【TS】異世界 現地主人公モノ   作:まさきたま(サンキューカッス)

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63話

 気づけば俺は、駆け出していた。

 

 エマちゃんに助けを求められ、怪我を治療中のレックスを置いて俺は王座に向かった。何でもミーノの奴は、自分と王様を囮に敵の総大将を釣ったらしい。アイツらしい策である。

 

 だが、不確定事項は起きるもの。外で結界を管理している魔術師によれば、内部からの衝撃が凄すぎて時空を超え術式を破壊しているとのこと。拳で時空斬るって、お前はレックスか。

 

 残念なことにミーノの策は破れ、内部からの攻撃により結界が砕け散った。ならば仕方ない、魔王(推定)の相手は俺がするかとゆっくり剣を抜き放つと。

 

「誰か。助けて────」

 

 国軍最悪が大粒の涙を流し、助けを求めていたのだった。

 

 

 

 

 

「……状況がわかりません、少し様子を────、ってフラッチェさん!?」

「悪い先行する、エマちゃん」

 

 その、国軍最悪は。前に戦った金色の魔族に、今まさに殴り潰されようとしている瞬間。

 

 エマちゃん的には、ミーノは是非殺しておきたい相手らしい。あの女を生かしておくことでどれほど害が出るのかわからないとのこと。

 

 でも。そうだとしても、俺には────

 

 

 

「私の剣は目の前で泣いている誰かのための剣だ」

 

 

 絶望の涙を流し助けを求める声を、無視することなどできなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 背後のミーノが、駆け出す気配。おそらく、なんか重傷っぽかったメロの治療に向かったのだろう。

 

 それでいい。あの才能だけのろくでなしも、俺との稽古で剣術に関しては大分伸びていたからな。アイツの手助けも、それなりに期待できるだろう。

 

 俺は自分の腕をよく知っている。攻撃力が皆無の俺では、決して魔族にはかなわない。出来るのはせいぜい、時間稼ぎ程度だ。

 

 だが俺一人で倒す必要などどこにもない。レックスにメロ、火力のある二人の治療が終わるまでゆっくりと時間を稼ぐとしよう。

 

「────驚いた。お前、正気に戻ったのか」

「おう。さて、余裕ぶっこいてこの私を殺さなかったことを後悔してもらおうか」

「……楽しみにしてたんだがなぁ、お前と訓練するの。そっかぁ」

 

 俺が剣を突き付けた魔王は、少し寂しそうな表情をした。なんだ、その反応は。

 

「ま、仕方ないか。お前は危険だ、ここで殺しちゃる」

「前の勝負で手も足も出なかった癖に、でかい口を叩くな雑魚魔族」

「いや、お前らの使う剣術ってのはさっき理解した。今度こそぶっ殺してやるよ」

 

 だが、そんな表情をしたのは一瞬の出来事で。魔王は殺意を振り撒いて、俺へと一瞬で肉薄した。

 

「死ね」

 

 赤いメロの血を滴らせた金色の拳が、亜音速で俺に肉薄する。

 

 

 ────その着地点を読み、足を相手の進行方向と平行に、目線を切らず重心を滑らせて攻撃先を誘ってやろう。

 

 ────おや、魔王の手先が揺れ動く素振り。どうやら、俺の動きを見て攻撃先を変更したらしい。なるほど、俺の動きから誘われていると理解したようだ。

 

 ────これはむしろ好都合。急に攻撃先を変更なんてすれば『重心が不自然に揺らめいてしまう』のだから。それこそ俺の思う壺。

 

 

 

 

「ぐおおおっ!!」

 

 不自然にぶれた魔王の手先を優しく包み、俺は大地を軸に魔王を頭から半円を描いて叩き落した。魔王は反応することもできず、固い大理石の床を叩き折って地面に埋まりこんでしまった。

 

 魔王の攻撃が真っすぐじゃなかったので多少威力は減衰してしまったが、まぁ良いダメージは入ったはずだ。

 

「……っ、成程。剣術ってのは、まだ奥があるのだな」

「何言ってんだ。さっきお前が殴った馬鹿はまともに剣始めて一週間のド素人だぞ。お前はまだ、剣の浅瀬に触れただけに過ぎん」

「なんと、まぁ。あははは、魔剣王の話をもっとちゃんと聞いてやるべきだったか。まさかこれ程の技術だとはな」

 

 何やら不思議な納得の仕方をしている魔王。結構な威力で叩きつけたはずなのに、まるで痛がる素振りも見せずに地面から頭を抜いて笑い出している。

 

 本当、コイツには何したらダメージが通るんだ?

