【TS】異世界 現地主人公モノ   作:まさきたま(サンキューカッス)

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60話

ここは、王都の本城。

 

「戦況はどうなっている?」

 

 白髪の老人は、王座に座して傍らに控える女に問うた。

 

「はい、お答えします王よ」

 

 応える女の名は、ミーノ。彼女はかつて隣国との戦争中に、彗星のごとく現れ神算鬼謀を持って国を救った救国の聖女。

 

 やや非情なきらいはあるが、彼女の軍事的・政治的手腕は過去に類を見ない非凡なものだった。

 

「既に、情勢は決しつつあります。敵の大半は失われ、残る残党も右往左往に逃げ惑っています。一方で我が軍は未だ無傷に近い状態、『魔王』は未だ姿を見せていませんがほぼ勝敗は決したかと」

「……ほ? なんと、まぁ。やはりお主に任せておけば、何もかもうまくいくのう」

「そこまで王にご信頼いただけて、ボクは実に幸せです」

 

 王に褒められてミーノはニコニコとはにかみ、顔を伏せた。

 

 このミーノという女は実に優秀である。

 

 彼女に出会い、王は今まで自分の『自分の機嫌を取るだけだった』文官がいかに頼りない存在かを知った。

 

 苦言を呈してでも、利益になる行動を勧めるミーノ。最初はうざったいと感じた彼女の発言も、よくよく考えれば全て自分の利益となっている。

 

 心配し過ぎな面を除けば、彼女の言う事はだいたい的を射ているのだ。王として、こんなに頼もしい参謀も居ない。

 

「では、ペニーの件はどうなっている?」

「彼は未だ姿をくらましたままです。そして残念ながら、今ペニーを捜索するだけの余力はありません」

「……そうか。所詮は平民上がり、国の一大事に臆病風に吹かれるとは情けない。大将軍の器ではなかったか」

 

 王は戦況報告を聞いて気を良くし、興味を次に移した。すなわち、三大将軍と銘打っていたペディアの主幹の一人、ペニーの失踪である。

 

 民からの支持が凄まじく、多大な戦功も上げていたため満場一致で大将軍と認められた男。少々性癖に問題はあったが、彼もまたペディアと言う国を救った英雄の一人だ。

 

「いえ、彼の失踪はボクのせいでしょうね。城下町の1件が、彼の逆鱗に触れたのかと」

「……そうか」

「賢明なる王にはあの行為の意味を理解いただけましたが……、平民上がりの彼には理解するだけの教養が足りていなかったのかと。お叱りは如何様にも」

「ふむ。……いや、お前はよくやっている。ならば気にするな、ゆっくり捜索を続けて戦後にペニーと話し合うが良い」

 

 ミーノはシュンと、悲しそうに目を伏せた。実際に彼の失踪は、ミーノにとって痛手だった。

 

 ペニー本人の指揮能力もさることながら、ペディアでは数少ない『能力的に信用できる文官』のエマがセットで失踪したからだ。彼女のこなしていた警邏・治安維持の仕事を放置するわけには行かず、かといって代わりにできる人材も育っておらず。結果としてミーノが仕事を抱え込まざるを得なくなり、彼女の負担は激増していた。

 

「……慈悲深いお言葉、感謝いたします」

 

 何故ミーノはもっと人材を集めなかったのか。

 

 ミーノは決して人材教育を怠っていたわけではない。むしろ自ら教導し、物凄く力を入れて部下を鍛え上げている。

 

 だが、ミーノが大将軍の役に着いてまだ数年。最近やっと使い物になる人材が数名出てきた程度で、まだまだ頼れるほどの存在とは言えなかった。

 

「……エマちゃんには、ボクの後を継いで欲しかったんですがね」

 

 天然物の『使える』文官エマ。平民上がりにも関わらず、生き馬の目を抜く市政の商界で成り上がり資金を集め、ペニーの参謀として彼を大将軍にまでのし上げた早熟すぎる天才。

 

 人に飢えていたミーノにとって、彼女はまさに癒しだっただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方で、そんなとんでもない女に目をつけられていた幼女は。

 

「……あれ? これって?」

 

 戦争の決着と同時に蜂起する為、味方に引き込んだ貴族の部屋を借りて城内に潜伏していた。

 

