"個性"とは手足の様な物だ。生まれながら、あるいは幼い頃に発現して能力を己の体の一部の様に操れるようになる。初めは意識しながら、そして段々と無意識に、そして他の行動をしながらと、その技術は徐々に熟練していく。使えば使う程に能力が上がるのもまた四肢と同様だ。そしてだからこそ、ここまで遅く発現してしまった力は操るのがとても難しいのだ。
「ふぅ――、ふぅ――」
緑谷は、腕から"黒鞭"を出してひたすらに基礎動作を繰り返していた。様々なセメントのブロックを持ち上げる、四角いブロックを積み重ねる、または左右別々に鞭を出すなど、やっている事は只管に地味だ。だが、そんな動作でも高い集中を必要とし、また時々落とすなど不慣れな様子を見せていた。まるで、始めて自転車の補助輪を外した時の様に、おっかなびっくりと何度も失敗を繰り返しながら、動作を学んでいく。
脳無を相手にした時は、心の動くままに力加減も数も何もかも滅茶苦茶だったが、そのお陰で拘束も出来た。だが、その反動は凄まじく体中に痛みが走ったものでまたリカバリーガールの治癒を必要としてしまった。だから、今は限界を見極める段階だ。操れる鞭の数、強度、持ち上げられる重さ――様々な事を一つ一つ確認していく。皆が必殺技に磨きをかけている横で行う、とても地味な作業。だがしかし、これも受け継いだ力の一つ。ワン・フォー・オールを継承した一人の大事な力。厭うことも飽きる事も無く、真摯に訓練を続けていた。
「出せる場所は体中何処からでも出せる。でもやっぱり手からのほうが動かしやすい。黒鞭自体も太くしたり鋭くしたりして色々な攻撃の手段として使えそう。それに形も変えられるから手の平みたいにして腕みたいな使い方も出来る。長さも自由自在でものを引き寄せたり逆に僕の体自体を移動させることも出来る。うわこれは凄い応用力だ……網みたいにも出来るだろうしネットみたいにしてけが人を運ぶのにも使えそうだし、たくさん出せば一度に沢山の人を運べそう。僕はオールマイトみたいな体格がないから沢山の人を運ぶ時の手段が悩みだったけどこれなら何とか出来るかも?でもまだ技術が追いついてない……いや体に貼り付けるように短く固定すればなんとかなるかも?出来る限界も測らないといけないけどどうやったら少ない労力で目的を達成できるかも調べないといけないし……そうだ、シンリンカムイの技も参考に……それと身近な人だと塩崎さんもだ。是非教えてもらわないと。それと昔のヒーローノートにも技がたくさんあったな。そうだ、それにアメリカのマンスパイダーの技も参考に……」
地味な訓練なので隅っこの方で行っているが、同時に凄まじい勢いでブツブツ呟いている。最初は引かれたがもうクラスメイトは慣れたもので生暖かく見守っている。と、そこへ痩せた一つの影が。
「やぁ、少年、精が出るね」
「あっ、オールマイト、怪我は大丈夫なんですか?」
両手の黒鞭でトゲトゲしたブロックを持ちながら緑谷が振り返る。ギプスを巻いて釣られた腕が痛々しい。
「HAHAHA、皆が必殺技の特訓をしていると聞いて居ても立っても居られなくてね。一通りアドバイスをしてきたところさ」
どうやら、既に他の皆のところを回ってきて最後に緑谷の所に来た様だ。没頭しすぎていて、オールマイトが来た事すら気が付かなかった。
「……ところで緑谷少年、その力だが……」
当然、気になるのはその力の事。メールや電話では万が一のことが有るので、こうして直接話すことにしたのだ。
「――ワン・フォー・オールのかつての継承者の人が、あの戦いの時に話しかけてきたんです。決着を先延ばしにしてすまなかった、この力を使えって語りかけてきたんです。"黒鞭"って言う個性の様で、今までずっと力を蓄えてきたみたいで僕の時に開花した――って感じ何だと思います」
「かつての、継承者の"個性"!」
継承者の自分ですら知らなかった受け継がれてきた個性。それが目の前の少年に発現した。それがどれほどの衝撃か。しばし、言葉を失うオールマイト。
「そうか、まだ知らない力が眠っていたのか……。君の時に現れたということは、きっと何か意味が有るのだろう。――未来を頼むよ」
既に、自分は守られる側になってしまった。そして、もう戦うことは出来ない。時代の移り変わり、寂しさ、無力さ、頼もしさ、期待――様々な感情がオールマイトの胸に吹き荒れる。
「はい、任せて下さい」
