冷泉麻子、行きまーす!!   作:わんたんめん

10 / 65
第10話

「冷泉さんは練習の時、全力を出してますか?」

 

そう西住に問われた俺は思わず顔を強張らせる。

まさか、加減しているのが悟られるとは思いもよらなかった。

 

「全力、か。出すには出しているが・・・。私が練習の時にサボっていると言いたいのか?」

 

若干怒気の含んだ視線で西住を見つめると西住は目を白黒させて、慌てた様子を見せる。

まぁ、西住がすでに失礼だったら、と先に言っていたからそれほど怒りはなかったがな。

 

「そ、その、冷泉さん、履帯が切れた音に秋山さんや華さんは気づいていなかったのに冷泉さんは気づいていたので、ある程度余裕があったのかなぁ・・って思って・・。」

 

・・・正直言って、西住の言う通り余裕は十分にあった。だが、MSでの戦闘を続けてきてしまった俺は逆に戦車の動くスピードに合わないようになってしまった。

 

「・・・たまたま切れた箇所の近くにいたからだ。余裕はそんなにないし、Ⅳ号に合わせるのがやっとさ。」

 

・・・嘘は言ってないよな?とはいえ、俺自身の素性を明かしてもどうとなるわけでもない。むしろ余計に混乱させるだけだ。ここは言わないのが最善だろう。

 

「ですが、あの戦車の動かし方は初心者ではとても・・・。どこかで戦車道をやってたんですか?」

「いや、全くの初心者だ。構造は知っているが、動かしたのは初めてだ。」

「そ、そうですか・・・。ごめんなさい。こんなことを聞いてしまって。」

 

あまり納得はしていないといった表情だな・・・。

俺のこんな答え方では納得しろというのも無理だろうな。戦車道をやっていた西住ならなおさらだ。

 

そうこうしている間に家の近くまで来てしまった。

 

「私はこっちなんだ。西住は?」

「えっと、私はもう少し向こうですね。」

「そうか。なら、また明日だな。明日もよろしく頼むよ。」

 

そういい、俺は少しばかり早歩きで家へと向かった。

 

 

 

 

冷泉さんを見送った後も私は考え事をしていた。

 

「うーん、やっぱりあの戦車の動かし方・・・。初めての人には難しいと思うんだけどなー。」

 

冷泉さんの操縦技術は純粋に凄いって感じた。悪路を猛スピードで走ると車体の制御が難しいのに、いとも簡単に暴れる戦車を御してみせた。

正直に言って今まで会ってきた操縦手の中で群を抜くレベル、それも私が去年いた黒森峰よりも凄い。

 

でも、そのレベルまで達しているのなら絶対一度は聞いたことがあるはず。なのにーー

 

「一度も聞いたことないんだよね・・・。冷泉さんの名前・・・。」

 

冷泉さんのことを考えていると、さながら自分が迷宮に迷い込んだような感覚になる。まるで、答えなどそこにはないと言われているみたいにーー

 

ガンッ!!

 

「きゃうっ!?」

 

考え事に耽っていると電柱に頭をぶつけてしまった。ううっ・・・すごく痛い・・・。

 

「・・・考えていても仕方ないか・・・。」

 

頭をさすりながら家の前まで辿り着く。どんな事情があるかは知らないけど、冷泉さんは同じ仲間だ。あまり疑うようなことはしたくない。

 

「もしかしたら、本当に初心者かもしれないしね。」

 

そんなことを言いながら家の鍵を開け、誰もいない自分の部屋に戻った。

 

 

 

 

次の日、いつも通りに戦車道の授業を終えると、桂利奈がパタパタと近づいてきた。おそらく指導をもらいにきたのだろう。

 

「どうだ?戦車の動かし方は覚えられたか?」

 

そう聞くと桂利奈は顔を縦に振った。やるじゃないか。そう思っていたが、桂利奈の表情は沈んだ顔になる。俺が理由を尋ねるとーー

 

「頭では分かっているんだけど、本番になるとなんかこんがらがっちゃって・・・。」

 

なるほど、よくある体がついていかなくなるパターンか。

 

「そういう時はあまり焦らないことを意識した方がいい。落ち着き、そして自分が出来ることをやっていけばいい。」

「焦らないこと・・・?」

「ああ。試合とかだと状況が目まぐるしく変わる時がある。そんな時にいちいち焦っているようでは相手のいい的だからな。落ち着いて自分が何を成すべきか考えるんだ。」

「うん!!分かった!!ありがとー!!」

 

ちょうど切りの良かったところでなぜか河島の集合の声が響く。

何かあったのか?俺は西住達や桂利奈と共に集合場所に集まった。

そこには杏の姿もあった。

皆が集まったのを確認するように杏が視線を回すと、口を開いた。

 

「突然のことで申し訳ないが、明日親善試合を行うこととなった。」

 

全員の間で驚きの声が上がる。急、というのもあるのだろうが、意外性の方もかなり高いだろう。俺自身、試合を組ませてもらえるところがあるとは思ってなかったからな。それで、肝心の相手はどこなんだ?

