Summer Pockets #2   作:トミー@サマポケ

9 / 51
第九話 8月2日

 

 

 

 ……朝。

 

 いつもより少し早い時間に目が覚めた。

 

 まだ薄暗い天井を見つめながら、昨日の出来事を思い出していた。

 

 天善にされるがままベビーカステラを食わされ、その後の缶ケリにボロ負けした後、急に腹が痛くなって、しろはと夏海ちゃんに支えられながら帰宅した。

 

「俺、情けない……」

 

 全てを思い出したと同時に、ものすごい自責の念にかられる。

 

 ゆっくりと体を起こし、布団から出る。

 

 起き上がって腹をさすってみるけど、今のところ違和感はない。どうやら体調も回復したみたいだ。

 

「皆に迷惑かけちゃったし、せめて元気な姿を見せないと」

 

 そう考えながら早めに身支度を整えていた、その時。

 

 

「鷹原さーん、お腹の調子はどうで……あ」

 

 ちょうどズボンを履き替えていたタイミングで、夏海ちゃんがふすまを開けて顔を覗かせた。

 

「きゃあああーーー!」

 

 思わず叫ぶ俺。

 

「ご、ごめんなさーい!」

 

 すぱぁん、と綺麗な音を立てながらふすまを閉める夏海ちゃん。

 

「ご、ごめん。早めに目が覚めたから、着替えてたんだ」

 

「そ、そうだったんですね。お腹痛いの、治りましたか?」

 

「う、うん。もうバッチリ」

 

 しばらく、ふすま越しに夏海ちゃんと会話していた。

 

「ごめんね。もういいよ」

 

 着替えを終えて、改めて夏海ちゃんと顔を合わせる。

 

「夏海ちゃん、昨日は心配かけてごめんね」

 

 俺は誠意を込めて頭を下げる。

 

「はい。本当に心配しました」

 

「これからはドカ食いは禁止ですよ」

 

「うん」

 

 肝に銘じておこう……。

 

「あ、羽依里君。具合良くなった?」

 

 さっきの騒ぎを聞きつけてか、鏡子さんもやってきた。

 

「はい。ご心配おかけしてすみません」

 

 同じように頭を下げる。

 

「いいんだよ。それより、しろはちゃんも心配してたよ」

 

「はい。わかってます」

 

 皆に迷惑をかけてしまったし、神社に着いたら皆に謝ろう。

 

「それじゃ夏海ちゃん、ラジオ体操行こうか」

 

「はい!」

 

 

 その後は夏海ちゃんと一緒にラジオ体操へ向かう。

 

 その道すがら、少し気になったことを聞いてみる。

 

「そういえば、昨日の晩ごはんはどうしたの?」

 

「はい。しろはさん食堂に行きました」

 

「一人で? 大丈夫だった?」

 

「はい。蒼さん達が居て、お話ししました。楽しかったですよ」

 

「帰りはイナリさんが送ってくれましたし」

 

「そっか。それならよかった」

 

 

 神社の境内に到着すると、いつもの皆が居た。昨日心配をかけてしまったので、同じように頭を下げる。

 

「いや、無理矢理ベビーカステラを食べさせた俺も悪かった」

 

「天善は一度天善ゾーンに入ると、周りが見えなくなるからなー」

 

「まぁ、体調が良くなったのなら何よりだ」

 

「これからは気をつけなさいよー」

 

「全くです。蒼ちゃんに心配かけないでください。実は朝一番にお見舞い行こうとか言ってたんですから」

 

「だから藍、バラさないで―!」

 

 なんだかんだで、皆笑って許してくれた。本当にありがたい。

 

 

 

「よーしお前ら! 今日もラジオ体操を始めるぞー!」

 

 そこにラジオ体操大好きさんがやってきて、今日もラジオ体操が始まる。

 

「第二の体操! 横隔膜の振動だ! うるぁぁぁぁーーー!」

 

「「うるぁぁぁーーー!」」

 

 うう、空きっ腹に響く……。

 

「なんだかんだで、夕飯抜いてるもんなぁ……」

 

 

 

「さあ、スタンプを押すぞー」

 

 ラジオ体操が終わり、スタンプとログボを受け取る。

 

 今日のログボはまたまたバケツから。元気に動いているホタテだった。

 

 ホタテって冬のイメージなんだけど。鳥白島近海恐るべし。

 

「今日のログボも美味しそうですねぇ」

 

「そうだね」

 

 言ってから、どんなものもまず食材として見るようになってきた自分に気づく。

 

 夏海ちゃんも順調に島に染まってるみたいだ。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 帰宅後、さっそくホタテの調理方法について夏海ちゃんと話し合う。

 

「いくらなんでも、このホタテを生で食べるのはどうかと思います。鷹原さん、まだ病み上がりですし。そうですよね?」

 

「うん。それは重々承知しているよ……」

 

「では、今日のホタテはホタテチャーハンにすると言うことで、良いですね?」

 

 朝食がチャーハンなのは、もはや既定路線のようだ。夏海ちゃんもニコニコ顔だ。

 

「しっかり火を通しますから」

 

「いや、やっぱりバター焼きも捨てがたい……」

 

「まだそんなことを言ってるんですか? この家にはマーガリンしかないんですよ?」

 

「そ、そうだけど」

 

 ご近所でバターが余ってる家がないだろうか。と言っても、今から借りに行くわけにもいかないし。

 

「とりあえずじゃんけんしよう」

 

「……意味がわからないんですけど」

 

「……何もしないで諦めるのはいやだからさ」

 

「格好いいこと言ってますけど、鷹原さんが勝ってもマーガリン焼きですよ?」

 

「うん、わかってる」

 

「わかりました。それじゃ行きますよ! じゃーんけーん!」

 

 

「……なにやってるの、二人とも」

 

「あれ?」

 

 いざ勝負……というところで、玄関からしろはが覗いていた。

 

「その様子だと、お腹の調子よくなったみたいだね」

 

「ああ、心配させてごめん」

 

 居間に上がってもらって、とりあえず謝る。

 

「まったく。これからはドカ食い禁止だからね」

 

 夏海ちゃんと同じ事を言われてしまった。

 

「それで、何でじゃんけんやってたの?」

 

「朝ごはんのメニューのじゃんけんです」

 

「え、意味がわからないんだけど」

 

 とりあえず、これまでの経緯をしろはに説明する。

 

「……」

 

 ジト目で見られてる。明らかに呆れられているような。

 

「羽依里、ちょっと台所貸して」

 

 そして、俺達の手からホタテが奪い取られる。

 

「夏海ちゃん、エプロン借りるよ」

 

「は、はい」

 

 普段は夏海ちゃんが使ってるフリフリエプロンを、今日はしろはがつけて台所へ向かう。

 

 どうやら朝ごはんを作ってくれるらしい。

 

「チャーハンだって油を使うんだし、お腹には優しくないんだから。病み上がりなんだし、もうちょっと健康を考えて……」

 

 なんかブツブツ言ってる。

 

「しろは、調味料足りるか?」

 

「うん。あるもので作るよ。座って待ってて」

 

 言われた通り居間で待っていると、すぐに食材を炒める音がし始めて、やがて良い匂いが漂ってきた。

 

 

「おまちどうさま」

 

 数分後、俺たちの前には深めの皿に盛られた料理が出てきた。

 

「えっと、これは?」

 

「ホタテのリゾット風」

 

「リゾット風?」

 

「……冷たいご飯を使って作ったからリゾット風。洋風雑炊みたいなもの」

 

「美味しそうだな」

 

 ……この家にある調味料でこんなものができるなんて思わなかった。あまり意識しないけど、しろはは洋食も得意なんだな。

 

「少し牛乳も入ってるし、消化に良いように柔らかくしてあるから」

 

「羽依里は昨日の晩ごはん食べてないだろうけど、病み上がりだし。これくらいが胃に優しいと思う」

 

