「・・・凄い大きさだ。全国大会常連校の名だけはある。」
「麻子か。時間通りに起きた。いや起こされたようだな。」
試合会場にて、俺は杏とともに遠くに見える聖グロリアーナ女学院の学園艦を見つめていた。
「言うな。情けないが、自分ではどうすることもできん。現状、眠気が未だ収まらん。」
「・・・頼むから試合中に寝るなどという珍事はやめてほしいのだが・・・。」
「・・・試合になれば、いやでも起きてるさ。」
試合会場の観客席には20年ぶりの戦車道の試合ということで大洗の人々がたくさん来ていた。
「・・・これは・・・中々負けられない戦いだ。」
俺は観客席をみてそう呟いた。人に見られる戦いというのは初めての感覚に俺の心はまだ挙動不審を起こしているようだ。
「アムロ、これは戦いではなく試合だ。そう気を張りつめずに気楽に行くといい。」
「そうは言われてもだがな・・・。お前はこの試合、どう見ている?」
「はっきり言って、厳しいの一言に尽きるな。」
「私も同じだ・・・。やれるだけやるが、私達が頑張っても周りが頑張ってくれなければ意味がないぞ?」
「なに、何も勝負の勝ち負けが今回の目標ではないからな。私はどちらかというと勝ち負けに拘らず、糧にしてくれることを期待しているからな。」
「糧・・・か。試合から何を学ぶことか。」
「そういうことだ。」
その時、選手整列を知らせる合図が打ち上がった。始まるのか・・・。俺たちの初陣が。
「時間だな。行くぞ。」
「ああ。わかった。」
大洗、聖グロリアーナ、両チーム5輌が出揃った。
大洗の色鮮やかな戦車五輌に対して、聖グロリアーナは秋山の知識曰く、『マチルダⅡ』と呼ばれる薄い茶色のような色合いをしている戦車が四輌、深緑色の先述のマチルダより重厚な装甲を持っているように感じる『チャーチル』が一輌。
おそらくこいつが聖グロリアーナの隊長の戦車だろう。
というか、やはり戦車は普通目立たない色だろうな・・・。
「中々、ユニークな戦車ですわね。」
・・・向こうの隊長も笑ってしまっているぞ・・・。
「急な試合のお願いにもかかわらず、感謝する。」
「私達は受けた勝負は断らないので。」
そういい、相手の隊長と杏は握手を交わしていた。
なるほど、この前練習に参加していなかったのは向こうの隊長と連絡を取っていたからか。
『それではこれより、大洗女子学園vs聖グロリアーナ女学院の試合を行います!!』
戦いの火蓋が切って落とされた。
さて、我々大洗と聖グロリアーナ女学院の試合が始まったのだが、
どうやら俺たちⅣ号は囮となって敵を指定ポイントまで誘導する役割らしい。
その役目を果たすべく、高所から偵察を行い、聖グロリアーナの動向を探っている。
いるのだが・・・・。
「・・・・眠い。」
天候は雲一つない快晴。先ほどは恨めしいと思った太陽も今は暖かな光を降り注いでいる。そんな暖かな光を浴びてしまうと低血圧の眠気も相まって、無性に眠くなる。
とはいえシャアに寝るなと念を押されてしまっている以上、そうウカウカと寝る訳にはいかないため、気合、バレー部的に言うと根性で耐える。
「ちょっと、麻子ー?寝ちゃダメだからねー?」
「あぁ。分かっている・・・。」
沙織に釘を刺されていると偵察に出ていた西住と秋山が駆け足で戻ってくるのが見えた。戻ってきたということはーー
「敵か?」
「はいっ!!冷泉さん、準備を!」
「了解した。エンジンはどうする?普通に動かして問題ないか?」
「エンジンはなるべく音を立てずに動かしてください!!」
戦車に乗りながら西住が俺に指示を飛ばす。
Ⅳ号を静かに動かしていくとちょうど荒野を聖グロリアーナ女学院の戦車が行進しているのが見えた。その様子は整然としていてズレといった隊列の乱れも見られない。一目で相手の練度が分かってしまうほどであった。
「流石は全国大会常連校、隊列にも乱れはない。相当な修練を積んでいる。」
「そ、そんな一目でわかっちゃうものなの?」
「嫌でもわかってしまうものさ。一見、簡単にこなしているように見えるが、それこそ強さの表れだ。我々だってしっかり並んで行進することすらままならないだろ?」
俺がそういうと沙織は苦い顔を浮かべる。やはり簡単そうに見えてもいざやってみると難しいものだ。
「つまりはそういうことだ。私達と相手の差は歴然。だが、その程度で勝ち負けが決まるわけではない。そうだな?西住。」
俺が西住に視線を向けると、西住は大きく頷いた。
「はい。まずは私達が囮となって相手をキルゾーンに誘い込みます。華さん、砲撃準備!!」
「はいっ!!」
華が先頭のチャーチルに向けて、照準を合わせる。戦車の砲撃において『シュトリヒ』という特殊な単位を使うらしい。華は西住からその計算方法を教えてもらったのか、そのシュトリヒを考えながら照準器を合わす。
そして、華がトリガーを引いた。
轟音と共に放たれた砲弾は弧を描きながら飛んでいく。
しかし、狙ったチャーチルに当たることはなく、近くの地面を抉るだけだった。
「あっ・・・・。外してしまいました・・・。」
「私たちの今の役割は囮だ。そこまで気にすることはないさ。」
華の砲撃によりこちらの存在に気づいたのかチャーチル、およびマチルダ全輌がこちらに向けて回頭を行なっていた。
「こちらに気づいた!!始めるぞ、西住!!」
「はい!冷泉さんは向こうが離れすぎないように速度を調整して進んでください。」
西住に言われた通り、聖グロリアーナの戦車群と近すぎず離れすぎずの距離を保つ。
無論それなりの距離しか離れていないためチャーチル、マチルダから砲撃が飛んでくるがそれはジグザグに進むことで的を絞らせない。
「西住、指定ポイントまではあとどれくらいだ?」
「あと3分ほどです。頑張ってください!!」
「分かった!」
(シャア・・・うまくまとめろよ・・・!!)