 

「……にしても、お前がここに居るということは、城の外の仲間は全滅したのかな。元人族でかなり高名で強い剣士も居たと思うが、敗れたということか」

「こ、高名で強い剣士か。うん、まぁその剣士もすごく強かったけどな、とても強くてハンサムでしかも知的でな」

「そこまでは言ってないが。知的……?」

 

 何でそこで疑問形なんだこの野郎。

 

「残念なお知らせだがな魔王。もう逃げたぞ、外の魔族連中」

「……あん?」

「僅かにやる気を見せてた連中も、私とレックスで粗方片付けた。そしたら勝ち目のない戦だと悟ったのか、残りは我先にと逃げて行った。アホみたいな大魔術が連発されるって、ビビりまくってな」

 

 そう、俺はよく覚えてないのだがメイちゃんが王都平野を一人で焼き払ったらしい。延焼で未だにメラメラと地獄絵図の広がる王都平野を見て、洞窟から這い出してきた魔族どもの大半は戦意喪失し撤退したようだ。

 

 ……俺は何で巻き込まれなかったんだろう。いや、巻き込まれたけど上手く躱したのだろうか。

 

「じゃあ。今戦ってる魔族は、オレ一人なのか」

「そうなるな」

 

 そう。もう、大勢は決着している。

 

 魔王軍は壊滅、あとは残った魔王を片付ければ万事解決。

 

「……そうかぁ」

「お。どうした、降伏でもするか?」

「いや、せん」

 

 それを聞いた魔王は、ずいぶん寂しそうに。息を整え、再び俺に拳を向けた。

 

「オレはな。そもそも一人で生きてきた。一人で戦い、一人で勝って、一人で食らってきた」

「ほう」

「今回、そんなオレが魔王なんて大層な名前つけて徒党を組んでここに攻め込んできたのはな。オレに従うといった部下たちが、オレに頼み込んだからよ。人間に勝ちたいと」

「……」

「その連中が居なくなったなら、オレにはあいつ等の指示通りに戦う理由なんてない」

「おい、だったら降伏しろよ。もうお前に戦う理由なんてないじゃん」

 

 言ってることとやってることが矛盾している。お前は部下に頼まれて戦争仕掛けてきたんだろ、じゃあもう戦う理由はないだろう。

 

「オレはな。最初から奇襲なんて好かなかった」

「は?」

「強者なら!! 魔族で一番強い存在であるオレの戦い方は、正々堂々と名乗りを上げ、真正面から立ち塞がる敵を打ち砕く! 立ち塞がるものは皆殺しにして、そして食らう!! それがオレの戦い方よ!!」

 

 そして。魔王は好戦的な笑みを浮かべ、嬉しそうに全身の髪の毛を逆立てた。

 

「もうオレを縛るものはない。魔王として命を惜しむ必要もない、魔族を束ねるものとしての責任もない。ここにいるのは、単なる魔族マドルフよ!!!」

「マドルフ?」

「おうとも、それがオレの名だ。よく覚えておけ女剣士!!」

 

 ……彼の肉体を覆う金色のオーラが、うねりを挙げて膨れ上がる。凄まじい魔力が彼の肉体から吹き出し、王国全土を覆いつくす。

 

 凄まじい、熱気。おぞましい、戦意の奔流。

 

「……ひっ!」

 

 背後でエマちゃんが悲鳴を上げ、そしてふらりと倒れこみペニーに抱き支えられている、どうやらマドルフの魔力にあてられてしまったようだ。

 