 俺のことを思って作ってくれたのか……その愛情に嬉しさがこみ上げる。

 

「冷めないうちにめしあがれ」

 

「それじゃ、いただきます」

 

「いただきまーす」

 

 ホタテの旨味がご飯全体を包み込んでいて味が良く、身の歯ごたえもアクセントとしてしっかりと残っていて、絶品だった。しろはの言う通り、胃に優しい料理だった。

 

「夏海ちゃん、今日一日は羽依里が脂っこいものや冷たいもの食べないよう、見張っててね」

 

「わかりました!」

 

「いや、そこまで徹底しなくても大丈夫と思うんだけど……」

 

「羽依里、何か言った?」

 

「いいえ」

 

 しろはさん、顔が恐いです。

 

 

 

「……それじゃ、私はこれで」

 

 俺達が朝食を食べるのを見届けると、しろはは帰っていった。もっとゆっくりしていけばいいのに。

 

 食後はいつものように夏海ちゃんと向かい合って宿題をする。

 

「羽依里君、勉強中に悪いんだけど、ちょっといいかな」

 

「はい、なんでしょう?」

 

 もう少しで今日の分が終わる……という所で、鏡子さんから声をかけられた。

 

「また買い出しを頼みたいんだけど」

 

「港ですか? 構わないですよ」

 

「ありがとう。必要なものはこれに書いてあるから」

 

 鏡子さんからメモを受け取る。メモの中身は、例によってインスタント食品とか、調味料の類だ。

 

「サラダ油とか、一升瓶のお醤油とかあるから、バイクで行った方が楽だと思うよ?」

 

「わかりました」

 

 結構な荷物になりそうだし、バイクの荷台を使わないと運べないかもしれない。

 

「と言うわけで夏海ちゃん、宿題が終わったらちょっと港に行ってくるよ。留守番お願いできるかな」

 

「わかりました。MDでも聞いてます」

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 宿題が終わった後、バイクで港に行って買い出しを済ませる。

 

 大き目の段ボール箱をもらって、買った品物をその段ボールに入れてから、バイクの荷台に固定する。

 

 さあ、戻ろうかな……と思ったところで、遠くに小さな店が出ているのが見えた。

 

 いや、店と呼んでいいのかもわからない。申し訳程度の日よけが出ていて、その下にビニールプールが置いてある。

 

 食べ物を売っているような感じではないし、何より無人のように見える。

 

「なんだろ、あれ……」

 

 気になったので、荷物を乗せたバイクを日陰に移動させてから、お店の方に行ってみる。

 

 

 

「ポン!」

 

「あれ?」

 

 誰もいないと思っていたら、イナリが店番をしていた。

 

「お前、何売ってるんだ?」

 

 近づいてみると、ビニールプールには水が張ってあって、その中にカラフルな丸い物体が大量に浮いている。

 

「ヨーヨー釣りか」

 

「ポン!」

 

 良く見ると『釣り竿一本200円。紐が切れるまで何回でも取り放題』と書かれた看板も立てられている。

 

「せっかくだし、挑戦してやるよ」

 

「ポンポンー!」

 

 まいどありー、と言った感じで、器用に尻尾で小銭を受け取り、カゴに入れる。

 

 続いて、同じように尻尾で小さな釣り竿を渡してくれた。

 

「お前、器用だよな……」

 

 釣り竿はというと、縁日でよく見る、糸の部分が紙のコヨリで作られた釣り竿だった。

 

 そして俺はビニールプールの前にしゃがみ込む。

 

「よし、たくさん取ってやるぞ」

 

 適当に目についた青いヨーヨーに狙いを定め、持ち手のゴムの部分に釣り竿の針を引っ掛ける。

 

「……それ!」

 

 できるだけゆっくり持ち上げたつもりだったけど……ぷちん、と音がして糸が切れてしまった。

 

「あれ?」

 

「ポンー」

 

 残念ー。と言われた気がした。

 

 ……力を入れ過ぎたのかな。子供の頃に比べて今は力も強くなってるから、微妙な力加減が必要なのかも。

 

「ポンポン!」

 

「え、今なら100円でもう一回チャンス?」

 

「ポン!」

 

「よし、やってやろう」

 

「ポンー」

 

 再びイナリから釣り竿を受け取って、もう一度チャレンジ。

 

 今度はできるだけ力を入れ過ぎないように……。

 

「よし、持ち上がっ……」

 

 ぽちゃん、と再び水しぶきが起こる。今度のはさっきのと比べて、糸が弱かった気がする。

 

「くっそおおおおお」

 

「ポン?」

 

 もうあきらめるのかい? と言われた気がした。

 

「イナリ! ワンモアだ!」

 

「ポンー」

 

 

 

 ……そんなこんなで、実に600円を費やして青いヨーヨーをゲットした。

 

「な、なにやってんだろう俺」

 

 終わった後で、ものすごい後悔が襲ってきた。

 

 お祭りテンションと言うんだろうか。冷静に考えたら割に合わないはずなのに、どうしてもやめられなかった。

 

「うああああーーー」

 

「ポン……」

 

 頭を抱えている俺の右足に、イナリが前足を置いてくれる。慰めてくれてるんだろうか。

 

 ……こういう時はあれだ。思いっきり身体を動かしたり、大声を出して、気持ちを紛らわせるに限る。

 

 折角だし、苦労の果てに手に入れたヨーヨーにも一役買ってもらうことにしよう。

 

 

 俺は現実逃避を兼ねて、想像を膨らませる。

 

 そう。さしずめ俺は……とある漫画の主人公だ。

 

 宇宙からやってきた巨悪を打ち倒す、人類の希望だ。

 

 ゴムでできた紐を右手の指に絡めた状態で、ヨーヨーを両手で上下に挟む。その両手を身体の右側に持って来る。

 

 そして俺は必殺技の名前を叫ぶ。

 

 

「かめは……めーーーー!」

 

 

「そこで撃っちゃうんだ!?」

 

 ……俺は両手を前方に押し出した格好で固まった。

 

 そして声のした方を見ると、鴎がいた。

 

 やばい……見られた……恥ずかしい……。

 

 ……穴があったら羽依里たい。羽依里だけに。

 

「や、やっほー、羽依里」

 

 鴎もしまったと思ったのか、努めていつも通りのあいさつをしてくれる。

 

「おう、かもめぇ」

 

 俺も格好を正し、務めて平静を装った。たぶんできてなかったと思うけど。

 

「こ、こんな所でどうしたんだ?」

 

「今日はね、おかーさんと役所に用事なの」

 

「おかーさん?」

 

 見ると、鴎の隣には一人の女性が立っていた。

 

 ……あれ。この人どこかで……?

 

「こんにちわ。この間は港でお世話になりました」

 

「……ああ、あの時の!」

 

 ……思い出した。何日か前に船に乗り遅れそうになってた人だ。

 

「おかーさん、羽依里を知ってるの?」

 

「あ、この人が羽依里さんなのね」

 

「どうも、鷹原羽依里です」

 

「久島鷺です。娘の鴎がいつもお世話になっています」

 

 とりあえず自己紹介をする。

 

「あの、今日は妹さんはいないのですか?」

 

「え、妹?」

 

「ほら、この間港で一緒にいて、船を止めに走ってくれた子です」

 

 あ、夏海ちゃんのことか。

 

「あの子は妹じゃなくて、親戚の子で」

 

「あら、ごめんなさいね。てっきり妹さんかと」

 

「そういえば、今日はなっちゃんと一緒じゃないんだ。珍しいね」

 

「今日は港に買い出しに来てたからさ……」

 

 

 その後はしばらく、久島親子とその場で立ち話をした。

 

 おかげで、ヨーヨーがらみの恥ずかしい一件は俺の頭から吹き飛んでいた。

 

 

 

「それでは鷹原さん、失礼します」

 

「またね、羽依里!」

 

 二人が仲良く並んで去っていった。

 

