【TS】異世界 現地主人公モノ   作:まさきたま(サンキューカッス)

19 / 64
19話

 普段怒らない人間が怒ると、怖い。

 

 普段優しい人間がキレると、尋常じゃなく怖い。

 

 さて。俺の目の前で、魔族と対峙し立っている少女はどうだろう。

 

 

 

 

 ────普段は満面の笑みを浮かべ、高らかに快活に微笑むその少女は獰猛な獣の如き形相で、しっかと魔族を睨みつけている。それは、猛獣が獲物を噛み殺す時に見せる、無慈悲で残酷な表情だった。

 

 クラリスはその魔族を見下し、怒り、憎悪する。そして、きっと屠るのだろう。この場において彼女は、姿を現したその瞬間から既に絶対強者として君臨していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……こんな場所に人間だぁ? ジャリバめ、こんな拠点の奥深くにまでヒトの侵入を許しておったのか。いや、それとも貴様はジャリバの内通者か?」

「一つ、それは友への愛!」

「ともあれば、お前は生け捕りにしても良いかもしれん。ジャリバの部下も、はっきり人間の内通者という証拠を見せられれば納得するだろう」

「二つ、それは親への愛!!」

「では、改めて問おうか。貴様は何者────」

「三つ、それは恋する者への愛!!!」

 

 暗い洞窟の最奥の一室。部屋の壁に備え付けられた小さな篝火だけが光源となり、静かに一人の幼い少女を照らし出していた。

 

 魔族は、クラリスにその正体を問いかけて。クラリスは、そんな魔族の問いを無視して愛を叫んでいる。

 

 あれって、呪文……では、無いよな。恐らくは、単なる口上だろう。

 

「話を聞いているか、人族」

「問おう魔族よ。貴様に3種の愛はあるか?」

「聞いてねぇなこりゃ。うっかり紛れ込んだ狂人の類か」

「無いのだな。無いのだろう。貴様に愛が、有るはずがない!!」

「ったく、めんどくせぇが一応生け捕りにしてやる。暴れんなよ人族、魔導師がこの至近距離で俺に勝てると思うな────」

「ならば貴様に生きる価値なし!!」

 

 

 話が通じず、苛々とした雰囲気で爪を剥いた狼の魔族だったが。

 

 クラリスが口上を終えると、ドォンと間抜けな音が部屋に響きわたった。するとどうだろう、先程まで余裕ぶっていたその魔族は、至近距離で突如発生した大爆発に飲まれ吹し飛ばされてしまった。

 

 

「……っ、この野郎!! いつの間に詠唱しやがった!」

「愛なき者よ。貴様は愛を否定するのだな? 貴様は愛を求めないのだな?」

「人間が調子に乗ってるんじゃ────」

「ならば死ね!!!」

 

 魔族は困惑する。魔法使いが詠唱もなく、魔法を行使するなどありえない。予備動作もなにもなく、気付けば殴り飛ばされていたようなモノである。

 

 詠唱を見逃していたか? 魔族はクラリスを警戒し、間髪いれずに彼女へと突進した、のだが。

 

「無様に屍を晒せ!!」

 

 チュドン、と再度、大爆発に巻き込まれ。魔族は洞窟の壁が軋むほどの衝撃で、爆風に飲まれ叩きつけられた。

 

「何だっ……!? 何が起こっている!?」

「三千世界に懺悔せよ!!」

 

 彼女は、なおも手を緩めない。クラリスは金髪を揺らめかせ踊るように魔族へ向き合い、直後、その魔族の体が凄まじい轟火に包まれ洞窟に絶叫が響き渡った。

 

 

 ────え。おかしくね?

 

 

 クラリスちゃんの魔法……だよな、あれ。でもさっきから、一度もクラリス詠唱してないよね。魔法って、絶対に呪文が必要だって聞いたんだけど。

 

 魔導師は魔法発動の前提として数秒の詠唱が必須だから、その時間を稼ぐために剣士という仕事がある。でもあんな風に、魔導師が何の前触れもなく魔法連発出来れば時間を稼ぐ前衛が必要なくなるんだけど。

 

 魔導師の方が火力もリーチも優秀なのだから、この世に魔導師以外の冒険者が必要なくなっちゃうんだけど。

 

