織斑千冬にとって弟はいつまでもかわいい弟だ。一夏がそれを聞いたら拗ねてしまうだろうがそれでも千冬の気持ちは変わらない。とはいえ外面上は教師と生徒の関係、そこを贔屓するわけにはいかない。公私を分ける人間なのだ、彼女は。
だが、それでも彼女の信念は一本筋で変わらない。十年以上前からだ。
「家族を守る。」
たった一人の血族である一夏を守るというのは千冬の最初に掲げた行動原理であり、それは今も実行されている。そこに疑問を挟む余地などなく遂行するだけだった。
「…私の出自など、過去などどうでもいいことだ。」
織斑計画などという戯言にとらわれる必要はない。一夏は、一人の人間として地を闊歩し、やがて一人の人間として千冬の元を去っていくだろう。だからその時まで、一夏のことを守るのは千冬の役割なのだ。
「…昔ならば妹がいいなどとほざいていたのだろうな…いや、私も予想外だったさ、弟がこんなにも可愛いものだとは。」
久しぶりの姉弟水入らず。先に寝てしまった一夏の寝顔を見て千冬は何となく呟く。彼の寝顔は実に幸福そうだった。生の充足感を噛みしめているのだろう。
「それにしても…お前は楽しませてくれるな…私もその先の結末が気になるというものだ。」
一夏を取り囲む少女たち。その面々は面白いほど個性的で一夏は彼女たちにぶんぶんと振り回されている。けれどもそんな中で彼はしっかりと自分で行動し、最適解を見つけようとしている。
「だが…まあ今は休め。…明日はあの天災が来るのだからな。」
やれやれと旧友の顔を思い出して千冬はため息をついた。
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臨海学校初日…一行を乗せたバスは旅館へ到着し、各員部屋に荷物を運び入れた後、水着に着替えて目の前で広がる海水浴場で自由行動…というのが初日の流れだった。
「…海か、随分と久しいな。」
俺は特段フリルもない飾り気もないがシンプルな銀のビキニを着ながら眩しそうに太陽を見た。なお邪魔だからとのため眼帯は取られている。
「ラウラは、海は久しぶりなの?」
「久しぶりも久しぶりだ。今では初めてだな。」
俺がこの世界に生を受けて一番最初という意味だが、情報を共有しているシャルには十二分に伝わっているだろう。察しがいいし、恐ろしいほど。
「…さて、とはいえやることも思いつかんな。遠泳でもやるか?」
「ラウラ…疲れるだけだよ、それ…。」
好んでやりたいことではないな、俺も…そろそろ、一夏が来る頃合いか…
「あ、一夏だよ。他の人たちも一緒みたいだね。」
シャルの言葉の通り、一夏の周りには鈴やセシリアもいる。箒の姿は見当たらない。まあ多分あそこだろうけど。
さて、一夏の格好だが…まあ当たり前だが上裸だ。男の水着というのはそういうものである。…一夏はもともと腹筋が割れていたが、今の彼は俺を筆頭とした代表候補生にみっちりと特訓を重ね、その筋肉…というよりも肉体美はもはや完成している。ボディビルダーとしてもやっていけるだろう。彼自身も筋トレを欠かさないなどの努力をしているのも良くわかる。…そう、その筋肉があまりにも…性的にグッと来たのか、本能は耐えてくれない。右腕が勝手に一夏の腹筋を触りに行こうとするものだから左手で決死に抑える。はた目から見たら右腕を左腕で抑える変人だ。今更か。だがお前のヌードはわたしの子宮によく響く 害だな、ある種の。
「似合っているじゃないか、色男。」
「…か、からかわないでくれ。正直今この場に居るのさえ恥ずかしいんだから…。」
一夏は朴念仁だが人並みには恥じらいを持つ。だから、女子だらけの花の園であるここには居心地の悪さを感じるのだろう…まあそれを言ったら今更なのだが。改めて水着ということで彼は回りの環境を意識してしまったのだろう。
「前にも見せたが…どうだ、これは?」
「似合ってる。俺が似あうと思って選んだこともあるけどやっぱりラウラには黒よりも明るい色の方が似あってる。」
「…お前は、またそう…。」
息を吐くように口説き文句を吐くのはやめてもらえないでしょうか、子宮が悦ぶ。ああ、手よ荒ぶるんじゃねえ…
「一夏!あたし!あたしはどう!?」
割り込みしてきたのはつい最近影の薄い鳳鈴音である。彼女の水着は赤いフリルビキニではあるが…
「可愛いと思うよ。」
恥ずかしげもなくそのセリフを吐くため妨害する気満々で来た鈴は現在守備力ゼロのため、その言葉を受けて撃沈してその場で再起不能になってしまった。
「そのようなところでずっと立っていたら熱中症になりますわ…さて、一夏さん。あなたにしか頼めないことがあるのですがよろしいでしょうか?」
「…俺だけ?」
「サンオイル、塗っていただけますか?」
青いビキニの紐を外し、パラソルの下でうつぶせになるセシリアに一夏は思わず息を呑んでいた…いいよ、俺は邪魔しないさ。そこは個人の幸福だからな。
「ん…そこですわ。特に肩甲骨のあたりをお願いします。」
「こ、ここか…?」
手探りな彼はこのままどうするのかよくわかってないようだが、それも直に終わるだろう…終われ。