 しかし、あの人が鴎の母親なのか。

 

 港で会った時、誰かに雰囲気が似てると思ったんだけど……まさか鴎だったとは。

 

 

 

「……あれ? 羽依里さんじゃないですか」

 

 二人が去った方を眺めていたら、別の方向から声をかけられた。

 

「その声は、藍か?」

 

 振り向くと藍が居た。

 

 ラジオ体操の時は普通の髪型だったはずだが、今の藍は髪をトンボ玉と紐で結って、サイドポニーにしている。

 

 そして肌を日差しから守るためか、白い日傘を傘を差していた。

 

「イナリ、きちんと店番してますか?」

 

 どうやらイナリが店番できているかどうか、見に来たみたいだ。

 

「ポン! ポン!」

 

 イナリは満足げにカゴを指し示している。

 

 蒼はそのカゴに入った小銭と、俺が手に持っているヨーヨーを交互に見て、一言。

 

「いいカモを見つけたみたいですね」

 

「なんだって?」

 

「なんでもありません。それより羽依里さん、向こうに怪しい人がいるんです。ちょっと一緒に来てくれませんか?」

 

「え、怪しい人?」

 

「はい。男の子なんですから、お願いします」

 

「わ、わかった」

 

 

 

 

 藍に案内されて港のはずれにやってくる。ヨーヨー釣りは無人販売にして、イナリも同行する。

 

 見ると、カラスみたいな真っ黒い服を着た男が居た。かなり暑いだろうに、長袖だ。

 

「た、確かに怪しい」

 

 この暑いのに長袖と言う時点で既に怪しい。やっぱりやめようか。

 

「ちょっと藍、押さないで。日傘の先で突かないで。痛いから」

 

 藍はそんな俺の気持ちを察したのだろうか。激しく背後から押してくる。

 

 そして俺はその男の前に立つ。

 

「あ、あの、何してるんですか?」

 

「ん……?」

 

 男が顔を上げる。銀髪で目つきが鋭い。

 

「……何をしているように見える?」

 

 いや、わかりません。

 

「これだ」

 

 俺が返答に困っていると、男はズボンのポケットから赤い帽子をかぶった手のひらサイズの人形を取り出す。

 

「人形?」

 

「ああ。お前達、俺の人形劇で大いに笑っていかないか? お代は見てのお帰りだぞ?」

 

「人形劇ですか?」

 

 人形劇っていうとあれだろうか。糸で吊ったり、棒で動かす感じの。

 

「あんたは旅芸人か何かなのか?」

 

「ああ。一応な」

 

「……随分愛想のない旅芸人ですね」

 

「ほっといてくれ。で、見るのか? 見ないのか?」

 

 『お代は見てのお帰り』と言うことは『見て気に入ったら後でお金を払ってください』と言う意味だ。

 

 なんだかんだで藍も興味はあるみたいだし、見るだけ見てみるのもいいかもしれない。

 

「じゃあ、見せてくれ」

 

 そういったものの、自称旅芸人の周囲には人形劇をやるような大がかりな仕掛けはない。どこか場所を移動するのだろうか。

 

「よし。驚くなよ」

 

 するとその旅芸人はどこに行くこともなく、持っていた人形をそのまま地面に置く。

 

「……動け!」

 

 そして、その人形に手をかざすと……力なく横たわっていた人形がむくっと起き上がり、ぴょこぴょこと歩き出した。

 

「おお!?」

 

「え?」

 

「ポン!?」

 

 俺達はそろって驚嘆の声をあげる。

 

「どうだ。すごいだろう」

 

「ポン! ポーン!」

 

 特にイナリは大興奮で、信じられないものを見るような目で人形を見ている。

 

「どうやって動かしてるんだ? 電池でも入ってるのか?」

 

「法術だ」

 

「ほうじゅつ?」

 

 人形はとことこと歩いて、藍の足元までやってくる。藍はそれをてのひらに乗せてじっくりと観察する。

 

「……糸もついてないのに不思議ですね」

 

「俺の家系は、代々これを生業にしているんだ。その人形は、俺の大事な相棒で、商売道具だ」

 

「この人形、分解してみていいですか?」

 

「話を聞いてなかったのか。やめてくれ。大事な商売道具なんだ」

 

 人形は藍の手から逃げる様に飛び降りて、旅芸人の足元へ戻る。

 

 そこにイナリがちょっかいを出すが、人形はそれを機敏な動きで避け続ける。

 

「ところで、お前らはカップルなのか?」

 

「「違います」」

 

 二人揃って、速攻で否定する。

 

「なんだ、違うのか……まあいい。面白かったろう。そろそろ見物料を払ってくれ」

 

「あー……その、確かにすごいとは思ったけどさ……」

 

「別段面白くはなかったです。むしろオチがないですし、中途半端な感じがすごいんですけど」

 

「タネも仕掛けもないのに動いてるんだぞ? すごくないか?」

 

「いや、すごいだけで面白くない」

 

「全くです。糸で釣ってるのが見え見えでも面白い方がいいです」

 

 面白おかしく動くわけでもなくただ歩くだけ。感動させるお話がついてるわけでもないし、人形を動かしている本人に愛想がないってのも問題だよな。

 

「マジか……」

 

 男は大きなため息をついてうなだれる。それと同じように人形は力なく地面に横たわり、動かなくなる。

 

「ポンー」

 

 イナリは寂しそうに、動かなくなった人形を前足でつついている。

 

「またダメだったか……俺はいつになったら船賃を稼いで、この島を出ていけるんだろうな」

 

 遥か海の彼方を見つめ、黄昏てしまった。

 

「なぁ、それってつまり……」

 

「ああ、この島に着いたところで金が底をついたんだ。帰りの船賃すらない」

 

「アホですね」

 

「……お前の彼女、めっちゃ口が悪くないか?」

 

「さっきも言ったけど、俺の彼女じゃないからな」

 

「それで、生業の人形劇で金を稼ごうとしたんだが……さっきみたいな調子でな。全く稼げないんだ」

 

「あの人形劇じゃそうだろうな……もっとこう、心から感動できるものじゃないと」

 

「そう言われてな……具体的にどうすりゃいい?」

 

 いや、俺にも具体案なんて……。

 

「そうだ、あんたはその人形以外のものは動かせないのか?」

 

「いや、大きさにもよるが、よほど大きくない限りは大体動かせる」

 

「マジックとかでよくあるだろ。観客の持ってる品物を使う手だよ」

 

「なるほどな。客の持ち物を動かせば、驚きもひとしおというわけか」

 

「そうそう。練習がてら、このヨーヨーでも動かしてみないか?」

 

「よし、まかせろ」

 

 俺はずっと持ってたヨーヨーを渡す。旅芸人はそれを地面に置き、手のひらをかざす。

 

 するとヨーヨーがひとりでに飛び跳ねだした。

 

「おお、やっぱりすごいな」

 

 しかし、ヨーヨーが勝手にびょんびょん飛び跳ねている光景は、かなりシュールだった。

 

「ストップ、どっちかって言うと恐くなってきた」

 

「そうだな。動かしてる俺も妙な恐怖感を感じてたところだ。こいつはダメだな」

 

 動かなくなったヨーヨーは、再び俺の手元に戻ってくる。

 

「他に動かせそうなものは……その日傘はどうだ」

 

「良いですけど……壊さないでくださいよ?」

 

 藍はいぶかしげな目をしつつ、旅芸人に日傘を渡す。

 

「よし……動け!」

 

 旅芸人が手をかざすと、日傘も動き出す。

 

 日傘が直立し、これもぴょんぴょん飛び跳ねる。どっかで見たことある光景だと思ったら、お化け屋敷で出てくる傘お化けのそのものだった。

 

「夢に見そうです。返してください」

 

 藍も同じものを想像したんだろう。これも駄目のようだ。

 

「そうだ、あんたのその髪留めとかどうだ?」

 

「は? これは絶対触らせません」

 

 両手で髪飾りを庇いながら、一気に数歩後ずさった。確かあのトンボ玉は蒼にもらったやつだって言ってたっけ。そりゃ無理ってもんだろう。

 

 結局、人形以外のものを動かそうという取り組みは微妙な結果に終わった。

 

 

「それじゃ、旅芸人さんも頑張ってください。羽依里さん、帰りますよ」

 

「ま、待ってくれ」

 

 そんな俺達を、旅芸人が必死に呼び止める。

 

「嫌です」

 

「どこかの甘党さんみたいなこと言わないでくれ。そうだ。せめてお客になりそうな奴を探してきてくれないか?」

 

「むー……仕方ないですね。少し待っていてください」

 

 一度関わった手前、見捨てるのも酷に感じたのか……藍は俺とイナリをその場に残してどこかへ行ってしまった。

 

 ……あれ、これはもしかして、体よく逃げられたんじゃないか?