 え、何あれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……フラッチェさん。ご無事ですか?」

「おお、メイか。助けに来てくれたんだな」

「ええ。此処は姉さんに任せて、我々も脱出しましょう」

 

 呆然と、その無茶苦茶なクラリスの魔法行使を眺めていたら、いつの間にか近くに来ていたメイちゃんが俺を縛る鎖を解いてくれていた。これでやっと、俺は自由の身だ。

 

 ああ、生き返る。体中の骨が凝ってしょうがなかった。俺は軽く伸びをしたあと、ポキポキと骨を鳴らして改めて戦場に目を向けると。

 

 

 

GYAAAAAAAA(ぎゃああああああああ)!!」

「まだ、死なぬか!」

 

 

 

 相変わらず、無造作にポンポン魔法をぶっぱなすおかしい幼女がそこにいた。何あれ。

 

「なあメイちゃん。詠唱って、省略できるモンなの?」

「出来る筈が無いでしょう。詠唱せず魔法が撃てたらそれだけで世界最強の存在です」

「でも、あれ……」

「クラリスは……。姉さんのアレはバグみたいなもんなので」

 

 あ、メイちゃんの目が遠くなって何かを諦めた表情になった。俺がレックスの剣技を解説する時の表情だ。

 

「詠唱は絶対必要なんですけど、詠唱した呪文を発動するまでちょっと遅らせることは可能なんです」

「呪文を遅らせる?」

「発動した直後に爆発させるんじゃなくて、発動して10秒後に爆発させるみたいな」

「……はぁ」

「それを悪用してるらしくて……。姉さんは100以上の呪文を常に『発動中』として貯めています。今ドンドコ爆発している呪文の詠唱は、もうとっくに終わってるんですよ」

 

 ……つまり、どういうことだ?

 

「わかりやすく結論だけ言いますと。姉さんはまだ100回以上、詠唱を終えた魔法を好きなタイミングで打てるって話です」

「実質、詠唱なしで魔法撃ってないかソレ。他の魔導師もそんな事できるの? だとしたら前衛職の仕事なくなっちゃうんだけど」

「断言します。姉さんだけです。本来は『○秒発動を遅らせる』って時間指定して使う技術です。この技術自体が超高度で数える程の魔導師しか習得していないのに、さらにそれをアレンジして好きな時間まで貯められるってもう色々と常識破りです。アイツと一緒にいると私は気が変になりそうです」

「落ち着いてメイちゃん。目が死んできてるから」

 

 そうか、良かった。やはり、あの幼女がおかしいだけみたいだ。

 

 魔導師じゃない俺にはいまいちピンと来ず「何かすげえんだろうな」くらいの印象だが、メイにはクラリスがどれだけデタラメなのかよく分かるのだろう。うんうん、親近感を感じる。

 

 数年前にレックスが、その辺に落ちてた木の枝で鉄の扉を両断した時の俺もこんな顔になったっけ。

 

 本人曰く「鉄じゃなくて時空を切るのがコツだ、時空を切ればついでに鉄も両断される」だそうだ。ふざけんなよ、頭沸いてんじゃねぇの?

 

「それよりフラッチェさん、怪我はありませんか? ポーションなら手元にありますよ」

「いや、体は無事さ。……あ、そうだ。ポーションって魔族にも効くと思うか?」

「はい? いや、人間用なので多分効かないと思います。でも、どうしてそんなことを?」

「……何でもない」

 

 俺はキョトンとしたメイを誤魔化すかのように首を降り、ちらりとジャリバの死体を見る。

 

 そこには肌も擦り切れ腐臭を放つ赤黒い血肉が、無造作に人の形で散らばっていた。……彼女は、もうピクリとも動かない。

 

 俺を殺した女。俺をこんな体にした諸悪の根源。自分の悲願のためだけに、数多の人間を実験台にしてきた元人間。

 

 そんな悪魔の化身みたいな奴だというのに、俺は酷く彼女の死が悼ましかった。

 

 

 それはきっと俺も、彼女と同じ立場だからだ。

 

 

 魔族に負けて、殺されて。俺はたまたまレックスに助けられた。彼女はたまたま助けられず魔族に身を落とした。それだけの違いだ。

 

 俺とジャリバの運命の分かれ目は、運が良かったか否かに他ならない。そして彼女は俺のように諦めて死を受け入れず、無様にもがいたのだ。

 

 それは間違いなく、悪だろう。だが俺はその気持ちを、否定する気にはなれない。

 