 もう、ペニー達は戦場から城へと引き返してしまっているのだ。

 

 さもありなん。いざとなれば加勢しようと、城壁に隠れて戦況を見守っていたペニーが見たものは、肌を焼かんばかりの輝きに包まれ魔王軍が瞬殺される光景である。

 

 あんな隠し玉を用意しているとは、やはりミーノは恐ろしい。だが、これならばペニーの出番はないだろう。

 

 あの女なら、勝手に少ない被害で戦争に勝つ。その、勝利して気が緩んだ一瞬の隙を突く。それが、今回のペニー達の戦略だった。 

 

 勝算は五分五分だろう。

 

 いくらあの女が超人であろうと、魔族との戦争の真っ最中にクーデター対策までしている余裕があるとは思えない。だが、だからこそ返し技を用意しているのがミーノと言う女だ。

 

 奴の考えを読み過ぎても、読み足らぬという事はない。だから、エマは決行の直前となった今でもピリピリと周囲を注意深く観察し続けていた。

 

「どうした、エマ」

「あ、いえ少し気になるものが。誰か、魔導部隊の方を呼んでもらえますか」

「お、おお。おーい、誰か魔導師呼んどくれ」

 

 だからだろうか。何かに気がついたエマが立ち止まり、不可思議な表情で魔法使いの部下を呼んだ。

 

「……これは」

 

 その、エマが気づいた何かとは。布をかぶせられ隠された、小さな新しい魔法陣であった。

 

「何故、こんなところに? はい、お答えしますとこの術式は……」

「え、何だってそんな魔法を」

 

 その部下の報告を聞き、エマは違和感を感じた。それはまるでエマが、大きな思い違いをしていた時に感じたような違和感だ。

 

 何かが、間違っている。何を、取り違えている。エマは、ゆっくりと思考の波に沈んだ。

 

「ペニーさん、少し待ってください。考えをまとめます」

「お、おお」

 

 幼い軍師は無意識に爪を噛みながら、その魔法陣の意味を考察する。

 

 誰がこんなところに? いつから、どんな目的で?

 

「……あ」

 

 エマの本領は、政務と金融である。彼女は軍務より政治が得意な、後方支援型の参謀である。

 

 彼女は軍師としてもそれなりの適正は持つ。布陣してにらみ合いながら、敵の作戦を読んで戦略を立てることは人一倍にできる。

 

 だが、常に流動し続ける戦場での指揮は、エマは不得手だった。彼女は難問に対しじっくり考えて正答を出す事に長けるが、易問に対し正答を即断できるタイプではない。人には得手不得手が有り、エマは軍事指揮に向いていないのだ。

 

 もっとも、そういった指揮は超人的な戦争勘を持つペニーが行うので何ら問題はないが。さらに彼女にはまだまだ成長する余地も残っている。大きくなってから身につければ良い話でもある。

 

「ペニーさん、作戦変更です」

 

 だからこそ、エマは気付たのだろう。これは、策謀だ。彼女の得意な、じっくり読み合いをするタイプの策謀だ。

 

「ふむ、どう変更するんだエマ」

「計画を前倒して、今すぐ王座を包囲します」

「……は?」

 

 果たして、それは正答か誤答か。ミーノという策謀の化物に乗せられたのか、はたまた彼女の裏をかけたのか。

 

 それとも、全てがエマの勘違いなのか。

 

「……戦争が終わるまでは、コトを起こさないんじゃなかったのか」

「ええ。それが理想でした」

「戦況は人族に傾いたとは言え、まだまだ予断は許さない。今すぐ行動を起こすメリットはなんだ、エマ」

「策謀の狭間で失われる命を、救うためです」

 

 キッ、と。エマはまっすぐ、自らの愛する民の為の英雄を見上げて頭を下げた。

 

「信じてください。私の考えが間違ってなければ、貴方の取るべき行動は今すぐ王座の間周囲を包囲することです」

「む、む。だが俺は別に、王様をどうこうするつもりは」

「ええ、当然誰も殺さずにお願いします。できれば、王も引き渡し願う形が理想ですが……。全てを説明している時間はありません、どうか決断してくださいペニーさん」

「……。ふ、ふ。ようし、みんな聞いたか! 出陣の準備をしろ!!」

 

