あ、おはようございます、舒邵ちゃん。これから朝ごはんですか?
私は食べ終えたところで……はい、体ももう大丈夫です。今日から本格的にお仕事復帰しちゃいますよ。
部屋からここまで来るのにちょっと息上がっちゃいましたけど、まぁ元々体力ある方じゃないですし。
……普段から少し運動したら、ですか?
や、それは、ほら、七乃さまに美羽さま弄るなーって言うようなもので。
書簡持ってお部屋移動したりはしますし、それがきっと適度な運動に……え、ならない?
いやいや、でも考えてみてください。
もし仮に、この袁渙ちゃんがちょこっと体を鍛えてたとして、ですよ?
まず……そう、紀霊将軍みたいには成れない。これは確定でしょう?
うんうん、ああいう図抜けた武人さんは鍛練だけでどうにかなるものじゃありませんよね。
けど、袁渙ちゃんも頑張って鍛練し続けたら、並みの兵士さんくらいにはなれるかも知れません。
ただ大切なのは、ここからです。
もし私がもやしみたいな文官じゃなくて、普通程度に実力のある兵士だったとして。
空からすっごい勢いで落ちてきた人に衝突されて、果たして無事でいられるものでしょうか?
たぶん、実際の私と同じように倒れちゃうと思うんです。
……しかも、ですよ?
もしかしたら、避けちゃったかもですよね。私が運動神経皆無のカタツムリみたいな存在じゃなかったら。
そしたら、ああっ、なんということでしょう。
あの『天の御遣い』北郷一刀さまは、この袁曜卿と云う、そこそこ柔らかな物体には当たらず……冷たく硬ーい城壁の石に全身を叩きつけられて――!
――って、わぁ、そんな涙目で怒らないでください、舒邵ちゃん。
仮のお話なんですから……ホント、舒邵ちゃんって北郷さん好きですよね。
へ? 違う? 別に好きじゃない? だいたいまだ会ったばかりだし、ですか?
またまた、そんなツンツンしなくても。誰が見たって……あ、ち、ちょっと叩かないでください。
自覚ないかもですけど舒邵ちゃん意外と力強っ……。
やぁっ、ご、ごめんなさい、ごめんなさいですって……!?
✝✝✝
――さて。
皆さん、二度目まして。袁渙ちゃんです。
あの日、珍しい白昼の流れ星……かと思ったら、空からヒト落ちて来た、わぁ吃驚!
で、なんかその落ちてきた人とぶつかった私は、当然怪我してしばらく寝込みました。
ま、状況を考えたらあり得ないくらい軽い怪我でしたけど。
しかも相手の人は全然ピンピンしてたっていう。奇々怪々。
ともあれ、今日からまたお仕事です。
食堂で朝ご飯を食べて、舒邵ちゃんにじゃれつかれた後は、謁見の間へ。
美羽さまに復帰の報告をしておくことになってるので。
私、自分ではただの下っ端官吏だと思っていたんですが――実際そんな偉いわけじゃないですけど――実は袁術様付きの次席書記官、ってことになってたみたい。
面倒なので細かいことは省いちゃいますけど、系統は違うし没落してるとは言え、私も一応袁氏。張勳さまか閻象さん辺りが気をまわして……んー、たぶん張勳さまだと思いますが、そういうことにしといてくれたんだと思います。
怪我で休暇願を提出するときに初めて知って「え?」って顔してたはずの私を見て、目をそらしてましたからね、七乃さま。「てへっ♪ 忘れちゃってましたー♪」って心の声が聞こえた気がします。
あ、そうだった。
ついでに例の、空から降って来た人のこともお話しておきましょう。
この人、男の人でした。
白くてきらきら光る珍妙な意匠の服を着た。
この服のせいで、お星さまっぽく見えたのかも。
空から降って来た、変な服の男。
……どー考えても、これだけで怪しさ満点胸いっぱいって感じですよね?
ところが。
轟音を聞きつけて城壁へ戻ってきた美羽さまが、何をどうしてか、この人を気に入っちゃったっぽくて。
気絶してた私は早々に診療所へ運ばれたので、直接どんなやり取りがあったのかはわからないんですけど。
しばらくして私が「はっ」って気がついた時には、美羽さまと七乃さま、それと件の男の人が、寝台の傍らにひどく心配そうな顔で立ってました。
そして、その人から物凄く謝られた後、お互いに名乗り合い――その人が「北郷一刀」という服と同じくらい変わった名前なこと、どうして空から落ちて来たのか等さっぱりわからないこと、とか簡単にお話されて。
「それじゃ、袁渙ちゃんの体に障るといけませんからー」みたいな七乃さまの言葉で、お三人方とも連れ立って部屋を出る直前、美羽さまが思い出したようにおっしゃったんです。
「おおっ、そうじゃった! 一刀は『天の御遣い』ゆえ、妾の側に置くことにしたっ! うははーっ!」
って。
つまり、今の状況をまとめると、そうですね?