 

 

 

 その後、旅芸人の男と二人、無言の時間が過ぎる。

 

 時々旅芸人が気まぐれに人形を動かすと、それにイナリが反応して遊びだす。

 

「畜生に気に入られてもな……こいつが金をくれるわけじゃないし」

 

「ところで、なんであんたはこの島に来たんだ?」

 

 沈黙に耐えかね、旅芸人に質問をする。

 

「もともと、旅をしていたんだ」

 

「自分探しでもしているのか?」

 

「まぁ……探し物をしていることには違いないが」

 

 言いにくいものなんだろうか。まぁ誰にだって秘密はあるし、無理に詮索する必要もないよな。

 

「この島なら観光客がたくさん来るから、儲けられると思ったんだ」

 

「下心丸出しだったわけな」

 

「まぁ……そうなるな。生活のためだ」

 

「それで、この島に着いたところで路銀が底をついたと」

 

「ああ。情けない話だがな……」

 

 島の洗礼を受けたわけか。なんだかんだで、この島はよそ者に厳しい時があるからな。

 

 この手の身の上話は信用できないものが多いって言うけど、この旅芸人の話からは何とも言えない危機感が感じ取れた。

 

 ここが本土なら歩いてでも次の町に行けるだろうが、島だからそういうわけにもいかない。船に乗れないことには、本当にどうしようもない。

 

 いっそ、船賃くらい出してやろうか……そんなことを考えていると、のみきがやってきた。

 

 

 

「役所の者だ。港で島民以外の者が無許可で商売をしていると聞いてな」

 

 まさか藍の奴、通報したのか。

 

「港での無許可の商売は禁止をされている。やめてもらおう」

 

「止めたいのは山々なんだがな……」

 

「のみき、なんだか訳ありらしいぞ」

 

「って、鷹原じゃないか」

 

 警戒心むき出しだったのみきだが、俺の姿を見て少しだけ態度が軟化する。

 

 その様子を見て、旅芸人はこれまでのいきさつを簡単にのみきに説明した。

 

 

「そうか、船賃を稼ぐために、人形劇をな……」

 

 そして、のみきにも人形劇を見てもらう。

 

「しかし、これではな……」

 

 のみきは憐れむような顔をしている。

 

「そうだ。のみきにもこの人形劇を面白くするために、協力して欲しいんだけど」

 

「なに、私もか?」

 

「そうだ。のみきの水鉄砲を人形が避けて回るのはどうだろう」

 

「なるほど。激スリリングな展開で観客を引き込もうって魂胆だな」

 

 旅芸人の方も乗り気のようだ。

 

「というわけで、早速練習しよう」

 

「し、仕方ないな……」

 

 やれやれ、といった感じで、のみきは少し離れた場所からハイドログラディエーター改を構える。

 

 俺はそんなのみきと人形の中間に立ち、指示役をかって出る。

 

「のみき、出力は最低にしておいてくれよ!」

 

「当然だ」

 

「ところで旅芸人、その人形はさっきみたいに動いて避けてくれるんだろう?」

 

「もちろんだ。しかし、そこまで離れる必要があるか?」

 

「なに?」

 

「たかが水鉄砲だろ? 仮に当たっても人形が水浸しになるだけじゃないのか」

 

「のみきの水鉄砲は特別だから。旅芸人は避ける事だけに集中してくれ!」

 

「わかった」

 

「では、行くぞ?」

 

「ああ。いつでも来い」

 

 ……のみきがハイドログラディエーター改の引き金を引く。

 

 ……ふっとばされる人形。

 

「マジか。なんつー威力だ……」

 

「イナリ! 取ってこーい!」

 

「ポーン!」

 

 俺はとっさにイナリに指示を出し、人形の回収を命じる。

 

 しばらくして、水浸しになった人形をくわえてイナリが戻ってきた。

 

「……すまない」

 

「いや、のみきは気にしなくていい。もう一度行くぞ、旅芸人!」

 

「ああ、リトライだ」

 

「よし、いくぞ!」

 

 さっきの一撃で多少はコツを掴んだのか、今度は一回、二回とのみきの水流攻撃を回避していく人形。

 

「おお、いい感じじゃないか」

 

「あ」

 

 ……またふっとばされた。

 

「イナリ!」

 

「ポンポーン!」

 

 再びイナリに指示を出し、人形を拾ってきてもらう。

 

「どんどん人形が水を吸って重くなってやがる。これは無理だな」

 

 旅芸人が人形を思いっきり絞る。ボタボタと水がしたたり落ちる。

 

「うーむ」

 

 のみきと人形の水鉄砲パフォーマンスは、極めれば最高のショーに成り得るポテンシャルを秘めてはいるが、一朝一夕でできるものではなさそうだ。

 

 俺達は途方に暮れる。

 

 

 

 ……そこに藍が天善と紬を連れて戻ってきた。

 

「良かった。藍は逃げたわけじゃなかったんだな」

 

「何の話ですか?」

 

「いや、なんでもない」

 

 やってきた二人にも事情を説明し、人形劇を見てもらう。反応はやっぱり微妙で、一様に真顔だった。

 

「ところで、どうしてこの人形は濡れてるんですか?」

 

 藍はその場にしゃがみ込み、濡れて動きが悪くなっている人形を指でつついている。

 

「気にしないでくれ。そのうち乾くと思うから」

 

 一度絞ってたし、これだけ暑ければすぐに乾くだろう。

 

「そういえば、紬ちゃんにぬいぐるみを持ってきてもらったんですけど」

 

「マジか」

 

「マジです。他のものも動かせるようでしたし、人形を変えてみてはどうですか?」

 

「人形を変える……その手があったか。どれだ?」

 

「はい、これです!」

 

 紬が旅芸人に手渡したのは、妙に腕の長いナマケモノのぬいぐるみ。以前灯台で、夏海ちゃんが選ばなかったほうだ。

 

「さっそく動かしてみよう」

 

 見た目はお世辞にも可愛いとは言えないが、案外動かしてみると愛嬌のある動きをするかもしれない。

 

「よし、動け!」

 

 ……ナマケモノが動き出すが、力の入り方がおかしいのか、ぐにょんぐにょんと妙な動き方をする。

 

「おおー、ナマケモノさんが動き出しました! すごいです!」

 

 紬は感動しているが、他の皆は明らかに引いてる。

 

「なんだ? 相性が悪いのか?」

 

「これもダメか……」

 

「悪いがお嬢ちゃん、返すぞ」

 

 旅芸人はナマケモノを動かすのをやめ、紬に返す。

 

「いえ、お近づきの印に、このナマケモノさんは差し上げます!」

 

「いや、いらない」

 

「差し上げます!」

 

「いらない」

 

「差し上げます!」

 

 どっちも引かない。

 

「わかったよ。受け取ってやる」

 

「はい! どうぞ!」

 

「と、みせかけて! とう!」

 

 旅芸人がぬいぐるみを受け取った直後、どむ!と鈍い音がして、ナマケモノがはるか向こうに蹴っ飛ばされた。

 

