Summer Pockets #2   作:トミー@サマポケ

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第八話 8月1日

 

 

 ……朝。

 

 今日は夏海ちゃんに起こされることなく、目が覚めた。

 

「あれ……?」

 

 時計を見ると、いつもとほぼ同じ時間。俺が早く起きたわけじゃないみたいだ。

 

「ってことは、もしかして……」

 

 夏海ちゃん、寝坊してる?

 

 そりゃ、昨日は天体観測でかなりはしゃいでいたし、家に帰ったのは夜の10時近くだったけど。

 

 

「夏海ちゃーん!」

 

 俺は身支度を整えてから、夏海ちゃんの部屋の前へ。そこからふすま越しに声をかける。

 

 ……反応がない。熟睡中みたいだ。

 

「どうしよう……」

 

 いくら親戚の子だからって、女の子の部屋に入るのは問題あるよな。

 

 そうだ、鏡子さんに起こしてもらおう。

 

 

「鏡子さーん!」

 

 居間や庭を探してみるけど、どこにも姿がない。

 

 例によって今日も寄合だろうか。

 

 これ以上時間がかかると、ラジオ体操に間に合わない。

 

 

「……ごめん、お邪魔します」

 

 熟考に熟考を重ねた結果、一言謝ってからふすまを開け、夏海ちゃんの部屋に入る。

 

 一番に飛び込んできたのは、先日灯台でもらった巨大なアリクイのぬいぐるみ。

 

 そしてその近くに布団を敷いて、気持ち良さそうに寝息を立てる夏海ちゃん。

 

 その枕元にはMDと絵日記帳、そして色鉛筆が置かれている。藍に言われた通り、毎日書いてるんだろうか。

 

 岬一族は朝に強いと思っていたんだけど、夏海ちゃんはそうでもないらしい。

 

「もしかして、俺を起こすために毎日早起きしてくれてるのかな」

 

 そう考えたら、もう少し寝かせてあげたいような。

 

 ……いや、ここは心を鬼にして。

 

「えっと、夏海ちゃん」

 

 ゆさゆさを肩をゆすってみる。

 

「……はっ」

 

 がばっと上体を起こした。

 

「……」

 

 寝ぼけ眼でこっちを見てる。

 

「えーっと、おはよう」

 

「……」

 

 無言でまた布団に潜り込む。

 

 ……こうなったら、多少強引にでも起こさないと。

 

「夏海ちゃん、起きて! ラジオ体操に遅れるよ!」

 

 耳元で叫んでみる。

 

「ふにゃっ!?」

 

 今度こそしっかり起きたみたい。ちょっと変な声も聞こえたけど。

 

「夏海ちゃん、おはよう」

 

「……おはよーごじゃいます……」

 

 泳いでいた目が、時計を捉える。

 

「……はっ、ラジオ体操!」

 

 直後、はねる様に飛び起きて、凄い速さで布団をたたむ。

 

 そのままの勢いで絵日記帳と色鉛筆を片付けて、鞄から服を……。 

 

「ちょっと待って! 外に出るから着替えるのは待って!」

 

 夏海ちゃんが身支度を始めたので、俺も慌てて部屋の外に出て準備が終わるのを待つ。

 

 

 

 その後、一緒に神社に向けて全力ダッシュ。もうセミの鳴き声も気にならない。

 

「す、すみませーん!」

 

「いいよいいよ、それより急ごう!」

 

 正直バイクで行こうかとも思ったけど、神社までの距離なら走った方が速い。石段もあるし。

 

 息も絶え絶えに境内へ駆け込む。まだラジオ体操大好きさんの姿はないみたいだ。

 

「よかった。間に合った……」

 

「お、起きてすぐに全力ダッシュとか、どこかのオンユアマークみたいですね……」

 

 夏海ちゃんも疲れてるんだろう。言ってることの意味がよくわからない。

 

 

「おはよう。パイリ君、夏海ちゃん」

 

 皆にあいさつを済ませ、息を整えていると……ネコとウシに声をかけられた。

 

「おはようございます」

 

「おはよう。静久、紬」

 

「タカハラさんにナツミさん! 遅刻ですよ!」

 

 ……昨日登校日をサボったネコに言われたくない。

 

 この様子だと、二人はまた灯台に泊まったみたいだ。さすがに天体観測の後に船はないだろうし。

 

「そういえば紬、灯台に干してあるパリングルスの空き容器はどんな感じ?」

 

「はい、良い感じに乾いてます。あと数日と言ったカンジです」

 

「そっか。楽しみにしておくよ」

 

「はい、期待していてください!」

 

 パリングルスの管理を任されているのが嬉しいのだろう。ニコニコ顔だ。

 

「お前ら―! 今日もラジオ体操を始めるぞー!」

 

 そんな話をしていると、ラジオ体操大好きさんがやってきた。

 

「第一の体操! 耳介筋の鍛錬!」

 

 今日も元気にラジオ体操が始まった。

 

 

 

 

「よーし、今日のラジオ体操はここまでー!」

 

「ありがとうございましたー!」

 

 いつもと同じ時間に終了。

 

「さあ、スタンプはこっちだぞー」

 

 今日のスタンプをもらって、ログボをバケツからもらう。

 

「ま、またバケツ……」

 

 恐る恐る手を出すと、その手に乗せられたのは……ザリガニ。

 

「うわっ! いててててっ!」

 

 思いっきり指を挟まれた。思わず振り回したら、ハサミが取れてしまった。

 

「羽依里、ザリガニは背中から持つんだ」

 

 見かねた天善がアドバイスをしてくれる。

 

「こ、こうでいいのか?」

 

「ああ、それでいい。それだと構造上、ハサミが届かないからな」

 

 ……既に片方のハサミはないけど。

 

 

「ひええっ!?」

 

 俺と同じように夏海ちゃんもパニックになってる。

 

「夏海ちゃんも、こう持つのよ。慣れれば簡単だから」

 

「は、はい……」

 

 夏海ちゃんの方は蒼に任せて大丈夫のようだ。

 

 周りを見ると、島の子供たちは平気で持ってるし、さっそく戦わせたりして遊んでいた。

 

「島の子供たち、すげえ……」

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 とりあえず、二人してザリガニを手に持ったまま帰宅した。

 

「それで、どうしましょう……このザリガニ」

 

「この間のうにより元気いっぱいだね」

 

 先日のしろはの料理を見る限り、食べられるんだろうけど……。

 

「……下ごしらえとか、わからないよね?」

 

「はい……ザリガニなんて、見るのも触るのも初めてで」

 

「うーん……」

 

 

「……あ、ザリガニ? 美味しそうね」

 

 居間で途方に暮れていると、背後から鏡子さんの声。

 

「食べるの?」

 

「え?」

 

「食べるんでしょ?」

 

「ええ、まぁ……」

 

 何だろうこの流れ。この前もしたような。

 

「夏海ちゃん、台所の流し台の下に大きいハサミがあるから持ってきて」

 

「は、はい」

 

 夏海ちゃんが台所からハサミを持ってきて、鏡子さんに渡す。

 

 すると、俺たちの目の前で豪快な音を立てながらザリガニがバラバラにされた。

 

「ひえぇ……」

 

 ぐろい。切られた部分も動いてるし。ひたすらにぐろい。

 

「これで少し水につけてから殻をむいて、濃い目に味付けすれば美味しいよ」

 

 解体されたザリガニはザルに入れられて、台所で水につけられている。

 

 ……島の人間、たくましすぎる。

 

「……夏海ちゃん、今日はザリガニチャーハンがいいな」

 

「え」

 

 俺は夏海ちゃんにできる限りの笑顔を向ける。

 

「……お願い」

 

 そして、両手を合わせる。

 

 どうしても、俺が手を出す気になれなかった。夏海ちゃんごめん。

 

「うー……今日は寝坊してしまった落ち目もありますし、頑張ってみます」

 

