「ううう……俺が悪かった! やめてくれぇぇぇ……」
「うーん……うーん……」
「鷹原さん! しっかりしてください! 鷹原さん!」
「……はっ」
「大丈夫ですか? うなされてましたけど」
……どうやら夢を見ていたようだ。
なんだろう。アジの大群に海の底に引きずり込まれる夢を見ていた。
「昨日アジを食べすぎたから、あんな夢を見たのかな……」
「なんですか?」
「ううん。何でもないよ」
変な汗をかいている。
「起こしに来たらうめき声が聞こえたので、びっくりしました」
「夢見最悪だよ……ちょっと顔洗ってくるね」
洗面所で顔を洗って、歯磨きを済ませる。
その後部屋に戻って着替えを終える頃には、そんな夢のことはほとんど忘れ、いつもの調子が戻ってくる。
準備を終え、ラジオ体操に参加するため神社へと向かう。
境内に着くと、昨日と同じメンバーがいた。
のみき、良一、天善、藍、蒼、ネコ、ウシ……。
いや、昨日より増えてる。
「鷹原さん、ウシとネコがいるんですけど……」
「静久に紬、その格好はなんだ……?」
「ウシよ。モー」
「ネコさんです。ニャー」
いや、それは見ればわかる。
「なんで二人がここに?」
「結局昨日、帰るのが遅くなっちゃって。最終便に間に合わなかったのよ」
「だから、シズクには灯台に泊まってもらったんです」
あー、そういうことか。
「それで、朝から二人でラジオ体操に行こうって話になったんだけど……」
「紬が寝ぼけて、パジャマのまま出発しちゃったのよね」
「むぎゅ! シズク、バラさないでください!」
パジャマで外に出るってのは都会ではありえないけど、ここは島だし。着ぐるみなら大丈夫なんだろうか。
「さあ、ラジオ体操を始めるぞー」
その時、ラジオ体操大好きさんがやってきて、本日のラジオ体操が始まる。
「第二の体操! 横隔膜の振動だ! うるああああぁぁぁー!」
「うるああああぁぁぁーーーー!」
ラジオ体操大好きさんの指示に合わせ、皆で大きな声を出して横隔膜を動かす。
「なあ天善、これって本当に横隔膜の運動になってるのか?」
「さあな。ラジオ体操大好きさんがそう言うんだから、なってるんじゃないか」
「うるああぁぁーーー……けっほ、けほけほ」
夏海ちゃんはまだやり慣れてないみたいだ。
「むぎぃぃぃぃぃぃーーーーーーーっ!」
こっちは根本的に発声内容違うし……。
相変わらず妙な体操だし、ラジオ使ってすらないけど、朝からいい運動になった。
「さあ、スタンプを押すぞー」
ラジオ体操を終え、スタンプとログインボーナスを受け取る。
ちなみに今日のログボはちりめんだった。これ、ご飯に乗せて醤油をかけるとうまいんだよな。
ラジオ体操の後も各々と話をしていたが、一人、また一人と帰っていく。
「夏海ちゃん、俺達も帰ろうか」
「はい」
そろそろお腹も空いたし、俺達も帰ることにした。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「あ、羽依里君。ちょっとお願いがあるんだけど」
ラジオ体操から帰宅すると、庭先で鏡子さんに声をかけられた。日中に姿を見るのは久しぶりな気がする。
「どうしたんですか?」
俺は持っていたスタンプカードとログボを玄関先に置いて振り返る。
「朝ごはんと宿題終わってからで良いんだけど、港に荷物取りに行ってもらえないかな?」
「10時の船で届くとは思うんだけど、私はちょっと手が離せない用事があって」
「いいですよ」
「生ものじゃないんだけど、ちょっと重くてね。バイクの荷台に積めば大丈夫だと思うから」
「わかりました」
「くれぐれも落としたりしないでね。強い衝撃を与えなければ大丈夫だとは思うから」
え? 何それ恐い。もしかして爆発したりするのかな。
「持って帰ったら、台所に置いといてくれたら良いから。それじゃ、お願いね」
……出かけてしまった。
相変わらず、忙しい人だ。
宿題終わらせたら受け取りに行こう。そう考えながら中に入ろうと振り返る。
「あれ? ログボのちりめんがない?」
確か、スタンプカードと一緒に靴箱の上に置いたはずなのに。スタンプカードしかない。
「変だな……」
