職場体験が終わり、皆が期末に備え始めた頃、各家庭に一通の書類が送られた。授業参観のお知らせである。普段、一般人お断りで中々家族でも見学が出来ない雄英に入れる数少ないチャンスと有って、楽しみにしている人も多い。特に、ヒーロー科ともなれば、その授業を見せるだけで見学料を取って良いのでは?と思えるほどだ。
そして、学生らしい事として、授業参観では親への感謝の手紙を読むらしい。皆がそれぞれ気恥ずかしながら、手紙を用意していく。そして、緑谷家では……
「ねえ、出久、どっちが良いと思う!?」
土曜日、クラスメイトと遊びに行こうとした出久の前に提示されたのは、紺色のスーツと薄いピンクのスーツ。それを身体に合わせて心底迷っている顔をしているのは、出久の母親だ。
「何処か行くの?」
「違うのよ。今度の授業参観に、どっちを着ていこうかと思って……」
痩せている人妻の引子は、正直どっちでも似合う。出久もどっちでも良いと思っていたが、母親含めて当然女性というものはそんな答えを望んでいない。おまけに、あまり女性と付き合いが無い出久にとっては更に難易度が跳ね上がる。だが、答えないわけにも行かない。少し悩んだ後、とりあえず答えを口に出す。
「こっち……」
控えめで清楚さが出る紺のスーツだ。
「紺? でもね~、なんだか暗い感じに見えない?」
「な、ならピンクのほうが……」
「可愛いんだけど若作りに見えないかしら…?」
「え、えっと……じゃあそこが気になるなら紺で良いんじゃないかな?」
「そうねえ……」
このままだといつまでもつきあわされそうなので、早く出ていこうとする。出久。だが、玄関横の洗面所で、更に引子は出久を引き止める。
「……ねえ、ピンクって太って見えない……?」
「母さんは太って見えないって……」
昔はちょっと太ってたことも有ったけど、今はちゃんと痩せているのに、と。ため息をつく出久。女性の悩みはやはり難しい。
「目立つのが気になるなら紺の方が良いんじゃ?」
「そうねえ……紺の方が汚れとかは目立たないかもねえ?」
「汚れ?」
「USJとか、凄いところなんでしょ? その時ピンクだと汚れちゃうかもって」
それを聞いて、出久は納得する。確かにあの環境だと、汚れが目立たないほうが良いだろう。
「うん、それじゃ、行ってくるね!」
「気をつけるのよ!」
今日は上鳴や瀬呂、砂糖と遊びに行く予定だ。普段忙しくて中々交流が持てないから、こういう時に遊ぶのはとても大事だ。そう思うと、緑谷は気分良く駆け出していくのだった。
轟は、都内のとある病院に来ていた。母親の、入院している病院である。大きく設備が整っていて、今日も多数の人が詰めかけている。そんな彼らを横に、エレベーターに乗ると病室階のボタンを押す。今日もそうだ。母に会いに来るたびに、緊張する。それでも最初よりは随分とマシになった。初めてきたときなど、自分が緊張していることにさえ気が付かなかったほどだ。
こつこつと立てる自分の足音も自覚して、病室まで歩みを進める。途中、知り合った看護師さんが、「あら、珍しいわね、二人同時になんて……」と言ってきた。どうやら、他の誰かも来ているようだ。
病室の前へ来ると、一つ深呼吸。ポケットに入れてあるプリントがやけに重く大きく感じられる。ガチャリ、とドアを開けると、そこでは母が、鉄格子越しに外を見ていた。
「……お母さん」
「焦凍?」
振り返ると、こちらを見るのは柔らかい笑み。あの日の、怖い光景は何処にもない。ただ、こちらを見た時ちょっと目を見開いた。
「どうかした?」
「あ……ううん、なんでもないわ。ほら、座って」
そう言うと、母はベッドへと腰掛け、今まで座っていた椅子を焦凍の方へと勧める。そうして、はっとした事に気が付かれるのを察すると、「ごめんね」と謝る。
「……いや、べつに……何か、変なところでも?」
と、自分の体を見下ろす焦凍。身だしなみは整えてきたはずだけど、何か変だろうか。
「違うの。ただ、その……平日でゆっくり姿を見るのは久しぶりだったから……大きくなったなぁと思って」
そう言えば、平日に来たのは初めてだったか。今日も平日なのに、花瓶には新鮮な花が生けられている。
「ごめん、急に来て」
「何言ってるの。来てくれるのはいつでも嬉しいわ」
謝れば、母親はきっとそう言ってくれるだろうと思って。とても、不器用な甘え方。救け出すと誓いながら、母の前だけでは、ずっと昔に時が止まってしまったようで……どうすればいいか、分からなくなってしまう。
