」
たまたま目の前を飛んでいた七影蝶に向かって、俺はため息混じりに呟く。つまるところ、俺は一人で足掻いているだけなのかもしれない。
「……少し、頭を冷やそう」
俺はゆっくりと立ち上がって、奥の座敷へと向かう。結局かき氷はもらえなかったし、扇風機にでもあたることにしよう。
「……は?」
「ひえ!?」
ふすまを開けると、そこには何故かメイド服を着た鴎と藍がいた。
「ご、ごめん!」
俺は見てはいけないものを見てしまった気がして、とっさに謝りながらふすまに手をかける。なんか、昨日も似たような場面に遭遇したような。まるでへじゃぷだ。
「ちょっと待ってください!」
「どわあ!?」
ふすまを閉めようとしたところで藍に襟元を掴まれて、逆に座敷の中に引っ張り込まれてしまった。すごい力なんだけど。藍って武術か何かやってるのかな。
「……羽依里さん、ここで見たことはまだ秘密にしておいてください! いいですね!」
俺は情けなくも畳の上に仰向けにひっくり返った格好で、藍に見下ろされていた。
「そ、それはわかったけど、どうして二人はメイド姿に?」
「カモメイドだよ!」
「鴎ちゃんは黙っていてください! 私はそそのかされてしまっただけです!」
「ええっ、ひどいよ! 一人だけで着るの恥ずかしいって言うから、一緒に着てあげたのに!」
「だから、鴎ちゃんは黙っていてください! とにかく、この案はボツです! ダメです! 実際に着てみたら、恥ずかしすぎます!」
「えぇ、似合ってると思うけど」
「そうだよ! アオアオに見せたら、きっと喜ぶよ!」
「こんな姿、見せられません!」
イマイチ話が見えないけど、やっぱり俺は見てはいけないものを見てしまったらしい。
「羽依里さん、もう一度だけ念を押しておきますけど、ここで見たことは黙っていてください! しろはちゃんにも、夏海ちゃんにも、言っては駄目ですからね!」
「え。ちょっと藍、今の名前……」
「ほら、早く外に出てください! 着替えますから!」
今度は蹴りだされるように部屋の外に出されてしまった。さっきの蒼もそうだけど、空門姉妹はどこかに夏海ちゃんとの記憶が残ってるのかもしれない。
「いててて……」
座敷から追い出されてしまったけど、蒼はまだ戻ってくる気配がないし、どうしよう。
俺は店の中で一人、手持ち無沙汰になってしまう。
「くーださーいな」
「あれ、のみき?」
その時、のみきがやってきた。
「おや? 今日は鷹原が店番をしているのか?」
「えっと……まぁ、そんなところ。のみきは何か買いに来たのか?」
駄菓子屋の看板娘が、まさか俺のせいで席を外してるなんて言えず、そう取り繕っておいた。
「いや、今日は買い物ではなくてな。写真を持ってきたんだ」
「写真?」
「先日、リトルバスターズとの練習試合後に集合写真を撮っただろう。その写真ができたんだ」
……そう言えば鏡子さんがカメラを借りて撮ってくれてたっけ。あれ、もうできたんだ。
「あ、写真ができたんですか?」
「のみきさん、見せて見せて!」
ちょうどその時、着替えを終えたらしい二人がやってきた。
「一人一枚あるから、そう慌てるな」
のみきが苦笑しながらそう言って、持っていた封筒から写真を取り出す。
……待てよ。確かあの集合写真には、夏海ちゃんも一緒に写っていたはずだ。
これは思わぬところで、思い出の品が出てきた。夏海ちゃんが写った写真を見れば、皆も必然的に夏海ちゃんのことを思い出すはずだ。
「ほら、これだぞ」
俺は早る気持ちを抑えながら、受け取った写真を見てみる。
「……え?」
優勝カップを前に並ぶ俺や、島の仲間たち。その後ろにはすっかり見慣れたリトルバスターズの皆。
最高の瞬間を写したはずの写真だけど……そこに夏海ちゃんは写っていなかった。
……そんなはずはない。俺としろはの間、ちょうど優勝カップの前に、確かにいたはずなのに。
「あははー、しろはと羽依里、せっかくなんだからもっとくっつけば良かったのにねー」
「本当ですね。恥ずかしがり屋なんですから」
いつの間にか蒼が戻ってきて、藍と一緒に写真を覗き込んでいた。俺としろはの間、不自然なくらい空間があるのに、誰も気にしないなんて。
「のみきー、この写真、あたしの分もある?」
「ああ。心配しなくても、人数分きちんと焼き増ししてある。何故か一枚余っているが、おそらく写真屋さんが予備を入れてくれたんだろう」
……のみき、それはたぶん、夏海ちゃんの分だから。
「あのさ……皆、この試合のピッチャー、誰がやったか覚えてる?」
「そりゃ、えーっと……よく覚えてないけど、のみきじゃない?」
「誰でもいいじゃないですか。勝ったんですし」
「そうよねー。鴎のバッティング、すごかったし」
「いやいやー。二人のダブルスチールもさすがだったよ!」
さりげなく聞いてみたけど、やっぱり夏海ちゃんのことは思い出せないみたいだ。皆、試合内容とか覚えているのに。
その後、良一や天善も駄菓子屋にやってきた。俺は他の皆と同じように探りを入れてみたけど、二人は女の子たち以上に夏海ちゃんとの縁が薄いし、思い出してはくれなかった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