首をかしげながら家の中に入り、居間に腰を下ろす。
台所からは夏海ちゃんが朝ごはんを作る音が聞こえてくる。
「……まさか」
俺は急いで台所へと向かう。
「あ、もうすぐ朝ごはんできますから。座って待っててくれていいですよ」
食材が炒められているフライパンの横には、空っぽになったちりめんの袋。
「遅かったか……」
「え? 何の話ですか?」
「夏海ちゃん、たばかったな……」
夏海ちゃんの笑顔の向こう側に、してやったりという表情が読み取れた。
「はい。どうぞ」
数分後。提供された朝ごはんはもちろん、ちりめんチャーハンだった。
昨日は卵をチャーハンに使えなかったから、今日は先手を打たれたみたいだ。
「ちりめんチャーハン、おいしいですよねぇ」
「そ、そうだね」
美味しかったけど、何か悔しかった。
食後はいつものように向かい合って宿題。
「あ」
今日の分が一通り終わった頃、夏海ちゃんが小さく声を上げる。
「どうしたの」
「工作の宿題があったの忘れてました」
「工作?」
そういえば、小学校ってそういう宿題が出てた気がする。
「工作の他に、自由研究もあるんですよねー」
夏海ちゃんが心底めんどくさそうな声をあげる。
「自由研究も自由なんてのは名ばかりで、ある程度内容は限定されてた覚えがあるよ」
「そうなんですよー……むぎぎぎぎ」
夏海ちゃんはテーブルに突っ伏して頭を抱えている。紬の口癖もうつってるし。
まぁ、俺も昔は苦労した覚えがあるし、夏海ちゃんの気持ちもわかる。
「というわけで鷹原さん、何かネタください」
「え」
ぱっと顔を上げて、俺に無茶振りしてくる。
「鷹原さんは小学生の頃、どんな自由研究したんですか?」
そ、そんな期待に満ちた目で見ないで。
「俺は……」
なんだったけ。ビート版による浮力と推進力の関係性とかだっけ。スポーツ少年だったから、真面目過ぎる内容で引かれてた記憶がある。
「……秘密」
「ええー……」
だって、なんか恥ずかしいし。
後はクラスメイトで、人形が海を泳ぎ切れるか実験した奴がいたような。結局海の藻屑になったとか、ならなかったとか。
……これも参考にならないな。
「そうだ。他の皆の意見も聞いてみようよ」
「他の皆、ですか?」
「うん」
善は急げ。俺は夏海ちゃんを乗せて、バイクを駄菓子屋へと走らせる。
「近いのに、どうしてバイクなんですか?」
「実はこの後、港に行く用事があって」
「あ。鏡子さんに何か頼まれてましたけど、それですか?」
「そう。港に大きな荷物が来るらしくてね。バイクじゃないと運べないらしいんだ」
「それで悪いんだけど。帰りは一人で戻ってもらっていいかな」
「良いですよ」
そんな話をしているうちに、駄菓子屋に到着する。
「私一人で聞いてみますので、港に行ってきてください」
「いや、もう少しいるよ」
「え?」
「……他の皆がどんな自由研究をしてたのか気になる」
「鷹原さん、悪趣味ですよ……」
駄菓子屋を覗くと、今日も蒼が店番をしている。手前のベンチには藍が座っていて、その横には扇風機。藍はトンボ玉付きの紐で髪を結ってポニーテールにしていて、その髪が扇風機の風でなびいて綺麗だった。
他の客の姿はなかったので、入店してすぐに二人に工作と自由研究について質問してみた。
「工作ですか。あいにくこの店には工作キットみたいなものは売ってないですね」
「プラモデルくらいしかないわねー」
二人がガサゴソと棚の上や奥の倉庫を探してくれる。さすがにプラモを提出するわけにいかない。
やっぱり工作は望み薄だな……完全自作するとか、何か考えないと。
「ところで、お二人は小学生の頃どんな自由研究をしたんですか?」
夏海ちゃんもそれを察して、話題を変えたようだ。
先輩たちの実体験なら、良い参考になるはずだ。
「自由研究ねえ……えーっと」
「わたしは蒼ちゃんの観察日記を書きました」
「え?」
「観察日記って、夏休みの間ずっとか?」
「そうですよ。まだとってあります」
「……マジで?」
「言っておきますが、男子には見せませんよ?」
「いや、見たくないけど」
「そこは見たいって言いなさいよ!」
「え、言ったら見せてくれるのか?」
