【TS】異世界 現地主人公モノ   作:まさきたま(サンキューカッス)

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36話

「きゅうぅ……」

 

 その女は、不思議な鳴き声を上げて前のめりに倒れこんだ。誰もいない王都城内の廊下で、手に持った大量の資料を散乱させながら。

 

 そんな状況で訳も分からず呆然としていた俺が、次にとった行動は剣を握りしめることだった。

 

「……奇襲か?」

 

 俺は別に、彼女に危害を加えたりしていない。せいぜい睨みつけた程度である。

 

 だと言うのに何故、彼女はいきなり失神してしまったのか。もしかしたら、これは城内に侵入した魔王軍の奇襲かもしれない。或いは、彼女に恨みを持つ人間による暗殺な可能性もあるだろう。

 

 いずれにせよ、俺は周囲を警戒する必要がある。そう思い至ったからだ。

 

「……」

 

 俺は感覚を研ぎ澄ませ、周囲に人の気配を探った。気配のないゾンビへの対策として、しっかり入念に四方を見渡しながら。

 

「誰も、居ないよな……?」

 

 だが、やはり周囲に気配などない。兵士はみんな、外の襲撃の後処理をすべく出払っていたはずだ。目の前のミーノ以外に、人の気配は感じられない。

 

 ……なら何で、いきなりこの女は倒れたんだ?

 

「……おい、ミーノ将軍」

「きゅぅ」

 

 警戒を解かずにミーノに声を掛けてみたが、相変わらず彼女は目を回したままである。……さて、俺は彼女をどうすべきか。

 

 今なら、誰にも気づかれずに彼女を殺すこともできる。

 

 だが、昼間の様子を見る限りこの女が死ぬと王都はやばいっぽい。エマちゃんも「悪辣だけど王都に必要な人」とか言ってたもんな。

 

 と言うかそもそも、悪い奴とはいえ他人の命を奪うのはかなり抵抗がある。

 

 ……ならいっそ、恩を売っておくのも悪くないかもしれない。この女に良心だの恩だのを感じる機構があるかは分からないが、とりあえず近くの休めるところまで運んでやる程度の事はしてやろう。

 

 俺は、散乱した彼女の荷物を纏めあげ、気絶したミーノ共々小脇に抱えて歩き出した。訓練所の近くに兵士用の救護室があったのを思い出し、そのベッドを利用させてもらおうと思い至った。

 

 背に掛かる細く軽いミーノの重みを感じながら、俺は乱雑に纏めあげた資料の束を引きずり歩くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────それは、いつの話だったか。

 

 目前に迫る、武装した集団。それは隣国の王の野心に突き動かされた、哀れな雑兵。その、成の果てである。

 

「そんな事をする必要はありません。ペニー将軍率いる義勇兵は精強無比、練度も士気も高い。……ここは、我々だけで持ちこたえるべきです」

 

 文官の少女は、懇願するように頭を下げた。無言で陣立に設けられた王座に座す、老年の男に向かって。

 

「決して、兵を引くべきではありません」

 

 彼女には見えていた。自国の勝利までの道筋と、それを成すべき最も効果的な陣形が。

 

 隣国からの侵攻を迎え撃つべく、国軍が王都を出発して早一月。既に、戦争の形勢は決着に向かいつつあった。

 

 ミーノは、底の見えぬ智謀を買われ唯一武力ではなく知力で大将軍の地位に就いた存在である。彼女はこの戦争において、本領を存分に発揮していた。

 

「成る程、我らの勝利は濃厚であろうな」

 

 侵略してきた隣国の軍勢は、既に彼女の策謀により分断され補給線を失った。後は、敵が態勢を立て直す前に各個撃破していくのみだ。

 

 ここから、敵に逆転の術はない。

 

 当然、そんな状況の敵軍が攻勢に出るとは思えない。彼らはきっと無我夢中で、退路を確保し本国に撤退するはずだ。

 

「だから、もう本陣には兵は必要ないのです」

 

 だからミーノは、目前に敵の大軍を臨みながらも本陣に最低限の兵しか残さぬ布陣を取った。見た目の上でのみ本陣を保っているように見せかけつつ、彼らの退路を断つ事に兵を割くべきだと判断した。

 

「ご安心ください、信じてください、王よ。もう、我々は勝利しているのです。敗残兵の落ち延びる先の集落の被害を押さえる為にも、絶対に兵を引いてはいけません」

「だが、もし敵がトチ狂ってこの本陣に奇襲を仕掛けてきたらどうする?」

「そんなことは有り得ないかと。敵からすれば、そんなのはただの自殺ですから。……聞いてください、ここで敵を徹底的に叩いておけば、我が国は100年の平和を手に入れます。むざむざ敵を逃がしてしまえば、奴らは10年経たずに再度侵攻して来るでしょう」