結局、全く物事が進まないまま、送別会の時間が近づいてきた。
「はぁ……」
加藤家の自室で一人、自分の不甲斐なさを嘆いていると、鏡子さんがやってきた。
「羽依里君、焦る気持ちもわかるけど、送別会に主賓が遅れるわけにはいかないよ?」
「そ、そうですよね。行ってきます」
「うん。いってらっしゃい」
正直、送別会って気分でもなかったけど、鏡子さんに背中を押され、俺は重い足取りで辱堂へと向かった。
「……あれ?」
食堂に到着してみると、入口のところに七影蝶がいた。今日は本当によく見る日だな。
そしてその入口には、昼間にはなかった『本日貸し切り』の札が出ていた。
「……お、ようやく最後の主賓の登場か」
「待ってたわよー」
扉を開けると、既に皆揃っていて、笑顔で俺を迎えてくれた。
人数が多いせいか、皆も今日はカウンター席でなく、奥の座敷に座っていた。
「ほらほら羽依里! 私の隣が空いてるよ!」
そんな雰囲気に気圧されていると、笑顔の鴎からそう声をかけられる。俺は流されるように、鴎の隣に腰を下ろす。
「……それでは、鷹原と夏海ちゃん、鴎の送別会を始める」
のみきは夏海ちゃんの名前を口にしていたけど、周りの人間はおろか、本人も気づいていない感じだった。
「それでは、まずは二人から挨拶をしてもらうとしよう」
直後、のみきが笑顔のまま俺の方を見てきた。
「え、挨拶?」
……どうしよう。挨拶なんて、何も考えてない。
「……えーっと、その」
のみきに続いて、皆の視線が俺たちに集まる。なんて言えばいいだろうか。
「皆、楽しい夏をありがとう! 最高の仲間たちと、鳥白島に……かんぱーーーい!」
そんな折、鴎が先に挨拶をしてくれ、そのまま乾杯の音頭まで取ってしまった。
「「か、かんぱーーーい!」」
その勢いに負けて、皆してグラスを鳴らす。ハイテンションな鴎のおかげで、俺の挨拶はうやむやになった。助かった。
「よーし、食うぞー!」
やがて良一の一言を皮切りに、それぞれが目の前の料理に箸を伸ばす。
俺たちの前には、鳥の唐揚げやフライドポテト、おいしそうな魚の刺身に、焼き鳥、だし巻き卵、野菜サラダ、枝豆といった居酒屋メニューが並ぶ。
そして主賓という意味合いもあってか、俺と鴎が一番奥、つまりは上座と呼ばれる位置に座らされていた。
俺に近い方から、壁際にしろは、のみき、良一、天善と並び、鴎の方には静久と紬、空門姉妹が座っていた。
「さぁパイリ君、鴎ちゃん。今日は主役なんだから、しっかり食べて!」
「料理が足りなかったら言ってね。まだ材料はあるから」
そう言いながら、しろはと静久が小皿に盛った料理を配ってくれる。
「すごく豪華な料理だけど、これ全部しろはが作ったのか?」
「一応、そうだけど……時間が無くて、そっちのフライドポテトとかは冷凍ものなの」
島の料理人としてのプライドが許さないんだろうか。しろはは少し残念そうにそう言っていた。
俺はしろはに不満そうな視線を向けられているフライドポテトを摘んで、口に運んでみる。
「……十分美味しいと思うけど」
「やっぱり、フライドポテトを作るなら島芋を使って、味付けは島の天然塩で……」
俺の感想は聞こえていないみたいだった。しろはは口元に手を当てて、うんうんと唸っていた。
「あまりにしろはちゃんが忙しそうにしていたから、私も少しだけ買い出しを手伝ったのよ」
「うん。唐揚げや焼き鳥に使った鶏肉は、静久に本土で買ってきてもらったんだよ。お肉はどうしても島じゃ手に入りにくいし」
なるほど。静久が食材を用意してくれたんなら、むね肉を使った料理が多いのも納得かもしれない。
「しろしろ、このサラダ美味しい!」
「あ、それは島で採れた夏野菜で作ったの。ドレッシングも自家製だから、たくさん食べてね」
「うん!」
鴎は嬉しそうにサラダをほおばっていた。しろはの料理は、変わらず他の皆からも好評のようで、大皿に盛られた料理はどんどん減っていく。これは、俺も負けずに食べないと。
「カモメさん、このだし巻き卵も美味しいですよ!」
「ツムツム、ありがとう! んー、美味しい!」
皆に負けじと料理を口に運んでいると、紬が鴎に卵焼きを薦めていた。ふっくらと焼き上げられていて、大根おろしまでついている。本当に美味しそうだ。
「タカハラさんもどうぞ!」
「え? ああ、ありがとう」
小皿を手に身を乗り出して、紬からだし巻き卵を受け取る。その拍子に、紬と静久の間に箱があるのが見えた。
「あれ、その箱は?」
「最近、パイ作りに凝っていてね。後で皆で食べてもらおうと思って、アップルパイを焼いてきたの」
「そです! シズクのパイは美味しいんですよ!」
「そうなんだ。楽しみにしておくよ」
もしかしなくても、灯台で焼いたんだろうか。あそこにそんな整った設備があるようには思えないんだけど。
でも、静久がパイ作り……意外と言えば意外だけど、まさか、おっぱい繋がりだなんて言わないよな……。
「んー、このお刺身も美味しいー」
俺が変な想像をしていると、隣の鴎はぱくぱくと刺身を口に運んでいた。
「さすが鴎だけあって、おいしそうに魚を食うよな……」
「え、なに?」
「いや、なんでもないよ」
「……ところで羽依里、この夏の一番の思い出って何?」