 エプロンという名の戦闘服を着た夏海ちゃんが、ザリガニへ挑む。

 

 

 

 その後、いつもより時間をかけてザリガニチャーハンが完成した。

 

 チャーハンの具材の一員となったザリガニは、カニとエビの間というか、不思議な食感だった。美味しかったけど。

 

 

 食後はいつものように宿題。

 

「……あれ?」

 

 お互いにノートと教科書を広げていると、夏海ちゃんが声をこぼす。

 

「どうしたの?」

 

「いえ、ちょっとド忘れしちゃいまして」

 

「どこかわからないところがあるの?」

 

「はい。社会なんですけど……室町時代の、鷹原さんみたいな名前の組織なんですけど」

 

「え、俺みたいな組織?」

 

「えーと、あれです……たかはら……たかはらはいり……えーとえーと。ろくはらはいり……」

 

「……六波羅探題?」

 

「あ、それです! 六波羅探題!」

 

 ありがとうございます。と言いながらノートに書き記していく。

 

 たかはらはいり……ろくはらたんだい……全然似てないと思うけどなぁ。

 

 

 

 そして、宿題を終えた後も二人で話し込んでいた。

 

 お題はパリングルス工作大会で作るもの。

 

 紬からパリングルスが乾くまでまだ時間がかかると聞いたので、今のうちにネタを決めておこうという話になったのだ。

 

「パリングルスを使ったスピーカーとかどうでしょうか」

 

「いや、それはもうやってる偉大な先人がいるよ。人の真似はダメだよ」

 

「そうですか……それでは、パリングルスを使ったタンバリンとかどうですか?」

 

「しゃかしゃかへい?」

 

「はい。しゃかしゃかへいです」

 

 底の鉄の部分をたくさん使うんだろうか。できないことはなさそうだけど。

 

「そうだ。パリングルスの筒を半分に切って繋げて、流しそうめんをするとか……」

 

「できそうですけど、水漏れが心配ですね」

 

「そうだね……」

 

 なかなかいい考えが浮かばない。

 

 でも、こればっかりは皆に相談するわけにもいかないしなぁ。

 

 

 

 ……結局、良い案は出ずに時間だけが過ぎ、頭の使いすぎで甘いものが欲しくなった。

 

「夏海ちゃん、気晴らしに駄菓子屋に行かない?」

 

「はい、行きましょう!」

 

 夏海ちゃんもアイデアが行き詰っていたんだろう。快く賛成してくれた。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 駄菓子屋に行くと、また人だかりができていた。

 

 その中心に居るのは、駄菓子屋の看板娘の蒼。

 

「蒼、今度はなにをしてるんだ?」

 

「あ、羽依里」

 

 何やらメモを取っていた蒼に話しかける。

 

 ちなみに、藍はそれから少し離れたベンチに座って、ラムネを飲んでいた。

 

 今日は二人ともお揃いのワンピース姿。髪型もロングで揃えていて、トンボ玉はアクセサリーのように手首に巻いていた。

 

「今から昆虫採集大会をやろうかと思うんだけど」

 

「え、昆虫採集大会?」

 

「はい。今日のイベントです」

 

「ああ、そういう事なら……夏海ちゃん、参加してみる?」

 

「はい、やってみたいです!」

 

「参加費は無料よ」

 

「おお、今回は良心的だな」

 

 無料であることに越したことはない。

 

「その代わり、虫取り網や虫かごは自前で用意してね?」

 

「え、持ってないんだけど」

 

「別に素手で捕まえて、持ってきてもらっても良いですよ?」

 

「「無理です」」

 

 俺と夏海ちゃんは声を揃える。

 

「それなら、買ってもらうしかないんだけど……」

 

 蒼が店の奥へ入り、すぐに色々な種類の虫取り網を持って戻ってきた。

 

「初心者用からプロ用まで、変わったところだと蝶特化タイプとかあるけど、どれにする?」

 

「いや、初心者用でいいよ。2つくれ。あと虫かごも」

 

「まいどありー」

 

 ……訂正。無料ほど怖いものはない。

 

 俺達が虫取り網を選んでいる間にも、何人もの子供たちが参加登録にやってくる。

 

 この後、ほとんどの子供が家に虫取り網や虫かごを取りに戻るそうで、昆虫採集大会が始まるまではもう少し時間がありそうだった。

 

「なぁ蒼、かき氷頼みたいんだけど……」

 

「かき氷? もうちょっと待ってね……」

 

 蒼の周りにはまだ何人もの子供たちが集まっていて、その参加登録に忙しそうだ。

 

「あー、うん。ごめん……」

 

「……なんなら、私が作りましょうか?」

 

 ラムネを飲み終わった藍がベンチから立ち上がり、かき氷機の方へ歩いていく。

 

「え、いいのか?」

 

「いいですよ。何味にしますか?」

 

「それじゃ、ブルーハワイ」

 

「氷レモンでお願いします」

 

「どれも同じ味ですけどね。200万円です」

 

 俺と夏海ちゃんで100円ずつ渡す。

 

「199万9800円足りませんよ」

 

 いつものお約束をした後、かき氷を受け取る。

 

「表は騒がしいですし、お二人とも奥の座敷で食べたらどうですか?」

 

「いいのか?」

 

「はい。扇風機もあって涼しいですよ」

 

 かき氷を受け取った後、奥の座敷で食べる。うん。いつもと同じブルーハワイだ。

 

 藍もついてきて、夏海ちゃんの隣に座っている。

 

「そうです。せっかくですから虫取りのコツでも教えましょうか?」

 

「え? そんなの教えてくれるのか?」

 

「お二人にだけですよ」

 

 その後、かき氷を食べながら藍から虫取りのレクチャーを受けた。

 

「蝶を捕まえる時は、蜜を吸ってる時に花ごと網をかけて、すぐその網をひっくり返すんです。その時が一番油断してますから。他にも、蝶が好む花の色は……」

 

 予想どおりというか、蝶の捕まえ方が主だったけど。

 

「二人とも―! そろそろ始めるわよー!」

 

 しばらくして、蒼が呼びに来た。 

 

 

 

 

 表に出ると、駄菓子屋の前には十数人が集まり、結構な騒ぎになっている。

 

 ぐるっと見渡すと、子供たちに混ざって良一にのみき、鴎、しろは、紬の姿も見える。

 

「鴎は面白そうとか言って参加しそうだけど、紬としろはが参加してるとは思わなかったな」

 

「その鴎に誘われたの」

 

「同じくです!」

 

 二人とも虫取り網と虫かごを持って、麦わら帽子を被っている。なんというか、めちゃくちゃ似合ってる。

 

「そういえば紬さん、静久さんははどうしたんですか?」

 

「はい、シズクはさすがに夜遊びが過ぎたので、今日は一度家に帰るそうです」

 

 夜遊びって、これまた人聞きが悪い……。

 

 ちなみに良一は変わった形のサングラスをかけていて、のみきも麦わら帽子を被っている。

 

「良一の格好はぶっちゃけどうでもいいけど、のみきは相変わらず麦わら帽子が似合うな」

 

「そ、そうか? それは喜んでいいものなのだろうか……」

 

 

 

「それじゃ、昆虫採集大会のルールを説明をするわねー」

 

 蒼と藍がベンチの上に立ち、皆にルール説明を始める。

 

「制限時間は12時まで。今からだと2時間半ってところね。時間までに虫を捕まえて、審査員のあたしか藍に見せてね」

 

「捕まえる虫の数や種類は問いませんが、私たちに提出できるのは一人一匹までです」

 

「島のどこで捕まえてもいいけど、12時までにあたし達に見せないと失格だからね!」

 

「皆さん、しっかりとルールを守って楽しくやりましょう」

 

「「はーーい!」」

 

「……言っておきますけど羽依里さん、バイクでの移動は禁止ですよ」

 

「わ、わかってるよ」

 