「愚か者!! 100年先を見据えて、目前の脅威を軽んじるな! 退路を断ったとはいえ、奴らは眼前に居るのだぞ」

「……ですので。今の彼らの状況を考えるに、我らの本陣に突撃することなどあり得ないのです」

「それは、絶対か? 万に一、億が一はありゃせんのか?」

 

 有る訳がないだろう、とミーノは王の暗愚を内心で罵倒した。どんな思考回路の指揮官が、兵糧が尽き退路も失った状況でさらに前に出ると言うのか。

 

 敗北したとして、残った僅かな将兵を出来るだけ損なわず撤退するのが敗将の職務だ。それに窮鼠が猫を噛まぬよう、退路を完全に塞がず敢えて数ヶ所残している。

 

 絶対に、奴等はそこから逃げ出す筈だ。その先で待ち伏せしておけば、簡単に敵の残党を壊滅させられる。

 

「何があろうと、それは決して起こりうる事のない話なんだな?」

 

 ────だが。ミーノはその王からの問いに自信を持って「無い」と断言することは出来なかった。

 

 ミーノは知っている。どんなに絶対に思える予想であろうと、必ずどこかに穴があることを。自身の策の成就をほぼほぼ確信していながらも、『もし自分を超える参謀が敵に居たら』と言う仮定がチラリと彼女の頭脳の片隅をよぎる。

 

 彼女は決して慢心しない。自分より優れた存在を認め、そして恐れるのだ。だから、彼女は王の問いに即答できなかった。

 

「辺境へ出撃した兵を呼び戻せ。私のいる本陣こそ、最も厚く守るべきである」

「お言葉ですが、王よ。それは、辺境の集落を見捨てるのと同義です。敗北した敵兵は、逃げる最中に辺境の村民から略奪を行うことは明白かと」

「だが、万が一があるのだろう? お前の布陣の意図は理解したが、だからと言って本陣を一番手薄にするのは狂気の沙汰だ」

「信じてください、勝てます。いえ、もう私達は勝っていると言っても過言ではない」

「ダメだ」

 

 たとえほぼ勝っている戦であろうと、万が一はある。ミーノがそれを認めてしまったから、王は決断した。

 

「出陣した兵を呼び戻せ。本陣の守りを固めよ。……我が村民は勇敢である、敗残兵など自力で対処できるだろう」

「民を守るのが、王の仕事ではありませんか?」

「咄!! この愚か者!!」

 

 ミーノは必死に懇願した。既に完璧な勝ち戦で、後はいかに被害を押さえるかの勝負なのだ。だというのに、王は万が一を恐れて自ら大量の損益を被っているのだ。

 

 ……だが。ミーノと王では。根本的に「民」と言うものの価値が食い違っていた。

 

「民を守るのは、王ではなく『国』である。王の仕事は『国』を守ることであり、そして王を守るのが民の仕事である」

「……」

「貴様は、まだ命に背くか?」

「……いえ、陛下の御意に」

 

 ミーノは、国の主体を民だと信じていた。民が居なければ、王とてただの人なのだ。王とは最も優れた民であり、民を統括しより繁栄に導くべき存在と考えていた。

 

 だが王にとって民とは、自らを守る盾に過ぎなかった。そこが、徹底的に食い違っていた。

 

「では、すぐさま陣を整えよ。そして、次は二度とこんな戯けた布陣を取るなよミーノ」

「……はい」

 

 そして王は、辺境の民を見捨てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何でだ!!」

 

 最強剣士の称を認められ王じきじきに『剣聖』の名を受けたレックスは。いざ国軍に最高待遇で迎えられるはずだったその任官式の日に、一人の女に詰め寄っていた。

 

「何で、兵を引いた!! お前ほどの知恵者が!! 敗残兵の略奪を予想できなかった訳がないだろう!!」

「……知れた事ですよ、レックス君」

 

 その女は、詰め寄られていたというのに顔色一つ変えず。ピンク色の髪を手で薙ぎながら、静かに微笑んだ。

 

「国を営むというのは、そういう事です」

「何が言いたい!!」

「あんな遠いところに、集落を作られても困るんですよ。守るのに余計なお金がかかる癖して、大した税収になりやしない」

 

 その文官は、醜く顔を歪め笑った。故郷を失った剣聖を前に、ニヤニヤと微笑みを崩さなかった。

 

「雑草を間引くのも、参謀たるボクの仕事です。土に含まれる栄養には限りがある、要らない集落は間引かないと」

「……お前。わざと見捨てやがったのか」

「いや、驚きましたね。まさかあんな田舎が貴方の故郷だったとは。それを知っていれば、貴方の価値を尊重して見捨てたりしなかったのですが」

「父さんや!! 母さんや!! 兄妹、家族、俺様の大事な皆を見捨てやがったのか!!」

「あはは、ボクの今回の一番の失敗ですね。ごめんなさい、レックス君」

 