「……あ、そうそう。焦凍がそろそろ来るかもと聞いて、買っておいたの」
そう言うと、病室に備え付けの冷蔵庫のドアを開ける。中には、色々な飲み物が詰まっていた。その中で目に留まるのは、牛さん印のヨーグルト。昔、好きでたくさん飲んでいた物だ。
「焦凍、昔から好きだったでしょ? 売店で見つけちゃったから。つい、ね……でも、もう焦凍も高校生だし……好みが変わってるかもって思ったら気がついたらこんなに」
ジュースにお茶に、スポーツドリンクに栄養ドリンクまで。悩みながら買ったのだろう。でも、昔の好物を覚えていてくれたことが嬉しくて。牛さん印のヨーグルトに手を伸ばした。それを見て、嬉しそうにニコニコと笑ってくれている母親を見ると、心がぽかぽかする。
中々話せない、もどかしいような時間の流れの中、先に口を開いたのは母親の方だった。「……学校はどう?」
「うん……」
学校と聞かれ、意識がポケットのプリントに行く。授業参観――お母さんが、来れるはずがないのに。
「今日は、救助器具の授業が有った。ヘリコプターに友達を吊るして載せたり、乗ったりした」
「ヘリ? そんなこともするのね」
思えば、雄英の授業内容は全然話してこなかった気がする。
「ヒーローは、戦うだけじゃなくて人助けもしなきゃならないから、その一環」
「そうね」
「それに、ビルから救助袋で降りて、使い方も教わった」
「うん」
「避難信号の出し方とか」
「そう」
「それと……オールマイトが居るんだ」
「良かったわね。昔から焦凍、オールマイトが大好きだったもんね」
「うん……」
焦凍の話す内容に、優しく相槌を返す母。自分もかつて、オールマイトに憧れていた。けど、いつの間にか笑顔も、憧れていたものも母の言葉も忘れていた。
「緑谷って奴が居るんだ。あと、夜嵐って奴も」
「クラスメイトの?」
「うん」
夜嵐は、入試の時に酷いことをしちまった。アイツと同じ目で、何も見ないで。そうして――俺と……アイツと同じ目をする奴を増やしちまった。あんなに熱い奴だったのに。……だけど、もう一度向き合ってくれた。緑谷に影響されて。そして、アイツに、真っ向からぶつかっていくくらい、熱いやつだった。俺にも、何度も何度もぶつかってくる。
そして、緑谷。USJの時から、ヴィランに立ち向かっていって。体育祭の時も、俺や夜嵐とも全力でやりあって。――勝手にズケズケと、俺に余計なおせっかいをかいてきて。
"君の、力じゃないか!"
ずっと全力で、本気でヒーローを目指して。俺にも、熱く真っ直ぐぶつかって来て。あいつの全力の熱さに、一瞬何もかも忘れた。あんなに憎かった、父親のことですら。忘れて初めて、囚われていたことに気がついた。俺も、夜嵐も。
「体育祭で、戦ったんだ。あいつら、熱くて、強くて、凄くて。――それで、負けたくなくて。勝ちたくて。初めて、全力で戦ったんだ」
「……本当に、凄い奴らなんだ」
ぽつりとお母さんに溢れたのは、純粋な思い。ヒーロー殺しや脳無を一緒に捉えた、大切な仲間たち。
呟いた焦凍に、母親は優しく微笑んだ。
「良いお友達が出来たのね」
「――うん」
また沈黙が降りた。でも、それは悪くなくて。むしろこそばゆいくらいで。
「あ、焦凍、来てたんだ」
姉の冬美が入ってきた。手には、母親の洗濯物を入れた篭を持っている。
「ああ、冬美姉…」
「何か用事でも有ったの? あ、洗濯物入れとくね」
「ありがとう、いつも」
「何言ってるのっと」
洗濯物を手慣れた様子でしまいつつ、興味があるのは焦凍の用事だ。
「…………これ」
焦凍はしばらく迷うと、ポケットからプリントを差し出す。
「……授業参観のお知らせ?」
「…………うん」
来れないのは分かっていた。でも、つい足を運んでしまっていた。
「そっか……なるほどね」
「焦凍、ごめんね、お母さん行けなくて……」
申し訳なさそうに謝る母に、焦凍は焦った。
「い、いや、俺こそ……ごめん。母さんのこと、考えてなかった」
「焦凍……」「……」
そんな様子に、悲しそうに目を伏せる母と冬美。
「あ、あの、二人共、私が行くよ授業参観!」
だが、そんな空気を払拭するように、冬美が参加の提案をする。
「は? 学校の授業が有るんだろ? どうするんだよ?」
冬美は小学校の教師をやっているし、ましてや姉だ。授業参観が出来るのだろうか?