 名指しで釘を刺されてしまった。バイクを使うつもりなんて最初っから無いけど。

 

「……皆、用意はいい?」

 

「「おー!」」

 

「それじゃ 昆虫採集大会、スタート!」

 

「「それいけーー!」」

 

 

 蒼のスタートの合図と同時に、皆思い思いに散らばっていった。

 

 子供たちはこの暑いのに、本当に元気が良いなぁ。

 

 

 

「……あれ?」

 

 ……気が付けば俺と夏海ちゃん、鴎が残されていた。

 

 どうしよう。島に詳しくない3人が残ってしまった。

 

「ねえねえ、羽依里となっちゃんはどうするの?」

 

 鴎が困った顔で話しかけてきた。今日は白い帽子を被ってる。

 

「正直、俺達もどこに行けばいいのかわからなくてさ」

 

「鴎さん、どこか良い狩り場を知りませんか?」

 

 夏海ちゃん、狩り場って……。

 

「ほうほう……なっちゃん。私の秘密の場所、教えてあげよっか?」

 

「秘密の場所、ですか?」

 

「うん」

 

「なんだ? 穴場でも知ってるのか?」

 

「そんなところ」

 

「本当はしろしろやツムツムと一緒に行こうと思ったんだけど」

 

「あの二人、スタートと同時に物凄い勢いで灯台の方に向かっていったもんな」

 

 完全に狩人の目になってたし、とても声をかけられる状況じゃなかった。

 

「……それじゃ鴎を信じて、ついていっていいか?」

 

「うん。いいよー」

 

「鴎さん、よろしくお願いします!」

 

 どのみち行くあてもないし、ここは鴎の秘密の場所とやらに賭けてみよう。

 

「その秘密の場所はどこにあるんだ?」

 

「ここからだと南の方。ちょっと遠いから、三人で冒険だね」

 

「え、冒険ですか?」

 

「そう。冒険」

 

「それじゃ、しゅっぱーつ!」

 

 鴎は虫取り網と虫かごを片手に持ちながら、器用にスーツケースを引いて歩きだす。

 

 どんな場所かわからないけど、あれだけガラガラと音を立ててたら、虫もすぐに逃げそうな気もするけど。

 

 俺達は鴎を先頭に、一路南へ針路をとる。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「鴎さん、この方角ってことは秘密基地のほうですか?」

 

 少し歩くと、右手に秘密基地のある山が見えてきた。

 

「秘密基地の方には、のみきと良一が向かっていたぞ。確か」

 

「そっちじゃないよ。こっちこっち」

 

 鴎が示したのは秘密基地のある山とは逆の、細い道。

 

「こっちなのか?」

 

「うん」

 

 鴎に導かれ、秘密基地の山を迂回するようにさらに南下する。

 

 しばらくすると、ため池に着いた。

 

「あれっ、こんな所があったんですか?」

 

 そういえば、夏海ちゃんはため池に来るのは初めてかもしれない。

 

 島の案内をした時も、特に何かあるわけでもないからここだけ案内してなかったような。

 

「ここはため池だよ。島の貴重な水源なんだ」

 

「そうなんですね」

 

「それで、鴎の言っていた穴場ってのはここのことのなのか?」

 

 水の中に入ることができれば、アメンボやヤゴ、ミズカマキリといった水生昆虫をゲットできるかもしれない。それはそれで珍しいし、審査委員二人の意表をつけるかもしれない。

 

「ううん。ここじゃないよ」

 

「え、違うのか」

 

 まぁ、帰りにも通るだろうし、ここも選択肢の一つに入れておいてもいいだろう。

 

「こっちこっち。落ちないでね」

 

「それはこっちの台詞だ」

 

 ため池の横を通り過ぎて、さらに南下する。

 

 その後はしばらく、なだらかな道が続く。

 

「ねぇ羽依里、こういう時にあれなんだけど」

 

「どうした?」

 

「……疲れた」

 

「マジか」

 

 昨日の夜のこともあるし、万が一のことがあっても困る。

 

「なんなら、スーツケース乗っていいぞ。押すから」

 

「ありがとう」

 

 その言葉を待ってました、みたいにスーツケースに飛び乗り、更には夏海ちゃんに隣のスペースを勧める。

 

「ほらほら、なっちゃんも」

 

「え、私もですか?」

 

「羽依里、いいよね?」

 

「いいよ。変わらないから」

 

 俺は苦笑しながら了承する。

 

「ありがとうございます」

 

「よし、いくぞ」

 

 二人が乗ったスーツケースをがらがらと押す。

 

 手がふさがっていると押せないので、虫取り網は上手にスーツケースに固定している。

 

 

「……あれ?」

 

 無言で進んでいると、また分かれ道に出くわした。

 

 右の方に進むと、しろはの釣り場がある場所に行けそうだけど。

 

「あ、今度はこっち」

 

 鴎はそこから左方向に見える小高い丘を指差す。

 

「この上に何があるんだ?」

 

「太陽が一杯なんだよ」

 

「太陽ですか?」

 

「そう!」

 

「これだけ暑いし、太陽は一つで十分なんだけどな」

 

「この丘を越えたらすぐだから。羽依里、頑張って」

 

「よし、もうひと頑張りするか」

 

 

 丘の上を目指し、俺はがらがらとスーツケースを押す。

 

 そこまで急な坂道じゃないけど、じわりじわり腰に来る。

 

「……きみーといっしょなーらー♪」

 

 すると、突然鴎が歌いだした。

 

「なんですかその歌」

 

「ミディアンシャーロットのウィズ」

 

「結構古い歌だよな」

 

「うん」

 

「でも、何で突然歌いだしたんだ?」

 

「歌ったほうが、羽依里も元気出るかなーって思って」

 

「え? ああ……ありがとうな」

 

 元気出るかはわからないが、声が良いので悪い気はしない。

 

「きみーといっしょなーらー♪」

 

「どこでもいけるー♪」

 

「どこにもいかなくてもいいー♪」

 

「良い歌ですよね」

 

「でしょー」

 

 途中から夏海ちゃんも一緒に歌いだした。

 

 二人の歌声を聴きながら、俺はスーツケースを押す。

 

 そのスーツケースに固定された虫取り網が、まるで旗のように風になびいていた。

 

 

 

 

「……到着。ここだよ」

 

「わあ……」

 

 夏海ちゃんが感嘆の声をあげる。そこは一面のヒマワリ畑だった。

 

「すごいです!」

 

「一人でぶらぶらしてるときにね、見つけたの」

 

 ぶらぶらして辿り着くような場所じゃないぞ、ここ。

 

「それにほら、蝶もいっぱいだし。昆虫採集にはもってこいだよ」

 

 言われるまで本来の目的を忘れていた。ここまで昆虫採集に来たんだった。

 

 ヒマワリの花の周囲には無数の蝶が飛んでる。どれもこの島じゃ見たことがないくらい大きい。

 

「よし、一匹捕まえさせてもらおう」

 

 いい感じの大きさの蝶に狙いを定め、早速虫取り網を構える。蝶は全然逃げようとしない。

 

 ここにはほとんど人が入らないんだろうか。全く人を警戒している感じはない。

 

「てい!」

 

 藍に言われた通り、花の蜜を吸いに来たタイミングを狙って虫取り網を振るう。一発でゲットできた。大きなアゲハチョウだ。

 

「ごめんなさい……えいっ!」

 

 夏海ちゃんも講座で教わった通りの動きで捕まえた。夏海ちゃんが頭につけているヘアピンと同じクロアゲハだ。

 

「えーいっ!」

 

 その隣で、鴎も蝶を捕まえていた。

 

 三人とも大き目の蝶を一匹ずつゲットしたところで、そろそろ戻らないと時間がヤバイ。

 

「今度来る時は、皆でお弁当持って来ようよ」

 

「いいですねー」

 