「では、最後に…脇のあたりをお願いいたしますわ。」
「わ、分かった…。」
「あぁん」
「わ、悪い!?」
どうやら胸をわしづかみにしたらしい…何故どんなミスをしたらそうなる。お前は馬鹿なのか…いんや、俺は気にしてないからな。
「ふう、ご協力感謝いたします。それにしても一夏さんは手つきが鳴れているのですね。」
「日焼け止めを塗るのは初めてだけど…まあマッサージは慣れてるからな。」
織斑教官にやっていてあれか、あれって気持ちいいと言っていたがどれほどの気持ちよさなのだろうか、今度俺も頼んでやって貰おうか…などとグダグダグダグダ考えていると時間だけが過ぎてしまう。
「一夏、みんなでビーチバレーをやることになってるんだ。一緒にやらない?」
「ビーチバレーか…俺もやるか。」
…俺の視線に気が付いたのか一夏はこちらをフォローをしてくれた。
「…ラウラもするよな?」
「…ああ。」
一夏、俺、シャルとその他クラスメイトと鈴、セシリア+αのチームとなり、ボールは相手が先攻だ。サーブをするのは鈴。
「んじゃ、始めるわよ!」
ホイッスルとともに試合開始、鈴が放った強烈なサーブはネットを軽々と越えて自陣に襲来する。さて、ここからいくつかの選択肢がある。俺にはあれを受け止めれる力と直で返せる力もあるが…ここは、受け止めようと思い、そのままレシーブで打ち上げる。声をかけて連携を図る。
「シャルロット!」
「オーケー任せて!」
後ろへと跳んでいったボールをシャルはそのまま前へ激しく飛ばす。そのまま俺がその軌道上に向かって走り…チェインを仕掛ける。俺とシャルロットの力を最大限に込めた一撃だ。並大抵の生徒に止められるものではない…!と、二組の女子のヘッドにあたりそのまま空中へ舞う。鈴がそのままジャンプしてトスをする。
「セシリア!」
「お任せを!」
トスから繋いで受け取ったのはセシリア…彼女も相当腕力は高いが所詮は女子一人のもの、限界は見えるはずだ。
「ご覧いただきましょうか、淑女のスパイクを!」
眩しいほど輝きながらスパイクを撃ったセシリアだが…その弾は、俺の真横にプスプスと砂浜を焦がし、地面に埋まっていた。
「なん…だと…?」
そのあまりにも速い球速に対し、俺もこっちのチームの面々も唖然としている。…マジ?
「パワーお嬢様などと不名誉なあだ名は伊達ではないことご理解いただけまして?」
…甘く見ていたわけじゃないが…セシリア・オルコット…想像してたなんかよりもずっとずっと強い。ていうか強すぎる。ISでもう少し強くなれるだろう。お前はなんでバレーボールで強いんだ、んなに。
結果、両者疲弊するまでビーチバレーは激戦を繰り広げていた、何とか勝ったのは俺達だった…ちょっと安心した。完全敗北したらどうしようかと思ったが一応まだ無敵伝説は破れてないようだ。誰が作ったのか知らんが。
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夜、一夏は一人で入れる時間帯になったので寝間着などを持って脱衣所にレッツゴーした。その日の一日の疲れからか、彼は脱衣所に他の服が置いてあることに気が付かないほど注意散漫になっていた。いざ服を脱ぎ終わり、癒しの世界へレッツゴー…しようとしたがその場にいた少女の存在に固まった。
「…ラウラ?」
「…ん?ああ、一夏か。そういえばお前はこの時間帯だったな。」
「…えっとあの、リエル=サン、何故ここに?」
「人があまりにも多いのは苦手でな。終わりのあたりに来ていたがお前がこの時間という事を失念していた…だが面倒だ。お前もこのまま入れ。」
さらっと言い切ってしまうあたり彼女の胆力はすさまじいが一夏も一夏でこの状況であわてず騒がずができている。十分な成長を見せているのだ。というよりも今この場で騒いだら一夏はやばいことになる。地位も名誉もやばいことになる。リエルは黙っててくれるとのことなのでその甘言に乗ることにした。…誠、遺憾であるが。
いつぞやのシャルと同じような構図で、背中合わせになる。
「…いい湯だな。わたしは湯の良さなど良く分からんがこの暖かさは心地いい。」
「…ああ、あったかいな…色々と。」
主に背中に感じる人の体温とか。
「…一夏、無理はしなくてもいいぞ。」
「…無理?」
「お前が相当量溜まっている、ということは分かるさ。」
「な、何を…?」
「今お前の後ろに居るのはお前を好意的に見ているメスだ。そして、そういった行為も上等と考えているメスだ。」
「…リエル?」
「お前は、欲望を吐き出したくはないのか…?」
ささやくような呟き…まるで悪魔だな…
「吐き出す…」
「自身の欲に素直になれ」
「…素直に…」
「さあ…一夏、お前はどうしたい…?」
「俺は…」
「…駄目だ、こんなのは。ダメなんだよ、リエル。」
「まあそういうと思った。いい湯だった。先に上がっているから後でタイミングを計って戻るんだぞ。」
…果たしてそれがからかいなのか、一夏にはよくわからなかった。でもドキドキしたのは事実だった。