戦いから一夜明け――それでも緑谷は眠り続けていた。オール・フォー・ワンがメイデンに入るのを見届けた後、糸が切れたようにぷっつりと倒れ込んでしまったのだ。合宿中からの度重なる強敵との連戦、限界を超えた個性の使用に、新たな個性の反動と、その体には恐ろしいほどの負荷がかかっていたようだ。気力で保っていたものがぷっつりと切れ、他のヒーロー達と同じ病院へと搬送される。
その間に、平和の象徴であるオールマイトが消えた世間は、大きく動き出していた。警察は改革が迫られ、ヴィラン達はオールマイトが居なくなったことで少しずつ動きを大きくしていく。
そして、監獄タルタロスへと移送されたオール・フォー・ワンは独り思う。
「(負けたよ、オールマイト。実に醜い足掻きだった。――だが、君に弟子が居るように――私にも弟子がいる。頼りにしてきた師が手の届かぬ場所へ去り、彼は憎悪を募らせる。彼は真に先頭を歩んでいく。仲間も居る。仲間を増やすすべも学び始めている。今は潜伏し、時を待て。緑谷出久に立ち向かうために。経験も憎悪も悔恨も全てを糧としろ。そして――私の執念を、受け継いでくれ。次は、君だ)」
思い浮かぶのは、光と闇、二人の後継者。緑谷出久と死柄木弔。まだ、及ばぬ所が多い自分の弟子だが、ポテンシャルは必ず持っている。そして――
「(彼の正体を、君に話すときが楽しみだよオールマイト。戦いの最中であったならば、君はそれでも奮い立っただろう。しかし、何も出来ない今――それを聞かされたら、果たして君はどれほど後悔してくれるかな?)」
身じろぎ一つとれないこの牢獄で、ただその時を楽しみに待つことにした。
一方、オールマイトの方もグラントリノ、塚内、サー・ナイトアイ、デヴィットの4人に見守られて病室に居た。
「私の中の残り火は消えた。"平和の象徴"は死にました」
病室で包帯だらけでベッドに座り、呟く。
「……今までよく頑張ってきてくれた、俊典」
「今まで、ありがとう。オールマイト……」
「……トシ。お疲れ様。……後はゆっくり、休んでくれ」
「……オール、マイト……今まで、ありがとう……」
四者四様に労う。ずっとずっと、若い頃から平和を守ることを責務としてきた男が、無事生きて戻ってきた。ただそれが、何よりも嬉しかった。
「ところで、逃げたヴィラン連合の残党は……?」
「小僧が身体にくっつけた発信機は全部ぶっ壊されたが、身体に飲み込ませた発信機には気付いとらん様だったな。まだ残っとる」
「え!? あれボケてたんじゃないんですか!?」
「当たり前だボケ!!」
あの場面でガジェットを間違えるはずもなく、羊羹玉の中に発信機を仕込んで飲み込ませたのだ。体外に排出されるまではタイムラグが有る筈である。
「敵のアジトにドローンも侵入していてね。破壊されるまでありったけの写真やら何やらを撮って送ってくれたようだ。――まあ尤も、ただの汚い部屋の様で情報は無かったが。ただ、位置情報が有るから、気が付かれないように厳重に痕跡を監視する。そして、ヒーロー達の準備が整ったらまた踏み込む。いっそ、黒霧だけを先に捕まえるのも有りかもしれない。隙が有ったら、即拘束しよう」
「……ああ、任せた」
時代は着々と動いていく。だが、それに自分はもう関われない。その事にオールマイトの胸の内には様々な感情が渦巻いていた。
「……もう、私が戦いに出る事は有りません。……なら、せめて、教師として次の世代を守り育てましょう」
だが、戦えなくても見守ることは出来る。次の世代を。新しい、希望達を。
「そうですね。引退するとは言えあなたは、ずっと皆の憧れのヒーローです……が」
「うむ、教師としてはだな。お前、小僧と夜嵐君の試験の時、勝ち筋を残さなきゃならないのに、本気で叩き潰したんだって?」
「―――あ。いえその件はですね!?」