「う、うーん……」

 

 振り返らずともわかる、近衛兵のほとんどが気を失って地面に倒れ伏している。まだ立っていられるのは、それこそ大将であるペニーくらいか。

 

 これは、化け物だ。クラリスやメイちゃんなんかじゃ比べ物にならないほどの、圧倒的な魔力量。それは、贅沢三昧に自己の肉体強化に注ぎ込んで、その武力を示している。

 

 そうか、きっとこれが彼の本来の戦い方。奇襲や不意打ちの為に魔力を小出しにするような今までの戦い方ではない、魔族マドルフとしての「本気の」動き。

 

 

 今まで。奇襲や潜伏に重きを置いて運用されていた彼が『使うことを許されなかった』、魔王と呼ばれるようになった所以。

 

 こんなバカげた魔力を垂れ流しで、奇襲も何もあったものではない。だから、今までこの戦闘スタイルを封印し続けたのだろう。

 

 魔族の頭では、どうせ策で人間に勝てない。最初からマドルフの言う通り、このスタイルで正面から攻めてこられた方が面倒くさかったかもしれん。

 

「先の戦闘の時にはこの技を使うなと頼み込まれていた、それで出し惜しんで消耗し、結局使う余裕がなくなった。お前を舐めず、最初からこれを使って奇襲すべきだった。許せ」

「いや、そっか成程。それがお前の元々なのね、どうりで魔族の総大将にしては弱いと思ってた」

「……心外だな」

 

 やばい。これは……ウキウキする。おかしいな、戦闘狂の気なんて俺は持ってなかったはずなのに。

 

 ────勝てるはずがない相手。きっと、俺一人なら絶望しきっていた相手。

 

 だけど、今は違う。それが、きっとこのワクワクの理由なのだろう。

 

「ま、お前がどれだけ強かろうとレックスには勝てん。時間を稼がせてもらうぞマドルフ」

「……レックスとやらは誰なんだ?」

「最強の剣士さ。ま、楽しみにしとけ」

 

 もうすぐ、レックスが助けに来てくれる。カリンの治療を受けたレックスが、高笑いしながら割って入ってきてくれる。

 

 

 俺は、いつしかあの親友と。堂々肩を並べて戦うだけの強さに至っていた。それが、嬉しくてたまらない。

 

 

「名乗りを返そう、私はフラッチェ! 神剣の異名を持つ、風の剣の使い手よ! さぁ来い、マドルフ!!」

「さあ来い、今まで数多の魔族を屠ってきた我が拳を受けてみよフラッチェ!!」

 

 こうして、本気のマドルフと俺の剣が交差した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして。小娘は、大事な男の傷を丁寧に治療していた。

 

「……くそ、どれだけ僕と離れてるんだよフラッチェめ」

「だから喋るなっての」

 

 自分が勝てなかった『魔王』の一撃を軽くいなす少女剣士。それは、自分を天才だと信じて疑わないメロのを苛立たせる。

 

「もうすぐ、綺麗に傷が治る。でもメロ、もう一度あの中に割って入るの?」

「当然だ。僕が負けっぱなしなんて納得できるか」

 

 少しは強くなったつもりだった。ちょっとは成長したつもりだった。彼の肥大した自尊心が、自分より年下だろう「青色猫目の天才」を嫉妬を込めて睨みつける。

 

「……このまま、君はここで見てた方がいいよ。悪いことは言わないから」

 

 そんなメロを。小娘のように惰弱な癖毛の女は、懇願するようにメロに抱きついて頼み込んだ。

 

「……どういう意味だ」

「きっと、フラッチェさんは勝ってくれるもの。メロが戦う理由なんてない」

「意外だなミーノ、お前なら僕に無理やり戦わせると思ってた。……少しでも勝率が上がるなら、とか冷たい目で言ってさ」

「……今までのボクなら、間違いなくそう言ってたけどね」

 

 目が死んだ元軍師の女は目を潤ませて。その、かつての自分を否定した。

 