「一番の思い出?」
その時、鴎から唐突にそんなことを聞かれた。一番の思い出……なんだろう。
「……やっぱり、野球かな」
対戦相手のリトルバスターズとの交流もあったせいか、すごく記憶に残っている。
「鴎は何かあるのか?」
「んー、私はねー」
「野球もそうだけど、やっぱり宝探しかなー、海水浴も良かったし、スーツケースレースも楽しかったよねー」
鴎は食事の手を止め、あれやこれやと考えながら、この夏の思い出を指折り数えていた。
「あ、そうだ。昆虫採集も楽しかったよね! 羽依里やなっちゃんと一緒に、ため池を超えて、ヒマワリ畑への大冒険!」
そこまで大げさなものでもなかった気がするけど。確か、ちょっと遠出のハイキングって感じだったような。
「……って鴎、思い出したのか?」
「え、何を?」
「なっちゃんって言ってたろ、今」
「うーん?」
思わず反応してしまった。ちょっと期待したんだけど、やっぱり駄目みたいだ。空門姉妹と同じで、一瞬思いだしただけらしい。
「二人とも、何暗い顔してんのー? 送別会だからって、本当に暗くなっちゃ駄目よー?」
「ほら、鴎ちゃんのグラスも渇いてますよ」
「羽依里も男の子なんだから、もっと食べないとねー」
その時、空門姉妹がそう言いながら、笑顔で料理を運んできてくれた。
「そ、そうだよな。鴎、さっきの話は忘れてくれ。ほら、枝豆食うか?」
「うん! 食べる食べるー!」
また昼間みたいになってもかわいそうだし。俺は空門姉妹に合わせるように、とっさにそう取り繕う。
「……ところで、空門姉妹の二人はなんでメイド服姿になってるんだ?」
さっきまでは普通の格好をしていたはずだけど。いつの間に着替えたんだろう。
「最初は私だけが着る予定だったんですが、蒼ちゃんも一緒に着てくれると言ってくれまして。二人で着れば怖くありません」
藍は満面の笑みを浮かべていた。確か、駄菓子屋では一人で着るのは嫌だとか言ってた気がするけど。結局そういう流れになったんだ。
「それより羽依里さん、お皿を片付けますから、残った唐揚げを食べてしまってください」
「わかった。食べるよ」
俺は皿に一つだけ残っていた唐揚げを指でつまみ、ひょいっと口へ運ぶ。
「おかわりは今、しろはちゃんが作ってくれてますから」
「え? おかわり?」
見てみると、隣にいたはずのしろははいつの間にかカウンターの向こうに移動していて、あわただしく調理をしていた。
「しろは、いつの間に……」
そう言えば、今日はしろはとゆっくり話せてない。せっかくだし、しろはの方に行ってみることにしよう。
「しろは、こんな時まで料理させてごめんな」
「別に良いよ。皆、おいしそうに食べてくれてるし」
俺はカウンターの奥で忙しそうにしているしろはとそんな話をしながら、自然にいつもの席に座る。
「ひょっとして、午後からずっと送別会の準備をしてくれてたのか?」
「そうだけど……もしかして、何か用事があった?」
「……いや、大した用事じゃなかったし、気にしないで」
「そう……? なら、いいけど」
……しろはは、夏海ちゃんのこと、覚えてる?
そう聞きかけたけど、止めておいた。しろはにまで、皆と同じ思いは味わってほしくないし。
「羽依里、もう少ししたら追加の料理ができるから、テーブルまで持って行ってくれる?」
「ああ、任せてくれ」
そう言った直後、自分の指先に違和感を感じた。しまった。さっき藍に急かされた時、残っていた唐揚げを思わず手でつまんでしまったんだっけ。
「……しろは、悪いけどおしぼりもらえない?」
「いいよ。はい」
しろはは手慣れた様子でおしぼりを取り出すと、俺に手渡してくれる。
「ありがとう」
「……あれ?」
俺におしぼりを渡した後、しろはは別のおしぼりを俺の隣の席に置こうとしていた。そこは誰もいないのに。
「……しろは?」
「……変なの。朝から頑張りすぎて、疲れてるのかな」
そういえばこの夏、ほぼ毎日夏海ちゃんと一緒に夕飯を食べに来ていたし。しろはも条件反射みたいになっていたのかもしれない。
「しっかりしてくれよ。俺の隣には誰もいないぞ」
まさか、毎日一緒に来ていた女の子の話をするわけにもいかないし、俺はそう言って誤魔化すしかなかった。
「ほい、鳥の唐揚げお待たせ」
しばらくして、完成した料理を乗せた大皿をテーブルへと運んでいく。飲食店でもバイトをしたことがあるし、これくらい楽勝だ。
「わーい! 揚げたての唐揚げって、最高だよね!」
山と盛られた唐揚げを見て、鴎が歓喜の声をあげる。まだ食べるつもりらしい。
「そうだ。鷹原もしろはも座るといい。そろそろ出し物が始まるぞ」
「え、出し物?」
嬉々として唐揚げに箸を伸ばす鴎を眺めていると、のみきにそう言われた。
「出し物って何だろうね」
「……さあ?」
俺の後に続いて着席したしろはも、隣で不思議そうな顔をしていた。
「……それでは一番! 三谷良一! 瞬間脱衣します!」
まず、そう言って立ち上がった良一が、自分の服に手をかけた。
「良一、待て! こんな所で脱いだら、またのみきに撃たれるぞ!?」
その良一を、俺は思わずそう止める。しかしのみきの方を見ると、特に何をするでもなく、笑顔でその様子を見ていた。
