ハルヤは大きく息を吐いた。
めずらしく自分に声かけてきたカラス頭の少し手伝ってくれという話をやすやすと乗ってしまったのが運の尽きだろうとハルヤは苦笑する。
アモンがキッチンの奥から持ってきた大きめのザルに山盛りの栗が5つ分。
それがキッチンカウンターに並んでいた。
まさか、全部の栗を剥くんのかと聞くと、意気揚々と頷いたカラス頭に思うところがあるものの引き受けた以上。ハルヤは長い黒髪をひとまとめに結びなおし気合い入れなおす。
今、この店にはカラス頭の店主と自分と戦力にならないだろう幼い双子だけだ。
こんなことならラタトクスかアインに声をかけるべきだったか……後悔してもう遅いが―――
昨日、店を休んで山に出掛けたアモンと灰色の双子が帰ってきた時、やけに機嫌が良かった事を思い出した。
その結果がこれなのだろう。
カウンターの向かい側には褒めて褒めてと見つめてくる双子がいる。
頑張ったと労うように撫でてやれば、ふたりとも目を細めて嬉しそうに笑っていた。
いつもはおマセな双子で少々ハルヤにとっては苦手な相手だが、こういう時は子供らしくて可愛い。
「さぁ、始めるぞ。ハルヤ!あー忙しい!渋皮煮と甘露煮とマロングラッセの食べ比べセット、モンブラン、栗羊羹を作るからな!!ふふっお前が皮剥きに失敗した分は今日の夕飯の栗ご飯に化けるから程々に失敗してくれると嬉しいな!あ、栗おこわのほうが好きか?」
すこぶる上機嫌なアモンの口から次々と料理名が飛び出してくる。双子も「栗ご飯が良い」「栗おこわが食べたい!」と囃し立てる。このカラス頭は一度こうなってしまうともう止まらない。
このままでは手伝いをする前に気疲れしてしまいそうなのでハルヤは希望を込めて、再度、栗の山を見ながら訊く。
「……楽しそうだな。アモン。これは今日終わるのか?俺、つーか失敗前提なの?」
「何言ってるんだ?終わらせるんだ!まずは渋皮煮の下ごしらえだ。ほら、こうやって、栗のお尻ほうをザラザラしたところから渋皮を傷つけないようにきれいに鬼皮を剥くんだ」
さも当たり前のように終わらせると宣言したアモンはハルヤに手元を見せながら慣れた手付きで栗の鬼皮を剥いていく。
すると彼の手中には綺麗に渋皮ついた栗があらわれた。
それを見た双子にパチパチと称賛の拍手をされるとアモンは得意げに胸に手をあて優雅な礼をして応えてみせた。
そしてそのクチバシをしゃくりあげてハルヤにやってみろと促してくる。
色々とツッコミたい……
けれど目の前の栗の山を減らすことに集中することにしたハルヤはしぶしぶ包丁を握って鬼皮を包丁を入れると思っていた感触よりも柔らかい。
「ん?意外と思ったより硬くないな。こんくらいなら腱鞘炎ならずに済むか……げっ!渋皮までむいたか……」
「ああ、一晩、水に漬けといたから多少は剥きやすいと思うぞ。あと、それは渋皮をきれいにむいて甘露煮行きだな」
「はいはい、了解」
初めからうまくはできないのは分かってはいるがなかなか悔しい。
失敗しても使い道はあるのは良いが、仮にも頼まれているから失敗は少なくしたい。
ハルヤは渋皮をきれいに剥いて次に取り掛かる。
「まぁ、渋皮煮の分はザル一杯分あればいいから気楽に剥いてくれ」
作業に集中し始めたハルヤにそう声かけると、アモンも栗の山に手をつけだした。
♦
栗をむき始めた頃は昼間だったがもう西日が射す時間。窓の外はだんだんとオレンジ色に染まってゆく。
手づかずであった栗の山盛りのザルはあと1つとなっていた。
カウンターに立って作業するのが面倒くさくなった男二人は客席のテーブルに向かい合い座って栗をむいている。
双子も最初は興味深そうに見ていたが手伝いも出来ないのを知ると、つまらなそうに何処かに遊びに店から出ていった。
「そろそろ手が痛いな……あとめっちゃベタベタする」
「もう、少しだから頑張れ。こういう作業は嫌いでもないだろう?」
「まぁ、好きなほうだけど、量に限度ってもんがあるだろう……はぁ……」