 即断即決。これが、彼の長所である。

 

 ペニーは頭が良くない。だが、けっして無能ではない。彼には生まれ持っての動物的な勘があり、咄嗟に何も考えず選んだ選択肢がだいたい正解なのだ。

 

 だから、ペニーは自分の直感と最愛の軍師を信じた。

 

「国を変える。王を変える。国のために民が犠牲にならない、そんな国を作るために!!」

「各員各所に通達してください。決戦の時来たれり、と」

 

 その号令から十数分後。ペニーの協力者たる城内に残っていた貴族や警備兵は、一斉にペディア国王に牙を剥いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────ペニー将軍裏切る、国王に対し牙を向き王座の間に向けて迫り来る。

 

 その、とんでもない知らせを聞いたミーノは。

 

「はい? え、嘘だよね? 今?」

 

 目を見開き声を震わせて、絶望の表情で王座の床にしゃがみ込んだ。

 

「な。なっ!! それは真か!?」

「え、ええ。その他、彼に付いたとおぼしき貴族も多数挙兵してます」

「あの平民上がりの不届き者め!! まさか、まさかこの王座を狙っとったのか!」

「ちょ。ちょっと、ええぇ……」

 

 その隣で話を聞いていた王は、歯噛みして激高し。ミーノはフラリと額を抑え、涙目になりながら顔を伏せた。

 

「それはダメだよエマちゃん、悪手どころの騒ぎじゃないし。そんなんじゃ、後釜は任せられないよぉ……。見込み違いだったかなぁ」

「何を言っている!! ミーノ、何か奴らに対する手立てはあるか!?」

「ん、まぁ。保険くらいは用意してますよ、当然」

 

 ミーノのショックの受け方は、王のそれとは少し異なり。反乱された衝撃と言うより、エマの行動への失望の感情が色濃く見えていた。

 

 ────こんなタイミングで事を起こし、兵士に動揺が広がれば魔族にとって思う壺。そんな事も分からないのであれば、エマと言う少女は所詮早熟なだけの凡人だ。

 

「ここは、あの馬鹿二人に痛い目に遭ってもらいましょうか」

 

 仕方ない。せっかく泳がせていたけれど、このタイミングでクーデターなんぞ成功させる訳にはいかない。

 

 最悪殺す事になるけれど、ここは勝たせて貰おう。と、ミーノは内心で静かに怒り、王座に駐留していた近衛兵を集合させた。

 

「皆、正念場だよ。ボクの指示を、よく聞いて」

 

 例えこの王座を包囲されようと、ミーノに勝つ見込みはある。と言うか、ほぼほぼ勝てる。

 

 むしろミーノにとってこのクーデターは、いかにエマ達を殺さずに済ますかの問題と言える。

 

「反逆者共は、どこに陣取ってるの?」

「……ここと、ここに敵は確認しております。あと、反対側の廊下付近に見慣れない警備兵の集団がいたと」

「あー、成る程。あー……」

 

 兵の報告を聞いたミーノは、一瞬考える素振りを見せたあと。

 

「じゃ、5人組になって両側で、このラインを維持して防衛線を張って。あの爆発で役割のなくなったボクの配下にはもう撤退命令出してる、彼等が戻ってきたらボク達の勝ち。だから攻め込む必要はないよ? こんな狭い通路、防衛側が絶対有利なんだ。相手の出方を伺って冷静に、ジックリジックリ睨み合って時間を稼いできたまえ」

 

 そう、命令を下した。

 

 

 

 

「勝てるのか、我が右腕ミーノよ」

「無論です。ま、見ててください。ボクにはとっておきの秘策がありますし、彼らは精鋭中の精鋭ですから」

「むむぅ、ならば良し。ペニーの奴、捕らえたらどうしてくれよう……。アレだけ目をかけてやったのに、その恩を忘れるとは」

 

 王は、歯噛みする。実際、王はペニーを嫌ってはいなかった。

 

 話していて気持ちの良い男だし、ウソをつかない竹を割ったような性格も好ましかった。

 

 だからこそ。彼が謀反したと聞いて、より一層に悲しく腹立たしかったのだ。

 

