【TS】異世界 現地主人公モノ   作:まさきたま(サンキューカッス)

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12話

「ふははは、知らなかったなら仕方あるまい! 許すぞ、壮健な冒険者よ!」

「あ、ああ。マジですまん、と言うか失礼しました?」

「敬語など要らぬ!! 我の方が年下なのだ、気軽にクラリス様と呼ぶがよい!」

「あ、様付けは要求するのね」

 

 負のオーラを纏ったメイはさておき。

 

 レックスは笑いながら、出口付近で冒険者と揉めているクラリスの元へと向かった。そしてレックスがクラリスを「本物のお偉いさん」だと告げると、オッサン冒険者は顔を真っ青にしてすぐに彼女を解放した。

 

 目上の存在に、凄まじい無礼を働いてしまった訳だ。そりゃ顔も青くなろう。

 

 だが襟を摘まみ上げられもがいていたクラリスは、その冒険者相手に偉そうな態度を取ってはいるがあまり怒った様子はない。ガハハと笑い、軽く許してしまった。

 

 クラリスは、尊大な態度と裏腹にかなり心が広いらしい。レックスが「優しい」と言ってた意味が少し分かった気がする。

 

「……私は、今のうちに早退します」

「お、お疲れ~」

 

 そして先程から人形の様な表情になっていたメイが、レックスが足止めしているうちにコソコソと人混みに隠れた。よっぽど、クラリスと会いたくないのだろう。

 

 嫉妬やコンプレックスも有るのだろうが、それ以上に心労が大きいのだと思う。いつもニコニコと笑っているメイが、一気に老け込んでいる。

 

「さて! 久しいなレックス! 去年の舞踏会以来であるか!?」

「おう。相変わらずちっこいなお前は。まだ背が伸びないのか?」

「うははははは! 我の成長期は終わっているからな、仕方なかろう!」

 

 出口付近で、レックスとクラリスが陽気に会話している。その近くでメイが身を隠しながら脱出の機会を窺っているが、なかなか難しそうだ。早くこっちに連れてこいレックス。

 

「依頼の件で話もあるだろうが、まず聴けレックスよ。実は、去年家出した我の妹の情報が分かったのだ! それもなんと、この町で目撃情報が有ったのだぞ!」

「お、そうか」

「何とかして休みを取って妹を捜索しようとした矢先、国王はこの街に我を派遣すると言うではないか! それで居ても立っても居られなくてな、ペニーを置いて我が一人で先行してきたのだ! レックス貴様、メイと言う黒髪でお馬鹿っぽくて背の低い女を知らないか!?」

「ふむ」

 

 さぁ、とメイの顔が青くなる。

 

 あのクラリスって娘、メイを探してるのか。あれ、と言うことはメイちゃんは実家から黙って出奔したのか?

 

 それはあまり誉められた事じゃないぞ。いくら姉がこんなのだと言え……。

 

「妹は去年急に我の前から姿を消した! 跡形もなく、だ! あやつは阿呆だからな、きっと怪しい男にお菓子で釣られて拐われてしまったに違いない!」

「……お、おう」

「きっと今も、泣き叫んで我を呼んでおる! ああ、なんと可哀想な妹よ! 我は今すぐ妹を見つけ出し、抱き締めねばならぬ!」

「そうか……」

「妹の特徴としては、丁寧な口調の癖に腹黒く、そしてお馬鹿だからいつも墓穴を掘って大失敗しておる。実に愉快な妹よ!」

 

 クラリスはプルプルと唇を震わせながら、拳を握りしめ慟哭している。メイの事をよく知っている周囲の冒険者達は、何とも言えぬ顔でそんなクラリスを見守っていた。

 

 愉快の権化(クラリス)から直々に愉快と評されたメイは、物陰で静かに歯噛みしている。あれは怒ってるなー。

 

「それにメイはまだ、オネショする癖も直っていないのだ! きっと、誘拐犯にオネショして迷惑をかけているに違いない!」

「……」

「ああ、可哀想な妹よ! 我が傍に入れば、こっそり火で乾かしてやれるものを! きっと今も恥ずかしい思いをしているのだ!」

「そ、そうだったのか?」

「無論よ! あの娘はまだまだ幼い、夜に悪夢を見ると我のベットに潜り込んできたり────」

「それ以上、私の有ること無いこと事実無根な醜聞を垂れ流すのはやめろこのアホ姉!!」

 

 そんな、実姉による暴露攻撃に耐えきれなかったのだろうか。我慢の限界を迎えたメイが、人混みから飛び出してクラリスにドロップキックをかましたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「妹よ! 無事だったか!」

「引っ付くな! すり寄るな、近づくな、私に二度と関わるな!」

「ふはははは!! そう照れるな妹!」

「照れてませんから!」

 