「あと3分程でⅣ号がやってくる。各員は戦車に搭乗しろ。」
Ⅳ号からの報告を受け、戦車に乗るよう指示を飛ばすと主に一年生から残念がる声が上がる。トランプで大富豪をやっていたからおそらく中々切りが悪かったのだろう。だが、そこは車長である澤が急かすことで何とかなった。
私も38tに搭乗し、囮であるⅣ号を待つ。ただ・・・一つ懸念がある。
「桃。そこまで肩肘を張る必要はない。自然体を意識できないか?」
砲手である桃の緊張の度合いがいかんせん気掛かりだ。桃が砲手をやってみたいというからやらせているのだが・・・。
表情は強張り、緊張している様子で既に汗も垂れてきている。
「だ、だだだ大丈夫ですすすっ!!かっかか会長っ!!私がこの手で敵を、やりますからっ!!」
・・・不安しかない。
すると、岩陰からⅣ号が現れた。と、いうことは聖グロリアーナの戦車も後ろにいるのだろう。各戦車に砲撃準備を伝えようとするとーー
「来たっ!!撃てっ、撃てっ!!」
「「桃(ちゃん)っ!?」」
緊張のあまりⅣ号を敵と誤認したのだろうか。桃がⅣ号がキルゾーンに入ってきたやいなや思いっきりトリガーを引いてⅣ号に砲撃を始める。
「桃!!砲撃を中止しろ!!あれは味方だっ!!」
「撃て撃て撃て撃ちまくれーっ!!!」
制止の声を上げるが、桃は錯乱しているかのようにまるで私の言葉を聞こうともしない。さらにまずいことに聖グロリアーナの戦車もこちらの射程圏内に入っていた。
「ええいっ。完全な作戦にもならんとは・・!!」
思わず歯噛みをするしかなかった。桃を責めるつもりはないが、完全に作戦は総崩れだ。
仕方ない。まずは立て直すことを最優先としよう。
「桃。悪く思わないでほしい。」
私は桃の首筋に当て身を放つ。極度の緊張状態だったのも幸いして、桃は簡単に落ちた。
『会長、どうかしましたか?』
通信機から西住の落ち着いた声が聞こえる。一歩間違えればフレンドリーファイアは免れなかったのに叱責の一つもないとは、正直言って有難い。ひとまず状況説明だ。
「すまない。こちらのミスだ。桃が緊張のあまり錯乱状態に陥ってしまった。」
『さ、錯乱状態っ!?それで河島先輩は・・・?』
「止むを得ず、気絶してもらった。それで、どうするんだ?完全にこちらの作戦は総崩れになってしまったが。」
『まだ有利がなくなったわけではありません。作戦通りに砲撃を行ってください。それと出来るだけ履帯を狙ってください。』
「了解した。」
西住との通信を終えると各戦車に通達を送る。
「各戦車、このまま引き続き砲撃を行え。狙いは戦車の履帯だ。よく狙ってくれ。」
そういうと各戦車から砲弾が飛ぶ。桃が錯乱して乱射してしまった時、釣られてⅣ号を撃たなかったのは不幸中の幸いだった。
しかし、やはり付け焼き刃ではそう簡単にはいかないのか、各戦車の砲弾はことごとく外れてしまう。
「か、会長、私達も何かしら撃たないと・・・。」
「小山はそのまま操縦に集中してくれ。砲撃は私がやる。」
「えっ!?会長がっ!?」
驚く小山を置いて、砲弾を装填する。砲弾自体は重いが、持てないわけではない。
装填が完了すると、照準を操作する。見よう見まねだが、やってみるしかあるまい。
「・・・狙いは履帯だったか。」
感覚を研ぎ澄まし、精神を集中させる。
向こうの戦車の機動を予測するとーー
「そこかっ!!直撃させるっ!!」
トリガーを引く。爆発と共に放たれた砲弾は寸分狂いなく、一機のマチルダの履帯に直撃した。履帯を破壊されたマチルダは動くことが出来ずに隊列から落伍する。
「今だ!!隊列から外れたマチルダを狙え!!」
通信機にそう指示を飛ばすと各戦車の砲撃が動けないマチルダに集中する。
各戦車の主砲の威力はそれほどでもないが、複数回当たるとさすがに辛いものがあったのか装甲が黒く燻んだマチルダから白旗が上がる。何とか撃破したようだ。
『申し訳ありません!マチルダⅡ撃破されてしまいました!!』
通信機から聞こえてくる撃破された報告を聞きながら紅茶を啜る。
まさか、先ほどまで狂ったかのように乱射していたというのに急に精度を上げ、さらにこちらが先に1輌撃破されるとは。