「早く逃げますよ。ここにいても、姉さんの邪魔になるだけです」

「そうだな」

 

 たがらせめて、後で弔いに戻ろう。そう心に決めて、ジャリバの死体から目を背ける。

 

 前に進むため、俺はメイちゃんと共に部屋の入口を目指し走り出した所で────

 

 

 

 

 

 ────凄まじい熱気が部屋に満ち、思わずむせ返った。

 

 

 

 

「貴様ああっ!!」

「人間、め!! 生きて帰れると思うな!! あーはっはっは────」

 

 蒸せるような土の香りが、喉を焼く。

 

 暑すぎて、息が出来ない。体中の皮膚が、チリチリと焦げ始める。目が霞み、ボヤけ痛み出す。まるで、釜茹でにされているかのような感覚に陥っていく。

 

「氷の加護を籠に籠めて囲め、水神の檻!!」

 

 意識を失いかけた刹那、隣でメイちゃんが掠り声で絶叫する。するとなんとか、息ができる程度には気温が下がってくれた。ナイスだ、メイちゃん。

 

「逃げろ、ここから地上にまで走れメイ!! 我が足止めをするから!!」

「何が! 何が起こったんです姉さん!」

「この魔族、壁を割って溶岩を部屋に流し込みおった!!」

 

 なんとか戻った視界でクラリスの方向を見ると、彼女は不思議な壁を形成し一面に溢れている溶岩を塞き止めていた。彼女が魔法を解けば、すぐさまこの部屋は溶岩で満たされるだろう。

 

「魔族はどこに行きましたか!?」

「溶岩の中よ!! そんな場所でも生き残れるのか、はたまた自殺かはしらんがな!! 何にせよ、お前たちは一刻も早く脱出せい! 我は一人でも逃げられるが、お前達が脱出するまではここを動けん!」

 

 クラリスもきっと熱いのだろう。額にいくつもの脂汗を浮かべながら、彼女はドンドン溢れてくる溶岩を必死にせき止めている。見た感じ、かなり無理をしていそうだ。一刻も早く、逃げ出さないと。

 

「わ、分かった! メイちゃん、行くぞ!」

「姉さんもご無事で!」

 

 俺達が無駄にこの場に留まれば、クラリスも脱出できなくなる。冷たいように見えるかもしれないが、ここはクラリスを置いて逃げ出すのが正解だと思った。

 

「……ひゃっ!?」

「掴まっていろ」

 

 メイちゃんの手を取って、そのまま俺の背に乗せる。

 

 女の身体とは言え、俺は戦士職。レックスほど早くは駆けれないが、体力のないメイちゃんを走らせるよりは早いはずだ。

 

「道を指示してくれ!」

「はい! えっと、しばらく真っ直ぐです!」

 

 だが、俺は部屋の外の地形がよくわからない。だからメイちゃんから行き先を教えてもらいつつ、俺はがむしゃらに走り続けた。

 

「……はぁっ! はぁ、はぁっ!」

「大丈夫ですかフラッチェさん。私、降りましょうか?」

「いや、それより指示を。受け身のとれない魔術師が、暗い洞窟を疾走するのは危険だ。……はぁ、はぁ。それにこの方が早いだろう?」

「それは、はい。ごめんなさいフラッチェさん、もう少し頑張ってください!!」

 

 やはり、背負われているだけというのは罪悪感が大きいのだろうか。だが、それで脱出が遅れたらクラリスまで危険な目に合うのだ。どんな手を使ってでも、最短で脱出したほうが良い。

 

 それを理解しているのだろう、メイちゃんは心苦しそうな声で俺を激励した。うん、メイちゃんの励ましで何だが力が湧いてきた気がする。

 

 

 

 ……っと!! また弓矢!!

