篠ノ之箒にとって家族とはもう手の届かない遠いものだった。
父は厳格で寡黙ながらも優しかった。親でもあり、剣の師でもある柳韻の言葉は今も彼女の奥深くにへと刻み込まれていた。
「箒、お前はいつかその剣を武器として使うことになるだろう。それが殺人剣になるか、活人剣になるかはお前の振るい方次第だ。…だが師としてではなく親として願うのならば、お前にはその剣の在り方を見誤らないで欲しい。」
それはまだ幼い箒の心にへと染み付き、今もなお剣を振るうたびにその言葉を胸に反芻させている。…中学時代、彼女は剣道で全国優勝を果たした。だがそれは憂さ晴らしにしか過ぎないと彼女は気づいてしまったとき本気で辞退を考えていた(さすがに周囲に止められたが)。かつて自分よりも強かった幼馴染と再会し、鈍らだったその腕は日を重ねるたびに研ぎ澄まされかつて以上の輝きを取り戻そうとしている。彼が雪片に見出す物は何か、箒はそれを見守ろうとしていた。
箒にとって、一家団欒というのは存在しないものだった。姉である束は自分を可愛がっていたが実の両親には全く…とはいえ本当にそこら辺の赤の他人よりかはマシだが…興味を示すことはなかった。彼女が笑っていたのは腐れ縁の千冬、弟分の一夏、そして実妹である箒の前でしかなかった。一家離散となったのは束が原因ではある。
だが、それでも彼女は姉を嫌いにはなり切れなかった。
「箒ちゃんってたまに男前すぎるときもあるけど、束さんは、お姉ちゃんはいつまでも愛しているぜー!」
からかうような口調ではあったものの彼女は真剣だったのだろう。いつか、彼女は見せるはずもない弱音を吐露した。
「インフィニット・ストラトスは兵器、なんかじゃないつもりなんだけどねー。でも世界はあれを兵器としての有用性ばっか見てる。何のためにつくったのかもう時々束さんでもわかんなくなっちゃうよ。」
ありえないほど弱っていた声だった。直後にいつもの調子に戻ったためそれが真意かはわからないが、それでも束は宇宙開発のために作りたかったのではないかと箒は思っている。
だからこそ彼女は、世界にインフィニット・ストラトスを宇宙への有用性があるということを示すために今ここにいる。姉の夢を継ぐというわけでもないが、彼女なりの目標ではあった。
…実を言うと織斑一夏と篠ノ之箒は最初から相性が良かったわけではない。むしろ出会った当初は水と油のような関係であり致命的に相性が悪かったとも言える。複雑な家庭環境で育った箒にとって一夏のそのまっすぐすぎる志はあまりにもまぶしく鬱陶しいモノだった。反りが致命的にかみ合わず彼と彼女は会うたびにいがみ合いをしていた。後、何となくこの将来イケメンになるであろうショタには不快感を抱いていた。
男女と揶揄されていたことを大して気にしてはいなかったが日に日にエスカレートする幼い子供特有のいじめにはなかなか彼女は辟易としていた。…その日は突然と来た。
その日、箒は母に貰った大切なものである篠ノ之神社のお守り(母自製)をいじめっ子に取られていた。
「こいつ男女のくせにこんなもん持ってるぜ!ほらおまえにはにあってないからこうしてやるよ!」
踏みつけるというあまりにも冒涜的な行為。箒は心底頭に来ていた。そして心にへと来ていた。
「やめ…ろ!」
気丈な箒も目の前で母の思い出を踏みにじられるのは堪えて泣き出しそうになる。だが、何とか唇を結び堪えていた…そこだった、一夏が来たのは。
「やめろ。」
「なんだよ、お前、男女の味方するのかよおりむら!」
一夏はいじめっ子を突き飛ばすと箒のお守りを拾い埃を払っていた。
「別にそんなつもりはないけどな、だけどこの光景は千冬姉の教えに反するんだよ。」
やられたいじめっ子は悔しいのか一夏に突撃してくる…だが一夏はいくら幼いとはいえ武道を修めているものでそこらのガキに負けるほど弱くはなかった。右に避けると足を差し出し相手を躓かせ転ばせた。そのまま相手の襟首をつかみ引き起こすと彼は言った。
「男がやっちゃいけないことは二つ、食事を残すことと女の子を泣かすことだよ。」
彼は言い切るとそのままいじめっ子を放した。呆然としているのも気にも留めず箒の側まで寄るとお守りを彼女に手渡した。
「ほら、大事なモノなんだろ。もう取られないように今度こそちゃんと握っておけよ。」
そして箒の手に包ませ、そのまま彼女の腕を引いてその場から立ち去って行った。暫く歩いてると箒は口を漸く開いた。
「…何故お…わたしを助けた。」
「無理すんなよ、言いなれてない感じが出てるぞ。」
「答えろ、お世辞にもお前とわたしは仲が良いなんて言えない、むしろ険悪と言っても過言じゃない。…なのになぜ助けた?」
「確かに俺もお前のことは嫌いだよ。会うたびに突っかかって来られたんじゃ正直好きににはなれない。だけど、それでも女の子を泣かせるのは男が絶対やっちゃいけないことなんだよ。俺は千冬姉の教えに従っただけだ。…けどさ、やっぱり知りたいんだよ、なんで俺のことを嫌ってるのかって」
箒は理解した、幼いながらも彼の侠気というものを。鬱陶しいほどまぶしかった彼に箒は純粋に敬意を抱き、その心を明かした。
