いやぁ、さすがに今回ばかりは肝を冷やしましたね、ははは。
ついに書き手が飽きたかと冷や汗が頬を伝いました。
この作者随分とまあ飽き性なところがありまして、早い話が
いかに私が語らおうとも、皆様には文章として目に入る以上書き手が飽きればそれにて終い。
なにがトリガーかは存じませんが発破をかけてくれていや、よかったよかった。
とまあ、そんな話はどうでも良いのです、物語にはなんの関係もありません。
さて、物語はまた少し時間を進めて行きましょうか。
物語としては起承転結の転、序破急の破を見ていくこととなります。
人生というものは起承転結、激動なんてものが必ずしも起こるものではありませんが、彼女の、こころの周りではそういった事がよく起こります。
少年の、ではなくこころの周りで。
彼女を中心として起きる
少年がこころに巡り合ったのも或いは、その中のたった一欠片のピースにすぎないのかもしれません。
……なんか今日は話がよう脱線しますね。
よくないよくない。
これでは皆さまに無為な時間を過ごさせてしまいます。
火急に物語に移っていきましょう。
「あん? ライブ?」
「そう! それを貴方に見に来てほしいの!」
「CIRCLEってライブハウスでやるんだよね」
いつもの通り、言わずもがな、こころは少年の部屋で目をキラキラ輝かせながら少年にそう語っていました。
今日は美咲も一緒です。
CIRCLEは、少年の家から少し離れた、川沿いに建つライブハウスです。
なんでもそこで、時々何組かのガールズバンド——女子高生たちのバンドグループがライブを開催しているそうで。
こころの『ハロー、ハッピーワールド!』もその中の一つなんだそうです。
今度ワンマンライブを開くそうなので、ぜひ少年に見に来て欲しいと。
まとめるとそういう話を、今日彼女らは少年の元に持ってきていました。
「んー、でもなー……」
美咲に渡されたフライヤーに目を落としながら渋い顔をする少年。
あいかわらず、少年が外出する頻度は以前と比べて少なくなっていました。
この町に少年が越してきてもう一年になります。
その間、少年は体調不良は訴えど倒れたことというのは一度もありませんでした。
一年と、さらに以前の住処でのもうちょっと。
それほどの期間を開けてまた少年を蝕んだそれはなるほど、確かに恐怖感を植えつけても仕方ないのかもしれないと、そう思いませんか?
「来て……くれないの?」
ああ、ああ、そんな捨てられる仔犬のような瞳をして。
人を惹きつける魔性の魅力を持ったそれ。
こころに見上げられた少年は「うぐぅ」と、漫画でしか見ないような音を鳴らしました。
美咲の呆れた顔。
私でもそう思います。
「……や、悪いがやっぱり無理や。できれば今は、外に出たくない」
おお、なんとかそれを振り切ったようですね。
……いや、振り切ったというか振り落としたというか。
そんな、青春ラブコメみたいな単純な話でもないですからね、今のこの状況は。
とりあえず安静にしていれば、病状の悪化はおそらくしないのですから。
「こころ、あんまり無理に行ったらダメだよ」
「でも、美咲……」
「私にそんな顔してもどうにもなんないでしょ……気楽に出歩ける人じゃないんだからね?」
これを聞いて、少年は渋い顔を浮かべます。
美咲が少年を気遣う気持ちはよく分かります。
もし今のこころが少年を失ったら……容易に想像はつくことと思います。
少なくとも今、少年はこころの願いを叶えて安全という保証は無いのですから。
「ねえ」
「ん?」
「あなたのその病気、治すことはできないの?」
それは、今までで一番踏み入った問いかけでした。
根本的な悪は、少年に巣食う病巣。
それさえなくなれば——と。
少年に焦がれる彼女が思い至るのも、当然の話だったのかもしれません。
「さあな」
それに対して少年は、諦めを多分に含んだ、自虐的な笑みを浮かべます。
「それに、治せたとしてもそんだけの金を払う余裕はうちにはない」
これまで治ってこなかった病。それは、単純に難病ということに限った話でもなく、少年の家庭に余裕がないということの証左でもあります。