「見せるわけないでしょ! 藍ってば、お風呂の中のことまで書いてるんだから!」
「……」
「ちょっと! 何想像してるのよ!」
恥ずかしがるんなら、変な想像させるようなこと言わないでほしい。
「あの、蒼さんはどんな自由研究をしたんですか?」
「そうだ、そっちのほうが気になるな」
「えーっと……あれよあれ、昆虫採集」
「昆虫採集か……」
「何よ、子供っぽいとか思ってる?」
「いや、小学生の時なら子供っぽいのは当然だろうし、むしろ蒼らしいと思うぞ」
「え? そ、そう……?」
「昆虫採集ってことは、かぶと虫とか、くわがた虫とかですか?」
「その辺ならこの島でも集められそうだな」
「はい!」
「あたしの場合、蝶専門だったけどね」
「蝶?」
「アレキサンドラトリバネアゲハとか、アサギマダラとか捕まえて標本にしてたわ」
「アレキさん……って何です?」
「世界最大の蝶よ。おとーさんと一緒にパプアニューギニアまで行って、捕ったの」
「パプアニューギニア!?」
「アサギマダラ……ってのは?」
「別名『旅する蝶』って言われていてね。日本にもいるけど、アジアのほうに多く分布してるのよ。あっちの方が羽根の色が綺麗だから、台湾に捕りに行ったわ」
「台湾!?」
さすが昆虫学者の娘だ。ガチな昆虫採集だった。
「……あ、やっぱりあたしの自由研究ってマニアックすぎ?」
明らかに引いてる俺達を見て察したのか、蒼はバツな悪そうな顔をする。
「いや、ワールドワイドだが、藍の自由研究よりよっぽど良いと思うぞ」
「は? 蒼ちゃんの観察日記のどこがいけないんですか!?」
「問題ありまくりだろ!」
蒼にもプライバシーはある。たとえ姉妹であっても。
「……ところで鷹原さん、時間大丈夫ですか?」
「あ」
腕時計を見ると、10時を15分ほど過ぎていた。
「それじゃ夏海ちゃん、俺はそろそろ港のほうに行くから」
「はい」
「あれっ、羽依里どこか行くの?」
「ちょっと鏡子さんに用事頼まれててさ。夏海ちゃんには、後で一人で戻るよう言ってあるから」
「大変ですね。それなら夏海ちゃんのお相手は任せてください」
「悪いけど、よろしく頼むよ」
「夏海ちゃん、かき氷ごちそうしたげる」
「蒼ちゃんの観察日記、見せてあげます」
「……え、夏海ちゃんには見せるのか?」
「女の子には見せますよ?」
「だから藍、女の子にも見せないで――!」
少し不安も残るけど、夏海ちゃんを空門姉妹に任せて、俺は港へとバイクを走らせる。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
もともと駄菓子屋から港まではそこまで離れていないので、ひとっ走りで港に到着。すぐに荷物を受け取る。
「さて、一旦荷物を置きに戻ろうかな」
バイクのキックスイッチに足をかけた瞬間。
「羽依里」
背後から聞き覚えのある野太い声が聞こえた。
「そ、その声は」
振り向くと、そこにはしろはのじーさん。
さらに、見た目が逞しいじーさん二人も連れ従っていた。
「これで4人そろったな」
「え? あの、何の話ですか」
「四天王スクワットだ!」
「うわぁぁぁ!?」
屈強なじーさん二人から両脇を抱えられ、バイクから引きずり降ろされる。
「羽依里、お前は朱雀だ!」
「ええー……」
有無を言わさず、といった感じだ。こうなったが最後、逃げたりした日にはどうなるかわかったもんじゃない。
もし仮にバイクに乗って逃げ出せたとしても、未知の力で先回りされたり、謎の連係プレーでバイクから落とされたりしそうだ。
「いくぞ! ししんそうおう!」
そして、四天王スクワットが始まった。
「玄武! げん! げん! 青龍!」
「せい! せい! 白虎!」
「びゃこ! びゃこ! 朱雀!」
……俺か。
「……ざく! ざく! 玄武!」
「げん! げん! 青龍!」
ちなみに四天王スクワットとは、四人一組となってそれぞれに『青龍』『朱雀』『玄武』『白虎』の役を割り当て、お互いに名前を呼ばれた者が対応してスクワットを行うというものだ。
「せい! せい! 朱雀!」
……また俺か。
「……ざく! ざく! 白虎!」
「びゃこ! びゃこ! 朱雀!」
……え、また俺?