「いや、今回は無礼講だ。脱いでいいぞ」
「よっしゃーーー! んんーーー! パーーージ!」
のみきからの許可が出た瞬間、良一は一瞬で上半身裸になってサンバを踊り始めた。
「レッツサンバー! アッミーゴ!」
先日の遊園地で習得したらしい。すごい動きだった。
「ここは食堂だし、衛生的にどうかと思うけど……」
踊り狂う良一を、隣のしろはが複雑そうな顔で見ていた。まぁ、楽しそうにしてるし、ここは大目に見てあげよう。
「では、次はわたしの番ですね!」
良一の踊りが終わった後、大掛かりな機械を持った紬が皆の前に立つ。なんだろうあれ。
「わたしはこのワタアメ器で、ワタアメアートを作ります! くるくるくるー」
「おおー、すごい! 毛玉犬だー!」
「はい! ぴこぴこです!」
良一に続いて、紬がワタアメアートなるものを披露していた。どこかで練習していたのだろうか、すごく上手だった。
「では、いよいよ真打登場ですね」
「……私の番か」
完成したワタアメアートを皆で美味しくいただいていると、藍にそう促されたのみきが笑顔で立ち上がる。
「よし、良一を扉の前に連れて来てくれ」
「やめろーーー! やめてくれーーー!」
のみきが笑顔を崩さずにそう言うと、いつの間にか椅子に縛り付けられた良一が運ばれてきた。
「それではみきちゃん、最大出力でどうぞ」
「ああ」
続けて、藍がのみきに目隠しをする。同時に蒼が良一の頭上にリンゴを置き、天善が良一の背後の扉を開け放つ。
全ての準備が整ったのを見て、のみきは静かにハイドログラディエーター改を構える。
……もしかして、のみきは目隠しをしたまま、あのリンゴを狙うんだろうか。それはそれでスリリングだ。
「お助け―――!」
「良一ちゃん、下手に動くと顔に当たりますよ」
「う、うう……」
藍にそう言われて、良一が大人しくなる。無礼講だけど、のみきも撃たないわけじゃないんだ。
「こういう時は、心の目で見るんだ……それ!」
次の瞬間、のみきの水撃が見事にリンゴを撃ち抜いた。扉の向こうに吹き飛ばされたリンゴには大きく穴が開いている。さすがの威力だった。
「……よし、次は俺の番だな。俺は目隠しピンポンだ!」
のみきに続いて、天善が良一の前に立つ。同時に、良一の頭には火のついたロウソクがセットされる。
「天善天善天善……」
目隠しをしてもらった天善は、念入りに素振りをしながら、天善ゾーンを展開して感覚を研ぎ澄ませていた。
「天善ー! やるなら早くしてくれー! 溶けたロウが垂れてきちまう―――!」
「まぁ待て。もう少しだ……!」
「うわぁぁぁ---!」
なんだかんだで、良一は先行パージした報いをしっかりと受けていた。可哀想に。
「……それじゃ、私はおっぱいでこの割りばしを折ってみせるわ!」
「私はスーツケースのスーちゃんで腹話術やるよー!」
……その後も、皆は色々な出し物を披露してくれた。
ところで、なんで出し物に鴎が参加してるんだろう。まぁ、本人は楽しそうにしてるし、いいけどさ。
他の皆も、まるで過ぎゆく夏を惜しむかのように心から楽しんでいて、俺やしろはも一緒になって笑う。
そんな中、何の気なしに天井を見上げると、隅の方に一匹の七影蝶がいた。
もしかして、入口にいたやつかな。いつの間に入って来たんだろう。
「いやー、騒いだわねー」
「しろはがやってる食堂だからできたことだよな」
「シロハさんのお料理は、相変わらずゼッピンでした!」
「そうね。紬があれだけ食べるなんて珍しいわ」
「ズクズクのアップルパイも美味しかったよ!」
……結局、送別会がお開きになった後も、しろはが閉店作業を終えるまで皆と居座り、揃って食堂を出ることになった。
「確認するが、鷹原は明日の14時の船で帰るんだったな」
「ああ、その予定だよ」
「わかった。皆で見送りに行くからな」
「やめてくれよ。泣いちゃうからさ」
「それが目的ですよ。絶対に泣かせてやります」
「そうよねー」
わいわいとそんな話をしながら田舎道を抜け、住宅地に差し掛かかったころ。
「……あれ?」
気がつけば、俺たちのすぐ近くをまた七影蝶が飛んでいた。
……思えばこの七影蝶、食堂からずっとついて来ていた気がする。
不思議に思っていると、その七影蝶は俺たちの周りをくるりと一周回った後、ひらひらと山の方へ飛んでいってしまった。
「……今の七影蝶って、もしかして夏海ちゃんなのかな」
遠く離れていく七影蝶を見ながら、俺は思わずそう呟く。思い返せば、あの七影蝶は朝からずっと俺の近くにいた気がする。
空門姉妹やのみき、鴎が夏海ちゃんの名前を呼んだ時も、あの七影蝶が近くにいた。
偶然にしては出来過ぎているし、あの七影蝶が夏海ちゃんで、皆は少なからずその気配を感じ取ったと考えるのが自然だろう。
そしてなにより、あの七影蝶は送別会の間、ずっと食堂にいた。
皆に忘れられても、七影蝶に戻ってしまっても、夏海ちゃんは送別会に来ていた。きちんと約束を守っていたんだ。
「……あの子が頑張ってるのに、俺は何をやってるんだろうな」
皆との楽しい時間を壊したくないばかりに、いつの間にか夏海ちゃんのことを諦めかけていた。あれだけ鏡子さんに啖呵を切っておきながら、情けない。
