スペキュレーション   作:sum072

1 / 7
act 1
01


 刺すような夏の日差しとは違い、包み込むような春の日差しを浴びながら青道高校野球部副部長の高島礼は時計を確認した。出迎える予定の少年と約束した時間は15分後。しかし、予想した通り、彼はこの時間に現れた。

 

「ご無沙汰しています、高島さん」

「入試以来ね、向井地くん」

 

 世代No1候補とも評されることがあり、メディア受けするルックスを持つ向井地慧をスカウトする高校は多く、彼自身も昨年までは青道以外に惹かれていただろう。しかしスカウトが本格化する時期に慧の父親が進学先に求める条件を出したことで、一部の競合が勝負を下りた。この機を逃さないと高島は自身の父をはじめとする理事を巻き込んで、早急に野球部にスカウトの条件を飲むことを認めさせた。ダメ押しにと慧がリトルで師事し、U-15でもバッテリーを組んでいた滝川・クリス・優が直筆で書いた手紙を練習見学の帰り際で渡して、今日という入寮の日を迎えたのだ。感慨もひとしおである。

 

「青道は野球留学も多いからか、寮も立派ですね」

「東京出身者でも通学時間の節約にと寮へ入る子も多いわ」

 

 そうなんですかと柔和な笑みを浮かべて、相槌を打った慧は寮の入口で高島に頭を下げた。

 

「父が提示した条件のもとで野球をやれる環境を整えていただき、ありがとうございます」

「3年間、うんと活躍してもらうことでWIN-WINよ」

「期待に応えられるよう、しっかりと研鑽を積みます」

 

 早生まれの慧は15になったばかりだというのに、受け答えに卒がない。メディア慣れしているというのもあるだろうが、父親の教育が行き届いているのだろうと感嘆した。次の生徒の出迎えがあると慧と別れて、高島は大きく深呼吸をする。同じイニシャルを持つ捕手との待ち合わせ時間まで後30分だった。

 

 青心寮と大きく書かれた門をくぐり、慧はプレートを見ながら館内を歩く。新入生の部屋はどこという具体的な指示がなく、名前が書かれた部屋を探すようだ。館内の把握や他の入寮者との交流目的というよりは入寮者が多いために手が回らないという印象だった。やっと見つけた自身の名前の上には「滝川」とだけ記されている。ノックをすると聞きなれた声でどうぞと返ってきた。

 

「お久しぶりです、クリスさん。これからよろしくお願いいたします」

「ああ。お前が青道に来たなら、直筆で手紙を書いた甲斐があったな」

「にくい演出ですよね。父も感心していました」

 

 各学年ずつ3人で1部屋だと聞いていましたけどと慧が疑問を提示すると3年の先輩は諸事情により4月で野球部を辞めることになったのだと答えられた。言葉に含まれる意味を正しく読み取り、広く使えるなら僥倖だと荷物を置けば、ミニ冷蔵庫から赤いコーラをクリスが差し出す。

 

「先輩からの置き土産のミニ冷蔵庫がさっそく役にたったな」

「ゼロじゃなく、赤を用意してくれるなんて。さすがに俺のことがわかっていますね」

「体質は変わっていないだろうから、次からは先発登板で勝った時だけだぞ」

「クリスさんと組めば、必ず飲めます」

 

 勝気な笑みを浮かべた慧と、やれやれという表情を作ったクリスがコーラ缶を打ち付けあう。しばらく見ない間に身長も伸びたなとクリスはかつての相棒を見た。視線に気づいたのか慧が肩を竦める。

 

「すまないが、去年の成績は追ってないんだ。どうだったか?」

「シニアは全国ベスト4です。決勝のために温存されてたら、二番手が完投して負けました。U-15は監督が変わってバッテリーをセットで呼ぶ主義になったので、俺には声がかからなかったです。1勝しかせずに負け越したので、来年からはいつも通り選ばれると思いますけど」

「良くない噂があるな」

「…噂は概ね事実です。ピッチャーになって、最初に組んだ相手がクリスさんだったからですよ。あなたがここで受けてくれるなら本気を出せますし、配球も指示に従います」

 

 クリスはため息を飲み込んだ。中学進学を機に両親が離婚し、慧は祖父母がいる仙台に預けられた。彼を含む三兄弟の親権を得た父親がタイミング悪く、長期で海外へ行くことになったからだ。中学以降の慧は二面性のある投手として知られている。シニアでは年上であっても捕手の指示に従わず、サインに首を振り続け、配球さえも自分で決める生意気な投手。U-15では首を振ることなく、素直にクリスの指示に従う投手。U-15を見ていると分かるのだが、普段のシニアでは露骨に投球で手を抜いている。捕手が取れるレベルに出力を調整しているとは本人談だが、その態度が一部では良く思われていない。これで負けていれば文句が出るだろうが、シニアの登板で負けることがほとんどないのが恐ろしいのだ。野球を始めて最初に組んだのが世代No1捕手だったのが悪く働いたのか、慧は無意識にクリス以外の捕手を下に見ている。

 

「御幸とは組んだことはあるか?」

「御幸?」

「相変わらず人の名前を覚えないな。前に東京選抜の映像を見ただろう」

「成宮と組んでた、チャンス時しか打たない捕手」

「良い選手だ。スカウトを受けたと聞いているから、明日のテストで受けてもらうといい」

 

 その覚え方はどうなんだという指摘を心の中でして、顎に手を当てて左上を見ながら考えるかつての相方を観察する。おそらく御幸のことを思い出そうとしているのだろう。

 

「プライド高そうなので、明日は8割で投げて様子をみます」

「慢心したり、相手を侮るな。1軍に上がりたければ、全力を出せ」

 

 実力なら日本を代表するエースになれる可能性を秘めているのに、メンタルに問題がある。この場合はメンタルというより価値観なのかもしれない。手がかかるだろうし、その役割を暫くは自身が担うのだろうと今まで蓄積した大きなため息をクリスがつく。向井地慧の入寮日は本人にとっては穏やかに過ぎていった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。