もしもおお振りの三橋くんがTestosteroneの『筋トレが最強のソリューションである』を読んだら   作:ふぁもにか

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Testosterone氏の御言葉①
「筋トレとプロテインでこの世の99%の問題は解決する」

 どうも、ふぁもにかです。ようこそ、このおお振りの二次創作に見せかけたTestosterone氏の宣伝小説へ。ここの所、執筆意欲がまるで消失しているため、息抜きで1話だけ書いてみました。楽しんでいただけたら幸いです。



1.三橋廉の分岐点

 

 

 今日の練習試合も負けた。その前の公式戦も初戦負け。

 その前の前の練習試合もボロ負け。負け。負け。負け。

 

 俺が投手をやってるから。贔屓のくせに、マウンドを譲らないから。

 俺よりもずっと上手い、叶くんにエースを、背番号1番を譲らないから。

 三星学園中等部の野球部は今日も、他校に負ける。負けて当然だ。ヘボPの俺がいつまでも投手に居座ってるせいで、皆やる気をなくしてるんだから。

 

 

(俺、なんで野球やってるんだろう……)

 

 野球部での部活を終えて、中学3年生の三橋廉は1人、トボトボと家路に就く。

 三橋の足取りは重く。彼の表情は暗い。彼の心はすっかりすり減ってしまっていた。

 

 野球部を辞めるか、否か。最近の三橋は隙あらばそのことばかり考えていた。

 今の三橋は、ピッチャーを全く楽しめていなかった。むしろ苦行だった。

 そして、自分がピッチャーをやっている限り、他の野球部員も皆、楽しめない。

 捕手の畠くんが俺にサインを出さないのも。守備やバッティングで皆が手を抜くのも。俺が、ダメダメだからだ。俺が実力もないくせに、エースにしがみついているからだ。

 

 誰も楽しめないのなら。俺が野球を続ける意味はどこにもないのではないか。

 毎回そのような結論にたどり着く。なのになぜか、三橋には実際にマウンドを降りるという選択肢を選ぼうとは思えない。自分のことなのに、自分のことが全然わからない。俺はどうしたいのか。何を望んで、野球をやっているのだろうか。

 

 

(……疲れた、な)

 

 野球の練習でただでさえ体が疲れているのに、頭を使い過ぎたためか、三橋の顔からますます生気が失われ、三橋の足取りもふらふらとしたものへと変わる。今にもその場に倒れてしまいそうな三橋は、その時。通り過ぎようとした古本屋の軒先にて、とある本が並んでいるのを発見した。その本のタイトルは、Testosteroneという人が書いた、『超筋トレが最強のソリューションである 筋肉が人生を変える超科学的な理由』。

 

 

(なに、これ?)

 

 何とも人の興味をくすぐるインパクトある本のタイトルが気になり、三橋の足は自然と古本屋へと向かう。そして、おもむろにページをめくり始める。

 

 

『悩みや心配は筋トレで返り討ちにする』

『筋トレでブレない自信をゲットする』

『筋トレは「人は変われる」ということを教えてくれる』

 

 テキトーに開いたページで綴られていた言葉の1つ1つが、三橋の心に刺さった。そして。本に描かれていた、筋トレで『弱気な性格を変えたピッチャー』の実録漫画。そのストーリーは三橋の心を強く、強く揺さぶった。

 

 俺も、自信をつけたい。贔屓のままで終わりたくない。もっと野球上手くなりたい。もっと速い球投げたい。もっとヒット打ちたい。本当のエースになりたい。三星の皆に、認められたい。この本の言う通りに筋トレをすれば、俺も、変われるのかな?