「……ざく! ざく! 玄武!」
何度もやってると、頭の中に得体の知れないドーパミンみたいなのが出るのか、妙なテンションになってくる。おかげで一人でスクワットするより数倍の回数こなす事ができて、すごいトレーニングになるんだ。って、俺は何天善みたいなことを言ってるんだろう。きっと既に妙なテンションになってるに違いない。楽しくなってきた。これはやばい。ざく! ざく!
「うむ。今日はこれくらいにしておいてやろう」
……ようやく解放された。
「ぜえ、はあ、ひどい目にあった」
一時間近く付き合わされてしまった。あのじーさんたち、元気すぎだろ。
それにしても、頼まれた荷物が生ものじゃなくて助かった。炎天下に置きっぱなしだったもんな。
汗だくの体で、やけに重たい荷物を荷台に固定。さあ出発……と思ったところで、すごくいい匂いが漂ってきた。
一度乗りかけたバイクから降りて、匂いの元を探す。
見ると、昨日と同じ場所に出店が出ていた。
「よう、羽依里」
「……良一か?」
昨日は海鮮焼きそばを焼いていたが、今日はまた別の料理をやっている。
「今日は何を焼いてるんだ?」
「見てわからないのか?」
「……悪い、わからない」
めちゃくちゃ食欲をそそる匂いがしてるが、料理そのものは見たことがない。
「まったく、それでも岡山県民か? ホルモンうどんだよ。ホルモンうどん」
「うまそうだな……」
昨日の海鮮やきそばといい、良一は麺類が得意なんだろうか。
「実は今日のホルモンうどんは岡山から来た謎のホルモンおじさんから教えてもらったんだ」
「ホルモンおじさん……?」
「ああ、秘伝の醤油ダレも分けてもらった」
「というわけで、食ってけ」
「今なら300円のところ、200円だ」
「しかも、大盛りにしてやるぞ」
四天王スクワットの後で、腹はめちゃくちゃ空いている。
しかも値引きまでしてくれて大盛。これは誘惑に勝てなかった。
「ひとつくれ」
「ほい。まいどあり」
昨日のと同じテーブルセットに座って、さっそく食べてみた。
ホルモンの油が良い感じにうどんに絡まり、独特のコクがあってうまい。野菜も秘伝の醤油ダレをまとっていて、これまた良い。気がついたら完食していた。
「うまかった」
「良い食いっぷりだったぜ! 羽依里!」
いい笑顔で親指を立ててくる。
「これだけうまいのに、ほとんど売れないんだよな。今日は日が悪いぜ」
自分で焼いたのを自分で食べている。何とも言えない悲壮感があった。
「……うぷ」
それにしても、食べ過ぎてしまった。四天王スクワットで腹が減っていたとはいえ、これは昼ごはんは入らないな。
良一に別れを告げ、改めてバイクを走らせて加藤家へ戻る。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ただいまー」
「おかえりなさい。ずいぶん遅かったですね」
「色々あってね……」
四天王スクワットから解放されるのに時間がかかってしまったせいか、既に夏海ちゃんは加藤家に戻ってきていた。
鏡子さんから頼まれた荷物を台所の方に置き、居間に腰を下ろす。
「夏海ちゃん、今日のお昼……」
「そういえば、しろはさん来てましたよ」
「え? しろはが?」
「はい。お昼に食堂に来てほしいって」
「なんだろう?」
「私もお呼ばれしたので、ついて行っていいですか?」
「もちろん。一緒に行こう」
二人で歩いてしろは食堂へと向かう。
「そういえば、駄菓子屋ではあの後、何もなかった?」
「お二人とのおしゃべりは楽しかったですよ」
「そっか。ならいいんだけど」
別れ際の藍の台詞から、あの後がちょっと不安だったんだけど。考えすぎだったかもしれない。
夏海ちゃんも着実に島に溶け込んでいってるようで、なによりだ。
「でも、あの観察日記……」
「え?」
「いえ。なんでもないです」
見たんだろうか。観察日記。
藍の妹に対する溺愛っぷりはわかってたつもりだけど、うーむ。
「それで藍さんから自由研究にと、絵日記帳をもらいました」
「絵日記帳? なんでまた」
「島の思い出をしっかり書いて持って帰ってください、って言われました」
……そういうことか。
なんだかんだで、しっかり夏海ちゃんのこと考えてくれてるんだな。
絵日記で書き残したら、写真とはまた違う思い出になりそうだし。