 そんな話をしながら、俺達は急ぎ足でヒマワリ畑を後にした。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 結局、12時ギリギリに駄菓子屋に戻る。他の皆は既に集合していて、虫かごを蒼達に提出していた。

 

 俺達もゲットした蝶を提出し、結果発表を待つ間、他の皆と成果報告をする。

 

「しろは達は何を捕まえたんだ?」

 

 確か、しろはと紬は灯台の方に向かったはずだ。

 

「トノサマバッタ。とびきり大きいの」

 

「紬さんは?」

 

「ヤマトタマムシです!」

 

「え、あの宝石みたいに輝いてる虫?」

 

「はい!」

 

「そんなのがこの島にいるんだ……」

 

「たぶん、本土から迷い込んだんだと思います!」

 

 どうやって迷い込んだんだろう。すごく気になる。

 

「二人とも、なかなか個性的なのを捕まえたようだな」

 

「そう言うのみきは何を捕まえたんだ?」

 

「ミズカマキリだ。秘密基地の近くに、水が湧いている場所があってな。そこで捕まえたんだ」

 

 確かに昆虫であることに変わりはない。って、危なく同じ物を持って来るところだった。

 

「そろそろ集まってー! 結果を発表するわよー!」

 

 

 蒼の号令を受け、皆がベンチ周りに集まる。

 

 蒼達の前には、皆が持ってきたらしい様々な虫が虫かごに入って並べられていた。

 

「それじゃ、さっそく三位から発表するわよー!」

 

「第三位は、ヤマトタマムシを捕まえてきた、紬!」

 

 紬はベンチ上へと連れてこられ、皆からの拍手を受ける。

 

「む、むぎゅ~~……恥ずかしいです……」

 

 紬は顔を真っ赤にして俯いていた。

 

「この虫は昔は装飾品として使われていたのよ。綺麗でしょ?」

 

 蒼がヤマトタマムシを虫かごから出して、太陽にかざす。昆虫とは思えない輝きを放っていた。

 

 

「次に、第二位! アサギマダラを捕まえてきた、鴎!」

 

「ええっ、うそ!?」

 

 今度は鴎がベンチ上に上げられる。まさかの選出に戸惑っている様子だ。

 

「アサギ……聞きなれない名前だけど、その蝶って珍しいのか?」

 

「本来は初夏から秋にかけて長距離を移動する『旅する蝶』なんだけど、今の時期にこの辺に居るのは珍しいのよ。どこで捕まえたの?」

 

「えーっと、ごめんなさい! 教えてあげないよ! じゃん!」

 

 えー、と子供達からヤジが飛ぶが、鴎の秘密の場所だからしょうがない。

 

 

「それじゃ、最後に優勝を発表するわねー」

 

「昆虫採集大会、優勝は……」

 

 

「オオクワガタを捕まえてきた、良一よ!」

 

「よっしゃーー!」

 

 良一はベンチに上がり、四方から拍手喝さいを受ける。テンションも上がっているのか、上半身は既に裸だ。

 

「オオクワガタだって? オオカマキリの間違いじゃないのか?」

 

 にわかに信じられない成果に、俺は真相を確かめに行く。 

 

「正真正銘オオクワガタですよ。ほら」

 

 本当だ……。

 

 藍の手のひらに乗ってるのは、まさしくオオクワガタのそれだ。

 

「紬や鴎のもすごかったけど、レア度で言ったらダントツじゃない?」

 

 確かに、その点では誰からの文句も出ないだろう。

 

「良一も良く見つけたな。秘密基地の方にいたのか?」

 

「ああ、秘密基地に行く途中の、高い木の上にいたんだ」

 

「登って獲ったのか? やるなぁ」

 

「いや、のみきのハイドログラディエーター改で叩き落としてもらった」

 

 良一は得意顔だ。

 

「あれ? それってのみきが捕まえたんじゃないのか……?」

 

「へっ……?」

 

 固まった。

 

「……ちょっと待って! 再審議するから!」

 

 捕まえるまでの経緯が明らかになり、急に物言いがつく。

 

 藍と蒼が顔を寄せ合って、ひそひそと何やら話し合っている。

 

 

「……訂正! 優勝は、のみき!」

 

 やがて審議が終わり、新たな優勝者としてのみきが発表された。

 

「そ、そりゃないぜー……」

 

 のみきがベンチ上に祭り上げられる一方、ベンチから降り、がっくりと肩を落とすのは良一。いつの間にか上着も羽織っている。

 

「ぬか喜びだったな……良一、そう気を落とすなよ」

 

「優勝したのみきちゃんには、初代虫キングの称号をあげます」

 

「え、いや、それは……」

 

 うわぁ、あの称号は恥ずかしい……。

 

 こうして、昆虫採集大会は幕を閉じた。

 

 

 

 その後は人も掃けて、いつもの静けさを取り戻した駄菓子屋。

 

 その前で、俺達は駄弁っていた。

 

 しろはや紬といった皆も、その場の流れで留まっていた。

 

「ちくしょー、必死に捕まえたオオクワガタが、のみきのものになるなんてなー」

 

 良一は怒りが収まらないのか、コーラを買ってやけ飲みしていた。

 

「あー……その、なんだか、すまない」

 

 ちなみに大会終了後、捕まえた虫たちは全て逃がされた。

 

「あのオオクワガタ、せっかくだから島モンみたいに羽依里の蝶と戦わせたかったよなー」

 

「やめてよ。店の前で死人が出たらシャレにならないじゃない」

 

 え、島モンってそんな危険ものだっけ?

 

 ちなみに俺達の蝶もとっくに逃がしてしまった。あの場所に無事戻れるかわからないけど。

 

「そうだ皆、昼から時間あるか?」

 

 お昼も過ぎたし、そろそろ解散……と思っていたところで、良一が声を挙げる。

 

「あるにはあるけど、何かするのか?」

 

「こいつで遊ばないか」

 

 良一が右手に持っていたのは、さっきまで飲んでいたコーラの空き缶。

 

「どうするんだ、その空き缶」

 

「これで缶ケリやろうぜ」

 

「缶ケリ?」

 

「ああ、懐かしいだろ」

 

 確かに、子供の頃やって以来だ。

 

「へー、たまにはいいかもね」

 

「うん。皆でやると楽しいかも」

 

 案外皆も乗り気だ。

 

「あのー、缶ケリってどういう遊びなんですか?」

 

 あ、夏海ちゃん知らないのか。確かに、世代じゃないとわからないかも。

 

「かくれんぼみたいなものだよ。最初に鬼を決めて、他の誰かが缶を蹴る。鬼が缶を拾って戻ってくる間に、他の皆は隠れるんだ」

 

「戻ってきた鬼は皆を探すの。見つけたら缶の所まで走って戻って、名前を読んで、缶を踏む」

 

「羽依里を見つけたら、羽依里みっけ。ポコペンってね」

 

「ポコペンってなんですか?」

 

「よくわからないけど、それを言うルールなんだ」

 

「わかりました」

 

「見つかった人は缶の周りに集まるんだ」

 

「全員見つかったら終了ですか?」

 

「そうだけど、缶ケリの面白いところは隠れてる人が鬼より先に缶の所に行って缶を蹴ったら、それまで捕まってた人も逃げていいんだ。リスタートってやつだよ」

 

「なんだか面白そうです」

 

 夏海ちゃんもやる気になってくれたみたいだ。

 

「それじゃ、昼飯食ったらまた駄菓子屋に集合な」

 

「わかった」

 

 

 

 

 一旦皆と別れ、加藤家へ帰る。

 

 買わされた虫かごと虫取り網を適当な場所に片付けて、昼食をとることにした。

 

 昼食は数あるカップうどんの中から、肉うどんをチョイス。

 

 肉うどんと言っても、肉とは名ばかりの細切れのようなものしか入ってなかったけど。昆虫採集で散々歩き回った後だったし、とても美味しかった。

 

 

 

 

 午後からは約束した通り、駄菓子屋に集合。

 

