整備科の教師として働いてから暫く経つ。
仕事をして初めてのお給料に胸をわくわくさせてしまったことは記憶として古くはない。初任給の響きにあてられた身としては、この初めてのお給料で何をするべきか悩んでしまった。
美味しいスイーツでも食べに行こうか、はたまたちょっとした旅行でもしようか、いやいや貯金して通帳の数字が増えていくのを期待しようか。
お金は現役時代にさんざんに稼いできたけど、しっかり仕事をして得たお給料は別格なのだ。特別な存在ともいえる。稼いだ実感があるといえばいいかもしれない。
頭が痛むまでお給料の使い道を悩んでみて、結論としては一夏へプレゼントすることに落ち着いた。
一夏は文句も言わずに家事を一手に引き受けてくれているし、私と千冬がドイツで教官やっているときは寂しい想いもさせてしまった。迷惑をかけてしまった今までを思うと、初任給は一夏の為に振るってみるのが一番の使い道と思った次第だ。
とは言ってもプレゼントをどうするかが問題だ。
一夏の奴はあまり物欲がないし、妙に浮世離れしていて流行に疎いところもあるし、勘はいいけど察しは悪いし人の心の機微に鈍い。
そんな弟に何をプレゼントするべきか悩む。悩みまくりだ。
千冬に聞いてみれば参考になるかも。初任給は何に使ったのか聞いてみたんだけど、まさかの酒に消えたとのご回答。マジで言ってんだよね。
ひとまず一夏へのプレゼントは模索中ということで一旦保留しておこう。そして自然と消え行くのを待つ。
IS整備室では今日も授業が行われている。
ISの基本的な整備方法を徹底的に叩き込むのが私たち整備科教師の仕事であり、特に一年生が整備科へと進路を向かえても苦労しないように鍛え上げなければならない大変さがある。
大抵の生徒たちはIS選手としての進路にばかり目が向いているので、入学したての一年生の中で整備関連の授業に強い興味を抱く者は少ないのが現実だったりする。
そりゃあ、使い方さえ知っていれば構造を知らなくてもいいし、どうせプロの整備士に任せれば万事解決してしまうのだから自分たちは使い方を極めればいいと思っちゃうかもしれない。
事実その通りだし。
でも恵まれた環境ばかりとはならないしIS選手になれるのは一握り。広く学んで損はないでしょ。
一年生であってもある程度に学園生活に浸かっていけばISの実技教習以外でもやる気を見せてくれるようになり、整備科としても授業にやりがいを感じるようになる。
私なんかは特に目の前で不器用ながらもISのパーツを解体する少女にやりがいを感じていたりする。
彼女は決して整備士として類い稀なる才能持ってはいないけど授業態度は真面目だ。顔を油で汚すことも辞さずに必死に食いついてくる。
だから私もついつい構ってしまう。失敗してしまったらヒントを与えて考えさせる。もしもうまくできた場合は次にどうすればうまくなるかをアドバイスもする。
おかげで一年生の中で一番交流のある生徒になった。具体的に言うと一緒にお茶してまったりする関係。
美味しい紅茶だよ。
紅茶と一緒に食べるクッキーはより美味しく感じられる。相乗効果さまさま。
「ありがとうございます。先生の焼いてくださったクッキーもとても美味しいですよ」
ありがとう。やっぱり甘いものは至福だね。甘いものが嫌いな人は人生の半分は損しているんじゃないかな。
「その通りかもしれません。甘いものはいくら食べても飽きませんから。食べ過ぎてしまうとあとで泣きを見てしまうんですけど」
女の子にとって甘いものは最高の楽しみなんだけど、同時に最悪の事態を引き起こす種となりかねないのだ。具体的に言うと体重計が怖くなる事態。
しかし、女の子ではない私には怖くなかったりする。いくら食べても太らないのだから気にならない。これ昔千冬に言ったらぶん殴られそうになったなぁ。
さすがに言えない。いくら教え子相手でも太らない体質だってことは言えそうにない。
そうだね。セーブするか、あとで頑張って運動するしかないよね。
はい、嘘。嘘だけど布仏虚にはバレてない。しきりに頷いたりしながらもクッキーに手が伸び続けている。後で泣きを見るペースだね。
「はぁ、この楽しい日々も来年には減ってしまうのでしょう」
うん、なんで鬱ってんの。
「いえ。来年にはお嬢様が入学されるので一波乱ありそうだと思いまして」
お嬢様?
「先生にも言っていませんでした。私こう見えてもとある家でメイドとして仕えています」
メイド。つまりは借金を肩に売られてしまったってこと。
「先生のメイドに対する価値観の一端を見た気がしました。違いますよ。私の家は代々更識家に仕えてきただけですから」
ごめん。ご主人様に逆らえず18禁的な酷い目にあうイメージしかないかも。後はメイド喫茶とか。
「か、偏り過ぎです!!」
顔を真っ赤にして……もしかしてイメージしちゃったのかな。意外にむっつりしているねぇ。ませてるねぇ。言うほどませてないか。
トマトみたいに真っ赤になった顔をした虚は頭の中のいやらしいイメージを消すかのように残りのクッキーを全部口に突っ込んでしまった。
……え、全部食べちゃった。
まだ三枚しか食べてないのに。
喉を詰まらせて苦しんでいる虚に紅茶を渡す。この部分だけ見ると有能なメイドじゃなさそう。愛でる分には優秀そうだけど。
「ま……万春先生。次回のお茶会までにメイドについて正しく勉強してください」
ハイハイハイハイ。
「ハイは一回で」
ハイ。暇があれば勉強してみるよ。と言っても私にはお菓子作りの勉強が優先なんだけど。
そう言うと虚は急に眼をあちこちにさ迷わせはじめた。コロコロと表情豊かで見ていて飽きない。
「お菓子作りに支障がでない程度で構いませんので」
なかなか嬉しいこと言ってくれるね。