 

 

「メイちゃん! 敵だ!」

「……は、はい!」

 

 俺は反射的に、奇襲で飛んできた弓矢を回避する。

 

 目を凝らすと、数匹の敵魔族が暗がりに隠れているのが見えた。まだ少し、距離がある。

 

 敵の位置を確認している間に再び矢が飛んできたので咄嗟に横っとびで避け、俺はメイちゃんを下ろして庇うように仁王立ちした。

 

 剣のない俺では奴らを倒すことはできない。メイちゃんの魔法詠唱が終わるまで肉壁となり、身を挺して時間を稼ぐほかないのだ。

 

「常闇に顕現せよ炎の精霊よ────」

「……ぐっ!!」

 

 メイちゃん目掛けて飛んでくる弓矢を庇って突き出した腕に、敵の弓矢が突き刺さる。それと同時に、ビリビリと手がしびれ始めて体がふらつき始める。

 

 くそ、毒だ。思えば昨日捕まった時も、この毒矢にやられて……

 

「ファイア!!」

 

 霞ゆく俺の視界が捉えたのは、1匹の魔族が丸焦げにされるところだった。

 

 ダメだ、それじゃああと魔族が何匹も残っている。見れば生き残った魔族が、次の詠唱を始めるメイちゃんに向けて矢を構えていた。やめろ、動け俺の身体。もう一度メイちゃんを庇うんだ、そうじゃなきゃ俺は何のために生き延びたのか……!

 

 

 

「うぉおおおおおおおおお! 鉄拳制裁ィィ!!」

 

 

 

 その雄叫びの方向に、俺は呆然と目をやった。そこには、名状しがたい筋肉の塊が躍動感溢れる体勢で飛翔していた。

 

「何事です!?」

 

 メイが混乱した声をあげたのと、ほぼ同時に。彼女に向けて矢を構えた魔族は、何の前触れもなく背後より現れた巨漢により叩き潰されてしまった。

 

 この、野太くて筋肉質な声の持ち主は、もしかして。

 

「無事かぁ! メイにフラッチェ! レックスが心配しとったぞ!」

「ペニー将軍! 貴方もご無事で!」

 

 良かった。戦うロリコン、ペニー将軍か。大将軍クラスの前衛が来てくれたら、もう安心だ。

 

「む? 毒矢を受けとるの。メイよ、アレは持っとるな?」

「あっ、そうだ。フラッチェさん、これを、これを飲んでください」

「解毒薬よ。急いで飲め、これは飲むのが早ければ早いほど効果が増す」

「……あい」

 

 毒が回ったせいか口元が痺れて、上手く返事が出来なかったが。俺はメイちゃんに手厚く介助され、なんとか薬を飲みこむ事が出来た。

 

「フラッチェさん。じっとしててくださいね……」

 

 それもなんと、口移しで。あー……、幸せだぁ。

 

「事情は分かった。要するに、一刻も早く洞窟を脱出せねばならないんだな」

「はい。今は姉さんが一人で溶岩をせき止めてます」

 

 そんな不謹慎なことを考えている俺とは違い、ペニーもメイちゃんも真剣そのもので情報を交換していた。なんか申し訳ない。

 

「なら、今から俺が二人を肩に乗せて担ぎ走ろう。荷物みたいな扱いして申し訳ないが、その方が安定するのだ」

「よろしく……頼む……」

「フラッチェさんは喋らないで、まだ毒が抜けてないんですから。……ペニー将軍、お願いします」

「任せておけ」

 

 てな訳で。毒で動けなくなった俺はお役御免となり、ペニー将軍直々に担いで出口まで走っていただく運びとなった。この国の軍部の最高権力者を足に使う冒険者、何とも豪勢な。なお、ロリコンだけど。

 

 その筋骨隆々なたくましいオッサン将軍は、なんだか嬉しそうな表情で疾走を始めた。早い、俺の数倍は移動が早い。筋肉質な肉体、羨ましいなぁ。

 

 と言うか、なんでこんなにうれしそうなんだこの将軍。……大丈夫だよな、エマちゃん一筋なんだよな。まさかとは思うがメイちゃんに発情してたりしないよな。

 

「ぬほおおおおお!! 肩に乗った幼女二人が俺に力をくれるぅぅぅ!!」

「ええええ!? ペニー将軍、何でいきなり興奮してるんですか!」

「……メイはともかく、私は幼女じゃない!」

「私も幼女じゃありませんよ!?」

 

 ロリコンは嬉しそうに、そんな気持ち悪い絶叫をしながら走り続けた。ふざけんなよ、いくら俺の胸が薄いからって幼女扱いはないだろう。

 

 背も、まぁ低いけど子供には見えないはずだ。精神だって成熟しきっている、俺に子供っぽいところなどない。

 

 俺のどこに幼女を感じたのか、後日たっぷり問い合わさねばなるまい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……よし、出口だ!」

