聖グロリアーナの反撃をなんとか切り抜けた俺たちは市街地へと向かっていた。だが、シャアの乗っている38tに履帯が外れるというアクシデントが起こってしまい、さっきの待ち伏せしたところに取り残された。
まぁ、撃破報告が上がっていないからおそらく運良く聖グロリアーナから見逃されたと思うのだが・・・。
だが、履帯が元に戻せるまで38tは戦力として換算することはできない。
だから実質、4対4の互角と言ったところだ。現状はな。
「西住、これからどうするんだ?」
Ⅳ号を走らせながら、俺は西住にこれからの動向を尋ねる。
「今のところは4対4で数の上では相手と互角です。ですが、向こうとの練度の差はやっぱり無視できないものが多いです。」
だろうな。むしろ、あそこで一つも脱落者が出なかったのはまさに奇跡だ。
それに西住の言う通り、練度の差も否めない。これはもうどうしようもない。
「となると、相手の練度との差が浮き彫りにならない方法を取るか?例えば、ゲリラ戦による奇襲とかはどうだ。」
俺がそういうと西住は頷いた。どうやら同じことを考えていたようだ。
「はい。そのつもりです。ここは大洗の市街地です。地の利もこちらにあるはずです。」
西住は各戦車に通信機で作戦の意向を伝える。西住の指示を受けた各戦車は大洗の市街地に散開していった。ただ火力面を考慮して八九式は一年生チームのM3と行動を同じにしていたが。八九式は火力に難がありすぎるからな・・・。
「これより、『もっとこそこそ作戦』を開始します。」
「さて、相手はどうでる・・・?」
俺は操縦に集中しながら、後ろの聖グロリアーナにも意識を向けていた。
というか、作戦名がすごく可愛らしいな。『もっと』ということはさっきの待ち伏せ作戦は『こそこそ作戦』か。名前は。
「・・・Ⅳ号しか見当たらなくなりましたね。どうしますか?ダージリン。」
砲手の席から大洗の様子を観察していたアッサムから報告が入る。ここは大洗の市街地、地の利は無論、向こうにある。となると仕掛けてくるのはゲリラ戦による奇襲・・・。見失わないうちに各戦車に追わせるのもあり。しかし、おそらく指揮官はあのⅣ号・・・。ここで討ち取りに行くのも一つ・・・。
「こんな格言を知ってる?『先を見過ぎではいけない。運命の糸は一度に一本しか掴めないのだ』」
「ウィンストン・チャーチルですね。」
自分に言い聞かせるように言った格言にいつものようにオレンジペコがその格言を言い当てる。笑顔を浮かべながら紅茶に口をつける。
「ええ。それじゃあーー」
通信機を手に取って聖グロの戦車4輌に通達を出す。
「各戦車、あのⅣ号を狙いなさい。あれが指揮官の乗る戦車よ。」
聖グロリアーナの戦車が分かれた他の戦車には目もくれず、全て俺たちのⅣ号目掛けて砲撃を仕掛けてくる。
「くっ・・・!?私達が指揮車両だと断定されたかっ!?」
「冷泉さんっ!!入り組んだ路地に入ってください!!相手を翻弄しますっ!!」
「了解したっ!!」
狭い路地をⅣ号が突き進む。自動車部が改造してくれたのが功を奏しているのか、中々いい反応で直角カーブなどを曲がってくれる。
あるコーナーの一角を曲がるとマチルダの1輌が曲がりきれずに店舗に突っ込んだ。
『う、ウチの店がぁっ!!』
そんな声が聞こえたのは幻聴だろう。取り敢えず、1輌振り落とすことはできた。
「よし、1輌は振り落とせた!!」
「一年生の皆さん、誘導、お願いします!!」
『了解です!!』
ドッグレースから振り落とされたマチルダにちょうど近くにいたM3が接近する。
「あや、あゆみ、撃って!!」
「はいはーい!!」
「当たれーっ!!」
M3の主砲と副砲が火を吹いた。砲弾はマチルダの後部装甲に直撃する。しかし、大したダメージには至っていないのかマチルダは砲塔をM3に向ける。
「し、仕留めきれてないよっ!!」
「桂利奈!!後退後退!!」
「あいあい!!一気に下がるよ!!」
桂利奈がM3をバックで路地に入り込む。マチルダは逃げるM3を追うように路地に入り込む。
最初こそは捉えきれていたが、土地勘を持っている者と持っていない者の差が現れたのか、程なくしてマチルダはM3を見失ってしまう。
「くっ・・・!!あのM3・・・どこに・・・!!」
マチルダの車長である『ルクリリ』は若干イラついた様子で辺りを見回す。
すると、近くの立体駐車場のエレベーターから注意を喚起するブザーが鳴り響く。それを聞いたルクリリはしたり顔をする。
「ふふ・・・!!あそこね!!」
すぐさま移動し、満を持ってエレベーターの扉の前でガン待ちをするルクリリのマチルダ。