「大丈夫、頑張れば半休位取れるし。そうだ、母さんの為にビデオ撮るよ」
「なっ……」
「あら、それは楽しみね」
本当に嬉しそうに笑う母に、恥ずかしいから止めてくれとはとても言えない。だが、口籠る焦凍の様子を見て、心配そうな表情をする母。また、無理を言ってしまったのだろうか……
「あ、いや、その……学校に聞いてみないと分からなくて」
悲しそうな、不安そうな母の顔。
「……で、でも……ちゃんと撮ってもらえるよう、頼んで見るから」
「うん、よろしくね」
自分のことを、楽しみにしてくれる母。あの過去が、またもう一歩遠のいた気がした。
「あ、そうだ、焦凍。その花の水、変えてきて」
「分かった」
花瓶を持ち上げ、水を取り替えに部屋を出ようとする。そう言えば……この花は……。
「気になるの、焦凍?」
「……うん。時々、見かけるから――」
「……それは、私が好きな花なの。……時々、持ってきてくれるみたい」
それを聞いて、冬美の方を見るが、首を振られる。違うようだ。
「それじゃあ、夏兄?」
「ううん――この花はね、昔、あの人の前で一度だけ好きだって言った花なの」
『!』
冬美と焦凍が、同時に驚く。――ずっと、来ていたのか。
「……まだ、怖くて会ってないの。――でも……」
そう呟くと、新聞を取り出す。その先には、ヒーロー殺しへ叫んだセリフや、下手くそな笑顔が乗った記事。
「……あの人も、変わり始めてるのかしら?」
憎かった父親。された事、母にしたことを許すつもりは無い。だが――
「……うん」
緑谷が、夜嵐が。あいつらの熱さが俺を変えていくように――アイツも変わっていくのではないか。そう、思った。
授業参観当日――予鈴前の教室はいつものように賑やかだったが、話題はやはり授業参観のことだ。
「あ、出久君おはよ~!」「緑谷ちゃんおはよう」
「おはよう、麗日さんに梅雨ちゃん」
女の子二人に話しかけられてちょっと照れる緑谷。女の子と話すのに慣れるのは、まだまだ先の様だ。
「今日は参観日だね~。出久君は誰が来るの?」
「お母さんだよ。二人は?」
「私は父ちゃん!」
「私もお父さんよ、ケロケロ」
緑谷も、女子二人もなんだか気恥ずかしそうだ。やはり、身内が来るというのは中々に照れる。周りを見渡すと、皆も何処かそわそわしていた。
「やあ、おはよう! 今日は良い授業参観日和だね! 緑谷君、麗日さん、蛙吹君!」
「おはよう、飯田君!」「おはよ~!」「飯田ちゃんおはよう」
更に、後から入ってくる飯田。だが、心なしかちょっと寝不足のようだ。
「ケロケロ、そんな日にどうして眠そうなの? 飯田ちゃん」
真面目な委員長らしくない様子に、首をかしげる三人。だが、その理由はとても彼らしいものだった。
「ああ、感謝の手紙を書いたら感謝の気持ちが溢れてしまってね! 長くなりすぎてはいけないと削りに削ってようやくこの分量にまで減らせたんだ!」
と、ポケットから取り出したのはぎゅうぎゅうになってる紙の束。とても削ったようには見えない。だが、本当に彼は感謝の気持ちでいっぱいだからここまで書いたのだろう。
「うわっ!? 凄い多いね、それ何枚!?」
「40枚から削りに削って20枚だ。……コレ以上は一文字も削れなくてね……」
「そんなにっ!?」
「委員長、流石やん……」
「飯田ちゃんらしいわ」
そのままちょっと雑談に入る4人。と、緑谷は更に新しく入ってきた夜嵐を見つける。
「おはよう、夜嵐君」「おっす! 緑谷! おはよう!」
今日もうるさいくらいに元気一杯だ。続いて、轟も入ってくる。
「それで、二人共誰か来る?」
「俺は親父が来るッス!」「俺は姉貴が。小学校の教師やってるんだけど、半休取って来てくれるって」
「へぇ~、お姉さんが……良かったね、轟君」「来てくれたなら何よりだな!」
事情を知っている二人は、轟の家族が来てくれることを、とても喜んでいる。自分ひとりだけ来ていないなんて言うのは、とても寂しいからだ。
「む、皆そろそろ予鈴の時間だぞ!」
電波式の腕時計を見て、きっかり30秒前に時間を伝える飯田。
「はーい、委員長!」「りょうか~い」「相澤先生は時間に厳しいからな……」
それぞれが席に着くと、静かになる。もう、相澤先生が来るだろうと思って――予鈴が鳴り終わっても、誰も来なかった。
「え? 相澤先生が来ないの初めてじゃね?」
「なっ、見本であるはずの教師が遅刻とは……これは雄英高校を揺るがす一大事だぞ、皆!」