 

 ズカン、と筋肉に包まれた拳が洞窟の壁を叩き壊す。すると、ようやく最初に俺達が進んでいた一本道が現れた。

 

 あとは、この道をまっすぐ走りぬくだけだ。

 

「レックスやクラリスちゃんはどうする?」

「あの二人ならば殺しても死ぬまい! クラリスなら、何かしらの手段でレックスに避難を促す。俺達は余計なことを気にせず、脱出する事を最優先に考えろ」

「……現状どうしようもありません。私が姉さん並みの魔法の才能が有れば話は違ったんですが」

「はっはっは! 才能みたいなもんを無いものねだりしても仕方ない! それに、あれでクラリスは超努力家だぞ、才能も有るんだろうがそれだけで片付けてやるな」

「努力もするから性質が悪いんですよあの人……」

 

 そんな軽口を叩きながらも、二人の表情は真剣だ。冒険者には常に死が付きまとう。どんな達人であっても、運が悪ければあっさり死ぬ。

 

 今姿を見せぬレックスがどうなっているかなど想像できない。俺達には、彼らの無事を祈る事しか出来ない。

 

「ああ、だからあの二人なら大丈夫だ。俺達も脱出するぞ、しっかり捕まっていろ」

「はい!」

 

 ペニー将軍はそういうと腰を落とし、加速の準備に入った。モリ、と大胸筋がバンプアップする。くそ、羨ましいからやめろそういうの。

 

 そのままコホォ、と息を吐いて。血管が浮き出たペニー将軍は全力で洞窟の地面を蹴り─────

 

 

 

 ドゴン、と音がして。

 

 

 俺達はそのままペニー将軍に投げ出され、洞窟壁の岩へと派手に激突した。

 

「あがががが……頭がぁああ!?」

「……」

 

 痛ぇ。死ぬほど痛ぇ。隣を見るとメイちゃんが、なんかやばい勢いで頭から血を噴きだし失神している。岩の尖った部分と激突したらしい。

 

 ペニーィィ!? ズッコケて落としやがったな、この野郎────!!

 

 ふざけんな、俺はともかくメイはひ弱な魔導師なんだぞ。ぶつけかたによっちゃ、一撃で死ぬこともあり得る。一国の大将なら慎重に行動してくれ。

 

 俺がそんな文句を叫ぼうとした、その瞬間。プシュ、と軽い音が暗闇に響いた。

 

 数舜遅れ、俺の腹に何かが落ちてくる。ドサリ、と重量感のある温かくて柔らかく湿った何かが。痛む頭を押さえながら、落ちてきたそれに目をやると。

 

 

 

 ─────ギョロリ、とした中年の開いた瞳孔と目が合う。

 

 なんとペニー将軍の首が、俺の腹の上に無造作に転がっていた。彼の生暖かい血流が、俺の腹回りをベタベタに染め上げている。

 

 

「……は。っはっはっは。さっきぶりだな、若ジャリバ」

「貴様、さっきの!」

 

 直後に鈍い音を立てて、首を失った巨漢の肉体が地面に倒れ伏す。その裏には、ついさっきジャリバの頭を叩き潰した狼型の魔族が獰猛な笑みを浮かべて立っていた。

 

 警戒を怠ったつもりはない。だが、敵の気配はまるでなかった。警戒していた俺やペニーに関知されず、不意討ちを成功させる。やはりコイツは、魔族の中でもかなり手練れらしい。

 

「本当によぉ。さっきは人間如きがずいぶん舐めた真似をしてくれたな?」

「お前、溶岩の中に飲まれたって……」

「非常用の出口があるに決まってんだろうが、そうじゃなきゃ引き込まねえよ溶岩なんぞ。まぁこれで、あのクソ生意気な魔導士は始末したわけだ」

 

 まずい。今の状況はまずい。唯一まともに戦えるペニーが殺されて、魔導士のメイちゃんも気を失っていて、意識がある俺は剣もなく毒で全身が痺れた状況だ。

 

 現状、目の前の魔族を倒す手段が何もない。

 

「さて、死ね。お前は味方にすらしてやらん、無様にそこで屍を晒せ」

「……何くそぉ!!」

 

 そんな状況で、俺が咄嗟に選んだ行動は。腹の上のペニーの頭部を、全身全霊で投げ飛ばすことだった。

 