「あの38t。砲手が落ち着きを取り戻したか、それとも、砲手自体を変えたか・・・。」
今は考えることではありませんわね。1輌撃破されたとはいえ、そのようなことで焦っては聖グロの名が泣きますわ。それにこの程度の策を見抜けない私ではありません。
「各戦車、砲撃を開始して。」
さて、どう足掻くか、見ものですわね。
聖グロリアーナの戦車から飛んでくる砲弾は正直言って正確だった。
高いところにいなくちゃすぐにやられていたと思う。さっきは会長の指示で1こはなんとか倒せたけど、動いている戦車には中々当てられなくて、こっちの見えないところ、つまり足元まで入られてしまった。
「ど、どうしよう・・・。相手に懐まで入られちゃったよ・・・。」
砲手をやっているあゆみが不安気な声を挙げている。
手も怖いのか震えているようにも見える。
「私、戦車道がこんなに怖いなんて思わなかった・・・。」
もう1人の砲手をやっているあやも声にいつもみたいな元気がない。
みんなも顔が沈んでいて、いつも遊んでいる時みたいに元気じゃない。
「あ、隊長のⅣ号だ・・・。」
梓がそんなことを呟いたため操縦席から覗ける穴を見るとちょうどⅣ号が坂を登りきったところだった。でも、安心したのもつかの間。
「うわぁ・・相手の戦車だぁっ!?」
あゆみの悲鳴とも取れる報告と一緒に坂道を登りきった敵の戦車が砲弾を撃ってくる。運が良かったのか、砲弾が私達の戦車に当たることはなかった。
でも砲弾が地面に当たった衝撃と次は当たるかもという憶測が恐怖心を煽る。
「わ、私もう無理・・!!逃げる!!」
「わ、私もっ!!」
あゆみとあやが限界と行ったような声を上げて、外に出ようとする。みんなも、いや梓はどっちかというと止めようとしたのかな?でもみんな外に出ようとしてた。でも、でもわたしには、そんな気持ちは湧かなかった。だからかな?
「わたし、逃げないよ。」
こんな声が出たのは。みんながわたしに向けてキョトンとした顔を挙げる。
「に、逃げないの?桂利奈?怖くないの?」
あゆみが涙声で尋ねてくる。怖いって言われたら、確かに怖いよ。当てられたらどんな衝撃が来るか分かんないし。いつも見ている特撮で戦車が出てきて、やられるシーン見たいに吹っ飛んで、怪我しちゃうかもしれない。
でもーー
「冷泉センパイの方がもっと怖い思いをしてたと思うから。」
だって、相手の5輌全部から砲撃を受けていたんだよ?囮だったとはいえ怖かったに決まっていると思う。
それにここで逃げちゃうってことはーー
「私はあんまり仲間を見捨てるなんてことはしたくない。」
私は恐怖に震える手を抑えるために操縦桿を握りしめる。でも震える手は止まらなかった。あはは・・・、やっぱり怖いや・・・。
そんな手に誰かが手を乗っけてくれた。
驚いて振り向くとそこには口角をほんの少しだけ上げて、薄く笑みを浮かべている紗希の姿があった。いつも無口であまり表情を浮かべることのない紗希が笑った。
「・・・・私、もう少し頑張る。」
いの一番に逃げ出しそうになっていたあゆみが赤くなった目をこすりながら砲手の席に戻る。
「ここでにげちゃったら、仲間だって言ってくれた冷泉センパイに顔向けできない・・・!!」
意を決したという表情で取手に手をかける。
『こちらⅣ号です。各戦車、状況を報告してください。』
『こちら八九式!!なんとか無事です!!』
『Ⅲ突だ。問題ない。指示を頼む。』
『38tだ。すまないが、履帯が外れた。我々のことは気にせず行動に移してくれ。』
『M3、M3。状況を知らせて。』
隊長機であるⅣ号から通信が飛んでくる。
梓は通信機を手に取って嬉しそうな口調で返した。
「こちらM3!!なんとか無事です!!隊長、お願いします!!」
・・・・あれ?これ。ワンチャン勝っちゃう?
どうしよう、士気が妙に高い・・・
最終章、見たいですか?(モモチャンズリポートのあとがき要参照)
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見たいです
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見たくないです