「偽物だったんだよ、そのボクは。君に良いところを見せようと、君に肯定された自分で居ようと、必死で軍師であろうとしてた」

「いや。ミーノ、お前はすごかったじゃないか。前回の隣国防衛線なんかほぼお前の立案だけで勝ってたし、今回だって色々……」

「違ったんだ、ついさっき思い知った。ボクは単なる愚かな小娘で、理性的なものの見方を知ったかぶっていただけで」

 

 彼女は選択出来なかった。最期に自分の想い人と民衆大勢の命を天秤にかけ、大衆を選べなかった。

 

「だから、ボクなんかがそんな決断をしちゃいけないんだ」

 

 彼女は目線を高く持たねばならなかった。「自分以外の人間の不利益」を「その他の人間大勢の利益」と天秤にかけて公平で有益な選択をする為にその立場に居る人間だ。

 

 自己の利益を求め、目の前の情に動かされる人間は国の上に立ってはいけない。どんなに冷酷であろうと、他人の命をも犠牲にする以上はそれが絶対なのだ。

 

 つまり。すでに彼女は、軍師としての資格を失っていた。「自己の情により国民より一人の男を選択する」人間に、権力を持たせてはいけないのだ。だからこそ、彼女は今までエマに重職を押し付けずにいた。

 

 

 結局。ミーノもまた、そのエマと同類だっただけである。

 

 

 

「────はぁ。ミーノ、お前それは僕でもわかるぞ」

「え、何を?」

「ミーノ、それは間違ってる」

 

 コツン、と。粗暴な男の拳骨が、ミーノの頭を軽く小突く。

 

 それは、珍しく優しい声色の。メロからミーノへの説教だった。

 

「今までミーノが成してきたことが偽物だったら、何で今王都はこんなに発展してるんだ?」

「だから、それは」

「お前の献策で何人の命が助かった? 犠牲と差し引きして、どれだけの人間の命を守って見せた?」

 

 かつて自分を肯定してくれた、救ってくれたメロの言葉。それは、彼女にとって深い意味を持つ。

 

 例え、それが考えなしの適当に持論を並べた説教であろうと。かつて彼女は間違いなく、メロに救われた。

 

「過去を否定するな。過去で悔しい思いをしたなら、死ぬほど後悔して努力するんだよ」

「でも、さっきボクは」

「今までだって、細かいミスくらいしたことあるだろうミーノも。一回、判断を間違えたくらいで何を弱気になってるんだ」

 

 ミーノは絶望しきった時に掛けてもらえたメロの言葉を糧に、今まで無心に頑張り続けてきたのだ。

 

 どんな犠牲をも覚悟の上、最大多数の最大幸福を求め続けて来ることができた。

 

「貫いて見せろミーノ。一度誤ったくらいで何だ」

「……」

「それとも。今までお前が犠牲にしてきた少数は、丸ごと意味のない犠牲だといいたいのか」

「……あ」

 

 だから、一度間違えて心が折れたくらいでミーノは折れてはいけない。ここで彼女が折れることこそが、今まで彼女が「最大多数の幸福のため」見捨ててきた罪無き哀れな少数の犠牲を無駄にする。

 

 だから彼女は、死ぬまで冷酷な軍師であり続けねばならない。それが、彼女とメロとの誓いである。

 

 

 

 

 

「……ゴメン、目が覚めたメロ」

「おっ」

 

 す、と小娘の目が座る。情けなく想い人の服の袖を掴みすがり甘えていた女の瞳に、冷徹に燃え盛る炎が宿る。

 

 それは、メロのよく知る。国軍最悪と吟われた稀代の女軍師の射抜くような鋭い視線だ。

 

「……ふふ、そっか。確かに、悪役は悪役であり続けないとね。1分頂戴、考えをまとめるから」

「おう。僕を好きに使えミーノ」

「ありがと」

 

 何かを取り戻した彼女は、メロからの全幅の信頼に微笑んだ。

 