 がむしゃらに、ヌメリと血濡れた髪の毛をひっつかんで。毒に犯された俺は持てる力全てで、ペニーの頭をぶん投げた。

 

「おいおい、仲間の顔をそんな風に扱うのはひどくないか?」

 

 ペニーの首は魔族目掛けて山なりにまっすぐに飛んで行ったが、奴が一歩避けただけであっさりと躱されてしまった。血飛沫が、ピシャリと洞窟壁を赤く染める。

 

 魔族はそんな俺の無様な足掻きを、愉快そのものと言った視線で眺めていた。良い気になりやがって。

 

 だが、これでよい。元々この投擲は、魔族へと攻撃が目的じゃないのだ。何故ならこれは、

 

 

 

「だっしゃあああ!! くっ付けこらぁぁぁ!!」

「……な!?」

 

 

 

 その魔族の後ろから音もなく駆けてきた、二人の仲間。俺の投擲はそのうちの一人、カリンに向けたパスである。

 

「慈悲深き女神マクロの御力を借りて彼の救済と癒しの波動をぉおお!!」

「ちっ、新手か。むざむざ回復魔法など唱えさせると思うか────」

 

 ロリコンの生首を受け取ったカリンは、そのまま倒れこんだペニーの死体に首をくっつけて詠唱を始めた。当然、魔族は妨害しようとカリンに近づくが、

 

「なあ」

 

 そんあ悠長なことをしている時点で、その魔族の命運は決まっていたのだろう。彼はきっと、闇の中から音もなく現れ大剣を振りかぶるレックスの存在に最期まで気が付かなかったに違いない。

 

「お前が俺の親友の仇なのか?」

 

 能面のように冷酷な顔で、闇から顔を覗かせたレックスは、無表情にその魔族を一刀両断したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、おおお! 死ぬかと思った」

「というか死んでましたよ殆ど、ペニーさん」

 

 駆けつけたカリンにより、メイちゃんとペニーが蘇生される。カリン曰く、地味にメイちゃんも瀕死だったそうだ。本当に素晴らしいタイミングで助けに来てくれたものである。

 

 その後、蘇ったペニーがメイちゃんとカリンを肩に乗せて。レックスが俺をお姫様抱きしながら洞窟の出口を目指して駆ける事となった。

 

 俺はまだ痺れが抜けきってないのだ。むぅ、情けない。

 

「あれだな。首だけになっても、しばらく意識ってあるんだな。俺、フラッチェに投げ飛ばされる辺りまで覚えてる」

「え、あの時意識あったのか。ペニー将軍、すまん」

「いや、ナイス判断やでフラッチェ。私にパスするのがもうちょい遅かったら将軍死んどったわ」

「全くだ」

 

 ペニー将軍はウンウンと頷き、礼を述べてくれた。俺に感謝するよりカリンに感謝したげて。

 

「と言うか、なんでレックス様は当然のようにフラッチェさん抱えてるんですか?」

「コイツ麻痺してるからな。自力で掴まれないんだし、一人で持ってしっかり支えてやらんと」

「……んー、それじゃ納得が……」 

 

 一方、恋する乙女なメイちゃんはレックスを取られて不満顔だ。だが、贅沢を言ってはいけない。

 

 俺だってどうせならかわいい女の子に抱き締められたいし。いや、欲をいうなら逆にメイちゃんを腕に抱いて全力疾走したかった。

 

 毒にやられた俺は抱えられる側で、しかも相手はレックスか筋肉モリモリマッチョマンの変態かの二択なのだ。夢も希望もなにもない。

 

「よし、脱出成功!」

「よっしゃ、もう安心や」

 

 そんな感じでこの世の無情を嘆いているうちに、俺達は陽射し照る洞窟の外へと脱出した。洞窟から逃げのびることが出来たなら、後はここでクラリスの脱出を待つばかりである。

 

 ……彼女は大丈夫だろうか。最強無敵の大魔導師とはいえ、活火山の奥に貯まった溶岩を生身でいつまで塞き止められるかわからない。そもそも体力が無いだろうクラリスが、走って洞窟から出てこれるかすら分からない。

 

 元々助かるつもりなどなくて、俺たちを逃がす方便としてあんな事を言った可能性すらある。

 

 いくら史上最強とはいえ、彼女は一人の人間なのだ。圧倒的な自然の猛威の前では、なすすべもない可能性が────

 