「あの軍師のガキともども、晒首にしてくれる」

「ですね。こんな馬鹿な真似をするような人は、この国には必要ないですよ」

 

 王座の間には、ミーノと王が二人きり。

 

 戦勝ムードの城外とは裏腹に、窮地に立たされた2人の権力者。

 

 その、ペディア帝国の歴史を変える大事件の結末は────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、コイツだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 王の首から上が消し飛んで決着した。

 

「あ、あらま」

 

 先程まで、自身の右腕たるミーノと話をしていた白髪の老人は。

 

 高貴な衣装を纏った、物言わぬ嗄れた肉塊となり果てた。

 

「これで良いんだよな、蝙蝠」

「ええ。頭を潰して、その混乱の最中に国を取る。見事な策でございます」

 

 ミーノは目を丸くして、突如王座の間に現れた2体の魔族を注視する。

 

 ここは王都の城の最も奥、背に断崖絶壁しかないぺディアで一番安全な場所。

 

 こんなところに誰にも見られず、いつの間に現れたのか。何処から入ったのか。

 

「やー、どっから入ったの?」

「あ、私は空を飛べます故。人族の指揮系統を潰すべく、王座に参上した次第ですミーノ嬢」

「そっか。王都の断崖絶壁も、鳥には無力だもんね」

 

 王都は、北に平原が広がり南に断崖絶壁がそびえている。

 

 なので、基本的に軍事防御は北側に集中していて、南側に見張りなどを用意したりはしていない。空を飛べるなら、そりゃあ楽に奇襲できるだろう。

 

「で、蝙蝠よ。ここから俺が、奴等人族の背後を突けば良いんだな?」

「おっしゃる通りです。奴等が我等を不意打ちしたように、今度は我々が奴等を背後から狙い打つ番です」

「ぬははは!! ではそこで呆然としてる人族よ。俺の快進撃、指を咥えて見てるが良い」

 

 グシャリと音を立てて、倒れ伏す王の死体。それを踏みつける魔族二人に、ミーノはニヤリと笑って言葉を続けた。

 

「仰せのままに、魔族の王。是非他の種族と同じように、この国の人族も支配してくださいな」

 

 首のない王など、気にもとめずに。ミーノは膝をつき、魔王に忠誠を誓った。

 

「……えー。お前、降伏早くない?」

「いや、何で残念がってるのさ」

 

 ジトー、とミーノは魔王を睨みつける。その表情からは、不満がありありと伺える。

 

 彼女は魔王の情報を断片的にしか知らなかったが、前情報の通りにアホそうだと感じていた。

 

「じゃ、とりあえず敗北の責任とってお前は殺して食うわ。人族の頭を潰すって作戦だし」

「いや、やめてよ。ねえ魔王様、ボクが魔族側に寝返ってるって聞いてないですか?」

「え、そーなの?」

 

 そう言うと、ミーノは魔王と蝙蝠の魔族に向けて手紙を取り出す。それは紛れもなく、蝙蝠魔族本人からの手紙である。

 

「蝙蝠さんにヒト関連の情報流してたの、ボクだよ。もっと感謝してもらいたいね」

「……マジ?」

 

 その通り。蝙蝠とミーノは、互いに互いの情報を交換して渡していた。

 

 その理由は、人と魔族のどちらが勝ったとしても生き残る為。互いが互いを庇う、それが蝙蝠とミーノの間で交わされた密約だった。

 

「事実でございますよ、魔王様。彼女は、魔王軍勝利の暁には我々の仲間として迎え入れるという条件のもと人族の文化や歴史・技術を横流ししていただいております」

「え、ええー。蝙蝠、お前そんなこともやってたんだな。姑息な奴」

 

 魔王は、敵地でまさかの味方に出会い肩を落とした。

 

 彼の求めている戦いはこんなものではない。もっと血湧き肉躍る、力の頂上決戦を求めていた。

 

 蹂躙より、好敵手。なんなら魔王は、手駒にしたあの人族の少女剣士とずっと戦っていたかったくらいだ。こんなにあっさりと、勝利してしまっては張り合いがない。

 