 そしてゆらりと立ち上がり、今なお真っ正面から切り結んでいる人と魔族を静かに見据えて腕を組んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「楽しいなフラッチェ!!」

 

 マドルフは、嬉しそうに体軸を捻り。

 

「そうかもなマドルフ!!」

 

 女剣士は風のように大地を滑る。

 

 命の取り合いをしているはずの二人は、お互いに笑いあいながら殺しあっていた。

 

「いつになったらレックスとやらは来るんだ?」

「わからん、遅いんだよアイツ!」

「あっはっはっは!」

 

 じゃれているようにしか見えない、二人の表情。だが、その眼には明確な殺意が宿る。

 

 本気だ。お互いに、本気ですべてを出し合って戦っている。だからこそ、笑顔で言葉を交わしあえるのだ。

 

 恨み、つらみ、敵意、殺意、それらはすべて彼らの拳と剣が代弁してくれるのだから。

 

「なぁ。魔王軍に来ないかフラッチェ、一緒に世界を取ろうや」

「お前こそ、ウチのパーティに来ないかマドルフ。いい訓練相手になりそうだ」

 

 表面上は和やかに。打ち合いは苛烈に。二人は、深く通じ合う。

 

 そんな二人に無粋に割って入れる存在など、何処にもいない。

 

 

 

 

 

 筈だったのだが。

 

「む?」

「お?」

 

 

 打ち合って何合目か、世界が色彩を失う。それは、つい先ほどマドルフが感じたモノと全く同じ感覚。

 

 世界の位相が、ズレる感覚。

 

「いやー打ち合ってる最中にごめんね。今度こそ、脱出不可能な結界を用意してみたよ」

 

 ギョッとして、二人は剣と拳を止めて周囲を見渡す。

 

 すると、その世界を変えた下手人がにこやかな笑顔を振りまいて魔王とフラッチェのすぐ傍らに立っていた。

 

 

 

 

「……は?」

「フラッチェさんには申し訳ないんだけと。この世界で、ボクと一緒に犠牲になって貰うから」

「……は?」

「前の結界でも起点さえバレなきゃ脱出困難だったからね。ボクが念入りに起点をランダム移転して特定できないよう改造したの、これで脱出確率は概算100万分の1くらいだね」

「……はぁ?」

 

 そう。ミーノは、フラッチェが戦っている間に崩壊した結界魔法を再び修復し再利用したのだ。術式にアレンジを加え、脱出難易度を馬鹿上げした後に。

 

「これで、ボク達みんな脱出できなくなったね! ごめんね!」

「はぁぁぁぁ!!?」

 

 これには、マドルフもフラッチェも目が点になる。最後の決戦だと思ってお互いに死闘を尽くしていたら、その最中に脱出不可能な罠にはめられノーゲームにされてしまったのだ。

 

 水を差された、等というレベルではない。

 

「ちょ、おま、お前っ!!」

「あっはっは。ここでフラッチェさんが負けたら、この国の民がたくさん犠牲になっちゃう。それだけは防がないとね」

「いや、ちょっと。えええ!?」

 

 ああ、悪魔だ。いつもの国軍最悪の悪魔がそこにいる。

 

 戦の勝敗を運にゆだねず、犠牲を払ってでも勝利を確実なものにする悪辣な軍師がそこにいる。

 

「……でもねフラッチェさん。ボクもちょっとだけ、信じてみようかなって思うんだ」

「な、何を?」

「貴女を。メロを。人の底力ってモノを」

 

 しかし。いつものミーノであれば、こんなことはしない。彼女はどこか様子がいつもと違っている。

 

 そう。普段の彼女であるならば、彼女は結界の外に残ったまま無情にフラッチェと魔王だけを閉じ込めていただろう。

 

 そこが、今までのミーノと今の彼女の違い。

 

「フラッチェさん。頑張って、勝って見せて」

 

 そう告げると同時に、魔王の背後に突進した白い光。

 

「マドルフに勝って見せて。そしたら、ボクも君達に負けを認めるから」

「うおおおおっ!!」

 