「良かったね」
「でもその後、絵を描く道具がないって言ったら、色鉛筆セットを買わされました」
……商魂逞しい看板娘達だった。
その後も楽しく話をしながら、小学校の前を通り過ぎて食堂に到着する。
食堂の扉には『準備中』の札がかかっているが、鍵は開いているみたいだ。
「しろはー」
扉を開けて、中に入る。
「……えっ?」
カウンターの向こうにいたしろはが振り返る。
……下着姿で。
「ご、ごめん!」
俺はとっさに、夏海ちゃんの目を隠す。
「え? なんでですか?」
「いや、教育上よろしくないと思って……」
「……早く、しめて」
「あ、うん」
ガラガラと扉を閉めている間に、しろははさっさと服を着る。
「なんてタイミングで入ってくるの」
「大丈夫、カウンターの向こうだったし、背中しか見えなかったから」
「そういう問題じゃない。道に誰かいたらどうしてくれるの」
顔を赤くしてるが、怒ってはないみたいだ。
恋人同士になってから、この辺のトラブルには寛容になってきてる気がする。
「ところで、なんか呼ばれたらしいけど」
「あ、そうそう。二人とも、お昼ご飯まだでしょ?」
「はい。まだです」
「え? えーと」
「二人に試食してもらいたい料理があるの。すぐに用意するから、ちょっと待ってて」
「あ、しろは……」
さっきとは打って変わって、すごい笑顔だった。これはとても食べられないなんて言えない。
軽いものだと嬉しいな……。
そんなことを考えていると、しろはが調理を始める。
「なんでしょう。楽しみですねぇ」
「そ、そうだね」
「♪~♪~♪~」
しばらくすると、包丁のリズミカルな音に交じって、鼻歌が聞こえてきた。
「その歌、何なんですか?」
「あ、聞こえてた?」
「確か、島に伝わる童謡だっけ?」
「そう。島に住んでる人なら皆知ってるよ」
「元は外国の歌だっけ?」
「そう。ずっと昔、島にやってきた外国人が教えてくれたんだって」
その後もしろはから島の童謡のレクチャーを受けていたが、やがて漂ってきた香りに俺は戦慄する。
……あれ? この香り。どこかで嗅いだことあるぞ?
そう。あれはついさっき。港で良一が焼いていた……!
「お待たせ」
笑顔のしろはが運んできてくれたのは、二人分の……ホルモンうどん。
「わぁ、おいしそうです!」
「ほ、本当だな!」
俺の声は動揺して間違いなく裏返っていた。
「謎のホルモンおじさんって人に、レシピを教えてもらったの」
「へ、へぇ……」
「これ、ホルモンうどんって言って、岡山の名物なんだって」
まるでへじゃぷだ。
「二人が美味しいって言ってくれたら、食堂のメニューに加えようと思うんだけど」
めちゃくちゃ笑顔だ。よほど自信があるんだろう。
「どうぞ。めしあがれ」
「いただきまーす」
「い、いただきます」
笑顔で箸を持った夏海ちゃんに続いて、俺も箸を手にし……意を決してホルモンうどんを口に運ぶ。
「……どうかな?」
「美味しいです!」
「うん、美味い」
……もちろん良一の作ったやつなんかより、遥かに美味しかった。3口目くらいまでは。
いや、当然彼女の手料理だし。全体的なレベルもさっき食ったやつの比じゃない。圧倒してる。
でも、ホルモンうどんなんだ。さっき食ったメニューなんだ。まさか連続するなんて思わなかった。
それより最悪なのは、ここで残してしまうことだ。もし残せば、芋ずる式に港での出来事が明るみに出るだろう。
そうなれば、良一のホルモンうどんは完食して、彼女のホルモンうどんを残した最悪の彼氏になってしまう。それだけは避けなければ。
色々と頭を高速回転させて満腹中枢を麻痺させ、勢いに任せてホルモンうどんを平らげる。
「……ごちそうさま」
「え、もう食べたんですか!?」
「……美味しかったよ。しろは」
「本当? よかった」
ああ……この笑顔が見れただけで、俺は救われた気がする。
その後は夏海ちゃんが食べ終わるまで、しろはと料理の改善点や、味付けについて話し合った。
まだまだ改良の余地ありと、意気込む彼女の姿はとても輝いて見えた。
「……それじゃ、また来るから」
「うん。またね」
「しろはさん、ごちそうさまでしたー」
笑顔で手を振るしろはに別れを告げ、食堂を後にする。
そこから数歩歩いたところで……。
「うっぷ」
