甘ちゃん先生。
生徒たちの間に広まっている一つの渾名。
渾名は良い意味で使われる時と悪い意味で使われる場合がある。
良い意味で言えば愛称的な感じ。親しみがあって生徒から慕われている。
悪い意味で言えば蔑称的な感じ。完全に舐められている。
甘ちゃん先生は私に付けられた渾名だ。意味としては後者の方で使われている場合が多い。けっこうへこむ。
虚から聞いたけど、生徒たちは世界最強の称号を持つ私がISの実技授業を担当をせずに、IS整備科に逃げるなど実力がないと言っているようなものだと思っているとのこと。本津は千冬にも勝てないし、第二回モンドグロッソでの決勝戦棄権も勝てないから一夏の誘拐をでっち上げて棄権が認められる状況を作りあげたなんて憶測語っているけど、よくもそこまで思いつく。想像力豊か過ぎる。
実際の状況を知らなければ僅かな情報でモノを語るのが人間だし、肯定的にも否定的にも捉えてしまうものだ。
決勝戦は確かに棄権したし、アリーシャも同じく棄権した為に第二回モンドグロッソは事実上優勝者のいない幕引きだったが、あの後非公式にアリーシャと戦っていたりするのだ。もちろん私の勝ちで幕を閉じたが。
というか私は生まれの関係で負けることなどあってはならない。負けたら不味い。出自的問題になってしまう。そもそも勝ち負けを決めることのできることで負けたくないし。
甘ちゃん先生と言われるけど授業では真面目に指導している。
ISに限らず整備を怠れば悲惨な事故につながりかねない。しっかりと整備することで安心して使うことができるのだから。
授業では整備の大切さを口酸っぱく言って聞かせているが、IS選手を目指そうとして向上心猛々しい生徒は整備なんて脇道程度にしか考えていないから授業に身が入っていない。おういう生徒は痛い目見ないと大切さが分からないんだろうけど、痛い目見てからでは遅いので、私もできる限り頑張っている。
もしかしたら授業そのものに興味がないのではなく、私の授業の行い方に問題があるのかもしれない。
整備科の先輩教師に評価を聞いてみたが、誰もが開口一番に「声が小さい」と言ってくる。そいつは改善できそうにありません。
私の教師生活は生徒から舐められつつも継続中。
でも良い意味で甘ちゃん先生と言われる時もある。甘い物に目がなくてお菓子作りが趣味な先生として慕ってくれる子もいるのだ。
お菓子を提供しているのもある。もちろん授業中じゃなくてフリーな時間の時にだ。さすがに授業中にお菓子は渡せない。
放課後は整備科で虚をはじめとして何人かの生徒にIS整備の追加指導をしている。ちゃんと許可を受けて行っているし、生徒の方が指導を求めてやってきたので私が拒む理由はない。お菓子を振る舞えて感想も聞ける。
特に虚とは師弟の間柄に近くなったと思う。思うだけ。
今では虚も整備科生徒として高い実力を有する存在になった。おそらく二年生にして最も優秀な生徒だと思う。整備科教師の間でも覚えが良い。
「すみません万春先生」
頭を下げなくてもいいよ虚。慣れてるから。
放課後になり虚がやってきたところまではいつも通りだけど、虚と一緒にやってきた一年生が問題だ。新しくやってきた一年生の間にも既に甘ちゃん先生の渾名が浸透してしまっている為に、各国の自信に溢れる代表候補生が喧嘩を吹っ掛けてくることがある。それはいいけど、私は生徒の喧嘩を買ってあげることはない。
面倒だし、争うの面倒だし。
教師と生徒の戦いで問題になったら。
面倒だし。
要は面倒だし。
「万春先生。決闘を申し込みます」
ビシッと指さされた。人に指ささないで。
片手を腰に当てて指さしてくるのは更識楯無。日本人なんだけどロシアの代表候補生を務めている変わった少女だ。
そんな少女に喧嘩を売られてしまっている。
当然、お断りです。
「声小っちゃ!?」
「お嬢様。事前にお伝えしましたが」
「想像してたよりも小っちゃくてびっくりしたのよ。これで授業とかできるぅ?」
はい、絶賛喧嘩を売られている最中。どうあっても挑発して私に拳を振り上げさせたいらしい。その手には乗らない。
生徒の努力で成り立っているよ。
「そこは先生が努力すべてところではないですか」
無理。喉が裂けちゃう。
「先生。無理なさらないでください。お嬢様も無理を言わないでください」
「なぜに虚ちゃんがこっち側にいてくれないのか気になっちゃうところだけど、そんなに無理言っているつもりはなかったんだけど」
「そもそも教師が生徒と戦うわけがないでしょう」
「えー!? IS学園って血気盛んなイメージがあるじゃない。織斑先生なんて若輩者を千切っては投げ千切っては投げの戦闘狂って聞いていたんだけど」
千冬はそんな戦闘狂じゃないよ。ただISの授業が真剣過ぎて手を出してしまうだけで。
「ブリュンヒルデがどれくらい強いか知りたい知りたい知りたい~」
駄々っ子のように腕をぶんぶん振り回す楯無。様になっているのは彼女の幼児性の表れなのか、それとも演技派のなせる技なのか。虚のため息だけでは判断つかない。
私は生徒を相手にして戦うことはない。それは変わらずだ。
だから代わりと言ってはなんだけど昨日の内に作っておいたチョコクッキーを取り出す。
これで機嫌直してちょうだい。
「甘いもので誤魔化そうなんてそうはいかないですよ」
「と言いつつ手を出しているじゃないですか!?」
「だって万春先生のお菓子は美味しいってひっそり評判なんだもの。食べちゃってもいいじゃない、甘い物だもの」
「……今日も美味しいですね」
「虚ちゃんだって食べてるじゃないの」
「私は別に関係ありませんから」
虚は気にせずにクッキーに手を伸ばす。一口食べると幸せそうに身悶える姿は見ていて嬉しくなる。やっぱり甘い物は正義なのだと確信できる光景だ。
楯無も一口食べて幸せに片足ツッコんだ顔をしてくれるから彼女にも好評なのは分かった。このまま戦いなんて忘れてお菓子タイムに突入しよう。
「くっ。今日は引き下がりますけど、次は試合してもらいますよ」
絶対にお断り。