 そこには言い出しっぺの良一の他、しろは、鴎、紬、蒼、藍、のみきに天善と、午前中のメンバーがほとんどそのまま再集結していた。

 

「ん? そういえば天善、昆虫採集大会に参加して無かったよな?」

 

「ああ。今日は俺が出店を出す日でな。午前中は港に居たんだ」

 

 ……そういえば、今日は港に行ってなかったな。

 

「天善くん、何を売ってたの?」

 

 港での出店経験のあるしろはが、興味津々で天善に聞いてきた。

 

「これを焼いていたんだが、売り上げはイマイチだった。ほとんど売れ残ってしまってな」

 

 そう言いながら、天善は持っていた大きな袋の口をあける。甘い匂いがふわっと広がり、皆がその袋の中を覗き込む。

 

「なんだこれ?」

 

「東京ケーキだ」

 

「東京ケーキ?」

 

 中には一口サイズのお菓子が大量に入っていた。どっかで見たことあるような。

 

「つまるところのベビーカステラだな。東京ケーキはこっちの地方限定の呼び方らしい」

 

 のみきがそう補足してくれる。

 

「ベビーカステラなら知ってるぞ」

 

「だろう。子供の頃によく食べたよな」

 

「ああ。安くておいしかったよな」

 

「あの、ベビーカステラってなんですか?」

 

 あー、これも夏海ちゃんくらいの歳だと知らないかもしれない。

 

「買ってあげるよ。天善、ひとついくらだ?」

 

「いや、どうせ売れ残り品だ。代金はいいから、皆で食べてくれ」

 

「なら、いただこうかな」

 

「天善さん、いただきます」

 

「あたしもひとつもらうわね」

 

「私もー」

 

 無料ということがわかると、皆も次々と手が伸びる。

 

 お昼を食べた後のはずだけど、甘いものは別腹なんだろうか。ふっくら甘いベビーカステラは大人気だった。

 

 かくいう俺も、昼のカップうどんだけでは何か物足りないと思っていたところで、結構な数を食べてしまった。

 

 ……それでも袋の中にはまだ沢山のベビーカステラが量が残っている。

 

 

「なぁ天善、たくさん焼きすぎたんじゃないか?」

 

「すまん。途中でこの形がピンポン玉に思えてきてな……焼く手が止まらなくなったんだ」

 

 いわゆる天善ゾーンに突入してしまったらしい。

 

「それにしても、懐かしくてうまいよな。本当にピンポン玉みたいだし」

 

 ……言ってから、しまったと思った。

 

「そうだろう。さすが鷹原にはわかるんだな。もっと食ってくれていいぞ」

 

 笑顔の天善から、次から次にベビーカステラが渡される。

 

「いや、俺もそろそろ腹が……」

 

「そう言うな。まだあるぞ」

 

 俺の言葉を遮り、まだまだ手渡されるベビーカステラ。

 

 否応なしに食べ続ける俺。

 

 笑顔で渡されるベビーカステラ。

 

 食べる俺。

 

 ……袋が空っぽになるまで、その状況は続いた。

 

 

 

「羽依里、大丈夫?」

 

 苦しくてしばらくベンチに横になっていた俺を、しろはが心配そうに覗き込んでくる。

 

「長崎銘菓になりそうだ」

 

「しっかりして」

 

 なんとか上体を起こすと、缶ケリの準備ができていた。

 

 と言っても、缶を地面に設置するだけだけど。

 

「おっ、起きたな。缶ケリの準備は万端だぞ」

 

 参加するかどうか考えたが、腹ごなしに運動するのもいいかもしれない。

 

 なんとか体を起こして、しろはと共に皆の輪に加わる。

 

「それじゃ、隠れるのは駄菓子屋周辺ということにしよう」

 

「名前を間違えたりしたらリスタートですよ」

 

 細かいレギュレーションが決められていく。

 

「ところでしろは、食堂の準備は良いのか?」

 

「料理の下ごしらえは終わってるから。まだ平気」

 

「そっか。なら大丈夫そうだな」

 

「うん」

 

「それじゃ、最初の鬼を決めますよ」

 

 藍の言葉に合わせて、皆が握りこぶしを作る。

 

「「じゃーんけーん!」」

 

「「ぽん!」」

 

 

 

「負けた……」

 

 一番最初の鬼はしろはに決まった。

 

「それじゃ、誰か缶を蹴って」

 

「あ、私が蹴りたいです!」

 

 夏海ちゃんが手を挙げる。

 

「あっちのほうなら安全だから。思いっきり蹴っていいよ」

 

「はい! えーい!」

 

 夏海ちゃんは結構な助走をつけてから、思いっきり缶を蹴る。

 

 空き缶は乾いた音を立てて、道の向こうへ吹っ飛んでいく。

 

「わ、すごい」

 

「ごめんなさい、飛ばしすぎましたか?」

 

「いいよいいよ。戻ってくるまでに隠れてね」

 

 しろはが缶を探しに行く。

 

 その間に俺たちは隠れなければいけない。

 

 俺は近くの茂みに隠れる。この位置なら、缶もしろはの動きも丸見えだ。

 

 やがて周囲から人の気配が消えた。皆も思い思いの場所に隠れたようだ。

 

 しばらくすると、空き缶を持ったしろはが戻ってきた。

 

 しろははどういう動きに出るだろうか。お手並み拝見といこう。

 

 

「……」

 

 周囲を見渡しているけど、缶の位置から動こうとはしない。

 

 少しの間をおいて、大きく息を吸い込むと……

 

 

「裸祭り。んんんーーー!」

 

「パーーーーージ! んんん、パーーーーージ!」

 

 しろはの言葉に続いて、上半身裸になった良一が意味不明の言葉を発しながら電柱の影から飛び出してきた。

 

「良一、見つけた。ポコペン」

 

「しまったーーーーー!」

 

 しろはが缶を踏む。

 

 良一も、もはや条件反射になってるんだろう。かわいそうに。

 

 直後、その良一を水鉄砲で打ち抜くのみき。

 

「ぎゃーーー!」

 

「しまったっ、つい反射的に撃ってしまった!」

 

 こっちも条件反射になってるみたいだ。

 

「のみき、見つけた。ポコペン」

 

 しろはが缶を踏む。

 

 その後、上着を着た良一と水鉄砲を持ったのみきがとぼとぼと缶の周りにやってきて、救出されるのを待つ。

 

 二人とも待ってろよ。しろはが他の皆を探しに行って缶から離れたら、すかさず缶を蹴って助けてやるからな。

 

「……マッチ・トゥ・加納」

 

「シャアアアアーーー!」

 

 アイスクリームケースの陰に隠れていた天善が勢いよく飛び出す。

 

「天善くんみつけた。ポコペン」

 

 またしろはが缶を踏む。

 

「つい、体が動いてしまった……」

 

 天善も缶の所に歩いていく。

 

「……そういえば、この前秘密基地で食べたワタアメ、美味しかったな」

 

「またピンク色のワタアメ、食べてみたいな」

 

「はい! また作ります!」

 

「紬、見つけた。ポコペン」

 

「むぎゅ~……」

 

 俺の近くの茂みに隠れていた紬が笑顔で飛び出し、捕まる。

 

 

 

「最近、都会ではいろんなシロップをかけたレインボーかき氷が流行ってるらしいの。美味しいのかな?」

 

「全部同じ味だけどね!」

 

「蒼、見つけた。ポコペン」

 

「あーーーーー!」

 

 またまたしろはが笑顔で缶を踏む。蒼も捕まった。

 

 

 

「三角形の秘密。それはね……」

 

 しろははそこまでで言い留まる。

 

「お、教えてあげないよ! じゃん!」

 

「鴎、見つけた。ポコペン」

 

「うう、つい……」

 

 良一とは別の電柱の陰に隠れていた鴎も捕まった。しかし、どうやってあのスペースにスーツケースと一緒に隠れてたんだろう。

 