「……なぁ蒼、神域があるのって、あの山だったよな」
俺は夏海ちゃんとの会話を思い出しながら、蒼にそう尋ねる。
「へっ!? どうしてそんなこと聞くの?」
「俺、ちょっと神域に行かなきゃいけなくて」
「な、ないわよ! あの山に、空門の神域なんてないわよ!」
「……相変わらず、嘘下手な。俺、ちょっと行ってくるよ。約束を果たさないといけないから」
「え、羽依里、どこにいくの?」
しろはが驚いた顔をするのを横目に見ながら、俺は山の方へ向かって駆けだした。
「皆、先に帰っててくれ! 俺、少しだけ用事を済ませてくるからさ!」
背後からの困惑の声を振り切って、俺は木々が生い茂る山の中へと飛び込んだ。早くあの子を見つけないと。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
月が出ているおかげで、山の中は比較的明るかった。
俺はその月明かりを頼りにしながら、木々の間を抜けていく。
夏海ちゃんの七影蝶は完全に見失ってしまっていたけど、彼女の行き先だけは見当がついた。
「……トキアミ」
本来、夏海ちゃんが還るはずだった場所ヘと続く、空門の神域だ。
「確か、この木を右に見ながら進んで、その先の分かれ道を左に……」
これも消えた世界の記憶と言うやつなんだろうか。一度も行ったことのないはずの場所なのに、頭の中に次々と神域までの道筋が浮かんでくる。
……俺はかつて、この道を何度も通った記憶がある。ある時は誰かを探して。ある時は誰かを背負って。一緒に神域を目指していた。
何かに導かれるかのように、俺は山の奥へ奥へと足を踏み入れていった。
「……くそ、この辺りだと思うんだけど」
そろそろ神域に近づいてきたとは思うんだけど、さっきから同じ場所をぐるぐる回ってる気がする。まるで侵入者を拒む結界でも張られているみたいだ。
……やっぱり、空門の巫女と一緒じゃないと辿り着けないのかな。
「……そうだ。こういう時は、山の住人を頼ってみよう」
そんな考えに至った俺は、少し息を整えてから、大きく息を吸い込む。
「イナリーーー!」
そして俺は大声でイナリの名前を呼んでいた。
「……ポーーーーン!」
何度か呼びかけていると、やがて草むらをかき分けて、イナリがやってきた。
「おお、イナリ。来てくれたか」
「ポン!」
何故イナリを呼んだのかはわからない。でも、イナリなら連れて行ってくれる気がした。
「イナリ、お願いがあるんだ。空門の神域に案内してほしい」
「……ポン!」
俺の言葉を聞いたイナリはひと声鳴くと、そのまま背を向けて走り出した。俺はその姿を見失わないように、必死についていった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ポン!」
しばらく進むと、イナリは一段と深い茂みの前で立ち止まる。どうやら、この奥がそうらしい。
「この奥なのか。ありがとうな」
「ポーン!」
俺はイナリにお礼を言って、その茂みをかきわけて奥へと進んでいく。
どうやら、神域の周りは背の高い草に囲まれているらしい。これは見つからないわけだ。
「……おお、着いた」
やがて茂みを抜けると、急に開けた場所に出た。背の低い草が風にそよぎ、上には満天の星が見える。
その場所の中央に、一本の大きな木が生えていた。
「……迷い橘」
俺は自然にその名前を口にしていた。恐らく、あれがそうなんだろう。始めて見たはずなのに、すぐにそれと確信できた。
そしてその木のたもと、無数の七影蝶を纏いながら、あの子が立っていた。
「……夏海ちゃん!」
その橘の木とはかなり距離があったけど、あれは確かに夏海ちゃんだ。俺は全力でその近くに駆け寄る。
「……え、はいり、さん?」
儚げな表情をして迷い橘に手を添えていた夏海ちゃんは、俺の姿を見て目を丸くする。
近づいてみると、その姿は半分透けていて、背後の橘の木が見えていた。一度は七影蝶に戻ってしまったんだし、今の夏海ちゃんの存在は不完全みたいだ。
「……ようやく見つけたよ。やっぱり、あの七影蝶は夏海ちゃんだったんだね」
「そ、そうです。ずっと羽依里さんの近くに居ました。送別会の約束もありましたし」
「やっぱりそうだったんだ。気づいてあげられなくて、ごめんね」
「……いえ、思い出してもらえただけで、十分です」
俺は息を整えながら夏海ちゃんの隣に並び立つ。夏海ちゃんは心なしか嬉しそうに、周囲を舞う七影蝶を弄んでいた。
「もしかして、この辺を飛んでいる七影蝶って全部……」
「……はい。全部私の身体を編んでいた七影蝶ですよ」
「そうなんだ……」
そう言う夏海ちゃんの身体からは、今もいたるところから七影蝶が飛び出し続けている。以前は手のひらから時々出てくる程度だったのに。
「ところで羽依里さん、こんなところまで、どうして来てくれたんですか?」
「……だって、夏休みの最後まで一緒にいるって、約束したしね」
「……その約束、覚えててくれたんですね。嬉しいです」
……そう言って笑う夏海ちゃんから、また二匹の七影蝶が飛び出した。
その七影蝶は他の七影蝶と同じように、橘の木へと寄っていった。思わず目を凝らしてみると、枝という枝に無数の淡い光が見える。