「むぎゅ~~~!」

 

「……イタリアサッカーリーグもびっくりだぜ」

 

「イナリ! 取ってこーい!」

 

「ポンポーン!」

 

 俺は反射的にイナリに指示を出し、ナマケモノのぬいぐるみを拾ってこさせる。

 

 しばらくすると、ずるずるとぬいぐるみを引きずりながら戻ってきた。引きずったせいか、さっきより腕が伸びてしまった気がする。

 

「どうすんだこれ」

 

「自業自得だな。諦めて受け取ってやってくれ」

 

「わかったよ……」

 

 のみきに言われた旅芸人は観念した様子で、今度こそナマケモノのぬいぐるみを受け取った。

 

「……結局、打つ手なしか」

 

 ナマケモノを背中に背負った旅芸人が絶望に打ちひしがれている。かける言葉もない。

 

 

「ん、旅芸人。お前はどんなものでも動かせると言ったな」

 

「え? ああ」

 

 その時、一歩前に踏み出したのは天善。

 

「これは動かせるか」

 

 そして取り出したのは卓球のラケット。

 

「……ああ、動かせるぞ」

 

 旅芸人が受け取ったラケットに力を込めると、ひとりでに動き出した。

 

「おお」

 

 相性がいいのか、元々が軽いからか、サクサクと機敏な動きを見せるラケット。

 

「良い動きじゃないか。行くぞ」

 

 天善がもう一本のラケットと、ピンポン玉を取り出す。

 

 そして卓球を始めた。

 

 天善がサーブを打つ。旅芸人の無人ラケットが打ち返す。

 

「ほう。これは」

 

 天善が返す。旅芸人が打ち返す。

 

 再び天善が返す。また旅芸人が打ち返す。

 

 段々とラリーのテンポが上がっていく。ピンポン玉の動きが激しくなるが、旅芸人が動かすラケットもしっかりついてくる。

 

「夢のラリーマシーンのようだ……天善天善天善天善!」

 

 天善のテンションがどんどん上がっていく。

 

「……なぁ、こいつはこんなキャラなのか?」

 

「ああ、天善はそんなキャラだ」

 

「マジか……」

 

「そうなったらなかなか元には戻らん。旅芸人、もう少し付き合ってやってくれ」

 

「わ、わかった」

 

 よくまぁコンクリートの上で卓球ができるもんだと、旅芸人と天善が卓球をする様子を眺めていた。

 

「そういえばタカハラさん、お腹の具合は良くなりましたか?」

 

「紬も心配かけちゃったね」

 

「はい、いっぱいいっぱい心配しました」

 

「ごめん」

 

 紬にも誠心誠意謝っておいた。

 

「カイキ祝いに、今度またシズクのザラメを使ってワタアメパーティーやりましょう!」

 

「え」

 

 それはそれで胃に悪そうな。

 

「甘いワタアメばかりだといけないので、ブラックなコーヒーも用意します!」

 

「う、うん。楽しみにしているね」

 

 胃に悪そうなもののダブルパンチだ。実現しないことを祈ろう。

 

「……奥義! 舞卦処撥斗! ちょれぇぇぇぇぇい!」

 

「ぐは……」

 

 直後に物凄い音がした。どうやら旅芸人の方が動かしていたラケットが、天善の必殺技に耐えきれず破壊されたようだ。

 

 ……舞卦処撥斗って、そんな強力な技だったっけ?

 

「……はっ」

 

 そして、天善が正気を取り戻した。

 

「ありがとう。いいトレーニングになった」

 

「そ、そうか……お代は気持ちでいいぞ」

 

 旅芸人も肩で息をしている。法術とやらでラケットを動かすのも疲れるんだろう。

 

「ああ。せめてもの気持ちだ。受け取ってくれ」

 

 俺の見間違えじゃなければ、漱石さんを渡していた。

 

「マジか」

 

「ああ、ほんの気持ちだ」

 

「なんにしても助かった。これで島を出られる」

 

「商売成立みたいになってるけど……のみき、良いのか?」

 

「この際、目を瞑ろう。この場所から離れてくれるなら、役所の人間としては何も言うことはないしな」

 

「タビゲーニンさん、これで帰れますね!」

 

 ちなみに紬、タビゲーニンってのは名前じゃないからな。

 

「元気でな、旅芸人。また来ることがあったら是非トレーニングに付き合ってくれ」

 

「……次に来る機会があれば、きちんと役所の許可を取るんだぞ」

 

「むしろ、もう来ない事をおススメします」

 

「その……頑張れよ。色々と」

 

「ああ。世話になったな」

 

 皆に見送られ、旅芸人はお昼の船で帰っていった。随分と変わった奴だった。

 

「私達も帰りましょう。もうお昼ですし」

 

「そうだな」

 

 俺たちも解散となり、俺はバイクで港を後にした。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「ただいまー」

 

 ヨーヨーと買い出しの荷物を持って帰宅すると、夏海ちゃんが居間で寝ていた。

 

「あれ? 昼寝なんて珍しいな……」

 

 お腹出しちゃってるし。あーあ。

 

 タオルケット持ってきてかけてあげると、その拍子に目を覚ましてしまった。

 

「……あ、ごめんなさい。寝ちゃってました」

 

「いいよ。俺も今帰ってきたところだから」

 

「え、今ですか? ずいぶん遅かったんですね」

 

「うん。まぁ……色々とあってね」

 

「色々ですか?」

 

「そう。色々……人形とか、ヨーヨーとか」

 

「ヨーヨーって、手に持ってるそれですか」

 

「うん、イナリが売ってたんだ」

 

「え、イナリさんが?」

 

「ほとんど無人販売みたいなものだったけどね……」

 

「いくらで買ったんですか?」

 

「え、それ聞く?」

 

「……気になったもので」

 

「……600円」

 

「600円!?」

 

 夏海ちゃんも思わず大きな声が出る。

 

「鷹原さん、600円って言ったらあれですよ。かき氷6杯分ですよ? しろはさん食堂なら、海鮮親子丼が食べられますよ?」

 

「うん……わかってるよ……」

 

「あれだよ。自分で自分を止められなくなっちゃったんだ。お祭テンションってやつ」

 

「あ、それわかります。蛍光塗料で光る腕輪みたいなの、買っちゃうんですよね」

 

「うんうん。そういう感じ。次の日には飽きて、部屋の隅に転がってるんだよね」

 

「ですです」

 

 ……そんな話をしていると、お腹が鳴った。

 

「夏海ちゃん、お昼ご飯は?」

 

「あ、まだです」

 

 よし、気を取り直してお昼にしよう。

 

 お昼は買ってきたカップうどんの中から、ちからうどんをチョイスする。

 

「ちょっと待ってください鷹原さん。まさか、しろはさんとの約束を忘れたわけじゃないですよね? 脂っこい食事は……」

 

「モチなら消化も良いし、胃腸に優しいんじゃないかと思って」

 

「……カップうどんの時点で色々と問題ありそうですけど」

 

「他に食料もないしさ」

 

 すでにお湯も入れてしまっている。後2分ほどで完成だ。

 

「うー……わかりました」

 

 というわけで、ちからうどんを堪能した。大きなモチがおつゆと纏って、とっても美味しかった。

 

 

 

 昼食を終えると、暇になる。

 

「ねぇ、夏海ちゃん」

 

「行きましょう!」

 

「……まだ何も言ってないけど」

 

「え。駄菓子屋じゃないんですか?」

 

 そうだけど……先に言われて、なんか悔しい。

 

「かき氷でも食べに行こうよ」

 

「いいですけど、鷹原さんはかき氷食べちゃダメですよ? しろはさんとの約束があるんですから!」

 

 冷たい物もダメなのか……それでも、駄菓子屋まで行けば何かあるだろうと思い、足を運ぶことにした。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「くーださーいなー」

 

「あ、いらっしゃーい」

 

