死んだと言われた相澤先生――それに、人質になっている家族。あまりの事に、みんな理解が追いつかない。
「暗い土の中って……」
「そ、そんな、相澤先生が……」
「嘘つくんじゃねぇ! 相澤先生がそう負けるはずがねぇだろ!」
「サワグナ。ジョウダンダトオモイタイナラ、オモエバイイ。ダガ、ヒトジチガイルコトヲワスレルナ」
『人質……』
謎の侵入者は檻に居て、家族とともに入っている。信じたくない現実が、目の前にある。だが、気を立て直してこっそり連絡を入れようとした飯田や緑谷が、止められる。
「サキニイッテオクガ、ガイブヘモ、ガッコウヘモレンラクハデキナイカラアシカラズ。アァ、モチロン、ソコノデンキクンノ"コセイ"でもムダダ」
飯田、緑谷、上鳴をねっとりとした動きで見渡す。その視線に、連絡を止めるしか無かった。
「マジかっ……くそっ……」
「私達の"個性"も知られている……!?」
混乱が広がるクラスメイト達に、更にヴィランは畳み掛ける。
「ニゲテ、ソトニタスケヲモトメニイクノモキンシダ。ニゲタラ、ソノセイトノホゴシャヲスグニシマツスル」
その言葉に、何人か親たちが反応する。まずがっしりとした体格の、人の良さそうな麗日の父親が、檻を掴んでガチャガチャ揺らすが、びくともしない。
「ア、アカン! 檻が頑丈でどうしようもできひんわー!!」
「と、父ちゃん!」
「た、助けて、百さーん……!」
「ああ、お母様があんなに動転して……」
錯乱しているのか、どもり気味に助けを求める八百万の母親。
「ゲコッ……ゲコッ……!」
「危険音……ケロッ……」
普段、冷静沈着な蛙吹ですら、不安そうな声と表情を抑えきれない。そんなクラスメイトの姿を見て、ヴィランは楽しそうに笑う。
「な、何でだよ!? 何でこんな事をしたんだよ!?」
激高する夜嵐の言葉に、一転恨みつらみの籠もった感情を込めて、ヴィランが話す。
「ボクハ、ユウエイニオチタ。ユウエイニハイッテ、ヒーローニナルハズダッタノニ。ユウシュウナボクガオチルナンテ、ヨノナカ、マチガッテイル。セケンデハ、ボクハタダノオチコボレ。ナノニ、キミタチニハ、アカルイミライシカマッテイナイ。ダカラ――」
「要するに、ただの逆恨みじゃねぇか! こんな事ができる実力があるなら、別の学校のヒーロー科で努力すりゃ良かったじゃねぇか!」
切島も、我慢ならないように叫ぶ。だが、別の学校と言ったところが、酷く気に触ったらしい。動きに、イライラしたような身体のゆすりが混じる。
「アア、ネタマシイ。ユウエイニハイッテイルキミタチガイチバンソノカチヲワカッテイナイナンテ……ユウエイトソノホカジャ、チメイドハゼンゼンチガウ……ナノニ、ホカデガンバレナンテ……アア、ネタマシイナァ……」
切島の言葉に、いかにも傷ついたようなオーバーなリアクションをすると、切島の母親に手を伸ばす。
「キズツイタナァ……コノヒトヲ、ドウシチャオウカナァ……」
「や、止めろおおおおっ!」
更に感情を高ぶらせる切島の肩を、緑谷が叩く。
「み、緑谷……」
「切島君、深呼吸をして」
「……お、おう!」
そう言うと、目一杯深呼吸をする切島。そうだ、頭に血を昇らせている場合じゃない。少しでも冷静になって考えなければ。そして、緑谷は一歩前に出ると、ヴィランに要求を尋ねる。
「それで、あなたの目的は何ですか?」
まずは、情報を得ること。少しでも、対策を練らなければ。そして、ヴィランを見据える緑谷に、同じくヴィランも視線を返す。
「モクテキハ、ヒトツ。キミタチノカガヤカシイミライヲ、コワスコト。ソノタメニ、キミタチノダイジナカゾクヲコワシテシマオウトオモッテネ」
「……それだけのためにかっ!」
太いしっぽを震わせ、尾白もまた、感情を顕にする。誰もが、この身勝手なヴィランへの怒りを抑えきれない。
「てめぇ! 俺たちが憎いなら、俺達にかかってきやがれぇ!」
だが、激高するクラスメイトたちをあざ笑うかのようにヴィランが言う。
「ボクガコワシタイノハ、キミタチノカラダジャナイ。ジブンヲキズツケラレルヨリ、タイセツナダレカヲキズツケラレルホウガ、キミタチニハツライハズダ。ヒーローシボウノキミタチナラネ」
