出発点・休憩室・1
少年悠斗には、夢があった。
それは幼い子供が思い浮かぶ様な夢想と想像の世界から飛び出したかの様な“皆のヒーローになりたい”事だが、“本気で”それを実行する事を目指し、その為ならどんな苦労、努力も厭わなかったし実行していた。
子供の“ごっこ遊び”ではない、勇気と決意を胸に秘めていたのだ。
悠斗の両親もそれを見て『私達は良い子を持った、この子は将来職務に関わらず、素晴らしい男性になるだろう』と確信していたし、実際悠斗自身もその期待に持ち合わせたポテンシャルを持っていた。
小中と勉学を重ねる内に友も増えた。
自分の夢を馬鹿だ、無駄と嗤う輩もいたが悠斗はそれを馬鹿だとは思っていたが無駄だとは一切思わなかった。
夢は叶えられる。叶えるチャンスと叶え方は人によって変わってくるが0という事は無い、悠斗はそれを知っていた。
“警察官”、悠斗の夢の目標は警察官になる事を決め、それに向けて猛勉強を始めた。
勿論身体を鍛える事も忘れていない。
両親と周りの人々は悠斗が警察官なると言い出してからというものの以前よりも悠斗に期待を持ち、将来日本の安全を背負う一人となる事を待ち望んだ。
悠斗は一躍近所の有名人となったのだ。
悠斗は幸せだった。
何一つ不自由無い生活、暖かい温もりが側にあり、自分自身も夢がありそれに向かい走り続けられる。
しかも自身には夢に向かい走り続けられる素質もあるのだ。
だが、その日常も長くは続かなかった。
突如、怪人が街に現れ人々を襲い始めたのだ。
怪人が何故現れたのか、何故人々を襲い始めたのかは誰もわかっていない。
人の形を異形。
当然人々は混乱した、向こうはこちらを殺して回っているのだから。
悠斗はそんな中、成長期の身体で果敢に勇気で怪人に立ち向かった。
だが当然の如く結果は惨敗、軽く怪人に弾き飛ばされ。自衛隊員に危機一髪助けられる形として命拾いした。
被害は負傷者数十名、死亡者が4名。
怪人が単体だったのが唯一の救いだった話だ。
悠斗は軽傷で済み、生活や夢にも支障は無かったが自身を“情けない”と責めた。
『何の為に自分は今まで鍛錬を積んできたんだ?』とーーー
悠斗は哀しくなった、自身を恨み、激怒した。
『自分が守るべきだった人が襲われ、挙句自分は軽傷で済んでしまった。』とーーー
両親と周囲の人物は勿論悠斗を心配し、気を配り、悠斗を慰めようと試みたが全く効果は無かった。
悠斗は既に年に似合わぬ精神を身につけてしまっていたのだ。
怪人はこれっきりで去ってしまったが悠斗は今まで以上に鍛錬、勉学に励む事を決意し直ぐに行動へ移した。
友といつもの会話も、趣味だったゲームセンターに入り浸る事も捨て、楽しかった事すらも捨て、まるで何かに取り憑かれたかの様に、魂が抜け作業ロボットになったかの様に鍛錬、勉学を積んだ。
『もっと自分に力があったら…』
『強くならなければならないんだ、俺は』
『もっと、もっと、もっと……』
そして、ある時悠斗が目を覚ました場所は病院の一室のベッドの上だった。
長時間の激しい運動、睡眠不足による過労だと医師は悠斗に告げ早々と自分の仕事へと戻っていった。
悠斗は自省した。
『ああ、俺も人間なんだな。』
とーーー
しばらく大人しくベッドで休息を摂っていると両親が来た。
手には木製の籠に入った果物。
二人共元気そうな悠斗の顔を見て安堵していた。
『悠ちゃんは果物だと林檎が好きだったからね、きちんと持って来たわよ。』
『母さん俺はもう中学生だよ、いい加減“悠ちゃん”は止めて欲しいな。』
『何言ってるのよ、まだまだ悠斗は“悠ちゃん”よ。……あらやだ、私果物ナイフを忘れちゃったわ…』
『お前は忘れっぽいからな、ほら、きちんと私が持ってきているぞ。』
両親は決して悠斗の過剰な鍛錬についてとやかくは言わなかった。
放置主義という訳じゃない。
両親は知っていたのだ。悠斗が既に己の過ちを認めた事を、悠斗が他のやり方を探し始めた事を。
『…もう少し、ゆっくりしよう。』
その後は以前より少しペースを落とした鍛錬にし、主に格闘技や剣道等の型の稽古といった様なものにした。
もう前の様に滅茶苦茶なだけの事はしない、前より今を磨く。
未だに病院からは余り出る事を勧められなく、激しい運動は禁じられていたが最大限にして最低限の運動はしていた。
ゆっくりと動き、型の練習を行うのだ。
ある日の事だ。
病院の退院予定日の朝起床し、ふと横のテーブルを見ると昨日の食べかけのカロリーメイト(チーズ味)の代わりに“桜井悠斗へ”と紙製のプレートが飾られたバスケットが置いてあった。
何だろうと思い、悠斗はカロリーメイト(チーズ味)は忘れベッドから身を起こしマスケットの中を覗く。
中には“奇妙な物”がむきだしで入っていた。
まず、黒を基調とした長方形に6面の内1面のみが反っていた。
中央には回転しそうな丸が出っ張っており、緑と黄色のラインが引いてある。
赤いスイッチ、銀色のライン。
意味がわからない。玩具か何かだろう。
そう悠斗は考えーーーー
ーーーーられなかった。
まず、どうみても玩具に使う様な素材が使われていないし、何処を見ても製造者等の情報が載っていなかった。
肌触りと光沢から金属に見えるがプラスティックの様にも感じる。
全くよくわからなかった。
悠斗は他に何かないかとマスケットをひっくり返すとカシャンと音を立て、無機質なテーブルへやや厚みのある茶封筒が落ちた。
茶封筒自体に何も書いていない事を確認すると、何の躊躇いも無くそれを破り、中身を取り出す。
茶封筒から出てきたのは一枚のカードと星が印刷されている付箋だった。
茶封筒の厚みとなっていたカードを見てみる。
これも黒を基調とした表面に緑と黄のラインが引いてあり、凹凸がある。
だが何に使うのか全く理解出来ない。
仕方なくまだ理解出来そうな付箋へと目を向けた。
“僕と過去の僕の戦いは終わった。これから戦いが始まる君へこれを託す、上手く使ってくれ”。
と、星の付箋にはやたら上手に書かれていた。
“ダメだ、全くわからない。”
これが悠斗の感想だった。
唯一理解出来るのは“これから戦いが始まる君へこれを託す”、つまりこれが自分の物だという事のみだ。
お昼過ぎ。悠斗はメールで『今から帰る』とだけ母へ連絡し病院から退院した。
もう病院着ではない。慣れ親しんだベージュのズボンと白い無地の長袖Tシャツ、そしてツヤのある黒いジャケットだ。
病院から出て、目の前にあるバス停にて家方面のバスを待つ。
ーーー先程の奇妙な物とカードはバッグか何かが無い為にポケットの中でぎゅうぎゅう詰めになっていた。