口に含んだ角砂糖が砂粒のようにザラザラと舌にさわる感触にヘズは顔をしかめる。
角砂糖も甘いは甘い。それは長続きはせずに消えてしまう。口の中に甘さが消える前に、次の角砂糖を放り込むが味気なくかえって不満が残る。
そう考えている間に手を突っ込んだ角砂糖を入れた陶器の底にヘズの指先があたる。どうやら食べついくしてしまったらしい。近くにいるであろう従者に不満げに顔を向ける。
「そんな不満そうな顔したってダメです。その机の上にある書類の山を片付けるまでは逃しません!」
どうやら従者はご立腹らしい。
ヘズが仕方がないと諦めて書類を触ろうとすれば、従者に砂糖の付いたベタベタの手で触らないでくださいと嫌そうに手拭きを渡される。無断で仕事を抜け出してレーラズに行ったのが不味かったのか。帰ってきた途端にタイミングを図ったように首根っこを掴まれて、ずるずると引きずられて書斎へと無理やり連行されたのだ。
「えーだってこの書類さぁ。ボクである意味があんの?いつも通りさ。セブンがやってくれれば良いのに……」
盲目のヘズには見えはしないが、目の前に迫りくるように机の上に積み上げられた書類に圧迫感にうんざりする。嫌々ながら1枚とって指を滑らせて僅かな紙の凹凸をたどり、サインを書くであろう位置に魔法で火花を散らせて自身の名前を焼きつける。
ああ、甘さが足りないと爪を噛む。
昨日はそこまで書類は溜まってなかったはずだ。なのに1日でこんなに増えるものなのか。
そんなイライラを隠そうもしないヘズを見ていたセブンは面倒そうに溜息をつくと、これ以上ヘズが不貞腐れないように経緯を説明し始めた。
彼の話す声色に苛立ちと面倒臭さが含まれている。
「枢機卿の方々が是非とも盲目の神子であるヘズ様のご署名が直々に欲しいとの事で――――」
ああ、枢機卿の爺さん達か……大人しく地位にしがみついて甘い蜜でも吸ってればいいものを。あの優しい甥がしっかりしないからつけあがる。
神子を補佐する機関と言いながら何かにつけて文句ばかり言う奴らだ。どうやら従者は話すことはないと何度も追い返しているが、とうとう彼らを閉め出す理由がなくなって、この面倒な書類たちを押しつけられたらしい。
「はぁ〜ボクの名前を使って好き放題やりたいってコトねぇ。書類に書いてある事が見えないからって、バレないって思ってのかな〜。悪意は読めるんだけどねぇ」
もともと従者任せなヘズが周囲から仕事が出来ないとバカにされたり、舐められるのは日常茶飯事だ。ヘズもある程度は気にもしない。
「だが、こうやって無意味な仕事を増やされるのはいちばん嫌いだ」
書類の山の側面を指先で撫でて、何枚か引き抜く動作をすれば、欲にまみれな書類は引き寄せられるようにヘズの手元を集まった。それを数枚ひき抜いて一気に灰へと変える。多少の八つ当たりは大丈夫だろう―――
どうせ。セブンが何とかする。
そう思ってた矢先にヘズの額に衝撃が走る。
僅かに指を弾いた音がしたのでデコピンをされたんだろうか。地味に痛い。
「痛っ!」
「それくらいは大目にみますが、これ以上は燃やすと後処理が面倒なんでやめてくださいませんか?大して役には立ってない蛆虫どもですけど、機嫌を損ねると面倒なので諦めて仕事してください……誰が嫌味を言われると思ってんだバカ!」
とうとうセブンが従者として取り繕うとする気は失せたらしい。それを突っ込むと更に甘味が遠ざかるのを知っているのでヘズはあえて触れない。個人的には世界樹の怪物が神に牙を剥けてる様はゾクゾクするんだけどなぁ。そっちのが面白い。
「あー甘味が欲しい。もう何時間たった?」
「まだ30分も経ってないですね。ほら、レーラズでたくさんケーキやらお菓子を食べたんでしょ?十分に糖分は採れてますよね」
「ええ〜キャンディ1個でもいいよぉ。やる気がでないぃ〜ねぇセブンちゃん?お願い?」
「チッ……きめぇなぁ……」
「うわぁ…セブンちゃんコワいよ。女の子に嫌われちゃうよ」
「少なくとも貴方よりもモテるのでお構いなく……これ以上駄々捏ねると一週間はお菓子無しですよ。せっかく今日のお仕事が終わったら、ヘズ様お気に入りの"とっておきのザッハトルテ"をご用意していたんですが……ノルンの方々にでもお裾分け―――」
「やる!仕事するから!ケーキ没収はだめ〜!!」
「それはヘズ様の頑張り次第ですね」
「むぅ……あっそうだ!次の“間引き"はさぁ。此処にしない?」
三日月のように口を歪ませたヘズは手元に残った書類をセブンのほうに渡す。余計な書類をしなくてもいい案を思いついた。角砂糖にまとわりついたアリたちは取り除かなければならない。
「やっても良いですけど、オクソール家の方々は嫌な顔するでしょうね。確かにそろそろ新しいモノに交換するもの必要ですが……」
「大丈夫。不運にも遺骸が彼らの近くにたまたま発生してしまっただけだよ。それにオクソール家がうまく収めることが出来れば彼らの株はあがるでしょう?」
まぁ、頭まで筋肉をぎっしり詰めた若造がどう処理できるかは見物だが……関係ないヘズには預かりしないところだ。
「たまたまね………なら、しょうがないですよね。ではノルン様方々に相談に行くので申し訳ありませんが、ヘズ様のケーキは没収します」
「ええ!?なんで!いい案を考えたよぉ〜!どうしてなの!セブンちゃん!!」
「今からノルン様の許可を取りにいくのに手土産ひとつ無いのはおかしいでしょう?」
「うぅ……」
「とりあえずノルン様の所へ行って来ますので、ヘズ様はその机の書類を片付けておいてくださいね。良い子にしてたら、最近話題のチーズケーキでも買ってきますから」
「チョコがいい……」
「かしこまりました。では、ちゃんと仕事終わらせてるんですよ。今度こそやってなかったら1週間甘味禁止です!」
「厳し過ぎなぁい?」
「誰かさんがサボり過ぎて他の方々にご迷惑をおかけしてるんですよ」
「……分かったよぉ」
ヘズだって引き際は分かっている。
しばらくはこの書類の山から動けないが、多少の八つ当たりは出来そうなので、気分はいくらか晴れている。ケーキを買ったセブンが帰ってくるまでは大人していよう。
ヘズは書類を一枚とって山になった仕事を再開した。