「あんただって、ヒーローに憧れてたんだろ!? だったら、こんな事はもう止めなよ!」
「そうだよ! こんな事しても、すぐに捕まるんだからね!」
耳郎と芦戸の説得にも、まるで耳を貸さない。
「ニゲルツモリハ、ナイ。ボクニハ、ウシナウモノナンテナニモナインダ。ダカラ、キミタチノクルシムカオヲサイゴニミテオコウトオモッタンダ。キミタチモ、ダイジナカゾクノサイゴノカオヲヨクミテオクンダナ。――サァ、ダレカラニシヨウカ……」
左右を見渡し、一歩踏み出すたびに、保護者達は怯えて檻の中で精一杯後ずさる。
「やめてえええっ!!」
叫ぶ麗日。それぞれの親に、手が伸ばされるたびに、悲鳴が上がる。中のヴィランは、そのたびに愉悦に笑う。
「(みんなを救けるには、まずは犯人に気取られないように近づかないと……。もし、バレたら間違いなく盾にされる……でも、距離が遠いし、障害物も有る。派手な動きは絶対にバレちゃうし、まずは気が付かれないように近づかないと……」
心の中で思っていたものが、途中で声になって出ていたようだ。轟が、緑谷の前に立って注意する。
「緑谷、声に出てる。気ぃつけろ」
「緑谷君、何か思いついたかい?」
「いや、まだ……」
「それじゃ、なるべく早く頼む」
「期待してっぞ」
そう言うと、それぞれが緑谷の前に立ち、姿を隠す。そうして、時間稼ぎを始める。
「や、止めてくれっ! ぼ、僕はどうなっても良い! だからどうかみなさんを解放してくれ!」
「冬……ねえ……!」
飯田は犯人に必死の形相で懇願し、轟は、ショックを受けたように茫然自失を装う。
目的は、1-Aのクラスの希望を壊して、その表情を見ること。なら、こうして満足させるような事をしていれば、いきなり殺される確率は減るだろう。更に、緑谷は夜嵐と切島に、後ろからこっそり声を掛ける。
「二人共、振り向かないで聞いて。聞こえてる?」
そう言うと、二人はこっそり手を後ろにやり、指で丸を作る。それを確認した緑谷は、更に話を進める。
「二人は、熱く怒って、ヒーローらしくない事をして。言い争って、喧嘩するとか――無様に見えるように」
更に、丸を出す二人。途端、夜嵐が声を荒げる。
「ふ、ふざけやがって! てめぇ、絶対に許さねぇぞ!」
「ば、バカッ、落ち着けって!」
怒りに震えて向かっていこうとする夜嵐に、それを留める切島。だが、体格の差でどうにも止まらず、火に油を注ぐ結果にしかなっていない。
「コレが落ち着いていられるかよっ!」
そう言うと、思い切り切島を突き飛ばす。硬化で難を防ぐも、後頭部から行って、実に危なかった。そして、切島もまた夜嵐に突っかかっていく。
「て、めぇ! 馬鹿野郎! こんな事やってる場合かよ!」
「うるせぇ! 親父が人質にとられてんのに落ち着いてられるか!」
「う、うおおおおおおおおっ! イナサああああああああっ!」
「お、親父いいいいいいいいっ!」
錯乱し、切島につっかかり、最後は殴り合いまでしてしまう。その様子を、ヴィランは実に楽しそうに見ていた。
「ば、バカヤロおおおおおお! お前らが錯乱したら誰が救けられんだよ!?」
「お、落ち着いてえええええっ!」
演技だとは知らない峰田や芦戸が必死に止めて、更に緊迫感が増す。
そして、視線が向いている間、障子や砂糖、飯田など体格のいい連中の裏で、緑谷は八百万、麗日、葉隠を呼び出す。
「八百万さん、スタンガン作れる? なるべく小型の」
「ええ、大丈夫ですわ。土色の迷彩に塗っておきますね。」
「麗日さんは葉隠さんを浮かせて、葉隠さんはスタンガンと、それとこれを持っていって」
と、取り出したのは小さな丸い玉だ。
「なにこれ?」
「小型のスタン・グレネード。これだけ小さいと、手で包めるでしょ? ボタンを押して5秒後に爆発するから、お願い」
「うん、任せて!それじゃ!」
葉隠は頷くと、一気に着ている服を全部脱ぐ。見えないとは言え、流石に女子のストリップに、顔が真っ赤になる緑谷。だが、気を取り直して、八百万がスタンガン、緑谷が小型スタングレネードを渡す。スタンガンは極めて見にくく、スタングレネードは完全に見えなくなった。