だからこそ、比較的環境の安定したこの町に越してきたうえで最低限悪化しないような治療をしているのですから。
それを聞いて難しい顔をしていたこころは、急にバッと顔を上げ美咲の方を向きます。
「ねえ美咲! 黒服の人たちなら!」
「え? ——そりゃー、あの人たちならできるかもしれないけど……」
「いや、必要ない」
美咲に治す可能性を語るこころ。
その言葉の意味を理解する美咲。
その言葉を遮ったのは、ほかでもない少年その人でした。
「お前の家はずいぶんデカいし、もしかしたら治す手段もあるのかもしれん。だが、俺は、というかうちはそれに報いることができん。返せるものも何もない以上、それを受けとんのはできん」
ああ、そう。
それは、あまりに冷徹な観点でした。
幼い頃から生と死の境界に立ってきた少年の死生観。
それは、言い方こそ悪いですが、生に不自由なく生きてきたこころと美咲とは決定的に違っていて、そして互いに理解ができないものでした。
「死にたくはないけどそれ以上に親に迷惑をかけては敵わん。俺みたいのをここまで育ててもろた恩もある。莫大な金がかかるんなら、俺は治療は受けんで死ぬ」
少年のあまりに重いその言葉に、部屋の空気が固まります。
美咲はいたたまれず視線を彷徨わせ、こころは俯き肩を震わせ——。
「なんでそんなこと言うのよ!」
部屋に少女の叫び声が響きます。
こころが立ち上がり、少年を見下ろしながら激情を顕にします。
目になみなみと涙を湛えて。
こころの怒声を聞くのは、美咲はもちろん、少年ですら——以前も怒気というよりは子供の癇癪のようなものだったのですから——初めてのことでした。
彼女が他人のために怒るのは、彼女が成長した証でもあり。
だからこそ、驚きました。
「なんで、貴方が一番最初に諦めるの? 貴方の命じゃない! どうしてもっと大事にしないのよ!」
「お、おいこころ?」
「死ぬのは怖いのよ。もう逢えなくなるのよ。私は貴方の事をこんなに大事に思っているのに! 貴方のお母様も、貴方の事をとってもとっても大切に思ってるわ! それなのに、なんで貴方だけそんな事を言うのよ……」
そして、力尽きたのかへたへたと座り込み。
部屋のカーペットに、染みを作っていきます。
その言葉にもまた、大きな重みがありました。
少なくとも、その言葉は理想論でなく。
「こころ、あんな……?」
「そんな人の言葉なんて聞きたくないわ」
「ちょっとこころ!?」
鎧袖一触、取りつく島もなくこころは立ち上がると、部屋を出て行ってしまいました、
取り残された美咲と少年。
少年は、ベッドに体を投げ出し頭を掻き毟りました。
「まぁーたこんなんしとる。アホか、俺は」
「まあ、こころの言いたいことも分かるんだけどね。もう少し生きるのにしがみついても、いいんじゃない?」
「そうは言ってもなぁ」
美咲の諭すような話ぶりに、少年は苦い顔をします。
培ってきた価値観がぶつかりあったとて、少年に非はあったのでしょうか。
二人の主張は、見方によってはどちらも正しいとも見れるでしょう。
大事な人に迷惑をかけたくない、大事な人に生きて欲しい。
ともすれば、結局はどちらも自身のエゴのぶつかり合いで。
だからこそ、どちらも曲げられない主張なのです。
「私もこころのあんなところ見たことないからどうなるか分かんないけど……なんとなく、こころはしばらくここには来ない気がするんだ」
美咲も自身の荷物を手に取りクッションから腰を上げます。
「無理にとは言わないけど——今度のライブ、見に来てくれないかな。こころ、多分理想だけを言ってるんじゃないと思うんだ」
言うだけ言って、美咲は「お邪魔しました」の一言とともに少年の元を去っていきました。
あとに残されたのは寝転がる少年ただ一人。
「あー、クソ!」
腹立たしげに少年は髪を掻き毟り。
そして、スマホに保存していたあるライブ映像を再生します。
そのライブは楽しげで、魅力的で。
生で見れたならどれだけ楽しいだろうと、そう夢想せざるを得ないライブの映像でした。