【TS】異世界 現地主人公モノ   作:まさきたま(サンキューカッス)

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42話

 ────レックスと相対する魔族の将は、すなわち魔剣王と呼ばれた魔王軍最強の剣士だった。

 

 魔剣王は、魔族の中では非常に奇特な存在と言えた。何故なら彼は魔族でありながら、人間の編み出した「剣」という武器に魅いられてしまったからだ。

 

 きっかけは些細なモノだ。最初は、ただ殺した貴族の持っていた名刀の美しさに惹かれただけだった。

 

 白銀に光る、妖しい刃。氷のように冷たい、残酷な刀身。それは、芸術品の様で。

 

 貴族から奪ったその名剣を眺めているうちに、いつしか彼は自分もこの美しい剣で戦いたいと考えるようになった。

 

 だが人が打った剣では小さすぎるので、自分の体格に見合った巨大な剣を自ら打って、その剣を無心に振り続けた。

 

 百年。それは、彼が剣の鍛練に費やした日数だ。

 

「魔族が武器に頼るのは、自分の力に自信がない証拠」

「鉤爪があれば、牙があれば、豪力があれば。魔族に武器は必要ない」

 

 それが、魔族の基本的な考え方だ。

 

 何せ、彼らの作る剣は脆いのだ。文化レベルの高くない魔族の鍛冶の作る武器は、往々にして彼らの武器となる肉体に劣ってしまう。

 

 武器とは、強靭な体を持たない人間や下級魔物の苦肉の策である。それが、魔族にとっての「武器」の認識だ。

 

 だから、滅多に居ない熟練鍛冶の魔族が強力な武器を鋳造しても、魔族は興味を示さない。あるいは「良い武器を打った鍛治を殺してしまう」かのどちらかである。

 

 何故鍛治は殺されてしまうのか? それは彼らの考え方が、人間と大きく異なっているからだ。

 

「良い武器だ。俺以外に使われると面倒だから、今ここでお前を殺しておこう」

 

 それが、魔族の常識的感性である。

 

 魔族は優れた肉体を持つ反面、個を優先するきらいがあった。自分にとって都合が悪ければ、魔族同士であろうと躊躇わず殺してしまうのだ。

 

 絶対的な強者(まおう)に従わされるまで、魔族は仲間を仲間と思わず好き放題に生きてきた。

 

 

 

 だから、魔剣王は剣に魅いられ自ら剣を打った。そして、それを自らの武器として高め続けた。

 

「何だ、あの弱そうな魔族は」

 

 剣に魅いられた魔族は、周囲の皆に嘲笑された。彼の試作した剣の第一号は刃もこぼれ、ヒビが入り、所々が歪んでいた。

 

 この魔物は脅威に成り得ない。鍛治として殺す価値もない。

 

 皆が彼を弱者と見なし、放置した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 百年。

 

 魔剣王は無心に剣を打ち、そして剣を振るった。

 

 誰も居ない森の奥で、寂れた小屋の中に鍛治道具を入れて、剣と向き合い続けた。

 

 彼の鍛治の腕は見違えるほどになり、人の名鍛治が打つ剣と遜色無い刀を打ちだした。彼の剣の腕は長年の修練により、魔族に比肩するものが居なくなった。

 

 やがて『一つの境地に達した』とそう実感した彼は、剣を合わせる相手を探す旅に出た。

 

 剣に魅いられ、剣を理解し、剣を極めた。そう確信した魔剣王が最初に出会った敵。

 

 

 

 それが、後に魔王と呼ばれる男だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっはっはっは!! すげぇすげぇ!」

 

 魔剣王の百年は、剣と共に有った。

 

 魔剣王の斬撃は素早く、力強く、正確で、隙がない。それは果てなき研鑽の果てに至った、理想とも言える剣筋だった。

 

「俺様とまともに打ち合ってるよコイツ! ガッハハハ!!」

 

 ……ただ、哀しいかな。その魔族が費やした百年は、レックスの二十年に満たぬ短い人生に届かない。

 

 先手が取れない。自分よりも早く動き、上手く立ち振舞うレックスと言う剣士。それは、剣を心の拠り所としていた彼にとってどれ程の悪夢だろうか。

 

 魔剣王はろくに攻め込むことが出来ないまま、防御に徹するのみ。

 

 本気を出した剣聖とまともな勝負になっている、それが彼の百年の成果。彼の百年は、レックスを楽しませるためだけに存在した様なものだ。

 

 