 

「な、なんか揺れてね?」

「ん?」

 

 ふと、レックスが変なことを呟いた。大地が揺れるだなんてそんな馬鹿な。地震(アースクエィク)なんてもう数百年は起こっていないぞ。

 

「揺れて、ますね」

「本当だ……」

 

 だが徐々に揺れが強くなってきて、ついに俺も気づいてしまった。大地が揺れている。地の神が、怒り狂っている。

 

 何故いきなり? こんな何の前触れもなく、地震が起きるはずがない。伝承では、前触れとして空が暗くなり湖が干上がったりしたはずだ。

 

 だから、これは地震なんかであるはずが────

 

 

 

 ────直後。火山口から物凄い爆音と共に、大きな黒い煙をあげて噴火した。

 

 

 

 

 

「地震じゃない! サイコロ火山が噴火したんだ!!」

「ひょ、ひょえええええ!!?」

 

 なんということでしょう。先程までは燦々と照りつけていた太陽は黒煙に陰り、青一面だった空は薄暗い霧に覆われている。

 

「ちょっ……姉さん! 姉さーん!?」

「お、おい馬鹿メイ! 今から洞窟に突っ込んでどうすんだ!」

 

 あまりの出来事に錯乱したメイが洞窟に向かって走りだし、レックスに押さえつけられた。

 

 もう駄目だ。クラリスは助かるまい。あの洞窟の中に居るならば、きっと死体すら残らないだろう。

 

 やはり、何だかんだメイちゃんは姉思いだ。頬に涙を流し、姉の名を絶叫している。だが、火山が噴火してしまってはクラリスはもう助かるまい。

 

 ここにいたら巻き込まれてしまうし、俺達も早く避難を────

 

 

 

「我、帰還んんん!!!」

 

 

 その時。近くに重量感のある物質が降ってきた。それは大地に激突し、地面に綺麗に人の形をした大穴が開いた。

 

 その穴を覗き込むと、何かがめり込んでいる。

 

「ほぎゃぁぁぁぁ!? 飛び降り死体!?」

「失礼な! 我は生きとる! でも埋まっちゃったから掘り起こしてくれると我歓喜!」

「……ほい。クラリスちゃん、無事か」

 

 その大穴に手を突っ込み、レックスがめり込んだ何かをつまみ上げた。するとなんと、穴の中からエキセントリックな幼女が現れた。

 

 やはり、飛んできたのはクラリスらしい。何だコイツ。あ、メイちゃんの目がドンドン濁ってきている。これはいけない。

 

「流石に、活動を始めた火山の溶岩を塞き止めるのは無理でな! 近道するために火焔防御しながら溶岩に飛び込んで、火山口から飛び出してきたのだ!」

「……」

 

 いや、溶岩に飲まれて噴火に合わせて出てきたって、そんな非常識な。本当に人間なのか、クラリスは。そんなんだからまたメイちゃんの目が死んだんだぞ。

 

「な、なぁ。このままやとウチら、火砕流に飲まれて焼け死なへんか?」

「おお! 我も魔力がちょっと減ってきたから、多分防ぎきれんな! 逃げるぞ皆の衆!」

「あ、そーなの。じゃ、また走るぞペニー!」

 

 そっか。もうクラリスちゃんは魔力切れなのか。それはまずい。

 

 そんな呑気なやり取りをしてる俺達の目前には、物凄い勢いで黒煙が迫ってきているのだから。

 

「うおおおおぉぉ!!」

「あははははっ!! 火砕流ってあんなに早いのな!」

「笑ってる場合かレックスゥ!!」

 

 レックスはクラリスをヒョイと抱え込み、俺と二人纏めて担いだ後に走り出した。ペニーもカリン達を肩に乗せ、再び疾走している。

 

 だが、灰の勢いの方が早い。レックスもペニーも尋常じゃない速度で逃げているのだが、火山灰の方が速度がある。

 

「これ、どこまで逃げたら良いんだ!?」

「町の中に、サイコロが噴火した時の為にシェルターがあるらしい! だが場所は知らん!」

「そんな大事な情報、前もって押さえとけ馬鹿将軍!!」

「すまん!! その辺はエマ任せなのだ!」

「この無能!!」

 

 ペニーは申し訳なさそうにガハハと笑った。笑い事じゃねーし。

 