俺はその場にうずくまってしまう。
「た、鷹原さん、大丈夫ですか?」
「……大丈夫。ちょっと食べ過ぎちゃって」
「でも、私と同じくらいの量でしたよね?」
「は、早くも夏バテかもね」
「ええー……スタミナがつくように、ウナギでも買ってきましょうか?」
い、今は食べ物の話はやめてほしい……。
「……大丈夫。少し休めば歩けるから」
しろは食堂からできるだけ離れた場所で、少しの間休む。
その後、一歩一歩必死に歩いて、息もお腹も絶え絶えになりがら、なんとか加藤家に帰りついた。
……今夜はホルモンに追いかけられる夢でも見そうだ。
そんな腹もようやく落ち着いてきた、午後三時頃。
玄関に静久がやってきた。
「静久さん、どうしたんですか?」
夏海ちゃんに続いて、玄関に出る。
「灯台の周りが大変なことになってるのよ。来てくれない?」
「わかった」
静久は他の皆にも知らせてくると言って、去っていった。
「どうしたんですかね?」
「よくわからないけど、灯台に行ってみよう」
「はい!」
バイクに夏海ちゃんを乗せて、二人で灯台へ向かう。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
灯台に着いてみると、そこには灯台の主である紬のほかに、天善、良一、のみき、蒼に藍と、いつものメンバーが揃っていた。
「皆、何があったんだ?」
皆は灯台の向こう側、灯台そばの浜辺を見ていた。紬が良く拾い物をしている場所だ。
「羽依里、あれ見てみろよ」
「うわっ!?」
良一の指差す先を見てみると、そこには浜辺に流れ着いた大量のパリングルス。
「朝見た時にはきれいだったのですが、お昼前くらいからどんどん流れ着いてきまして」
紬が悲しそうな顔で浜辺を見ている。紬の大切な場所だし、当然だろう。
「なぁ、これって」
「おそらく不法投棄だろう。少し前に期間限定で販売されていたネオレインボー味がほとんどだ」
のみきが浜辺に打ち上げられていた容器の一つを持ち上げる。虹色をしたカラフルなパッケージだ。
「あー、なんかすごい独特な味で人気なかったやつよね。全然売れないって、問屋さんが泣いてたわ」
駄菓子屋の看板娘から決定的な情報がもたらされた。きっとたくさん売れ残ったんだろうな……。
「役所から業者に連絡して、回収してもらおう」
のみきが呆れたような口調で言う。
「あ、あの」
その時、夏海ちゃんがおずおずと手を挙げる。
「そのまま回収してもらって、捨てるのは簡単だと思うんですけど……その、もったいないと思うんです!」
「このパリングルスを使って、皆で工作しませんか」
「工作? パリングルスでか?」
のみきが手にしているパリングルスを、皆で見つめる。どう答えるべきか悩んでいる感じだ。
「……良い考えです! パリングルス工作大会を開催しましょう!」
そんな中、紬が一番に賛同してくれる。さすが夏海ちゃんのズッ友だ。
「そうですね。そういう活用方法もありですかね」
「うん。面白そうじゃない」
「確かにただ捨てられるよりも、何かの役に立った方が浮かばれるかもしれないな」
それを皮切りに、皆が続々と賛成してくれる。
「なら、まずは材料のパリングルスを集めないとな!」
「そうだな。まずは材料集めだ」
良一と天善が走り出したのを合図に、皆で一斉に浜辺に降りて、手分けしてパリングルスを集め始める。
いざ集めてみると、ネオレインボー味の他に、激甘ワッフル味、ひでんソース味といった種類も見受けられた。どれも際物の部類なのか、売れ残ってしまったらしい。
途中から静久も合流し、彼女が呼んできたしろはと鴎もパリングルス回収に加わる。
俺を含めた男連中は、浜辺で持てるだけのパリングルスを持った後、灯台まで全力ダッシュを繰り返していた。まぁ、もちろん時々休みながらだけど。
夏海ちゃんは紬と一緒に、両手いっぱいにパリングルスを抱えている。
「♪~♪~♪~」
そんな中でも、皆でやるのが楽しいのか、紬は例の鼻歌を歌っていた。
「本当に皆知ってるんですね」
「紬は特別気に入ってるみたいだしな、あの歌」
「よし、いくよー!」
鴎は落ちていた紐で、パリングルスをスーツケースの側面に可能な限り結び付けている。まとめて運ぼうという魂胆だろう。
「うぐ、重い……」