 

「相手は、全国大会の常連校、聖グロリアーナ女学院だ。」

 

聖グロリアーナ女学院?俺は戦車道には詳しくないからどう言った学校なのかは知らないが、全国大会の常連校!?

 

「初戦の相手にしては豪勢すぎるな・・・。」

 

俺は思わず苦笑いをしていた。まさか、俺たちの初陣が全国大会の常連校になるとは・・・。

 

「集合時間は朝の6時だ。遅れることのないように頼む。それでは解散だ。」

 

杏が最後に言った言葉に俺はしばらく表情を固めてしまった。

待て・・・。アイツは今6時と言ったのか?不味い・・・。かなり不味い。

俺の低血圧は伊達ではないというのに・・・!!なぜその時間に指定した、シャア!!

だが、指定されてしまった以上は仕方ない。どうにか打開策を見つけるしかない。

どうする・・・?どうする・・・!?

打開策を模索しているうちに俺はあることに気づいてしまった。

集合時間が6時ということは起床時間はそれよりもっと早い5時ほどにしなければならないのではないのかと。

俺は戦車庫の壁に手をついて、軽く絶望しかけていた。

 

「あ、あの・・・冷泉さん・・・?」

 

西住達が不安気な視線で俺を見つめる。沙織は俺が項垂れている理由を察しているのか、苦笑いをしている。

 

「沙織、私は君にとてつもなく情けない頼みをするんだが、聞いてくれるか?」

「あー・・・うん。いいよ。わからないわけじゃないし・・。」

「そうか・・・。手段は問わないから、私をどうにか叩き起こしてくれ。」

 

その時、沙織がしていた『デスヨネー』と言っているような顔を俺は忘れることはないだろう。

 

 

 

 

杏だ。練習の後、各戦車長を集めて、明日の試合についての話し合いをする。

 

「始める前にだが、急な試合を組んでしまったことは皆に謝らなければならない。申し訳ない。今回の試合における作戦だが、桃に一任してある。頼めるか、桃。」

「はいっ!!任せてください!!」

 

桃が気合の入った表情を浮かべ、自身作戦の説明をしながらホワイトボードに書き込んでいく。

内容は単純に囮を使ってこちらのキルゾーンに誘い込み、一網打尽にする作戦だ。初心者の者にもわかりやすく、短期決戦を望むのであれば悪くない作戦だ。

エルヴィンや磯部といった面々はイケるといった賞賛の表情を上げており、立案者の桃は鼻が高いといった感じだ。だが、その作戦は同レベルでの試合を行った場合で成功するだろう。その高くなった鼻を折るようで申し訳ないが正直言って、成功するビジョンが見えんのが現実だ。

相手は全国大会の常連校、聖グロリアーナ女学院だ。この程度の作戦は楽に看破してくるだろう。やってもいいが、何か別のプランを考える必要がある。西住も私と同じ感想を抱いているのか、微妙そうな顔をしている。

 

「ん?西住、何か言いたげな顔をしているが・・・。まさか、私の作戦にケチをつける気かっ!?」

 

・・・桃の奴・・・。あれほど高圧的な態度はやめておけと言ったのに・・・。

おかげで西住が怖がっているではないか。

 

「西住くん。君が思うことを言ってもらって構わない。おそらく私も君と同意見だからな。」

 

私が促すと西住が作戦についての欠点を上げ始めた。

おおよそ、私が思ったことと同じことだった。私は納得した顔をしていたが、肝心の桃はケチをつけられた怒りからか、顔を真っ赤にして金切り声をあげる。

 

「ならお前達のⅣ号が囮をしろっ!!」

 

おい、その言い方は流石にどうかと思うのだが・・・。だが、Ⅳ号に囮を任せるのはいいかもしれない。Ⅳ号には麻子、というかアムロがいるからな。囮が途中でやられては元も子もない。奴の腕はこの上なく信頼できる。

 