 雄たけびと共にマドルフに斬りかかったその何かは、金色に輝くその背中の一部を切り取った。魔王に、小さな傷が刻まれる。

 

「ちっ!! 浅かった」

「ほお!」

 

 白光のメロ。魔王を殺しうる、人類の可能性の一人。

 

「2人がかりが卑怯とは言うまいねマドルフ。ここは、人間の巣のど真ん中だよ」

「ぐ、ははははは!! そうだったそうだった、人族とはこのような姑息な一族だったわ! フラッチェが気持ちよすぎて忘れていたぞ!!」

 

 ミーノは、不確定要素を切り捨て民を危険に晒さない前提の下、誰も犠牲にならない最高の結末をも求めたのだ。

 

 きっと、それは今までの彼女からしたら甘く愚かな選択と言えるだろう。

 

 だが。

 

「これからは君たちの時代になる。これからの君たちが選ぶだろう選択肢が、どんな結末を迎えるのか。ボクがこっそりサポートしながら、陰で見守ってあげるよ」

 

 彼女は、敢えてその甘っちょろい選択をした。

 

 余命短いミーノの死後、ここに居る次世代の人間が選ぶ道筋。これからトップに立つだろうペニーやエマの掲げる、最高の結末を求め少数を切り捨てない選択を取って見せたのだ。

 

「さぁ。ボクに勝ってみせろフラッチェ」

 

 その眼にはもう涙は浮かんでおらず、何処までも透きとおった冷酷で真っすぐで。ほんの少しの優しさを帯びた、不思議な目の色をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メロの剛剣は、マドルフの肉体をも貫通する。だが、それは精々表面をえぐる程度のものだ。

 

 フラッチェはマドルフの攻撃全てをいなす。だが、彼女にマドルフを傷つける術はない。

 

 二人で協力して、やっと僅かな勝機が生まれる。それが、人族と魔族の戦闘力の違いだ。

 

「おいメスガキ、僕の渾身の一撃を当てる隙を作れ! 100回くらい!」

「そんなに作れるかぁ!! お前こそとっとと決めろよもう!!」

 

 何度か、メロの一撃は魔王の体躯を削り取った。だが、二人の戦果はそれまでである。決定打はお互いに一度も与え合っていない。

 

「今の隙を逃すなよ馬鹿!!」

「あんなの隙と言えるかメスガキ!!」

 

 だが、二人は口では汚く罵り合っているが、戦闘のその息はバッチリあっている。今のメロの動きを指導したのは他ならぬフラッチェなのだ、お互いの動きは知り尽くしていた。というか、メロは実質的なフラッチェの子弟と言えよう。

 

「僕がこの魔族を倒さないと、ミーノは自殺するっていうんだ! この結界から脱出する方法をコイツに伝えないために!」

「うわっ! そこまでやるかアイツ!」

「ミーノはそこまでやる女なんだよ!! 良いから黙って隙作ってくれ!」

 

 メロは、必死だった。

 

 ミーノは元々、魔王を改良した結界に打ち捨てるだけのつもりだった。それを突然「そっか、ボクが死んだ後のことも考えておかないとね」と考え直し、フラッチェも助ける事ができる策に切り替えた。

 

 それは、ミーノ自身とメロが結界に入り込み。マドルフを倒せればミーノが結界を解除するといった、ギャンブル的な作戦だった。

 

「ボクが死んだ後は、きっとこの戦略がスタンダードになるはずさ。なら、最初にお手本を見せてやろう」

 

 民衆を被害にさらさないように保険を打ちつつ、最高の結末をも追い求める。それは、今までのミーノからしたら下策と呼ぶべき作戦だっただろう。

 

 だが、彼女の自分の死後の事まで考えて。

 

(もしこの作戦が失敗して、ボクやメロ達が無駄死にしたら。エマちゃんやペニーも、きっと冷酷な判断ができるようになってくれる)

 

 そう、彼女にとってこの作戦の成功の有無はどうでもよかった。

 