――珍しい白昼の流れ星……かと思ったら。
なんとなんと人間だったそのヒトは。
「北郷一刀」という変わった名前の男の人で。
なんやかんやあった末。
美羽さまに気に入られ。
今はお城で元気に暮らしてます――。
「一刀よ! 馬の真似をするのじゃ!」
「えぇ……まぁ、わかった。ブヒヒィィィン、ブルルッ」
「うははーっ! それじゃ、次は……うむ、何か面白いことを言うてみよっ!」
「ざっくりした要望だなっ!? あー、うん、俺の元々住んでいた国では自動車……馬より速く走る鉄の箱があってだな?」
「あはははっ! そんなのあるわけなかろう! じゃが面白い、面白いのうっ!」
「……いや、喜んでくれてるなら良いけどさ」
「それじゃあ最後にまた馬になるが良い! そして妾を乗せてたも!」
「マジか。ヒヒィン、ヒヒィンッ……って軽っ!?」
「ふはははーっ、そりゃ速くーっ、もっと速く駆けるのじゃ、一刀! あはははーっ!」
「うおいっ美羽!? 尻を叩くんじゃないっ、結構痛ぇ!?」
――美羽さまの
っと、こんな感じ?
ところで……ここ、謁見の間ですよね? 厳かな?
良いんですかね、これ……まぁ、良いですよね?
✝✝✝
「全く、美羽のやつ少しは手加減しろって……」
歩きつつ、お尻をさすりながらぼやく北郷さん。
「女の子に馬乗りされてお尻叩かれるのって、男性的にはご褒美じゃないんですか?」
で、その隣を行くのは私こと袁渙ちゃんです。
「違うよ!? いや、そりゃそういうのが好きな人もいるかも知れないけどね! 俺は違うから!」
「あ、そういうものですか」
「そう、そういうもの。……ところで、体は? もう平気なのか?」
「ええ、おかげさまで」
みたいな会話を交わしつつ、私たちが進むのはここ南陽最大の街、宛。
なんで二人で連れ立って街に来てるのかとゆーと。
これが復帰最初のお仕事だからです。
仕事内容は「北郷さんに宛の街を案内する」。
南陽郡自体、暮らしている人も多くて、だから豊かで、その賑わいは「洛陽と見紛うばかり」とか言われたり言われなかったりする、スゴイ土地です。
元々は別の太守さんが治めていたんですけど、その人はちょっと前に死んじゃったんですよね。
その後任に就いたのが、四世三公を輩出した名門・汝南袁氏の袁術さまで云々。
「うーん、袁術さま、ねぇ……。美羽ってやっぱりその……『偉い人』なんだな?」
「まぁ、そうです」
「……やっぱピンと来ないんだよな。美羽が『袁術』で……俺にとって美羽は『美羽!』って感じだしなぁ」
「ああ。……なんか変ですよね、北郷さんって」
「えっ!? 急に、な、なんでっ!?」
「んー。上手く言えませんが。とにかく、変です」
「それはあれかな? 俺が『天の御遣い』だから、とか?」
「そう……なのかもしれません。けど……いえ、やっぱりわかんないです。とにかく、変。それは間違いないです。はい」
✝✝✝
「えーと、ここがこの地区で一番大きな酒屋さんです……って、言うか」
「へ? どした?」
街を歩き始めて少ししたら、私、気付いたんです。
「北郷さん、私に案内されるまでもなく、結構詳しくないですか、この辺りのこと?」
「あ、バレた?」
なんて、悪びれない北郷さん。まぁ、北郷さんが悪いわけじゃないですけどね。
「そりゃバレます。街の人に『よう、兄ちゃん! 今日はまた違う女の子連れてるね! その娘にもうちの肉まんどうだい?』とか『あら、この前はうちの子がお世話になって。紀霊将軍にもよろしくお伝えくださいましね』とか、なんか色々声かけられてるじゃないですか、さっきから」
そう。
北郷さんってば、ここに(落ちて)来てまだそれ程も経ってないはず。なのに、いつの間にか街に馴染んでたっぽい雰囲気です。
基本、お部屋に引きこもり気味の私よりも……あ。
「……張勳さまですね?」
「あ、バレた?」
なんて、さっきと全く同じ調子で繰り返す北郷さん。
「やー、なんていうか、七乃さんと美羽がさ。……『袁渙ちゃんってー、なーんか枯れちゃってるんですよねー若いのに。そんな訳で、一刀さんをダシに、街へ行かせちゃおう作戦を決行しちゃいます♪』『うむ、けっこーじゃ!』……的なやり取りがあってね?」
「うわ……ちょっと、びっくりするくらい似てないですね。お二人が聞いたら怒りそう」
「マジで? ……割と自信あったんだけどなぁ」
「その自信は捨てちゃった方が良いと思います」
と、まぁそれはそれとして。
……どうしましょう?
「え? どうしよう、って?」
「いえ、だって、案内する必要も無さそうですし。北郷さんも、私なんかと歩いてるより、せっかくなら舒邵ちゃんとかと一緒の方が嬉しいんじゃないかなって。なので、ここは一度お城に戻って――」
これは我ながら良い提案じゃないでしょうか。
そう思って、お城の方へ足を向けようとしたんですけど――。
「んー? 俺は嬉しいけど? 袁渙と一緒なの」
「……はい?」
「あ、いやいや! 深い意味はないんだよ!? だからそんな死んだ魚みたいな目で見ないでっ!? ……ただほら、袁渙とは今までこういう機会なかっただろ?」
「そりゃ、誰かのせいで怪我して動けませんでしたから」
「ス、スミマセンデシタ……」
がくん、と分かり易くショボ暮れる北郷さん。
…………。
でも、ま、アレです。
嫌な気もしませんし、今日はお休みの延長だと思うことにしときましょう。うんうん。