文句は言うが作業する手は止めないハルヤを律儀に思いつつ、アモンは労うように言う。
最初こそ大量の栗に慄いていたが、たった5、6個の栗を剥いてコツを掴んでしまうあたり器用な男なのだろう――――頼んで正解だったとアモンは悦に入る。
もしラタトクスだったらこんなに早く終わるどころか途中で逃げ出すに違いない。アインも真面目してくれるだろうが、やっぱりハルヤに比べると遅いだろう。
「アモン。手が止まってる。もう早く終わらせようぜ……夜中までやるのは勘弁してくれ」
「あーすまん。ハルヤがとても優秀だから。ほん少しサボってしまってようだ。では、あとは頼んだぞ」
もう栗なんてうんざりだと言うハルヤには可哀そうだが、そろそろ夕飯の仕度をするために、アモンは立ち上がりハルヤに向かって清々しいほどのウィンクする。
「おいっ……そんなんで!誤魔化されないからな!」
「大丈夫。ふふっハルヤなら夕飯が出来るまでには終わるさ」
「はぁーーー!!無理っ無理だって!」
片手をあげてよろしくと調理場に向かうアモンを見て悲痛な叫びをあげるハルヤに思う。
彼はきっとなんだかんだで残った栗をきれい片付けてくれるだろうと。
♦
「ただいまー!あら、いい匂いがするのね!」
ご飯の炊きたての匂いに混じる少し甘い香りに心躍らすのは銀髪の美女だ。
「丁度良かったよ、ミスティ。そろそろ栗ご飯が蒸らし終わるところだよ」
「栗ご飯!この季節だから食べたかったのよねー!すごく楽しみ!!」
満面の笑みで嬉しそうにカラス頭の店主とミスティが会話するの後ろでは気まずそうに男三人が話をしている。
「ハルヤさん、大丈夫ですか……?」
「おーい、生きてっかーこりゃ拗ねてますな」
青い髪の少年アインが心配そうにしてるのに対して白髪の痩せ男は面倒くさそうに黒髪の青年の頭を指でつついている。その様子に青髪の後輩はラタトクスを咎めるように見ている。
普段ならその指を掴んで払うハルヤが投げやりテーブルに伏したままで……今度は頬を摘まんでひっぱってみる。それはそれとしてハルヤが反撃しないなら遊んでみたいのがラタトクスだ。
「どうしちゃったわけ?そんな死んだ魚の目してるとミスティに嫌われちゃうって――――あっすいません」
ハルヤは言葉を発することすら怠そうにその視線だけ、ラタトクスに向けている。
いつもの気怠けなように見えるが、ほん少し、虫を殺すような剣呑さも入ってるのが怖い。
「はーい、みんなーご飯よ!今日は栗尽くしなのよ!さあ、皆手伝ってね…って?あれ?どうしたの?」
そんな空気を読まないミスティはキョトンとこっちを黙って見てる男三人を怪訝そうに首をかしげる。
「いや、なんでもないよ。手伝う」
「あっ!俺も手伝います!!」
そんなミスティに脱力したのかハルヤは大きく息を吐くと椅子から立ち上がり、カウンターに料理を取りにいく。それを見たアインも慌てて続く。
ラタトクスも向かおうとするがミスティに呼び止められる。振り向くとクスクスと笑う彼女がいた。
「ハルヤは今日慣れない事して疲れちゃったみたいなの。だから程々にからかうのはよしてあげてね」
「分かってたのかよ……もう少し早く止めてくんない?俺けっこうヤバかったんだけど……」
おどけるように両手で肩を抱き怯えるラタトクスに「あら、自業自得よ」とミスティはニコニコと微笑む。チラリとテーブルを見ると配膳は終わったようだ。
ハルヤは早々に席につきミスティを隣の席に手を振って誘う。
ミスティは今日1番の頑張り屋さんを労おうとテーブルに向かう。
事務所に新人が入ってから、さらに会計処理に頭を悩ませているハルヤを気分転換をさせたいとアモンに相談したのだが悪かったのだろうか……
でもいつもよりはいくばくか顔色は良さそうなので成功はしてたら良いなぁと隣に誘ってくれる彼に優しく微笑んだ。
しばらくはハルヤは警戒してアモンさんのお手伝いしないんじゃないかなーと。
でもこういう細かい単純作業大好きなハルヤさん。