 わからない。いくら筋トレに効果があるとしても、俺には効果がないかもしれない。けど、やろう。やらなかったら、変わろうとしなかったら、きっと今のまま。野球が楽しくないまま。高校生になってしまう。例え、高等部に進学しないとしても、少しぐらいは、最後だけでも、三星の皆と楽しい野球がしたい。だから――今日から筋トレも頑張ってみよう。

 

 この日から。1冊の自己啓発本に触発された三橋は野球の他に筋トレも始めた。

 寝る時と野球をする時以外は常に筋トレを続けていった。野球と筋トレの二足のわらじは非常につらかったが、それでも三橋はめげずに、野球と筋トレを両立させた。

 

 結局。三橋は中学最後の試合の時まで、三星の野球部員に認められなかった。

 贔屓のエース。その認識を覆してはもらえなかった。三橋はこれ以上皆から楽しみを奪いたくない思いで、三星学園を去り、西浦高校への進学を決める。

 だが、この時。三橋を嫌う三星の野球部員たちは誰も気づかなかった。三橋が非常に着やせする体質だということに。彼の服の内側には、それはもう隆々の筋肉ができあがっていることに。逃した魚は大きかったということに。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「あ、西浦高校にも、野球部あるんだ……」

 

 西浦高校にて。野球部の勧誘チラシをつい受け取ってしまった三橋は、何かに引き寄せられるようにグラウンドへと歩みを進める。だが、三橋は野球部に入るつもりはなかった。三橋はエースピッチャーという立場に並々ならぬ執着を持っている。だが、三星学園と違って贔屓の存在しない西浦高校で、ヘボPの三橋がエースになれないのはわかりきっている。

 

 それでも、三橋はグラウンドへ向かう足を止められない。せめて、グラウンドを見て。楽しそうな野球部員の人を見て。そこで、野球人生を諦めよう。そんな心境で歩く三橋に、野球部監督の百枝まりあは目をつけた。今年新設の硬式野球部に1人でも多くの部員を獲得するべく、三橋の腕を掴み、引きずってでもグラウンドの中へと連れていく。

 

 

「あ、あの、お、俺、ちが……!」

(あれ? この子見た目の割にかなり重いわね。意外と筋肉があるのかしら。こうして引きずるの、結構辛いわね)

 

 百枝は三橋の重さに内心で驚愕しつつも、表向きは何ともなさそうな様子で三橋をグラウンド内に連れ込むと、三橋の情報を得るべくメモ帳を取り出した。

 

 

「君、お名前は?」

「み、三橋……」

「ポジションは?」

「と、投手……」

「あら、投手がいたわ」

「へ?」

 

 百枝の問いかけに三橋が青ざめながらも返答すると、百枝が意外そうな声を漏らす。三橋が不思議に思っていると百枝から、西浦高校は今年から硬式野球部を立ち上げたために、現状1年生部員しかいないとの事情を聞かされた。

 

 グラウンドから去る機会を完全に逸してしまった三橋は、ただ立ち尽くす。花井梓が西浦高校野球部の監督が若い女性の百枝まりあだということを舐めたがために、百枝がほぼ垂直に上がるキャッチャーフライや鹿児島県産の甘夏を素手で握りつぶしてジュースを作るといったパフォーマンスで己の強さをアピールする中。三橋はただただ棒立ちだった。

 

 

「三橋、くん? ちょっとさ、投げてみない?」

 

 と、ここで。三橋に対して爽やかな声が投げられる。三橋が慌てて振り向くと、その先には三橋に野球ボールを差し出す阿部隆也の姿があった。先ほど百枝から西浦高校の1年生捕手と紹介された人である。

 

 

「俺、は……や、やめときます」

 

 三橋は阿部の提案を受け入れようとして、やめた。野球部に入るつもりなんてなかったのに、いつの間にか西浦高校でピッチャーをやろうとしている己への自己嫌悪。自分がピッチャーをやったら、このグラウンドに集まっている新入生9人もまた、つまらない野球に付き合わせてしまうことへの罪悪感。これらの負の感情が入り混じり、三橋は涙を零す。

 

 そのまま、三橋は皆に己の事情を打ち明けた。三星学園中等部で、実力がないくせに贔屓でエースをやっていたこと。他に上手い投手はいたのに、頑なにマウンドを譲らなかったこと。そのせいで三星学園は負け続け、皆野球が嫌いになってしまったこと。

 