そしてそんな心情を推し量ってか。安心させるように、そして意思を継ぐと言うように、とてもほっこりする笑顔で返事をするのだった。
「フヘエエエ、毎日大変だァ……!」「圧縮訓練の名は伊達じゃないね」
訓練が始まってから数日経った後の夕刻、1階ロビーでは今日も今日とてゆったりした時間が流れていた。全員私服で、何かつまんだり飲んだりしながらの談笑タイムである。キツイ毎日の中の数少ない癒やしだ。
「おーい、できたぞー」
と、いい香りを漂わせながらロールケーキを大皿に乗っけて持ってきたのは砂藤だ。週に一度シュガーマンのシュガータイムとの事で、お菓子を作ることにした様だ。
「セットで紅茶もどうぞ」
付け合せは、八百万家から持参した高級茶葉の紅茶で有る。途端に群がる甘い物好きな女子たちとカロリーに飢えている男子達である。
「甘ぇ、ウメェ!」「美味し~♪流石シュガーマンだよね」「これ、店で出せるんじゃね?」「学園祭とかで出すのも面白そうだよな!」
「へへっ、どんどん食ってくれよな」
砂藤も照れつつ嬉しそうだ。親元と離れて少し寂しい気はするけれど、それ以上に仲間と一緒の生活はまた楽しいものだ。
「あっ、すみません、印照さん、本当に有難うございます」
「そういや轟、お前ら3人あの時何で呼ばれたんだ?」
ふと思い出したかのように瀬呂が呼び出しのことを聞く。大なり小なりみんな興味が有ったのか、聞き耳を立てる一同。
「……悪ぃ、口止めされてる」「ッス!」
「うわ、マジか。じゃあ仕方ねーな」
が、生徒たちに試練を課すことに余念が無い先生たちだ。3人の不参加はギリギリまで伏せるらしい。よって、話すことは出来ないのだ。
「しっかし、思い返してみると今年は夏らしいこと全然してない気がする」
「だねー……。合宿に寮生活に特訓の毎日にって本当に大変だったし」
「流石雄英高校だよな。スケジュールの詰め方が中学と全然違うわ」
合宿の女子会の時でも少し話題が出たが、日本一のエリート校だ。色恋沙汰に青春にと楽しむ暇が殆ど無い。だが、それではあんまりとの事で土曜は午前だけ、日曜は休みにしてくれる様だ。
「次のお休み、何をしようかしら」
「そういえば外出する時は行く場所とか報告しないとダメなんだよな。ちょっと窮屈だわ」
「それは仕方ないだろう。ただでさえ入学当初から狙われているのだからね」
「彼女……彼女が欲しい……」「出会いは何処だ……」
オールマイトが引退してから、徐々に世の中が変わり始めている。そして、自分達もその渦中にいるのだと薄々気が付き初めている。だからこそ、楽しめる時は楽しもうとしているのだろう。
「それじゃあ、予定空いてるか聞いてみますね。じゃあ、また」
Pi、と通話を切り緑谷も匂いにつられてやって来た。
「お、緑谷、お前も食え食え」「うん、ありがとう!」
砂藤から切り分けたロールケーキを勧められていそいそと食べ始める。その表情に満足そうに頷く砂糖。そして口の中の甘みを紅茶で洗い流してからおもむろに口を開く。
「そうだ、峰田君、上鳴君、瀬呂君、次の日曜日予定空いてる?」
「ん? 空いてるぞ?」「何か用か?」「暇だけどどうしたんだ?」
3人共どうやら暇なようだ。その返事を見て、良かったと安堵する緑谷。
「あ、良かった。ほら、前に言ってたよね、聖愛の人紹介しろって」
『へ?』
その言葉に、固まる1-A一同。聞かされた3人だけでなく、周りで聞いていた全員もあまりの事に一瞬固まる。
『えええええええええええええええっ!?』
そして叫び声までタイミングもバッチリ合っての大合唱である。こころなしか寮が揺れた気がする。
「うおおおおおおっ! 良くやった緑谷あああああっ!」「心の友よっ!」「マジか……本当に紹介してくれるとか言ってみるもんだわ」
感激のあまり峰田と上鳴は泣きながら緑谷にひっつき、瀬呂は頷きつつもニヤつきが止まらない。
「あ、あはははは……喜んでくれて良かったよ」
I・アイランドとかでも頑張ってたし、これくらいの役得は良いよね、と喜んでくれた事に満足気な緑谷であった。
なお後日
「緑谷ぁ! 俺にも紹介してくれよ!」「あの3人だけずりーぞ!? 俺にも紹介してくれ!」「A組にばっかり紹介してB組には紹介してくれないのかい!!」「聖愛のお嬢様ですか! 私も興味がありますぞ!」「深遠なる闇……だが時には色の香りが有っても良い……自由とはそんな物だろう?」
「こ、今度また聞いて見るから落ち着いてええええええっ!?」