「カモメさん、手伝います!」
「はい!」
しかし予想以上の重量になったためか、紬と夏海ちゃんが後ろから一緒に押していた。
「ほい」
「はい」
「ほいっ」
「よし」
「はいっ」
それ以外の女性陣はバケツリレーのようにパリングルスを受け渡していく。さすがの連係プレーだ。
皆、砂だらけになりながらパリングルスを持って運ぶ。
そのおかげで、浜辺に大量に流れ着いていたパリングルスはあっという間に集められ、灯台のふもとに集められた。
「集めたのはいいが、大事なことを忘れていたな」
「はい。大事なことを忘れていましたね」
漂着物だし、濡れてる。そして中身も入ってる。
「工作に使うにしても、中身を捨てたうえで何日か日干ししないと使えないね、これ」
鴎の言う通りだ。海水に浸かってるから中身を食べるわけにもいかないし。そもそも美味しくないから大量投棄されたはずだ。
「皆さん、これを使ってください」
紬が灯台から半透明のゴミ袋を出してきてくれたので、それに中身を出しておくことに。
「なんか……グロテスクな色になったわね」
ネオレインボー味はパッケージだけでなく、中身もレインボーだった。
「絵具と同じです。カラフルな色も混ぜちゃうとすごく汚くなっちゃうんですよ」
「せめて黒いゴミ袋が欲しかったよな……贅沢言えないけどよ」
一杯になったゴミ袋は灯台の裏に置かれ、回収を待つことに。
「ゴミ袋の口はしっかり結んでおこう。変なガスとか発生したら危ないし」
しろははいたって真剣な表情だ。
パリングルスの空き容器の管理は紬がやってくれるとのことで、今日はここで解散となる。
「皆さん、ありがとうございました」
「おかげさまで、綺麗になりました!」
紬と夏海ちゃんが並んで頭を下げている。二人とも、きれいになった浜辺を見て満足そうだ。
「やっぱり、きれいな方がいいですよね」
「はい。大切な場所ですから!」
女の子同士で年も近いせいか、本当に仲良くなったなぁ、あの二人。
「そうだしろは。今日は食堂は?」
だいぶ日も傾いてる。昨日みたいに休むかもしれないので、一応確認しておく。
「昼間に用意だけはしてきたから大丈夫。今からだと6時前には開けられるよ」
「そっか。なら6時過ぎくらいに行くよ」
「うん。待ってる」
「それでは、工作用のパリングルスが良い感じに乾いてきたら、またお知らせしますので!」
元気良く手を振る紬に見送られながら、俺達は灯台を後にする。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
バイクで加藤家に戻ったのが5時過ぎ。それから少し時間をおいてから、しろは食堂へ向かう。
「二人とも、今日はお疲れさま」
しろはも疲れているはずなのに、俺達の労をねぎらってくれる。
「しろはこそ、お疲れさま」
「私はそこまでしてないし。それより羽依里、港では大変だったね」
「え?」
なんだろう。良一のホルモンうどんの件がバレたのだろうか。
「おじーちゃんから聞いたよ。四天王スクワットに参加させられたんだってね」
「あー……うん」
「四天王スクワットって何ですか?」
「……夏海ちゃん、島にはまだ知っちゃいけない秘密があるの」
「……わ、わかりました」
なんだろう。しろはが笑顔なのに怖い。
確かにアレは、子供には色々刺激が強すぎる……かもしれない。
「それで二人とも、今日は何にする?」
「そうだな。えーっと……」
気を取り直して、メニュー表に視線を落とす。
「あ、ところで今日の日替わりって……」
「うん、ホルモンうどん」
……眩暈がした。
「お、お昼に食べたし、せっかくだけど別なものにしようかな」
「そ、そうですよね」
お昼に食堂を出た後の惨状を知っている夏海ちゃんも同意してくれた。
「あれ?」
メニュー表を見ていると、気になるメニューを見つけた。
親子丼(A) 600円
親子丼(B) 600円
「なぁ、この親子丼(A)と親子丼(B)の違いって何?」
「内緒」
「え、そう言われると逆に気になる」
「それにする?」
「じゃあ、それにします」
「俺は(A)にしよう」
「私は(B)でお願いします」
「うん。少し待っててね」
しろはが調理に取り掛かる。しばらくすると、普通の親子丼と変わらない良い香りが漂ってきた。