 負けたら、それは今までの彼女のとった戦略が正しかったことを物語り。エマも、きっと今までの自分をある程度参考にしてくれるだろう。

 

 だが、しかし。

 

(フラッチェさんが勝ってしまったら、それはボクが間違ってたことを意味する)

 

 ミーノは本来であれば、ここで彼女を見捨ててマドルフと共に殺すつもりだった。

 

 でもそんなことをすればレックスは激怒するだろうし、フラッチェレックスというこの国の次世代の主力を丸ごと失ってしまう計算となる。

 

 そんなリスクを負わなくともここでフラッチェが生還できるなら、それはミーノの判断ミスだったという話だ。

 

(さぁ、どっちに転ぶだろうね)

 

 だから自分の余命が短い今、彼女は未来を重視した。自分が間違ってたと結論される可能性を考えた上で、『全員が幸せになる可能性のある作戦』を選択した。

 

 それは、まさに『稀代の軍師』たる彼女だから選択出来た作戦だろう。自分の誤りが露呈する可能性のある戦略を、普通の軍師に取ることはできない。

 

 彼女は、どこまでも目線を高く持った軍師だった。国益を自分の都合より優先できる軍師だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、ついに決定的瞬間が訪れる。

 

「マドルフゥゥゥゥ!!!」

 

 咆哮と共に、メロが魔王に突進し。

 

「そこかぁぁぁ!!」

 

 超人的な反応を見せたマドルフの拳が交差して。しっかりと噛み合ってしまったメロは躱すことができず。

 

「あああああああああああっ!!」

 

 ────再び、爆音とともにメロが結界壁に叩きつけられた。

 

 

 

「メロっ!?」

「まだ、動ける!!」

 

 彼は一応は受け身を取れたようだ、前回より軽傷らしい。血反吐を吐き散らしながらも、メロは再び立ち上がる。

 

「バカ!! そっちに行ってんだよ!!」

 

 だが、そんな深手のメロをマドルフが見逃す筈がない。

 

 金色の魔王は、ふらつく黒剣使いに豪速で肉薄していた。

 

「やっと、一人」

「ま、待てっ!!」

 

 まだ、メロは体勢を立て直せていない。受け身のおかげで傷は軽いが、バランスを崩しており上手に移動できるタイミングではない。

 

 彼は、絶体絶命と言えた。

 

「死ね」

 

 フラッチェは、マドルフの遠く後ろから追いかけている。彼女の移動速度は、凡人そのものなのだ。

 

 間に合わない、間に合えない。マドルフが突き上げたメロへのとどめの一撃を、防げる存在などいない。

 

 

 

 

 

 

「……うん。今だよレックス君」

 

 

 

 

 

 その、まさにメロの今際の際に。女軍師の掛け声が、結界内に響き渡った。

 

 

 

 

「────窮地の鷹は、地を這い穿つ」

 

 その声を、少女剣士は良く知っていた。

 

 それは、彼女にとって紛うことなき『最強』の象徴。

 

 今まさにメロに殴りかからんとしているマドルフの、その飛び掛かった柱の陰に。一人の大男が、大剣を振り上げて待ち構えていた。

 

「は、誰────?」

「輝剣『鷹』」

 

 

 その、光の速度の一撃は。マドルフの体幹をぶち抜いて、凄まじい勢いで吹き飛ばした。

 

 剣聖レックス。カリンの治癒を受けて王座へと駆けつけてきた彼もまた、結界の中に潜んでいたのである。

 

「伏兵は軍略の基本ってね」

 

 不敵な笑みを浮かべるミーノは、楽し気に腕を組みなおし。

 

「じゃ、決めてくれ」

 

 一言、指令を下した。

 

 

 

 

 

「うおおおおおっ!!!」

 

 吹き飛んだ魔王を、猛追する男が居る。

 

 黒い剣を携えた傍若無人の権化が、横入りした剣聖に目もくれずマドルフに向かって駆け出す。

 

「……外殻は破った。俺様がしてやれるのはここまで」

 