と、A組B組の男子組に詰め寄られたのであった。
―――以下いつかやってみたいおまけのネタ―――
I・アイランドのデヴィット博士の研究室。そこは世界最先端の"個性"科学の研究が行われている場所でも有る。そして今、研究されているのは移動系の"個性"であった。オールマイト、そしてゴージャスグリーンに敵対する組織には、空間を飛び越えて移動することの出来る個性が複数目撃されている。そのお陰で、ヴィラン連合は少数ながらも転々と場所を変え逃げ延びているのだ。
基本、"個性"は再現が凄まじく難しい。一人一人能力が違い、また似た物は有っても完全に同一、というのはそれこそ一卵性双生児等の極一部の例外に留まる。が、個性にまつわる現物が有れば解明は進むかもしれない。幸い、神野区の時に、転移した時に発生した黒い液体のサンプルを送ってもらえた。新しい研究対象に心が踊ってしまうのは、研究者の性だろうか。
「ど、どうも、お邪魔します」
「あ、パパ、調子はどう?」
「やあ、メリッサ。それにイズク君。新しいスーツやガジェットの調子はどうだい?」
そんな事を考えていると、スーツの調整を終えたのか緑谷とメリッサが研究室に入ってきた。調子が良かったのか二人共表情は明るい。
「は、はい、凄くいい感じです! 黒鞭に合わせてあちこちカスタマイズもされていますし、ガジェットも細かい点が改良されてて凄く使いやすくて!」
「データもバッチリ採ってきたわパパ」
二人の様子に嬉しそうに目を細める。オールマイトはもう戦えなくなってしまったが、その後継者も、そして自分の娘もしっかりと育っている。その内抜かれてしまうかもしれないな、と思っていると突如アラームが鳴り響く。
「ななっ!?」「パパ、どうしたの!?」「これは、一体……!?」
慌ててモニターを確認すると、そこには見たことも無い異常な数値が現れ、また黒い液体が沸騰したかのように暴走している。そして、そのまま容器から溢れ出ると、そのまま3人を飲み込み――後には静寂だけが残った。
「ぷはっ!? ここはっ!?」「ゲホッ、ゲホッ、い、一体何が起きたっ!?」「う、うぇぇ……酷い味……」
ほんの数秒後、3人は研究室とは全く違う場所に飛ばされていた。慌てて周りを見てみると、どうやら街中のようだ。緑谷には全く見覚えがないが、デヴィットには何となく似ていると思える場所が有った。
「ここは……ニューヨークか? しかし、前に見たときと大分様子が違う様な……」
訝しげに周囲を見てみる。まず目に付くのは車だ。だが、随分と旧世代な車が多い気がする。いや、車だけではない――と、考え事をしていると、途端に、複数の爆発音。そして、上がる複数の悲鳴。
「きゃっ!?」「な、何だっ!?」
緑谷は慌ててヘルメットを展開すると、情報収集を始める。そして聞こえる飛行音。その姿をHALと共に視界に捉えるが、その姿も乗り物も今まで見たことも無い物だ。しかも、統一されている。
"未知の成分及びエネルギー源を探知。恐らく、地球由来の物では有りません"
「はぁぁっ!? う、宇宙人!?」
その分析に人生でもトップクラスの驚愕をするが、とりあえず今分かっていることは、その宇宙人に人々が襲われているという事だけだ。
「デヴィットさん、メリッサさん、物陰に隠れて!」
そう言うと、飛び上がり手近な1体を殴りで地面へ叩き落とす。数は沢山、状況も場所もさっぱり分からない。でも、そんなものは誰かを救わない理由になりはしない。
ゴージャスグリーンを驚異と見たか、異形の宇宙人達は緑谷を囲み始める。だが、それに臆する事も無い。
「さあ、僕が相手だ!」
地面を蹴り、先手を取って端から殴り、蹴り砕き、投げて吹き飛ばし、投擲で無力化する。圧倒的な科学力を持つ筈の宇宙人が、ただ単純な暴力に蹂躙されていた。
そして――
「おい、何だありゃ? あんな奴見たことが有るか? データにも無いぞ」
宇宙人を引きつけながら、上空からその戦闘を見下ろす
折角の夏休みだし、何かイベントが欲しいと思って休みの日を入れてみました。ずっと訓練漬けというのも大変ですしね!
しかし、クラスメイトが集まるシーンだと中々口調の書き分けとかが大変だ……と言って台本形式にするのも問題ですし。うーむ、精進せねば。
そしてネタの方ですがやってみたい事がめっちゃ多くて困る……!
好評だったらこぼれ話の方で短編としてちょくちょく載せてみようかな?