「はい。親子丼(A)、おまちどうさま」
俺の前に提供されたのは、卵と鶏肉を使った普通の親子丼だった。
「親子丼(B)もおまちどうさま」
夏海ちゃんの前に置かれたのは真っ赤などんぶりだった。
「え、なにそれ?」
「鮭といくらの親子丼だよ」
そういうことか。確かにこれも親子だ。
「って、これで値段一緒なのはおかしくないか?」
「別に普通だと思うけど。それより、冷めないうちにめしあがれ」
「あ、うん。それじゃ、いただきます」
スタンダードな親子丼(A)を口に運ぶ。ふわとろ卵が鶏肉を出汁の旨味ごと包み込んでいて、それでいてしつこくなく優しい味わい。
疲労困憊している今日の俺の胃にはちょうどいい。
「美味しい。しろはの愛情が伝わってくる」
「さらっと恥ずかしいこと言わないで」
おっと、思わず本音が漏れてしまったみたいだ。
「こっちの親子丼もおいしいです」
鮭といくらの親子丼のほうは、夏海ちゃん曰く、わさびとしょうゆが効いて、ぴりっと美味しいらしい。
……今度はそっちを頼んでみよう。
「そういえば、明日港にお店を出すんだけど」
横目で夏海ちゃんの親子丼を見ていると、しろはが唐突に切り出した。
「港に?」
「そう。ここ何日かは良一が出してたと思うんだけど、明日は私が出すの」
「午前中だけなんだけど、手伝ってもらえない?」
「もちろん、手伝うよ」
断る理由はない。
「ありがとう」
「あの、私もお手伝いしていいですか?」
「もちろんだよ。ありがとう、夏海ちゃん」
「気になってはたんだけど、あの出店って当番みたいのがあるのか?」
「そういうわけじゃないよ。出ない日もあるし、出すお店も特に決められてないし」
「お小遣い稼ぎに出す人もいるし、趣味で作ったものを売る人もいるよ。たまに役所に使用料を払って、本土からも来るみたいだし」
「へぇ、割と自由なんだな」
条件だけ見れば、観光客が必ず通る港の一等地に店が出せるってのは魅力的なのかもしれない。
「それで、明日なんだけど」
「うん」
「朝の9時くらいから始めたいから、8時半くらいから手伝ってほしいの」
「わかった」
「わかりました!」
「あと、明日必要な物なんだけど……」
その後、しろはと明日の細かい打ち合わせを終えてから帰宅する。
入浴を済ませた後、居間に行くと……先に入浴を済ませていた夏海ちゃんが何か書いていた。
「夏海ちゃん、なに書いてるの?」
「あれですあれ。絵日記です」
あ、すっかり忘れてた。藍からもらったって言ってたっけ。
「工作の方もめどがつきそうですし、良かったです」
「そうだね。今度改めて工作大会を開くって言ってたし、しばらくはネタを考える時間がありそうだね」
「はい! 色々考えてみます」
一生懸命書いてるのをずっと見るのも気が引ける。俺は挨拶を済ませて、自分の部屋に戻って布団を敷く。
明日はどんな料理を出すんだろうか。できればホルモンうどんじゃないほうがありがたいんだけど。
そんなことを考えていると、体は疲れているのか、すぐに眠気が訪れた。
第五話・あとがき
皆様おはこんばんちわ。トミー@サマポケです。
ログボはちりめんでした。ちりめんって美味しいですよね。醤油とごはんで食べたいです。
そして、午前中の船便で鏡子さんが頼んでた荷物って何なんでしょうね。気になりますね(ぇ
今回は工作大会告知と、自由研究の話。そして四天王スクワットからの、ホルモンうどんでした。
パリングルス工作大会は当初から別の日に行う予定でした。纏めきれなくなったわけではありません。後日をお楽しみに。
今回は紬と静久が多めに関わった回だったと思います。
後、自分で書いておきながら、蒼ちゃんの観察日記は気になります。
■今回の紛れ込みネタ
・人形さんは海を渡り切れるか
AIRで観鈴が提案した自由課題。藻屑と化すだろと、往人さんに一蹴されていました。がお。
・不法投棄されていた、各種際物のパリングルスの元ネタ
『ネオレインボー味』……CLANNADです。ネオレインボーパンですね。
『激甘ワッフル味』……ONEです。茜が大好きなワッフルですね。
『ひでんソース味』……シャーロットです。ひでんをひらがなにしたところがミソです。
以上になります。いくつお気づきになられたでしょうか。感想など頂けましたら、泣いて喜びます。