その昔、中国である一人の少年が生まれた。
鳳瑞清という名前を授かり、この世に生を受けた少年はすくすくと育ち、9歳になるころにはワンパクな坊主にへと育っていた。…だが、少年に転機が訪れたのは9歳の時だった。
世界にはインフィニットストラトスという兵器が蔓延り、世界の軍事事情は変わり、世界はISの適正者への育成に力を入れていた。…そのために、人さらいが、世界各国で頻繁に起き、高いIS適正を持った少女たちは世界のどことも知れない場所にへと売られていった。
だがさらわれるのは少女だけではなかった。世界は画期的な薬を開発した。成長途上の子供にのみ投与し効果を発現できる、ホルモン調整剤なるものを作り出した。これは、性ホルモンが不安定な幼年期に投与することにより、男性ホルモンから女性ホルモンを過多に摂取させる…ただそれだけだが、性が不安定な思春期前に投与することにより、その少年の性別は徐々に変わっていく。やがて完全に女性へとなってしまうまさに恐ろしい薬だった。
そうして、世界は少女だけではなく、少年も誘拐される治安の悪い時代へとなっていた。…そしてその拉致被害者に、瑞清少年は選ばれてしまったのだ。例から漏れることなく、彼もホルモン調整剤を投与され、徐々に性別の変化に苦しんでいた。
幸いにも彼は、たまたま中国に訪れていた世界最強のブリュンヒルデにより救助され、無事に両親の元に帰れたが、ホルモン調整剤の侵食は止まらず、完全な女性へと性別がなってしまった。現在の医学では治療法は確認されておらず、彼は彼女として過ごさなければいけなくなった。だが、そこで問題になったのが戸籍だった。彼女の戸籍は用意されてなかったのだ。そもそも彼が彼本人であるという事を証明することは出来ないと判断され、戸籍を書き換えることは出来なかった…そこで、彼女を助けたブリュンヒルデ…千冬は提案をした。
「日本へ来ませんか?日本ならば法整備も進んでいるので日本国籍を取ることも出来るはずです。」
鳳夫妻はその提案に喜び、息子から娘となった彼女とともに日本へと移住した。…そしてそこで彼女は名前を改め鳳鈴音という名前を新しく名乗ることになった。
日本へ来た当初、彼女は男の感覚も抜けない、また日本語も中途半端という困難に陥りいじめられそうになっていた。だが、そこで手を差し伸べたのが織斑一夏という少年だった。
「
「…え、中文…ご、話せルの?」
「ちょっとだけな…あ、
一夏の中国語は片言ではあったが、純粋な中国人の彼女でも聞き取れて意思疎通も出来る。まさに救いの神だった。
「千冬姉からえっと……
彼に中国語を教えたのは千冬だ。純粋に助けになるからという理由と、彼女を助けるために教えて欲しいと一夏に乞われたからである。一夏は慣れない言葉に四苦八苦しながらも、学習して少しずつ身に着けた。これも全て鈴音を助けたいという思いからだった。
「
「…谢谢。」
それから鈴と一夏が仲良くなるのには時間はかからなかった。一夏は学習能力が高いため、一年も学んでいれば少年期の柔軟な頭脳で中国語をあっという間に身に着けた。それは鈴も同じことで一年もすれば、日本語を何不自由なく使えるようになり、クラスから排斥されることもなくなった。…ただし、少年だった頃の感覚は抜けていないため、まだ12歳のころは少年のような言動だった。
「一夏。」
「よ、鈴。帰ろうぜ。」
それは彼らが六年生に進級したころ。周りからははやし立てられることもあったが当人たちは特に気にしてもおらず仲のいい友人であった。そんな彼らが下校途中の道で見たのは、キスを隠れて行うカップルだった。
「…ああいうのは公共の場でやるべきことじゃないんじゃ…。」
「でも、仲良さそう…」
一夏がそれを見る視線は冷ややかだが鈴はある種の憧れを持っていた。
「キスか…」
「一夏は、興味が?」
「ないと言えばそれは嘘になるけど…。」
「ふーん、じゃあどんな人としてみたい?」
「そりゃ好きになった人…って言っても今は思いつかないし身近な人かな、勿論男じゃない。」
「千冬さんとか?」
「千冬姉に出来るか。」
「それじゃあ誰?」
「ふーん…鈴とか?」
恐らく彼は深く考えてなかった。だが、その発言は鈴を意識させるには十分だったのだ。どぎまぎして、一夏を避けるようになり、そのことで一夏と喧嘩になってしまったり色々とあったが…中学に上がるころには彼女は変わっていた。言葉遣いが女性的なものになり、一人称もボクやら男染みた物からあたしという少女めいたものになり、彼女は真に女性として生まれ変わったのだろう。…そして中学二年生、鈴はその年が終われば中国に帰らなければいけなくなり、彼女は一夏にある約束をつけていた。
「あたしは必ず戻ってくるわ。…だから一夏、このミサンガを持ってて。」
「ミサンガ…?でも急にどうして?」
「それにあたしの願いを込めてるから。あとあんたの願いも込めておいていいわよ。」
「願い?」
一夏ははてと首を傾げた。察しないのは仕方ない。一夏だから。
