スペキュレーション   作:sum072

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 慧は御幸が手にするスコアブックをのぞき込む。マネージャーが書いたのか女子らしい文字が並ぶスコアには今日の試合がまとめられていた。資料用にOBが撮っていた映像を顔見せがてらに取ってきた慧はDVDケースを指で叩いて、こちらに気づかない野球馬鹿にアピールをする。はっとした御幸が顔を上げて、悪いと右手を縦にして首を竦めた。こちらがOBたちの短くはない話に付き合っている間に悠々としやがってと口には出さないが、目が物語っている。

 

「丹波さんは? ちゃんと声かけた?」

「かけたよ。今日の結果は自分で振り返りたいから遠慮するってさ」

「それならいいけど」

「OBからなんか言われたか?」

「早く完投できるようになってくれだって。御幸くんは塁上にランナーがいない時も打ってほしいだと」

 

 投手としては5回を被安打2、無四球、12奪三振、無失点。打者としても2打席2安打。しかもツーベースとHRという本日のMVPに相応しい活躍をして一軍昇格を決めた期待のルーキーは怪訝な表情を崩さないまま床に腰を下ろした。一方、一軍相手にトータル2桁未満の9失点で抑え、HRを含む5打席2安打とこちらも一軍昇格となった新参捕手は、その視線を受け流す。仕切り直すように慧がポータブルDVDプレイヤーで影像を流す。まずは試合を通しで見て、次に映像を止めながら振り返るという流れは御幸が提案した。試合は6回に差し掛かる。慧から丹波へと投手が変わると、試合の様子は一変した。丹波の調子は悪くなかったが、高めに浮いたストレートを狙われて6回だけで3失点。続く7回、8回は得点圏にランナーを出すも御幸が盗塁を阻止するなどして1失点ずつで切り抜けるも、最終回では決め球のカーブも打たれて4失点。二軍の攻撃は1年生バッテリーの連続HRで3点を奪うも、打線が繋がらずに追加点はなし。過去の一軍対二軍の試合で一番点差の少ない展開となったため、ちゃんとした投手がいれば攻撃力が一つ下でも戦えるというのを証明した形となった。

 

「5回の東さんのレフトフライはストレートの球威で何とか押し切ったけど、危なかった」

「あれは打たせてとるより、三振がよかったな。スライダーで空振りが妥当か」

「終盤は変化球のキレが少し落ちてたし、スライダーならもっと飛ばされてた気がする。今みたいにセンターならいいけど、ライトかレフトなら捕り逃して長打コース」

「やっぱ自覚してたから首振ったのか。……ちなみに今日、完投って言われてたらやってたか?」

「やれと言われても拒否する。怪我のリスクは最小限に抑えたい」

 

 シニアの試合は7イニングまでしか行わない。慧も御幸も今までの試合でフル出場してもそこが壁だった。しかも慧のチームはエースを故障させないために二番手、三番手も積極的に起用し、継投も多用する監督だったこともあり、周囲と比べて登板が多くない投手である。従ってあまり多くの球数を投げたことがないからこそ、体力配分が下手なのが今日の試合でのが明らかになった。マウンドを降りた後はベンチでぐったりして、マネージャーを心配させていた。本人曰く、集中力を切らさない緊張が一気に抜けたかららしいが、誰も信じていない。正直、御幸も初めての9イニングの試合で心身ともに疲れが出ており、風呂でウトウトしたほどである。片岡が1年ルーキーズの体力底上げために特別メニューを作っているとは知らない本人たちはため息をつく。その後もあれこれと反省や感想を言い合うも、最終的にクリスのリードはココがすごいを語り合った二人は満足気に頷き合う。すると突然、部屋にノックが響く。ここはクリスと慧の部屋で、クリスは今日登板した一軍投手と話があると席を外している。ノックをするならクリス以外の来客となる。少し面倒くさそうに立ち上がった慧がドアを開けると、そこには主将の東が立っていた。御幸もいるならちょうどエエわ、邪魔するでと足を踏み入れると、すかさず御幸が抱えていたクッションを東側へと差し出した。

 

「そんな緊張せんでも。とりあえず、今日はお疲れさん。あと一軍昇格、おめでとうな。これからよろしゅう」

「ありがとうございます」

「さっき監督と話して仮やけど、背番号が決まったから伝えにきたんや」

「ご足労をおかけして、すみません」

「向井地は固いなぁ。背番号は向井地が11で御幸が12な。夏の大会前にもう一度調整するで」

「えっ、二番手ですか」

 

 一瞬だけ驚いた後に口元が緩んだ御幸とは違い、慧は平然としていた。東も片岡から告げられて聞き返してしまった程だったが、こう受け止められると可愛げがないと心の中で毒ついてしまう。断じて今日の試合で慧と御幸から一つもヒットが打てなかったからではない。さて二人は東に聞こえるか聞こえないかぐらいの音量でエースが誰か予想している。推測通り今日の試合で一軍として先発登板した3年投手がエースナンバーを背負う予定だが、東は正解を教えない。

 東の学年は全国各地からシニアの上位選手を集めた期待が高い世代だった。しかし入学して半年、片岡などの首脳陣や東は気づいた。この学年は伸びしろが少ない。結果として東のみが頭一つ抜け、他は強豪校として合格ライン上の選手が並ぶ。それとは逆に一つ下の学年は期待が低かったが、それを覆した。結城を始めとする複数名が地道な努力を重ねて、才能を開花させつつある。何よりも同期の繋がりが強く、ここ数年で一番チームワークがよい。その次、この学年はどうだろうと胡坐の上に頬杖をついて東は二人を見据える。同期の中で頭一つどころか、二つ、三つほど抜けている才能の持ち主であるから、彼らもその周囲も苦労するだろう。幸運だったのは同じレベルの才能を持ったのが二人だったことだ。一人なら最悪、孤立してしまう可能性もある。主将としては彼らの理解者になりうる者を鍛えなければと道すがら逡巡していたことを反芻して、ゆっくりと口を開いた。

 

「まずは結果で語れ。ええな」

「勿論そのつもりです」

「期待に応えてみせますよ」

 

 後輩としては頼もしいが、一筋縄ではいかなさそうな気難しさも感じる。東にとっては今年が甲子園への挑戦権があるラストイヤーであり、主将としてOBたちから受け継いだ想いもある。そんな話をしようと思っていたが、口から出たのは違う言葉だった。今、彼らは上だけを見ている。背番号を貰うとか、レギュラーになるとかではなく、自身がやる野球を求道し、その過程で勝ちがあると考えている。青いし、エゴが強い。でも、まだそれで良い。自分たちが抱えているものを背負わせるのは先が良いと直感がはたらいた。大きく息を吐いた東が横を見ると小さな画面に今日の自分の打席が映っている。6回も投げていたら、どんな配給で俺に挑むかと東が問えば二人は顔を合わせて相談し始めた。三人になった反省会はクリスが戻ってくるまで熱く続いたのだった。




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