【TS】異世界 現地主人公モノ   作:まさきたま(サンキューカッス)

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40話

「ミーノ将軍。所定の位置に間もなく到着いたします」

「うん、ご苦労様。動きながら陣立の準備も勧めているね? 今回は早さも大事だよ」

 

 その若い男の魔術師は、自らと歳が殆ど変わらぬ美しい上司に敬語を崩さず報告する。

 

 彼は、頭の回転も早く機転も効くためミーノから直々に秘書官の一人に選ばれた有望な軍人だった。彼を含めミーノの秘書は実に10人以上に上り、それぞれが全く別の仕事を任されている。

 

 つまりそれは、大将軍ミーノが10人近い秘書官の仕事を一手に統括していることを示しているのだが。

 

「はい、了解しました。ですがその、ひとつお伺いしてもよろしいですか?」

「良いよ? 何?」

「本当に魔王軍がここに進軍するのですか? 何か根拠がお有りなら教えていただきたいのですが。こんな戦略的価値のない森に何故陣を構えるのか、部下一同も疑念で士気がなかなか上がらない様子なのです」

「え? 何言ってるの、ここに進軍してくる訳ないじゃん」

「……はい?」

 

 小首を傾げる秘書官に、ミーノは眉をへの字に曲げて答える。

 

「あんまり難しく考える必要は無いよ。魔王軍がこの森に来ても、遠回りになるだけでしょ?」

「……でしたら、何故」

「魔王軍の狙いは、おそらく北東の砦。で、北東の砦にはもうクラリスが派遣されてる訳で。となると、敵の魔王軍はどう動く?」

 

 三大将軍ミーノは、クラリスの凄まじさをよく理解していた。そして砦に急襲した魔王軍がいかに精強で有ろうとも、あの人外(クラリス)が守る砦を落とせる筈がないと信じていた。

 

 どんな軍勢が、鼻息混じりに千の雷を落とす化物に勝てるのか。

 

 

 丁度その会話の直後にドン、と土煙と共に爆音が響いてくる。それは、北東の砦のある方向からだ。

 

 

「ほら、東から戦闘音が聞こえてきた。クラリスと魔王軍はもう交戦を始めたみたいだね。この国を丸っと覆える異常な射程のクラリスから逃れるために奴等はどうする?」

 

 爆音と共に遠く東に上がった煙を見て、ミーノは待ってましたとばかりに頬を緩めた。

 

「あ……、クラリス様からの攻撃から逃れようと、奴等は見通しの悪い森に逃げ込む……」

「そう言うこと。今回は進軍してくる敵を迎え撃つんじゃなく、逃げ惑う敵の退路を塞ぐ布陣だよ。それをふまえて、陣形を組んでね」

「……は、はい!」

 

 秘書官の男は、納得した顔で準備に取り掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方で、北東の砦。

 

 そこは、魔族にとって阿鼻叫喚の地獄が始まっていた。

 

「……本当に来るとは、ミーノの奴も侮れん」

 

 豪炎が躍り、火球が舞い、大地が爆ぜる。人類最強の黒魔導師が守衛(まも)るその砦は、一面を覆い尽くさんばかりの焦げた魔族の骸に包まれる。

 

 開戦して、1時間も経たぬうち。クラリスの爆炎は、魔王軍の半分以上を炭で出来た遺骸へと変えてしまった。

 

「クラリス様。奴等、引いていくみたいです。追撃は如何にしますか?」

「何があっても、どんな状況でも、撃って出ず防衛に専念せよ。それが王命である」

「では、奴等は逃がしてやるのですね。いずれ、侮れぬ敵となって我らの前に姿を現すやもしれませんが」

「……そうだと良いがな」

 

 クラリスは目前から必死に逃げ去る魔族を、哀れむように見下ろした。だがクラリスの目の届く限り、彼女は決して追撃を緩めない。

 

「撃って出るな、これは王命であると同時にミーノの提案でもある」

「……はあ」

「あの女が、みすみす敗走する敵を逃がす筈がない」

 

 クラリスは一人でも多く、敵を屠り骸と変える。それは、決して魔族が憎いからではない。

 