 そういや俺もシェルターの場所なんかチェックしてなかったな。取り敢えず街についてから探すしかないか。案外、案内板とかあるかもしれん。

 

「取り敢えずもうすぐ町だ! 皆、目をかっぽじってシェルター探せ!!」

 

 レックスが叫び、俺もキョロキョロと街の中を見渡す。だが、結果としてそんな事をしてもほぼ無意味だった。

 

 何故なら、

 

「もー!! エマちゃん最高か!?」

 

 何処かで見たことある幼女(エマ)の似顔絵と共に、リボンで作られた矢印が街の通路の至るところに記されていたのだ。あの幼女、噴火に気付いたあと咄嗟にシェルターまでの道筋をマーキングしてくれたらしい。

 

 ……どっかの将軍より、●歳児の方がよっぽど有能である。

 

「流石はエマだ! 後でチュッチュせねば」

「うるせぇ! 今は突っ込み入れる余裕はないんだよ、ボケるなら後にしろ!!」

 

 その矢印を道標に、レックス達は走る。火砕流も、もう町の目前へと迫ってきているのだ。

 

 

 

「ペニーさーん! こっちです!」

 

 

 そして、やっと。俺達は遠目に、地面の中へと続く不思議な道筋を発見する。その入り口付近で、小さくエマちゃんが両手を振っているのが見えた。

 

 あれが、ゴールだ。

 

「よっしゃぁぁぁ!!」

 

 駆ける、駆ける。まもなく、火砕流がこの町を覆うだろう。もう時間は殆ど無い。

 

 ラストスパート、姿勢を前に倒してレックスが矢のように駆け抜け、ペニーが下半身をモリモリに膨らませ続く。そして間もなく、俺達はそのシェルターの入り口へと飛び込んだ。直後、町の人が固く入り口を閉じて防御呪文を唱え始める。

 

 間に合った、か。

 

「ペニーさん! ペニーさんペニーさん! ご無事でしたか、怪我はありませんか、何処か痛いところは無いですか!?」

「勿論、大丈夫さ。エマを1人残して死ぬなんて、死んでも死にきれない」

「ペニーさん……」

「イチャイチャすんなソコ」

 

 シェルターに辿り着くなり、中年のオッサンは幼女と抱き合って愛をささやいている。この愛に溢れた光景に、クラリスもご満悦だ。

 

 どうしよう。あの糞将軍、もう一回首チョンパしてやろうか。

 

「いやー、にしても今回はヤバかったな。俺様も流石に溶岩には勝てん」

「我は平気だけどな!! もうちょい時間かかってたら魔力尽きてヤバかったが!!」

「ホンマそうやで。もし逃げ切れんかったら、死体すら残らんわ……」

 

 そう、それだ。

 

 出来れば弔いに戻ってやりたかったが、あんな状況だとジャリバの死体なんて残っちゃい無いだろう。溶岩に燃やし尽くされ、綺麗な灰になった筈だ。さぞ無念だろう。

 

 いや、違うか。人間に戻りたかったジャリバは、最期に人間の様に埋葬されたんだ。

 

 そう、普通の人間の様に、火葬されて埋められた。火山サイコロが、彼女の墓標。彼女は死んだ後で、ようやく念願の人間に戻れたのである。

 

 俺が彼女を悼み、神への讃美歌を俺が捧げれば、それは紛れもなく人間としての死だ。ジャリバは、人間として死ねるのだ。

 

 あの魔族が死んだ今、ジャリバの無念を知るのは俺1人である。せめて、静かに祈りを捧げてやろう。

 

 

 

 

 

 

 ん?

 

 死体すら、残らない?

 

 

 

 

 

 

 あれ? そう言えば俺の死体って、あの洞窟に保管されてたんじゃね? 確かそうだったよな。

 

 もしや、俺の死体って……灰になっちゃった系?

 

 じゃ、じゃあもし今後、魔王軍からジャリバの研究成果を奪ったとしても……、俺って元の身体に戻れない?

 

 え? 俺、一生女の子(このからだ)……?

 

 

 

 

 

「うーん……」

「あれ、フラッチェさん? フラッチェさーん!?」

「フラッチェどした!?」

 

 そのあまりに残酷な事実を突きつけられた俺は、目の前が真っ暗になり。そのまま静かに、意識を手放した。

 

 夢も希望も、何もかも失った……。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。