 夏海ちゃんと一緒に駄菓子屋に到着すると、蒼が出迎えてくれた。

 

「あれ? 朝と髪型違わないか?」

 

 ラジオ体操の時は普通だったのに、今見るとサイドポニーになってる。藍とはちょうど結ぶ位置が反対だ。

 

「藍にさせられたの。藍ってば、しょっちゅうあたしの髪弄ってくるの」

 

 後ろの方を指さす。奥の座敷は入口が開け放たれていて、そこに藍が座っていた。

 

「だって、蒼ちゃんの髪はいい匂いがしますから」

 

「理由になってなーい!」

 

 怒っているようで、どこか嬉しそうだ。やっぱり仲がいいよな。

 

「ところで蒼さん、かき氷一つ欲しいんですけど」

 

「いいわよ。何味?」

 

「それじゃ、氷メロンください」

 

「了解。ところで、羽依里はいいの?」

 

「ああ、ちょっと訳ありでさ。棒ゼリー3本もらっていいか?」

 

「ふーん……深くは聞かないようにするわね。全部で160万円よ」

 

 代金を支払い、俺は棒ゼリーを探しに店の中へ。

 

「そういえば藍、結局午前中の出店ってどうだったの?」

 

 蒼が氷をかき氷器にセットしながら、背中越しに藍と会話する。

 

「ヨーヨー釣りですか?」

 

「そうそう。さすがにヨーヨーは売れなかったでしょー?」

 

「一つだけ売れましたよ。売り上げは600円です」

 

「へー、一回200円だから、何回も挑戦したってことね」

 

「そのようですね」

 

「きっと熱くなったのねー。わかるわー」

 

「わかってくれるか……」

 

「へ? 羽依里、なんか言った?」

 

「あ……いや、なんでもない」

 

 俺は棚から棒ゼリーを3本を手に取る。これならお腹に優しいだろう。

 

「イナリさん、昨日の夜はありがとうございました」

 

「ポン!」

 

 店の外に出るとイナリが居て、夏海ちゃんが昨日のお礼を言っていた。

 

「イナリも無事に役目を果たしたみたいねー」

 

「はい! 頼もしかったです!」

 

「ポン!」

 

「蒼ちゃん、ついでに私にもかき氷もらえますか」

 

「いいわよ。何味?」

 

「抹茶みるくでお願いします」

 

「少し待っててねー」

 

「え、抹茶みるく? そんなメニューあるの?」

 

「まだ試作品なの。普通のかき氷と色々違うから」

 

「そうなんだな……」

 

 抹茶みるく、気になる……今度頼んでみようと考えつつ、棒ゼリーを手にベンチに向かう。

 

「あれ? なんだこれ?」

 

 すると、ベンチには空の瓶と無数の木片、更に接着剤が置いてあった。

 

「どうしたんですか?」

 

 俺の声に反応して、夏海ちゃんもやってきた。

 

「プラモデル……じゃないよな。木だし」

 

「蒼さん、これなんですか?」

 

「え? ああ、それ?」

 

 ちょうど蒼が氷メロンを持ってやってきた。

 

「問屋さんがサンプルに置いて行ったんだけど、プラモデルの一種みたいなの」

 

「あ、やっぱりプラモなのか」

 

「是非お店に飾って欲しいんだって」

 

「バラバラだけど?」

 

「そりゃ、未完成だしねー」

 

「蒼さんが作ってるんですか?」

 

「あー、えーっと、おばーちゃんに作るよう頼まれて……一応説明書もあるんだけど、その、難しくて……」

 

「蒼、もしかしてこういうの苦手?」

 

「……うん」

 

 プラモデルとなると、女の子には難しいかもしれない。

 

「羽依里、男の子なんだし、こういうの得意じゃない?」

 

「えっ、俺?」

 

「得意よねー?」

 

 すごい笑顔なんだけど。

 

「……おう、任せてくれ」

 

 正直なところ自信はないけど、やれるだけやってみよう。あの笑顔で言われたら断れない。

 

 

 

 ……10分後。

 

 

 

「……これ、不良品だろ」

 

 俺はゼリー食べるのもそこそこに、目の前の木片に取り掛かったが、結果は散々だった。

 

「……」

 

 夏海ちゃんもベンチの反対側に座ってかき氷を食べながら、心配そうな顔をしていた。

 

「うーん、ここがこうだから、この部分がこうなって……?」

 

 説明書片手に試行錯誤していくうちに、これが船の模型であることはわかった。

 

 一応それらしい部品同士を接着剤でくっつけてみたけど、形がいびつだ。隙間だらけだし、すぐ沈みそうだ。

 

「……まるで沈没船か、幽霊船みたいですね」

 

 船底の板の長さが違うからか、船全体が傾いてるし、マストもまっすぐ立ってない。夏海ちゃんの表現も言い得て妙だ。

 

「説明書見ても、組み立て方がよくわからないしな……これ本当に作れるのか?」

 

「そーよねー……この空き瓶も意味が解らないし」

 

 俺達の制作活動を見守っていた蒼も半分諦め顔で、空き瓶を太陽の光にかざして遠い目をしている。

 

 ちなみに藍は我関せずと言った様子で、座敷の入り口で抹茶みるくを堪能していた。

 

 

「くーださーいなー」

 

 作業が暗礁に乗り上げていたその時、スーツケースを引きながら鴎がやってきた。

 

「あ、いらっしゃーい」

 

 お客が来たので、蒼が仕事に戻る。

 

「かき氷ください」

 

「何味?」

 

「イチゴ。練乳もお願いします」

 

「あれ、今日はメロンじゃないのか?」

 

「たまにはメロン以外も食べるよ」

 

「はい。10円増しで110万円よ」

 

「はい、110円」

 

「109万9890円足りないわよ」

 

「足りない分は羽依里につけといて」

 

「わかったわ。すぐ作ってくるからちょっと待ってて」

 

 至って自然な流れで、多額の借金を背負わされてしまった。

 

「羽依里もかき氷食べる? おごっちゃうよ?」

 

「いや、俺はいいよ」

 

「あ、もしかしてまだお腹の調子悪い?」

 

 ……そういえば、鴎にはまだ謝って無かったっけ。

 

 午前中に港で会ったけど、あの時は母親もいたし、タイミングを逃してた感じだ。

 

「いや、腹の調子はもう大丈夫……心配かけてごめんな」

 

「ううん。治ったんなら良いんだよ」

 

 笑顔で許してくれた。

 

「鴎こそ、母親との用事は終わったのか?」

 

「うん。午前中で終わって、おかーさんは本土に帰ったよ」

 

「そうなのか」

 

「うん。忙しいからしょうがないよね……なっちゃん、隣いいかな?」

 

「はい!」

 

「……あれ?」

 

 鴎が俺と夏海ちゃんの間に座ろうとして……船の残骸に気が付く。

 

「悪い、すぐに片付けるよ……」

 

「これ、ボトルシップ?」

 

「ボト……何?」

 

「ボトルシップ。瓶の中に帆船模型が入ってるやつ。外国映画とかで見たことない? パイレーツオブパリングルスとか有名だよ」

 

「あー、言われてみれば。これがそうなのか?」

 

 鴎の言う映画は観たことないけど、ボトルシップはイメージできた。

 

「うん。初心者向けのキットみたいだけど……羽依里が買ったの?」

 

「いや、実は……」

 

 

 俺はこれまでの経緯を鴎に説明する。

 

 

「そうなんだ。いきなり初心者にボトルシップ作りは厳しいかも」

 

「え、でも初心者向けのキットなんだろ?」

 

「そもそも帆船模型がプラモデルの中では上級者向けだから」

 

 あー、そういうことか。

 

「ねぇねぇ、なんなら私が作ってもいい?」

 

「できるのか?」

 

「得意だよ」

 

「なら、是非頼む」

 

「それじゃ、さっそく……」

 