 その煽りや挑発のような謝罪に、激高した剣聖が剣を抜く。

 

 女の目の前に、大剣を突き付けて。流涙し、そして叫んだ。

 

「お前が俺様の大切なものを、全部お前がっ────」

「はて。貴方の家族を屠ったのは敵軍ですよ? ボクはただ指揮しただけ」

「違う!! お前が、お前さえいなければ!!」

「ボクがいなければ、こんな我が国の完全勝利は厳しかったんじゃないですかね? もうちょっと被害が出ていましたよ、絶対」

 

 男の目には、涙があふれ。女はそんな彼を、静かに見据え笑う。

 

「まぁまぁ、過ぎたことはもう良いじゃないですか。これから同僚になるんですから、仲良くしましょうよレックス君」

「ふざ、けんな……」

「君も大将軍となって、我が国の守りはますます万全。期待していますよ」

「ふざけんなぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 

 

 こうして、レックスは国軍の仕官を蹴った。大将軍としての待遇を捨て、冒険者の道を選んだ。

 

 そして。彼はその孤独を埋めるため、各地で仲間を探し求めるようになる。自身のポッカリと空いた空虚な感情を埋めるために。

 

 

 

「……これでいい」

 

 そして、もう一人。悲壮な表情で城から立ち去るレックスを、哀しそうに見つめる女がいた。

 

「王を恨ませるわけにはいかないもの。レックス君が本気で国王を恨んだら、それはこの国が終わる時」

 

 それは、策謀家ミーノの渾身の奇策。

 

「彼が恨むのがボクであるなら。彼の家族の仇が、ボクと敵国であるなら。仕官は蹴るだろうけど、冒険者として国のために働いてくれるはず」

 

 最強の剣士を「国の敵」にしないための、命を賭した捨て身の策だった。

 

「ボクが悪いことにすれば、きっとレックス君は……」

 

 

 

 そしてこの戦の後、ミーノ将軍の「悪辣」さは国中に轟く事となる。利益のために民を見捨てた「人でなしミーノ」は、その噂を知る民から毛虫の様に嫌われることとなったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……。

 

「ボクが、ボクさえ悪ければ……」

 

 ミーノ将軍をベッドに寝かせて小一時間、彼女は一向に目覚める気配はなかった。

 

 涙を目尻に浮かべウンウンと魘されながら、ずっと苦し気に寝言を呟き続けていた。

 

「……レックス君、お願いだから恨まないでぇ」

 

 顔を真っ青にして、何かに怯えながら眠り続けるミーノ将軍。見ていて、痛々しい以外の感情は沸いてこない。

 

 そして何やらさっきから、彼女の寝言の内容がおかしい。何というか、俺が知ったら不味いような内容が物凄く含まれている気がする。

 

「うぅ……、ダメだ、税収が足りないよぉ……。魔王軍に備えないといけないのに、資金が全然足りないぃ。また賄賂で貴族嵌めるしかないのかなぁ……、同じ手ばっか使ってるとバレたらどうしよう……」

 

 ミーノの寝言の大半が国家機密やそれに準ずる内容だ。しかも、呼吸を見る限り間違いなく彼女は眠っている。わざと俺に変な話を聞かせている様子ではない。

 

 え、俺こんなに色々聞いちゃって大丈夫? あとで消されない?

 

 そろそろ起こした方が良いんじゃないかコレ?

 

「お、おーい……? ミーノ将軍?」

「嫌ぁぁぁ、これ以上仕事を振らないでぇぇ。もう一人ぐらい、まともな文官雇ってよぉぉ。エマちゃん今すぐ大人になってぇ」

「あー、ミーノ将軍? ミーノ将軍!!」

「誰か、助けて。仕事はもう嫌、汚れ役はもう嫌ぁ……」

「おーい、起きろ!! ミーノ!!」

 

 焦った俺はかなり強めにミーノの肩を揺すり、声をかける。

 

「……はっ!?」

 

 するとビクン、と体を揺らし。ミーノ将軍は、パチクリと目を開いた。

 

 その両目は、俺とバッチリ目が合っていて。

 

「おはよう、大将軍様」

「あ、あれ? ボク、何で?」

 

 俺からの目覚めの挨拶を返しすらせず、ミーノ将軍は顔を真っ青にして動揺していた。

 

「いろいろ寝言を言ってたけど……、お前、苦労してるんだな」

「あ、ああ。うわあああああああ!?」

 

 詰まるところ、どうやら。ミーノ将軍は色々と抱え込みすぎて、過労で気を失っただけの様だった。

 

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