 

 

「そういえばこの間、蒼が知らない男の人と歩いてたの」

 

「は?」

 

「蒼ちゃん、詳しい話を聞きましょうか?」

 

 駄菓子屋の裏から藍が出てきて、缶のそばにいる蒼に詰め寄る。

 

「ただの観光客よー! 鳥白島まんじゅうが欲しいって言ってたから、駄菓子屋まで案内しただけですー!」

 

「藍見つけた。ポコペン」

 

「不覚です……」

 

 皆、面白いように捕まっていく。ちなみにしろはは缶の元から全く動いていないので、俺も救出に向かえない。

 

 だが、残るは俺と夏海ちゃんだ。島の仲間たちのように簡単にはいかないはず……。

 

 

「夏海ちゃん、私のチャーハンの秘密、教えてあげよっか」

 

「え? はい! ぜひお願いします!」

 

 近くのポリバケツから夏海ちゃんが出てきた。なんて所に隠れてるんだ。

 

「……やっぱり駄目。夏海ちゃん、見つけた。ポコペン」

 

「えええーーー!」

 

 夏海ちゃんも捕まった。

 

 ……あれ、気が付いたら残ってるの俺だけ?

 

「後は、羽依里だけだね」

 

 

 ……くそ、俺はそう簡単にはいかないからな。

 

 しろはは大きく息を吸い込むと……。

 

 

 

 

「……ししんそうおう! してんのうスクワット! すざく!」

 

「ざくざく!」

 

「羽依里、みつけた。ポコペン」

 

「しまったぁぁぁ」

 

 瞬殺だった。

 

「いつもおじーちゃん達と、楽しそうにやってるから」

 

「別に楽しんでやってるわけじゃないんだけどな……」

 

 

 結局しろはは缶の所から一歩も動くことなく、俺たち全員を捕まえてしまった。

 

 しろはが完勝してしまったので、今度はしろは以外のメンバーでじゃんけんをして、鬼を決める。

 

「「じゃーんけーん!」」

 

「「ぽん!」」

 

 

 

 

「くそ、俺か」

 

 じゃんけんの結果、今度は俺が鬼になってしまった。

 

 とりあえず、隠れてる奴を見つけたら、相手より早く缶のほうに戻ってポコペンと言えばいいわけだ。

 

「昆虫採集で鍛えた気配を消す力、見せてあげるわ」

 

「次は捕まらないよー!」

 

「夏海ちゃん、隠れるコツ、教えてあげる」

 

「はい! よろしくお願いします!」

 

「今度は本気です!」

 

 あれ? さっき瞬殺されたせいか、皆めちゃくちゃやる気なんだけど。

 

「それじゃ、行くぜ!」

 

 そして、今度は良一が代表して缶を蹴る。缶は綺麗な弧を描きながら、道路の向こうの方にすっ飛んでいった。

 

「良一の奴、思いっきり蹴りやがって……」

 

 遠くに飛ばされた缶を拾って戻ってくると、もちろん皆の姿はない。

 

 缶を地面に立てて、周囲を見る。隠れる範囲は駄菓子屋周辺だから、ある程度場所も限定されるはずだ。

 

 茂みの中とか、電柱の陰とか。さっき見ていたおかげで、皆が隠れる場所は大体把握できた。

 

 

 まず最初にしろはを捕まえたい。さっきのお返しというわけじゃないが、とにかく最初にしろはを捕まえたかった。

 

「……よし」

 

 俺は大きく息を吸い込む。そしてできる限り大きな声で叫ぶ。

 

「しろはー! 俺は大好きだ―!」

 

「は、恥ずかしいこと大きな声で言わないで!」

 

 すぐ近くの茂みに隠れていたしろはが、顔を真っ赤にして飛び出してきた。

 

「しろは見っけ! ポコペン!」

 

「ああああ」

 

 しろははわたわたした後、がっくりをうなだれて缶の近くにやってくる。

 

「……羽依里、たばかったな」

 

 ……すごい優越感。やったぜ。

 

 背後からの恨めしそうなしろはの視線を受け流しながら、今度は少しずつ缶から離れていく。

 

 一応いつでも缶の元に戻れるように準備はしている。離れすぎても蹴られるからな。

 

 

 ……その時。

 

「ここだぜ、羽依里!」

 

「ちょれぇえええい!」

 

「なに!?」

 

 良一と天善が、同時に駄菓子屋の屋根から降りてきた。

 

 いや、いくらなんでも屋根の上から降りて来るとは思わなかった。

 

「しろは! すぐに助けてやるぞ!」

 

「くそ、いきなりあの二人と勝負か!」

 

 急いで缶の元へ戻る。準備しておいたおかげで、俺の方が二人よりわずかに早く缶の元へ辿り着く。

 

「良一見っけ! 天善見っけ! ポコペン!」

 

 二人が滑り込んできたが、体重を乗せて缶を蹴られないようにした。缶は不動だ。

 

「くそぉっ」

 

「予想以上に屋根から降りた時の衝撃が強かったな……ダッシュするタイミングが遅れた」

 

「危なかった……」

 

 でも男子二人を同時に捕まえられたのは大きい。後は女子しか残ってないし。

 

 というわけで、さっき以上に缶から距離を開ける。一応運動部だったし、足の速さで女子に負けない。

 

 

 

「せーの……いけ! 鴎!」

 

 缶を挟んで反対側の路地から、のみきと紬に押されてスピードに乗ったスーツケースが飛び出してきた。

 

 その上には鴎が器用に乗っている。

 

「しろしろー! 今行くよー!」

 

「なにっ!? 鴎!?」

 

 まさか、スーツケースに乗って飛び込んでくるとは思わなかった。

 

 二人に押されたスーツケースは結構なスピードだったので、俺は全力で戻る。

 

「鴎、紬、のみき見っけ! ポコペン!」

 

 なんとかスーツケースより早く缶の元に駆け戻り、名前を読んで捕まえる。

 

「わわわわー!」

 

 しかし、鴎の乗ったスーツケースは途中でコントロールを失ったようで、勢いそのままに電柱の方へ向かっていく。

 

「鴎、ブレーキ!」

 

「ついてなーい!」

 

 ……そうだった。このままだと鴎は電柱にぶつかってしまう。

 

「くそっ、鴎、手を出せ!」

 

 俺は反射的に鴎の方へ走り、抱きかかえるように鴎を救出する。

 

「おわっ」

 

 無人になったスーツケースは、電柱にぶつかって鈍い音を立てる。元々頑丈そうなので、壊れるようなことはないだろう。

 

「あ、ありがと羽依里……」

 

「いや、気にしなくていいぞ」

 

「……そしてごめん」

 

「なに?」

 

 次の瞬間、駄菓子屋の奥から飛び出してきた蒼が缶の方に突っ込んでいった。

 

 ……まさか、今の流れで鴎が囮なのか?

 

 ……女連中、チームワーク良すぎだろ。

 

 俺は飛ぶように鴎のそばを離れ、缶の元へ。

 

「蒼みっけ! ポコペン!」

 

 そして缶を踏む。蒼が滑り込んできたけど、俺の方が早い。

 

「作戦失敗か……」

 

「むぎゅ、捕まってしまいました……」

 

「あとちょっとだったんだけど、面目ない……」

 

 スーツケース作戦が失敗に終わった四人が、無念そうに缶の周りに集まってくる。

 

「蒼も残念だったな……」

 

 俺は流れる汗を拭いながら、うつむき加減の蒼に声をかける。

 

「……ふふ。残念なのは羽依里さんのほうですよ?」

 

「え? 羽依里さん?」

 

 ……よく見たら蒼と瞳の色が違う。

 

「……まさか、藍なのか?」

 

「そうですよ」

 

「引っかかったわね、羽依里!」

 

 近くの塀の向こうから、今度こそ本物の蒼が顔を出す。

 

「名前を間違えたから、もう一度最初からですね」

 

「マジか……」

 

 藍と蒼、今日に限って同じ服、同じ髪型なんだもん……双子ずるい……。

 

 その後、今度は天善が代表して缶を蹴り、リスタートになる……。

 

 

 

 しかし、一度切れた集中力はなかなか戻らず。

 

「スーツケースが見えてるぞ! 鴎見っけ! ポコペン!」

 

「ひーん」

 

 これで鴎は捕まえた。他の皆はどこだろう。

 

 じりじりと缶との距離を広げる。

 

「えーい!」

 

 え、夏海ちゃんが大きなポリバケツから出てきた!?