 鴎はスーツケースから色々な道具が入った箱を取り出す。

 

「本格的だな……」

 

「これくらいは基本だよ……あ、かき氷の残りあげる」

 

「お、おう……」

 

 半分ほど残ってるかき氷を手渡される。食べていいと言われても……。

 

「むー、羽依里。これ適当につけたでしょ」

 

「え、俺なりに考えて組み立てたんだけど。説明書読んでもよくわからないし」

 

「これ、つける場所が違うよ。こっちは逆さまだし、こっちは無理矢理張り付けてる」

 

「え、まじで?」

 

「うん。まじだよ。ほらここ。あとここも」

 

 鴎が模型を手に寄って来て、説明してくれる。えーと、顔近いんだけど。

 

「それでね。しかるべき処置を施そうと思うんだけど」

 

「……えーとその、つまり?」

 

「一度、分解しちゃおうかと」

 

「どうぞ、やっちゃってください」

 

 鴎はスーツケースから接着剤の中和剤を取り出すと、慣れた手つきで俺が作った出来そこないの船を解体していく。

 

 一通り解体し終わった後は、再度部品を組んでいく。船体から組んでいた俺と違って、小さい部品をいっぱい作っていた。

 

「これは加工済みのキットだから、それなりに組み合わせるだけできれいに仕上がるよ」

 

「加工済みじゃないのとかあるのか?」

 

「ほとんど木の板で、自分で部品の形に加工するってのもある」

 

「そんなの、俺には手も足も出ないだろうな……」

 

 いつの間にか説明書はベンチにたたんで置かれていた。もはや鴎は説明書を全く見ずに作っている。

 

 俺はその説明書を手に取って、いくつか気になったところを鴎に質問してみた。

 

「この部分さ、説明書には部品を角に引っ掛けるって書いてるけど、現物には引っ掛けられそうな角がないんだ。どうやってつけるんだ?」

 

「引っ掛ける角は、自分で削って作るの」

 

「え、そうなのか?」

 

「うん」

 

「じゃあ、この帆を張る糸を固定する穴ってのは?」

 

「それもキリで自分で開けるの。そういうことは初歩だよ?」

 

「はい……ごめんなさい」

 

 そんなこと説明書に書いてないんだもん。しょうがないじゃないか。

 

「そうだ、良かったら皆も手伝って?」

 

 鴎は部品をあらかた組み終わり、今度はそれを紙ヤスリで擦っている。

 

「木材の角の部分が丸くなるくらいまで擦って欲しいんだけど」

 

「わかりました!」

 

 俺や夏海ちゃん、蒼も加わって部品の形を整える。

 

 その間に鴎は鼻歌交じりで帆にマークを描いていく。説明書にあるような十字のマークでも描くのかと思ったら、ひげ猫だった。

 

「うん。これで部品は全部完成」

 

「後は組み合わせるだけか」

 

「うん。組み合わせるって言っても、瓶の中でね」

 

「あ、そっか」

 

 ボトルシップだったのを忘れていた。

 

「ここからは細かい作業だから、見ててね」

 

 スーツケースから長いピンセットを取り出し、部品を次々と瓶の中に入れながら、その中で接着させていく。

 

「すげぇ……こうやって作るのか」

 

「フォアマストはこの位置でー、ジブの糸をマストに固定して―、マストを甲板にー」

 

 すごい楽しそうに作ってる。時々専門用語みたいなのも聞こえるし。

 

 最後に一番大きな帆を一旦たたんで瓶の中に入れ、瓶の中で器用に広げてから固定していく。全てピンセット一本だった。

 

 俺達は瓶の中で帆船が組み立てられていく様子を、食い入るように見つめていた……。

 

 

 

 

「完成―」

 

 日が傾く頃に、ボトルシップは完成した。

 

 鴎が完成を宣言すると、つい皆で拍手をしていた。

 

「鴎さん、手先が器用なんですね!」

 

「意外な才能よねー」

 

「……お見事でした」

 

「ポン!」

 

 いつの間にか藍やイナリも加わって祝福する。

 

「このまま明日まで乾かしたら、大丈夫だと思うよー」

 

 完成したボトルシップは、慎重に店の棚の上に置かれた。

 

「鴎、ありがとね。このお礼は必ずするから」

 

「え、私も楽しかったし、気にしなくていいのに」

 

「鴎が気にしなくても、あたしがするのよ」

 

「じゃあ、お礼は三角形の秘密でお願いします」

 

「了解。入荷したら一番に持って行くわね」

 

「よろしくお願いします」

 

 道具をスーツケースにしまい、ニコニコ顔で立ち上がる。

 

「それじゃあ、帰るね」

 

「鴎、またねー」

 

「またです」

 

 鴎は手を振って、スーツケースを引いて数歩進んだところで……立ち止まる。

 

「鴎、どうした?」

 

「……疲れた」

 

 ……この流れは。

 

「というわけで羽依里、押していって」

 

「どこまで?」

 

「役所までお願い。一度帰らなきゃ」

 

 確か、のみきと同じアパートに住んでるんだったか。そこまで遠くないし、いいか。

 

「よし、出発進行だ」

 

「ありがとう」

 

「私、先に帰ってますねー」

 

 夏海ちゃんに手を振って、俺は鴎の乗ったスーツケースを押し始める。

 

「ねぇ羽依里、はたから見てると妙な主従関係に見えるんだけど」

 

「え、気のせいだろ?」

 

 背後の蒼から意味深な発言がされたが、ここはあえて流しておこう。

 

「それじゃ、しゅっぱーつ!」

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 

 鴎を役所の方まで送った後、俺も加藤家に帰宅した。

 

「あれ?」

 

「あ、鷹原さん。おかえりなさい」

 

 中に入ろうとして庭を見ると、夏海ちゃんが洗濯物を取り込んでいた。

 

「どうしたの?」

 

「帰ってから時間あったのでお風呂掃除をしてたんですが、そしたら洗濯物を取り込むのが遅くなっちゃって」

 

「ああ、それなら手伝うよ。水回りの掃除は本来俺の役目だったはずだし」

 

「ありがとうございます」

 

 夏海ちゃんと一緒に洗濯物を取り込み、居間で手早くたたんでしまう。

 

 俺が夏海ちゃんや鏡子さんの衣服をたたむのは気が引けたので、そっちは夏海ちゃんにお願いして、俺は自分の分やタオル類をたたんでおいた。

 

 

 

 

 洗濯物たたみも一区切りした所で、夕飯を食べに食堂へ向かう。

 

「あ、いらっしゃい」

 

 店に入ると、いつものようにしろはが迎えてくれる。そしてカウンター席を見ると、先客が居た。

 

「天善さん、こんばんわです!」

 

 カウンターで食事をしていたのは天善だった。俺達二人もその隣に並んで座る。

 

 すると必然的に天善が食べている料理が目に留まる。なんだろう。

 

「天善、何を食べてるんだ?」

 

「これか? あんぱん定食だそうだ。今日の日替わりだぞ」

 

 見ると、メインの料理が乗るのであろう皿には一口サイズのあんぱんが4つほど乗っている。

 

「おじーちゃんが寄合でたくさんの一口あんぱんを貰ってきたの」

 

「ええー……」

 

 貰ってきたはいいけど、あんぱんとご飯って合うんだろうか。

 

「それにしても、天善が食堂にいるのは珍しいな」

 

 人が食べてるものにとやかく言うのは気が引けたので、少し話題を変えてみる。

 

「ああ。徹卓する時は、たいていここで夕飯を済ますんだ」

 

「テッタク……って、なんですか?」

 

 夏海ちゃんが思った疑問を口にする。

 

「秘密基地で徹夜で卓球するんだって」

 

 しろはがおしぼりを持ってきてくれながら、呆れたように話す。

 

「そういえば、秘密基地に卓球台ありましたよね」

 

「ああ。2日に一度はあそこに泊まっているから、興味があったら見に来るといい」

 

