スペキュレーション   作:sum072

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 朝練のほぼ遅刻によるペナルティで命じられたグラウンド20周のランニングをしながら、なぜ向井地慧と御幸一也も罰則を受けることになったのか事の顛末を聞いた倉持洋一が抱いた感想はコイツ等も同じガキなんだなというものだ。初日早々、二軍行きが決まったことで話題を浚った有名人たちが練習終わりに走っていることで怪訝な目を向けてくる者も多い。グラウンドを妙な空気にしたのは癪だが、話の面白さで倉持的には相殺している。

 

「で、捕れたのか?」

「おう。それはもう、バッチリと」

「2球目まで後逸して、3球目でやっと捕った」

 

 御幸はドヤ顔で、慧は表情を変えずに結果を報告した。温度差がエグなとは思ったが、懸命にも口に出さないでいる。曰く、体感160㎞、実際スピードガンで測っていないが152~5kmは出ていたストレートだという。球威がすさまじいが、他の持ち球と違って真ん中、外角、内角の高め、低めでしかコントロールできないのが投手としてプライドに触るらしい。これには片岡も満足気に頷き、二軍を宣言した。ここまでは良い話。しかし勝手な行動でテストを無視したとランニングのペナルティが次に命じられた。最後にオチまでつけるとは、やるやんという感想はクリスから報告を受けた主将の東のものだが、当事者たちは知らない。

 

「あのさ、今聞くことじゃないけど、名前なに?」

「今更かよ! 倉持、倉持洋一だ。テメェらとは違ってボーイズリーグ出身」

「ジェームズ・ボンドみたいな名乗り方」

「向井地の感想、ズレてるな」

 

 さり気なく敬称を外されたが、慧は気にしていない。3球勝負の土壇場とはいえ、例の球を捕ったことで御幸は信頼に値する捕手だと思っているからだ。加えて、くえない性格とも感じている。倉持くんと慧が呼ぶと鳥肌が立つから止めろと本人が拒否したので、半強制的に呼び捨てになった。見た目から猪突猛進型だと思われがちだが、倉持は気遣いの男である。先ほどから御幸が話し、慧が補足し、倉持は専ら聞き役に徹していることからも明らかだ。本来はもっと荒々しい口調だが、初対面だから気をつけているのが慧に対して明確に功を奏していた。ただ、時折本来の口調が漏れ出ているので、性格を察することができる。そういった裏表のなさが好感触だったのも作用している。ペナルティを終えてから片岡の元へ行き、改めて今日のことを謝罪する。流れで一緒に行動していたが、寮の前で別れようとしたときに不意に倉持が疑問を投げた。

 

「俺は最終的に青道からしかスカウトがなかったけど、お前らは違うだろ? なんでここを選んだ?」

「礼ちゃんが3年前から熱心にスカウトしてくれたからかな」

「……全ての条件に合う学校が青道だった」

 

 倉持は二人の表情を監察する。御幸は口角は上げていたが、目が笑っていない。慧は顔を見せたくないのか、遠くを見ている。互いに大事なことを言っていないのは分かっていたが、不文律での不可侵条約が結ばれた。太陽が沈み、星が顔を出しかけた空の下、温い風が三人の間を通り抜ける。そうかと話題を切り出した倉持が終わりとばかりにパンと手を叩いた。じゃあなと手を振って自身の部屋へと入っていく倉持を見送り、慧と御幸が残された。辺りは不気味な程しんとしている。

 

「御幸くんさぁ」

「呼び捨てでいい」

「そう。御幸、勝つことは好き?」

「勝つことには貪欲でありたいと思っている」

「いいね。俺は勝つことが全てじゃないけど、勝つことで証明できるものがあると思う」

 

 それで証明したいものがあると付け加えた。御幸は続きを促すように視線を投げる。慧はふわりと笑った。かつて所属していた大江戸シニアの監督が称した醤油でも塩でもない、砂糖を固めたようなキャラメル顔だという言葉が頭をよぎった。この顔がマウンド上では冷え冷えとバッターを見下すのだ。その落差に戸惑う相手も多かったとシニアの大会を思い出す。マウンドで投手は王だ。そういう意味では成宮鳴のような横柄さも、本郷正宗のような威圧も、向井地慧にはない。凛とした佇まいで淡々と相手より自分が上だと切って捨てるを繰り返す。容赦のなさでいえば一番だと御幸は思っていた。

 

「そのうちバッテリーも組むだろうから先に言っておくけど、サインに首振るから」

「知ってる。シニアの試合で何度も見ている」

「早くあのストレートを100%捕れるようになってほしい」

「コントロールも磨けよ」

「それは当然。でもクリスさんは今でも全部、捕れる」

「……ほー。こっちからも言うけど、小器用な感じでまとまって満足するなよ」

「へぇ、言うね。ちなみにチェンジアップは8割から調整中。あと試してからだけど、スライダーで決め球をつくる予定」

「それはテストの時に言え! 明日、チェンジアップとそのスライダーを受けるからな」

 

 慧は御幸がクリスを意識していることに気づいて煽り、それを受けて御幸は慧が器用で平均点が高いからNo1『候補』止まりなことを暗に指摘した。やっぱりこいつ、一筋縄ではいかないと両者共に心の中で叫ぶ。ふっと息を吐いた慧が御幸に手を差し出す。

 

「向井地慧。ポジションは投手。右投げ左打ち。スイッチヒッターにも興味がある。身長184㎝だけど、たぶんあと10㎝ぐらいは伸びる。これからよろしく」

「……御幸一也。ポジションは捕手。お前と同じ、右投げ左打ち。身長は去年の175㎝から測っていないけど、伸びてる。どうも、よろしく」

 

 ギチギチと音が鳴りそうなぐらいに固く握手を交わした。手に触れた瞬間に双方、相当な練習を積み重ねていることが分かったのか手を緩める。戻らない同室者をクリスが部屋で心配している中、後輩たちは彼の思った以上に歩み寄っていた。慧を探しに出たクリスが二人の様子に笑みを浮かべるのは5分後のことだった。


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