 魔剣王の、顔が憎悪に滲む。到底、彼にはレックスという存在が受け入れられなかった。

 

 剣聖の話は、手駒にした人族の剣士からよく聞いていた。

 

『隙がなくて、早くて、そして防御ごと斬る剛剣の剣士。手強い男だ』

『でも、俺の方が強い。俺の方が上手い。てかたまに勝ってたし』

『というか俺の方がかっこよくてハンサムで強い』

 

 そんな、要領を得ない説明では有ったが。

 

 魔剣王は、その情報からレックスを人族として優れた剣士なのだと判断した。だが、いかに人族の中で剛剣であろうと、魔族である自分には敵うはずもないと考えていた。

 

 魔剣王は、男の話を聞いた上でレックスを見くびっていた。

 

「こんな強い魔族は初めてだ! でもよお前、誰かに勝ちたくて剣振ってた訳じゃねえな?」

 

 打ち込んでいるのは、常にレックス。攻撃を捌かされているのは、魔剣王。

 

 どちらが優勢かは、火の勢いを見るより明らかである。

 

「お前の剣はただただ、愚直に剣を振り続けた奴の剣筋よ! 透明で、見るものを魅了する美しさは有れど味は無い!!」

 

 魔剣王はその言葉に動揺し、わずかに受けの角度を誤る。彼の自慢の名剣に、小さな亀裂が走る。

 

「お前は剣士との対戦経験も少ない! 反射神経と剣筋の鋭さで誤魔化しているが、ろくに戦略を立てていないだろう!?」

 

 それは、指導なのだろうか。

 

 レックスは、上から目線で百年研鑽を積んだ魔族に説教をし始めた。  

 

「だからこう言うことになる!!」

 

 

 

 

 そして。小さな剣の亀裂に気を取られた魔剣王は、握っていた剣の柄を蹴りあげられ。

 

 得物を失い呆然と立ち尽くす間に、レックスに剣を突き付けられた。

 

「がっはっはっは!! 勝負アリだ!」

 

 

 

 それは、紛れも無い決着。

 

 魔王の下で、百年に渡る研鑽を存分に発揮しようと勇んで出陣した魔剣王。

 

 彼の、その念願の初陣は────惨敗だった。

 

 

 

 

 

 

「あ、レックス勝ちよった。そろそろ泣き止み、フラッチェ。顔見られんで」

「……おう」

「す、凄いものを見ちゃいました」

 

 これが、レックス。これが、剣聖。

 

 歴史上最強、剣の化身。『無敵』の剣士レックス。

 

「……強ぇな。何ていうか、本当に化け物染みてる」

「お、おいおい。さっきからどないしたフラッチェは、何で大泣きしとるんや?」

「そっとしといてあげてください。……私にもフラッチェさんの気持ちはよく分かるんで」

 

 涙を流してしゃくり上げている俺の背中を、メイちゃんが優しくさすってくれる。

 

 ……メイちゃんは、どうやら俺の気持ちを理解してくれたらしい。この、突き放されたような絶望感を。

 

「どういう事や?」

「そうですね、カリンさん。数年前になるんですが、自宅ではクラリスはいつも私を子供扱いしていました。それで、クラリスの得意な魔法で勝って見返してやれって必死になった時期があったんですよ」

「へぇ、そうなんや」

「私みたいな凡人がクラリスに勝てる訳がないのに、無駄に努力を重ねてしまって。無我夢中魔法を勉強したけど、独学で頑張ったせいで返って非効率的で。結果私は、ロクに魔法を修めることも出来ず家出しちゃいました」

「……」

「私が習得した渾身の魔法も、クラリスにとっては全部児戯なんですよ。馬鹿らしくって悔しくって」

 

 ……。そっか、メイちゃんは生まれた時から『人知を超えた天才』の元で生きて来たんだもんな。俺なんかよりずっと、苦しんできたんだよな。

 

「ま、まぁ。そう気落ちすんなフラッチェ、レックスは色々とおかしいんや」

「そうです、カリンさんの言う通り。割り切ると楽になりますよ」

「……ごめん、ありがと」

 

 割り切らないといけない。勝てない相手がいると、受け入れなければならない。

 

 それは酷く屈辱的で、俺の人生を丸ごと否定されたかのような喪失感に捕らわれる。でも、いつか気付かないといけない事だったのかもしれない。

 

 人間は、努力したからと言って何でも成し遂げられるわけではないのだ。

 

「クラリスは小さい時からおかしかったですからね。3歳の時には既に魔法を習得し、5歳になる頃には魔術教師が教えることがなくなった。そこからひたすら自己研鑽を積み重ね、誰も真似できない魔術の高みへと到達してしまった」