よりによって小言が超キツイ二人にバレてた事に、顔が真っ青になるオールマイト。塚内とデヴィットも呆れ顔だ。
「……まあ、戦いばっかりだったお前にそこまで言うのも酷だが。これからは教師に専念するんだ。そこらの心構えもみっちり叩き込んでやるから覚悟しておけ!!」
「事務仕事はサイドキックの頃は私が、その後は塚内警部がこなしていましたが……これからは貴方がご自分で出来るようにキッチリと仕込みましょう」
ゴゴゴゴゴと擬音が出そうになるほどに、圧力をかけてくる二人。
「……お、お手柔らかに頼みます……」
だから、オールマイトに出来るのはそうお願いすることだけだった。
しばらくたっぷりお小言を貰った後、塚内警部は仕事に戻っていったが、他3人はまだ残っていた。なので、オールマイトも含めて、緑谷のお見舞いに行くことにした。連日の戦闘で限界をとっくに超えていたが、更に新しい"個性"も発動し、身体への反動が大きすぎて戦闘直後は死んだように眠っていたものの、昼も過ぎた辺りにようやく目が覚めたようだ。
男4人、緑谷に与えられた個室に行くと……そこでは、緑谷の母が出久に林檎の皮を剥いているところだった。
「あっ……オールマイト!? そ、それにグラントリノとサー・ナイトアイに……」
「デヴィット・シールドです。はじめまして、Mrs.ミドリヤ。イズク君のヒーロースーツやガジェットを作らせていただいています」
ゾロゾロと個室に入っていくと、引子は恐縮したように隅に寄り頭を下げる。その態度に、逆に男連中が慌ててしまう。
「あ、ああ、お気になさらずに」「ええ、我らはあくまで見舞客ですので」
椅子を持って隅に寄りつつ、腰を下ろす。じっくりと話さなければならない。
「オールマイト……その姿って事は……もう……」
「ああ、私はもう、全て出し尽くしてしまった……だから少年。次は――君だ」
改めて聞くと、涙が溢れる。オールマイトはもう、戦えない。そして、彼に託されたのは、かけがえのない力と、平和への想い。だから、応えなくてはいけないのだ。涙を無理やり止めて、拳を握る。
「―――はい!」
万感の思いを込めて。もう大丈夫だと。休んでも良いのだと。平和は、自分が守るのだと決意を込めて。平和を守るために、どんな事でもするヒーローの目。その決意に、男4人は安心したように頷こうとして――
「――また、戦いに行くんですね、出久は」
引子が、ポツリと呟いた。とても心配していて、声が震えている。
『!』
「ずっと"無個性"だったこの子があなたの弟子になって、雄英にトップの成績で入学できたって聞いた時は嬉しかったんです。やっとこの子の夢が叶うんだなって。――でも」
頭によぎるのは、入学してから、夏休みまでのほんの短い間。USJで襲われたことを皮切りに、恐ろしいヒーロー殺しや、I・アイランドでのテロリストに、今回の合宿での襲撃。何故、息子たちばかりがこんな危険な目に遭ってしまうのか? そして何より――
「出久は、あの場所に居たのでしょう?」
『!!』
リカバリーガールのお陰で回復したと思ったら、また疲労困憊で運ばれてきた。熱を出しうなされ、とても苦しそうだった。そして、理解する。――あの、恐ろしい戦いの只中に居たのだと。
「出久は……出久は、まだ16なんですよ! まだ、ヒーロー科に入学したばかりなんですよ! なのに、なのにここまで恐ろしい目に合わなければいけないんですか! これ以上、まだ未熟なこの子を危険な場所に追いやらないといけないんですか! 出久の向かう未来が、ヒーローになれる代わりにあんな血みどろの未来かと思うと、私……私……」
涙を溢れさせる引子に、皆が一様に沈黙する。それは、親としてあまりにも当然の心配。プロヒーロー達が揃う雄英で、保須市で、I・アイランドで、合宿場で、何よりも神野区で。何故、息子がここまで危険な目に遭うのだろうか?
