少年が部屋に取り残され、独りとあるライブの映像を眺めていると。
キィ、と部屋の扉が開かれました。
「ここっ……!」
「こころちゃんなら飛び出していったわよ」
「……母さん」
部屋に入ってきたのは、彼の母親でした。
物悲しそうな表情を浮かべながら。なにが起こったのか、分かっているようでした。
「泣きそうな顔。また喧嘩したのね?」
少年のうるんだ瞳を見て、母さんはそう言います。
「そうじゃなくて……いや、そうなんやけど……」
そう返す少年はしどろもどろ。
事実を否定できないような、しかし事実とは多少差異があるような違和感を、うまく形容できないでいました。
ベッドに母さんが腰かけ、彼の頭をなでながら話しかけます。
「若いうちは喧嘩もしろなんて言うけど。あなた達のはちょっと違うんでしょ? 下まで聞こえてたもの」
そう言われて言うに事欠いたのか、少年は壁の方を向いてなにも喋らなくなりました。
部屋を一時の静寂が支配します。
どれくらい経ったでしょうか。
少年の背を見つめながら、母さんがぽつりと零しました。
「……そんな身体に産んじゃってごめんね」
「ッちゃう! それは違うよ母さん!」
心の底から懺悔するような声に、少年は身を撥ね起こして否定します。
「俺はこんな身体でも感謝してる! 俺を産んで、ここまで育ててくれて! こんな俺なのに見捨てないでくれて! だから、だから!」
少年にうまく今の気持ちを表現するだけの言葉は持ち合わせていませんでした。
言葉を覚えてたての幼子のように、つっかえつっかえ必死に母さんに語り掛けます・
「ええ、わかってるわよ」
全てを慈しむ声で、母さんは少年を抱き寄せます。
その声には、一分だけ呆れの感情も含まれていました。
母さんは目を閉じ、苦笑いを浮かべています。
「私になら本音を言えるのにね。なんでこころちゃんの前だと取り繕っちゃうのかしら」
「だって、それは……」
「いいのよ。男の子だもの。好きな子の前ではカッコつけたくなるわよね」
「なっ、いやっ、ちがっ……!」
突然少年が顔を真っ赤にし、母さんを突き放しました。
それを見る母さんの顔は満面の笑み。
というか、子供をからかう時に親が見せるソレ。
少年は慌てたようにまくし立てます。
「いや、こころのことは少なからず大切には思っとるけど! それはそれとして色恋とは別の話やし! こころと俺の関係はそんなんやないっちゅーか!」
「あらあらそうだったの? お母さんてっきりお気に入りの子だったから大事に大事にしてるのかと思ってたわぁ」
「そういう事じゃ……いや、そういう事なんか……?」
「お母さんね。嬉しかったの」
楽しそうにからかっていた母さんが、急に静かなトーンで話し始めます。
「あなた、前のところでは友達作らなかったじゃない?」
「それは、まあ……」
「だからこころちゃんが家に来た時、凄い喜んだのよ? あなたが他人を家に上げるなんてって」
少年の家に彼と同年代の人が遊びに来るのは、初めてのことでした。
彼は執拗なまでに、以前の住処では友人を作ろうとはしませんでした。
病に対するコンプレックスではなく、必ず遺すであろう人たちのために。
意図的に少年は彼らを避けました。突き放しました。
だから、彼には友人と呼べるものが存在しなかったのです。
ある時でした。
どうしようもないほどの、孤独という名の暗闇の中に一条の陽光がさしたのは。
それは新しい町を散策してみようと商店街を歩いていた時に出会いました。
その音は少年の耳を突き抜けて脳を揺さぶり、その光景は少年に太陽を夢想させました。
それが、『ハロー、ハッピーワールド!』、弦巻こころだったのです。
『恋焦がれる』なんて言葉があります。
先の見えない暗闇の中、彼が焦がれたそれに、あろうことか少年は恋をしてしまいました。
遺すであろう彼女への想いと、自分が抱く彼女への思い。
それはそれは、苦しいものでした。
「こころちゃんがあなたを変えてくれたんだなって思ってね。だから、なんていうかな……」
一瞬、母さんは視線を彷徨わせ。
「仲良くしててほしいのよ、あなた達には」
「仲良く……」
陳腐な言葉ではありますが。
それ故に、人には届きやすい言葉であるというのもまた事実です。
「あとこれは年長者からの余計なお世話ってやつなんだけどね? 一回自分の気持ちを整理してみて。こころちゃんとどうしたくて、どうなりたいのか」
「それだけ。一人の時間邪魔しちゃってごめんね?」と母さんは一方的に言い残すと、少年の部屋を出ていきました。
少年からも静止の言葉はありません。
「こころとどうしたいか、どうなりたいか……」
ゴロリと寝転がり、少年は天井を見つめながらそう呟くのでした。
彼は今なにに思いを馳せ、なにを考えているのでしょうか。
彼の選択は、また次の話、という事で。