 

 急いで戻るけど間に合わず、スライディングで缶が蹴られ、またリスタート。

 

 夏海ちゃん、結構運動神経良いんだけど……。

 

 

 

「ツインテールが見えてるぞ! 紬見っけ! ポコペン!」

 

「むぎゅ! みつかってしまいました!」

 

 電柱の陰に隠れていた紬だが、ツインテールが風になびいていたのですぐに見つけた。

 

「藍蒼見っけ! ポコペン!」

 

 そして、今度はしっかりと空門姉妹を捕まえる。

 

 二人まとめて捕まえれば、名前間違える事もないし。

 

「今度は捕まってしまいましたね……」

 

「惜しかったんだけどね……」

 

「ぜぇ、はぁ……二人とも、かなり足速くないか?」

 

「島の運動会だと、いつも一番ですよ」

 

「マジか……」

 

 でも、二人ともスカートで全力疾走はやめてほしい。その、色々危ないから。

 

 えーっと、あと何人だっけ……。

 

 ……あれ? 空き缶の近くにいつの間にかスーツケースが……。

 

「イリュージョン!」

 

「何っ!? スーツケースから鴎が!?」

 

「さっきのお返しだよ!」

 

 かこーん。と痛快な音がして缶が蹴られた。

 

「うああ、缶がー!」

 

 ……やばい、グダグダだ。

 

 もう途中からリスタートした回数なんて覚えちゃいなかった。

 

 俺はひたすらに仲間たちと缶を追いかけていた。

 

 

 

 

 そして、だいぶ日も傾いた頃。

 

「皆、悪い……ギブアップだ。もう許してくれ」

 

 俺は敗北宣言をし、缶の近くにへたり込んでしまう。俺は一体何時間鬼をやっていたんだろう。

 

「最初にしろはを捕まえるからいけないのよ」

 

「ああ、あれで俺たちの闘争心に火がついた」

 

「反省しましたか?」

 

 隠れていた皆が集まってきてくれる。皆勝ち誇った顔だ。

 

「ああ、凄く後悔してる」

 

 島民のチームワークを甘く見ていた。ここまでボコボコにされるとは。

 

「あはは、ちょっとやりすぎちゃったかしらねー」

 

 身体はものすごく疲れてるけど、皆が楽しんでくれたならそれでいいかも……。

 

 そんなことを考えながら唐立ち上がった矢先。

 

「あれ、いてて」

 

 急な腹痛に襲われて再び膝をつく。

 

「……羽依里、どうしたの?」

 

「なんか腹が痛い。いててて……」

 

 すぐにしろはが駆け寄ってきて、背中をさすってくれる。

 

「ちょっと、大丈夫?」

 

「どうした?」

 

 他の皆も心配そうに集まってくれる。

 

「う、うん。いててて……」

 

 正直ヤバい。缶ケリの前に食べさせられた大量のベビーカステラが、今更胃袋で暴れていた。

 

「やれやれ、たくさん食べ過ぎた後に急な運動をしたからだろう。しろはと夏海ちゃん、鷹原を家に送ってやってくれ」

 

「うん」

 

「わかりました」

 

 こういう時ののみきは本当に頼りになる……いててて。

 

 缶ケリは自動的にお開きとなり、俺はしろはと夏海ちゃんに介抱されながら、なんとか加藤家に辿り着く。

 

 そして玄関に着いたと同時に、安心感からか気を失ってしまった……。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「……やっぱり、診療所に連れて行った方が良いかしら」

 

 部屋で横になっている鷹原さんを、鏡子さんが心配そうに見ています。

 

「……大丈夫だと思います。食べ過ぎた上に、急に運動したのが原因だと思いますから」

 

 しろはさんが半分呆れた様子で言っています。

 

「鏡子さん、胃薬とかないんですか?」

 

「夏海ちゃん、台所に救急箱があるから、そこから胃腸薬を持ってきてくれない?」

 

「わかりました」

 

 鏡子さんの指示を受けて、私は台所へ向かいます。

 

 炊飯器とか置いてある棚の横にそれらしい箱がありました。中を探すと、カッパのマークの正論丸と、霧島印の聖腸剤がありました。

 

「鏡子さーん、二種類あるんですけど、どっちですか!?」

 

「もう、両方飲ませてあげていいんじゃないかな」

 

「わかりました!」

 

 私は薬と水を持って、鷹原さんの部屋に戻ります。

 

「鏡子さん、持ってきました!」

 

「そう。それを羽依里君に飲ませてあげて」

 

「はい! 鷹原さん、しっかりしてください! お薬ですよ!」

 

 鷹原さんはうんうん呻きながら、なんとか薬を飲んでくれました。

 

「これじゃ、しばらくは動けそうにないね。最近は胃腸に良くないものばかり食べてたのかな?」

 

 ホルモンうどんにスイカバー、今日のベビーカステラ……思い当たる節がいっぱいあります。

 

 

「ところでしろはちゃん、今日は食堂は?」

 

「一応、開店の準備はしてますけど……」

 

「なら、食堂に行った方が良いよ。羽依里君の面倒は私が見ておくから」

 

「……わかりました。よろしくお願いします」

 

 しろはさんは一礼して、帰っていきました。

 

 鏡子さんは鷹原さんにタオルケットをかけてあげた後、私の方を見て微笑みます。

 

「夏海ちゃんも心配しなくていいからね」

 

「はい」

 

 顔を覗き込むと、鷹原さんはまだうなされています。長崎銘菓がどうとか、ブツブツ言っています。

 

「さすがに羽依里君は今日は無理だろうけど、夏海ちゃんはお腹空いたら食堂に行ってもいいから」

 

「はい。そうします」

 

 

 

 ……そして夜になりました。

 

 鷹原さんは落ち着いたようで、今はぐっすり眠っています。 

 

 私はというと、お腹が空いたので一人でしろはさん食堂へ向かうことにしました。

 

 虫の音を聞きながら、一人で坂道を歩きます。

 

 もう学校の前を通っても何も感じません。余裕ってやつです。

 

 そこから少し歩いたら食堂に到着です。相変わらず立派な看板が立ってます。

 

「こんばんわー」

 

 扉を開けて、一人でお店に入ります。思えば、こんなこと島に来て初めてな気がします。

 

「あ、夏海ちゃん。いらっしゃい」

 

 しろはさんが笑顔で迎えてくれました。今日はまだお客さんは来ていないようです。

 

「どうぞ。座っていいよ」

 

 しろはさんは自分の前の席を勧めてくれ、お水を出してくれました。

 

「羽依里の様子はどう?」

 

「薬が効いてるみたいで、今は気持ち良さそうに眠ってました」

 

「そう……全く。羽依里ってば、時々子供なんだから……」

 

 しろはさんが呆れたように言います。でも、怒ってません。

 

「それで夏海ちゃん、何食べる?」

 

 しろはさんがメニュー表を渡してくれました。

 

「あ、今日の日替わりはなんですか?」

 

「今日はね、ザリガニ定食」

 

「……それは、やめときます」

 

 朝の悪夢を思い出しちゃいました。

 

 気を取り直して、メニュー表とにらめっこします。そういえば、昨日鴎さんが食べていた冷やし中華がおいしそうでした。でも、のみきさんの食べていたハンバーグもおいしそうでした。正直迷います。

 

 