「ハハハハハ! ブザマダネエ! ナンデキミタチガユウエイニハイレタンダ。コロスマエデモコンナニタノシインダ。コロシタラキミタチハドンナカオヲシテクレルカナ」
「や、やめてぇ!?」「やめてくれぇ!」
クラスメイトのあちこちから悲鳴が上がる中、ゆっくりゆっくりと近づく葉隠。そして、鉄格子の間から、ヴィランの足にスタンガンが押し付けられようとしたその時、思い切り蹴飛ばされて、ガソリンの中に落ちた。
「ドウヤラコバエガハイリコンダヨウダネ……!」
怒りに震えるヴィラン。その怒りに、怯えて後ずさる保護者達。
「モウ、イイ。ヒトリヒトリジックリコロソウトオモッタケド、ヤメダ。ミンナイッショニジゴクニオチヨウ」
そう言うと、懐からすばやくライターを取り出すと、炎の中に放り込む。そうしてから、爆発するスタングレネード。出すのが、ほんの数秒遅かった。ガソリンに着火し、炎上する。
「や、やめっ……!」
叫び声を上げる間もなく、鉄格子の回りは炎に包まれた。
「出久っ!!」
「母さんっ!!!」
出久の母親だけでない。皆、それぞれ手を伸ばすが、その姿は揺らめく炎の向こうだ。
「うひゃああああああっ!?」
無重力状態だった葉隠は、熱風で空高くに吹き上げられる。何処かやけどをしたかも知れない。
「ケ、ケロッ!?」
声がする方に、慌てて舌を伸ばす蛙吹。運良く、葉隠の身体の何処かに舌が引っかかり、そのまま引き寄せる。何とか、無事のようだ。そして、他のメンバーはヴィランが檻の外に出ているのを好機と見て、一気に突っ込んだ。
「轟ぃ!」「分かってる!」「フルカウル!」「レシプロバーストォ!」
轟が氷で橋を作り、ついでとばかりにヴィランの足を凍結させる。氷の橋の上を飯田が突っ走り、緑谷もそれに追随する。夜嵐は、後方でフォローする態勢だ。更に、それに続いてクラスメイトも走り寄る。
「うおおおおおおおっ!」
凄まじい速さで走り寄った飯田は、そのままヴィランを拘束する。緑谷は、鉄格子の鍵を引きちぎり、無理やり開けて、保護者たちを外に出そうとする。
「もう大丈夫、速く!」
そうやって、外に避難誘導をしようとした時、飯田の下でヴィランが、スイッチを取り出す。
「ヤッパリ、キテクレタネ」
そう言うと、迷わずスイッチを押すヴィラン。そして、爆発。緑谷や飯田の居る地面がゆらぎ、りんごの芯のように残っていた地面が、崩れ始める。更には、氷の橋も砕けて、クラスメイトたちも何人か落ちそうになっている。
「爆弾、まさか!?」
「ソウ、スキヲミセレバカナラズキミタチハクル。サア、イッショニジゴクニオチヨウ」
崩れ行く地面で、緑谷のロープで拘束されつつカラカラと笑うヴィラン。
「夜嵐くん! 私を飛ばして!」
「おお! 頼む!」
麗日が夜嵐に頼み、自分を軽くして一気に檻まで跳ぶ。これで、鉄格子の重さが0になる。
「お前ら、落ちるなよ!」
崩れた氷の橋を補強するように、更に氷を重ねる轟。下の方はどんどん解けていくが、溶けていく端から補強し続ける。
「こういう時は俺の出番っとね!」
瀬呂はテープを伸ばし、檻に幾つもセロテープをくっつける。そして、生徒側のテープの終端は、八百万が作った鉄の棒に巻き付け、その棒を砂糖、障子、口田など、パワー自慢が棒を持つ。蛙吹は、端から落ちかけている上鳴や芦戸を救けている。クラスの皆が、それぞれ自分のできる最善を尽くしていた。
「よし、氷に乗っけるよ! 引く準備はいい!?」
「おう!」「大丈夫だ!」「われの準備は何時でも出来ている!」「……!」(こくこく)
「よし! 50%……フルカウル!」
準備OKの合図とともに、保護者のみの重さとなった鉄格子を持ち上げる緑谷。そのまま、氷の橋に乗せる。
「乗っけたよ! 今だ!」
「うおおおおおお!」「でりゃあああああああっ!」「ダークシャドウ!」「……!」「レシプロバースト!」
力の有る者がひっぱり、また飯田がエンジンの出力で思い切り押して、氷の上をつるつる滑らせていく。そして、最後に緑谷は、拘束された犯人を担ぐと、ひとっ飛びで脱出する。
『いやったあああああああああああああっ!』
皆の叫びが、爆発する。犠牲者0で、この場を切り抜けたからだ……いや、犠牲者は居た……