 そんな三橋の告白を受けて、阿部は三橋の印象を率直にウザいと称しつつも、マウンドを譲らないことは投手の長所だと告げる。そんな三橋のことを投手として好きだと告げる。結果、阿部から落として上げられた形となった三橋はかろうじて投球する心持ちとなったため、阿部からボールを受け取り、マウンドに上がった。背後からは、三橋と同じくグラウンドに集った8名の眼差し。前方からは三橋の投球を待つ阿部の眼差し。

 

 

「それ、じゃあ……いきます」

 

 どうせ、投げたら失望される。俺がダメPだって、皆わかる。だから、ここで投げて、終わりにしよう。俺みたいなダメPなんて、誰も引き留めないはずだから。

 

 三橋はおおきく振りかぶることなく、ボールを投げる。全力投球とは程遠い、阿部がミットを構える所に正確にボールを届かせるコントロールを重視した三橋の投球は、果たして阿部のミットに届いた。なお、球速は142キロである。

 

 

「「「「……え?」」」」

 

 泉が。栄口が。巣山が。田島が。花井が。沖が。水谷が。阿部が。西広が。百枝が。顧問の志賀が。マネージャー志望でグラウンドを覗いていた篠岡がまさかの展開に放心する中。

 

 

「三橋!」

 

 阿部は三橋にボールを返し、再びミットを構える。

 

 

(何だ、今の剛速球? 榛名の球に慣れてなかったら絶対取れなかったぞ。もっと三橋の球を見たい。球種はどれくらいあるんだ? もっと速い球は投げられるのか? 俺がミットを構えた所にジャストにボールを投げ込んできたのは偶然か? どうなんだ、三橋?)

 

 阿部が三橋という名の投手の力量を計るため、三橋にさらなる投球を求める。そんな阿部の意図を読めない三橋は、ただひたすら阿部の反応に怯えながら、戸惑いながら。一球入魂のつもりで140キロ台のまっすぐを投げる。投げ込む。阿部のミット目がけて、ボールを投擲する。

 

 

沖(えぇ……?)

花井(あ、ぁ?)

泉(これで、ヘボP?)

水谷(ぜ、全然ヘボくないじゃん。なに、謙遜してたの?)

栄口(えっと、どういうこと?)

巣山(いや、俺に聞かれても)

西広(目指す投手の理想が高すぎる、とかかな)

篠岡(あの子、あんなに凄いのにどうして自信なさげなんだろう)

田島(おー! いい球投げるなぁ! 打ってみてぇ!)

 

 三橋の投球を見守っていた面々が、段々と我を取り戻し始め、ざわつき始める。無理もない。贔屓でエースをやっていた、泣き虫のピッチャー:三橋。そんな姿をまざまざと見せられた彼らは、三橋の球速が遅いのだろうとか、コントロールが悪いのだろうとか、三橋の投手の実力は低いものと想定して、三橋の投球を眺めていたのだから。

 

 

(今年から硬式野球部を新設した西浦高校だからメンバーにあまり期待はしてなかったんだが……これは、大当たりだ!)

(まさかこんなに凄い投手がうちに来てくれるなんて……私、ツイてるわね!)

 

 一方。そんな戸惑い勢のことなど知ったことかと、阿部と百枝は内心で狂喜乱舞していた。

 

 




○主な登場人物
三橋廉:西浦高校投手。原作では高校入学時点で100キロ程度の球速だが、ここのムキムキ三橋くんは全力投球じゃなくても140キロ級の球を平然と投げる。しかし本人はヘボPだと思っている。思春期に負った心の深い傷は筋トレでも癒しきれなかった模様。
阿部隆也:西浦高校捕手。自分勝手で横暴な投手は嫌い。従順な投手が好き。ゆえに弱気なくせして剛速球を投げる&コントロール抜群の三橋は阿部のストライクゾーンど真ん中であった。

 Testosterone氏の著書、『超筋トレが最強のソリューションである 筋肉が人生を変える超科学的な理由』はいいぞ。興味ある方はぜひ読んでほしいのです。

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