「…正直に言えば織斑一夏、お前はわたしにとって眩しすぎた。そのまっすぐな心は捻くれた自分に害であると考えてた。それは思い込みに過ぎなかったが。…遅いとは思う…けど、こんなわたしとお前は仲良くしてくれるか?」
「そりゃもちろん、良いに決まってる。仲良くしてくれっていうやつを断るほど俺は嫌な奴になったつもりはないからな…よろしくな箒!」
「…ああ、よろしく頼む。一夏。」
こうして彼らはお互いに名を呼び合う仲になり、彼らは交流を深めた。当時にはよくわからなかった気持ちを何となく抱き始めた頃だった。…要人保護プログラムにより篠ノ之家が離散し、箒は鬱々として日々を送っていた。一夏と交流し過ごしていた日々は彼女の中で大切な宝であり、何か辛いことがあった日には彼女は思い出し、前に進む原動力とした。そして六年ぶりに再会した一夏はまずますと鋭くなっていた。(要約:イケメンムーブに磨きがかかっていた)…彼を目の前になかなか素直になれない箒はそんな自分に嫌気がさしてきた。父の言っていた言葉に反するというのもあるし、何よりも自分がそれをやっていてまた正直にものを言えなかったという事実が一回一回胸に刺さってくるのだ。
箒は愛用している木刀をケースにしまうとそれを寮の自室の隅っこにへと置いた。同室の鷹月静寐は現在不在だ。今日は何にせよ臨海学校出立の日だ。彼女もあちこちを走り回っていることだろう。
「…もう、暴力に訴えるのは終わりだ。」
呟き彼女は自身に言い聞かせるように決意する。木刀を持って行かないことで彼女は自制すること決めた。…たとえ素直に今すぐなれなくてもいい。だが、照れ隠しに暴力で訴えるのはもう終わりだ。
「…それに一夏の命がいくつあっても足りなくなるからな。」
我ながら野蛮だ、と彼女は自嘲するように呟くが彼女は少しずつでも前にへと間違いなく進んでいた。時間を見るとそろそろ集合時刻か、と彼女は荷物を持ち、寮の部屋を出て行った。急がねばなと思い歩調を進める。何にせよライバルは大量だ。出遅れるわけにはいかないと彼女は勇ましく進んでいった。
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織斑一夏の隣は誰が座るか…それはもはや戦争になるか、と思われていたが閃光のように掠め取っていた少女がいた。篠ノ之箒である。彼女は一夏に声をかけるやいなや問うた。
「い、一夏。一緒に席に座らないか?」
「ん?箒か、別にいいぞ。」
一夏の了承を得てしまったらそれはもう勝ち戦。一夏は絶対だしねしょうがないね。…と箒が閃光の如く掠め取っていったため鈴やセシリアは悔しそうに歯嚙みしていた。
「…昔を思い出すな。」
「…ああ、こうやって昔の遠足の時も隣に座ってたよな。で、おやつとかを見せ合いして好きなものがあったら交換とかやったやった。」
「…よく覚えてるな。」
「…?別に当たり前だろ?箒との思い出なんだし。」
…本当にお前というやつは…と箒は思うがここで照れ隠しに出るほど今日の箒は肝が小さいわけではない。
「そうだ、そして一夏は何故か巣昆布やイカせんべいを好んで食べていた。今は味の趣味はどうなのだ?」
「辛いものとかよりは酸っぱいものかな。あ、別に甘いものも好きだけどな。」
…相変わらず年寄り臭い趣味を持つ男だ、まあそういう意味では私と合っているのかもしれないが…と箒は思う。彼女自身も古風な環境で育ち、洋食よりは和食への執着が強い。一夏も同じく和食の方が好きということを聞いた。勿論中華や洋食が食べられないわけではないだろうが。
「甘い和食か…何かあったか。」
「肉じゃかとかそうだな、あとは里芋の煮っころがしとか…」
「ふむ…色々と考えてみればあるものだな。」
家庭的な二人だからこそできる話題、一夏と箒は有意義に移動時間を使い料理の談義をしていた。なお家庭的な要素がないラウラは料理を覚えてみるか…と画策していた。
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「くふ…可愛いなぁ箒ちゃん。自分の本質を分かってないなりに躍起になってるのは…。」
どことも知れない研究所。ウサギ耳の女性が笑いながら機器をいじっていた。
「束様、移動手段と荷物の準備整いました。」
「おーありがとー。くーちゃん。これでいつでも行けるね!…さてとそろそろ束さんたちも行こうか。何にせよ六年ぶりのちーちゃんにいっくん、そして箒ちゃんだ。束さんもそれなりに楽しみだよー。」
「…初めてですね、そんなに喜びに身を任せている束様は。」
「どうせならくーちゃんも一緒に楽しもうZE☆!初めての妹との対面だよ?」
「…いえ、私に妹など……束様がおっしゃるのならば。」
「んもういけずぅ。…じゃ、悪いけどくーちゃん車の準備お願い。」
「かしこまりました。」
くーちゃんと呼ばれた女性は一礼するとそのまま束の前から立ち去っていく。束も周囲に散らばっている機器の中から必要っぽいものを袋に詰め込み最後に机の上にのせられているIS…「紅椿」を袋に放り込みもう一度装置を覗き込んだ。
「お姉ちゃんは応援してるよ、たとえ箒ちゃんが元々は男でも、それの自覚がなかろうとも束さんはいつまでも味方だZE!」
次回は海水浴場話