「親達は助かったけど……」「相澤先生……」「おう、呼んだか?」「はい。……って」
『ええええええええええええっ!?』
今度はほぼ全員叫びが重なった。
「いや、皆さんお疲れ様でした。中々真に迫ってましたよ」
「いや~、お恥ずかしい、先生の指導の賜物ですわ」
「中々貴重な体験ができました」
「いやあ、役者になったみたいでドキドキしましたわ」
保護者達に向かって、深々と頭を下げる相澤。そして、保護者達の顔に浮かぶのは笑顔。ようやく、皆が事態を呑み込めてきた。
「という事は……」「これって……」「ドッキリかよおおおおおっ!?」
一同、ガビーンといった顔で叫ぶ。
「と、言うことは……ヴィランも?」
「はい、とある劇団員の方に協力していただきました」
相澤先生がそう言うと、緑谷に担がれながら
「ア、ハイ。ミンナオドロカセチャッテゴメンネ?」
と可愛く首を傾げて謝られた。
「マジかよ~!?」「キャラ、全然ちげえええええええ!」
上鳴も切島も、がっくり肩を落としながら叫ぶ。なんだか皆叫んでばかりだがそれほどショックだったという証拠だろうが。
「ちょっと待ってください! 流石にやりすぎではないのでしょうか!? もし、万が一があったら誰かが怪我をしていたかも知れません!」
「そうです! もし、母さんに何かがあったら……」
相澤先生にくってかかる八百万に飯田。珍しい光景だ。だが、相澤先生は冷静に合理的に返す。
「万が一には備えてある。やりすぎってことはない。プロのヒーローは常に危険と隣り合わせだからな。ヌルい授業が何の身になる?」
そう、プロならばあり得る状況だ。だからこそ、訓練する意味があるのだ。
「それは……」「そうですがっ……!」
相澤先生はじっくりとクラスを見渡し、ゆっくりと口を開く。
「怖かったか? 家族に何があったらと思うと」
全員が、頷く。
「身近な家族の大切さは、口で言ってもわからない。失くしそうになって初めて気づくことが出来るんだ。今回はそれを実感してほしかった。」
自分の教え子達を見渡す。誰も深く考え込んでいる顔をしていた。
「いいか。人を助けるには知識・技術・判断力が不可欠だ。だが、それらは感情によって左右される。焦りや恐れ、迷いは容易にそれらを曇らせる。お前達が将来プロヒーローになったとして、家族の危機に冷静に対処できるかという試験だったんだ。授業参観にかこつけた、な。手紙を書かせたのも、試験前に保護者の方への気持ちをちゃんと自覚させるためだったんだ」
「なるほど……」「合理的……」
「しかしお前ら、もうちょっとやりようは有ったろう。策は葉隠頼りの一つだけ、橋ができたらゾロゾロと突っ込む……全く。誘導や救ける役はそれに見合ったやつが行け。そもそもだな……」
と、問題点を指摘され、落ち込むみんな。明日には反省文提出のおまけ付きだ。だが、保護者の前だからか、直ぐに切り上げると、それぞれに自由時間を渡す。皆、自分の家族と対面だ。そして、冬美には、後で雄英の授業記録のコピーが渡されることとなった。轟の活躍も、たくさん入っていることだろう。
皆が保護者と対面している一角、
「出久、超かっこよかったよ!」
「母さん……」
体育祭とは違う、訓練とは言え初めて息子がヒーローとして動くところを見た。必死で、友達と協力して、とってもかっこよかった。
「うん。僕、これからも頑張るから。何時も心配かけちゃってるけど……見守っていてくれて、ありがとう!」
「良いのよ、出久。夢を、頑張って叶えてね。ずっと応援しているから」
立派な姿に、涙すら出てくる。ずっと、"無個性"として生んで苦労をかけてきたけど、オールマイトにすら認められて、全てが報われた気がしたのだった。
という訳で、小説版エピソードでした。
……そして、ここで爆豪は最悪のやらかしをしています。なんと、この状況で爆発でブーストしながら檻に向かっていったのです。……あの、鉄格子有って、人質居るんですけど。下、ガソリンなんですけど。相澤先生、コイツを除籍しないなんて、あなたが除籍した20人、一体何やらかしたんですか(まあ、これも初期の盛りすぎ設定の一つだろうけど)