「話聞くとクラリスもぶっ壊れとるよな、やっぱ」

「そんな人外染みた存在と張り合っちゃだめです。目標を高く持つと言えば聞こえは良いですが、身の丈に合わない無理は体を壊してしまうので」

「……ああ」

 

 それを、メイはずっと前から思い知っていた。俺は、気付くのが遅れてしまった。

 

 ああ。俺の人生って何だったんだろう。

 

「レックスやクラリスは、普通の人が敵う存在じゃない」

「あの二人は存在が別物」

「史上最強」

 

 それを。俺は、認めないといけないのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ─────その時。戦場に生じた小さな異変に、ミーノは気付いていた。

 

「……おかしい。おかしいよ」

 

 戦場は、流動する。絶対に見えた予測であっても、簡単に螺じ曲がり崩壊する。

 

 ミーノは、自らの作戦が音を立てて瓦解している気配を機敏に感じ取っていた。

 

「おかしい、なんで。嘘でしょ、まさかこれって」

 

 彼女は大将軍だ。彼女の責務は、魔王軍を撃退し人族を勝利に導くこと。そのために彼女は、現状での最善の布陣を行ったつもりだった。

 

 だが、ミーノは人間である。如何に優秀な頭脳と言えど、全てを見通すことが出来るわけではない。

 

「ミーノ将軍。……ついに、逃げてくる魔族が居なくなりました」

「何で。どうして森に逃げてこないのさ。ここ以外に安全な逃げ場なんてないのに」

「……」

 

 それは、ミーノ自身の慢心もあったのかもしれない。

 

 彼女は、自分の頭の良さを理解していた。そして、彼女の明晰な頭脳をもってしても理解できない魔術を使うクラリスを、人知を超えた化け物と認識していた。

 

 だから、ミーノは『クラリスやレックスは敵に勝つ』前提の作戦を立てていた。

 

「じゃあ、まさか北東砦は─────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして戦場に、風が吹く。

 

 それはまるで河原のせせらぎの様に、優しく穏やかな風だ。魔族が逃げてこなくなった戦場に、魔剣王がレックスに敗北し地に伏せっているその場所に、その風は吹いていた。

 

「……ん?」

 

 久方ぶりの熱い勝負に満足し。魔剣王の剣の腕を惜しみながらも、その首を飛ばすべく剣を構えたレックスは。

 

 その、自分に纏わりつくような風を、凄まじい反応で察知した。

 

 

 

 

 

 

「─────ああ。やっぱ勝つよなお前は」

 

 その風は、レックスの背後にいた。

 

 レックスがソレを察知した頃には、風は笑いながらレックスの背後で剣を振り抜いている最中だった。

 

「っと! 危ね!?」

 

 完璧な奇襲。だが、レックスの反応が間に合った。

 

 風の様に気配も無く現れたその剣士の斬撃は、半ば無意識に身を捩った剣聖に見事躱されてしまう。

 

 だが、攻撃を避けられた筈の剣士に動揺は無かった。それはどうせ避けられんだろうなと、察していたかの様な。

 

「……あ」

「よぉ……、久しぶりだなレックス」

 

 そして。レックスは、フラッチェは、魔剣王を救うべく割って入った剣士を直視する。

 

 

 

「地獄の底から、殺しに来たぞ」

 

 風薙ぎ。

 

 どこから切っても当たることは無く、風を相手に薙いでいる様だと評された高名な剣士。レックスが居なければ、剣聖の名を名乗っていたかもしれない男。

 

 その、レックスにとって誰よりも会いたかった存在が─────

 

「ほら、手土産だ。レックス、気に入ったか?」

 

 

 

 

 

 

 振り乱された金髪の、幼い少女の生首をレックスに向けて投げ捨てた。

 

「……は?」

 

 それは、数日前に別れたばかりの。史上最高の魔法使いと名高い、レックスにとって友人であり仲間の姉でもあった大事な少女。

 

「レックス、お前の知り合いだろ? そのガキ」 

「おま、お前……」

「レックス。この姿が、一時間後のお前の姿だ。……さ、剣を構えろ」

 

 金髪で快活な少女の、変わり果てた姿。目をどす黒く歪めて笑う、堕ちた剣士。

 

 それは、レックスの勝利の余韻など吹き飛ばす……凄惨な光景だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「姉、さん?」

 

 黒魔導士の少女の、呆けた声が木霊した。


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