 クラリスの策略?に引っ掛かって釣りだされたメイは、顔を真っ赤にして怒鳴り散らしていた。一方で、妹を見つけ出せたクラリスはご満悦の様だ。

 

 何とも噛み合ってないな、この姉妹。

 

「な、なんと言うか凄まじいなぁ。天才肌ってこう言う娘の事を言うんやろか」

「いやー……、クラリスってのは確かに、悪い娘じゃ無さそうではあるな」

「だろ? クラリスは俺の知ってる人の中ではトップクラスに愉快な奴だよ。全く邪気がない」

 

 ふむ、確かに悪気はなさそうだが。

 

 悪気がないからと言って、人に迷惑をかけないとは限らない典型例だな。俺がメイの立場なら、ストレスで禿げ上がるだろう。

 

「私は、もうとっくにオネショなんかしてません! ベッドに潜り込んだのだって、一回だけでしょうに!」

「む? 実家にいるときはたまに朝一番で火魔法を使っておったけど、乾かして居た訳ではないのか?」

「……姉さんには関係ありません!」

 

 ああ。メイの醜聞が無駄に拡散されていく。そっか、メイはオネショした後自分で乾かしてたのか……。ひょっとして今もやっているのだろうか。

 

 だが。激怒して興奮しているメイは、間違いなく普段とは違う地の部分をさらけ出している。

 

 それに、メイはクラリスと激しく口論しているが、どこか根底に気安さを感じる。苦手意識はあっても、やはり二人は姉妹なのだろう。俺とレックスの関係とはまた違う、複雑な関係だな。

 

「ま、二人の問題なら二人で話し合ってくれ。後、黙って家を出てたならちゃんと両親に謝りに行けよメイ」

「……あ、レックス様。いえ、私はその」

「む? ウチは父も母もおらんぞレックス。知らなんだか?」

 

 ……あ。今のを聞いてレックスの顔が青くなった。地雷踏みやがったな、ドンマイ。

 

「あ、あー。すまん、メイ」

「いえ。物心ついたときにはいませんでしたし……」

「だから、メイはずっと我が育てたのだぞ! つまり私が母親と言えなくもないな!」

「……母親面しないでください」

 

 ぷい、と頬を膨らませてメイはクラリスを睨んだ。見た目だけでいえば完全にクラリスの方が年下なんだが……。そういやクラリスって、レックスと同い年って事はもう成人してるのか。

 

「やれやれ、もう少し小さな頃は我にベッタリだったのだが……」

「ま、思ったより二人の仲が悪くなさそうで良かったよ。メイ、お前は俺様のパーティの大事な戦力なんだ。姉が苦手かもしれないが、どうか俺様に力を貸してくれ」

「うぐっ。何処を見てらしたのですか、全く仲は良くはないです! 仲は良くないですけど……、レックス様がそこまでおっしゃられるなら」

「よし、決まりだな。後はのんびりペニーのオッサンを待って出発だ」

 

 ふむ。レックスがメイの手を持って諭すように頼み込むと、彼女は顔を赤くして丸め込まれた。やっぱりメイは可愛いなぁ。

 

 そんな彼女の頬の赤さに、クラリスも気付いたらしい。たいそう興味深そうに、彼女はニヨニヨとメイを見つめている。この後クラリスがメイをからかって一波乱になりそうだが、犬も食わない平和な騒動なのでそれもまた良しとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

「と言うかさフラッチェ。ウチ、気付いてんけど」

「ん? 奇遇だな、メイの事だろ? 私もあの症状に思い当たるモノがあるんだ」

 

 そんな混沌の予兆を生ぬるく見つめながら、カリンがしてきた耳打ちに俺も同意した。

 

 両親がいないというメイの症状、アレはひょっとしなくても単なる……。

 

「ただの反抗期だよな」

「イケイケの母親を嫌悪する思春期女子やね」

 

 そう。最初は優秀な姉への嫉妬と、姉の奇行に対するストレスで嫌悪していたのかと思ったけれど。あの二人の会話に、俺は酷く聞き覚えがあった。

 

 思春期になってから母さんと喧嘩している(ナタル)とそっくりだったのだ。

 

 つまり。幼くして両親を失ったメイは、母親代わりとなって彼女を育て上げたクラリスに対し、反抗期を迎えて家出した。それだけの話である。

 

 ある意味、メイは健全な成長をしている真っ最中と言えよう。家出は頂けないが、もう少し成長すればメイの反抗も収まるだろう。

 

「うるさいうるさいうるさーい!! クラリスはもう2度と私に話しかけないでください!」

「ふははは! そう照れるな、で? さっき随分と頬が赤かったが、どういう理由だ妹よ!」

「黙ってください! そして貴女は、デリカシーって言葉を100回噛み締めてください!」

 

 一見して険悪だと思われた、メイとクラリスの関係。それは意外にも、ありがちで平和なモノだった。


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