『お題bot理想幻論』様にてお借りしました。
「やぁ、元気だったかい?」
ハルヤは仕事の息抜きにと街を散歩していた足を止める。声を掛けられたほうを見れば、ニコニコと笑う見知った顔がいる。父親譲りの白金の髪に母親譲りの優し気な雰囲気がある丸眼鏡の好青年。最後に見た壮厳な祭服とは違い、今は三つ揃えのスーツにフロックコートを羽織って品良く着こなしている。
しかしこの街には居るはずのない人物だ。
その姿に思わず、ハルヤは眉間にシワを寄せる。
「何です!その顔は!久々の幼馴染の再会にそのしかめっ面は無いでしょう?!」
幼馴染と言うが彼は、フォルセはハルヤよりも年上だ。しかも甥っ子にあたる。
普段は涼しげな知的な青年だが気心が知れた相手だとネジが緩み、突拍子もない行動に出ることもある。街なかでは迂闊に言えない超がつくお偉いさんではあるのだから、もうそろそろマジで落ち着いて欲しい。
「いや、これから起こる厄介事に巻き込まれると思うとな……はぁ、帰れ帰れ」
「ええ〜せっかく来たのに……今日は大市と聞きましたよ。是非とも買い食いをしたくてですね!!」
無邪気にキラキラ楽しげに詰め寄る青年をウンザリしたように追い払うハルヤの姿は子供に振り回され気疲れした保護者のようだ。
「そういえば、いつもの馬はどうしたよ?」
馬というか、秘書と言ったほうが良いだろう。
フォルセの神経質な癖にもめげない真面目な男だったとハルヤは記憶している。
この周囲を見渡せば、フォルセは1人のようだ。
悪い予感がする。
流石に護衛なしでほっつき歩くのはやめて欲しいところなのだが……。
「ああ!グラネですか?ちゃんと巻いてきましたよ」
「おい待て。今、なんて言った?」
花が飛びそうな笑顔で言ったフォルセの台詞が信じられなくてもう一度聞く。
「だ・か・ら、警備から抜け出して来ましたよっ」
「そうか、そういう思いっきりの良さはお義姉さん似なんだなぁ………!」
ハルヤの願いは儚いモノだったらしい。
むかし置いてきたであろう思い出と疲労感が一気によみがえる。これから来るであろう街中を巻き込んだ壮大な鬼ごっこを想定し、ハルヤはその場でしゃがみこんで髪を乱して頭を抱える。治ったはずの偏頭痛がぶり返しそうだ。すごい面倒だ。とても面倒だ。
「まあまあ、きっと大丈夫ですよ。ヴァーリの事は内緒にしますし、私が勝手に抜け出したので、レーラズの警備隊の皆さんにはご迷惑はお掛けしますけど、お咎めはないようにしますから。」
フォルセはハルヤを安心させるように背中を優しく叩く。見上げれば、さっきの子供っぽい表情とは打って変わって理知的な大人な顔をしている。とても現在進行形で迷惑をかける奴には思えない。
「当たり前だ……あとヴァーリじゃなくハルヤな」
まだ頭痛がするような気がするが、このくらいで気にしているようでは彼の幼馴染は務まらない。
とりあえず落ち着くために煙草を吸おう。
隣から嫌そうな目線を感じるがこの際は無視だ。
「ハルヤですね。了解です。あとは薄々気づいていると思うのですが……久々に鬼ごっこをしましょう?ちなみにオレルス殿には許可済みです!」
「おいおい、レーラズ総督官まで巻き込まれてるのかよ……たかだか、買い食いのために」
「彼も愉快犯なところがあるからね。警備隊の機動力を調べたいらしいのですぐにOKでましたよ」
オレルス・オクソール。レーラズ自治区の総督官で、一見穏やかそうだが目の奥には強かな狡猾さを隠す老紳士。めずらしくアモンが知人に似てるからと理不尽な理由で嫌う人物だ。オレルス本人は仲良くしたいらしいが……まあ、それはさて置き、どうせ断われないなら仕事にしてしまえば良い。
「で、報酬は?」
「はぁ……久々の幼馴染の遊びにビジネスライクはよろしくは無いとは思いますが、成功報酬はプロメンガト産の煙草1カートンでどうでしょう?」
まったく情緒が無いと呆れたようにフォルセは言うが、こうでもしないとやってられないのだ。
「なんでお前らは煙草で俺が釣れると思ってるだろうなぁ……1カートンじゃ足りない。せめて10な」
「いいえ、3です」
「じゃあ、7は?」
「ほんと身体に悪いですよ……しょうがないですね。後日、グラネに6カートン届けさせましょう」
ハルヤにとって煙草は必需品だ。仕事の止め時に必要なモノだ。特にプロメンガト産の煙草は手に入り難いので有り難い。これ以上駄々を捏ねると今度はフォルセの機嫌を損ねそうなのでここで交渉は切り上げる。
「取引成立な。そんときは駅前に持ってきてくれよ。彼女に一応は煙草はとめられてるんだ」
ハルヤは煙草を携帯灰皿に押し付けて火を消す。どうやらこちらに向かってくる足音がいくつか聞こえてくる“鬼ごっこ"が開始されたようだ。
「さて何軒食べれると思います?最低は3軒くらいは行きたいもんですね〜」
「はいはい、ご希望に添えるように頑張るわ……ほんとワガママな客だ」
能天気な彼に呆れつつもハルヤはフォルセの手を引いて走り出す。まずはお客様の要望に沿って大市を目指し、ハルヤは目隠しのルーンを宙に描いてそっと呟く。すると2人の姿は町から見えなくなった。