そして、扉が開かれる。ルクリリの中ではそこには追い詰めたうさぎ、あるいはアヒルのようにいるM3が浮かんでいたが、そこはもぬけの殻で戦車など形もなかった。
「うっ嘘っ!?」
「根性ーーーっ!!」
そんな声が外から聞こえたような気がした瞬間、後部装甲と右側面の装甲から衝撃が走る。エレベーターの向かいの側にある駐車場に隠れていた八九式と立体駐車場からの退路を塞ぐように現れたM3がマチルダに同時に砲撃を仕掛ける。
「やったー!!作戦成功ー!!」
バレー部達が喜びの声を上げている中、一年生チームも作戦が成功した喜びをかみしめていた。
「す、すごいよ・・・!!私達、強豪校の戦車をやっつけたんだよ!!」
M3の中で宇津木 優季が飛び上がる。桂利奈や梓も例外ではなくガッツポーズをするなどそれぞれ喜びの表情を挙げていた。
しかし、そんな桂利奈の肩をつつく者がいた。気になって桂利奈が振り向くと、そこには紗希がいた。いつもボーッとしていてどこを見ているかわからない紗希が指をさして、明確に方向を示していた。その方角はちょうど煙に隠れて見えないマチルダ。なんとなく嫌な予感がして、操縦席のハッチを開けて煙を見つめる。
煙が微妙に晴れてくると、煙の中からさっきまで立体駐車場に向いていたはずのマチルダの砲塔が後ろを向いている。
「や、やばっ!?」
『M3、悪いけど逃げて!!』
桂利奈が焦った様子で操縦席に戻ったのと梓の通信機から八九式の車長の磯部の急かすような声が飛んでくる。
「えっ!?磯部さん、どうかしましたっ!?」
『マチルダ?だっけ。取り敢えず、相手仕留めきれてないよ!!』
「だったらもう一度ーー」
『根性ー!!って言いたいところだけど無理。だって私達、ほぼ逃げられないし・・・』
参ったような口調で磯部が言ったのと、マチルダが八九式に砲撃を撃ち込んだのはほぼ同時であった。
梓が思わずキューポラから顔を出すと八九式が火を上げながら白旗を上げているところが目に入った。呆然としているとマチルダはこちらに主砲を向け始める。さながら、次はお前の番だと言わんばかりである。
「か、桂利奈!!逃げて!!」
「合点承知ー!!」
梓の悲鳴とも言える指示に桂利奈は冷静に対応し、あらかじめ予想していたのも相まってその場からの離脱を成功させる。
『すみません!!八九式、撃破されちゃいましたー!!』
「だ、大丈夫ですかっ!?」
八九式から大洗初の被撃破報告が飛んでくる。西住は心配する様子で通信を返す。
『はい!!なんとか怪我とかは問題ないです!!んー、もう少し根性が足りなかったかなー?あ、それとM3なんですけど、なんとかその場を切り抜けたみたいですー!!』
「わかりました。バレー部の皆さん、お疲れ様でした。」
バレー部との通信を終えると西住は今度は別の方へ通信をかける。
「Ⅲ突の皆さん、聞こえますか?」
『こちらⅢ突。どうかしたか、隊長殿。』
西住の通信にエルヴィンが疑問を上げながら返答する。
「今どこらへんにいますか?」
『そうだな・・・。今はのぼり旗の偽装をつけて身を隠しているが、戦車が駆動する音は聞こえるからそれほどⅣ号との距離自体は離れていないと思う。』
「のぼり旗・・・?沙織さん、この辺りでのぼり旗が立っているような場所はありますか?」
「のぼり旗ー?うーん・・・ちょっと待って・・・。」
西住にそう問われた沙織は少し思案に耽る。程なくして考え込んでいた表情が明るいものに変わった。
「オッケー。大体わかったよ!!」
「冷泉さん、沙織さんの指示に従ってください。Ⅲ突はこれからⅣ号が誘導を行いますので、そこを通ったら後ろのマチルダを狙ってください。」
「わかった。頼むぞ、沙織。」
「うん。任せて!!」
『了解だ。任せてくれ。』
沙織の道案内通りに戦車を進めていくと彼女の言う通りにのぼり旗の上がっている店が見えてくる。その奥にわずかにだが、細い路地が見えるためおそらくそこにⅢ突が潜んでいるのだろう。
聖グロリアーナに気取られないように、そのままのスピードで店の前を通過する。その時にわずかにだが、装甲を真っ赤に染めたⅢ突が見えたような気がした。
店の前を走りすぎると後方から砲撃音が鳴り響く。それと同時にーー
『こちらⅢ突!!マチルダ撃破ー!!』
通信機からさながら勝どきを上げているような声が上がる。よし、これで4対3。
数の優位は取った!!・・・・総数ではな。
Ⅲ突は流石に同じところにはいられないため、撃破したマチルダを盾にして俺たちとは反対方向に向かっていった。
パリィィィンっ!!!