「逃げ出した魔族共が、ミーノにどう利用されるか分からぬ。死んでいた方が幸せだったと、そう感じるかもしれん。だからせめて、ここで勇敢な兵士として殺してやる方が彼らもきっと幸せなのだ」

「クラリス様……」

「案ぜよ、基本的にミーノは味方には危害を加えん。ミーノは、味方への友愛の情は持つ。だが同時にあの女は、敵には一切の情けもかけぬ」

「敵、ですか」

「すなわち国の敵である。……敵に対しては、どこまでも残虐で無慈悲になる女よあやつは」

 

 だから嫌いなのだ、とクラリスは呟いて。誰よりも優しい金髪少女は、似合わぬ冷酷な瞳に逃げ惑う魔族を映した。

 

「愛とは選択だ。戦いとは、守るべきものを選ぶ事だ。我にとって、メイやぺニーやエマの居るこの国が大事だ」

 

 そんな呟きと共に、クラリスは無数の火炎を背後に浮かび上がらせる。

 

「恨むなよ」

 

 そして、無慈悲に。彼女は向かい来る魔族を、逃げ惑う敗残兵を、爆煙とともに葬り去る。

 

 魔王軍と人類の戦の幕開け、最初の軍同士の激突は。人族軍師ミーノの、手のひらの上で転がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミーノ軍が目的地に到着してから息をつく暇もなく、魔王軍は現れた。俺達はミーノの指示で後方に配置され、慌ただしく動き回る国軍連中を眺めていた。

 

 彼らの行動は恐ろしく機敏だ。テキパキと実に要領よく、国軍は布陣を済ませていった。

 

「隊長格の魔族は、死なない程度に回復してあげてね。生け捕りは基本だよ~」

 

 神速で森に構築されたミーノの陣は、まるで蟻地獄の様だ。それは敵を封殺する事に特化した形だった。

 

「陣列を乱すなー、掛け声で合わせて集中砲火だよ!」

 

 扇状に魔術師が並び、その中央に魔族を誘導し爆殺する必殺の陣。10人近い魔術師により放たれた攻撃の集中砲火を浴び、1体、また1体と魔族は地に伏していく。

 

 個々の戦闘能力の高い魔族に対し、数と陣で有利な状況を作り上げて戦う。それは実に人間らしい、姑息で嫌らしく効率的な戦いをミーノ軍は徹底していた。

 

「成程。魔術師同士の連携で格上の魔族を倒しとるんやね……、こりゃウチやメイの出番は無いわなぁ」

「連携とれない味方は邪魔ですね、これ。どれだけ訓練したんでしょう」

「本当に凄まじい練度だ。流石国軍、金貰って戦ってるだけはある」

 

 俺もメイちゃんに同意見だ。これは自分の利益を優先する冒険者には出来ない、まさにプロの魔術師の戦い方だと言える。絶対にこんな奴らを相手をしたくない。

 

 敵を誘導すべく遊撃の魔導士が爆撃して逃げる方向を限定し、狭まった逃げ道を直進すれば扇状の魔術師の陣に囲まれ集中砲火を浴びる。敵に決して近寄らせず、徹底的に遠距離で叩く。

 

 メイやカリンと同じく、連携出来ない俺やレックスがこの白兵戦に混ざっても、陣形を崩すだけだろう。成る程、一騎打ちだけを任されるわけだ。

 

「レックス君、敵将クラスが現れたらよろしくね。この陣形で対応できない奴が現れたら、即座に救援信号が飛ぶ手はずだから」

「……ああ」

「ピンク色の狼煙が救援信号。その狼煙が上がるまでは、ゆっくり身体を休めていてよ」

 

 軍師と聞いて、正直ミーノの軍を侮っていた。謀略に長けた長が居るだけの、支援や工作専門部隊だと思っていた。

 

 彼らは、立派に戦力だ。多分、敵将がメロ程度ならあっさり彼らだけで倒してしまうだろう。ペニー軍の練度もまぁまぁ高かったが、コイツらはレベルが違う。

 

 個人としての国軍最強はメロかもしれないが、軍隊としての国軍最強はおそらくミーノ軍だ。

 