「正直――今の、この危険な雄英高に息子を預けられるほど、私の肝は据わっておりません」
涙ながらに訴える引子に、何も言えない5人。母親の気持ちをないがしろにしてきた当然の帰結。強いから、資格があるからと、戦いへ引っ張り込んだ大人たちは、掛ける言葉が見つからない。
「お母さん……」
「あなたがどれだけ素晴らしいヒーローでも関係ありません。ヴィランに襲われてまともに授業を続けられない……生徒の大怪我を止められない……戦いに巻き込む……そんな学校に、これ以上通わせたくない。私は……」
この言葉に、グラントリノとサー・ナイトアイが更に深く俯く。オールマイトが助かるかもしれないからと、戦いに巻き込んだのは主にこの二人だ。尚更、向ける顔がない。
「モンスターペアレンツかもしれません。でも、モンスターでいいです。私は出久の夢を奪いたくないんです。どうしてもヒーローになりたいなら別に……雄英でなくても、ヒーロー科はたくさんありますよね」
だが、出久は一切迷いなく言い切る。
「いいよ」
『!?』
「雄英でなくたって良い。職場体験で、ヴィランから救けた人達が笑ってお礼を言ってくれたんだ。火事から救けた人が、泣きながら命の恩人だって言ってくれたんだ。合宿の時救けた子から――ヒーローどころか"個性"すら嫌ってた子が、ありがとうって言ってくれたんだ……」
オールマイトに憧れた。あの人に憧れた。救ける姿が、かっこよかった。救けられた人の笑顔が素敵だった。そして、その笑顔は、自分にも向けられるようになった。それが、凄く嬉しかった。
「雄英でなくたってどこだって……いいよ! 僕はヒーローになるから!」
それは決意。憧れが、ただの憧れでなくなった者の願い。そして、出久が――ゴージャスグリーンが素晴らしいヒーローになれると確信しているからこそ、4人の大人達が頭を下げる。
「お母さん、出久少年には素晴らしい才能と意志が有ります。それを見た時、私は喜びました。私の後継に相応しい……平和の象徴になれると、私だけでなくここに居る我々4人が確信しております」
「っ……!」
オールマイトの……平和の象徴たちからの深い信頼。それが、心をまたざわめかせる。
「彼の強さに甘え、まだ子供である彼に寄りかかっていた事を、深く謝罪します。そして、雄英教師としての懇願です。確かに私の道は血なまぐさいものでした……! だからこそ、彼に同じ道を歩ませぬよう、横に立ち共に歩んでいきたいと考えております。それに、雄英には素晴らしい彼の友人たちが居ます」
「オールマイト……!」
「"今の雄英"や、我々に不安を抱かれるのは仕方のないことです! しかし、雄英ヒーロー達もこのままではいけないと……変わろうとしています! どうか"今の"ではなく、"これから"の雄英に、そして我々に目を向けて頂けないでしょうか……!!」
社会的地位の有る大人たちが、揃って出久の為に頭を下げている。それほどまでに、出久の存在は大きくなっていたのだと改めて感じる。
「出久少年に私の全てを、注がせてはもらえないでしょうか!!」
「無論、我々も全力で彼の手助けをさせていただきます」
サー・ナイトアイが。
「この老骨の命ある限り、彼を支えることを誓います」
グラントリノが。
「ともに戦うことは出来ませんが、私の持つ全ての知恵と技術を使い、イズク君をサポート致します」
デヴィットが。それぞれの言葉で誓う。そして、最後にオールマイトが。
「この生命に代えても、守り育てます」
その言葉に、へたり込む引子。
「……やっぱり、嫌です……」
その口から出たのは、拒絶の言葉。それに、皆が気落ちする――が。
「だってあなたは、出久の生きがいなんです。雄英が嫌いなわけじゃないんです……私。出久に……幸せになってほしいだけなんです……だから。命に代えないで。ちゃんと生きて、守り育てて下さい」
それは、己を犠牲にして戦い続けてきた男に向けられた、願いの言葉。ただ、生きてほしいと言われた。
「それを約束して下さるのなら、私も折れましょう」
その優しさに、また4人一同が深く頭を下げる。
「約束します」
次代の、希望――。その彼の双肩にかかる想いは、とてつもなく重かった。
に、日常回に行きたいけどこれも必要な回……引子さんの心配の量は原作とどっこいどっこいですかねえ……?