「西住くん、私からもⅣ号に囮をお願いしたい。囮がキルゾーンに辿り着く前にやられては意味がないからな。」

「・・・分かりました。」

「それと、試合中の全体指揮は君に一任する。好きに我々を動かしてくれて構わない。」

「ええっ!?いいんですか!?私なんかでっ!?」

 

一転して西住は驚いた表情で目を丸くする。私がやってもいいかもしれないが、戦車に関しては全くの初心者だ。ならば、戦車道をやっていた西住の方が適任だろう。

各戦車長も納得といった表情をしている。これなら問題はないだろう。

 

「では、各員は解散だ。明日は朝早いからな。夜遅くまで練習して遅刻することがないようにな。」

 

そういい、私は磯部に視線を向ける。向けられた磯部は逃げるように視線を逸らした。噂だが、バレー部が夜遅くまで練習しているというからな。釘は刺させてもらおう。

 

 

 

 

 

「ほらー!!麻子ー!!起きなさーい!!」

「ううっ・・・ぐっ・・・おおっ・・・!!」

 

開かれたカーテンから差し込む日の出直後の光が自分を照らす。正直言って、眩しすぎて若干憂鬱になる。

試合当日、時刻はおよそ5時、眠気に抗いながらぼーっとする頭でなんとか布団から這い出る。沙織は俺を起こすためにそれより前に起きているのだからな。迷惑をかけるわけには行かない。しかし、よく起きれるな・・・。沙織のやつ。

 

「眠い・・・。」

「ほらシャキッとする!!」

 

スパンと背中を叩かれ、思わずうめき声を上げてしまう。

 

「お前は私の母親か・・・。」

「自分でお願いしたんだから、少しは頑張りなさいよ。」

「うぐっ・・・。」

 

言い返せずに覚束ない足取りで自宅の洗面所へと辿り着く。

歯磨きと洗顔を済ますと制服に袖を通す。・・・・ボタンを掛け違えた。

頭が回らないとろくなことにならないな・・・。

そういいながら、掛け違えたボタンを直そうとするとーー

 

パパパーーー!!

 

外から突然、ラッパのような音が響く。俺も特に外に意識を向けてなかったため不意をつかれた形で思わず体をビクつかせる。

 

「な、なんだっ!?」

 

音のした方向を振り向くとそこには秋山がいた。彼女の手にはラッパが握られていたため、先ほどのラッパは彼女が吹いたものだろう。

 

「おはようございます!!麻子殿!!」

「あ、ああ・・・。おはよう・・。」

 

眠気など知ったことかという声の大きさで秋山が軍隊式の敬礼をする。

元気だな・・・。なぜそんなに朝早くから元気でいられるんだ・・・。

そして、ほどなくして地面が揺れる感覚が起き始める。

 

「え、な、何これっ!?」

 

沙織が驚いた様子で辺りを見回す。だんだんと揺れが大きくなってくると、秋山の背後にそれの正体が現れた。

 

「Ⅳ号っ!?みぽりんそれで来ちゃったの!?」

「そのようだ・・・。全く、私1人のためによくもそこまで・・・。」

 

私が困り顔でいると、Ⅳ号のキューポラから西住が顔を出す。

 

「こうした方が時間短縮になりますので。冷泉さん、早く乗ってくださいー!」

 

西住が手を振っているのをみて、俺と沙織は駆け足でⅣ号に向かう。その時、操縦席から不安気な顔で覗かせている華の姿が目に入る。

 

「華?どうかしたか?」

「その・・・。Ⅳ号がこの前動かした時と比べてとてつもなく敏感になっていて・・・。冷泉さん、代わっていただけますか?」

 

自動車部の人たちは一体どういう改造を施したんだ・・・。

訝しげな視線を浮かべながら華から操縦桿をもらい、狭い路地の中を進む。

・・・なるほど、前回より反応は良くはなったがもう一押しだな。

だが、これだけでも自動車部には感謝しなければならないな。

またケーキを買っていくか・・・。

 

住民達が路地を行くⅣ号をみて懐かしいという声をあげる。

・・・みんな凄い戦車道に関して寛容だな・・・。普通は地響きとかで驚いたりしないのか?

 

そうこうしているうちに大洗女子学園艦の隣に巨体が停まっているのが見えた。

大洗学園艦より倍近くの巨体を見せつけるようにしているのは今回の試合相手、聖グロリアーナ女学院だ。

・・・俺たちの初陣がこれほどの規模を誇る相手とはな・・・。やれることをやるしかあるまい。

 

最終章、見たいですか?(モモチャンズリポートのあとがき要参照)

  • 見たいです
  • 見たくないです

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。