「内緒。まあそのうち教えてあげるわ。」
「…分かった、じゃあ俺はこれを持っておけばいいんだな。ただ、切れても保証はしかねるけど。」
「そこは厳重に管理しておきなさいよ。あたしが帰ってくるまでに切れたら許さないんだから。」
ははと苦笑する一夏、鈴は再び一夏に向き直る。
「責任取ってよね!」
そしてそのまま走り去っていってしまった。…そしてまた一夏は首を傾げる。
「…責任?」
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一年後、彼女は日本にへと帰って来た。そこで一夏とも再会を果たし、彼の手を経由して再び鈴の元に渡したミサンガが戻って来た。
「…そうよ、あんたにはまだ切れられたら困るの。」
一夏と再会したその日、一夏は右手首にしっかりとミサンガをつけていた。多少の劣化は見られるがまだまだ切れることなさそうなほど元気なミサンガ(?)だ。彼女が願掛けしたことは二つ。
いつか、一夏に自分の素直な気持ちを告白すること
そしてもう一つは、その時に自分の性別を白状すること。
前者はともかく後者は明かす必要もないことだ。だが、それでも彼女は一夏にいつかそれを打ち明けたいと思っている。一夏ならば受け入れてくれるという甘えもあるかもしれないが、彼には嘘をついておきたくない。それが鈴の気持ちだった。
だが、彼は中学の時からモテた。そして、IS学園に入ってわずか数週間のうちに既に複数の女生徒から好意を向けられており、鈴は出遅れたという後悔をした。そして、その後の二人の転入生の参入もあってまた大幅に出遅れた。というよりも一人だけ何故二組なのだと何度も地団太を踏んだ。だが、クラスの垣根を越えるこの臨海学校ならば話は違うのだ。鈴はここである一つの作戦をかけていた。
夜、一夏は鈴に呼びだされて気づかれないように砂浜まで来ていた。ラウラの目をごまかすのは大変だったと一夏は内心ため息をつく。…岩場に鈴はいた。
「ごめん、待たせた。」
「良いわよ別に。焦ってるわけじゃないし。」
とりあえず座ったらと促し一夏もそれに甘えて岩場に腰を下ろす。
「綺麗だな、この星空は…あっちの方じゃ見れない。」
一夏は感慨深く呟くが彼の頭上には満天の星空と呼ぶにふさわしい神秘的な光景が広がっていた。
「そうね。正直悩みなんてどうでもよくなるくらいには綺麗。」
鈴は一夏の言葉に賛成し、そのまま本題を切り出す。
「一夏、これやっぱりあんたに持っておいてもらいたいの。」
「…ん?これって、ミサンガだよな?この前返した。」
「そうよ。」
懐中電灯に照らされたのは彼女の腕から取り外されたミサンガ。それが一夏に向けられていた。
「でもいいのか?鈴の物なのに。」
「一年つけてたんでしょ、もうあんたの物みたいなもんでしょ。」
「まあそれはそうだけど…。」
「それに、もう一回願掛けしておいたからあんたに持っておいてもらいたいの。」
「…?…まあ良くわからないけど、了解。ただだいぶガタが来てるしいつ切れてもさすがにもう保証は出来ないな…。」
「切れたらそれはあたしの夢がかなう時だから気にしなくていいわよ…でさ、一夏。あんたそれに願掛けした?」
「…………したよ。でも切れなかったってことは俺にはまだまだその夢は早いっていうことだろうな。」
「…何を願ったのよ。」
「さ、さすがに恥ずかしくて言えない。」
一夏は目を背ける。鈴は知りたい様子だったが、あまりやり過ぎると可哀そうかと途中でやめた。それからしばらく無言の時間が流れる。一夏は星を見るのに集中しているようだった。…そして一夏がくしゅんとくしゃみをした。
「さすがに海辺は冷えるな…そろそろ戻るか。」
「ええ…戻りましょうか。」
と、懐中電灯で一夏を照らすと鈴は気づいた。
「…一夏、ミサンガを見て。」
「ん…?…あ、これは…半分ちぎれてる?…おかしいなさっきは何もなかったはずなのに…。」
一夏の手のミサンガは中途半端に切れた状態になっていた。丁度半分だ。鈴は考える。
「…半分切れたってことは…半分はあたしの夢をかなえるときが来たってことね。」
「…半分?」
「それに二つ願掛けしてたの。」
「あ、なるほど。だから半分。でもそれってどんな願い事だ…?」
「どうせ今から分かるわよ。」
鈴は懐中電灯を砂浜に落とすと、一夏の胸元に入った。今の彼らを照らすのは無数の星明りと月光だけだった。
「りん…?」
彼の言葉は途中でむぐっと遮られた。鈴は背を伸ばして一夏の唇に自分の唇を重ねた。そして舌を絡ませ、相手の唾液を呑むほど深いキスをその場でした…話してから一夏に向けて鈴は赤くなりながら言った。
「あたしのした願いの一つは、素直な気持ちを告白すること。」
「…鈴。」
「…あんたは鈍いから言葉でいうわ…あんたが…織斑一夏が好きよ。友達とかじゃなく、あんたが、異性として。世界で一番、大好きよ。」
とても恥ずかしそうにしていたがそれを言った彼女は嬉しそうに微笑んでいた。
これくらいやってもバレへんか…