「ええっ、つっても、相澤先生だって人間だし、たまには遅刻することだって有るんじゃね?」
「しかし瀬呂君、我々が目指すヒーローとは一刻を争う人々を救ける仕事だろう! 1分1秒の遅れもおろそかにはしてはいけないはずだ!」
真面目な飯田はヒートアップするが、疑問に思うものも多数居る。
「(確かに珍しい……相澤先生、どんな時もスケジュール通りに行動するのに)」
なにか見落としはないかと、システム手帳をチェックしたり、スマホをチェックしたりしてみるが、特に何もない。そんな中、業を煮やした飯田が立ち上がる。
「よし、僕が委員長として職員室まで確認に行こう! 皆はまっていてくれたまえ!」
「頼んだ!」「さっすが委員長!」
と、飯田が出ていこうとした際、一斉に皆の携帯が鳴る。何が起きたのかと慌てて取り出すと、そこには相澤先生からのメッセージが。「今すぐ模擬市街地に来い」というものだった。
「市街地? なんで……」
「……あっ、オレ分かった! 相澤先生、あっちでまとめて授業……つーか手紙の朗読と施設案内するつもりなんじゃね? 合理的に」
頭の上に電球でも浮いたようにひらめいた上鳴。確かに、相澤先生ならばやりそうなことだ。だが、怪訝そうな顔をしているものも居る。その一人が緑谷だ。
「緑谷君、どうしたの?」
麗日に話しかけられると、疑問を口にする。
「うん、相澤先生がそんな二度手間な事するかと思ってさ。なら、最初から僕らも呼んでおけばいいのに」
そう言われ、またそれもそうだと頭に?マークを浮かべる1-A一同。だが、更に飯田が推論を重ねる。
「ひょっとして、これは指定地に早くたどり着くための訓練ではないだろうか? ヒーローが呼ばれるのは何時も突然だ! 相澤先生が無駄なことをするはずがない!」
この推論に、これまた頷く皆。それだけ、相澤先生に信頼が有ったからだ。
エリア移動のため、職員室に一報を入れると直ぐにバスが用意される。がたごとと揺られて、辿り着いたのは市街地エリア。だが、出迎えは無い。バスは来た道を戻っていく。
「この中で待っているということか? さあ、行こう!」
「? なにか臭うぞ」
障子が首をかしげる。鋭い五感は、市街地には無い臭いを敏感に嗅ぎ取る。
更に複製腕を伸ばして、位置を探ると、奥からだ。
「これは……ガソリンの様な臭いだ」
「ひょっとして、今日の訓練に使う物でしょうか……外にそのまま出しておくのは危ないのですが……」
八百万が首を傾げる。ガソリンは、-70度でも気化するような危ない物質なのだ。臭いが漂うということはただならぬ事を彼女に予感させる。
「ま、とりあえず入ってみようぜ」「そうそう」
だが、悩んでも仕方ないとばかりに峰田と上鳴が先に入ろうとすると、小さく悲鳴が聞こえた。
「今のはっ!?」「悲鳴……この奥だっ!」
障子の耳を頼りに、全員がその悲鳴がした方へと駆け出す。駆け抜けていく間、悲鳴の声は複数有り、どんどん近くなっていく。
「なん、だよこれ……」
切島が、呆然と呟く。目の前の空き地には、大量の瓦礫の山が隅に退けられており、四角く深い堀が作られ、その中心には四角くて頑丈そうな大きい鉄格子と、それに――
「お、お茶子ー!!!」「と、父ちゃんっ!?」
「しょ、焦凍……!」「ね、姉さん……!?」
「天哉……っ」「か、母さん!?」
「うおおおおおおっ! イナサアアアアアアアア!」「お、親父いいいいいいいい!?」
鉄格子の中には、20人程度の人数が入っている。それは――1-Aクラスメイトの家族だ。慌てて駆け寄ろうとするも、その深い深い掘の中には、ガソリンが注がれている。
「な、何だよこれ、一体!?」「相澤先生はどうしたんだよ!?」
半ばパニック状態に陥る生徒達に、冷たい機械質な声が降り注ぐ。
「アイザワセンセイハネムッテイルヨ。クラクツメタイツチノナカデ」
「なっ!?」「何だとっ!?」「そんなっ!?」
声の主を探ろうと、血眼になるクラス一同。だが、その声は……
「鉄格子の中だっ!」
障子が、場所を突き止める。それを聞いたか、鉄格子に駆け寄って手を伸ばしていた保護者達が、怯えながら反対側に移動する。
「ヤア、キミタチニハコレカラゼツボウヲぷれぜんとシヨウトオモウンダ」
親に紛れてもう一人、出てきたのは21人目。真っ黒いコートにフードを被り、仮面を付け――死んだような目をした、ヴィランだった。