「逃げないで、この木に集まってるんだね」
「たぶん皆、トキアミに還ろうと思って、本能的に集まってるんじゃないですかね。さすがに、もう無理みたいですけど。橘の花も全部散っちゃってますし」
夏海ちゃんは地面に落ちている橘の花を寂しげに見ていた。確かに、七影蝶こそ群がっているけど、そこには一輪の花もついていなかった。
「……ということは、やっぱり夏海ちゃんも還れないの?」
「……はい。無理みたいです」
夏海ちゃんは力なく橘の木の根に腰を下ろし、自分の両手を見ていた。
「こうやってまた人の姿になれたのだって、不思議なくらいなんですから。還るなんて無理ですよ」
「じゃあ、夏海ちゃんはこのままだと……」
「遅かれ早かれ、また七影蝶に戻って、トキアミにも戻れずに、島の中をさまようんだと思います」
……七影蝶に戻ってしまうってことは、やっぱり皆から忘れられたままなんだろう。それは悲しすぎる。
「……また夏が来て、うまく蒼さんに神域へ導かれるのを祈るしかないですね」
笑顔でそう言うけど、それは簡単なことじゃないだろう。
今この場所だけで、これだけの数の七影蝶がいるんだ。神域からトキアミへ行ける期間は限られるし、下手をすると、何年も先の話かもしれない。
「……じゃあ、夏が来るたびに、皆で君を探す」
「え?」
「トキアミに戻れないんなら、この島のどこかに、ずっといるはずだよね」
「そ、そうですけど」
「なら、また夏が来たら、君を探すよ。皆と一緒にね」
「……そんなこと、言わないでください」
夏海ちゃんの声が震え、その瞳にみるみる大粒の涙が溜まっていく。まるで、張り詰めた心の糸が切れてしまったみたいだ。
「皆さん、忘れてます。羽依里さんだって、明日になったらまた私のことを忘れちゃいますよ」
「そうかもしれないけどさ……俺は、こんな体験があるんだ」
「……え?」
俺は夏海ちゃんの隣に腰を下ろし、静かに話しかける。
「……ずっと昔。永遠みたいな夏を駆け回っていた、小さなころ。毎日が眩しかったんだ」
「でも、大きくなるにつれて、そんな思い出は記憶の彼方に埋もれてしまって」
「だけど、あの時感じた眩しさだけは忘れなかった。心のどこかで覚えていて、夏になれば思い出していたんだ。まるでポケットの中に、その欠片が残っていたみたいに」
「……だからさ、もし君のことを忘れてしまっても、俺たちが夏海ちゃんと過ごした夏は決してなくなったりはしない。きっとあの眩しさのように、夏になったら、君のことを思い出すよ」
「……や、やめてください。そんな風に言われたら、期待しちゃうじゃないですか」
夏海ちゃんはたまらず顔を伏せる。その拍子に、ぽたぽたと光る雫が草の上に落ちた。
「……これで最後だって、もう諦めていたのに。覚悟は決めてるつもりだったのに」
顔を伏せたまま、涙声でそう続ける。
「そんな風に言われたら、いつかまた、この島で、羽依里さんや、皆さんに巡り会えるんじゃないかって。考えちゃうじゃないですか」
「……きっと会えるよ」
「え?」
「だってこの島は、そんな奇跡も起こしてくれる場所だからさ」
俺は迷わずそう口にする。
……そう。
ーー諦めないことで可能性が広がる夏があった。
ーー小さな冒険が大きな絆を紡いだ夏があった。
ーー限られた時間を眩しい思い出に変える夏があった。
ーー大切な人との思い出を育み、導く夏があった。
--いくつもの優しさを繋いだ先に、辿り着いた夏があった。
……うっすらと覚えている、いくつもの夏。
今とは違う世界で、いくつもの奇跡を起こしてくれたこの島なら、この世界でも奇跡を起こしてくれるんじゃないか。
俺は、そう信じずにいられなかった。
「……いました! ナツミさんです!」
「羽依里もいるよ!」
……その時、聞き慣れた紬や鴎の声が聞こえ、無数の懐中電灯の光が神域に飛び込んできた。
俺と夏海ちゃんは、思わず声がした方へ視線を送る。
「おお、本当になっちゃんもいた!」
「鷹原もここにいたのか。まったく、心配させるな」
「……こんな場所が、山の中にあったんだね」
「らしいな。なんにしても森さえ抜けてしまえば、こんなものに用はない」
皆は手にしていた懐中電灯を次々と消しながら、俺たちの方へやってきた。明かりが無くても、月の光のおかげで皆の顔が良く見える。
「……皆、どうしてここに」
「羽依里ってば、急に走り出すから。蒼に頼んで、ここまで案内してもらったの」
俺の問いに、しろはがそう答えてくれた。
「でも羽依里、よく一人で神域にたどり着いたわねー。ここ、あたしの案内がないと来れない場所のはずなんだけど」
「そこは、優秀な案内人がいてさ」
「案内人?」
蒼が不思議そうな顔をする。まさか、イナリに案内してもらったなんて言えないし。
「それよりあの、皆さん、私のこと思い出してくれたんですか?」
「それ! それなのよ! 皆で羽依里を追いかけて山の中を進んでたら、急に夏海ちゃんのことを思い出したのよ!」
「蒼の言う通りなんだ。なぜかわからないが、揃いも揃って、すっかり夏海ちゃんのことを失念していてな」
「……夏海ちゃん、本当にごめんね」
皆、本当に申し訳なさそうにそう言う。今は夏海ちゃんも人の姿になっているから、皆の記憶もその影響を受けているのかもしれない。