「こんばんわー」

 

 悩んでいると、扉が開いてお客さんが入ってきました。

 

「……あれ、夏海ちゃんじゃない」

 

「一人ですか? 珍しいですね」

 

 振り返ると、藍さんと蒼さんでした。相変わらずそっくりです。

 

「羽依里、お腹壊しちゃったから」

 

「あー、そういえばそうだったわねー」

 

「ベビーカステラ、たくさん食べさせられてましたからね」

 

 お二人は、しろはさんとお話をしながら私の隣に座りました。

 

「しろは、せっかくだしお見舞い行ってあげたら? 喜ぶんじゃない?」

 

「た、ただの食べ過ぎだし。そこまで大げさにしなくても……」

 

「良いじゃないですか? 彼女さんなんですから」

 

「膝枕でもしてあげれば、すぐに良くなるわよ」

 

「も、もとはと言えば天善くんがベビーカステラをたくさん持って来るからあんなことに……」

 

「そうそう。天善もあれだけ売れ残っちゃうなんて災難よねー」

 

「しろはちゃんのお好み焼きくらいのインパクトがないと、なかなか売れませんよ」

 

「全くよねー」

 

「そういえば、今日の昆虫採集の時、紬がね……」

 

 

 ……話題がころころ変わります。

 

 なんだか、鷹原さんと一緒にいる時とは皆さん違う顔です。これが女同士ってものなんでしょうか。

 

 つい、メニュー表を見るのをやめて、皆さんの顔を見てしまいます。

 

 ……島の女の人、皆きれいですよね。

 

「夏海ちゃん、どうしかしましたか?」

 

「い、いえ」

 

「しろはー、あたしと藍は冷やし中華お願い」

 

 別のメニュー表を見ていた蒼さんが、料理の注文をしています。

 

「あ、私も同じものをお願いします!」

 

 お二人の注文に合わせて、慌てて私も冷やし中華を注文しました。

 

 

 

 しばらくして、三人分の冷やし中華が運ばれてきました。

 

「おまたせ。こっちが夏海ちゃん、こっちが藍、こっちが蒼」

 

 指定された冷やし中華を受けとります。

 

 見ると、藍さんの冷やし中華にはキュウリが、蒼さんの冷やし中華には紅ショウガが乗っていません。

 

「さすがしろは、わかってるわねー」

 

 どうやら、藍さんはキュウリ、蒼さんは紅ショウガがそれぞれ嫌いなようです。しろはさんは言われなくてもそれをわかっていたみたいです。すごいです。

 

「それじゃ夏海ちゃん、食べましょ?」

 

「はい! いただきます!」

 

 三人で一緒に手を合わせて、冷やし中華を食べます。冷たくて美味しいです。

 

 

 

 ……晩ごはんを食べた後も、皆さんと楽しくおしゃべりしていました。

 

 すると、すっかり遅くなってしまいました。

 

「夏海ちゃん、一人で帰れますか?」

 

「送ったげよっか?」

 

「いえ、一人で大丈夫です」

 

 お二人が心配してくれてますが、この島に来て夜の道には慣れました。一人で大丈夫です。

 

「じゃあ、イナリを護衛につけてあげる」

 

「え、イナリさんですか」

 

「ポン!」

 

 蒼さんの足元を見ると、店の外で待っていたのか、イナリさんがいました。

 

「都会と違って変質者は出ないけど、野生動物が出てくることもあるから」

 

「イノシシとか出てきますよ」

 

「……それはそれで怖いんですけど」

 

「昨日も言ったけど、イナリはその辺の野生動物なら負けないから」

 

「ポン!」

 

 イナリさんは小さくてかわいいのですが、どこにそんな力があるんでしょう。不思議です。

 

「それじゃあね。おやすみ、夏海ちゃん」

 

「おやすみなさい。夏海ちゃん」

 

「はい。おやすみなさいです!」

 

「イナリ、きちんと送ってあげなさいよー!」

 

「ポーン!」

 

 手を振って蒼さん達とお別れして、イナリさんと二人で夜の道を歩きます。

 

 時々タヌキとか飛び出してきましたが、先頭を歩くイナリさんの一声で逃げていきました。さすがです。

 

 そうやってイナリさんと一緒に坂道を登った先。周りを畑と木に囲まれた一本道。

 

 そこに……一匹の光る蝶がいました。

 

 ……七影蝶です。

 

 

 

「ポ、ポン! ポン! フーーー!」

 

 イナリさんはこの蝶が見えているみたいで、私の前に出て、威嚇してくれてます。

 

「……イナリさん、大丈夫ですよ。ちゃんと見えてますから」

 

「ポ、ポン?」

 

 困惑しているイナリさんを追い越して、私は光る蝶に近づいていきます。

 

 確か、昨日の山にもいましたよね。私の他には、鷹原さんと蒼さんにしか見えてないみたいでしたけど。

 

 私はますます近寄って、右手を差し出します。

 

「ポン! ポン!」

 

「大丈夫です。心配いらないですよ」

 

 その七影蝶は、私の指先に触れて……

 

 

 

 ……崩れる様に、私のてのひらに吸い込まれて、消えてしまいました。

 

「ん……」

 

 ……ちょっとめまいがしましたけど、大丈夫みたいです。

 

「ポ、ポン?」

 

 さすがに私が七影蝶を取り込んだのを見て、イナリさんもびっくりしているみたいです。

 

「あはは……ほら、大丈夫ですよ?」

 

 私は手足をぱたぱた動かしたり、軽くジャンプしたりして、イナリさんを安心させてあげます。

 

「あ、でもイナリさん、今のは皆さんには内緒でお願いします。変な子だと思われるので……」

 

 私は口元に指を当てて、イナリさんにお願いをしておきます。

 

「ポン!」

 

「それじゃあイナリさん、引き続き護衛をよろしくお願いします!」

 

「ポ、ポンポン!」

 

 

 ちょっとしたトラブルもありましたけど、その後はまたイナリさんを先頭に、家に向かって歩き出しました。

 

 良い時間ですし、そろそろ鷹原さんのお腹の調子も良くなってるといいんですけど……。

 

 

 

 

 

 

第八話・完




第八話・あとがき


おはこんばんちわ。トミー@サマポケです。

今回は過去最高に長くなってしまい、申し訳ありません。全ての原因は昆虫採集と缶ケリを同じ話の中でやろうとしたせいでした。

昆虫採集はほとんど鴎との冒険風のお話になってしまいましたけど、鴎好きの皆さんに楽しんでいただけたら幸いです。

缶ケリは書いてて楽しかったです。やっぱりこういう和気藹々としたのはいいですね。
いよいよ八月突入です。今回はストーリー関係を少し進めました。

そして、楽しい夏休みをもう一度をテーマにやってますが、一応ストーリーもあります。

その関係で、終盤に初めて視点を羽依里から夏海ちゃんに移してみました。

夏海ちゃんと七影蝶のシーンは、当初から書こうと決めていた場面なのですが、視点変更が初めての試みだったので、お見苦しかったらすみません。

■今回の紛れ込みネタ

・オンユアマーク
ONEネタです。瑞佳に起こされた浩平が、毎朝学校までダッシュする時に流れる曲です。
当初はこれが瑞佳のテーマかと間違えるくらい、毎日流れてた記憶があります。

・しゃかしゃかへい
リトバスのタンバリンネタですね。確かミッション中の鈴がはるちんからタンバリン貰った後の台詞です。しゃかしゃかへいっ。

・俺は大好きだ―
CLANNADでは秋生さんが早苗さんを追いかける時に発する台詞でしたね。俺は大好きだ―!

・霧島印の聖腸剤
これは元ネタがるわけではないのですが、AIRの女医である霧島聖さんをネタにしています。
え、カッパのマークの正論丸? あれはオリジナルですw

以上になります。いくつお気づきになられたでしょうか。感想など頂けましたら、泣いて喜びます。

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