「はぁー。じゃ、オレは何すればいいの?」

「今獲りました人の王の首を持って、城門側から奇襲しつつ戦場に姿を見せましょう。謎の大魔法で我が軍は大半が消し飛びましたが、まだ洞窟陣地内から出てきた味方と挟み撃ちすれば押し返せます。王がいなくなって混乱した人族を、叩きのめしてやりましょう」

「……あの魔法の情報渡せなくて悪かったね。ボクも知らなかったし、あの娘があんなこと出来たなんて」

「責めているわけではありませんよ」

 

 そう言うと、魔王は蝙蝠から老人の首を手渡されて。

 

 彼はそれを受け取ると、ため息をつきながら身を翻し立ち上がった。

 

「あー、じゃ行くか」

「いえ、少しお待ちを魔王様。ボクから、一つ提案があるのです」

 

 だが。戦いに向かおうとした魔王を、ミーノはニコニコしながら諌める。

 

「魔王様は確かにお強いですが、魔法に対する知識はあまり深くないのでは?」

「あー、まぁな」

「でしたら、魔王様はここでお待ちください。人族の魔法は複雑怪奇、いかな達人でも足元をすくわれます。そしてここは王座の間、人族の拠点で最も魔法的に防御された場所の一つです故。さまざまな魔法を施されたこの場にいる限り、御身が傷つくことはありません」

 

 ミーノの提案は、魔王の待機だった。それを聞いた魔王の、血管がプツリと切れる音がした。

 

「は? ふざけんな、流石に俺は出陣する。もう散々我慢させられたし、残った戦力的に俺が出ないと厳しいだろ」

「いえいえ、それを承知で諌めているのですよ。蝙蝠さん、あなたはどう思います?」

「いえ、ミーノ嬢。魔王さまのおっしゃるとおり、戦力的に魔王様に出て頂かないと厳しいですよ。ここで魔王様を待機させるのは悪手かと」

「ほら! どうだ、やはり俺は出るべきなんだ。もう良いだろう、俺は行くぞ」

「────、ええ。もう良いみたいですね。ごめんなさい、引き止めてしまって」

 

 その提案には、含みがあった。人族軍師にして、人族の立場を裏切り魔族に情報の横流しを続けた彼女。魔王の力を知り、好意的に手とり足とり人族の文化を横流ししてくれた悪しき女軍師。

 

 自分と同じく、「自分さえ生き残れたらそれで良い」。捕らえた魔族(じぶん)の前でそう言いきったミーノを、蝙蝠は少々信用しすぎたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

「もう、詠唱は終わりましたので」

 

 

 

 

 

 突如、音が消えた。世界から、色が消えた。

 

 周囲に木霊する怒号が消え去り、王座の間は灰色のセピアに染まった。

 

「……え?」

「ですから申し上げたでしょう、魔王様。ここには魔術的な仕掛けが施してあるので、是非ここに待機しておいてくださいと」

「な、なっ!?」

 

 ミーノが、光のない目で静かに微笑む。彼女の態度の豹変に気づいた魔族二人が、少しづつ現在の事態を察していく。

 

 ……まさか。罠、なのか。

 

「外から私の部下が、空間的かつ時間的にこの王座の間を切り離しました。ここは世界としての位相がズレた空間な訳ですね」

「何を言ってる、お前」

「内部からの脱出は基本的に不可能。魔術を知らぬ者が、この高位複雑な結界魔法を解除できるはずがない」

「お前、味方なんだろ? 俺に降伏したんだろ!? なら何やってんだよ、これはどういう事だ人族!!」

「まだ気づかないの?」

 

 蝙蝠は知っていた。魔王がたたきつぶした人間は、間違いなく人族の王だった事を。目の前の少女は、王に継ぐ権力者で人族の大将軍だと言うことを。

 

 だからこそ、蝙蝠は理解できない。

 

 まさか、捨て駒にしたのか。人族は、自らの王と最高位の軍師を惜しげもなく罠の釣り餌に使ったのか。今までずっと裏切った振りをして、自分と情報を交換していたのも布石に過ぎなかったのか。

 

 それが、人間の戦略か────

 