 剣聖は、そんな未熟な剣士をのんびりと見つめて。

 

「決めろよ。魔法含めりゃ、この場で最も火力があるのはお前だメロ」

 

 その、決着を待った。

 

 

 凄まじい勢いで、マドルフは結界壁に叩きつけられ。呻き声と共に、血反吐を吐いてその場に崩れ落ちた。

 

「ああっ!!」

 

 そんな、隙だらけのマドルフに。雄たけびと共に、彼は突進した勢いのまま剣を突き付ける。

 

 それは、剣聖によりとても大きな亀裂が走った、マドルフの体幹ど真ん中。

 

「冥界の炎、さまよえる魂魄、荒ぶる砂塵────」

 

 ゴリ、と自慢の剣をマドルフに突き立てて。彼は、静かに詠唱を始めた。

 

「大いなる魂よ鎮め、その無念を永久の狭間にまき散らせ」

「……おお、お」

 

 それは、彼のもっとも得意とする魔法。

 

 広範囲殲滅の炎魔法にして、殺した魂を弔う癒霊魔法。

 

「爆ぜろ鎮炎歌(レクイエム)

 

 その、馬鹿げた火力の魔法は。

 

 本来であれば広域殲滅を目的とした、才能の塊メロによって発動された魔法は。

 

「がああぁぁぁ……」

 

 脆いマドルフの体内臓器を、綺麗に焼き尽くしてしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────あ、あ」

「まだ、生きてるかマドルフ」

 

 戦いは決着した。

 

 マドルフは体の臓器の殆どを直火で焼き焦がされ、どんな一流の回復術師であろうと修復することは不可能なまでに「殺された」。

 

「ああ。まだ、喋れる」

「た、タフだなぁ」

 

 だというのに。マドルフは不思議な笑みを浮かべて、自分に話しかけてくる3人の剣士に笑いかけた。

 

「強いな。お前らの剣術ってのは」

「だろ?」

「……それ、他者との戦いの中で磨き上げていく技術だろ? いいなぁ、羨ましい」

 

 彼にもう敵意はない。どこか、満足げな表情でマドルフは話を続けた。

 

「……ああ。よかったなぁフラッチェよう。お前には、こんなにも強い仲間がいてさ」

「私か? ま、確かに身近に最強な奴が居たのはラッキーだと思うがな」

「それは、何にも代えがたい幸運だよ。大事にしな」

 

 青い体液が、空っぽのマドルフの体から染み出る。きっと、それは彼の血液なのだろう。

 

「欲しかった。オレにも、ともに高めあう友達が欲しかった」

「……マドルフ」

「魔族は、戦いに明け暮れる生物だ。戦う相手が居ないなんて、そんなの寂しすぎるだろ」

 

 哀しい目。そしてそれは、フラッチェのよく知る誰かの目と非常に似通っていた。

 

「ここに来てよかった。久々に、全部を出せた」

「……殺されてるのに、ここに来て良かったのか?」

「ああ。自分があのまま誰にも相手にされず、どんどん実力を弱らせ老いて死ぬくらいならな。ここで、全盛期のうちに全力で戦えて、全てをぶつけて負けたんだ。ここで殺されたとして、ここに来てよかったと心から思える」

 

 その、寂寥は。強者の、誰にも相手にされず恐れられるだけの寂しさは。

 

「戦ってくれてありがとう、人族」

 

 そういって目を閉じた魔族に。きっと、この場で誰よりも共感できる男が居た。

 

「なぁ、マドルフ。良かったな」

 

 剣聖レックスは、やがて目がかすれ、虚ろになっていくその金色の魔族に向かってそういった。

 

「死ぬ間際。自分を倒した存在が3人、死を看取ってくれるんだ」

 

 それは、心の奥底からの、レックスの同情。正しく彼の心中を理解できた男の、弔いの言葉。

 

「こんなに、武芸者として嬉しいこともないわな」

 

 そして。最強の魔族マドルフは、ゆっくりと息を引き取った。




次回最終話

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