「狼煙が上がったら、逆にお前の部下は引かせろ。そこは俺様の戦場だ、俺様のパーティで対応する」

「……まぁ、その方が戦いやすいならどうぞ? ただ一応言っとくけど、負けないでよ」

「無論だ、何をぬかす」

「君が敵の大将クラスに勝てるって前提で作戦立ててるんだからね。君が負けた瞬間、君のパーティを丸ごと囮にしてボクたちは撤収するから」

「くどい、俺様は負けん」

「だと良いけど」

 

 じぃ、とミーノは半目にレックスを睨む。何やら、思うところがあるらしい。

 

「……信じてるからね。じゃ、ボクは陣頭指揮に戻るからヨロシク」

「とっとと失せろ」

「じゃーねー」

 

 だが、彼女もそれ以上レックスに何も言わなかった。俺達に小さく手を振り、護衛の魔術師に囲まれてミーノは前線へと向かっていく。

 

 ……さて。後は敵将が出てくるのを待つだけか。

 

「全く。あの女、わざわざ俺様を呼んでおいて『負けるな』なんて……舐めてやがるのか」

「レックス様が負ける様な相手、居る筈がありませんよ」

「親友が居たら話は別だがな、その辺の魔族将如きに俺様が負けるもんか」

 

 ……いや、普通は人より遥に強い魔族の将軍格に、たった一人で勝てる人間はいないんだがな。

 

 レックスが色々とぶっ飛びすぎなんだよ。

 

「クラリスちゃんの砦から逃げ延びて来た雑魚魔族狩りかぁ。こんな下らん依頼に俺様を呼ぶなっての」

「でも、メロ将軍とかペニーさんとかが勝てるかって言われると微妙なような気もします」

「いや、ペニーのオッサンは大概の奴に勝てるぞ。武術の達人だし、エマちゃんの助言があれば早々騙されんだろうし」

「メロは?」

「挑発されて、突っ込んで、自滅して終わり。アイツ、独断専行するタイプだから戦争には向かねぇの」

 

 ……アイツは本当に性格がなぁ。

 

「ま、ペニー将軍は今どっか行ってるんやろ? ならしゃーないやん」

「だな。あのオッサンの代役と考えると、ちょっとはマシな気分になる。あのオッサンは良いオッサンだ」

「ペニー将軍ってロリコン以外完璧ですもんね。エマさん一筋って感じで危険も無いし」

 

 ……と言うかあのカップル、ペニー将軍がエマちゃんを射止めたんじゃないよね。エマちゃんにペニー将軍が捕まった感じだよね。

 

 既にペニー将軍、エマちゃんに手綱を握られている感じだったし。

 

「……お。見ろよ、あそこ」

「ん? 何だレックス」

「狼煙は上がってないが……俺様の出番みたいだな」

 

 そんなどうでも良い話に興じていると。レックスが何かに気付いて、戦場の端を指さした。

 

「……ひっ!?」

「半円状の、赤黒い飛沫。ありゃ狼煙を挙げる暇も無かったってところか」

「多分、一薙ぎだな。一度の斬撃で、十人近くを切り殺しやがった」

 

 その赤い半円は、きっと魔導師の血痕。彼らはきっと集中砲火を浴びせられる位置まで誘導し、逆に一薙ぎに斬り殺されてしまったのた。

 

 即座にレックスが立ち上がり走り出す。俺もメイちゃんを胸に抱いて、カリンと共にその真っ赤な戦場に向かい駆けだした。

 

「敵将だ! レックスパーティ、出るぞ!」

 

 見れば、既にミーノが慌てて周囲の兵に引くよう指示を飛ばしている。脱兎のごとく四散して逃げ惑う魔導士の流れに逆らって、俺達はまっすぐそこに現れた一際大きな魔族に突っ込んでいく。

 

「頼んだよ! レックス君、フラッチェさん!!」

 

 そんな、軍師の声を背中に受けて。レックスは一人先行し、一筋の矢の如くその魔族の将に斬りかかった。

 

 

 

 レックスと肩を並べて戦う始めての戦闘。この時の俺はまだ、それがどんな結末を迎えるかを知らなかった。無邪気に、親友との初陣に高揚していた。

 

 

 ────この日。ただの残党狩りのつもりだった一戦は、レックスとミーノが肩を並べ戦ったこの一戦は、歴史を変えた戦いとして後世の歴史書に記される事となる。


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