走行中のチャーチルの中で何かが割れる音が響く。
何事かと思ったオレンジペコが音のした方を振り向くと目を見開く光景が広がっていた。
割れたティーカップからチャーチルの中を紅茶で濡らしていた。
それだけであれば問題はない。戦車の中は揺れるし、紅茶をこぼしてもしょうがない。だが、オレンジペコが驚いたのは紅茶のティーカップを落とした人物が原因であった。
「ダ、ダージリン様・・・っ!?」
そう、ティーカップを落としたのはダージリンである。ダージリンには一種の不敗神話がある。それはいかなる状況下に置いてもダージリンは絶対に紅茶を零すことはない、というものである。
そのダージリンがティーカップを落としたのである。つまり彼女自身、とても驚いているのだろう。その証拠にーー
「お、おやりになりますわね・・・!!」
滅多にすることのない悔しげな表情を浮かべていた。ダージリンは通信機を取るとーー
「ルクリリ。今どこにいるの?」
通信相手はどうやら隊列から離れたルクリリのようだ。だが、側だけみれば冷静のように聞こえるが、その言葉の端々にはその悔しさからくる闘争心が滲み出ていた。
『ダ、ダージリン様・・・?えっと・・・その・・・』
ダージリンの闘争心ような威圧に圧されたのか、タジタジになるルクリリ。
オレンジペコはなんとなく心中お察ししますのような感覚になっていた。
ルクリリ自身、いつもと違う様子のダージリンに視線を右往左往させていた。
するとその視界にあるものが映った。
『あっ!!えっと、う、動いているのぼり旗がありますっ!?」
ダージリンはそれを聞いて、したり顔をした。ならばーー
「なら、ルクリリ。あなたに指示を出します。そののぼり旗は敵です。貴方に任せるわ。」
『は、はいっ!!りょ、了解しましたぁー!!』
ダージリンの雰囲気に完全にビビったルクリリは涙声で了解の意思を示した。
彼女との通信を終えたルクリリの額には脂汗が出ていた。
流石に気になったのか、ルクリリの搭乗するマチルダの操縦手が理由を尋ねた。
「えっと、大丈夫です?」
すると、ルクリリが突然ゆらりと幽霊のように立ち上がると操縦手の肩を思い切り掴んだ。
「う、うひぃっ!?」
「全力であののぼり旗の敵を追いなさい!!そして、倒しなさい!!でなければ、私達・・・。」
様子の明らかにおかしいルクリリの様子に操縦手は恐怖のあまり体を震わせるだけで何も言えなかった。
「ダージリン様に・・・こ、殺されるわ・・・!!」
その言葉にマチルダの中で沈黙が走る。それは冷たくさながら氷水を頭からかぶったような感覚であった。
「行きなさい!!私達が明日の陽の目を見るために!!」
『はいっ!!!』
ルクリリのマチルダは全速力でお嬢様という体面をかなぐり捨ててのぼり旗の麓、つまるところⅢ突の下へと向かった。
俺たちⅣ号は未だチャーチルとマチルダに追っかけ回されていた。
なんとなくだが、聖グロリアーナの戦車、正確にいうとチャーチルから凄まじいほどの凄みを感じた。具体的に言うと、『ただではすまさん』と言った感じだ。
「ちいっ!!いつまで追ってくるつもりだ!!流石に鬱陶しいぞ!!」
「で、でもここで止まってしまえば撃たれるのが関の山ですよー!?」
「もーやだー!!向こうの戦車かなり鬼気迫ってるって感じだよー!?」
「このような路地では砲塔を回すこともままなりませんし・・・。」
いつまでカーチェイスを続けるつもりなんだ・・・。若干気が滅入っていたとき、通信機から声が入った。
『こちらⅢ突!!申し訳ない!!撃破されてしまった!!』
Ⅲ突からの被撃破報告であった。不味いな・・・こちらも後が無くなってきているぞ・・・・。これが強豪校の実力か・・・。
一応、総数では同数だが、未だシャアの38tからは連絡はない。となると現状、俺たち大洗が不利だ。
だが、この時に最悪の展開で戦車でのカーチェイスは終わりを迎えた。
ある曲がり角を曲がった瞬間、俺はⅣ号を無理やり止めた。
慣性の法則に従って西住達の体も前のめりになるがなんとか態勢を立て直す。
何事かと思った西住達だったが、外の様子を見て、息を飲んだ。
「こ、これは・・・!!」
西住は目を見開いていた。目の前には工事中の看板が陣取っており、その先は陥没した道路が広がっていた。
「・・・最悪だな。先ほど逃げ込めそうな路地もあったが・・・、この様子ではな・・・。」
後ろを軽く見やると既にチャーチルとマチルダがジリジリと距離を詰めていた。
絶体絶命だな・・・。これは。
ダージリンの口調ってこれでいいんでしょうか?
というかむずいっす・・・。
最終章、見たいですか?(モモチャンズリポートのあとがき要参照)
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見たいです
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