「は、はぁ……」

 

 夏海ちゃんがちょっと引いてる。

 

 天体観測の時に秘密基地には行ったけど、あの時は紬のワタアメパーティーのおかげでそれどころじゃなかったもんな。

 

「ところで二人は何食べる? 羽依里は卵がゆでも作ってあげようか?」

 

 なんだかんだで心配してくれるのは嬉しいけど、そろそろ力がつくものが食べたい。

 

「えーっと」

 

 実は、お昼に夏海ちゃんと話をした時から、海鮮親子丼が食べたいと思っていた。

 

「じゃあ、俺は親子丼Bを……」

 

「羽依里。約束」

 

「食べたいんだけど……生魚だし、やめとこう、かな……」

 

 カウンター越しに睨まれてしまった。こわい。

 

 今日一日は油ものや生もの、冷たいものを食べない約束、まだ生きているみたいだ。

 

 もうそこまで胃の調子が悪いわけじゃないんだけどな……薬だって朝から飲んでないし。

 

「鷹原もあんパン定食にしたらどうだ?」

 

「うん。それにしよう」

 

 あの、しろはさん、勝手に俺の声真似して注文決めないでくれませんか。

 

「すぐできるから待っててね」

 

 そりゃすぐできるだろうけど……天善のを見てる限り、ご飯とみそ汁に小鉢つけて、あんぱん盛り付けるだけだし。

 

「夏海ちゃんはエビフライ定食とかどう? 美味しいよ」

 

「じゃあ、それをお願いします!」

 

 って、俺の注文はあんぱん定食で確定? 確定なの!?

 

「はい。おまちどうさま」

 

 あっという間に、俺の前にあんぱん定食が用意された。

 

 ごはんに味噌汁、ひじきの煮物。そしてあんパン。

 

 確かに、胃に悪い要素は一切見受けられない……けど。

 

「あんぱんっ……」

 

「はい。夏海ちゃんのエビフライ定食もおまちどうさま」

 

「ありがとうございます」

 

 夏海ちゃんの前にはおいしそうな揚げたてのエビフライ定食が置かれた。

 

 俺の目の前には、何度見直しても、あんぱん。

 

 つい、エビフライを横目で見てしまうと、夏海ちゃんが目で謝ってきた。

 

「どうぞめしあがれ」

 

「いただきまーす」

 

 きちんと手を合わせてから、夏海ちゃんがエビフライにかぶりつく。サクサクと良い音がして、とっても美味しそうだった。

 

「い、いただきます」

 

 俺も意を決してあんぱんにかぶりつく。普通のあんぱんだった。

 

 みそ汁を一口飲んだ後、恐る恐るあんぱんと一緒にご飯を食べてみた。微妙と言えば微妙だけど、若干おはぎみたいに感じる時もあって、それなりに食べられた。

 

 

 

 

 食堂から帰宅すると、鏡子さんが帰ってきていた。

 

「あ、二人とも、おかえりなさい」

 

「ただ今帰りました」

 

「お風呂沸かしちゃったから、先に入っていいよ」

 

「俺は後でいいよ。夏海ちゃん、お先にどうぞ」

 

「え。でも家主さんより先に入るのも悪いですよ」

 

「あら、夏海ちゃんたら。家主とか気にしなくていいのに」

 

 鏡子さん、なんか赤くなってる。やっぱりそういう風に言われると、嬉しいものなんだろうか。

 

「そうだ。それなら夏海ちゃん、一緒に入ろっか?」

 

「え?」

 

「それなら一挙両得だと思うし。そうしよう? 家主からのお願いだよ」

 

「え? え? え?」

 

 有無を言わさず、夏海ちゃんが鏡子さんに引っ張っていかれた。

 

 

 居間に一人残される俺。

 

 あれ、何この状況。

 

 

 

「……鏡子さーん! 脱がさないでくださーい!」

 

「ほらほら遠慮しないで。良いから良いから」

 

「ひゃーーーーー!」

 

 

 

「……」

 

 特に聞く気はないんだけど、お風呂場の方から二人の声が聞こえてくるし。

 

 俺は気分を紛らわすためテレビをつけて、音量を上げる。

 

 公共放送で、少し時代遅れの芸人が漫才をしていた。

 

『なんでやねん!』

 

「なんでやねん!」

 

 真似してみたが、そこまで面白くなかった。

 

 視線をそらすと、そこに何枚ものバスタオルが積まれていた。

 

「あ」

 

 夕方、俺がたたんだやつだ。そういえば、しまい忘れていた。

 

 しかも、脱衣所にはバスタオルがなかったような気がする。

 

「えー、どうしよう」

 

 こういう時に限って二人一緒にお風呂に入っちゃってるし。

 

 さすがにこの状況で俺が脱衣所に入るのは色々と危険だけど……行動を起こすなら早い方が良いよな……。

 

 しょうがない。ひと声かけて入れば大丈夫だろう。

 

 俺は意を決し、バスタオルの束を持って脱衣所の方へ向かう。

 

「二人とも―、バスタオルがなかったから、置いておくよー?」

 

 脱衣所の扉の前で、中の二人に声をかける。

 

 

「……なら……けど……」

 

「でも、時々は……しないと……」

 

 

 ……なんか中で話してるみたいで、こっちの声は聞こえないみたいだ。

 

 それなら、今のうちにこっそりと置いて退散しよう。

 

 少しだけ脱衣所の扉を開けて、そこからバスタオルを差し入れて……。

 

「それじゃ、一足先に出るね。夏海ちゃんはゆっくり入っていいから」

 

 だめーーーーーーーー!

 

 バスタオルを置いて、寸での所で脱出。視界の隅で扉が開きかけてた。ギリギリセーフだった。

 

「な、何も見てない、何も見てない」

 

 もし鉢合わせしていたら、間違いなく実家に電話されていただろうな……。

 

「ふぅ……」

 

 居間に戻るとお笑い番組は終わっていて、代わりにお寺の特集が始まるところだった。

 

 なんとかいう位の高いお坊さんが出ていて、生きる道を説いている。

 

「おお、ちょうどいいや……」

 

 俺は全てを忘れる様に、その番組に見入った……。

 

 

 

 

「良いお湯でしたー。鷹原さん、お風呂どうぞー」

 

「あ、うん。ありがとう。夏海ちゃん」

 

「……って、どうして座禅組んでるんですか?」

 

「うん。ちょっと煩悩をね」

 

「はぁ……」

 

 あんな番組を見たせいか、なんだか生まれ変わったように感じた。

 

 今日はぐっすり眠れそうだ。

 

 

 

第九話・完




第九話・あとがき



おはこんばんちわ。トミー@サマポケです。

当初、午前中はヨーヨー釣りだけを予定していたのですが、あまりに短くなってしまったので、謎の旅芸人を入れさせてもらいました。

その結果、テキスト量の最高記録をまた更新してしまいました。本末転倒の気もします。
AIRを知っている方は、謎の旅芸人が誰か分かったと思います。ゲスト出演だと思って笑って流して頂けると幸いです。

後半は鴎のボトルシップ作りでした。
公式設定では、鴎の特技はボトルシップとなってましたが、本編で全く触れられてなかったでかわいそうに思い、このイベントを入れてみました。

色々調べながら書いたのですが、帆船模型作りは本当に難しくて、お見苦しい点があるかもしれませんが、スルーしてもらえると嬉しいです。

夜のお風呂のシーンはしれっとやってみたかっただけです。ごめんなさいw


■今回の紛れ込みネタ

・かめは、めー!
CLANNADネタです。かなりレアですが、風子が言っていました。

・謎の旅芸人
上でも触れましたが、AIRの主人公です。あえて名前は出しませんでした。

・嫌です
ONEの某甘党さんの決め台詞です。

・あんぱんっ
CLANNADのような、そうでないような。微妙な所ですね。


以上になります。いくつお気づきになられたでしょうか。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。