何にしても、皆は完全に夏海ちゃんのことを思い出してくれたみたいだ。
「……ほらね。夏海ちゃん、この島に不可能なんてないんだよ」
「ほ、本当ですね……嬉しいです。嬉しすぎますよ」
夏海ちゃんが涙に濡れた顔のまま、泣き笑いような表情で皆を見ていた。
「ほらほら、夏海ちゃん、泣いてる場合じゃないですよ」
「え?」
そんな夏海ちゃんを取り囲むように、皆はその近くに腰を下ろす。
「……今からここで、夏海ちゃんの送別会を始めるぞ」
そんな皆を代表して、のみきがそう言う。俺も夏海ちゃんもまさかの展開についていけず、呆気にとられる。
「だって、なっちゃんってば、送別会にも来てないんだもん! だから、今からここで送別会やるの!」
「ここだと料理も用意できないけど、できるだけ楽しんでね」
「は、はぁ……」
思わず素っ頓狂な声を出す夏海ちゃんに対して、皆は一様に笑顔だった。夏海ちゃんの身体が透けてるとか、何故こんな山の中にいるのかとか、全く気にしていない様子だった。
……ああ、皆は本当に夏海ちゃんを見送るために、ここまで来てくれたんだ。
「さあ、まずは主賓の挨拶だぞ」
「え、挨拶ですか!?」
「そうだね。挨拶は大事なんだ。夏海ちゃん、頑張って」
「は、はい!」
そんな皆の気持ちに応えるため、俺も一緒になって夏海ちゃんを鼓舞する。
夏海ちゃんは涙をぬぐって立ち上がり、皆の方をまっすぐに見る。
「えっと、私にこんな楽しい夏休みを過ごさせてくれて、ありがとうございました! 毎日、すごく楽しかったです! 皆さんと、この島のことが、大好きです!」
そう言って頭を下げる。同時に温かい拍手が送られた。
「うんうん。夏海ちゃん、立派な挨拶だったわよー」
「本当ですね。まともに挨拶できなかった羽依里さんとは比べ物にならないですね」
……ちょっと藍、せっかく隠していたのに、バラさないで。
その後は夏海ちゃんの希望で、皆でこの夏の思い出を語り合うことになった。
「あら、夏海ちゃんの一番の思い出は、やっぱり野球なのね」
「はい。羽依里さんと同じですね。えへへ……」
他にも、缶ケリ、ビーチバレー、肝試しに水鉄砲大会、キャンプ……一人一人と額を合わせるようにしながら、思い出話に花を咲かせる。
時折、身振り手振りを交えて楽しそうに話す夏海ちゃんを、俺は隣で見守るように見ていた。
「なっちゃん、また一緒にスーツケース乗ろうね!」
「はい。また羽依里さんに押してもらいましょう!」
「来年の夏には、あのヒマワリ畑に皆でピクニック行こう!」
「そうですね。楽しみにしてます!」
「その時は、しろしろに特製のチャーハン弁当を作ってもらおう!」
「……ちょっと待って、私が作るの?」
「うん! しろしろのチャーハン美味しいし!」
「でも、夏海ちゃんのチャーハンもこの夏で随分上達したよ?」
「えへへ、ありがとうございます! そうだしろはさん、来年はフライパンじゃなく、中華鍋を使ったチャーハンの作り方を教えてください!」
「中華鍋を? いいけど、まずは玉砂利を使ったトレーニングからだからね」
「ええ、なんですかそれ」
「ふふ、チャーハン道は厳しいんだよ」
「そ、それはこの夏で思い知りましたけど……」
「……ふむ。やはり、しろはのチャーハンに対する情熱は、俺の卓球道に似ているな」
「そんな天善さんも、来年こそはイナリさんにリベンジしましょう」
「ああ。俺もトレーニングを続けるから、夏海もトレーニングを怠るなよ」
「はい。わかってます」
「……まったく、夏海ちゃんは体育会系ではないぞ?」
「そう言うのみきさんは良一さんと仲良くしてくださいね?」
「なっ、なぜそんな話になるんだ!?」
「そ、そうだぞ! 俺とのみきは、別に仲が悪いわけじゃない! それより今は、夏の思い出の話だろ!」
「それじゃ、良一さんはマリンジェットで島を案内してくれた時のこと、覚えてますか?」
「ああ、覚えてるぜ。海から灯台近くの浜辺に上陸したりしたよな」
「ですです。海から見ると、全然違った島の姿が見れて、楽しかったです」
「なら良かったぜ。俺ももう一人妹ができたみたいで、楽しかったしな」
「そ、そうですか? 私もお兄ちゃんができたみたいでした」
「……ちょっと夏海ちゃん、良一ちゃんに今の発言はいけません。どんな行動に出るかわかりませんよ」
その時、ジト目をした藍が背後から夏海ちゃんを守るようにしていた。
「いや、何もしねーよ!」
「まーまー、ああ見えて、藍も悔しがってるのよー? 一緒にマリンジェット乗り回すとか、あたしたちじゃ無理だしねー」
ばつが悪くなったのか、ぶつぶつ言いながらその場を離れた良一に代わって、蒼が夏海ちゃんの正面にやってくる。
「藍さん、蒼さん、また駄菓子屋に行ったら、かき氷作ってください」
「いいわよー。夏海ちゃんが来たら、特別に大盛にしたげる」
「大盛なだけじゃないですよ。シロップも練乳もかけ放題です」
「本当ですか? えへへ、嬉しいです……わぷ」
……その時、二人が同時に前後から夏海ちゃんを抱きしめていた。
「……あたしが絶対見つけてあげるからね」
「……はい」
そんな小さな声が、かろうじて俺の耳に届いた。二人とも、どうやら感極まってしまったらしい。