「ある人の見立てでは、あなたは搦手に弱く魔法の知識を持っていない。当たりですかね?」

「……お前」

「元々、王都の最南端であるこの部屋は『南から侵略してきた敵』に対する最終防衛線として設計されてるの。その気になれば、兵を配置できたんだよ? ま、無駄な被害を出さないためにあえてガラ空きにしといたけど」

「────お前!!」

 

 狂気だ。作戦を立てた本人の命すら、惜しげもなく使い捨てる人族の思考回路。

 

 それは、個を尊重する魔族にとって理解できない狂気の沙汰だ。

 

「お前は、脱出する手段があるのか」

「ないよそんなもの。この障壁は、絶対に破れない」

「なら死ぬんだぞ。お前はこの孤立無援の空間の中、オレと蝙蝠に四肢を裂かれて残酷な末路を迎えるんだぞ」

「……それが?」

 

 ミーノのその表情に、怯えはない。まるで、そうされることを最初から望んでいたかのような態度ですらある。

 

 彼女は。人族の軍師ミーノは、自分の死を当然のモノと受け入れていた。

 

 その、迷いなき表情のその奥に。魔王は、小さな諦観があることに気がついた。

 

「……おい。まさか、お前」

「ん、どうしたの魔王様?」

 

 そして、改めて魔王はその軍師の様相を見た。

 

 やつれた目、青い顔、血の気の失せた四肢。髪はやや萎びて、頬もこけている。

 

 それは、過労によるものか。いや、それだけでは説明がつかない。

 

 彼女から感じる、仄かな死の気配の理由に説明がつかない。

 

「────お前。さては病魔に蝕まれてやがるな?」

「そゆこと。ほっといてもボクは、あと数ヶ月持たないで死ぬだろうさ」

 

 魔王は、気がついた。

 

 目の前の人間は、死を覚悟し魔王を罠に嵌めた訳ではない。『死にゆく自分を、釣り餌として最大限有効活用し』ただけだ。

 

「残念でした、魔王様。貴方が殺した今の王は頼りなかったんだ、すげ替える先の次の王はもう決まってる!! 今からあなたが殺すだろうボクは、放っといても勝手に死ぬ空手形!! そして参謀たるボクの後釜は、ボクの想像以上に成長していた! 全てが、ボクの計画通りさ!!」

 

 隔離された空間に、女の笑い声がこだまする。

 

 死相を浮かべ、よろよろとふらつきながら。人族の軍師ミーノは、圧倒的強者二人を前に高笑いして立っていた。

 

「凄いよ、エマちゃんは。突然の蜂起でびっくりしたけど、君の陣取り方を見て理解したよ。王座の間の近衛兵逃がすために、わざわざクーデター早めたんだろ? ボクの作戦、君だけには読み切られたわけだ。ああ、実に頼もしい!」

 

 その顔に、後悔や恐怖は無い。

 

 ただただ、ミーノは嬉しそうだった。魔族二人になぶり殺しにされる自身の運命を知りながら、心底愉しげに微笑んでいた。

 

「これが、人の戦い方なのか」

「本当はもっと色々仕掛けてたんだよ? 例えば王都前の平野は合図一つで地盤沈下するようにしてるし、この城だって合図一つで要塞に早変わりするよう設計し直してる。クラリスの妹が全部無駄にしちゃったけどね……」

 

 姉が姉なら妹も妹だよ、とミーノは愚痴る。だが、彼女の顔にはやはり笑みが浮かんでいた。

 

 紆余曲折はあったものの、彼女の目的はしっかり達せられたのだ。それは、笑顔にもなろう。

 

「ま、こんな単純な罠に引っかかってるようじゃ、君達がどんなに知恵を絞ろうとも人間に勝てないだろう。そもそも有史以来、君たち魔族は一度でも戦争で人間に勝ったことがあったかい? ちょっと強いのが現れて、夢を見すぎちゃったね魔族さん」

「……」

「いい加減学習して、もう攻めてこないでよね。どうせ、魔族は人に決して勝てないんだ」

「……黙れ」

「おや、怒ったの?」

 

 そんなまんまと、下らない嵌め手に嵌まった二人の魔族は。

 

 勝ち誇る死にかけの女に、歯噛みする事しかできない二人の魔族は。

 

「─────殺す」

「どーぞ?」

 

 ミーノを握り潰すべく、静かに掌を彼女に向けた。


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