「……ナツミさん、むぎゅ~~~っ」
「ぎゅ~~~っ」
その二人が離れると、今度は紬と静久が左右から抱きついていた。
「……ナツミさん、わたし、もう忘れません。ナツミさんは、わたしのズッ友です」
「えへへ、そう言ってもらえると、本当に嬉しいです……」
「次の夏には、三人で灯台に登りましょ」
「そうですね。紬さん、今年は結局登らせてくれませんでしたし」
「あら、そうだったの。紬も意地悪しないで、登らせてあげたら良かったのに」
「むぎゅ!? シズク、人聞きの悪いことを言わないでください!」
「……やっぱり、あの灯台の頂上から見る夕日とか、綺麗なんですよね?」
「ええ、すごく綺麗よ」
「それはもう、ゼッケイなんです!」
「楽しみですね……」
……夏海ちゃんが島の皆と交わす約束は、決して叶うことのないものなのかもしれない。でも、それを語る夏海ちゃんの瞳は輝いていて。とても強く。とても儚く思えてしまう。
「よーし! なっちゃんのために、もう一度出し物をやろう!」
「ああ、あまり話してばかりでも、疲れてしまうしな」
話の種が尽きてくると、鴎がそう言って立ち上がる。
「だが、出し物をしようにも、小道具がないな。俺のラケットとのみきの水鉄砲くらいか」
「仕方ないな……良一、もう一度瞬間脱衣しろ」
「笑顔で水鉄砲構えるんじゃねーよ!誰が脱ぐか!」
そして、即興の出し物が始まった。
のみきの水撃から逃げ惑う良一を笑いながら見ていると、夏海ちゃんがふいに俺の方にもたれかかってきた。
それでも、ほとんど重さを感じない。一瞬視界に入った夏海ちゃんの顔は、憔悴しているようにも、甘心しているようにも見えた。
「……夏海ちゃん、大丈夫?」
「へ、平気です。お祭りの日から、覚悟はしてましたし」
気付けば、夏海ちゃんからあふれ出る七影蝶の数もどんどん増えている気がする。それでも、夏海ちゃんは笑っていた。
「……それじゃ、腹話術師カモメによる、スーツケースのスーちゃんの冒険・第二幕のはじまりまじまりー!」
皆も心のどこかで、夏海ちゃんに残された時間がもう少ないことを察していると思う。
けど、誰もそれを口にすることなく、ひたすらに明るく振る舞ってくれていた。
「……楽しいです」
俺にもたれかかったまま、夏海ちゃんが小さな声でそう言う。
「……羽依里さんも、楽しいですよね?」
「……もちろん」
そう言った直後、俺は思わず橘の木を見上げた。このままだと、涙がこぼれそうだったから。
頭上には無数の七影蝶が見える。あれを捕まえて、夏海ちゃんに戻すことができれば、この子と一緒に過ごす時間を少しでも長くできるんだろうか。
……そう考えていた矢先、目の前に一匹の七影蝶が飛んできた。俺は思わず手を伸ばすけど、するりと逃げられてしまった。
―――羽依里さん。私、ずっと待ってます。この島で。
次に聞こえてきたのは、本当にか細い声だった。たぶん、俺にしか聞こえていない。
―――この夏の思い出を持って。ずっと待ちます。
……また、無数の七影蝶が舞い上がる。その度に、隣にいるはずの夏海ちゃんの気配が希薄になっていく。夏海ちゃんが消えていく。
―――羽依里さん、泣いちゃ駄目ですよ。
「……うん。大丈夫」
……その時、誰かが俺の隣にやってきて、優しく手を握ってくれた。
……すごく安心する。たぶん、しろはかな。
―――羽依里さん、しろはさんと、幸せになってくださいね。
「もちろん、幸せにするよ」
―――えへへ、約束ですよ……。
……一瞬だけ夏海ちゃんの光が強くなった。でも、それはまるでロウソクの最後の灯のように、急激にしぼんでいく。
―――羽依里さん、大好きです……。
……そして、最後まで淡く残っていた光が弾け、夏海ちゃんの気配が完全に消えた。
出し物をする皆の賑やかな声もいつの間にか止んでいたけど、俺は視線を戻すことができずに、上を向いたまま、いつまでもしろはの手を握り続けていた。
第四十八話・あとがき
おはこんばんちわ。トミー@サマポケです。
たぶん第一話以来となる、夏海ちゃんのいない日常を書いてみましたが、羽依里君と同じく、違和感バリバリでした。
そして夏海ちゃんがいないだけで、羽依里君の食生活は途端に貧相になってしまいましたしね。
朝起こしてもらって、一緒にご飯食べて……このサイクルが無くなった時って、すごくきついですね。相槌を打ってくれる夏海ちゃんがいない分、羽依里君の地の文も増えちゃいましたし。
サマポケ小説なので、できるだけ夏海ちゃん一辺倒にならないように努めましたが、今回ばかりはなかなかに難しかったです。
なんにせよ、今回は夏海ちゃんというオリジナル要素を総決済した回になりました。
うみちゃんの代わりとして登場させた夏海ちゃんですが、大車輪の活躍を見せてくれたんじゃないかと思います。創造主としては、思わずラストシーンで涙腺が……(´;ω;`)
……失礼しました。
次回はいよいよ夏休み最終日。羽依里君も本土へと帰ることになります。
あ、まだ最終回ではないので、もう少しお付き合いくださいませ。
今回も、最後まで読んでいただいてありがとうございました!
感想など頂けましたら、泣いて喜びます。